テレビ神奈川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

株式会社テレビ神奈川テレビかながわ、Television KANAGAWA, Inc.)は、神奈川県放送対象地域とする放送局である。略称はtvk(ティーブイケー)。地上波アナログ放送のコールサインJOKM-TV。地上波デジタル放送のコールサインはJOKM-DTV神奈川新聞と、密接な関係を持つ。

テレビ神奈川のデータ
英名 Television KANAGAWA, Inc.
放送対象地域 神奈川県
ニュース系列 -
番組供給系列 全国独立UHF放送協議会
略称 tvk
呼出符号 JOKM-(D)TV
呼出名称 デジタル:テレビかながわ
(デジタル)テレビジョン
開局日 1972年4月1日
本社 〒231-8001
神奈川県横浜市中区太田町2丁目23番地
横浜メディア・ビジネスセンター内
演奏所 本社と同じ
アナログ親局 横浜 42ch
ガイドチャンネル 42ch
リモコンキーID 3
デジタル親局 横浜 18ch
主なアナログ中継局 横浜みなと 48ch
平塚 31ch
小田原 46ch
ほか
主なデジタル中継局 平塚(SFN) 18ch
小田原(SFN) 18ch
公式サイト 公式サイト
  
テレビ神奈川山下町旧社屋(別称・放送センター)。3階建。狭小のため業務センターは別ビルにあった(移転後でお別れのペインティングがされている)
tvkの新社屋、横浜メディア・ビジネスセンター(通称YokohamaMBC)。tvkは1~4階を使用(1FのヨコハマNEWSハーバーはtvkが運営)。tvkサービスやミューコムなど関連会社は5階に入居。地上13階建、地下2階建。スタジオを有するため68.3mの高さがあり、関内駅や横浜スタジアムからもよく見える。屋上はヘリポートになっている。
テレビ神奈川の中継車(車種三菱ふそう・ザ・グレート
テレビ神奈川所有の車(車種キャラバン25系) TVKは旧ロゴ

目次

[編集] 会社概要

株式会社テレビ神奈川
Television KANAGAWA, Inc.
種類 株式会社
略称 tvk
本社所在地 日本
231-8001
神奈川県横浜市中区太田町2丁目23番地
電話番号 045-651-1711(代表)
設立 1971年4月20日
業種 情報・通信業
事業内容 放送法に基づくテレビジョン放送
代表者 代表取締役社長 小宮邦安
資本金 36億円
売上高 73億円(2007年度)
従業員数 114人
決算期 毎年3月
主要株主 神奈川新聞社 (12.9%)
神奈川県 (9.5%)
横浜市 (8.3%)
横浜銀行 (4.2%)
中日新聞社 (3.9%)
外部リンク www.tvk-yokohama.com[1]
  
  • 本社・スタジオ 横浜市中区太田町2丁目23 横浜メディアビジネスセンター
  • (045)651-1711(代)
  • 東京支社 東京都千代田区内幸町一丁目3-3 内幸町ダイビル7F
  • (03)3597-8718
  • 大阪支社 大阪市北区中之島三丁目2-4 朝日ビル5F
  • (06)6222-0368
  • 名古屋支局 名古屋市中区橘二丁目9-18 メ~テレアネックス4F
  • (052)332-0601

[編集] 株式

  • 資本金:36億円
  • 発行済株式:720万株
  • 株主数:149名
  • 売上高:73億円(2007年度)
  • 主要株主
    • 神奈川新聞社:93万株 (12.9%)
    • 神奈川県:68万3650株 (9.5%)
    • 横浜市:60万株 (8.3%)
    • 横浜銀行:30万株 (4.2%)
    • 中日新聞社:28万株 (3.9%)

以上の事由により、テレビ神奈川は第三セクターに属する。

[編集] 沿革とサービスエリア

1972年4月1日開局。関東地方で3番目に開局した独立UHF放送局である。視聴エリアはアナログ放送では、神奈川県全域、山梨県の約半数、東京都(23区、多摩)の2/3位、千葉埼玉静岡各県の一部565万3千世帯である(エリア表[2]。デジタル放送では、神奈川県内と東京都の大部分、千葉県の一部、2006年7月からケーブルテレビを通じて山梨県中西部などの一部地域も加わる(デジタル放送のエリア表)ただし、東京都を経由し受信する埼玉県・千葉県などの場合、都内のビルなどに遮られ受信困難になることもある。また埼玉県北部・茨城県栃木県群馬県では混信などの影響で受信困難である。

2004年4月、横浜市中区太田町に横浜メディア・ビジネスセンター(神奈川新聞社と同居)が完成。5月10日、開局以来三十数年使われてきた中区山下町の社屋から移転した。社屋移転を契機として、局の愛称が長年使われた「TVKテレビ」から「tvk[3]、に変更され、またコーポレート・スローガンとして「ヨコハマ開放区」が導入された。なお、旧社屋跡地には記念碑が建立されている。

2004年12月1日12:01に地上デジタル放送(18ch・リモコンキーID3)を開始した。デジタル放送開始時の放送エリア (10W) は横浜市、川崎市の大部分(両市の北部を除く)および横須賀市、東京都の一部となっていた。2005年12月1日には平塚送信所(100W)が開局し、鶴見送信所の出力もフルパワー(1kWとなったため神奈川県東部の全域と千葉県の一部と湘南地区の大部分(三浦半島の一部を除く)でも視聴できるようになった。なお、2007年3月には小田原デジタル中継局が本放送を開始(エリアは南西部と静岡県伊豆半島東部)した。また、データ放送は2005年4月より自治体情報を中心に開始、ワンセグも2006年6月1日に開始している。

放送エリアは神奈川県全域はもちろん、TOKYO MXが開局するまで長らくUHF局がなかったため東京都内でも受信している世帯が多い。またUHF局の中でも、音楽番組を中心に魅力的な番組編成からか県内でのUHFアンテナ普及率は他県に比べて高く、埼玉県、千葉県でもアナログ放送で受信している世帯がある。条件によっては静岡県、山梨県などでもアナログ受信は可能。デジタル受信は出力や送信設備の関係でアナログよりシビアではあるものの、アナログが良好に視聴できる状態であれば基本的には可能。なおアナログ波区域外再送信しているケーブルテレビ局も多く、順次デジタル波の再送信も開始されている。また、アナログ時代再送信されていなかった栃木県、群馬県でもデジタル再送信をするケーブルテレビも現れている。

なお、過去には一部のケーブルテレビディレクTV局向けに「TVKスーパーステーションTV」→「ch Yokohama」→「YOKOHAMAベイサイドTV」として全国に神奈川県向けと同じ内容を放送したことがあった。

[編集] ネットワークの移り変わり

[編集] 番組編成

[編集] 音楽

  • 音楽番組に力をいれており、現在では「saku saku」が人気。前身の「saku saku morning call」時代にはユースケ・サンタマリアPUFFYが司会をしていたことでも知られる。現在はパペット人形である白井ヴィンセントとタレントの三原勇希(2008年度末までは中村優、2005年年度末までは木村カエラ、2002年度末まではあかぎあい)の2人をメインパーソナリティーとしている。このような番組スタイルは、増田ジゴロウとあかぎの時期に番組スタッフ一同との掛け合いトーク中心という独自スタイルを確立。この形が受け、各地でネット放送も開始。番組グッズも各地で販売されている。メジャーな歌手・声優もゲストとして登場し、tvkの看板番組に成長した。

