フジテレビジョン

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株式会社フジテレビジョン
Fuji Television Network, Inc.
Fuji Sankei Mark.gifFuji Television Logo.svg
Fuji TV headquarters and Aqua City Odaiba - 2006-05-03-2009-25-01.jpg
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 フジテレビ
本社所在地 日本の旗 日本
137-8088
東京都港区台場2丁目4番8号
設立 2008年10月1日
(新設分割のため)
業種 情報・通信業
事業内容 放送法に基づくテレビジョン放送
代表者 代表取締役会長 日枝久
代表取締役社長 亀山千広
資本金 88億円
(2014年3月31日現在)
売上高 3,168億4,600万円(2014年3月期)
純資産 1,705億3,700万円
(2014年3月31日現在)
総資産 2,711億7,700万円
(2012年3月31日現在)
従業員数 1,377名(2014年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 株式会社フジ・メディア・ホールディングス 100%
外部リンク www.fujitv.co.jp
特記事項:旧法人(株式会社富士テレビジョン)の設立は、1957年11月18日。
FCGビル設計・丹下健三・都市・建築研究所
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株式会社フジテレビジョンFuji Television Network, Inc.)は、関東広域圏放送対象地域とするテレビジョン放送特定地上基幹放送事業者である。 また、フジテレビONEフジテレビTWOフジテレビNEXT衛星一般放送を行う衛星一般放送事業者台場2丁目を業務区域とするエリア放送地上一般放送事業者でもある。略称はコールサインJOCX-DTV)から一般的にCXが用いられる(ただし、正式な略称として定められていない[1])。 通称はフジテレビフジ。FNNフジニュースネットワーク、FNSフジネットワークフジテレビ系列)のキー局である。

目次

概要[編集]

2008年(平成20年)9月まではフジサンケイグループの中核企業であり、資本関係上もグループの統括会社となっていたが、2008年10月1日に株式会社フジテレビジョン(旧会社)は、株式会社フジ・メディア・ホールディングスに商号変更、テレビジョン放送関連事業を同日設立した新会社たる「株式会社フジテレビジョン」(現行会社)に事業譲渡および放送免許を承継し、純粋持株会社また、認定放送持株会社となった。 本項目では2008年9月30日までの旧会社、および2008年10月1日以降の現行会社について述べる。

フジテレビジョン
英名 Fuji Television Network, Inc.
放送対象地域 関東広域圏
東京都茨城県栃木県群馬県埼玉県千葉県神奈川県
ニュース系列 FNN
番組供給系列 FNS
略称 CX
愛称 フジ、フジテレビ
呼出符号 JOCX-DTV
呼出名称 フジデジタルテレビジョン
開局日 1959年3月1日
本社 〒137-8088
東京都港区台場
2丁目4番8号
北緯35度37分36.04秒
東経139度46分27.47秒
座標: 北緯35度37分36.04秒 東経139度46分27.47秒
演奏所 #スタジオを参照
リモコンキーID 8
デジタル親局 東京 21[2]ch
アナログ親局 東京 8ch
ガイドチャンネル 8ch
主なデジタル中継局 下記参照
公式サイト http://www.fujitv.co.jp/
特記事項:
開局は毎日放送(大阪・JOOR-TV)、九州朝日放送(福岡・JOIF-TV)と同日。
また、大東諸島も、アナログ時代は放送区域に含まれていた。
2008年10月1日、フジ・メディア・ホールディングスからテレビジョン放送免許を承継。
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フジテレビ
基本情報
略称(愛称) CX、フジ
運営(番組供給)事業者 株式会社フジテレビジョン
本社(本部) 〒137-8088
東京都港区台場2丁目4番8号
ジャンル 地デジ難視対策衛星放送
放送内容 地上デジタル放送サイマル放送(マルチ編成の場合は主番組のみ)
視聴料金 無料
衛星基幹放送(BSデジタル放送)
放送事業者 社団法人デジタル放送推進協会
チャンネル番号 Ch.298
物理チャンネル BS-17ch
放送開始 2010年3月11日
放送終了 2015年3月31日終了予定
公式サイト
特記事項:
地デジ難視対策衛星放送対象リスト(ホワイトリスト)に掲載された地区のみ視聴可能。

各地域の系列局28社で、番組の供給・ネットを目的とするフジネットワーク (FNS:Fuji Network System) と、ニュース素材の供給・ネットを目的とするフジニュースネットワーク (FNN:Fuji News Network) を組織している。

地上波放送の他にスカパー!プレミアムサービス(東経124・128度CS放送)、および衛星基幹放送事業者であるサテライト・サービスを通じてスカパー!(旧・スカパー!e2)(東経110度CS放送)で、フジテレビONEフジテレビTWOフジテレビNEXTの3つのチャンネル(フジテレビワンツーネクスト)を放送していて、一部のケーブルテレビ事業者へもこれらのチャンネルの供給を行っている。

FNN(ニュース)の取材対象地域には、青森県山梨県が含まれる。

なお、フジテレビジョンの略称は開局当初、「FTV」が用いられた。しかし、正式な略称として定めておらず、後に開局した福島テレビが「FTV」を正式な略称として使用するようになった。以後、フジテレビジョンは「CX」の略称が用いられている(ただし、これも正式な略称として定められたものではない)。なお、フジテレビジョンの略称として用いられているCXは、香港ワンワールド加盟航空会社であるキャセイパシフィック航空IATA航空会社コードと同じであるが、両者とは無関係である。

社名の由来は諸説あるが、開局にあたり創業者の一人で当時専務取締役だった鹿内信隆が、「庶民に愛されなくてはならない。ポピュラーなものでなくてはならない。日本でポピュラーと言えば桜と富士だから仮に富士テレビでどうだろうか」と提案の上で社名を「富士テレビジョン」に改めた。しかし、漢字の「富士」は画数が多く、「フジテレビジョン」に変更された。

沿革[編集]

歴史[編集]

旧有楽町本社(1961年ごろ)。ニッポン放送の本社と同居していた。
旧河田町本社(1961年ごろ)
旧河田町本社(1991年4月撮影)
河田町時代のフジテレビ本社があったところは、現在高級高層マンションになっている(河田町コンフォガーデンURの運営で、フジテレビとは無関係)。本社があった痕跡はないが、第一別館は2009年までフジテレビが新宿支局として使っていた。

1950年代 - 1960年代[編集]

  • 1957年6月に、文化放送ニッポン放送東宝松竹大映等が免許を申請し、翌7月に予備免許が交付された。その後、事業体として同年11月、東京都千代田区有楽町1丁目7番地(現在の有楽町1丁目9番地)に資本金6億円で「株式会社富士テレビジョン」として設立(翌年12月に現在の商号に変更 ニッポン放送本社と同居)。
  • 1959年1月に東京都新宿区市谷河田町7番地(現在の新宿区河田町3-1)に本社ビルを完成させ(本社所在地の変更は1962年)、同年3月1日に東京で3番目(開局順としては4番目だが、総合局と教育局の区分による都合上、3番目とされている)のテレビ局として放送を開始した(放送開始当時は映像出力10 kW、音声出力2.5 kW。1960年1月17日に空中線電力を50 kWに増力した)。
  • チャンネルは当初「1」を希望していたが、NHK教育テレビ総合テレビが獲得[11]日本テレビ放送網が「4」、ラジオ東京テレビ(現:TBSテレビ)が「6」を取得していたため、第8チャンネルとなった。開局から1986年3月31日までのシンボルマークはチャンネルナンバー「8」を図案化したもの。(関西テレビ放送沖縄テレビ放送とは多少異なる)ロゴタイプ(ロゴ)は産経新聞(当時はサンケイ)やニッポン放送の旧書体に似た旧フジサンケイグループ標準書体(亀倉雄策の作)だった。
  • 8チャンネルを取得したものの日本の黎明期のテレビ受像機1956年頃までは6チャンネル・チューナーが一般的であったため、新たに開局した8チャンネルのフジテレビを視聴するためには12チャンネル・チューナのテレビ受像機に買い替えるかチューナの増設が必要であった。
  • 1959年3月1日の開局では、9時20分に最初の番組『開局に際して』(初代社長水野成夫による挨拶)が放映。続いて、開局までの模様を映した記録映画『フジテレビの誕生』が放映された。この日の夜には『スター千一夜』が放映開始。当時の映画会社が締結した「五社協定」により、映画スターのテレビ出演が難しい時代であったが、“芸能番組への出演”という形でなく、時事に絡めた社会の話題として取り上げることにより出演を取り付けるという画期的な方法を採った。
  • 1959年6月17日渡辺プロダクションの制作指揮による音楽番組『ザ・ヒットパレード』が放映開始。
  • 1963年1月1日には、日本初の国産テレビアニメ鉄腕アトム』が放映開始。さらに1965年10月6日には、日本初のカラーテレビアニメ『ジャングル大帝』の放映を開始。
  • 1964年1月1日、正月恒例の『新春かくし芸大会』が放映開始。翌1965年からは司会者に高橋圭三を迎えて規模も年々拡大、年末年始の風物詩的番組として2010年まで続いた。
  • 1967年2月11日、『ズバリ!当てましょう』で自社制作の実写番組では初のカラー放送を実施[12]
  • 1969年、フジテレビ労組で女子社員の25歳定年制の撤廃が議論される。同制度に抗議して、全女子社員が赤いバラを胸に付けて抗議活動をした。同年、東京都地労委にあっせん申請。

1970年代 - 1980年代[編集]

同年10月、日本の地上波テレビ局で初の完全24時間放送を開始(最初は平日の早朝で休止の時間帯があった)。深夜枠のソフト充実を目的に『JOCX-TV2』と銘打って実験的な内容の番組を多数開始した。以降、『やっぱり猫が好き』や『夢で逢えたら』など新感覚の番組が高い評価を受ける。
この結果、1987年の全日視聴率1位を達成。関東地区における全日視聴率(ビデオリサーチの調査)は、1963年から1986年までの24年間、NHK総合テレビが各民放キー局を押しのけて、連続して1位を獲得しており[13][注 1]、民放史上初の単独での全日視聴率制覇を果たした。

1990年代[編集]

フジテレビ本社があるFCGビル(1996年、アクアシティ建設前)
フジテレビ本社があるFCGビル(東京テレポート駅側より)
  • 1990年代前半には、『カノッサの屈辱』など、深夜放送を中心とした人気番組が続々生まれた。しかし、1993年夏頃から視聴率三冠のうちのいくつかを巨人戦中継などのコンテンツを持ち、バラエティ番組も好調だった日本テレビに明け渡し、その勢いも次第に衰えていった。1994年には1982年から12年続いた三冠王を奪われ、その後2003年まで10年連続で「年間視聴率四冠王」(ゴールデン・プライム・全日にさらにノンプライムを加えての表現)を日本テレビが達成した。
  • 1997年3月10日に、東京都新宿区河田町から港区台場FCGビル(通称:フジテレビ本社ビル)に移転。新社屋の設計は『丹下健三都市・建築設計研究所』、施工は鹿島建設。敷地面積21102.220 m²、延べ床面積141825.438 m²、地下2階 地上25階 塔屋1階。直径32 mの球体展望室が印象的。収録に使用した道具や収録スタジオ(V4スタジオ)などが見られる見学者コースがあり、東京臨海副都心を代表する観光スポットの1つになっている。ビル全体の“見た目サイズ”はワイドクリアビジョンテレビの16:9をイメージしているとされる。
  • 1999年にはイメージキャラクターの「ラフくん」が登場、2002年からは「きっかけは、フジテレビ。」のキャッチコピーで様々なキャンペーンを展開、毎年本社ビルで行われているイベントも名物となっている。不定期で社内を歩き回り、愛嬌を振りまいている。

