オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ

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オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ(Oscar François de Jarjayes、1755年12月25日 - 1789年7月14日)は、池田理代子著の漫画『ベルサイユのばら』の主人公。『ベルばらkids』にも登場している。架空の人物。

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[編集] 概要

フランス王家の軍隊を統率してきたジャルジェ伯爵家の六女として生まれ、幼い頃から男性として育られた。オスカル(Oscar)は、ヘブライ語で「神と剣」という意味。男装の麗人。子供のときから死ぬまで、乳母の孫で従卒でもあったアンドレと生活をともにしてきた。近衛連隊長としてマリー・アントワネットの護衛を務めていたが、フランス衛兵隊に異動した後、フランス革命に際し民衆側に就く。バスティーユ襲撃に参加し、戦死する。

作中でその死が描かれた後、実際に葬儀が催された。漫画の登場人物の葬儀としては『あしたのジョー』の力石徹についで2例目になる。力石の場合がどこか芝居がかったものだったのに対して、オスカルの葬儀では参列者の中からすすり泣きも聞こえるなど、神妙な雰囲気のうちに進行したといわれている。

テレビアニメでは田島令子が声を務めた。2008年現在でも子供から大人まで幅広いファン層をもつ。

現在の漫画、アニメでもパターンとなっている男のような喋り方をする美しい女性の先駆け的な存在であり、後の漫画のキャラクターに多大な影響を与えた。

「行くぞ、アンドレ」が彼女の決まり文句の様に思われがちだが、原作では意外に少ない。アンドレ死後、もうかたわらにはいない彼に思わず声を掛けてしまい、我に返って涙ぐむシーンが印象的だったのと、後の舞台化・アニメ化によって定着したもの。

オスカルのモデルは、革命時にフランス衛兵隊(Gardes-Françaises)を率い、民衆側に立ってバスティーユを攻撃したピエール・ユラン伍長とされている。なお、ユラン伍長本人も「ベルサイユのばら」でオスカルの部下として登場する。なお、作中で描かれたオスカルのフランス衛兵隊ベルサイユ常駐部隊長時代の軍服は、ルイ16世時代のものではなく、より豪華絢爛なナポレオン帝政期のものを基にして描かれたものである。

