ベルサイユのばら (宝塚歌劇)

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ベルサイユのばら』は宝塚歌劇団ミュージカル作品。原作は池田理代子の同名漫画作品『ベルサイユのばら』。

1974年の初演以来再演を繰り返し、2006年1月9日には通算上演回数1500回を突破、2014年6月27日には通算観客動員数500万人を記録した[1]、宝塚歌劇団史上最大のヒット作である。

概要[編集]

初演時に演出を担当したのは俳優長谷川一夫。宝塚歌劇団の専属脚本家、植田紳爾が潤色・脚本化し、長谷川と共に演出を担当した。

初演までは上演反対の意見も多かったが(詳しくは別項「ベルばらブーム」参照)、初演は大成功を収め、空前絶後の社会現象になった。

この作品は、初演当時テレビに押されて停滞気味であった宝塚歌劇団の人気を復活させる作品となったばかりではなく、非宝塚歌劇団ファンの一般人にとっても「宝塚歌劇団」の代名詞的な作品になっている。上演すればかなりの集客を常に期待できる演目であるため、宝塚歌劇団にとって「ここ一番の真剣勝負」というときに上演されることが多い。

長谷川の死後は、長谷川の遺した「型」を生かしつつ、植田が脚本・演出を取り仕切っている。。最近では、谷正純が演出陣に加わっている。

2005年12月6日NHK総合テレビの『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』にて、初演が行われるまでの経緯と舞台裏の再現ドラマが特集された。(この放送内容は宝塚歌劇団関連会社のTCAより発売された「ベルサイユのばらGRANDHISTOY」の特典ディスクに収録されている[2]。ただし、著作権上の理由により、中島みゆきの曲、及び長谷川一夫出演映画と歌舞伎映像使用場面は割愛してある)[3]

2008年より『外伝 ベルサイユのばら』として、池田理代子が新たに書き下ろしたストーリーにより、新作が上演されている。

あらすじ[編集]

上演ごとに内容が異なるので、基本的なあらすじを記す。

オスカル編[編集]

貴族の出身のオスカルは、世継ぎの生まれぬ父親によって、女でありながら男として育てられた、男装の麗人である。

幼くして両親を亡くしたアンドレは、オスカルの乳母をつとめる祖母のマロン・グラッセに引き取られる。ジャルジェ家へ迎えられ、オスカルの世話役を仰せつかり、それ以来、片時も傍を離れず影となって支える。いつしかオスカルを親友から一人の女性として見るようになるが、アンドレは平民の身分であった。

アンドレは、オスカルをかばって目を怪我して以来、段々と目が見えなくなってしまう。オスカルは王宮守護の近衛隊から国民を守る軍隊衛兵隊への転属を自ら志願し、隊長を務めることになる。最初は隊員の誰もが、「女の貴族には従えない」と反発していたが、オスカルの博愛精神と純粋な心に、いつしか結束が固まっていく。

アンドレは、オスカルとオスカルのかつての部下で貴族の将校ジェローデルとの結婚話にショックを受け、オスカルを殺してでも永遠に自分のものにしようとするが、寸前で思いとどまり、今までの自分の想いを告げる。最初はとまどったオスカルだが、そのうちに自分の中のアンドレへの想いに気づきはじめる。

そんな中、フランス国内の情勢は急速に悪くなっていった。貧富の差が拡大し、平民の不満は頂点に達し、いつ貴族と平民が血と血で争うことになっても、おかしくない状況となっていく。ついにオスカルは、衛兵隊の指揮官として、パリ出動の先陣に立つことになる。

いま、パリにゆけば、生きて帰れるかわからない。パリ出動前夜オスカルはアンドレに自らの思いを吐露し、二人はついに結ばれる。

しかしアンドレは目が不自由なためにセーヌ河畔の橋上でオスカルの身を案じながら銃弾に倒れる。 翌7月14日、悲しみを振り切り、気丈にも衛兵隊を率いてバスティーユに向かうオスカル。後に「フランス革命」と呼ばれた、平民が絶対王政の象徴だった、バスティーユ監獄を篭絡した日。オスカルは、弱き者の力になると、平民の盾となって貴族の部隊と戦うのだった。

激戦の中、銃弾に倒れたオスカルは「バスティーユに白旗が!」と叫ぶ部下アランの言葉を妹同然の娘ロザリーの腕の中で聞く。フランス革命がなされたその瞬間に、生涯の幕を閉じるのだった。

絶命したオスカルに「オスカル、オスカル・・・」と聞き覚えのある声が呼びかける。その声に目覚めてオスカルが立ち上がるとアンドレが現われる。一足先に戦死したアンドレが天国からオスカルを迎えに来たのだった。アンドレに抱擁されるオスカル。地上では実らなかった「身分違いの恋」をここに成就し、二人は天国へ旅立つのだった。

ラストシーンにおける原作漫画との差異

原作漫画においては、オスカルがバスティーユ攻撃中に敵弾に撃たれた直後に、傷の手当てをするロザリーが「あ・・・ アンドレ アンドレ 聞いてちょうだい お願いよ!! オスカルさまを・・・ オスカルさまをつれていかないで つれていかないで お願い!!」というセリフや、オスカルの死後、二人の死を悼んでベッドで休んでいるマロングラッセ(アンドレの祖母、オスカルの乳母)の頭上にオスカルとアンドレ(の魂のようなもの)が二人寄り添う画は出てくる[4]。 しかし、一足先に戦死したアンドレの魂がそのあとバスティーユ攻撃で戦死したオスカルの魂を天国から迎えに来る明確なシーンを演じるのは宝塚歌劇団の舞台作品におけるオリジナルである。 差異の理由は、原作はオスカルの死後も物語が続くが、「宝塚歌劇 ベルサイユのばら -オスカル編- -オスカルとアンドレ編- -アンドレとオスカル編-」においてはオスカルの戦死によって物語を終結させなくてはならない。 また、”主役の男女二人(オスカルとアンドレ)はラストシーンに必ず出番がある”という宝塚歌劇独特のしきたりがあるため。