2000年代[編集]

  • 2002年6月9日放送の『2002 FIFAワールドカップ 日本-ロシア』が66.1%を記録、これを持って同局および民放史上初の年間視聴率1位獲得となった[14]
  • 2003年度(2003年4月-2004年3月)の調査ではプライムタイムの視聴率が日本テレビを上回り、この結果、2004年には1993年以来11年ぶりに「三冠」を日本テレビから奪還し民放トップの座に返り咲いた。その後2010年まで7年連続で三冠を達成した。
  • 2005年1月、お台場社屋からの主要生番組(『めざましテレビ』『とくダネ!』『ニュース関係全般』など)が全てハイビジョン放送となる。
  • 2008年5月15日、フジテレビは2008年4月に施行の改正放送法に基づく「認定放送持株会社」制への移行を取締役会で決定した[15]。その概要は、現在の株式会社フジテレビジョンを純粋持株会社「株式会社フジ・メディア・ホールディングス (FUJI MEDIA HOLDINGS,INC.)」に商号変更、地上波テレビ放送事業は放送免許も含め、分社型新設分割方式によって新設する「株式会社フジテレビジョン(新設会社)」への移管・免許承継する。
  • 2008年6月27日、定時株主総会にて放送持株会社制への移行が承認された。その後主務大臣の認可・法的な処理を実施の上、2008年10月1日から新体制に移行した。

2010年代[編集]

  • 2010年にはデジタルコンテンツ事業の強化に乗り出し、「キミフジ」や「イマつぶ」などのオンラインサービスを開始している。
  • 2010年9月27日、フジテレビが報道及び関連番組で使用していたテロップ・CGシステム(同局では「ワープロシステム」と呼称)を1994年10月の機材更新以来およそ16年ぶりに更新した[16]。これにより同局のニューステロップは全てHD対応仕様となった。基本書体はJTCウインSから平成角ゴシックW7に変更されたが、わずか3週間でJTCウインSに戻った[17]。なお、2011年度上期には非報道系(制作・情報系)のワープロシステムも、報道系と同様のシステムへ更新されている(ただし、報道系と非報道系は基本的に全く別のシステムとして構築されている。)。
  • 2011年3月11日(東北地方太平洋沖地震及び東日本大震災報道特別番組放送中)、音声漏れによる不謹慎極まりない“放送事故”が発生[独自研究?]
  • 2011年4月頃から、地震・ニュース速報テロップ放出時のチャイムが「緊急地震速報とのチャイムが紛らわしい」という苦情があったことから音程を変更。
  • 2011年7月1日から7月23日まで『産経テレニュースFNN』や『サザエさん』など一部番組において、地上アナログ放送で放送終了のカウントダウンを画面左下に表示したため、スポンサークレジット上部の「提供」の文字を削除、企業名のみの表示となった。なお、この表示方法は同系会社のBSフジがすでに行っているものである。
  • 2011年10月31日、モノラル放送(モノステレオ放送)で放送されている全ての報道・情報番組がステレオ放送に切り替えられた[18]。なお、各局の全国ニュース枠における全日・全時間帯のステレオ音源化は初となる。また、ニュース映像に付けられるBGMもステレオ音源で送出される(他局ではモノラル音源で送出されることが多く、全国ニュースでは数少ない)。
  • 2011年、年間視聴率三冠を2003年以来8年ぶりに日本テレビに再び奪われる。フジテレビは全日では日本テレビと同率1位でゴールデン、プライムは2位だったため一冠であった。2011年の年度視聴率においても、三冠を日本テレビに奪われた[19]。また「偏向[20]韓流偏重」を理由として、東京お台場フジテレビ本社周辺で嫌韓デモ活動が勃発した。
  • 2012年、年間視聴率ではゴールデン、プライム、全日の全ての時間帯で3位に後退[21]。2013年1月第4週(同月28日 - 2月3日)における全日帯の平均視聴率と2013年8月の平均視聴率では4位に後退[22][23]。さらには2013年10月24日に『ほこ×たて』における悪質なやらせも発覚するなど、テレビ局としての価値が損なわれるような事態が続いている[24][25]。2013年10月22日には、長年続いたバラエティ番組『笑っていいとも!』の終了が発表された[26]
  • 2014年3月31日1980年代 - 2010年代前半のフジテレビ平日昼帯を支え続けたバラエティ番組『笑っていいとも!』が放送終了。放送期間32年間・放送回数8054回という大記録を打ちたて、ギネス世界記録として『生放送バラエティー番組単独司会最多記録』『生放送バラエティー番組放送回数最多記録』が認定された(前者は番組司会のタモリ、後者が番組としての記録)[27]
同年5月15日の決算報告で、フジ・メディア・ホールディングスの連結最終利益が前年度比44.8%減の172億8200万円、フジテレビ単体でも同34.7%減とする大幅減益が発表される。2013年度の在京民放5社の減益はフジテレビのみ[28]
  • 2014年7月11日 - 亀山千広フジテレビ社長は、フジテレビ所属の全社員約1500人のうち、約1000人を「社内活性化と視聴率奪還のため」6月27日付で異動させたことを明らかにした[29]

お台場移転の経緯[編集]

従前の「母と子のフジテレビ」に代えて1980年(昭和55年)に掲げた「軽チャー」路線がようやく波に乗り出し、1984年(昭和59年)には年間売上高も開局以来初めて在京キー局でトップに躍り出た。局舎の台場移転構想が持ち上がったのはこの頃である。

当時のフジサンケイグループ議長であった鹿内春雄が、所用で当時はまだ更地だったお台場を訪れ「テレビ局を運営するならビルの林立した都心よりも、その都心を広々と見渡すことのできるお台場のような場所がいい」と考え、後のフジテレビ役員会議で提唱した。当時の東京都知事・鈴木俊一も「情報の集まる所に人は集まる」と考えており、「臨海副都心計画を成功させるためにはお台場エリアに一大エンターテインメントも必要」という方針を打ち出していた。そのようなこともあり、かねてから親交が深かった鹿内春雄にフジテレビの誘致を積極的に行っていたことが、この移転構想へつながったと見られている。FCGビルの設計には鈴木や鹿内と繋がりが深かった丹下健三が選ばれた[30]。台場は当時未開発の地であり、都心と比較しても地価が安く、用地も都から安価で提供してもらえたことも大きく影響した。提供とは賃貸のことを示す。

当時はレインボーブリッジゆりかもめはおろか、臨海副都心線さえ開通していなかったことや、都心からも遠いこともあり、ほとんどの役員は台場移転案に消極的であった。前述のように将来における民放の衛星放送への参画や、それに伴うスタジオの増設、局内のデジタル回線への変更などで当時の河田町の局舎では限界があったため、新局舎の建設が必要であることは役員の誰もが理解していた。このため、再三にわたる議論の末、

  1. 河田町の局舎解体後、跡地に新局舎を建て直す案(移転不要案)
  2. 都心に近くて広大な土地のある品川区大崎(現在の大崎ニューシティやゲートシティ大崎があるJR大崎駅東口地区)への移転案
  3. お台場移転案

の3つに絞られた。フジテレビの現場サイドも局舎そのものを観光名所にして、そこから新たな収益構造を作りたいという目的があったため、住宅地に囲まれた河田町では地理的に集客力に限界があり、この目的は達成できないとして1.の移転不要案は却下された。また、2.と3.を比べても、お台場は海沿いで眺めも良く、開発されつくした大崎エリアと比べても未開発で集客面でも将来性が大きかったことと、前述の地価の面でも大きく有利に動いた。これに加えて鈴木都知事の協力が得られたことにより、3.のお台場移転案が決定的になった。

これを受け、局内に当時取締役編成局長だった日枝久を初代室長とする総合開発室が設置された。将来の台場新局舎の建設計画や用地取得、および衛星放送開始に備え、10年越しでの大プロジェクトを敢行し、「お台場のフジテレビ」を築き上げた。また、これらのプロジェクトで費やした費用は10年間で実に数千億円に上ったという。

なお、お台場完全移転から2ヶ月後の1997年5月10日放送『めちゃ×2イケてるッ』(河田町からお台場への引越企画を放送)では、「台場移転に2tトラック約3千台分(体積換算で東京ドーム6個分)・費用約7億円」と放送されていた。[31]

特色[編集]

ニュースや情報番組で使用されているテロップフォントは、フォント制作会社のニィスと共同開発したもので、これが先駆となって、他局や色々な印刷物にもこのフォントが使用されるようになった。

メインバンクはみずほ銀行(旧富士銀行→旧みずほコーポレート銀行)で、FNSチャリティーキャンペーンにおけるフジテレビの振込先もみずほ銀行東京中央支店(旧富士銀行本店)であり、以前には芙蓉グループ提供の番組『感動エクスプレス』『満足!迷い旅』を放送していた。さらに、フジサンケイグループ傘下の広告会社3社と合併した広告会社クオラスがある。また、三菱グループとも関係が深く、以前には三菱電機一社提供の『メントレG』を放送していたほか、FNS系列局で毎年5月に放送している『ダイヤモンドカップゴルフ』(関西テレビ制作)は三菱自動車工業などの三菱グループ数社が協賛している。現在フジテレビの常務取締役を務める飯島一暢三菱商事の出身である。

1980年代に入ると、バラエティ番組を中心に同局の女性アナウンサーをタレント同然に扱う様子が見受けられるようになる。他の民放局でも同様の傾向は見られるが、フジテレビはそれが顕著で、入社以前に何らかの芸能活動を経験しているアナウンサーも多数在籍している(日本のアナウンサー#「女子アナ」とその背景も合わせて参照)さらには、『ラヴシーン』と題した同局アナウンサーによる朗読劇を企画するなど、いち早く「タレント化」とも言える事業展開を行ってきた。

NONFIX』や『ザ・ノンフィクション』など質の高いドキュメンタリー番組を多く手掛け、放送関係の受賞歴も多い。

在京キー局中、労働組合の活動状況や対経営側への影響力は最も弱いとされている(民放労連会報・会員コメントより)。

渡辺プロダクションとその系列のイザワオフィスとの結びつきが非常に強く、『ザ・ヒットパレード』や『新春かくし芸大会』、『クイズ・ドレミファドン!』、『ドリフ大爆笑』など往年の看板番組や現在放送中の『ウチくる!?』『志村けんのバカ殿様』などの制作にはこの2事務所が深く関わっており、番組エンドロールの企画・制作元が「フジテレビ」ではなく、それぞれ「渡辺プロダクション」「イザワオフィス」となっている。

制作番組[編集]

