スタジオパークからこんにちは
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| スタジオパークからこんにちは | |
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番組生放送が行われるNHKスタジオパーク |
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| ジャンル | トーク番組 |
| 放送時間 | 月 - 金曜13:05 - 13:54(49分) |
| 放送期間 | 1995年3月22日 - |
| 放送国 | |
| 制作局 | NHK総合テレビジョン |
| 出演者 | 武内陶子、稲塚貴一ほか |
| 音声 | ステレオ放送 |
| オープニング | いきものがかり「Happy Smile Again」 |
| 外部リンク | 公式サイト |
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特記事項: |
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『スタジオパークからこんにちは』は、NHK総合テレビジョン(デジタル総合テレビジョン含む)で放送されている平日の午後1時05分から同1時54分まで放送されている生放送のトーク番組である。1995年3月22日より放送開始。NHKスタジオパークから毎日生放送をしている。
目次 |
[編集] 概要
NHKワールド・プレミアムでも時差で放送する。国会中継、重要なニュース等で休止した場合には事前に収録したVTRを流すこともある。祝日と年末年始、高校野球全国大会の開催中は休止となる。以前は祝日でも放送されていた日がある。
夏の高校野球の地方大会代表決定戦が集中する7月中~下旬、または衆議院や参議院の選挙期間中(投票日の10日前後)に政見放送を行う地域に放送できない局があるため、生放送を中止して過去の放送からのアンコールを行う[1]。
ゲストが女優の場合、男性俳優と同様「俳優」と紹介している[2]。
また放送当日に突発の重大事件・事故・政局が発生した場合は番組は休止、放送中の場合は中断になり、そのまま収録放送という形に切り替えて進行し後日放送という形をとる場合もある[3]。他にもゲストのスケジュールの都合で収録という場合や他の諸事情で録画という形もある。事件の重大性によってはニュース枠が多少延長されるだけにとどまることもあり、その場合は番組を30分程度に短縮して生放送を維持することもある。
開始からしばらくは裏番組に押され視聴率は1~2%と低迷していた。しかし、元俳優という異色の経歴を持つ堀尾アナの軽妙な司会ぶりやゲストに対して「素顔」を巧く引き出す話の展開の仕方が徐々に評判になり視聴率も平日は4~5%まで上昇し、祝日に放送された時は8%を超えたこともあった。
さらに堀尾アナ時代末期はゲストによっては7~8%まで上がり、同局の看板番組にまで成長した。
しかしその後、堀尾アナが夜のニュース『NHKニュース10』に異動したことによる司会者交代、放送時間の拡大などにより人気は頭打ちになる。一時は平均5%は確保していたものが堀尾アナ降板後は2~3%台と低迷。試行錯誤を繰り返すも、現在も視聴率面では低迷を続けている。
NHKが2006年に公開した「ジャンル別番組制作費」によると、同番組の制作費は230万円掛かっている。
[編集] 内容
以下は2008年09月におけるものである。
- ゲストトーク
- NHKの番組に出演中の有名人をゲストに招いてのトーク。番組の見所、収録こぼれ話やゲストの本音・プライベートについての話題などが豊富に展開される。また視聴者からの質問に答えるコーナーもある[4]。
- 暮らしの中のニュース解説
(13:40頃~の約8分間、放送が収録の場合は13:46~生放送)
- 不定期で東京のスタジオを飛び出して地方発で行うことがある。
- 毎年12月31日(平日の場合のみ)には年末ジャンボ宝くじの抽選会場と中継を結び、当選番号も発表されていた。これは『ひるのプレゼント』から続いていた。なお、2005年以降は大晦日の特集番組の枠内での放送に移行している。
[編集] 放送時間
いずれも日本時間(JST)。
- 放送開始~1998年3月:平日13:05~13:59
- 1998年4月~2002年3月:平日13:05~14:28(ニュース中断:14:00~14:05)の2部制。14:05以降は「スタパ de ライヴ」
- 2002年4月~2005年9月:平日13:05~14:00(『テント2002公園通りで会いましょう』の放送開始に伴う時間変更)