[編集] スポーツ

[編集] 情報

  • 現在まで続く平日昼の帯ワイドは『TVグラフィックおしゃべりトマト』が端緒である(さらに前史には別番組「リビングポート」「スタジオ・きょう」「きょうの話題」も存在するが、「きょうの話題」終了後に空白期間が存在するため、ここでは『おしゃトマ』を発端とする)。『おしゃトマ』と略されたこの番組は、開始当初から予算をかけない手作り感覚のワイド番組となり、司会者を幾度も変更しながら長きにわたり続いた。この番組には、(当時)現役大学生もMC陣の一人として参加することもあり、現在フジテレビアナウンサーの福原直英も一時木曜などの曜日担当MCをしていた時期がある。『おしゃトマ』終了後は『たてながHAMA大国』→『HAMA大国』と続き、社屋移転後は『とっておき自遊食感ハマランチョ』→『1230アッと!!ハマランチョ』と、タイトルや内容は変わりつつも、この「枠」自体は現在まで維持されている。
  • 他には長年、土曜22時から日本広報センター協力の政府広報番組枠を製作しており、現在は「Just Japan」が放送されている。過去には「コンパスU」、「アクセスNOW」やクイズを織り交ぜた「クイズハッピーチャンス」「クイズバトンタッチ」などがこの枠で流れた。この枠は全ての独立UHF局にネットされているCS放送朝日ニュースター(「Just Japan」ではBS日テレおよび静岡朝日テレビにもネットされていた)。

[編集] アニメ

  • 近年はアニメ番組(UHFアニメ)にも力を入れており、幹事局としてアニメ制作に携わっている作品も多いため、関東圏におけるUHFアニメの雄として西のサンテレビと並び称されるほどである。特に土曜日は3~4本集中して放送している(2008年1月期は24:30~28:00までテレビショッピング1本を除いた6本)[5]。加えて、WOWOWやCS放送のアニメ専門チャンネルで放映された作品の再放送も積極的に引き受けたり、声優藤田咲を司会に迎えたアニメ情報番組「Anime TV」を放送するなどしてアニメ番組の充実を図っている(新作のUHFアニメは、チバテレテレ玉同様、ほぼtvkで放送されている)。

[編集] 過去の番組編成

  • tvkは開局時から「音楽に強い局」という評価がある。これは、後のテレビ東京に先駆けシングル・ジャンルの番組なら小さな局でも営業面で有利と読んでいたこと、プロモーションビデオの経費が当時安かったこと、それに横浜らしいカッコよさを追求した結果といえよう。黎明期はCMや番組がなかなか埋まらず、プロモーションビデオ(フィルム送出)が格好の時間潰しとなり、昼間を中心に沢山放映された。皮肉にもそれが「音楽局」へ傾倒させる要因になった。まず1970年代にかけて制作・放送された「ヤング・インパルス」、そしてその流れをくんで1980年代に制作・放送された「ファイティング80's」では、キー局などには出演しないアーチストが多数出演したことでも知られている。一例として、基本的にテレビ出演をしないミュージシャンの山下達郎が、音楽グループシュガーベイブの一員として「ヤング・インパルス」にゲスト出演したこともある。洋楽電話リクエスト番組「ファンキートマト」は南佳孝シャーリー富岡VJで知られ、米米CLUBや元東京JAPのドラマーでFMのDJとして人気が出た赤坂泰彦も登場した。邦楽情報番組「ミュージックトマトJAPAN」はシャーリーの弟のマイケル富岡の出世番組となり、全国区になり得るタレントをいち早く世に送り出す役割を果たしていた。
  • 現在においては、CS放送で視聴できるMTVであるが、このテイストを取り入れ200分間(ベータのテープ1本分)、途中に入るCMを除きノンストップで洋楽の新着ビデオクリップや視聴者からのリクエストによるビデオクリップをただひたすら放送するという、しがらみのない独立UHF局ならではの番組として存在していたのが「SONY MUSIC TV」(金曜23:30~26:50)であった。ソニーの一社提供で途中に入るCMも少なめにまとめてあり、さらには放送するビデオクリップのすべてにおいて、頭と終わりにアーチスト・曲名・アルバム名・レーベル名を入れる親切さが、洋楽ファンを中心に長く支持され、tvkローカルではなく、東阪の独立U局を中心に、途中からはテレビ東京系であるテレビ愛知でもネットされるなどした。しかし、予算などの問題もあってか番組末期には放送時間が90分に短縮され、その後終了した。終了後この番組のテイストを受け継ぐ番組はTVKローカルで火曜夕方に「シャッフル55」(ミュートマワールド16ers TV枠)として移り、この番組の時間帯には引き続きソニー提供で、演出や選曲コンセプトを明確にした「SONY MUSIC DISC」「SONY MUSIC ACCESS」と続いた(番組枠は60分と更に縮小)が、ソニーがTOKYO MXに出資した影響もあり、これらも既に終了している。
  • 1989年昭和天皇崩御の際、崩御当日および翌日に限り、テレビ神奈川を含む関東地区の独立UHF局は、オブザーバー加盟しているNNS(日本テレビ系列)[6]の放送に切替えた。なお、2008年度北京オリンピックの一部中継をtvk、チバテレ (CTC)、テレ玉 (TVS) の3社は日テレから受けた
  • 1980年代の後半から90年代前半にかけて、国際都市横浜や米軍関連が多い神奈川を象徴するかの様な全編英語放送の30分間の国内ニュース「the world today」がウィークデーの23時台に放映された。この番組はJCTVとの共同制作で、JCTVでは19時からの38分間の番組であった(ちなみに提供のセイコー高島屋や五洋建設のCMも英語放送。スポンサーや商品によっては日本語や日本語バージョン)。
  • 横浜そごうとのタイアップが行われていた1980年代中期~1990年代中期にかけては、横浜そごうが入居する「新都市センタービル」内に「キャプテンロコスタジオ」「みなとみらい21スタジオ」という2つのサテライトスタジオを持ち、ここから正午の帯枠『カフェシティ・ヨコハマ』や夕方の音楽情報番組『ミュージックトマト』が生放送されていたほか、現在ベイブリッジ横にある情報カメラも、最初は横浜そごう屋上に設置されていた。
  • 現在は再放送番組や購入番組が幅を効かせる夜8時台だが、1980年代後半~1990年代中期にかけては生放送の情報番組が編成されていた。ナイター中継終了後にOAされていた『YOKOHAMAベイサイドスタジオ』(後に木曜夜にOAになった『ヒューマンTV・ベイサイドスタジオ』)、金曜夜に放送の『TVグラフィック42番街』(後の『たてながHAMA大国ナイト』『HAMA大国ナイト』『北原照久のTin Toy Box』)の2番組がそれである。
  • 1980年頃~1990年まで毎週金曜22時から山谷親平と細川隆一郎、飯島清らによる政治討論番組「直言苦言」が放送されていた(京都放送群馬テレビびわ湖放送にもネット)。

