旭化成

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旭化成株式会社
Asahi Kasei Corporation
AsahiKASEI logo.svg
Nakanoshima-Daibiru-20090419-02.jpg
大阪本社が入居する中之島ダイビル(左)
種類 株式会社
市場情報
東証1部 3407
大証1部(廃止) 3407 2013年7月12日上場廃止
名証1部 3407 2013年12月15日上場廃止
福証 3407 2013年12月15日上場廃止
札証 3407 2013年12月15日上場廃止
本社所在地 日本の旗 日本
101-8101
東京都千代田区神田神保町1丁目105番地 神保町三井ビル内
本店所在地 530-8205
大阪府大阪市北区中之島3丁目3番23号中之島ダイビル
設立 1931年昭和6年)5月21日
業種 化学
事業内容 化学繊維住宅建材エレクトロニクス医薬品医療
代表者 代表取締役社長 藤原健嗣
資本金 1033億89百万円
(2012年3月31日時点)[1]
発行済株式総数 14億0261万6332株
(2012年3月31日時点)[2]
売上高 連結:1兆5732億30百万円
(2012年3月期)[3]
営業利益 連結:1042億58百万円
(2012年3月期)[4]
純利益 連結:557億66百万円
(2012年3月期)[5]
純資産 連結:7192億85百万円
(2012年3月末時点)[6]
総資産 連結:1兆4105億68百万円
(2012年3月末時点)[7]
従業員数 2万5409人
(2012年3月末時点)[8]
決算期 3月末日
主要株主 日本生命保険相互会社 5.2%
三井住友銀行2.5%
(2014年3月時点)
関係する人物 野口遵宮崎輝山口信夫
外部リンク www.asahi-kasei.co.jp
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旭化成株式会社(あさひかせい)は、化学、繊維、住宅、建材、エレクトロニクス、医薬品、医療等の事業を行う各種事業会社を統括する純粋持株会社である。

登記上本店である大阪本社を大阪府大阪市北区中之島 に、東京本社を東京都千代田区神田神保町に置く。

概要[編集]

延岡支社

創業者の野口遵が、1906年(明治39年)に鹿児島県伊佐市(いわゆる曽木の滝)に発電事業をおこなう「曽木電気」を設立する。同社の水力発電の余剰電力を利用して、1907年(明治40年)に熊本県水俣市に「日本カーバイド商会」を設立。後に合併して、「日本窒素肥料」(現・チッソ(発祥は水俣))となる。やがて1922年(大正11年)に宮崎県延岡市で、カザレー式アンモニア合成工場と滋賀県に設立した再生繊維レーヨン製造会社である旭絹織株式会社を設立し、合成アンモニアの製造を開始する。その後1923年(大正12年)に日本窒素肥料と旭絹織と合併(「日本窒素肥料・延岡工場」。旭化成としての発祥の地は延岡)するがその後分離独立する。同社は旧財閥「日窒コンツェルン」の一員であった。

野口が延岡で世界初のカザレー式アンモニアの合成化に成功したのを機に始まり、昭和に入ってアンモニアを使用した再生繊維「ベンベルグ」(一般名「キュプラ」)を発売し、その後数々の合成繊維(「レオナ」、「カシミロン」(アクリル繊維)、「ナイロン」、「レーヨン」)、うま味調味料(グルタミン酸ソーダの「旭味」「ミタス」)、化学薬品(カセイソーダイオン隔膜法で製造。旭化成独自の製法)、塩素塩酸硫酸硝酸)等の製造をしていたが、戦後に事業を多角化して、家庭用品で1960年(昭和35年)に発売したサランラップ(当初は旭化成とアメリカ・ダウ・ケミカルとの合弁会社「旭ダウ」が発売した)の爆発的ヒットで、旭化成の名を一躍全国区に、さらに「サランラップ」を押し進めた形で、ダウ・ケミカル社が製造販売する冷凍、冷蔵、過熱、解凍が可能な食品保存密封袋「ジップロック」の日本国内販売権をライオンから譲受し、主力商品とした。

現在は上記のほかに医薬品(一時は一般用医薬品(旧東洋醸造から引き継がれた)の抗アレルギー剤(じんましん薬、鼻炎薬)「サットル」、風邪薬サットル総合感冒薬」も展開していたが、現在は全て医療用医薬品のみ)や繊維加工技術から発展した弱電部品の製造、そして耐火性・耐候性を前面に打ち出した新建材「ヘーベルパワーボード」やそれを使用した「ヘーベルハウス」ブランドの住宅の販売も行っている。