フェルゼンとマリー・アントワネット編[編集]

オーストリア皇女・マリー・アントワネットは、政略結婚で14歳の時にフランス王太子、後のルイ16世の元に嫁ぐ。無知で幼く、単純に奇麗なドレスを喜ぶ少女であった。

アントワネットは18歳の時にパリ・オペラ座仮面舞踏会にて生涯の恋人、スウェーデン貴族フェルゼンと遭遇する。その時、アントワネット付きの近衛仕官だったのが、金髪の男装の麗人オスカル。異国に生を受けた3人はその夜、運命の出会いを果たす。

フェルゼンとの道ならぬ恋に思いを募らせるアントワネットに「国家の母としての義務を忘れるな」といさめるオスカル。アントワネットは「軍服を着ているうちに女の気持ちを忘れてしまった」とオスカルをなじった。しかしオスカルもまたフェルゼンへのかなわぬ思いに悩んでいた。親友として親交を暖めていたオスカルとフェルゼンだったが、オスカルの胸のうちには女としての想いが芽生えていたのだ。

フェルゼンはアントワネットを深く愛していた。2人の愛が醜聞となりアントワネットを破滅させると感じたフェルゼンは男らしく身を引く決心をする。彼は、愛を胸に秘めてスウェーデンに帰国した。

フランス国内の不穏な空気は高まり、貧しい民衆達の不満は爆発寸前だった。近衛隊から衛兵隊へ転属したオスカルは民衆達の暴動に備えて1789年7月12日、パリ出動を命じられる。

オスカルの養育係の孫である平民のアンドレは護衛として常にオスカルに寄り添ってきた。彼は身分違いと知りながら心密かに長年オスカルを愛していた。オスカルも常に自分を支えてくれるアンドレの大きな愛に気づき、彼を愛するようになる。パリ・ノ進駐することになれば身分を捨て命をかけて戦わねばならないと覚悟したオスカルはアンドレとの結婚を決意し、ついに2人は結ばれる。

オスカルは貴族の身分を捨て民衆と共に戦うことを宣言し、貴族側の軍隊との戦闘に突入した。アンドレはオスカルの身を案じながら戦死し、翌7月14日(フランス革命記念日)、民衆達はバスティーユ監獄を襲撃した。愛する人の死を耐えながら気丈に軍隊を指揮するオスカル。しかし彼女も銃弾に倒れ、部下の衛兵隊員アランの「バスティーユに白旗が!」という言葉を聞きながら息絶えた。

革命の勢いに押された群集はベルサイユに押し寄せ、アントワネットは民の声にベルサイユを離れパリに行くこととなる。彼女の窮地を知ったフェルゼンは彼女を救うべく、命がけで急遽スウェーデンからフランスにやってきた。

国王の処刑後、コンシェルジュリ牢獄に囚われていたアントワネットのもとにフェルゼンは彼女を脱獄させるためにやってくる。「別に囚われている子供たちを置いては行けない」と脱獄を断るアントワネットにフェルゼンは涙ながらに説得するが、アントワネットは拒み通す。アントワネットはフェルゼンの絶叫がこだまする中、フランスの王妃らしく誇り高く毅然として断頭台へと向かうのだった。

ラストシーンにおける原作漫画との差異

原作漫画においては、コンシェルジュリー牢獄に移されたマリーアントワネットのもとにジャルジェ将軍が面会に訪れマリーに脱走計画を明かすが、「子供たちをおいて逃げるわけにはいかない」と拒否するシーンはある[5]。 しかしフェルゼンがコンシェルジュリー牢獄に極秘面会に訪れ、脱走を持ちかけるラストシーンは宝塚歌劇団の舞台作品におけるオリジナルである。 差異の理由は”主役の男女二人(フェルゼンとマリー)はラストシーンに必ず出番がある”という宝塚歌劇独特のしきたりがあるため。

主な登場人物[編集]

楽曲[編集]

  • 愛あればこそ/作詞:植田紳爾、作曲:寺田瀧雄
  • 愛の面影/作詞:植田紳爾、作曲:寺田瀧雄
  • 愛の巡礼/作詞:植田紳爾、作曲:寺田瀧雄
  • 愛の怯え/作詞:植田紳爾、作曲:平尾昌晃
  • 結ばれぬ愛/作詞:片桐和子、作曲:平尾昌晃
  • 駆けろペガサスの如く/作詞:植田紳爾、作曲:寺田瀧雄
  • ごらんなさい ごらんなさい/作詞:植田紳爾、作曲:寺田瀧雄
  • 白ばらのひと/作詞:植田紳爾、補作詞:片桐和子、作曲:平尾昌晃
  • 我が名はオスカル/作詞:植田紳爾、作曲:寺田瀧雄
  • ばらベルサイユ/作詞:植田紳爾、作曲:寺田瀧雄
  • 青きドナウの岸辺/作詞:植田紳爾、作曲:寺田瀧雄
  • アン・ドゥ・トロア/作詞:植田紳爾、作曲:吉田優子
  • 心の白薔薇/作詞:植田紳爾、作曲:寺田瀧雄
  • 心のひとオスカル/作詞:植田紳爾、作曲:寺田瀧雄
  • ばらのスーベニール/作詞:植田紳爾、作曲:寺田瀧雄
  • 乙女の祈り/作詞:植田紳爾、作曲:吉田優子

ベルばらブーム[編集]