フジテレビ制作の番組については、『フジテレビ番組一覧』や『ミニ番組#フジテレビ』などを参照のこと。

制作セクションは編成制作局にあり、第三制作部までに分かれていた。ドラマ制作センター(旧・第一制作部、英語ではdivision1→ディビジョン1)はドラマ、バラエティ制作センター(旧・第二制作部)はバラエティ・音楽番組、情報番組センター(旧・第三制作部)はドキュメンタリー・情報番組などを作っている(2002年7月に第三制作部は生活情報局に移行、2004年6月に情報番組センターに改称)。また、報道特番についてはFNN系報道特別番組を参照。

制作著作のクレジットについて[編集]

基本的に自社制作(ドラマ制作センター、バラエティー制作センター、情報番組センター)については「制作著作・フジテレビ」[32]でクレジットされている。

フジテレビ系のプロダクションである共同テレビジョンフジ・メディア・テクノロジー(旧社名:八峯テレビ)、FCCを含む外部のプロダクションと共同制作する場合、2010年9月までは「制作・フジテレビ、(プロダクション会社名)」でクレジットされており、プロダクションとフジテレビが著作権を共有するような書き方であったが、同10月以後、フジテレビは「制作」のクレジットのみとなり、外部プロダクションが「制作著作」として表示されるようになった。[33]

ただし一部「制作著作:フジテレビ、制作協力:(外部プロダクション)」とする場合もあるほか、上記フジテレビ系プロダクション各社との共同制作(プロダクション側が制作協力扱いとなるもの含む)については目玉マーク1つを共有する形で2社を並列表記させる場合もある。

報道・情報番組[編集]

フジテレビ・ニュース番組の街頭取材・取材カメラクルー

FNNニュース』、『FNNスピーク』、『FNNスーパーニュース』、『ニュースJAPAN』などのニュース番組を報道局が制作。『めざましテレビ』、『情報プレゼンター とくダネ!』などの情報番組ワイドショー番組は、情報制作センター(旧・第三制作部)が制作している。

フジテレビ以外の系列局の映像には、当該系列局名のテロップが入ったが、2005年4月に廃止。現在は、画面左下に『FNN NEWS』と入り、その横にそのニュース取材場所などが表示されるようになっている。これは、フジテレビ、それ以外の系列局の取材に関係なく表示される。『とくダネ!』など情報制作センターの番組は、系列局が取材した映像にクレジットが表示される。

1961年4月1日プロ野球に特化したスポーツニュースのはしりである『きょうのプロ野球から』が放映開始。翌1962年に『プロ野球ニュース』に改題(この当時はいずれもプロ野球シーズン期間中のみ放送)。

1965年5月1日、NET(現:テレビ朝日)系列の朝のワイドショー、『モーニングショー』に対抗し、NHKの看板アナウンサーだった小川宏を招聘して、『小川宏ショー』をスタート。初代司会陣は小川宏と元TBSアナウンサーの木元教子、当時アナウンサーだった露木茂。1968年4月1日、不毛の時間帯とされた平日午後3時枠を開拓したワイドショー『3時のあなた』が放送開始。1984年10月に『FNNスーパータイム』を開始。夕方ニュース戦争の幕開けとなる。

1985年8月12日日本航空123便墜落事故では現場が特定困難であった山中から、翌日にテレビで最も早く事故現場の映像を衛星中継上空のヘリコプター経由で中継して伝えた。2003年12月14日のサッダーム・フセイン拘束のニュース速報を、他局に先駆けて伝え、民放で唯一報道特番を組んだ。

スポーツ[編集]

すぽると!』、中継番組全般をスポーツ局が制作。また、レーベル表記は「FUJI NETWORK SPORT」を2001年10月より使用(2005年4月より中継番組のみの使用)。

1987年以来、大きなスポーツイベントにおける放映権を獲得するようになり、モータースポーツの最高峰であるF1世界選手権の放送を開始。同年から10年ぶりの復活となった「日本グランプリ」の冠スポンサー(2009年まで)と、国際映像の制作(2011年まで)を務めた。その他、バレーボール・ワールドカップ世界柔道選手権2003年・大阪大会以後)、体操世界選手権(2009年-2016年まで)もフジテレビ系列の地上波独占中継となった。また2003-2004シーズンより全日本スピードスケート選手権世界スピードスケート選手権全日本フィギュアスケート選手権世界フィギュアスケート選手権がフジテレビ系列の独占放送となった(2003年まではTBS系列の独占放送だった)。1992年から2004年まではツール・ド・フランスも放送していた。

FIFAコンフェデレーションズカップなど国際サッカー連盟 (FIFA) 公認のナショナルチーム同士による国際大会(W杯は除く)は、フジテレビ系列およびTBS系列が共同放送制作している(2004年アテネオリンピック以降のバレーボール最終予選もフジ・TBSの共同制作となった)。2007年以降の大会はフジテレビ系列独占放送となる。かつてはJリーグ中継は清水エスパルス鹿島アントラーズなどの主催試合を中継していたが、2002年以降はヤマザキナビスコカップ決勝のみの中継となっている(ナビスコカップ予選リーグ - 準決勝まではフジテレビONE,NEXTで生中継もしくは録画中継している)。

開局の1959年以来、中央競馬の日曜東京中山および夏季ローカル開催のメインレース中継を放送している。また、「フジテレビ賞スプリングステークス」の冠スポンサーにもなっている。なお、2005年菊花賞では初めて関西テレビとの共同制作で中継された。(従来の京都阪神の中継は関西テレビが担当している。)

格闘技は、前述の世界柔道選手権の独占中継をはじめ、日本大相撲トーナメントの主催・中継を行っている。ボクシング中継ではファイティング原田輪島功一らの国民的スターを輩出し、現在では『ダイヤモンドグローブ』で月1回の放送に加え、2013年よりアマチュア7冠・井上尚弥やロンドンオリンピック金メダリスト・村田諒太の試合を『ダイヤモンドグローブスペシャル』としてゴールデンタイム中継を復活させた(窓口となるプロモーターは三迫プロモーション)。プロレスでは過去に全日本女子プロレスの中継や、WWEの日本語版放送を実施してきた。かつてはPRIDEK-1も放送していたが、前者は2006年6月に主催側に契約違反があったとして、後者も2010年に主催側のファイトマネー未払い問題があったとして、放送が打ち切られている。2014年よりPRIDEとも関わりを持っていたアントニオ猪木が主催する「IGF」の放送を実施している。

バラエティ[編集]

バラエティ制作センター(旧・第二制作部、港浩一取締役バラエティ制作センター担当局長がチーフとなり宮道治朗バラエティ制作センター室長(制作部長兼務)らが所属)が制作している。

主に『めちゃ²イケてるッ!』、『ホンマでっか!?TV』など。『ネプリーグ』等のクイズ番組や、『ライオンのごきげんよう』等のトーク番組もバラエティ制作センターで制作している。

バラエティ番組最大の特徴は、地域・事務所を問わず実力のある若手のお笑いタレントを5,6組集合させて番組を製作し、関東ローカル深夜番組からゴールデンタイムの全国ネットへと番組を育ててゆく手法を取ることである。この手法をとった番組は1980年代に一世を風靡した『オレたちひょうきん族』に始まり、『夢で逢えたら』や『とぶくすり』、『とんねるずのみなさんのおかげです』、『笑う犬』シリーズ、『はねるのトびら』、『爆笑レッドシアター』等があり、いずれもフジテレビを代表する人気番組となった。異色の番組としては、若手芸人発掘のために8年周期で放送される『新しい波』シリーズがある。

スポンサー料の安い深夜・早朝枠は、逆に「視聴率を稼がなくても良い」と解釈され、実験的な番組が多数作られた。1987年10月改編で正式に「24時間放送」を開始、『プロ野球ニュース』終了後以降の深夜枠に「JOCX-TV2」という「ゾーンタイトル」を付加、社内組織的にも編成局内に「深夜の編成部」なる深夜編成担当チームが組まれた。これらの枠から人気を博した番組に『カノッサの屈辱』『ウゴウゴルーガ』『Flyer TV』があったが、編成方針の変更により「深夜の編成部」が廃止され、「ゾーンタイトル」など「深夜枠」という特定のカテゴリー自体もこれをもって廃止された。

音楽番組[編集]

バラエティ同様、バラエティ制作センターが担当。

どぅんつくぱ〜音楽の時間〜』など、ほとんどの音楽番組をきくち伸プロデューサー率いる音組が担当している。また、40年以上の歴史を誇る長寿番組『ミュージックフェア』は、石田弘(現在はエグゼクティブプロデューサー役員待遇)が長く担当(2007年以降はきくちもチーフプロデューサーとして番組に関与)し、当初よりシオノギ製薬一社提供番組で、現在も引き続き放送されている。

1968年11月4日、新感覚の歌謡番組と銘打ち『夜のヒットスタジオ』放送開始。幅広い出演者と歌手の素顔を映し出してゆくという番組構成が視聴者に浸透し、格上の音楽番組として後に評価されるようになる。1974年7月、第1回『FNS歌謡祭』放送。初代司会は小川宏と吉永小百合。当初は賞レース番組であったが、1991年の第20回からはコンサート形式の番組に変更されて継続している。

他のテレビ局に比べてジャニーズ・アイドルを番組で取り上げる事が最も多く、かつてジャニーズ事務所に所属していた郷ひろみを、フジテレビを象徴するタレントとして音楽番組においてメインで起用している。

ドラマ[編集]

ドラマ制作センター(旧・第一制作部)が制作している。

現在、プライムタイムでドラマを放送している時間帯(以下JST)は月曜午後9時火曜午後9時火曜午後10時水曜午後10時木曜午後10時の枠。

1981年10月、後にスペシャル番組としてシリーズ化される『北の国から』がスタート。脚本は倉本聡、主演は田中邦衛。1987年4月、1981年4月より続いた萩本欽一による『欽ドン!』シリーズに代わって、新たにドラマ枠(通称:"月9")を新設。『アナウンサーぷっつん物語』を最初に、『ラジオびんびん物語』、『東京ラブストーリー』、『101回目のプロポーズ』、『ロングバケーション』などの大ヒット作を生み出し、業界ドラマやトレンディードラマブームの火付け役となる。2003年10月、フジテレビ開局45周年記念番組として、1978年に田宮二郎山本學の主演で放送された社会派ドラマ『白い巨塔』のリメイク版を半年間(2クール)にわたり放送。

アニメーション[編集]

日本初のテレビアニメ鉄腕アトム』を放送し、『世界名作劇場』やタツノコプロ製作の作品、週刊少年ジャンプ漫画原作作品などの人気アニメ番組を数多く放送するなど、かつてフジテレビは民放一のアニメ局であった。現在でもアニメ番組では視聴率トップクラスの『サザエさん』を、日曜午前9時台には「ワンピース」など数多くの人気作品を放送している。

しかし1997年以降、同局の看板作品である『世界名作劇場』の終了や、テレビ東京独立局UHFアニメ)でのアニメ本数の増加、ポケモンショック少子化裏番組などで次第に地位が低下し、2001年には平日枠(深夜枠以外)のアニメ番組が消滅した。また、民放一のアニメ局の地位をテレビ東京TXN)に奪われた。このはるか前、1980年代まではタツノコプロ(現在は日本テレビタカラトミーの子会社)との関係が深かったが1983年の『イタダキマン』の不振がきっかけとなって関係が縮小していき、1985年の『炎のアルペンローゼ ジュディ&ランディ』を最後に約25年間タツノコ作品の放送が途絶えていた。2004年には『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が終了、『ONE PIECE』も2006年10月より日曜日午前9時半(ローカルセールス枠)からの放送になった事により、ゴールデンタイム枠のアニメ番組は消滅した。