社名の由来は、滋賀県琵琶湖湖畔に建設されたレーヨン工場の敷地内にあった寺に由来する。祀られている源平合戦の英雄・木曾義仲、別名・旭将軍からである。一方の「化成」はワンマンであった野口が逝去し、戦後に付けられたが、こちらの経緯は社内でも明確にはわかっていない(宮崎日日新聞 2009年1月13日付)。

フジテレビ系列にて長年に渡り、「スター千一夜」や「なるほど!ザ・ワールド」、「メトロポリタンジャーニー」など一連の番組の単独スポンサーを、フジテレビが開局した年の1959年(昭和34年)から1997年(平成9年)の放送終了まで一貫して、旭化成と旭化成グループ各社として、のべ40年間近く行っていたことでも知られる。

2003年(平成15年)に、酒類・食品など非中核事業を売却した上で、持株会社に移行し、各事業の運営は子会社へ移った。同時に企業CIもこれまでの漢字からアルファベットに変更された。

みずほグループ(旧第一勧銀グループ)の一員でもある。

沿革[編集]

日窒コンツェルン時代

  • 1906年(明治39年)1月12日 - 曽木電気株式会社設立。
  • 1907年(明治40年)3月 - 日本カーバイド商会設立。
  • 1908年(明治41年)8月20日 - 曽木電気株式会社と日本カーバイド商会が合併し、商号を日本窒素肥料株式会社に変更。
  • 1922年(大正11年)5月25日 - 旭絹織株式会社設立。
  • 1923年(大正12年) - 日本窒素肥料株式会社延岡工場完成、アンモニアを生産開始。(旭化成発祥の地)
  • 1929年(昭和4年)4月15日 - 日本ベンベルグ絹絲株式会社設立。
  • 1930年(昭和5年)12月4日 - 日本窒素火薬株式会社設立。
  • 1931年(昭和6年) - 日本ベンベルグ絹絲株式会社でベンベルグ生産開始。
  • 1931年(昭和6年)5月21日 - 日本窒素肥料株式会社延岡工場と延岡水力発電が独立し、延岡アンモニア絹絲株式会社設立。
  • 1932年(昭和7年) - 日本窒素火薬株式会社でダイナマイト製造開始。
  • 1933年(昭和8年)7月15日 - 延岡アンモニア絹絲株式会社は、日本ベンベルグ絹絲株式会社および旭絹織株式会社を合併し、社名を旭ベンベルグ絹絲株式会社と改称。
  • 1934年(昭和9年) - 日本窒素火薬株式会社延岡で硝化綿製造開始。
  • 1943年(昭和18年)4月5日 - 旭ベンベルグ絹絲株式会社は、日本窒素火薬株式会社を合併し、商号を日窒化学工業株式会社に変更。

旭化成時代(日窒コンツェルン解体後)

事業会社[編集]

関連会社[編集]

グループ会社・子会社[編集]

グループ関係会社[編集]

  • チッソ株式会社 - 日本窒素肥料株式会社の後身企業。事業会社としてはJNC
  • 積水化学工業株式会社 - 旭化成が筆頭株主
  • 積水化成品工業株式会社 - 旭化成ケミカルズが第8位の大株主
  • PSジャパン株式会社 - 旭化成ケミカルズ株式会社62.07%、出光興産株式会社37.93%
  • センコー株式会社 - 旭化成が第2位の大株主
  • 株式会社ニッチツ - 旭化成が第2位の大株主
  • 日本海水株式会社 - 旭化成が第2位の大株主(かつての子会社)
  • ソルトホールディングス株式会社 - 旭化成が第2位の大株主
  • 旭化成ワッカーシリコーン株式会社 - 旭化成ケミカルズ50%、ワッカーケミー社50%
  • 岡山化成株式会社 - ダイソー50%、旭化成ケミカルズ50%
  • AJS株式会社(旧:旭化成情報システム株式会社) - ITホールディングス51%、旭化成49%(かつての子会社)
  • ハマナカ株式会社 - 旧・旭化成ハマナカ手芸糸
  • 株式会社エルオルト - 旭化成グループ専用の旅行会社。日本旅行86%、旭化成14%

かつての関連会社[編集]