1970年前後、歌劇団はスターを輩出し、ブロードウェイ・ミュージカルの翻訳上演も行なうなど、新機軸を打ち出してもいたが、テレビの普及や娯楽の多様化の影響を拭い去るには至らず、赤字決算となっていた。平日には客席に閑古鳥が鳴く日も増えており、このまま不入りが常態化し、赤字増加が続けば歌劇団の存続の危機も予想され、現在の観客の嗜好に対応するには、旧来からの内部の感覚のみでは困難という危機感が歌劇団内部にも広がり始めた[6]。その結果、新しい方向性を求めて外部からの演出家の招聘が行なわれ、その一環として、戦前からの宝塚ファンでもあった長谷川一夫も招かれ、1971年、歌劇団で『我が愛は山の彼方に』の演出を手がけた(脚本・共同演出:植田紳爾)。

10世紀朝鮮半島を舞台にした『我が愛は山の彼方に』は長谷川演出ということで話題作となり、観客動員で一定の成果を挙げ、歌劇団は長谷川に更に演出を依頼、長谷川が、宝塚での2作めは洋物(外国を舞台にした作品)を手がけたいと希望、また脚本・共同演出担当として、評価していた植田を指名した。

長谷川の要望を受け題材の選定作業に入った植田は、交流のあったファンから、約半年前に「『ベルサイユのばら』は宝塚にぴったりの作品」と聞かされており、題材として検討(もっとも植田自身、ファンから初めて聞いた時は、歌劇団で漫画を舞台化した例もなかったため、真剣に考えていなかったという)。

原作を通読した植田は「この作品は舞台化すればいける」と手応えを感じ、企画案を長谷川に相談、長谷川は「描かれているのは王妃の浮気の話。清く正しく美しく(が方針)の宝塚でやるのは問題ではないか」と指摘し、主に物語の内容面から乗り気でなかったという。植田は「宝塚らしい作品にします」と脚本での工夫などを改めて言明して説得、なんとか長谷川の賛同を得て上演計画が動きだしたという。

原作者・池田は宝塚好きで、舞台化を快く了承、歌劇団内部では首脳陣から「漫画が原作ではだめだ」と反対の声もあがったが、なんとか上演が決まり、多忙な長谷川が稽古や演出のために時間をとれる時期を考慮したうえで、月組公演として公演時期も正式に決定する。

しかし上演・配役が公表されると、原作ファンから「イメージが壊れる」などと批判的な投書が多数届き、植田のもとにもたびたびカミソリを入れた脅迫の投書が送られてくる事態となる。

上記のような逆風の中稽古が始まり、演技を磨くのはもちろん、生徒たちは「原作のイメージが壊れる」と訴えるファンたちにも納得してもらおうと、鬘や衣装がよく馴染むよう入念に調整、原作の絵柄を化粧台に置き、参照しながら化粧するなど、舞台を少しでも原作に近づけようと様々な努力を払った。

演出の長谷川も「漫画の舞台化なのだから、原作と全く同様に目を輝かせるのは無理でも、照明を活かして役者の目を輝かせられないものか」と着目、試行錯誤の末、2階席に視線を送れば照明が目にうまく写り込むことに気づき、最も照明を活かせる位置の座席番号を把握した。そして生徒たちにその座席番号まで指示して視線の配り方を徹底指導し、照明や衣装を活かして最大限に美しく演じる二枚目俳優らしい切り口で、劇画から飛び出してきたような舞台を追求していった。

また、若き日に歌舞伎界で女形修業を積んだ後、映画界に転じて二枚目大スターとなった長谷川は、その経歴を生かして登場人物の男女を演じわけ、観客から見て美しいラブシーンを生徒たちに見せ「役者が苦労してこそ、観客には美しく見える」という彼ならではの美学により、体の捻りを多用した演技を指導。彼の指導により生み出された数々の演技・所作は、長谷川の遺産ともいえる“型”として、最近の上演にまで受け継がれている。

宝塚大劇場で迎えた初日は、開幕前、出演者全員が一言も発しない異様な集中力が漲っていた。そして開幕、終演後、「3階席から歓声が降ってきました」と喜ぶ生徒たちの声を聞いて、植田は作品の成功を確信したという。

これまでの上演[編集]

1974 - 1976年(昭和ベルばら)[編集]

月組初演を皮切りに4組で上演。

1974年・月組
8月29日 - 9月26日:宝塚大劇場、11月2日 - 27日:東京宝塚劇場
併演は宝塚では舞踊詩『秋扇抄』。東京ではショー『ザ・スター〜さよなら真帆志ぶき〜』。
一本立てではなく、特に東京公演は専科のスター・真帆志ぶきのサヨナラ公演との2本立てだった。今から比較すれば、一番原作に忠実な脚本といえる。
1975年・花組
7月3日 - 8月12日:宝塚大劇場、11月1日 - 27日:東京宝塚劇場
サブタイトルは「〜アンドレとオスカル〜」。この作品からすべて一本立て興行。原作で人気のあったアンドレとオスカルのカップルに的を絞った脚本。
当時ダブルトップだった花組においてオスカル役をめぐり、初演で演じて人気を決定付けた榛名由梨と、初演前にファンの間でオスカル役が最も似合うといわれていた安奈淳それぞれを推す意見があり、歌劇団上層部でも議論が分かれた。最終的には植田紳爾がオスカル:安奈を強行主張し押し切った。そのかわり、サブタイトルでは榛名の役名の方をトップにしたという、ダブルトップの扱いに配慮したエピソードが残っている。
1975年・雪組
8月13日 - 9月30日:宝塚大劇場、1976年3月28日 - 4月25日:東京宝塚劇場
花組が大評判となった為、急遽続演が決定。花組版の細部を改訂した脚本。当時研6(入団6年目)の麻実れいがアンドレに大抜擢された。
1976年・星組『ベルサイユのばらIII』
3月25日 - 5月12日:宝塚大劇場、7月2日 - 8月1日:東京宝塚劇場
初演月組の脚本を元に、花組・雪組の名場面も取り入れた改訂版。
初風諄が月組から特別出演。また初日には歴代4人のオスカルが勢ぞろいし、華を添えた。東京公演中、7月21日、22日に役代わり公演があり、マリー・アントワネットを四季乃花恵、フェルゼンを峰さを理が演じた。
第62期生日向薫夏美よう飛鳥裕ら)の初舞台公演。
宝塚歌劇のベルばら作品ではこの作品において唯一ヴァレンヌ事件が演じられている。(「第2部・7場 ヴァレンヌの森」)[7]
このシーンでは国王一家が乗る馬車を曳く馬に本物の馬が使われた[8]
1976年・月組『ベルサイユのばらIII』
8月5日 - 30日:東京宝塚劇場
星組の大評判のため、急遽東京宝塚劇場でのみ上演された。星組の脚本をさらに改訂、昭和ベルばらの集大成として、上演に約2時間30分を要する昭和版最大規模の作品に仕立てられた(当時としてはむろん大作だが、平成版以降はこの作品規模が標準となる)。初風諄はこのアントワネット役を花道に退団した。
鳳蘭が星組より特別出演。20日に役代わり公演があり、マリー・アントワネットを北原千琴、フェルゼンを当時研4(入団4年目)の大地真央が演じた。
ここまでの上演で合計約140万人の観客を動員。長谷川の演出ということもありファンが急増、空前のタカラヅカブームを巻き起こす。作品の成功に対し1974年に文化庁芸術祭優秀賞、ベルばらシリーズに対して1976年に菊田一夫演劇賞特別賞が贈られた。

