旭化成

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旭化成株式会社
Asahi Kasei Corporation
画像:AsahiKASEI logo.svg
種類 株式会社
市場情報
東証1部 3407
大証1部 3407
名証1部 3407
福証 3407
札証 3407
本社所在地

530-8205

大阪本社:大阪府大阪市北区堂島浜一丁目2番6号

〒101-8101
東京本社:東京都千代田区神田神保町1丁目105番地 神保町三井ビル内
電話番号 06-6347-3111(大阪本社)
03-3296-3000(東京本社)
設立 1931年5月21日
業種 化学
事業内容 化学住宅建材医薬品エレクトロニクス繊維
代表者 代表取締役社長 蛭田史郎
資本金 1,033億89百万円
売上高 単体314億70百万円
連結1兆5,531億08百万円
(2009年3月期)
純資産 単体3,851億97百万円
連結6,113億51百万円
(2009年3月31日)
総資産 単体7,759億11百万円
連結1兆3,793億37百万円
(2009年3月31日)
従業員数 連結24,244名
(2009年3月31日)
決算期 3月31日
主要株主 日本生命保険相互会社 4.99%
主要子会社 関連会社参照
関係する人物 野口遵宮崎輝山口信夫
外部リンク www.asahi-kasei.co.jp
  

旭化成株式会社(あさひかせい)は、化学、住宅、建材、エレクトロニクス、医薬品、繊維等に事業を展開する日本総合化学企業ならびに旭化成グループの持株会社である。大阪本社(登記上本店)を大阪府大阪市北区堂島浜一丁目2番6号 ダイビル内に置く。

目次

[編集] 概要

創業者の野口遵が1906年に鹿児島県伊佐市(いわゆる曽木の滝)に「曽木電気」を起こしたことに始まり、「曽木電気」の水力発電の余剰電力を利用して1907年に熊本県水俣市にある「日本カーバイド」を設立。後に合併して、「日本窒素肥料」(現・チッソ(発祥は水俣))となる。やがて1922年宮崎県延岡市でカザレー式アンモニア合成工場と滋賀県に設立した再生繊維レーヨン製造会社である旭絹織株式会社を設立し、合成アンモニアの製造を開始する。その後1923年に日本窒素肥料と旭絹織と合併(「日本窒素肥料・延岡工場」。旭化成としての発祥の地は延岡となる)するがその後分離独立する。同社は旧財閥「日窒コンツェルン」の一員であった。

野口が延岡で世界初のカザレー式アンモニアの合成化に成功したのを機に始まり、昭和に入ってアンモニアを使用した再生繊維「ベンベルグ」(一般名「キュプラ」)を発売して、その後、数々の合成繊維(「レオナ」、「カシミロン」(アクリル繊維)[1]、「ナイロン[2] 、「レーヨン[3])、化学調味料(グルタミン酸ソーダの「旭味」「ミタス」[4])、化学薬品(カセイソーダイオン角膜法で製造。旭化成独自の製法)、塩素塩酸硫酸硝酸)等の製造をしていたが、戦後に事業を多角化して、家庭用品で1960年に発売したサランラップ(当初は旭化成とアメリカ・ダウ・ケミカルとの合弁会社「旭ダウ」からの発売)の爆発的大ヒットで旭化成の名を一躍全国区に、さらに「サランラップ」を押し進めた形で、冷凍、冷蔵、過熱、解凍が可能な食品保存密封袋「ジップロック」の販売権をライオンから譲受し、主力商品とした。

現在は上記のほかに医薬品(一時は一般用医薬品(旧東洋醸造から引き継がれた)の抗アレルギー剤(じんましん薬、鼻炎薬)「サットル」、風邪薬サットル総合感冒薬」も展開していたが、現在は全て医療用医薬品のみ)や繊維加工技術から発展した弱電部品の製造、そして耐火性・耐候性を前面に打ち出した新建材「ヘーベルパワーボード」やそれを使用した「へーベルハウス」ブランドの住宅の販売も行っている。