[編集] エピソードおよび現況

  • 近年の最長寿番組は「JAグループ神奈川」提供の「緑への歩み」だった(2008年3月、35年の歴史に幕を下ろし終了)。開局翌日の1972年4月2日スタートである。当初は今のような紀行チックな番組ではなく、淡々と農業の実情を伝えるだけのNHKの「明るい農村」を彷彿とさせる番組だった。なお、tvkでの「農協提供番組」では基本的に提供クレジットが「JA」ではなく「農協」となっていたが[7]、「緑への歩み」の後番組として2008年4月より開始した「かながわ旬菜ナビ」では、「JAグループ神奈川」での提供クレジットとなっている。
  • もともとは神奈川県を筆頭に、横浜市朝日新聞毎日新聞読売新聞産経新聞中日新聞(5紙が同じ持株数を堅持)、ラジオ関東(のちのアール・エフ・ラジオ日本)などが主要株主で、TVK自体が報道というものを半ば放棄していた時期もあり(1983年~2002年)、神奈川新聞の陰は薄かった。神奈川県が経営権を握っていた頃は、平日9:35~11:00、金曜夕方に神奈川県教育委員会制作の教育放送(学校放送)が組まれていた(「のびる子きょうしつ」はその生き残りで長寿番組だったが、08年3月で終了)。経営は80年代前半まで実に苦しいものだったが、まだBSアナログ放送がなく番組表がキー局の横に大きく載るなどしていたので、倒産寸前までいった千葉テレビ、またテレビ埼玉よりまだ恵まれていた。
  • 経営不振で80年初頭にリストラなどで壊滅状態になっていた制作体制だが、90年代初頭の自社制作率は約70%にまでなり、東のTVK、西のKBS京都であった。むろんキー局を除けばダントツの数字である(キー局系列局では朝日放送の約45%が最高であった)。またKBS京都はラジオ部門を持っており制作で有利だった(80年代後半には同時生放送までしていた)ことを考えれば、tvkは驚異的だったといえよう。
  • かつてはキー局よろしくチャンネル数を模した■に○を配したものの中に42(42はヘルベチカ体)と書かれたマークが各所で重用されたが、80年代初頭に姿を消した。[8]しかし、やはり隣県(というより東京)を意識してか、県央・県西や三浦半島では中継局受信となるのに「42」への数字の拘りは強かった。当時、関東地方などVHFチャンネル(親局が1ch~12ch)の局では独立U局以外にUHFが使われることがなく馴染みが薄かったことが思われる。これは90年代前半の「♪Channel 42 Yokohama、broad to you by Ultra High Frequency」というジングルの穴埋めスポットや、ミューコム武内和之プロデューサーが制作に関わった木村カエラ(木村のデビューのきっかけは木村本人が渋谷に武内Pを呼びつけアプローチしたことから始まる)のデビュー曲が「Level42」(イギリスの有名フュージョンバンドにあやかってもいる)というタイトルであったことからも伺える。
  • 80年代のフィラーは横浜そごうにお天気カメラが設置されるまでカラーバーであり、下部に42TVKテレビという表示に時刻が表示されていた。音声多重放送開始後は前述の42のマークが消え、上部にTVKテレビの表示、下部に時刻表示とCD(Compact disc Digital AUDIO)のマークが表示されていた。当時はまだCDが本格的に普及していなかったので、音声多重(ステレオ)放送とともに高音質をアピールするためと思われる。
  • 1970年代末期?1980年代初頭にかけ、キー局では音声多重放送開始と時を同じくして、フィルム主体(テレシネ)の送出を順次VTR主体へと切り替えていたが、TVKにおいては予算や機材償却との兼ね合いから、VTR主体での送出はかなり後のこととなる。これにより往時は特にCMやテロップの画質が他社と比して格段に劣っていた。その後、音楽番組の多さからステレオ放送開始への検討が始まり、経営が好転しだした1984年秋、遂に関東独立U局初となる音声多重放送の試験免許を取得した(翌年4月本免許)。これ以後、段階的にマスターを改修し、CMバンクを導入(これによりVTR制作のCMも放送しやすくなった)、さらにマスタースイッチャーの改修によりテロップの質も改善された。その後1989年になって5年がかりのマスター更新が完了した。
  • TVKでの字幕(テロップ)は長らく写真植字による「紙テロップ」送出であったが、1990年代初頭にはソニー製のデジタルテロッパーといえる「SMC-3000C」がまず導入された(「おしゃトマ」末期ではスーパーがこの機材で作成・送出されていた)。しかし当時の電子テロッパーには、写真植字機ほどの汎用度がなかったうえ、「SMC-3000C」は文字よりは画像デザインの汎用度が高かったことから、あくまで番組で使われるテロップの補助的役割として使用されてきた。
    その後、1995年にラムダシステムズ製のデジタルテロッパー(TVKにおいては初代機)が導入され、テロップ電子化の先駆けとなったが、当初は生放送情報番組中心の運用となった。その後、スタジオサブのスイッチャーがリニアキー対応となり、透過ベースや透過文字など、綺麗なテロップが出せるように進化した。2002年にはテロッパー自体から多種多様な特殊効果を出せる「後継機」へ更新され、新社屋移転後もフル稼動している。しかしこの機材も1サブ、2サブを中心にHD送出には完全対応していない機材も存在するため、HD出力が可能な「完全HD対応機」への完全更新が今後の課題と言えよう。
  • スポーツコーダー(スポーツ中継用の電子テロッパー)としては興和製の機材が古くから導入されており、80年代半ばにプロ野球中継、東京六大学野球連盟リーグ戦・東都大学野球連盟リーグ戦・神奈川大学野球連盟リーグ戦野球中継、高校野球中継では写植同様の綺麗なフォント[9]によるスコア表示が実用化されていた。
  • 1987年の横浜が舞台だったテレビドラマ『あぶない刑事』(セントラル・アーツ製作、日本テレビ系)の第22話「動揺」において、スタジオ調整室のシーンで撮影協力をしている(撮影協力のクレジットは「テレビ神奈川」ではなく「TVKテレビ」)。
  • 内田康夫の小説「横浜殺人事件」の主人公である横浜テレビの藤本紅子のモデルは、映画通で知られ「おしゃべりトマト」「TVグラフィック42番街」などの映画コーナー、「HAMA大国」の司会、「とっておき自遊食感ハマランチョ」のプロデューサーを担当していた坂本紅子氏(報道制作局→現・編成局広報担当)である。
  • 『ファンキートマト』『おしゃべりトマト』『ミュージックトマト』などのいわゆる「トマトもの」では、MCのことをDJ(ディスクジョッキー)ならぬVJ(ビデオジョッキー)と称していた時期がある。これは当時の地上波としては異例といえる、プロモーションビデオを大量に流す構成を踏まえ、DJをテレビらしい呼び名に置き換えた結果である。なお「トマト」とはニューヨークの比喩である「ビッグアップル」の「アップル」にあやかって付けられたという説がある。
  • 今は各局で一般化しているが、天気予報の録音によるマスター自動送出システムを日本で初めて運用したのはTVKである。1986年春から実用化され、あわせて映像も字幕のみからキー局同様CGによるものへ改められた。開始当初は予め録音された音声をそのまま流すだけであったが、1999年にシステムを更新し、音声の組み合わせによるリアルタイム放送が可能となった。