1989 - 1991年(平成ベルばら)[編集]

宝塚歌劇75周年・フランス革命200年を記念して再演。

1989年・雪組(アンドレとオスカル編)
8月10日 - 9月19日:宝塚大劇場、11月3日 - 28日:東京宝塚劇場
当時のトップスター杜けあきがアンドレ、2番手の一路真輝がオスカルを演じた。初めてアンドレが単独の主役として描かれ、彼の出番が増えた。
1989年・星組(フェルゼンとマリー・アントワネット編)
9月22日 - 11月7日:宝塚大劇場、1990年3月4日 - 4月1日:東京宝塚劇場
この年に行われたニューヨーク公演に参加した人数が多かったため、少ない人数で行われた。
宝塚では星組の大輝ゆうの他に花、月、雪より特別出演した安寿ミラ涼風真世一路真輝がオスカル。
東京公演では星組の紫苑ゆうがオスカル役を演じた。またこの公演では前出・大輝もオスカルを演じ、大輝はこの公演でオスカル役を花道に退団した。
1990年・花組(フェルゼン編)
3月29日 - 5月8日:宝塚大劇場、7月1日 - 29日:東京宝塚劇場
当時の主演コンビ大浦みずきひびき美都がダンスに秀でたコンビだったため、ダンスシーンが加筆される。通称「踊るフェルゼン編」とも。
第76期生彩輝直風花舞純名里沙月影瞳星奈優里樹里咲穂寿つかさ高翔みず希ら)の初舞台公演。
入団首席の純名里沙が歌劇団史上初の「初舞台生にしていきなりエトワール」という快挙を達成している。エトワールとはフィナーレのパレードでの初めの部分を受け持つ歌手である。
1991年・月組(オスカル編)
3月28日 - 5月7日:宝塚大劇場、7月2日 - 31日:東京宝塚劇場
涼風真世のトップお披露目公演であり、第77期生春野寿美礼朝海ひかる花總まり安蘭けい成瀬こうきら)の初舞台公演。
初めてフェルゼンとマリー・アントワネットが登場しないヴァージョンとなった。(なお新人公演においては、涼風アントワネット、天海祐希フェルゼンが1場面サプライズ出演している)
天海はまだ研5(入団5年目)だったが、アンドレとジェローデルの2役を演じ、この公演から2番手スターとして活躍する。そのため組内のバランスをとるため、より上級生の久世星佳のアランの比重もこれまでにない大きさとなった。
「20世紀最後のベルばら」という宣伝文句がついた。
7月6日に皇太子徳仁親王が台覧。

2001年(ベルサイユのばら2001)[編集]

宙組と星組が東西同時上演。ポスターを横尾忠則が担当。

宙組(フェルゼンとマリー・アントワネット編)
4月6日 - 5月14日:宝塚大劇場、6月29日 - 8月12日:東京宝塚劇場
第87期生龍真咲早霧せいなら)の初舞台公演。
ある日の宝塚大劇場2回公演時、1回目公演後に大階段を繋ぐワイヤーにトラブルの為、第2回開演時間が大幅にずれ込む事態が発生したことがあり、その際、第一幕の歌が本来『♪御覧なさい 御覧なさい…』の部分を『♪ごめんなさい ごめんなさい…』と変更するなどのファンサービスが行われた。なお、応急修理の為に業者が呼ばれ、修理される待ち時間の間、支配人が2回舞台に上がり謝罪を述べている。
星組(オスカルとアンドレ編)
3月30日 - 5月6日:東京宝塚劇場、8月17日 - 10月1日:宝塚大劇場
トップコンビ稔幸星奈優里の退団公演。
通算観客動員356万4千人を記録した。

2006年[編集]

マリー・アントワネット生誕250年を記念して再演。

星組(フェルゼンとマリー・アントワネット編)
1月1日 - 2月6日:宝塚大劇場、2月17日 - 4月2日:東京宝塚劇場
雪組(オスカル編)
2月10日 - 3月20日:宝塚大劇場、4月7日 - 5月21日:東京宝塚劇場
雪組大劇場公演中の2006年3月17日に通算観客動員400万人を記録した。

2013年 - 2014年[編集]