社名の由来は滋賀県琵琶湖湖畔に建設されたレーヨン工場の敷地内にあった寺に由来する。祭られている源平合戦の英雄・木曽義仲、別名・旭将軍からである。一方の「化成」はワンマンであった野口が逝去し、戦後に付けられたが、こちらの経緯は社内でも明確にはわかっていない[5]

フジテレビ系列にて長年に渡り、「スター千一夜」や「なるほど!ザ・ワールド」、「メトロポリタンジャーニー」など一連の番組の単独スポンサーを、1959年から1997年の放送終了まで一貫して、旭化成と旭化成グループ各社として、のべ40年間近く行っていたことでも知られる。

2003年に、酒類・食品など非中核事業を売却した上で、持株会社に移行し、各事業の運営は子会社へ移った。同時に企業CIもこれまでの漢字からアルファベットに変更された。

第一勧銀グループの一員でもある。

群馬県前橋市に所在する発泡スチロールメーカーの「旭化成」は完全な別会社であり、資本関係などはない。

[編集] 沿革

[編集] 関連会社

[編集] 主要9事業子会社とその関係会社

[編集] その他子会社・グループ会社

[編集] 持分法適用関連会社

[編集] その他関係会社

[編集] かつての関連会社

  • 旭ダウ株式会社(旭化成(旧)とダウケミカルの合弁会社)
  • 旭チバ株式会社(旭化成(旧)とチバガイギーの合弁会社)
  • サランラップ販売株式会社(旧旭ダウ販売部門・旭化成(旧)ホームプロダクツ部門の後身、のちに旭化成ライフ&リビングへ吸収合併、現在の旭化成ホームプロダクツとなる)
  • 富久娘酒造株式会社(旧東洋醸造の酒造部門と事業統合)
  • 新日本ソルト株式会社(旧新日本海水)
  • 赤穂海水株式会社
  • サンバーグ株式会社(冷凍食品を展開してたが、現在はJTに譲渡)
  • 旭フーズ株式会社(戦前からグルタミン酸ソーダ「旭味」「ミタス」(ライバルの味の素が独占していたが、他社への開放第一号となった)を展開したが、やはり現在はJTに譲渡)
  • 富士チタン工業株式会社(現在は石原産業株式会社の子会社)
  • チッソ旭肥料株式会社(元は旧新日本窒素肥料との化学肥料共販会社。現在はチッソの完全子会社として再出発している)

[編集] 同根企業

※いずれも「日本窒素肥料」が母体である。

[編集] 主な出身者

[編集] スポーツ

1951年創設の柔道部は、全日本実業団体対抗大会を11回制した名門である。オリンピックでは上村春樹中村兼三内柴正人と3人の金メダリストを輩出したのを初め、9人で延べ11回の出場を果たしている。2000年シドニーの100kg超級銀メダルの篠原信一も旭化成の所属であった。また、2004年アテネの銀メダリスト泉浩明治大学卒業後旭化成入りした。

一方、1946年に創立された陸上部も輝かしい戦績を誇る。男子マラソン選手では、1991年の世界陸上東京大会で優勝し金メダルを獲得した谷口浩美、1992年のバルセロナオリンピック銀メダリストの森下広一、1999年の世界陸上セビリア大会銅メダリストの佐藤信之を初め、宗茂宗猛双子兄弟や児玉泰介川嶋伸次など。女子マラソン選手でも千葉真子宮原美佐子安部友恵といった、錚々たるアスリートが活躍した。陸上部の拠点は延岡市にある。

[編集] 関連項目

[編集] その他

  • 現在、全国ネットのテレビ番組で旭化成のCMを流す時は、主にハイビジョン制作の企業CM『昨日まで世界になかったものを。』シリーズを流し、それ以外の場合はヘーベルハウス・サランラップ・ジップロックなどのCMを流している(最近ではへーベルハウスが展開されていない地域ではACジャパンのCMに差し替える局も多いが、その場合も提供クレジットに社名が表記される)。

[編集] 概注

  1. ^ 現在は撤退
  2. ^ 現在は撤退
  3. ^ 現在は撤退
  4. ^ 現在は撤退
  5. ^ 宮崎日日新聞 2009年1月13日付

[編集] 外部リンク

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