  • TVK絶頂期の開局20周年(1992年)の際は、耳と「20」の文字を模した記念ロゴと共にユニコーン奥田民生爆風スランプサンプラザ中野らが「TVKどうもありがとう!」「ごめんねTVK!」などとライブで(むろんアドリブ)叫んでいるシーンをつないだスポットが大量に流された。また記念番組として収録ものでは桑田佳祐のアンソロジー「逃げろ!桑田佳祐」、生放送ものでは田代まさしうじきつよし篠原涼子司会の電リク特番があった。TVKにゆかりあるゲストも多数出演したが、TVK(もしくはミューコム)が版権を持つPVやライブ映像は邦楽・洋楽とあまりにストックが多すぎるが故、ごった煮な内容になり、ゲスト出演者の一人であったアン・ルイスは「(私は)レアな洋楽を流して欲しかった」とあからさまに不満を漏らした。しかし出演者が一致していたことは「ありがとう住友のオヤジ!」(住友利行・現tvkコミュニケーションズミューコムカンパニー代表取締役社長のこと)であった。
  • パフィー1997年、TVKの年越しライブ中継『PATIPATI TOMATO』へ出演したが、この際のエピソードとして、裏番組となるNHK(日本放送協会)の紅白歌合戦から出演依頼をうけていたものの、TVKの出演を選択した。これは売れる前からTVKの常連でパフィーをプロデュースしていた奥田民生がライブに出演していたという面も大きいとされ、「TVKを蹴ってNHKを取るだろう」との観測がされる中「TVKが天下のNHKに勝った」と一部には報道された。
  • 1993年からはCATV向けの「Ch Yokohama」や、CS放送(ディレクTV)で「横浜ベイサイドテレビ」として同時放送されていたこともあった。(1998年の横浜ベイスターズ優勝時は、このCS放送でベイスターズナイターを観ていた県外のベイスターズファンも多かった)が、2000年のディレクTVのサービス終了と同時に終了している。これはスカイパーフェクTV!でなくディレクTVを選択した経営判断の失敗であり、のちのTVKの経営に尾を引くことになる。
  • TVKが幹事社となりKBS京都と共同制作したオムニバスドラマ『塩カルビ』(西村雅彦主演)の記者会見において、店員役でレギュラー出演した豊岡真澄に「今度は普通のテレビ局のドラマがいい」と発言されてしまった。しかし『saku saku』など都内の芸能人・有名人らに熱烈な支持を持つ番組を存在することから、東京側から見てtvkがUHF局だからといってキー局と比べクオリティが全面否定されているわけではないことが分かる。またキー局関係者にも熱烈なファンを持つテレビ局として地位を築いている。
  • かつて横浜そごう(現・そごう横浜店)とTVKの関係は緊密で、「キャプテンロコスタジオ」(2F)「みなとみらい21スタジオ」(地下1階)という2つのサテライトスタジオを設け、「カフェシティ」やかねてからあった夕方のミューコム制作の生番組に威力を発揮した。しかし、バブル崩壊後にそごうが経営不振に陥ると、それらの番組は打ち切りとなり、ついにはスタジオ閉鎖、横浜そごうのTVK持株売却と、TVKとそごうとの関係は急速に悪化していった。
  • TVKは1980年代から1990年代初頭にかけ、好景気と横浜そごうなど大スポンサーの存在が後ろ盾となり、経営状態は好調を持続していたが、バブル景気の終焉とともに、大スポンサー中の大スポンサーであったそごうの経営不振が経営の屋台骨を大きく揺さぶった。さらに神奈川県の財政危機や、TVKが最後まで反対した東京MXテレビの開局がTVKにはカウンターパンチとなり、売り上げが30億円近くも減少(売上最高期の1/4近く、90億円→60億円)した。この煽りを受け自社制作番組は急速(70%→40%)に減り、2002年には売り上げで東京MXテレビに、2003年には自社制作率でもテレビ埼玉に抜かれる「非常事態」となった。ここまでになった理由としては、公安出身者を社長に据えるという報道機関にはあってはならない人事が県の意向で行われたこと、「ワンソフト・マルチユース」の意味をはき違えた再放送中心の番組編成(ほとんどの番組を再放送して枠を埋める)により、社内の士気が失われていったことなどが挙げられる。
  • まさに存亡の危機的状況のなか、TVKの凋落を見て「県が県域メディアを経営する時代は終わった」という岡崎洋県知事(当時)の意向により、2001年に株式売却が行われ経営権が神奈川県から神奈川新聞社に移ることとなった。当初は新聞社とテレビ局の違いもあって両社の連携はしっくりいかなかったが、その後、第三者割当増資(県内市区町村などが応じる)、新社屋(横浜メディア・ビジネスセンター)[10]建設・移転、「ヨコハマ開放区」のVI導入(電通との本格タッグ開始)、県域独立U局初の地上デジタル放送開始(2004年12月1日[11])、独立U局には珍しいインデックス社との提携による携帯公式サイトオープン(全キャリア対応)など、積極的な戦略に出ることになる。これにより、2005年度は3期連続増収、新社屋移転後初の黒字決算を達成、売り上げでは東京MXテレビを再び抜き[12]、自社制作率も準キー局を含む地方局トップに返り咲き「独立U局の雄」の復権を果たした。
  • tvkの新ロゴは新しいイメージカラーの空とハイビジョンの画面比16:9、tvkの文字を模してデザイン化したものである。
  • デジアナ統合マスターは東芝製である[13]
  • 地上、ワンセグ共にデータ放送に力を入れており、神奈川の県市町村単位の情報に特化、独立U局の意義や有り様を考えれば秀逸の出来である。地上データ放送では大日本印刷と共同開発したQRコードでの携帯端末への地図取り込み機能も備えている。ワンセグ放送では音楽番組、高校野球等で番組連動型データ放送も行っている。データ放送開始は地デジ開始より4か月、ワンセグでは千葉テレビやテレビ埼玉より2か月遅れとなったが、その分内容の充実を図った(参考)。2007年9月1日からは川崎市と共同で緊急防災情報の提供を開始した。避難情報が流れた際は緊急度に応じ画面がポップアップ。ワンセグでも同様の情報提供。また、2007年4月には本格的なネットショップ「tvkショップ」をオープン、saku sakuのオリジナルグッズやライブ帝国のDVDなどはもちろんのこと、地産地消をキーワードに神奈川に根ざした名産品を大々的に扱い、地元に貢献している。なお取引の増加に伴い、2008年度からは運営をeストアーに業務委託している。
  • 携帯サイトは「saku saku」の出演者やキャラ、アナウンサーの着うた、着ボイス、着ムービーなど非常に充実しており、有料サイトではキー局・準キー局を除く地方局でトップ3の加入者数を誇る。また、tvkがレコメンドするアーティストのCDのオンライン販売(tvk music store)も開始している。
  • tvkの新社屋移転とVI導入・新編成告知広告(コピーは「TVK、変わる。」)は、神奈川新聞、神奈川県内の鉄道各線等に掲示された。これは神奈川県外の東京メトロ全路線にも掲示され、大きな反響を呼んだ。
  • 2009年5月現在、地上デジタル放送によるウォーターマーク常時表示および、アナログ放送においてのアナログロゴ常時表示を、南関東に所在する地上波局では唯一行っていない。(代わりにアナログ放送では、アナログロゴを白テロップにおいて各番組開始時、最初のCM明けなどに1分間表示する)これは、スポンサー等の都合により、常時表示が難しいと局で判断したためである。機材が対応していないという一部の説は誤りであり、実際にスポーツ中継や「あっぱれ!KANAGAWA大行進」「1230アッと!!ハマランチョ」で透過テロップがキャプションで使用されている。