また、アナログ放送では2008年12月以降の放送中のアニメ放送を全てレターボックス形式に変更した(ただし『サザエさん』のみ2009年1月から)。また、バラエティ枠も深夜帯はレターボックス放送になっている。プライムタイム枠では16:9で放送されている番組が増えてきた。

フジテレビ制作のアニメは、東映アニメーション日本アニメーションぴえろとの関係や縁が深い。

2002年 - 2003年にかけて番組数が比較的多かったが、当時地上デジタルテレビ放送の準備による放送機器メンテナンスが相次ぎ放送スケジュールが不安定になり、それに伴う地上波放送の打ち切り・枠廃止も相次いだことから視聴者や制作会社から不満の声が高まり、その影響で関東地区では独立U局でのネットに切り替える作品が相次ぎ(その名残でしばらくの間、関西・中京圏では従来通り、系列局の関西テレビおよび東海テレビでの放送作品枠が1本存在した)、2004年10月に全ての枠が一旦廃止となった。

2005年4月14日から『ノイタミナ』枠でスタートした『ハチミツとクローバー』(木曜深夜0:35 - 1:05)で復活する事になり、2014年10月現在は『ノイタミナ』枠2本を放送している。

尚、同局の連動データ放送は2013年6月より海外制作アニメ『チャギントン』で初めて実施(フジテレビのみ)。2014年8月より国内制作アニメ『ちびまる子ちゃん』で初めて実施。これにより関東キー局全てで連動データ放送実施の実績を持つこととなった。

子供向け番組[編集]

かつて「母と子のフジテレビ」をキャッチフレーズとしていた通り、子供向け番組には黎明期から力を入れていた。主に、『ママとあそぼう!ピンポンパン』や『ひらけ!ポンキッキ』→『ポンキッキーズ』などを制作し、両番組とも長年に渡り高い支持を得てきた。

1966年10月3日、子供向けバラエティ番組『ママとあそぼう!ピンポンパン』放送開始。初代お姉さん役は渡辺直子アナウンサー。以来、若手の女子アナがお姉さん役を務め、アイドルアナウンサーの登竜門でもあった。1973年4月2日、子供向け幼児教育番組『ひらけ!ポンキッキ』放送開始。

しかし、少子化や裏番組などの影響から視聴率が低迷するようになり、2007年3月の『ポンキッキ』終了とともに、地上波でのレギュラー子供向け番組は消滅している。現在、関連会社のフジテレビKIDSBSフジポンキッキシリーズ(現在は『beポンキッキーズ』)や『We Can☆47』などを制作している。

現在のゴールデンタイム・プライムタイム編成[編集]

※2014年10月現在

月曜日 火曜日 水曜日 木曜日 金曜日 土曜日 日曜日
19

ネプリーグ カスペ! おじゃマップ VS嵐 ペケ×ポン 超潜入!
リアルスコープ
ハイパー
クイズ!
それマジ!?ニッポン
20

痛快TV
スカッとジャパン
世界行ってみたら
ホントは
こんなトコだった!?
奇跡体験!
アンビリバボー
してみるテレビ!
教訓のススメ
めちゃ²イケてるッ! ニュースな晩餐会
21

フジテレビ月曜
9時枠の連続ドラマ

信長協奏曲
フジテレビ火曜
9時枠の連続ドラマ

すべてがFになる
ホンマでっか!?TV とんねるずの
みなさんの
おかげでした
金曜プレステージ 土曜プレミアム オモクリ監督
O-Creator's
TV show
22

SMAP×SMAP 関西テレビ制作
火曜夜10時枠の
連続ドラマ

素敵な選TAXI
フジテレビ
水曜10時枠の
連続ドラマ

ファーストクラス
木曜劇場
ディア・シスター
Mr.サンデー

スタジオ[編集]

臨海副都心[編集]

台場・FCGビル(フジテレビ本社ビル)[編集]

竣工当初は自社所有のビルであったが、2008年10月1日以降は、フジ・メディア・ホールディングスがビルを所有し、それに入居している形となっている。土地は東京都からの賃貸である。

  • V1スタジオ(3階 100坪)
  • V2スタジオ(3階 150坪)
  • V3スタジオ(3階 120坪)
  • V4スタジオ(3階 300坪) - 毎年7月の『FNS27時間テレビ』のメインスタジオ
  • V5スタジオ(3階 210坪)
  • V6スタジオ(6階 100坪)
  • V7スタジオ(6階 70坪)
  • V8スタジオ(メディアタワー9階 90坪)
  • V9スタジオ(メディアタワー12階 100坪)
  • V10スタジオ(メディアタワー14階 17坪)
  • VGスタジオ(メディアタワー18階)

スタジオ内にあるテレビカメラは、全てハイビジョン対応(1997年3月10日の運用開始当初から)。しかし、サブ周りの機器は一部河田町からの移設やSD対応機材だったため、その「HD非対応」スタジオについては段階的にHD対応に移行。

建物は、低層部については公開スペースを1階に設け、スタジオを3階に設置するという珍しい構造で、高層部については「オフィスタワー」と「メディアタワー」の2棟を中央3フロアに合計6本ある渡り廊下(コリドール)が繋ぐ構造となっている。

かつてはメディアタワー棟22階〜24階に、系列ラジオ局であるニッポン放送の本社が入居しており、ラジオスタジオを構えていた。その後、2004年9月6日にかつて本社があった千代田区有楽町に再移転し、9月13日より全業務を開始した。

青海・フジテレビ湾岸スタジオ[編集]

  • M1スタジオ(313坪)
  • M2スタジオ(313坪)
  • M3スタジオ(201坪)
  • M4スタジオ(201坪)
  • D1スタジオ(318坪)
  • D2スタジオ(319坪)
  • D3スタジオ(204坪)
  • D4スタジオ(204坪)

都内に分散する番組収録スタジオ(渋谷ビデオスタジオフジテレビ砧スタジオ〔TMC〕等)を統合・集約する事により、作業効率・費用効率の向上、企画から収録・編集・放送までの一貫したコンテンツ制作体勢の構築を目的として建設された。

テレビスタジオは8つあり、総床面積は5459 m²。HDフルデジタルシステムを導入し、台場本社とは光ケーブル等で大容量の双方向回線で結ばれている。また台場本社と異なり、展示ギャラリー・ショップ等がある1階と屋上の公開エリア以外の建物内は一般人の立ち入りが完全に規制できる。屋上緑化や壁面を二重構造にするなどして従来のスタジオよりもエネルギー消費量を約2割削減して省エネルギー化をはかり、また敷地内に1万本以上の樹木を植樹するなどして環境に配慮した設計になっている。

2007年のFNS27時間テレビ』で行われた『クイズ!ヘキサゴンII』スペシャルで、生放送としては初めて使用された。また、施設名が正式決定していなかったため「フジテレビ新スタジオ」として紹介した。

その他[編集]

かつて存在したスタジオ[編集]

旧河田町本社(1961年ごろ)
旧河田町本社(1991年4月撮影)
旧河田町本社への最寄り駅となっていた都営新宿線曙橋駅周辺の商店街には、現在でもフジテレビ旧河田町本社への案内表示が残っている。
  • 新宿支局(フジテレビ第一別館)(新宿区市谷仲之町
    本社が台場という埋立地にあることによるアクセスの特殊性を考慮し、旧本社敷地付近にある第一別館に報道の取材拠点を設置し、簡易スタジオの常設他、中継車も常駐していた。建物は河田町本社時代のものをそのまま使用しており、通り沿いにある看板も「フジテレビ第一別館」のままであった。2009年、同支局の廃止に伴い建物は解体され、跡地はマンションになる。同支局の閉鎖で、フジテレビを含むフジサンケイグループの企業は河田町エリアから完全撤退となった。
  • 新宿・河田町本社(フジテレビ旧本社ビル)(新宿区河田町
    1959年3月1日の開局時から1997年3月9日までフジテレビの本社であった。局舎はメインビル、タワービル、グランドスタジオの3つの建物があり、メインビルとグランドスタジオは地下1階地上4階建て、タワービル棟は地下2階地上13階建てで、敷地入口には各々へのルートを示す看板が設置されていた。南側玄関口に設置された電波をイメージするモニュメントは野外ロケや情報番組のオープニングや天気予報中継などで見られ、東京女子医大病院側の通りには通称凱旋門と称される正門があり、本社側位置に多数の8マークロゴのオブジェ、メインビル入口に大きな壁画などが装飾されていた。
    1959年開局時点はメインビル棟を含む第1〜第5スタジオが、1968年2月にはグランドスタジオ棟を含む第6スタジオとメインビル棟の第7・第10スタジオが、開局10周年の1969年には第9スタジオを含むタワービルが完成した。
    メインビル前に社員向用有料駐車場や車庫があり、これを「満車」表示にして『FNS27時間テレビ』にビッグ3が車庫入れする放送がなされた。また、メインビル棟、グランドスタジオ棟の裏側からは商店街へとつながる階段があった。(現在でも残っている。)

スタジオ一覧

  • 第1スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
  • 第2スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
  • 第3スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
  • 第4スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
  • 第5スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
  • 第6スタジオ - グランドスタジオ棟1Fに設置(250坪)
  • 第7スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
  • 第9スタジオ - タワービル棟1Fに設置(76坪)- 1984年までは報道用スタジオ、1988年からはプロ野球ニュースのスタジオ。
  • 第10スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
    スタジオは各フロアとも低層部に設置され、その上に副調整室というスタイルとなっていた。
    1984年以降、『FNNスーパータイム』の放送開始に伴い第7スタジオと第9スタジオで機能を交代し、1997年の台場移転まで続けられた。

送信所[編集]

フジテレビ系列のリモコンキーID地図
現在の送信所である東京スカイツリー
※リモコンキーIDの8は原則として本局を始めFNN・FNSの各系列局が使用しているが、FNN・FNS系列外では独立放送局岐阜放送(ぎふチャン)がリモコンキーIDに8を唯一使用している。


主な中継局[編集]

