湯浅卓

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ゆあさ たかし
湯浅 卓
生誕 1955年11月24日(59歳)
日本の旗 日本 東京都
出身校 東京大学法学部
カリフォルニア大学ロサンゼルス校
職業 弁護士(米国)、タレント

湯浅 卓(ゆあさ たかし、1955年11月24日 - )は、日本人のアメリカ合衆国弁護士ニューヨーク州ワシントンD.C.)であり、タレントとしてのテレビ出演で知られる。ホリプロ所属。日本の弁護士資格は有さず、また外国法事務弁護士としての登録も行っていない。

経歴・人物像[編集]

東京都生まれ。港区立白金小学校麻布中学校・高等学校を経て、1979年昭和54年)東京大学法学部卒業[1]1983年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)ロースクールにて LL.M.取得後、コロンビア・ロースクールハーバード・ロー・スクールに学ぶ。1984年、ニューヨーク州弁護士の資格を取得、1990年にはワシントンD.C.の弁護士資格を取得している。

米国弁護士[編集]

ロックフェラー・センタービルの売却ではロックフェラー側の巨大代理人団の一員となった。この契約には巨大な弁護士会計士軍団が編成されており、契約がまとまったのは1989年昭和64年)である。

ウォール街では、あくまで保守系のロックフェラーグループやエクソンモービルなどのテキサス石油市場関連の企業の仕事が多く、民主党系のモルガングループとは疎遠関係にある。

よって、彼が近年関心を持っている油田取得に際しては、供給量の固定化しているドバイ原油市場や北海ブレント市場との人脈が少ないため、難航している。

1990年代前半に、日本国内に位置する諸企業のビジネスの国際化に対応して、日本国法務大臣の承認の下、4年弱の期間[2]に渡り、日本弁護士連合会に、外国法事務弁護士として、登録していた。 1994年[3]に、日本弁護士連合会に自主退会の手続きを取り、外国法事務弁護士再登録は行っていない。

1990年代後半から、彼の存在意義を高めたのは石油市場に根差すヘッジファンドの興隆であった。石油市場との関連でも、大きな影響力を持つヘッジファンドとの交流は石油市場に携わる上で重要であるが、先述のことが障壁となっている。

また、原油価格高騰の原因をヘッジファンドの先物取引手法に見る評論家などからは批判され、それに対する弁護が近年までの仕事であった。しかし、日本に最も影響のあるドバイ原油市場も混乱し始めた事態を前にし、テキサス石油市場を本拠地とするヘッジファンドから、苦手分野でもあるアジア系、中東系の経済動向を注視し、さらに諸々の金融商品、投資コンサルタントに着手するように要求を受けているとの情報もある。また、経済評論家で明治大学教授の高木勝と私的な懇談会を開くなど、これらの分野に関する対策を模索中であり、時折、経済誌に独自の論評と展望を著している。

ライブドアの買収問題に関しての彼の立場は、まず、アジア支社の香港移動と再びの東京回帰に端を発して彼と因縁のあるリーマン・ブラザーズの手法批判から始まり、ライブドアの時間外取引の違法性を言及した。脱法的であるというアメリカ的な視点とは異なり、違法性を説いた。

また、フジテレビニッポン放送との間で交わされた新株予約権に見られるポイズンピルについても徹底的に批判した。事態の終局については両者が獲得した結実の質と量のレベルが低いとの見解を示し、結局はアメリカ的マネーゲームの理想を表した。

他分野として、グッゲンハイム美術館別館やシカゴ美術館改装のコンペにも影響を及ぼした。

タレント[編集]

テレビ番組に出演した際の強烈なキャラクターで知名度が上昇した。一つは、大げさに頭を振って長い前髪をなびかせる仕草である。本人曰く1997年頃のものと言う公式プロフィールの顔写真は短髪で、現在とはまったく違う風貌である。この事は出演する番組で何度もネタとなっている。また、両手親指を立てるポーズもあげられる。この際の「湯浅です」というフレーズをいうことが多々ある。

メディアに進出するようになった経緯はホリプロとの特別な関係に由来する。90年代からプロダクションと彼の間で経営コンサルタント契約が結ばれていることから、代表取締役会長(CEO)の小田信吾との関係は深い。また代表取締役副会長(CFO)堀一貴、代表取締役社長(COO)堀義貴とはアメリカ留学時代からの友好関係があった。そして彼のユーモラスな言動を生かして、テレビ進出を企画したことが発端となり、その後到来したいわゆる「ブーム」に乗っかる形で現在に至っている。

外国著名人に関して情報通である理由は、彼らが来日する際のコンサルタント業務を彼がかつて所属していた事務所が行っている点にある。現在、その事務所のPR業務を担当しているのはフローラン・ダバディーであり、その合名会社の外国人事務所に所属するユンソナとは師弟的な交流がある。

自身のレギュラー出演番組である『所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!』では「湯浅弁護士ってどんな人?」という検証企画が行われた。

以前はバラエティ番組の司会を務めたこともあった。

私生活[編集]

趣味はダンスオペラ鑑賞。学生時代に声楽を習っていたという経歴もあり、テレビ東京の「カラオケ★バトル」では「宇宙戦艦ヤマト」を絶唱した。

スーツは300着所有しており、5回着ると捨てると発言したことがある。しかしスーツが毛玉だらけだとテレビ番組出演中に指摘を受けたこともあった。

出演番組[編集]

レギュラー
特番・ゲスト出演

著書[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 自称「東大史上最高の成績で」卒業した
  2. ^ 1990年10月17日~1994年8月23日まで
  3. ^ 外国法事務弁護士には、毎年1年ごとの、海外滞在日数に上限の制約が当時も制定されていたために1994年8月23日に、日本弁護士連合会に自主退会手続きを取った。外国法事務弁護士再登録は行っていない。

外部リンク[編集]