宝塚歌劇100周年を記念して再演。

2013年・月組(オスカルとアンドレ編)
1月1日 - 2月4日:宝塚大劇場、2月15日 - 3月24日:東京宝塚劇場 
前公演『ロミオとジュリエット』に続く主役の役替わり公演第2弾。トップスター龍真咲と準トップスター明日海りおがオスカル役、アンドレ役を役替わりで演じる。
大劇場公演では、花組の蘭寿とむ、雪組の壮一帆がアンドレ役で特別出演した。
3月21日(木)13時30分からの公演で、1974年初演以来の観劇者が450万人に到達[9]
2013年月組版の演出面での目玉としては、最後の馬車に乗って天国に行くシーンを、クレーンを使い、オスカルとアンドレの二人を馬車に乗せて、そのまま空中へ飛ぶ演出が加えられた。(従来、このシーンは回り舞台の上に銀馬車を置き、回り舞台を回転させて馬車の走行を演出していた。なお銀馬車を使わないバージョンもある。)この派手な演出は製作発表会にて劇団理事長の植田紳爾 (脚本・演出)が「これは大きな見せ場だと思います。」と言った通りになった。銀馬車、およびそれを曳く白馬にはLEDによる溢れるほどの電飾が施された。光り輝く馬車に乗った二人が舞台から大きくせり出し、一階観客の頭上を上手側、下手側へ大きく左右に動いてアピールした。これを見た観客は、「地上では結ばれることのない貴族と平民の身分違いの恋の、天国での成就」に今までにないほどの拍手喝采を送った。またクレーンによる上昇は思いのほか上がり、二階席の客へは今にも手が届かんばかりに迫った。これもまた客の期待に予想以上に応えた。舞台退場時は馬車を持ち上げたままクレーンが後退し、左右から黒カーテンが閉まった[10]
2013年・雪組(フェルゼン編)
4月19日 - 5月27日 : 宝塚大劇場、6月14日 - 7月21日:東京宝塚劇場 
壮一帆愛加あゆのトップコンビお披露目公演であり、第99期生の初舞台公演。
大劇場公演では、月組の龍真咲、星組の柚希礼音がアンドレ役で、宙組の凰稀かなめがオスカル役で特別出演した。
”積極的に行動するフェルゼン像”を描くため、従来のフェルゼン編と比較して台本や演出に大きな差し替えが行われ、オーストリア女王マリアテレジア(アントワネットの母親)、マロングラッセ婆や(アンドレの祖母、オスカルの乳母)など登場しなくなった脇役も多い。物語終盤、フェルゼンがマリー王女救出のため、スウェーデンを脱出しフランスへ向かう過程としてのグスタフ王への謁見シーンはカットされ代わりにスウェーデン・デンマーク国境において、フェルゼン・ジェローデルの二人組が国境警備隊と大立ち回りを演ずる、迫力あるシーンに差し替わった。
2014年・宙組(オスカル編)
5月2日 - 6月2日 :宝塚大劇場、6月20日 - 7月27日 :東京宝塚劇場
6月27日の東京宝塚劇場公演中に観客動員500万人を突破[11]

その他の劇場での公演[編集]

1976年・花組(アンドレとオスカル)
4月15日 - 26日、4月30日 - 5月23日、6月10日 - 27日、6月30日 - 7月11日:全国ツアー
今ではありえない、足掛け3ヶ月に及ぶ長期地方公演(当時は全国ツアーの事をこう呼んでいた)。それほど人気があったともいえる。しかし、糸魚川の公演では地元の行事と日程が重なったため、観客が4人しかいなかった。
1977年・花組『ファンタジー・ベルサイユのばら』
10月8日 - 31日:全国ツアー
併演は『うつしよ桜』。
アンドレとオスカル編を短くして、1時間半の作品にしたもの。
1978年・雪組『宝塚ファンタジー・ベルサイユのばら』
9月1日 - 24日:全国ツアー
アンドレとオスカル編に、東京月組の脚本等を取り込んで改訂した作品。
1979年・花組(アンドレとオスカル)
9月7日 - 10月1日:全国ツアー
脚本は1978年の雪組全ツの時のもの。松あきらがオスカルを演じ、フェルゼン、アンドレと男役の主要3役すべてを演じたことで「ベルばら三冠王」と呼ばれた。
1980年・雪組(アンドレとオスカル)
5月1日 - 5日、5月10日 - 25日:全国ツアー
脚本は1978年雪組全ツの改訂版。汀夏子の最後の地方公演となったため、全日程をついてまわった熱狂的なファンもいた。
1991年・雪組(オスカル・アンドレ編)
4月13日 - 29日、5月1日 - 5日:全国ツアー
杜けあきがオスカル役、鮎ゆうきがマリー・アントワネット役と本公演とは配役と脚本を変更して上演された。
1991年・花組(フェルゼン編)
9月8日 - 30日:全国ツアー
大浦みずきひびき美都の退団がすでに発表されており、最後の全国ツアーとなった。
2005年・星組(フェルゼンとマリー・アントワネット編)
9月24日 - 10月21日:全国ツアー
11月11日 - 11月13日:韓国公演
日韓国交正常化40周年記念「日韓友情年2005 宝塚歌劇韓国公演」
併演はショー『ソウル・オブ・シバ!!』。
2006年・雪組(オスカル編)
7月1日 - 28日:全国ツアー
当時2番手男役の水夏希が主演を務めた。
2014年・雪組(オスカルとアンドレ編)
3月7日 - 26日:全国ツアー
2013年の「フェルゼン編」でオスカル役を演じた2番手男役の早霧せいなが主演を務めた。
2014年・花組(フェルゼンとマリー・アントワネット編)
6月12日 - 6月29日:中日劇場
明日海りおのトップお披露目公演。
2014年・宙組(フェルゼンとマリー・アントワネット編)
8月29日 - 9月21日:全国ツアー
2番手男役の朝夏まなとが主演を務める予定。
2015年・花組(フェルゼンとマリー・アントワネット編)
8月8日 - 8月16日:台湾公演 *予定
宝塚歌劇団台湾公演の第二弾。
併演はレヴューロマン『宝塚幻想曲』。