東京都
  • 新島 - 21ch
  • 伊豆大島 - 37ch
  • 八丈 - 34ch
  • 青梅沢井 - 21ch
  • 八王子 - 21ch
  • 新島本村 - 21ch
  • 八王子上恩方 - 37ch
  • 鶴川 - 37ch
  • 小仏城山 - 41ch
茨城県
  • 水戸 - 19ch
  • 日立 - 19ch
  • 十王 - 35ch
  • 山方 - 21ch
  • 常陸鹿島 - 21ch
  • 日立神峰 - 21ch
  • 竜神平 - 21ch
  • 北茨城 - 19ch
  • 奥久慈男体 - 21ch
  • 大子 - 19ch
  • 里美 - 19ch
  • 御前山 - 21ch
  • 水府 - 19ch
  • 笠間 - 35ch
  • 岩瀬 - 21ch
  • 那珂湊 - 21ch
栃木県
  • 宇都宮 - 35ch
  • 矢板 - 31ch
  • 足利 - 21ch
  • 今市 - 21ch
  • 馬頭 - 21ch
  • 日光清滝 - 40ch
  • 鹿沼 - 19ch
  • 足尾 - 41ch
  • 那須伊王野 - 21ch
  • 日光広久保 - 19ch
  • 黒羽中野内 - 21ch
  • 烏山神長 - 21ch
  • 南那須志鳥 - 21ch
  • 黒羽川上 - 40ch
群馬県
  • 前橋 - 42ch
  • 沼田 - 21ch
  • 利根 - 21ch
  • 吾妻 - 21ch
  • 下仁田 - 21ch
  • 桐生 - 21ch
  • 草津 - 29ch
  • 片品 - 16ch
  • 川場 - 21ch
  • 沼田発知 - 15ch
  • 桐生梅田 - 38ch
  • 嬬恋田代 - 32ch
  • 沼田沼須 - 44ch
  • 倉渕 - 29ch
  • 妙義 - 29ch
  • 横川 - 21ch
  • 嬬恋干俣 - 32ch
  • 片品東小川 - 21ch
  • 子持小川原 - 16ch
  • 利根大原 - 21ch
  • 白沢 - 41ch
  • 松井田上増田 - 16ch
埼玉県
  • 秩父 - 21ch
  • 小鹿野 - 51ch
  • 児玉 - 21ch
  • 鬼石 - 31ch
  • 秩父定峰 - 51ch
  • 秩父栃谷 - 51ch
  • 風布- 21ch
  • 飯能上赤工 - 42ch
  • 横瀬根古谷 - 42ch
  • 飯能原市場 - 42ch
千葉県
  • 銚子 - 21ch
  • 東金 - 21ch
  • 大多喜 - 21ch
  • 君津 - 21ch
  • 長南 - 19ch
  • 市原加茂 - 35ch
  • 勝浦 - 21ch
  • 館山 - 21ch
  • 小見川 - 21ch
  • 佐原 - 21ch
  • 下総光 - 21ch
  • 丸山 - 35ch
  • 勝浦総野 - 35ch
  • 鴨川 - 38ch
神奈川県
  • 平塚 - 21ch
  • 小田原 - 38ch
  • 南足柄 - 38ch
  • 湯河原 - 38ch
  • 愛川 - 48ch
  • 箱根湯本 - 38ch
  • 横須賀武 - 38ch
  • 相模湖 - 21ch
  • 仙石原 - 37ch
  • 山北 - 21ch
  • 津久井 - 38ch
  • 久里浜 - 38ch
  • 逗子 - 38ch
  • 秦野 - 38ch
  • 横須賀鴨居 - 38ch
  • 湯の沢 - 16ch
  • 笹下 - 21ch
  • 釜利谷 - 35ch
  • 秦野菩提 - 37ch
  • 中井 - 38ch
  • 戸塚 - 21ch
  • 鎌倉 - 38ch
  • 衣笠 - 38ch
  • 大船 - 38ch
  • 箱根強羅 - 37ch
  • 小田原東 - 37ch
  • みなとみらい - 48ch
  • 藤野 - 38ch

アナログ放送概要[編集]

2011年7月24日廃局。

2010年6月までは放送区域は、本来は沖縄県の放送対象地域である大東諸島が含まれたが、セーフティネット導入に伴いそちらへ移行した。これは系列局の沖縄テレビが、大東諸島に中継局を設けていなかったため。沖縄県内他局も同様。

東京都
  • 八王子※ - 31ch
  • 多摩※ - 55ch
  • 新島 - 58ch
  • 父島 - 57ch
  • 母島 - 58ch
  • 大井町※ - 74ch
茨城県
  • 水戸 - 38ch
  • 日立 - 58ch
  • 常陸鹿嶋 - 41ch
栃木県
  • 宇都宮 - 57ch
群馬県
  • 前橋 - 58ch
  • 桐生 - 35ch
  • 利根 - 57ch
埼玉県
  • 秩父 - 29ch
  • 児玉 - 57ch
千葉県
  • 銚子 - 57ch
  • 成田 - 57ch
  • 館山 - 58ch
神奈川県
  • 横浜みなと※ - 58ch
  • 横須賀久里浜 - 37ch
  • 平塚 - 39ch
  • 小田原 - 58ch
  • 山下町※ - 75ch
沖縄県
  • 北大東 - 46ch
  • 南大東 - 58ch

全96中継局

※はその中継局周辺でも東京(VHF)8chを視聴する場合が多かった、受信感度により視聴される。他局の同位置にある中継局も同様。

中継局から受信する場合でも8にプリセットされていた。

区域外再放送[編集]

山梨県

長野県・静岡県の各一部地域のCATV事業者は各県に系列局はあるものの激変緩和措置として、区域外再放送をアナログ放送終了後3年間(2014年7月24日まで)を限度として実施していた。 緩和措置の期間満了後は個別協議により次の通り継続実施する。

静岡県

キャッチフレーズ[編集]

  • 明るい家庭に楽しいテレビ(1959年開局時)
  • 母と子どものフジテレビ(1960年頃)
  • 青春は8ビート 燃える秋のフジテレビ(1979年秋)
  • 80年代は8チャンネル(1980年)
  • テレビカルサマー8チャンネル(1981年夏季のみ)
  • この春もおもしろ王国フジテレビ(1983年春)
  • この夏は面白いーともフジテレビ(1983年夏)
  • 暮れもお正月もおもしろロマンフジテレビ(1983年秋)
  • 軽チャーっぽい。春の8チャンネル(1984年春)
  • イマジニアっぽい人、好き。秋のフジテレビ(1984年秋)
  • 気分は○遊(マルユー)心は○知(マルチ)春の8チャンネル(1985年春)
  • 暮れもお正月もしなやか思想フジテレビ(1985年秋)
  • しなやか盛り春のフジテレビ(1986年春)
  • ニャンと、しなやか。夏休みもフジテレビ(1986年夏)
  • 8チャンネルはテレビの冒険王です(1986年秋)
  • 夢咲案内人。春のフジテレビ。(1987年春)
  • スーパーTV宣言フジテレビ(1987年秋)
  • お世話になったあの人に、フジテレビ。(1987年末)
  • 年の瀬や テレビに飽きたらフジテレビ(1987年暮)
  • 不意のお客様に、フジテレビ。(1988年1月)
  • フジテレビを見なくても生きては行ける。面白おこしで30年(1988年春)
  • フジテレビばかり見てると、ウマになるよ。(1988年夏)
  • 4月からのフジテレビに気をつけよう。(1989年春改編)
  • おしぼり一本。フジテレビ(1989年夏)
  • なんか、変化。(1989年後期)
  • ゆく変化、くる変化。(1989年末)
  • 変化新年。(1990年1月)
  • それ、世の中動かしてみませんか(1990年前期)
  • フジテレビがLOVEと言い始めた(1990年後期)
  • 新しいルールとご一緒しませんか(1991年)
  • みんなそろそろホントのことを(1992年前期)
  • 「哲学」(1992年後期)
  • サービスとは何でしょうか?(1993年)
  • テレビって…(1994年前期)
  • PUSH(1994年後期)
  • フジテレビが、いるよ。(1995年)
  • 歌えフジテレビの歌(1996年)
  • お台場ちゃんねるフジテレビ(1997年)
  • また、お会いしましたね(1998年)
  • マジ?フジ(1999年)
  • フジテレビギン(2000年)
  • ガッチャ!フジテレビ!(2001年)
  • きっかけは、フジテレビ(2002年 - 2005年、2008年)
一部の系列局では「きっかけは、○○(局名)」として使用。
  • ちょっぴりハッピー→ちょぴハピ きっかけは、フジテレビ(2006年)
  • HAVE YOUR MEASURE きっかけは、フジテレビ(2007年)
  • 50ッス!!!!!(2009年、開局50周年限定)
  • 生みます。(2010年秋)
  • ミトカナイトフジ!(2011年春)
系列局では「ミトカナイト!」として使用。
  • ピカる★フジテレビ(2012年春)
  • ドバドバ!フジテレビ(2012年夏)
  • モテる☆フジテレビ(2012年秋)
  • フジテレビの定義(2012年秋)
  • フジテレビとは、____________である。(2013年)
  • 5539(ゴーゴーサンキュー)55年目、目の色 変えます。フジテレビ(2013年、開局55周年)
  • ヘンシン!新型フジテレビ(2014年)

コーポレート・スローガン[編集]

  • 母と子のフジテレビ( - 1980年)
  • 楽しくなければテレビじゃない(1981年 - )
  • 夢・を・つ・く・る(1986年 - )

テレビの天気ループ[編集]

現在[編集]

番組[編集]

  • めざましテレビ アクア
  • めざましテレビ
  • 情報プレゼンター とくダネ!
  • ノンストップ!
  • FNNスピーク
  • スーパーニュース
  • FNNスーパーニュース
  • めざましどようび

テレビ放送以外[編集]

映画事業局[編集]

フジテレビは、テレビ局であると同時に日本最大級の映画製作集団であり、映画事業局(2004年2月19日時点のアーカイブ)が映画製作とテレビでの映画放送を行っている。

映画事業局は、劇場用映画を製作する「映画制作部」と、『土曜プレミアム』などテレビ等で放送する映画放映権の獲得交渉・宣伝を行う「映画調整部」の2セクションに分かれる。規模で言えば、既存の映画製作会社を凌ぎ日本でも最大級である。製作する映画のほとんどは映画制作部が主体となる。映画事業局は、同局々長である石原隆を中心に、関口大輔や臼井裕詞などの映画プロデューサーが所属。彼らが中心となり、企画から制作・配給契約・宣伝・DVD化・テレビ放送・海外セールスまでを同局が一括して管理している。配給は東宝系列で行われることが多い。

『踊る大捜査線』をはじめとして高い興行収入が見込める作品は、通常の番組への映画キャストの出演や関連特集番組の放送など、通常の番組を徹底して映画の宣伝に利用し、ドラマの視聴者を映画館に誘導して高い興行収入に結びつけるビジネスモデルを開拓。2000年代に多くのテレビ局映画を産む契機ともなった。

現在、フジテレビは同局が中心となり、株式会社GDH(アニメーション制作会社であるGONZOの持株会社)の株を第三者割当により10%取得して資本関係を結び、アニメ映画の共同製作(第一作は宮部みゆき原作、2006年夏公開の『ブレイブ・ストーリー』)を行っている。その一方で、『攻殻機動隊』シリーズで名高いアニメーションおよびCG制作スタジオProduction I.Gと共同で、有限責任事業組合フジ・IG・ラボ・フォー・ムービーズ(FILM。現 FILM有限責任事業組合)を設立。同組合専用のデジタルスタジオ「FIX STUDIO」を立ち上げ、同スタジオと米国の音楽制作プロダクションスカイウォーカー・サウンドのスタジオ間に専用の大容量ネットワーク回線「スカイ・リンク」を敷設し、日米で同時並行作業が可能な体制を整えるなど、劇場用実写・アニメーション映画の製作力向上に対して積極的な姿勢を取っている。

なお、2008年4月よりフジテレビ製作の映画はWOWOWが先行放映している。

フジテレビ製作映画[編集]