[編集] トラブルおよび問題点

  • 神奈川県内人口カバー率100%を謳っているが、巨大マーケットである東京を意識して親局を鶴見の神奈川県立三ツ池公園に置いたために、実際には川崎市多摩区横浜市青葉区鎌倉市横須賀市葉山町など多摩三浦丘陵の谷あいを中心に多くの難視聴区域が存在する。その割に中継局が少なく、神戸のサンテレビとは対照的である。これについては共聴やケーブルテレビの普及、および地上デジタルで新規中継局置局が明らかになっているので、徐々に解消しつつあるといってよい。
  • 人気番組「saku saku」においてキャラクター「増田ジゴロウ」を巡る肖像権や著作権など金銭や権利が絡んだ問題が発生し、番組から増田ジゴロウ他のキャラクターが引き上げられる(2005年7月)事態が発生した。詳しくは増田ジゴロウ・ペパーsakusaku降板問題を参照のこと。
  • 出演者とのトラブルとしては、同局の看板番組であった「新車情報」のキャスター、三本和彦が、新社屋のある横浜メディアビジネスセンター1F(当時はオープンカフェが同所にあり、カフェの営業中に番組収録を行った)での収録に変更されたことに立腹し、『30年は続けても良かった』という新車情報を降板(2005年3月)、番組も終了することとなる(新車情報終了にあたっての三本コラム[14]
  • せっかくの新社屋設備であるのに、地上デジタル開始当初は機器の減価償却の関係でお世辞にもHD率は高くなかった。周辺UHF局と比べて大幅に後れをとっていたが、2007年4月に小型HD中継車およびワイヤレスENGカメラを導入、5月にデジタルFPUの運用開始、その後2007年7月30日より2サブがHD化されたことで、飛躍的にHD率が向上した。しかし大型HD中継車の導入には至っていない。また、HD収録可能なスタジオで収録しているにもかかわらず、スタッフ、制作会社の機材や意向によりいまだにSD収録を行っている番組もある(saku sakuなど)。現在のHD率は約33%としているが、ニュース素材などは一切HD化されておらず、パッケージのHD化の完了したテレビ埼玉やTOKYO MXに遅れをとっている。ただし、2008年度末からは順次スポーツ中継がHD化されている。
  • 前橋のフジテレビ地上波デジタル(42ch)が主に西埼玉でtvkアナログ親局とデジアナ混信を引き起こしており、埼玉県内のケーブルテレビは対応に追われた。リバーシティ・ケーブルテレビテレビ行田は再送信を休止したが、テレビ熊谷テプコケーブルテレビ川越ケーブルテレビなどはデジタルコースでの再送信で対応した。この面でもtvkは県外でも一定の支持をされていることが分かる。なお、その他のケーブルテレビは民放連通達[15]や設備[16]の問題もあり、デジアナ混信のまま再送信を続け、態度を保留している。また、最大手CATVのジュピターテレコム(J:COM)は区域外再送信よりもインターネット事業や専門チャンネルなどの独自サービスを優先し、アナログを除き、県内を含め、帯域不足を理由にデジタルパススルー再送信を最後まで拒んだ。県内でようやく2007年12月に実施されたが、影響が大きいことから、テレ玉を含めそのためのニュースリリースが出るほどであった。しかし、東京、千葉、埼玉ではいまだにアナログのみでトランスモジュレーション放送すら実施しておらず、アナログ再送信を打ち切った地域もある。このため、デジタルでも県外の視聴を続けてもらいたい、また増やしたいtvkの怒りを買っており、配布されるタイムテーブルや公式サイトの受信案内では県内各局も含めJ:COM各局は最後行に表示されている。
  • 2007年度において50%超えていた自社制作率だが、不況の煽りを受け2009年春の改編で45.5%再び50%切った。また番組編成もかつての「再放送路線」に戻りつつある。

[編集] 主な番組・過去に放送した番組

テレビ神奈川番組放送一覧を参照のこと。アニメ関連の番組はテレビ神奈川アニメ番組放送一覧を参照のこと。

[編集] 製作映画

  • イヌゴエ 幸せの肉球(2006年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・チバテレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • 棚の隅(2006年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・チバテレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • WHITE MEXICO 大江千里主演(2007年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・チバテレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • サンシャイン デイズ (2008年)(tvk単独、制作プロダクションとの共同製作)
  • 音符と昆布(2008年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・チバテレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • ネコナデ(2008年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・チバテレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • コラソン de メロン 西川貴教主演(2008年)(tvk《幹事》・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • GSワンダーランド(2008年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・チバテレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • 幼獣マメシバ (2009年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・チバテレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • 悲しいボーイフレンド(2009年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・チバテレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • PLASTIC CITY (2009年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・チバテレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
    • このように近年は東名阪ネット6加盟局とともに幹事社として映画製作に意欲的に取り組み、「棚の隅」「ネコナデ」「GSワンダーランド」など、在京メディアもにぎわす作品を多く生んでいる。

[編集] 提携局

テレビ朝日系列の名古屋テレビ放送(メ~テレ)静岡朝日テレビと社業全般にわたり交流を図り協力をする「相互協力に関する友好協力関係協定」を結んだ。これは親会社の神奈川新聞が朝日新聞と関係が深いことによる。2004年5月10日の新社屋移転時、メ~テレの「大須ぱっぱ屋」へ向け尾辻舞アナが新社屋を生で紹介をした。tvkの応接室にはメ~テレのキャラ「ウルフィ」のぬいぐるみが飾られている。2009年、メ~テレが製作した映画「ハイキック・ガール!」や、イベント「ガンダム生誕30年祭」のCM・PRを首都圏トライアングル枠を含めて精力的に流した。また新社屋移転に伴う営業体制再構築時に設けられたtvk名古屋支局は、メ~テレの旧本社社屋(現・メ~テレアネックス)に所在する。

また、テレビ東京系に次ぐネットワークを作るべく2007年に結成された東名阪ネット6の旗振り役を務めている。

海外に提携局はないが、中国の上海電視台と友好関係があり、同局制作の「中日之橋」を無料で番組提供を受けている。

[編集] アナウンサー

[編集] 男性

[編集] 女性

[編集] 過去に所属したアナウンサー

男性
女性
  • 青山頼子
  • 有田真子
  • 上田陽子(プロパー、1989年~1993年、結婚退社、現・阪田陽子
  • 原良枝(プロパー、後年、嘱託で一度復帰)
  • 鎗田圭子(プロパー)
  • 秋山雅子
  • 長瀬佳美(元・テレビユー福島
  • 鈴木美佳(元・新潟総合テレビ
  • 平松由美(元・山陽放送
  • 武田川彩子(元・静岡朝日テレビ
  • 松本麻美(元・静岡エフエム放送[K-MIX]
  • 内田朱美(元・テレビ山梨、1998年~2000年)
  • 清水美穂(元・長野朝日放送、2000年~2001年)
  • 森麻緒(元・中部日本放送、2000年~2001年)
  • 野澤はづき(プロパー、1997年~1999年、結婚退社)
  • 松本尚子(元・南日本放送、2002年~2003年)
  • 野中美里(元・新潟テレビ21、1999年~2005年)
  • 相賀真理子(元・北海道放送、2003年~2005年、結婚退社)
  • 大原裕美(元・静岡放送、2004年~2006年、結婚退社して台湾に在住したが2008年帰国、フリーでtvkの番組に単発出演)
  • 東美咲(元・山梨放送、2005年~2007年)
    • 女性アナウンサーでは鎗田圭子、原良枝がtvkの歴史上欠かせない存在。看板生番組『おしゃべりトマト』『TVグラフィック42番街』の司会を勤めるなど人気であった。原は美人で在京メディアが取材に来るほどであった。逆に鎗田はテレビ局よりラジオ局のアナウンサーを任せた方がよいのではないかというほどのマシンガントークぶりで「ヤリケイ」のあだ名で親しまれた。退社後、原は「かながわTODAY」の司会を近年まで務めていたが、鎗田は「かながわ・ゆめ国体」関連の番組が最後になっている。なお、『おしゃべりトマト』最終回時には歴代出演者が総登場したが、原は都合がつかず、また鎗田は妊娠中のためVTR出演した。
    • 豊川浩はサッカーに非常に詳しく、Jリーグ草創期に活躍した。
    • 岡村光芳はアナウンス部長まで上り詰めた人物だが、諸事情でVTRを流す機会があると映像にモザイクがかかったり、一部がカットされたりする。
    • 退社ないし契約満了のアナウンサーが高校野球期間中の「tvkスポットニュース」や「試合速報本部」のナレーションに臨時登板することがある。
内田朱美(2005)
長瀬佳美(2006~2008)
野中美里(2005~2008・現在は日テレG+FMヨコハマの番組に出演している)

[編集] 輩出したアナウンサー

歴代の昼ワイド(「おしゃべりトマト」~「HAMA大国」)のアシスタントはアナウンサー志望大学生の登龍門となっていた。そのエッセンスが「みんなが出るテレビ」に受け継がれた。