配役一覧[編集]

青背景が主演男役、ピンク背景が主演娘役を示す。1970年代にはスターシステムが確立していないため、ダブルトップスター制がある。

本公演[編集]

本公演キャスト(昭和ベルばら)
  1974年月組 1975年花組 1975年雪組 1976年星組 1976年月組
オスカル 榛名由梨 安奈淳 汀夏子 榛名由梨
安奈淳
汀夏子
順みつき[12]
榛名由梨
アンドレ 麻生薫 榛名由梨 麻実れい 但馬久美 瀬戸内美八
アントワネット 初風諄 上原まり 高宮沙千 初風諄
フェルゼン 大滝子 松あきら みさとけい 鳳蘭 鳳蘭
ジェローデル 叶八千矛 新城まゆみ 常花代 三代まさる 有明淳
アラン みさとけい 汐見里佳 千城恵 牧原なおき 江夏淳
ロザリー 小松美保 有花みゆ紀 麗美花
邦月美岐
衣通月子 北原千琴
ベルナール 藤城潤 麻月鞠緒
立ともみ[13]
上條あきら 浦路夏子 藤城潤
ディアンヌ 麗美花 -
ジャンヌ - 千草美景 城月美穂 四季乃花恵
奈緒ひろき[14]
小松美保
小公子 常花代 寿ひづる 山城はるか 峰さを理 大地真央
小公女 北原千琴 -
脚本・演出 植田紳爾
劇場 宝・東 宝・東 宝・東 宝・東 東京のみ
本公演キャスト(平成ベルばら)
  1989年雪組 1989年星組 1990年花組 1991年月組
オスカル 一路真輝 涼風真世
一路真輝
大輝ゆう
安寿ミラ
紫苑ゆう[15]
涼風真世
紫苑ゆう
真矢みき
安寿ミラ
涼風真世
アンドレ 杜けあき 麻路さき 朝香じゅん 杜けあき
日向薫
天海祐希
大浦みずき[16]
アントワネット 仁科有理 毬藻えり ひびき美都 -
フェルゼン 朝香じゅん
紫苑ゆう
麻路さき
日向薫 大浦みずき -
ジェローデル 海峡ひろき 北斗ひかる
真矢みき
千珠晄[17]
三矢直生 天海祐希
愛川麻希
アラン 轟悠 卯月佳 友麻夏希 久世星佳
ロザリー 鮎ゆうき 綾瀬るり
洲悠花[18]
峰丘奈知 朝凪鈴
ベルナール 古代みず希 一樹千尋 舵一星 若央りさ
ディアンヌ - 麻乃佳世
ジャンヌ 小乙女幸 花愛望都 梢真奈美 -
小公子 有未れお
北山里奈
和央ようか
大輝ゆう
絵麻緒ゆう
夏城令 いつき吟夏
汐風幸[19]
小公女 鮎ゆうき 青山雪菜 路あかり
白城あやか
朝吹南
時由布花
脚本・演出 植田紳爾
劇場 宝・東 宝・東 宝・東 宝・東
本公演キャスト(21世紀以降)
  2001年星組 2001年宙組 2006年星組 2006年雪組 2013年月組 2013年雪組 2014年宙組
オスカル 稔幸 彩輝直
水夏希
大空祐飛
霧矢大夢
朝海ひかる
貴城けい
水夏希
安蘭けい 朝海ひかる 龍真咲
明日海りお
早霧せいな
凰稀かなめ[20]
凰稀かなめ
アンドレ 香寿たつき
湖月わたる
樹里咲穂[21]
彩輝直
水夏希
安蘭けい 立樹遥
柚希礼音
湖月わたる
春野寿美礼
瀬奈じゅん
貴城けい
水夏希
安蘭けい
貴城けい
水夏希
龍真咲
明日海りお
蘭寿とむ
壮一帆[22]
未涼亜希
柚希礼音
龍真咲[23]
朝夏まなと
緒月遠麻
アントワネット 星奈優里 花總まり 白羽ゆり - 愛加あゆ -
フェルゼン 安蘭けい 和央ようか 湖月わたる - 紫門ゆりや 壮一帆 -
ジェローデル 夢輝のあ 寿つかさ 涼紫央 貴城けい
壮一帆
珠城りょう
美弥るりか[24]
夢乃聖夏 七海ひろき
朝夏まなと
アラン 真飛聖 - 柚希礼音 綺華れい 水夏希
音月桂
星条海斗 彩風咲奈
彩凪翔[25]
緒月遠麻
七海ひろき
ロザリー 秋園美緒 陵あきの 陽月華 舞風りら 愛希れいか 早花まこ 実咲凜音
ベルナール 久城彬 朝宮真由 立樹遥 立樹遥
柚希礼音
未来優希 美弥るりか
明日海りお[26]
彩凪翔
早霧せいな[27]
蓮水ゆうや
ディアンヌ - 山科愛 -
オスカル(子供時代) 映美くらら
華美ゆうか[28]
- 早花まこ 咲妃みゆ - 星吹彩翔
アンドレ(子供時代) 陽月華 - 愛原実花 海乃美月 -
小公子 朝澄けい 久遠麻耶 麻尋しゅん 沙央くらま
大湖せしる
蓮城まこと
- 和希そら
小公女 映美くらら
南海まり[29]
陽月華
遠野あすか 妃咲せあら
蒼乃夕妃
- 真みや涼子
瀬戸花まり
脚本・演出 植田紳爾
演出 谷正純 鈴木圭 谷正純
劇場 宝・東 宝・東 宝・東 宝・東 宝・東

新人公演[編集]