1969年
1971年
1982年
1983年
フジサンケイグループの総力を挙げた宣伝とメディアミックスが行われた。フジテレビの番組に俳優や犬が次々と出演、バラエティ番組で連日取り上げるなど、フジテレビとニッポン放送で大々的なキャンペーンが行われ、公共の電波の私物化であるとの批判も起こった[34]
1984年
1985年
1986年
1987年
1988年
1989年
1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
シリーズ物(2001年 - )

事業部[編集]

イベント[編集]

イベントは事業部が主催している。

総合イベント[編集]
このほか、河田町時代には毎年8月8日"フジテレビの日"に河田町本社の一部と駐車場を会場に『フジテレビまつり』が開催されていた。内容は本社内部見学ツアーや、駐車場に当時の番組のブースが設けられ物販が販売されたり、駐車場の仮設ステージ上で所属アナウンサー進行によるクイズ大会や、若手芸人・タレントが参加してのステージなど。なおこの日は、本社地下のレストランで一般の人でも食事をすることができた。
シルク・ドゥ・ソレイユ日本公演[編集]

1992年より、FNS系列局との共催によって行われている。東京原宿ビッグトップをはじめ、全国の各都市で開催されている。

なお、2008年 - 2011年に東京ディズニーリゾート千葉県浦安市)内にあった常設劇場「シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京」および同劇場で開催されていた常設公演「ZED」は、オリエンタルランド (OLC) がシルク・ドゥ・ソレイユ社、ディズニー社との業務提携により主催するものであり、フジテレビは直接関わっていない。

主な役員・社員[編集]

歴代社長[編集]

  1. 水野成夫(1957年設立 - 1964年)
  2. 鹿内信隆(1964年 - 1968年)
  3. 浅野賢澄(1968年 - 1982年)
  4. 石田達郎(1982年 - 1985年)
  5. 羽佐間重彰(1985年 - 1988年)
  6. 日枝久(1988年 - 2001年)
  7. 村上光一(2001年 - 2007年)
  8. 豊田皓(2007年 - 2013年)
  9. 亀山千広(2013年 - )

役員[編集]

過去

社員[編集]

現在
過去

主なスタジオ技術系協力会社[編集]

系列局[編集]

系列放送局各社に関しては「FNN」および「FNS」の項目を参照。

関連衛星放送[編集]

マルチメディア放送[編集]

  • mmbi - 設立時にはニッポン放送と合わせて40%を出資、本社はフジテレビ内にあった。NTTドコモによる子会社化後もニッポン放送と合わせて10%を出資。

エリア放送[編集]

地上一般放送局の免許を受けワンセグエリア放送を実施している。主に『お台場合衆国』等のフジテレビ本社内で開催されるイベントに関する案内や、イベント以外ではお台場の観光情報(ショッピング、飲食、土産物)や番組情報を放送する。災害発生時には情報伝達手段としても利用される予定である[35][36]

免許人 局名 識別信号 物理チャンネル 周波数 空中線電力 ERP 業務区域
株式会社フジテレビジョン フジテレビお台場エリア放送 JOXZ3AT-AREA 38 ch 623.142857 MHz 10 mW 10 mW 台場二丁目 フジテレビ本社周辺
  • フルセグ放送可能な帯域幅で免許されている。
  • 初回免許年月日:平成24年12月11日
  • 免許年月日:平成25年4月1日
  • 免許の有効期限:平成30年3月31日

番組制作姿勢に対する批判[編集]

並びは発生順。所属・役職については特記の無い限り、発生当時のものである。

報道[編集]

  • 1998年11月29日 - 『スーパーナイト』で取り上げた隣人トラブルについて、片方の言い分だけを鵜呑みにし、相手方を一方的に非難した内容で放映した。それにより、非難された側の経営する会社が倒産に追い込まれ、娘の婚約が破談になるなどの報道被害を受け、BRC(放送と人権等権利に関する委員会)へ救済を訴えた。BRCはフジテレビの報道姿勢に対し、「人権への配慮が不十分で、放送倫理上問題があった」と認定した。
  • 2002年10月25日 - 『FNN報道特別番組』として北朝鮮拉致被害者横田めぐみの娘とされているキム・ヘギョンの独占インタビューなどを放送した。放送途中からフジテレビやその系列局に「北朝鮮のプロパガンダに乗せられたのでは」などの抗議があったほか、救う会家族会などが会見し批判した。
  • 2003年8月13日 - 民放連の規定で取り扱わないとしている結婚相談所コマーシャルを放送していることが判明[37]。フジテレビ広報部は「時代のすう勢に伴う判断だ」とコメントした[38]
  • 2004年6月 - 新潟県長岡市にある田中直紀参議院議員の選挙事務所前の民家を借り、事務所の様子を密かに撮影していたことが発覚し、田中議員と後援会が選挙妨害と盗撮だとしてフジテレビに損害賠償と謝罪を求めて新潟地方裁判所に訴状を提出した。2007年2月7日、新潟地裁で判決が下り、「撮影の目的自体は不当ではないが、正当な取材範囲を逸脱する違法なもの」としてフジテレビ側に36万円の賠償を命じた。
  • 2006年5月4日 - 『FNNスーパーニュース』内で、中華民国台湾)の国旗として五星紅旗中華人民共和国の国旗)を掲載。中華民国政府の駐日代表処を含む、中華民国関係者の抗議を受けた。
  • 2009年7月17日 - 『FNNスーパーニュース』にて、旅館の女将たちが不況下で奮闘する様子を紹介したが、宮城県の温泉旅館の女将が「売り上げが伸びない旅館という負のイメージを視聴者に与え、温泉街も暗いシーンばかりが編集されるなど事実に反する」として、謝罪などを求めた。これに対し、フジテレビは「取材に基く事実を伝えた」と主張したが、放送人権委員会による和解斡旋の末、「誤解を与えかねない表現を詫び、今後取材先との信頼関係を大切にして報道に取り組む」という内容の書面を女将に手渡し、和解が成立した。[39]
  • 2009年9月26日 - CS放送の『フジアナスタジオ まる生2009』において、アナウンサーの長谷川豊が、『ニュースJAPAN』で交代した新キャスターについて「この間までやってた外人滝川クリステルのこと)より、ずっと上手い」と発言した。これに対して、「外国人に対し差別意識を持っている」といった批判が寄せられた。番組責任者は「外人は不適切な発言であり、この発言が出たときにすぐに訂正すべきでした。番組の制作サイドも反省しておりまして、番組の視聴者や不快になられた方に本当に申し訳ない」とコメントを出した。
  • 2011年3月12日 - 東北地方太平洋沖地震東日本大震災)に関する首相会見の中継の際に「ふざけんなよ。また原発の話なんだろ、どうせ」「笑えてきた」「くそだよ」という音声が流れた。放送から9日後の3月21日に、「音声機器のトラブルによるもの」で、「誤解を招くような発言が外に出たのは反省している」と広報部はコメントした[40]。発言者の公表はしなかった。
  • 2011年8月24日 - 『情報プレゼンター とくダネ!』において、出演者の小倉智昭島田紳助引退報道に関係するコメントで、暴力団による民事介入暴力を肯定する発言を行い、視聴者やインターネット上で批判の声が上がった[41]
  • 2012年9月27日 - 『情報プレゼンター とくダネ!』において、司会者の小倉智昭とコメンテーターの田中雅子が、安倍晋三の自民党新総裁選出に関するコメントで、安倍が2007年に潰瘍性大腸炎(厚生労働省指定の難病である)の悪化により首相を辞職した事を取り上げ、「子供みたいだ」などと揶揄し、当病患者を差別し茶化したとして、潰瘍性大腸炎患者をはじめ視聴者やインターネット上で批判の声が上がり、4日後の10月1日に小倉が番組内で謝罪する事態となった。なお、田中サイドはブログや公式サイトのトップページで不快な発言への陳謝を行ったものの、安倍本人に対する謝罪などは行っていない[42]
  • 2012年10月21日 - 『黒子のバスケ』のイベントに脅迫文が届いた事件を報道した際、イベント会場内を取材許可を得ずに無断撮影した映像を使用した。イベント主催者の「スタジオYOU」からの抗議に対し、フジテレビは会場敷地外からの撮影なので問題は無く、「報道のステップを踏んでいる」との見解から、フジテレビのウェブサイト上からの画像削除の要求も拒否した。これらの問題から、主催者側は弁護士に相談する運びとなった。また「スタジオYOU」は、問題なく終了したイベントを脅迫文に関連付ける形で報じる必要性ならびに、フジテレビがイベント参加者の画像をウェブサイト上から削除せず、理由も明かさないことから、無断撮影とともにプライバシー保護の観点からも問題視しており、弁護士に相談した。「スタジオYOU」は、今後、取材のあり方とプライバシーに対する報道のあり方に論点の比重を置き、フジ側に質していくとした[43][44]
  • 2013年2月 - 2012年のロンドンオリンピック柔道日本代表選考会後の代表発表会見において、補欠の選手が代表に選ばれた選手と同席するのは敗者への敬意と尊厳にかかわると問題視されていた。しかし、その後の吉村強化担当理事の話で「代表になった選手はいいが、補欠は嫌だろう」と交渉したものの、フジテレビ側が「どうしても」ということで決まったという経緯が明らかとなった[45]
  • 2013年7月5日 - 『情報プレゼンター とくダネ!』にて、大阪市の住宅設備機器販売会社『エステート24ホールディングス』社長が、インターネットで「詐欺師」や「逮捕」といった「事実無根」の中傷をされたとして恐怖体験を語った。しかし、10月18日にみずほ銀行から融資金をだまし取ったとして詐欺容疑で実際に逮捕されたため、本当に「事実無根」だったのか疑わしい事例となった[46]

ドラマ[編集]

  • 2011年9月8日 - 『それでも、生きてゆく』にて、「JAP18」という表記のある架空の雑誌が画面に映りこんでいたが、JAPが日本人を差別する言葉であり、『18』の韓国語での発音が同言語での卑語の発音に似ていることから、批判の声がネットに上がった[48]
  • 2012年2月 - 同年4月期放送予定の連続ドラマ『家族のうた』が、1987年にTBSで放送された『パパはニュースキャスター』と設定が似ていると一部報道で指摘された。フジテレビ社長・豊田皓は同月24日の定例会見にて、フジテレビ編成制作局のドラマ担当責任者とプロデューサーが、2月20日に『パパはニュースキャスター』の脚本・伴一彦とプロデューサー・八木康夫と直接会い話し合いをもったことを明かし、「模倣や盗作といわれるのは本意ではない。ご指摘の部分にはアレンジをする、直すなど現在、検討している。」とした。同作は予定通り同年4月期に放送された。
  • 2012年10月26日 - 『海猿』の原作者の佐藤秀峰が、フジテレビ制作で映画・ドラマ化された同作に関係して、「関連書籍が著作権者(すなわち佐藤)との契約書なしでフジテレビにより無断販売された」とTwitter上で暴露した。また、以前に、フジテレビが佐藤の事務所へアポ無し取材をして傍若無人な振る舞いを行ったが、謝罪を受けたため穏便に済ませた一件があったことも明らかにした。フジテレビは佐藤に直接会って謝罪したいとしていたが、佐藤は「フジテレビは信頼できない企業であることから、もう会う気は無い、関わることも無い」とした[49]
  • 2013年3月14日 - 東日本大震災をテーマとした『最高の離婚』で、小道具の名刺に書かれているメールアドレスが「tsunami-lucky」となっており、この名詞の所持者の「都並達也」の名前部分を逆読みすると「津波やった」と読めること、また、放送日が震災発生日に近い日付であったことから不謹慎であるとの声があがった。なお、「都並達也」はいわゆる「チョイ役」であり、この名前やメールアドレスをあえて設定する意味はない[50]