- 2005年10月~2006年3月:2部制
- 1部:月曜~金曜12:20~12:43(祝日は5分繰り上げ)- 『生中継ふるさと一番!』(月曜~木曜)、『金曜バラエティー』(金曜)
- 2部:平日のみ13:05~13:59 - 従来の『スタジオパークからこんにちは』
- 2006年4月~2008年3月:1部が独立、2部のみが残る
- 2008年4月~:平日13:05~13:54
[編集] 歴代司会
[編集] 第1期
1997年3月までは女性陣は以下の4人が週替わりで担当。同年4月以降は堀尾アナ・高見コンビで固定。
- 堀尾正明アナウンサー(1995年3月~2000年3月)
- 高見知佳(1995年3月~2000年3月)
- 兵藤ゆき(1995年3月~1997年3月)
- 遥洋子(1995年3月~1997年3月)
- 向井亜紀(1995年3月~1997年3月)
- 古谷敏郎アナウンサー(2000年3月)
- 2000年3月の最後の2週間は堀尾アナが『NHKニュース10』の番組打ち合わせで不在だった為、古谷アナが代理登板した。堀尾アナ・高見卒業(降板)後も引き続き残留し、同年4月~2001年3月まで後半コーナーの司会を務める。
[編集] 第2期
上田以降は男女の役割が入れ替わり、女性アナウンサーがメインを務めるようになった。
- 上田早苗アナウンサー(2000年4月~2004年3月)
- 関口知宏(2000年4月~2001年3月)
- タレントが司会を務めたのは関口が最後。以後は男女ともアナウンサーが担当している。
- 古谷敏郎アナウンサー(2001年4月~2002年3月)
- 小寺康雄アナウンサー(2002年4月~2003年3月)
- 小田切千アナウンサー(2003年4月~2004年3月)
- 2003年4月~5月にかけて小田切アナが盲腸炎で入院した際には古谷敏郎アナウンサー、杉尾宗紀アナウンサーが代役を務めた。
[編集] 第3期
[編集] 第4期
NHKが広報用に製作した公式ポスターでは有働・小川について「昼顔」と銘打っていた。
[編集] 第5期
- 武内陶子アナウンサー(2007年6月4日~2009年12月11日)
- 岩槻里子アナウンサー(2009年12月14日~)月・木曜
- 山本志保アナウンサー(2009年12月15日~)火曜
- 住吉美紀アナウンサー(2009年12月16日~)水・金曜
- 遠藤亮アナウンサー(〜2008年3月)
- 稲塚貴一アナウンサー(2008年4月〜)
- 武内は『お元気ですか日本列島』の担当だったが、有働が2007年6月期異動でアメリカ総局付となったため後任としてスライドとなる。『元気列島』は武内同様出産・育児休暇明けだった岩槻里子に交代。ところがその武内が2009年秋に双子を妊娠していることが判明し、2010年4月出産予定となった。このため、2009年12月11日で番組を降板することとなり[5]、その後任は2010年3月までの限定で武内の同期である山本(志)、後輩の住吉、岩槻の三アナが代理登板することが発表された[6]。
[編集] テーマ曲
- 初代:『はじまりの虹』中西圭三(1995年~1996年3月)
- 2代目:『恋のクラクション』Little Bach(1996年4月~1997年3月)
- 3代目
- 4代目
- 5代目:『歌う風』平原綾香(2004年4月~2006年3月)
- 6代目:『“おかえりなさい”が待っている』風味堂(2006年4月~2008年3月)
- 7代目:『Happy Smile Again』いきものがかり(2008年4月~現在)
[編集] 脚注
- ^ 後半の「くらしの中のニュース解説」のみ生放送になり男性キャスターと解説委員の二人だけで進行しそのままEDになる。
- ^ 司会者が「女優」と発言してすぐに「俳優」と言い直したこともある。
- ^ この場合、タイトルから"LIVE"が消え「X月X日に収録したものです」と断り書きのテロップが出る。電話・FAXの募集告知も行われない。阿部サダヲの回のように、中断された場合は最初から仕切りなおして収録、後日放送する場合や、平野綾のように、当日NHKで放送前から待機、結局中止となり、収録も行われず、そのままNHKの食堂で食事だけして帰ることになったというケースもあった。関連番組の「土曜スタジオパーク」では、地震報道のために放送できなくなったものを、当日深夜に放送したことがある。
- ^ 2005年9月まで金曜は音楽の生演奏等で構成される「スタパDEライブ」を放送していたが、『金曜バラエティー』に発展移行した。
- ^ なお、武内は長女妊娠時は早い段階でレギュラー番組を降板している。
- ^ NHK武内陶子アナ出産で「スタパ」降板 朝日新聞 2009年12月11日閲覧