※1976年月組は役替り公演とする

新人公演キャスト(昭和ベルばら)
  1974年月組 1975年花組 1975年雪組 1976年星組 1976年月組
オスカル 常花代 祐樹叶
寿ひずる[30]
山城はるか 桐生のぼる 榛名由梨
アンドレ 大湖かつら 汐見里佳 槇さやか 賀茂鶴みき 瀬戸内美八
アントワネット 城月美穂 島ゆり 瑞穂まり
城月美穂[31]
四季乃花恵 北原千琴
フェルゼン みさとけい 新城まゆみ 大浦みずき 峰さを理 大地真央
ジェローデル 有明淳 寿ひずる
なかいおり[32]
湖条千秋 一樹千尋 有明淳
アラン 藤城潤 宝純子
欧わたる[33]
光香王子 克美仁 江夏淳
ロザリー 野々ひかり 美樹ひろみ 茜真弓 紫城いずみ 野々ひかり
ベルナール 水乃亮 一条ひかる 克沙千世 有季れいな 藤城潤
ディアンヌ 英理絵 -
ジャンヌ - 美野真奈
星すばる[34]
麻路まりこ
五條愛川[35]
藤京子 小松美保
脚本・演出 植田紳爾
劇場 宝・東 宝・東 宝・東 宝・東 東京のみ
新人公演キャスト(平成ベルばら)
  1989年雪組 1989年星組 1990年花組 1991年月組
オスカル 和央ようか 絵麻緒ゆう
大輝ゆう[36]
汐風幸 真織由季
汐風幸[37]
アンドレ 轟悠 卯月佳 真琴つばさ 大海ひろ
彩輝直[38]
アントワネット 桂あさひ 青山雪菜 香坂千晶 -
フェルゼン 海峡ひろき 麻路さき 香寿たつき -
ジェローデル 美穂さやか 天地ひかり
英りお[39]
夏城令 一紗まひろ
アラン - 雅景[40] 紫吹淳 嘉月絵理
ロザリー 朝霧舞 羽衣蘭
麻丘奈里[41]
詩乃優花 朝吹南
ベルナール 北山里奈 千秋慎
稔幸[42]
橘沙恵 水月静
ディアンヌ - 風花舞
ジャンヌ 夏生かおり 麗美花
出雲綾[43]
夏目佳奈 -
脚本・演出 植田紳爾
劇場 宝・東 宝・東 宝・東 宝・東
新人公演キャスト(21世紀以降)
  2001年星組 2001年宙組 2006年星組 2006年雪組 2013年月組 2013年雪組 2014年宙組
オスカル 真飛聖 華宮あいり 麻尋しゅん 沙央くらま 煌月爽矢 煌羽レオ 和希そら
アンドレ 柚希礼音 速水リキ 夢乃聖夏 凰稀かなめ 鳳月杏 帆風成海 実羚淳
アントワネット 琴まりえ 美羽あさひ 陽月華 - 夢華あみ -
フェルゼン 椿火呂花 月船さらら 柚希礼音 - 星那由貴 彩風咲奈 -
ジェローデル 涼紫央 悠未ひろ 水輝涼 谷みずせ 天翔りいら 久城あす 桜木みなと
アラン 大真みらん - 美弥るりか 緒月遠麻 珠城りょう 永久輝せあ 留依蒔世
ロザリー 映美くらら
華美ゆうか[44]
遠野あすか 南海まり 晴華みどり 海乃美月 星乃あんり 伶美うらら
ベルナール 嶺恵斗 夢大輝 天緒圭花 宙輝れいか 輝月ゆうま 月城かなと 瑠風輝
脚本・演出 植田紳爾
演出 谷正純 鈴木圭 谷正純
劇場 宝・東 宝・東 宝・東 宝・東 宝・東 宝・東 宝・東

その他の劇場での公演[編集]

主なキャスト(昭和ベルばら)
  1976年花組 1977年花組 1978年雪組 1979年花組 1980年雪組
オスカル 安奈淳 安奈淳 汀夏子 松あきら 汀夏子
アンドレ 榛名由梨 松あきら 麻実れい みさとけい 麻実れい
アントワネット 上原まり 城月美穂 邦月美岐 城月美穂
フェルゼン 松あきら みさとけい 常花代 汐見里佳 常花代
ジェローデル 新城まゆみ 新城まゆみ 尚すみれ 央いおり 尚すみれ
アラン 汐見里佳 汐見里佳
ロザリー 美樹ひろみ 花鳥いつき
ベルナール 立ともみ 室町あかね 真咲佳子
ジャンヌ 八汐みちる 昇路みちる
脚本・演出 植田紳爾
公演 全国ツアー
主なキャスト(平成ベルばら及び21世紀以降)
  1991年雪組 1991年花組 2005年星組 2006年雪組 2014年雪組 2014年花組 2014年宙組
オスカル 杜けあき 真矢みき 涼紫央 水夏希[45] 早霧せいな[45] 芹香斗亜 七海ひろき
アンドレ 海峡ひろき 愛華みれ 立樹遥 壮一帆 夢乃聖夏 望海風斗 蒼羽りく
アントワネット 鮎ゆうき ひびき美都 白羽ゆり - - 蘭乃はな 実咲凜音
フェルゼン 高嶺ふぶき 大浦みずき 湖月わたる - 蓮城まこと[46] 明日海りお 朝夏まなと
ジェローデル 轟悠 宝樹芽里 麻尋しゅん 沙央くらま 鳳翔大 鳳真由 澄輝さやと
アラン 風見玲央 - - 緒月遠麻 彩凪翔 真輝いづみ 実羚淳
ロザリー 朝霧舞 峰丘奈知 琴まりえ 舞風りら 咲妃みゆ 花乃まりあ 瀬音リサ
ベルナール 和光一 舵一星 綺華れい 悠なお輝 彩風咲奈 大河凜 星吹彩翔
脚本・演出 植田紳爾
演出 - 谷正純
公演 全国ツアー 中日劇場 全国ツアー

その他[編集]