バラエティ[編集]

  • 2003年 - 『ネプリーグ』(深夜時代)において、通行人の持ち物をひったくってその被害者と競争するといった企画があり、番組内でラグビーの日本代表ユニフォームを着ていたことから、ラグビー協会が抗議、フジテレビ側が謝罪した。
  • 2003年8月13日 - 『ワンナイR&R』内のコント「ジャパネットはかた」において、福岡ダイエーホークス監督・王貞治の顔を模した便器「王シュレット」を販売するという内容を放送した。これに対して同球団と王貞治本人が激怒し、地元局であるテレビ西日本(TNC)を含め、フジテレビ系列の取材を一切拒否した。後日、フジテレビは放送上などで謝罪するが、同年の日本シリーズでの放送権を剥奪され、またコーナー名、商品名のパロディ元と思われる通信販売業のジャパネットたかたウォシュレットを製造しているTOTOからも「あまりに良識の範囲を超えている」と抗議された。またこの日の放送では、和光堂の粉ミルク「ぐんぐん」を妊婦に扮した出演者にかけるというコントも放送しており、これに対しても視聴者から「育児に不可欠な粉ミルクを軽率に扱うとは何事か」などの苦情が殺到し、和光堂からも「企業イメージを損ねた」として抗議された。
  • 2005年11月 - 『幸せって何だっけ』内で、細木数子養鶏場で生産される鶏卵について「薬漬けのニワトリが24時間照明を点けられて一日2,3個の卵を産まされている」と発言し、養鶏業者団体から猛抗議を受けた。これを受けフジテレビは後日養鶏業者団体に謝罪し、番組内で細木自らが養鶏業者に出向いた。
  • 2006年10月4日 - 『VivaVivaV6』内の罰ゲーム「浜辺の清掃」の撮影準備と称して、フジテレビスタッフが神奈川県鎌倉市腰越海岸に持参したゴミをまき散らした。住民に見咎められトラブルとなった。
  • 2007年1月10日 - 同月6日に放送された『めちゃ×2イケてるッ!中居&ナイナイ日本一周健康の旅スペシャル』の内容に日本高等学校野球連盟が抗議文を送付。また、番組制作に協力した兵庫県西宮市の旅館を、甲子園大会時の指定宿舎から外す方針(後に復帰している)も決めた。
  • 2011年7月 - 『FNS27時間テレビ』の番組内企画「復興スマイルライブ」の開催にあたり、東日本大震災からの復興のために自費で被災地を訪れたボランティアが、フジテレビスタッフの指示により、会場設営に動員させられた[51]。参加者からは「何でテレビ局の仕事を手伝わされるんだろうね」との声があがった[51]。フジテレビは、番組のためではなく、同場所で行われた地元主催の「復興市」の一環だと主張している。
  • 2013年2月25日 - 『森田一義アワー 笑っていいとも! 』の「曜日対抗いいともCUP」において、雛人形をかたどったパネルを的にして扇子で当てて倒すというゲームが行われたが、「日本の伝統工芸を侮辱しており、不謹慎だ」という意見や「天皇・皇后両陛下を表す『お内裏様』・『お雛様』を倒すのは天皇家への侮辱だ」などの非難・抗議が殺到した。抗議の様子を動画配信している放送事業者もある[52]。これを受け28日からは点数パネルに変更した。3月1日のコーナー終了後にアナウンサーの生田竜聖が、「皆様が大切にされている雛人形を的にするという演出は配慮が欠けていました」と謝罪した[53]
  • 2013年7月3日 - 『ドラゴンレイディ』の放送について、VTR出演した俳優藤岡弘、が、オフィシャルブログにて「名誉棄損ともとれる、事実と異なった放送がありました」と表明した。この表明に対して、フジテレビは、オフィシャルサイトにて「バラエティ番組『ドラゴンレイディ』藤岡弘、氏ご出演VTRに関する訂正とお詫び」と題した謝罪文を8月23日に掲載した[54]

韓国偏向[編集]

  • 2008年12月15日 - 『情報プレゼンター とくダネ!』にて「浅田真央逆転Vも… キム・ヨナ“実力”に差」という題で、視聴者に「浅田真央よりもキム・ヨナのほうが実力が上」と感じさせる内容を放送。大きな反発を招いたため、18日に同番組内で情報に誤りがあったとして訂正及び謝罪を行った[55]
  • 2010年10月4日・5日 - 『すぽると!』において、同月12日に韓国のソウルで行われたサッカー親善試合・日本代表対韓国代表戦について、2日連続で「韓日戦」と放送。視聴者やネットで批判を受けた。広報部によると、FIFAの公式表記をもとにホームとアウェーを明確にするため以前からホームチームを先に表記していたとのこと[56][57]。6日からは「韓国戦」に修正し、以降はどちらがホームでも韓国戦としており、2011年8月の日本がホームの対韓国代表戦でも韓国戦であった。
  • 2011年8月 - 上記の放送等により、報道姿勢が韓国偏向ではないかと言われることもあったが、同年7月23日に俳優高岡蒼佑Twitterで「8は今マジで見ない。韓国のTV局かと思う事もしばしば。」といった発言をしたことをきっかけに、8月7日と21日の2度にわたりフジテレビ本社周辺でデモが行われる事態となった(ただし、高岡はデモには関与せず。また、7日は警察のデモ許可を取ってなかった為『散歩』『21日に向けたミーティング』と称している。)。7日は主催者発表で2500人[58]、週刊新潮によれば600人[59]、21日は主催者発表で約4000人[60]から6000人[61]、8000人と伝えるメディアもあった[62][63])、警察発表で3500人[64]の抗議デモが行われた。警察集計では、2回あったデモの合計人数は延べ5300人[65]。このデモは韓国など日本国外メディアでも報じられたが、フジテレビは報道しなかった[63]

やらせ・捏造[編集]

  • 1999年 - 『愛する二人別れる二人』の出演者が遺書でやらせを告白し、自殺した。スポンサーが降板を申し出たために番組は打ち切られた。
  • 2005年9月 - 『めざましテレビ』内のコーナー「めざまし調査隊」で、やらせがあったことが発覚。やらせを行ったフリーのディレクターとの契約は打ち切られ、コーナーも打ち切られた。また、管理責任を問われ情報制作局長を減俸、情報制作センター室長を減給処分とした。
  • 2008年1月21日 - 2007年に放送された『FNS27時間テレビ』内の企画において、霊能者江原啓之の霊視の結果と編集された放送内容に対し、霊視を受けた人物から抗議を受け、BPOから「非科学的」「出演者への配慮を欠く」と改善意見を受ける。フジテレビは出演者に謝罪し、後日フォローする番組を放送する。また同時に、番組で取り上げるきっかけとなった投稿の手紙がやらせであり、霊視会場にいた観客の過半数がサクラであることも発覚した。
  • 2010年1月 - 2007年6月19日放送の『世界びっくり人間!ニッポン(珍)滞在記』でやらせがあったと、出演した大家族の母親がブログ上で告発した。フジテレビは「取材や内容に問題はなかった(中略)結果として配慮が十分でなかった」と事実上謝罪した。
  • 2010年3月12日 - 金曜プレステージ熱血教師スペシャル第1夜「居場所をください 〜愛と涙の密着1000日〜」』で、15歳の少年を紹介する映像に対し時系列上の矛盾が指摘され、被取材者である教員・天宮一大の個人ブログに『やらせではないか』とのコメントが書き込まれた[66] 。19日、天宮はフジテレビに対し抗議・問い合わせをしたことを同ブログで明らかにし、『新・週刊フジテレビ批評』(2010年3月20日放送)にて、この件が扱われると発表した[67]
  • 2013年2月5日放送の『全日本温泉宿アワード2013』において、生放送中の視聴者の電話投票による温泉宿のナンバー1がやらせであることが発覚している。[68]
  • 2013年10月20日に放送された『ほこ×たて 2時間スペシャル』における「スナイパー軍団vsラジコン軍団」が、スナイパーが銃弾を命中させて勝利したという番組の内容であったが、対決の順番を変更されるなど意図的に編集側が内容に手を加えたとする「捏造」があったことが、出演したラジコン操縦者による抗議文の掲載により発覚した。フジテレビは不適切な演出があったことを認め、全放送回の内容を確認するとして当面の放送自粛を発表した[69]。さらに、2012年10月21日に放送された『絶対に捕まえられないラジコンカーvsどんな物でも捕まえる猿軍団』においても、猿を糸で結ぶことによってあたかも猿がラジコンカーを追いかけているように見せる細工をするようスタッフに強要されたことも出演者の指摘で発覚した[70]。その後、11月1日に番組打ち切りが発表された。フジテレビ社長の亀山千広は同年11月29日の定例記者会見において「過剰な『演出』で、あってはいけない行為だった」と謝罪したが、「撮影前から勝敗が決まっていたわけではないので『やらせ』には当たらない」とコメントした[71]
    • 上記の問題で放送見送りとなった『ほこ×たて』の代替として2013年10月27日に放送された『美川・はるな愛のぶらり旅 長瀞へSL列車で行っちゃいました。松茸もあるヨSP』においても、画面が左右反転して日本国内なのに道路を車が右側走行をしている映像が使用されており、「制作側が『こういう画がないとダメ』とゴールを決めて融通が利かなくなっている」点が『ほこ×たて』と同様であると指摘する匿名テレビ業界関係者のコメントがマスコミで紹介された[72]

利益相反・電波の私物化[編集]

  • タイムCM・スポットCMとは別に、番組内で自社製作の映画[34]や自社のイベント・商品、関連会社が権利を有する楽曲[注 2]などを大々的に取り上げることや、番組内で頻繁に他の番組の宣伝を行うことには、公共の電波の私物化であるとの批判もある[73]

放送事故・不祥事[編集]

発生順。所属については特記のない限り、発生当時のものである

番組出演中の事故[編集]