[編集] キャッチフレーズ

  • TVKism (ismはInformation Sports Musicの意味がかかっている)
  • サクッと見せるTVK
  • おかずテレビ(1993年~1996年頃)
  • ジャンプ2乗 TVKテレビ(1997年頃)
  • ホネつきテレビ(1998年頃)
  • テレビ~ニョ(1999年~2004年3月)
  • Good-bye TVKテレビ(2004年4月~2004年5月9日)
  • ヨコハマ開放区 (2004年5月10日~)
  • かながわワールド~あすの地球と子どもたち(2007年~2008年、開局35周年記念。「ヨコハマ開放区」も継続して使用)
  • 地デジは3ch tvk(2009年4月~)

[編集] イメージキャラクター

  • テレビ~ニョ(1999年4月~2004年3月)
  • tvkids(アース、ピース、キース)(開局35周年記念、伊藤有壱がデザイン)

[編集] オープニング・クロージング

  • 1977~1984年

OP:横浜港と行き交う船群(音楽はビートルズsomething」) ナレーション:? ED:横浜港の夜景と船(音楽はサディスティックスの「眠れぬ海の男達」とビリー・ジョエルの「ストレンジャー」のイントロの掛け合わせ)ナレーション:青山頼子

  • 1984年~1989年

OP:横浜港と三ツ池送信所(音楽はカシオペアの「SunnySide Feelin'」) ED:氷川丸と夜の横浜市内(関内、尾上町、伊勢佐木町等)とTVKの本社演奏所屋上看板(音楽はサディスティックスの「眠れぬ海の男達」)ナレーション:鎗田圭子 (この間に大船局、仙石原局開局があるが、テロップの変化以外なし)

  • 1989年~1993年

OP:神奈川県内の映像<各名所の説明テロップ付き>(同)ED:氷川丸と夜の横浜市内、TVKの本社演奏所屋上看板(同) ナレーション:鎗田圭子

  • 1993年~2003年3月

OP:神奈川県内の風景<横浜みなと局開局にともないそごうのお天気カメラからのみなとみらいの映像が入る。各地の説明テロップがなくなり、中継局テロップがワイプになる>(同)ED:氷川丸とランドマークタワー(同) ナレーション:鎗田圭子

  • 2003年4月~2004年5月9日

OP:横浜市内の風景(同、中継局テロップは電子テロップ・横スクロール、途中にアナアナ変換によるチャンネル表示変更あり) ED:横浜ランドマークタワー横浜ベイブリッジコスモクロック山下公園周辺などの夜景(同、中継局テロップは電子テロップ・横スクロール、途中にアナアナ変換によりチャンネル変更あり) ナレーション:鎗田圭子

  • 2004年5月10日~現在

OP:みなとみらいなどの横浜の朝・日中の風景をデザイン化し、「tvk」のロゴを飛んで行く電波としてイメージングたもの。
ED:横浜ランドマークタワーと横浜ベイブリッジなど、横浜の代表的な夜景をデザイン化した映像 また、デジタル放送は横浜市の観光スポットの朝、夜の静止画に「tvk」のロゴを飛んで行く電波としてイメージングたものをかけわせたもの。「こちらはtvk、ヨコハマ開放区です」と言うが、過去の「こちらはTVKテレビです」同様、「テレビかながわ」という局の送出呼称を言わない珍しい形態が踏襲されている。過去のオープニング・クロージングと比べると都会的で近未来的な出来になっている。なお、デジタル放送では局名・コールサインは言うものの、テロップは局ロゴ以外表示されない。

[編集] 時間外放送

  • 時間外の場合、多くの時間は何も放送されておらず、ほとんど停波している。OP開始30分前からオープニングまでの間は、横浜スカイウォークスカイタワー、または国土交通省河川事務所が神奈川県内の河川に設置しているカメラからの映像提供を受け放送している。この時、国土交通省京浜河川事務所カメラ、または横浜ベイブリッジ・スカイウォークカメラと画面下に表示され、左上には時刻表示・tvkの局のロゴが表示される。デジタル放送では「朝の周波数カード」として、番組として扱われている。なお、デジタル放送ではEDから30分程度カラーバーを放送している(こちらも「夜の周波数カード」として、番組として扱われている)。

[編集] 時刻出し

  • 5:30 - 10:00まで(日曜は9:30まで)。
  • 平日 11:30 - 13:58まで、16:30 - 18:58(平日17:34 - 17:55 の経済ニュース放送時は表示オフ)まで。
  • かつては、オープニングのフィラーNHKのように定時に10秒間表示。表示場所は左上。じき、フィラーとトマトパーティ内(CM中を除く)で右下に表示。1984~1989年に段階的にマスター改修が行われたが、本格的な時刻表示は1999年春から。表示時間帯は以後、一貫して変わらない(経済ニュース放送中を除く)。
  • ベイブリッジの天カメのフィラーや「saku saku morning call」が生放送の頃の一時期、時刻が巨大&グラデーション表示されていた。
  • なお、時刻表示フォントは、フジテレビのカスタム(スパイスTV どーも☆キニナル!のみで使用されている)、テレビ朝日、TOKYO MX、チバテレビなどと同じ後期丸フォントである(tvkのように東芝製のマスター使用局で、後期丸フォントを使用しているのは北日本放送仙台放送など)。

[編集] 時報

  • 開局から長らく独特の音色の3点時報も鳴っていたが、1986年のマスター改修で姿を消した。

[編集] お天気カメラ

スカイタワーカメラがメンテナンス時や故障時などは、本社屋上カメラや河川事務所の監視カメラを利用することもある。かつて横浜そごうの休業日にはカメラが使えず、花の静止画のスライドやマスター室やサブの映像を使用していた。デジタルFPU運用開始、2サブHD化に伴い、2007年7月にHV化されている。
  • tvk本社屋上(2007.12.10 -)[HV]
2007年夏にスカイウォークのカメラが故障を起こし、対策として急遽設置された。中心部の横浜の光景や晴れ渡ると見事な富士山が撮影できるカメラだが、あくまで補助的扱いにとどまっている。2008年の元日にはフィラーで初日の出の模様がスカイウォークカメラと交互に放映された。

[編集] テレビ神奈川で放送されているCM

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています


  • その他、都内で視聴している世帯が多いからかキー局で流れている大手企業のスポットが多いのが、近隣独立U局にはない特徴である。また、静岡県(主に伊豆半島東部)でも視聴している世帯が多いからか伊豆地方のスポットも流れている。興和ハウス食品のCMも近隣独立U局とは違い大量に流れている(但し、キー局とは違い早朝深夜は流れない)。
  • 1970年代の穴埋めスポットはかもめ文庫(かなしん出版)のCMや長尺の啓蒙CMなどで、ACジャパンのCMは1990年代(当時:公共広告機構)に入るまで流れなかった。

[編集] 社屋・放送施設

三ツ池送信所(横浜市鶴見区三ツ池公園
本社・演奏所
231-8001 横浜市中区太田町二丁目23番地 横浜メディア・ビジネスセンター内
旧本社・演奏所(放送センター)
〒231-8542 横浜市中区山下町69番1号(現在は高層マンションになっている)
旧業務センター
〒231-0023 横浜市中区山下町123番1号 クリードビル内

[編集] アナログ放送

送信所
  • 横浜市鶴見区三ツ池公園
    • 42ch・映像周波数645.25MHz・出力10kW(ERP125kW)、音声周波数649.75MHz・出力2.5kW(ERP31kW)
中継局