  • 旭ダウ株式会社(旭化成(旧)とダウ・ケミカルの合弁会社)
  • 旭チバ株式会社(旭化成(旧)とチバガイギーの合弁会社) ⇒ 旭化成エポキシ株式会社(完全子会社化)へ
  • 山陽石油化学株式会社(旭化成ケミカルズに吸収合併の為解散)
  • サランラップ販売株式会社(旧旭ダウ販売部門・旭化成(旧)ホームプロダクツ部門の後身、のちに旭化成ライフ&リビングへ吸収合併、現在の旭化成ホームプロダクツとなる)
  • 富久娘酒造株式会社(旧東洋醸造の酒造部門と事業統合、現在はオエノンホールディングス傘下)
  • スカイネットアジア航空株式会社(SNA) - 旭化成が株式一部保有
  • サンバーグ株式会社(冷凍食品を展開していたが、現在はJTに譲渡)
  • 旭フーズ株式会社(戦前からグルタミン酸ソーダ「旭味」「ミタス」(ライバルの味の素が独占していたが、他社への開放第一号となった)を展開したが、やはり現在はJTに譲渡)
  • 富士チタン工業株式会社(現在は石原産業株式会社の子会社)
  • チッソ旭肥料株式会社(元は旧新日本窒素肥料との化学肥料共販会社。2009年に三菱化学系の三菱化学アグリ株式会社と合併してジェイカムアグリ株式会社となる。旭化成ケミカルズが第3位の株主)
  • 旭化成サービス株式会社(かつて宮崎県延岡市都城市にあった百貨店。通称「旭サービス」)
  • 旭化成アイミー株式会社(コンタクトレンズ販売会社だが、2010年12月1日付けで全事業をアイミー株式会社に引き継ぎ、アメリカのクーパービジョン・グループに鞍替え[1]

同根企業[編集]

※ いずれも「日本窒素肥料」(日窒コンツエルン)が母体である。

主な出身者[編集]

スポーツ[編集]

1951年(昭和26年)創設の柔道部は、全日本実業団体対抗大会を11回制した名門である。オリンピックでは上村春樹中村兼三内柴正人と3人の金メダリストを輩出したのを初め、9人で延べ11回の出場を果たしている。2000年(平成12年)シドニーの100kg超級銀メダルの篠原信一も旭化成の所属であった。また、2004年(平成16年)アテネの銀メダリスト泉浩明治大学卒業後旭化成入りした。また筑波大学出身で2010年世界柔道選手権大会81kg級銅メダルの高松正裕(現・桐蔭学園高等学校教員)も以前は所属しており、所属時代にアテネオリンピック2005年世界柔道選手権大会に73kg級で出場している。

一方、1946年(昭和21年)に創立された陸上部も輝かしい戦績を誇る。男子マラソン選手では、1991年(平成3年)の世界陸上東京大会で優勝し金メダルを獲得した谷口浩美1992年(平成4年)のバルセロナオリンピック銀メダリストの森下広一1999年(平成11年)の世界陸上セビリア大会銅メダリストの佐藤信之を初め、宗茂宗猛双子兄弟や児玉泰介川嶋伸次など。女子マラソン選手でも千葉真子宮原美佐子安部友恵といった、錚々たるアスリートが活躍した。陸上部の拠点は延岡市にある。

スポンサー番組[編集]

テレビ[編集]

特に記述のない番組はフジテレビ系。 ☆は子会社がスポンサー参加している番組。

現在
過去

ラジオ[編集]

その他[編集]

  • 現在、全国ネットのテレビ番組で旭化成のCMを流す時は、主にハイビジョン制作の企業CM『昨日まで世界になかったものを。』シリーズを流し、それ以外の場合はヘーベルハウス・サランラップ・ジップロックなどのCMを流している(最近ではヘーベルハウスが展開されていない地域では、ACジャパンのCMに差し替える局も多いが、その場合も提供クレジットに社名が表記される)。

脚注[編集]

  1. ^ 旭化成>株主・投資家情報>IR資料室>決算短信>連結財務諸表>資本金
  2. ^ 旭化成>株主・投資家情報>IR資料室>決算短信>期末発行済株式数(自己株式を含む)
  3. ^ 旭化成>株主・投資家情報>IR資料室>決算短信>売上高
  4. ^ 旭化成>株主・投資家情報>IR資料室>決算短信>営業利益
  5. ^ 旭化成>株主・投資家情報>IR資料室>決算短信>当期純利益
  6. ^ 旭化成>株主・投資家情報>IR資料室>決算短信>純資産
  7. ^ 旭化成>株主・投資家情報>IR資料室>決算短信>総資産
  8. ^ 旭化成>企業情報>会社概要>従業員数(連結)
  9. ^ 所得隠し:旭化成 5年で1億5000万円と国税局が指摘 毎日新聞 2012年7月5日
  10. ^ 税務調査の結果について 旭化成ニュースリリース 2012年7月5日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]