  • 1993年6月24日 - バラエティ番組『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』の収録中に香港のロックバンドBEYOND黄家駒がセットから転落、頭部を強打して重体(急性硬膜下出血、頭蓋骨骨折、脳挫傷)となり、6日後に死亡した。なお、この事故では内村光良も転落して全治2週間の打撲傷を負っている。黄家駒の死亡を受けて、番組は打ち切られた。
  • 1998年9月2日 - 『めざましテレビ』の生放送中、災害時に高所から脱出する避難器具の体験リポートを行っていたフジテレビアナウンサー菊間千乃がマンション5階(地上約13m)の窓から落下、全治3か月の重傷(腰椎圧迫骨折)を負った。
  • 2003年 - 深夜番組『退屈貴族』に出演した高齢男性に「火渡りに挑む日本のランボー」と銘打って、灯油を振りかけた藁に火を付け、パンツ1枚の格好で火渡りをさせ、下半身の3割にも及ぶ大火傷を負わせた。数年後、男性は火傷が原因の腎不全により死亡した。なお、この男性が認知症であった可能性も指摘されている[74]
  • 2010年7月26日 - バラエティ番組『オレワン』の企画でソリを使ってプール上の発泡スチロールに着地する競技の収録中、お笑いトリオ我が家杉山裕之が左肩関節を脱臼骨折するけが、さらにお笑いコンビハイキングウォーキングの松田洋昌が左肋骨を骨折するけがを負う[75]。その5日後、同番組の企画で全身にローションを塗って滑る競技の収録中、お笑い芸人の陣内智則が肋骨にひびが入るけがを負う[76]。これらを受け、同年8月22日に予定されていた『オレワンSP』の放送は中止された。
  • 2012年2月2日 - バラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』の収録中、お笑いコンビずんやすが新潟県内のスキー場のゲレンデを水上スキー用のゴムボートで走行、スピードが出過ぎていたため雪で作った停止点で止まることができず、その先のトタンに腰を強打、腰の骨を折るけがを負う[77]
  • 2014年5月20日 - バラエティ番組『めちゃ×2イケてるッ!』のリハーサル中、アイドルグループAKB48のメンバー・木崎ゆりあが左手首を骨折するけがを負う[78]

関係者の不祥事[編集]

  • 1999年 - 美容師の腕を競わせる番組『シザーズリーグ』に出演していた「カリスマ美容師」が、無免許であることが発覚した。同番組のプロデューサーは、制作会社からの制作費のキックバックを受けていたことなどが発覚し退社。その後、金融業者・無免許美容師・美容院を恐喝し逮捕された。
  • 2005年11月14日 - ジャニーズ事務所所属のアイドルグループNEWSの未成年メンバーが仙台市内で泥酔し、トラブルを起こし補導された。その後、フジテレビアナウンサーの菊間千乃が、補導された同メンバーが未成年であることを承知で酒席に呼び出していたことが発覚。ジャニーズ事務所は同メンバーを無期限謹慎処分としてNEWSメンバーから外し、研修生に降格とした。一方、フジテレビは同アナに1週間の謹慎処分を下し、同アナの他、酒席に参加していた同局常務など10名の社員に減給減俸処分を下した。
  • 2011年8月 - 「湾岸のテレビ局」勤務を名乗る人物が、「tss3116」のアカウント名にて、F1関連の非売品をヤフーオークションにて大量に出品していたことが明らかになり、横領疑惑が浮上した。『湾岸のテレビ局』がフジテレビを指すことは当該アカウントのブログから明らかであるが、フジテレビはコメントを一切出していない[63]
  • 2012年は伊藤利尋[79]らの交通事故やドラマプロデューサーの酒気帯び運転[80]、社員のタクシー運転手への暴行[81]、フジテレビ『スーパーニュース』の信号無視[82]など、交通関係のトラブルが多発した。
  • 2012年6月 - 米・ニューヨーク支局勤務の長谷川豊が、滞在関連費用を不正使用していたことが発覚した。フジテレビは業務規定違反を理由に長谷川を降格処分としたが、すでに全額を返還していることから、刑事告訴はしないとしている。ただし、長谷川が自身のブログの中で、中傷メッセージをフジテレビが大量に送りつけてきたといった苦情を述べており[83]、解決はおろか関連報道[84]が継続している状態である。フジテレビ側はこれについて豊田社長自身が「とやかくいうことはない」[85]と関知せずの方針を示した。
  • 2014年3月26日 - 当時フジテレビ社員だった杉尾敦弘(元ドラマプロデューサー)が、出向先の関連会社「ストーリア」で2011年秋頃から数度に亘って同社の運転資金約1億円を横領していた事が発覚。同社の資金管理は社長の杉尾が1人で担っており、当初は期末毎に穴埋めを行っていたため発覚されなかったが、最後は穴埋めする資金も底を突いたため、杉尾本人が同社の監査役に自白して発覚した。杉尾は2014年3月20日付で同社への出向を解かれ、事情聴取を経て3月26日付でフジテレビを懲戒解雇となった。ストーリアは杉尾の刑事告訴を検討している[86][87]

脚注・出典[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 1978年の年間の全日視聴率は、総合テレビとTBSとが10.1%で同率1位であった。なお、この年(1978年)にはTBSが年間視聴率で3冠王を獲得している。
  2. ^ フジ・メディア・ホールディングスの第73期有価証券報告書[1]には、映像・音楽事業について、ポニーキャニオンは「フジテレビジョンとの連携を強化する」と書かれているが、連携の形については具体的には述べられていない。

出典[編集]

  1. ^ フジネットワークの加盟局一覧にも、略称の表記がない。放送業界ではコールサインから略称を取ることはある。テレビ朝日のEX(「全国朝日放送」時代はANB)やテレビ東京のTXなど。日本テレビ放送網ではNTVが公に使われるが、AXを使うこともある
  2. ^ a b 系列局では、仙台放送秋田テレビ東海テレビ高知さんさんテレビのそれぞれの親局が物理チャンネル21chを使用している。
  3. ^ 当時の朝日新聞縮刷版、フジ・メディア・ホールディングスの株主用決算報告書に記載。この年には、『ザ・ヒットパレード』が4月4日に、『ミュージックフェア』が5月1日にカラー化され、又テスト運用的ではあるが、『スター千一夜』も4月3日 - 5月8日の毎週月曜日の放送のみカラーとなった(同番組は翌年元旦から、一部例外を除きカラー放送となる)。
  4. ^ フジ・メディア・ホールディングス 第68期報告書
  5. ^ 東京放送(TBSテレビ)と同時。ただし、フジは芝送信所東京タワー)内にある送信機器の都合上(送信機が当時、真空管式であったためにメンテナンスの時間を要したとされている)、完全な24時間放送ではなく、毎日30分から最大1時間程度の放送休止時間が設けられていた。しかし完全な停波ではなく、電波の送出は維持されていた(休止時間帯はカラーバーが放送されていた)。なお、芝送信所の送信機を更新した後は休止なしの完全24時間放送(終夜放送)に移行している。
  6. ^ 同じ山形地区での代替局さくらんぼテレビジョンの開局は1997年4月1日。高知さんさんテレビと同日
  7. ^ 「ソフトバンク・インベストメントがフジテレビ筆頭株主に」ITmediaニュース2005年03月24日 17時25分
  8. ^ 東芝・日本SGIフジテレビジョンへの送出系放送基幹システムを順次納入」 東芝公式サイト内ニュースリリース、2008年12月25日。
  9. ^ この番組&CM制作にあたり、スポンサーのパナソニックが3D関係の撮影、編集機材等を提供した
  10. ^ 2010年9月5日までは、関東のテレビ局では唯一、冒頭に表示するアナログ放送終了のお知らせのテロップ表記や表示形態が、開始から一度も変更されていなかったが、常時表示開始に伴い変更された
  11. ^ ほぼ同時期(1958年12月)に名古屋地区で放送を開始した東海テレビ放送は、名古屋放送局総合テレビが「3」で、名古屋放送局教育テレビの開局は遅かった(1962年開始)ため「1」を獲得できた
  12. ^ フジメディアホールディングス 第68期レポート
  13. ^ 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』(引田惣弥・著、講談社、2004年、ISBN 4062122227、116頁)
  14. ^ 同年のNHK総合テレビ『第53回NHK紅白歌合戦』が叩き出した47.3%を上回り、民放で初めて『NHK紅白歌合戦』の視聴率越えも果たした。
  15. ^ 認定放送持株会社体制への移行に伴う会社分割及び商号変更について(フジテレビ公式リリース)
  16. ^ これは、報道局の映像系システム全般の更新計画に伴うもので、これまでSDとHDが混在していたものをHDに統一することが主目的であるが、河田町時代から更新されずに来たワープロシステムも、この更新計画に沿ってHD対応の機材群へと更新されたものである(雑誌「放送技術」2011年1月号及び2月号より)。
  17. ^ 更新後の機材にフォントが一通りセッティングされていなかったことが理由の一つと言われている。ただし、一部番組においては番組側の都合から、平成角ゴシック体が維持されている。
  18. ^ ただし、関西テレビ制作の『にじいろジーン』は対象外で、2011年11月5日以降もモノラル音源で放送されている。
  19. ^ 日テレをミタ!8年ぶり年間視聴率3冠 2012年1月3日 朝日新聞
  20. ^ なお、フジテレビは従来から「報道2001」「新報道2001」などに見られるように論評姿勢は保守であり、この批判は失当。
  21. ^ “2013年1月度社長会見要旨(2013.1.23)” (プレスリリース), フジテレビジョン, (2013年1月28日), http://www.fujitv.co.jp/fujitv/company/kaiken/201301.html 2013年3月8日閲覧。 
  22. ^ 泣きっ面にハチのフジテレビ またもやBPO問題勃発 日刊ゲンダイ(2013年3月4日)
  23. ^ “快進撃テレビ朝日と対照的なフジ 凋落の一因は「現場への過剰介入」”. J-CASTニュース. (2013年3月7日). http://www.j-cast.com/2013/03/07168655.html 2013年3月8日閲覧。 
  24. ^ 「ほこ×たて」対決捏造で放送中止 出演者が暴露 中日スポーツ 2013年10月25日
  25. ^ 「ほこ×たて」放送取りやめ フジテレビ、不適切演出で 日本経済新聞 2013年10月25日
  26. ^ 「笑っていいとも!」来年3月で終了 32年間の歴史に幕 スポーツニッポン 2013年10月22日
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  30. ^ 中川一徳『メディアの支配者』314~316頁
  31. ^ この日の放送では、初代総合開発室長であり、台場移転時の社長である日枝久も出演していた。
  32. ^ 報道番組とすぽると!では制作クレジット表示はなし。スポーツ中継などで系列局との共同制作となる場合「制作・フジテレビ、(地元系列局名)」、ないしは「制作著作・フジテレビ、制作協力・(系列局名)」とする場合もある
  33. ^ フジテレビ以外の系列局が制作する番組(共同テレビが関与するものや東海テレビ制作の昼ドラマの一部など)でも、同様に放送局は「制作」のクレジットのみで、プロダクションが「制作著作」と表示されるものもある。
  34. ^ a b ザテレビジョン編『2000年のテレビジョン 放送メディア大激変のシナリオ』角川書店、1993年、p.20
  35. ^ 『フジテレビお台場エリア放送』開局 - とれたてフジテレビ
  36. ^ エリア放送を行う地上一般放送局の免許状況(詳細)関東総合通信局
  37. ^ 民放連が定めた放送基準の第109条に「私的な秘密事項の調査を業とするものは取り扱わない」という規定があり、結婚相談所はこれに該当する(民放連「放送基準解説書」各年版による)。
  38. ^ フジTV、民放連自粛の結婚相談所CMを放送 読売新聞 2003年8月13日
  39. ^ 放送人権委員会 2009年度仲介・斡旋解決事案
  40. ^ フジTVスタッフ、首相会見で 読売新聞(2011年3月21日)
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参考文献[編集]

  • 『SD別冊29号「フジテレビ本社ビルの記録 高度情報化社会の大規模複合建築の原点を求めて」』 月刊SD編集部、鹿島出版会、東京、1996年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]