[編集] 年表

  • 1755年12月25日: ベルサイユの近く、ジャルジェ家に生まれる。以後、男として育てられる。
  • 1773年6月8日王太子王太子妃の初の正式なパリ訪問の際、近衛連隊長付として警備を務める。当時大尉
  • 1774年1月30日: 夜、パリのオペラ座における仮装舞踏会で、マリー・アントワネットフェルゼンが初めて出会う。オスカルも含め、3人が初めて顔を合わせた。
  • 1774年春: アンドレが不注意で王太子妃に怪我をさせた際、フェルゼンとともにアンドレをかばう。アンドレは奇跡的に無罪となる。
  • 1774年5月: ルイ15世崩御の後、深夜、棺がサン・ドニ教会に運ばれるのを、40名の近衛兵とともに守る。
  • 1775年夏: 王妃となったマリー・アントワネットの計らいにより、大佐に昇格。近衛連隊長となる。
  • 1775年夏: ヴェルサイユ宮殿内オペラ館における晩餐会において、ド・ゲメネ公爵と口論、決闘となるところ、王妃から1箇月の謹慎を命じられる。その間、アラスにあるジャルジェ家の領地を視察する。
  • 1776年から1777年頃: オスカルの母を自分の母の仇と間違えたロザリーを引き取り、ジャルジェ家で貴婦人に育てる。
  • 1784年7月: 夜、ローアン大司教とマリー・アントワネットに扮した娼婦のオリバ嬢の密会の際、たまたま近くを通り、ローアン大司教を目撃する。
  • 1785年8月15日ヴェルサイユ宮殿鏡の間で、ブイエ将軍の命により首飾り事件についてローアン大司教を逮捕する。また、その足で、犯人と目されるジャンヌを逮捕する。
  • 1787年春: 黒い騎士事件。黒い騎士をとり逃したということを理由に、マリー・アントワネットに自分の降等処分を願い出る。結果、近衛隊を辞め、フランス衛兵隊のベルサイユ常駐部隊長に就く。
  • 1788年: ブイエ将軍のベルサイユ訪問における閲兵式で、アランら部下が将軍を侮辱する。衛兵隊を辞めようとするが部下に止められる。
  • 1788年9月: 近衛連隊での元部下ジェローデルがジャルジェ家を訪問し、オスカルに結婚を申し込む。
  • 1788年10月: ジャルジェ家で舞踏会を開催する。オスカルへの求婚者を集めるが、オスカルが男の服を着ることで舞踏会は破綻する。
  • 1788年10月: アンドレが毒入りワインを用意し、オスカルとの無理心中を図るが、結局、飲まず。
  • 1788年11月: アンドレとともに馬車でパリに向かうが、パリで民衆に襲われる。フェルゼンに助けられる。
  • 1788年12月: 衛兵隊が2週間の休暇を取る。同じ日、王太子ルイ・ジョゼフと遠乗りする。ルイ・ジョゼフと会う最後の日となる。
  • 1788年12月: 休暇明け、隊に顔を見せない部下アランの家を訪ねる。妹ディアンヌが自殺したために狂ってしまっていたアランを見つけ、正気に戻らせる。
  • 1789年5月4日: 翌日の三部会開会に先立つサン・ルイ教会でのミサに向かう三部会議員の行列を、スイス人近衛連隊とともにフランス衛兵隊が護衛。
  • 1789年6月19日: ブイエ将軍が、三部会会議場の入り口の閉鎖を命ずる。命令を拒みきれず、議場を閉鎖。
  • 1789年6月20日: 国民議会派がジュー・ド・ポームで団結を誓った際、その前でナポレオンとすれ違う。
  • 1789年6月23日: 国王が三部会議員を再び集めるにあたり、議場の前で指揮を取っていたドルー・ブレゼ侯が平民議員のみを裏口に回らせようとしたのに腹を立てる。また、平民派が国王の命に背いて退場しないため、ブイエ将軍が衛兵隊を会議場に侵入させようとしたが、これを拒否する。同じく部下らも命令を拒否し、部下らは1班全員が投獄される。オスカルへの処分は行なわれなかったが、オスカルの行動に父ジャルジェ将軍が激昂。父がオスカルに剣を向けたところへアンドレが命がけで飛び込み、その場を収める。この後、オスカルはアンドレに初めて自分の愛を告白する。
  • 1789年6月30日: ベルナール・シャトレに協力を持ちかけ、アベイ牢獄に投獄された12名の部下を釈放することに成功する。
  • 1789年7月11日: 連隊本部よりフランス衛兵隊へ、13日にテュイルリー宮広場へ向けての出動が命じられる。
  • 1789年7月12日: 馬に乗る若き日のオスカルの肖像画が完成する。その夜、アンドレと結ばれる。
  • 1789年7月13日: テュイルリー宮広場で発生した暴動の知らせを聞き、伯爵の称号を捨て民衆の側に寝返ることを決意する。部下ダグー大佐がベルサイユに帰るのは止めず、広場でドイツ人騎兵隊と戦闘し勝利するが、アンドレはオスカルをかばい、銃撃を受けて死亡する。
  • 1789年7月14日: 民衆のバスティーユ牢獄襲撃にフランス衛兵隊を率いて参加、善戦するも、ド・ローネー侯の部下の狙撃に遭う。バスティーユの上に白旗が上がるのを見た直後、落命する(33歳没)。

[編集] 宝塚歌劇版で演じた生徒

[編集] 友情出演

オスカルはルパン三世TV第2シリーズの101話、『ベルサイユは愛に燃えた』にて出演している。アニメのルパン三世シリーズで、唯一ともいえる友情出演キャラクターである。TVアニメ版よりこちらの方が先に作られているためか、TVアニメ版でオスカルを演じた田島令子ではなく、「ベルサイユのばら」と同時代を扱ったアニメ「ラ・セーヌの星」の男装のヒロインを演じた二木てるみが演じた。

[編集] 関連項目

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