◆…キー局共建 ●…垂直偏波

  • 横浜みなと局開局の際は「キー局もTVKもこれ1本」というUHFアンテナ設置キャンペーンが行われた。

[編集] デジタル放送

送信所・中継局名 物理チャンネル
中心周波数
空中線電力 ERP 中継局置局箇所 偏波面
横浜送信所 18ch
503.142857MHz
1kW 12.5kW 三ツ池公園 水平偏波
平塚中継局 100W 370W 湘南平 垂直偏波
小田原中継局 10W 120W 真鶴岬 水平偏波
南足柄中継局 35ch
605.142857MHz
1W 3.5W 21世紀の森 水平偏波
湯河原中継局 37ch
617.142857MHz
100mW 185mW 一本松 垂直偏波
愛川中継局 17ch
497.142857MHz
1W 3.1W 内山 水平偏波
箱根湯本中継局 47ch
677.142857MHz
100mW 280mW 箱根湯本 垂直偏波
横須賀武中継局
17ch
497.142857MHz
300mW -W 武山中腹 垂直偏波 
仙石原中継局
35ch
605.142857MHz
-W 丸岳中腹 垂直偏波
  • 平塚デジタル(SFN=同一周波数送信)もアナログ同様、垂直偏波である。これを知らない視聴者が、垂直偏波非対応の簡易アンテナを購入し、受信できないと訴えるクレームが多発したため、都内を含む家電量販店に「平塚局は垂直偏波です」という注意書きが張り出される騒動があった(簡易アンテナは東京タワーから30km圏が限界の模様)。
  • デジタル波は北方面へはチャンネルが近接するアナログ放送大学の影響などから南・西・東方面ほど輻射できない。このためアナログ放送では問題なく受信できていた東京都内でも受信困難な地域があるほか、埼玉県中北部・千葉県北部・茨城県南部など、同一チャンネルの宇都宮・水戸送信所の影響を大きく受けている地域もある。都内や埼玉南部・千葉西部などを視聴ターゲットに考えているtvkでも頭を抱えている。
  • 基本的に中継局は現在のアナログ中継局に併設の形で設置予定。なお、2009年以降のデジタル中継局開局予定は次の通り。

2009年度(平成21年度)

  • 相模湖(相模原市 旧相模湖町)(水平偏波)3月31日 開局済
  • 逗子(逗子市)(12月開局予定)
  • 津久井(相模原市 旧津久井町)(垂直偏波)3月31日 開局済
  • 久里浜(横須賀市)(11月開局予定)

2010年度(平成22年度)

  • 秦野 (秦野市) (2月開局予定)
  • 横須賀鴨居 (横須賀市)(2月開局予定)
  • 衣笠(横須賀市)
  • 釜利谷(横浜市金沢区)(デジタル新規設置局)
  • 大船(鎌倉市)
  • 笹下(横浜市港南区)(デジタル新規設置局)(3月開局予定) 
  • 湯ノ沢(松田町)
  • 横浜泉(横浜市泉区)(デジタル新規設置局)
  • 秦野菩提(秦野市)(デジタル新規設置局)(1)
  • 中井雑色(中井町)(デジタル新規設置局)(1)
  • 青野原(相模原市 旧津久井町)(2)
  • 藤野(相模原市 旧藤野町)(2)
  • (1) 先行開局する他のデジタル中継局からの電波の受信状況により、中継局を設置するか否か、総務省が判断する。
  • (2) (1)の状況、共聴施設の新設、及びCATV、光ファイバーとの接続など、複数の処置により当該エリアをカバーする。
  • なお、これ以外のアナログ中継局は、デジタル中継局の併設は無く、アナログ放送終了(2011年7月24日正午)と同時に停波し、そのまま廃局となる。 
  • 総務省より、開局日のおよそ1ヶ月~2週間前、各中継局電波法による放送予備免許を交付、その後試験電波を発射し、送信機器動作確認の為の試験放送を開始する予定。 その後、本免許を交付し、正式にデジタル本放送を開始する。

[編集] ケーブルテレビ再送信局

  • 神奈川県内では、全てのケーブルテレビ局で再送信されている。

太字の局はデジタル波も再送信を行っている。

[編集] スタジオ

[編集] 山下町旧社屋

第1スタジオ(1F)
メインスタジオ。開局記念特番「はばたけTVK」が最初の番組。その後、さまざまな番組に使用される。旧社屋末期には3台のカメラが常設されていた。なお一部特番ではスタジオ内にカメラクレーンを搬入して運用したこともある。
第1スタジオ・サブ (2F)
ステレオ対応の副調整室である。
第2スタジオ(1F)
ニュースやミニ番組の収録などを想定して作られた学校の放送室並みの超狭小スタジオ。しかし、1スタからのOAでコストがかかっていた昼ワイドの省力化から「スタジオ・きょう」(60分→のち45分)開始(1980年)時に改装され、カメラは当時珍しいリモコン操作が可能、生の無人運行が可能なスタジオとなった。「日本大通り情報」「おしゃべりトマト」「情報ステーション」「KICK OFF F・Marinos」、そしてユースケ・サンタマリアIZAM井手功二&佐々木ゆう子&久保弘毅あかぎあい木村カエラ時代の「saku sakusaku saku morning call)」はこのスタジオで収録されるなど、皮肉にも小回りが利くことからフル稼働となった。なお、前述のとおり1980年にサブを改修したため、1980年代中期のマスター、サブ更新まで1スタ収録の番組よりテロップなどの質がよかった。
第2スタジオ・サブ(2F)
第2スタジオのサブコンとして、またSEAスタジオのサブコンとしても使用された。サブコンの端にアナウンスブースが併設されていた。
報道顔出しブース(報道部内)
開局から続いたワイドニュースが1983年になくなり(神奈川新聞系列下になる前の報道半放棄路線)、「おしゃべりトマト」および夕方のニュースは報道部の片隅のバックに新聞紙が積み上がったような粗雑な場所から記者が読んでいた。机に大きなマイクと「TVK報道部」のプレートがあったが、それがなければとても見せられる場所ではなかった。のちに簡易セットが設けられ契約女子アナが読むようになったが、あくまでオフィスの片隅であり、スポットライトやキャッチもなく薄暗かった。1995年に廃止。
1985年頃まで22時台のスポットニュースは項目をブルーバックのテロップで表示、あとはポラロイド写真が出るだけだった。
SEAスタジオ(3F)
1995年、社長室の一部を取り払いオフィス内に開設されたガラス張りのスタジオ。来るべきTOKYO MX開局に備えスタートした「たてながHAMA大国」→「HAMA大国」、PUFFYSay a Little Prayerの生放送時の「saku saku morning call」、ニュース、スポーツ番組(1998年横浜ベイスターズ優勝特番も含む)はここから放送。SEAスタジオの名称は一般公募で決まった。「SEA」はオフィスが見える「see」の意味と横浜の海、そして「S」にSports、「E」にEntertainment、「A」にAreaをかけた。その後「SEA戦略」と局のステーションポリシーにも使用。第2スタジオ同様、小回りが利くため重宝された。「HAMA大国」放送中に小学生の社会見学でガラス越しに子供が手を振るのは、恒例だった。スタジオには3台のカメラが常設されており、うち1台はリモート式であった。
なお、3階は報道制作局と編成局、アナウンス部があり、SEAスタジオから見て上手に編成局、上手前方にアナウンス室と報道部、前方方向にミーティングルーム、下手にスポーツ部、制作部があった。その他、編集室が旧社屋南端に設けられていた。
マスタールーム(2F)
山下町旧社屋の北側端に位置する。主調整室の隣にはCMバンクが併設。1スタサブとは扉でつながっていた。また2階には技術局もあった。

[編集] 横浜メディア・ビジネスセンター (Yokohama MBC)