2003年ダイハツムーブのCMで、絵麻緒ゆうがオスカル、香寿たつきがアンドレにそれぞれ扮して、CMに出演。どちらもトップスターを経て、宝塚から退団していた2人の、テレビCMでの共演であった。絵麻緒ゆうは1989年公演「フェルゼン・アントワネット編」新人公演でのオスカル役、香寿たつきは2001年公演「ベルサイユのばら2001」本公演でのアンドレ役、という正真正銘の本物である。[要出典]

この演目の大当たりによって宝塚歌劇団は人気を盛り返した。しかしその反動で世間一般には「宝塚といえばベルばら ベルばらといえば宝塚」というイメージが強烈にしみついてしまった。また上演すれば満員大入りは必至である。そのイメージが歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」やテレビ・映画・演劇界の「忠臣蔵」モノ(必ず当る演目)と重なるのか、「宝塚歌劇団では年に一度は必ずベルばらを上演する」「カネに困るとベルばらを上演する」などの過った認識を持つ一般人も多い。[要出典]

さらには社会現象となった1970年代のベルばらブームのみを覚えている一般人(舞台演劇に明るくない人)の中には他劇団のロングラン公演やブロードウェイミュージカル(ライオンキング、キャッツ、アニー、放浪記、屋根の上のバイオリン弾き、オペラ座の怪人など)とイメージが重なるのか「宝塚歌劇団ではいつでもベルばらを上演している」「宝塚歌劇団はベルばら専門の劇団」と勘違いしている人も多い。[要出典]

しかし宝塚歌劇ではいつでもベルばらを上演しているわけでもなければベルばら専門の劇団でもない。これまでのベルばら上演は初回上演の1974年から最新の2013年の39年間で本公演15回、地方公演9回、計24回のみである。しかも1974-1976年(昭和ベルばら)、1989-1991年(平成ベルばら)といった公演期間が連続しているものをひとまとめにすると、39年間でベルばらが公演されていた機会は1974-1976年、1989-1991年、2001年、2006年、2013年の5回のみである。よって宝塚歌劇団がベルばらを上演している機会に遭遇するのは7.8年に1回である。宝塚歌劇団のベルばらを観劇するのは五輪、サッカーW杯、諏訪大社の御柱祭の観賞よりも希少な体験と言える。[要出典]

脚注[編集]

  1. ^ 「ベルばら」観客500万人=初演から40年—宝塚歌劇団(時事通信社、2014年6月27日)
  2. ^ http://www.tca-pictures.net/shop/press/100202_versailles.html DVD-BOX ベルサイユのばらGRANDHISTOY
  3. ^ http://www.tca-pictures.net/shop/press/100202_versailles_detail.html DVD-BOX ベルサイユのばらGRANDHISTOY Special Disc詳細内容
  4. ^ 池田理代子原作 ベルサイユのばら 第9章 神にめされて
  5. ^ 池田理代子原作 ベルサイユのばら 第9章 神にめされて
  6. ^ 植田紳爾の回想/日本経済新聞「私の履歴書」2014年10月。以下、本項記述は左記資料に拠る。
  7. ^ http://shop.tca-pictures.net/tcaonlineshop/goods/index.html?cid=99999&ggcd=TCAD-006 TCA発売 ベルサイユのばら大全(DVDソフト)
  8. ^ 2013年4月8日 AM02:15 放送SKY STAGE(CS有料放送) ベルサイユのばらCheck it Out!#5「他では見られないレアものシーン」
  9. ^ 宝塚歌劇『ベルサイユのばら』ご来場者450万人達成(宝塚歌劇公式ページ・2013年3月21日)
  10. ^ http://kageki.hankyu.co.jp/versailles2013/moon/report.html 宝塚歌劇公式ページ 『ベルサイユのばら』-オスカルとアンドレ編-を上演するにあたり
  11. ^ 「ベルばら」観客500万人=初演から40年—宝塚歌劇団(時事通信社、2014年6月27日)
  12. ^ 順以外は宝塚のみ
  13. ^ 麻月は宝塚のみ
  14. ^ 四季乃が宝塚、奈緒が東京
  15. ^ 紫苑は東京のみで、それ以外は宝塚のみ
  16. ^ 大浦は宝塚のみ
  17. ^ 北斗、真矢は宝塚のみで、千珠は東京のみ
  18. ^ 綾瀬は宝塚のみで、洲は東京のみ
  19. ^ いつきが宝塚、汐風が東京
  20. ^ 凰稀 は宝塚のみ
  21. ^ 香寿以外は東京のみ
  22. ^ 蘭寿、壮は宝塚のみ
  23. ^ 柚希、龍は宝塚のみ
  24. ^ 美弥るりかは宝塚のみ
  25. ^ 彩凪翔は宝塚のみ
  26. ^ 明日海りおは宝塚のみ
  27. ^ 早霧せいなは宝塚のみ
  28. ^ 映美は東京のみ、華美は宝塚のみ
  29. ^ 映美は東京のみ、南海は宝塚のみ
  30. ^ 祐樹は宝塚のみ、寿は東京のみ
  31. ^ 瑞穂は宝塚のみ、城月は東京のみ
  32. ^ 寿は宝塚のみ、なかは東京のみ
  33. ^ 宝は宝塚のみ、欧は東京のみ
  34. ^ 美野が宝塚、星が東京
  35. ^ 麻路が宝塚、五條が東京
  36. ^ 絵麻緒は宝塚、大輝は東京
  37. ^ 汐風は東京のみ
  38. ^ 彩輝は東京のみ
  39. ^ 天地は宝塚、英は東京
  40. ^ 東京のみ
  41. ^ 羽衣は宝塚、麻丘は東京
  42. ^ 千秋は宝塚、稔は東京
  43. ^ 麗は宝塚、出雲は東京
  44. ^ 映美は東京、華美は宝塚
  45. ^ a b 当時は、雪組の二番手男役
  46. ^ ロベスピエール役と2役

外部リンク[編集]