ヨコハマNEWSハーバー(1F、HD、180坪)
1230アッと!!ハマランチョ[HV]。1台の小型固定カメラとハンディカメラ(状況に応じて脚をつけて固定カメラとして使用する)、計2台のカメラで運用。
第1スタジオ(2F~中3F、HD)
saku sakuカルチャーSHOwQ~21世紀テレビ検定~[HV]、オンガクのDNA[HV]、Hi!横濱編集局[HV]、コンシェルジュ神奈川[HV]、Just Japan[HV]、岡崎五朗のクルマでいこう![HV]、KICK OFF F・Marinos[HV]などさまざまな番組を収録するメインスタジオ。サブ、カメラなどはすべて新規納入。カメラは3台(「カルチャーSHOwQ」はハンディカメラを含めて4カメから5カメで収録)。フルHD対応のスタジオであることから、一度、TVKエンタープライズを介して朝日放送の「富豪刑事デラックス」の収録に貸し出されたことがある。
  • このようにメインスタジオが2階にあるが、他局の新社屋のように大規模エレベーターや搬入路がない。そのため「新車情報」のような自動車や大規模大道具が搬入できないなどの問題がある。しかし、収録はそのような番組の場合1階で行えばいい判断し、あえて設置しなかった経緯がある。しかし、1階も大規模搬入路はない。
第2スタジオ(2F、HD)
tvk NEWSハーバー[HV]、ニュース930[HV]。2スタは当初減価償却の問題もあり、山下町のSEAスタジオの設備を改修(カメラにプロンプター設置、など)して再利用していたが、HD対応機器への更新が完了し2007年7月30日よりHD対応スタジオ・サブとして使用を再開した。3台のカメラがあり、すべてプロンプター設置、リモート方式である。
第3スタジオ(2F、SD)※仮設のため現存せず
2スタ及び2サブ工事のため、2007年7月にスタジオロビーに仮設されていた。セットは2スタに設置してあったものを移設して対応。tvk NEWSハーバー高校野球ニュース2007で使用された。サブはマスターサブを使用。
主調整室(マスタールーム、HD)、第1・第2スタジオ副調整室(サブ、共にHD)(3F)
第4スタジオ(4F、SD)
報道制作局と編成局のオフィスの境にあり、敷居のような存在。4階にあるので4スタと呼ばれているに過ぎない。サブはマスターサブを使用している(挿入されるお天気カメラの映像はHV)が、カメラが山下町2スタにあったSD方式のため、HD放送はできない。リモート式。tvkニュース、tvkスポットニュース、ニュース速報等で使用。
  • 「LOVE CHR」(終了)、「YOKOHAMA MUSIC EXPLORER」(終了)など、第1会議室で収録している番組もあった。

[編集] 関連施設

  • ヨコハマNEWSハーバー(横浜メディア・ビジネスセンター1F)
  • 関内ホール(横浜市からの管理業務委託)

[編集] その他の神奈川県の放送局

[編集] 備考

[ヘルプ]
  1. ^ 以前のドメイン名は「tvk42.co.jp」であった。なお現在は、「tvk42.co.jp」(旧ドメイン)は使用されていない。 ちなみに「tvk.co.jp」は大阪府ケーブルテレビ局「テレビ岸和田」に先に取られたため使えなかった。
  2. ^ エリア世帯数は1996年11月1日現在。以降神奈川県を含む首都圏の人口増大や地上デジタル放送開始の影響などにより、現在のエリア世帯数は異なる。
  3. ^ 新聞テレビ欄表記も「TVKテレビ」から「tvk」に変更されたが、毎日新聞のテレビ欄では「tvkテレビ」として表記されている。
  4. ^ 茨城県にはこの当時も現在も独立UHF放送局が存在しない。アントラーズ戦主催試合の中継は1995年ごろまであったが、茨城県では南西部などの一部を除いて直接受信は困難でケーブルテレビでの再配信(地上波・または当時実施されたCS利用)を利用する以外に視聴法がなかった。ディレクTVの廃止によるサービス終了=2000年9月以後、茨城県でのケーブルテレビでの配信はリバーシティ・ケーブルテレビ2004年中止)の1局のみで、事実上茨城県のほぼ全域で視聴不可能となった
  5. ^ ファンや関係者からはこのtvk土曜深夜帯を『tvkアニメマラソン』と称されている。
  6. ^ 関東独U各社(少なくとも当時から存在したTVK、CTC、TVS、GTVの4社)はNNSの正式加盟局ではない(加盟局一覧にも名前はない)が、高校サッカーや民謡大賞などの各県大会において運営主体となってもらうため、そして後楽園球場での巨人軍ホームゲームを関東の視聴者にNTVが編成上どうしても放送できない18時台の放送をネットするなどの目的から、あくまでオブザーバーとしてNNSに加盟していた。ただし現在もこの形が残っているかはわからない。
  7. ^ 神奈川県内の農協表記については、三浦市農業協同組合が、JAよこすか葉山との合併反対のためJAを名乗っておらず「農協」ブランドを貫いているうえ、県下の農協では非常に力を持った存在である。このためJAグループ神奈川の提供番組のクレジットは他のU局のように「JAグループ○○」「○○県下JA」のクレジットができず、この番組「緑への歩み」や「もっとぶらり!風気分」については「提供 農協」だった。(JAマークだけは表示)
  8. ^ ただし、旧本社のみ本社移転まで残っていた。
  9. ^ 写研のフォントは、その使用が厳しく制限されており、写研が製造した「純正機」でしか写研フォントは使用できない。このため、興和製スポーツコーダーや時刻表示装置において使用されている、写研ナール体に酷似したフォントはあくまで「丸ゴシック」であり、写研のナール体とは若干異なる。
  10. ^ 現本社であるこのビルをもってtvkはテナントビルに入居したと評されることもあるが、土地は神奈川新聞社所有、建設は神奈川新聞社とtvk、横浜産業振興公社との共同事業体なので、テナントビル入居というのは誤りである。
  11. ^ 東京MXテレビはキー局と同時、サンテレビはtvkと同時スタートであったが、tvk以外はどちらも簡易マスターでの完全アップコンバート放送でのスタートであり、両局の自社制作のハイビジョン番組の供給は2006年になってからであるので、tvkが初の本格スタートといえる。
  12. ^ しかし、2007年度に東京MXテレビに再び抜かれている。地デジによる都内での可聴世帯の増加、認知度の増加が影響していると思われる。
  13. ^ 関東では他に、フジテレビ、とちぎテレビ放送大学が東芝製マスターを使用してるが、他の関東の放送局はすべてNEC製。
  14. ^ 三本に非が無いわけではない。過去に本人が日産自動車カルロス・ゴーン社長に対し「あのフランス野郎、どうも気に入らねえ」と暴言を吐く舌禍事件をおこしてしまい、ネット局、スポンサーを次々失う羽目になった。またプラザ収録の件では三本が社長に猛抗議したことから、収録時についてはプラザをすぐ貸切に改めている。それでも三本は被害者意識が強かったようで、試乗も辞めてしまった。
  15. ^ 各放送局は免許区域を遵守し、CATVにも区域外再送信をしないよう通達している。しかし、総務省は再送信はテレビ局とCATVとで取り決めを交わせば何ら問題ないとし、首都圏トライアングル各局は自局エリア内の区域外再送信について加盟局にお互い干渉しないことにしている。実際、隣都県でのTOKYO MXやtvkのデジタルの件をみればもはや形骸化しているのが実情である。
  16. ^ CATVではUHFのデジアナ混在の状況から、帯域不足が深刻化している。CATV再送信や地元U局、近隣U局のデジタル再送信が未だ行われないCATVなどは、まさにこれに該当しよう。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク