商船三井

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株式会社商船三井
Mitsui O.S.K. Lines, Ltd.
MOL Prosperity.jpg
Shosen mitsui bldg.jpg
商船三井 本社(商船三井ビルディング
新しいロゴが取り付けられている(2008年2月)
種類 株式会社
市場情報
東証1部 9104 1949年7月9日上場
大証1部(廃止) 9104 1949年7月13日 - 2013年7月12日
名証1部 9104 1949年7月上場
福証 9104 2013年5月10日上場廃止
略称 MOL(エム・オー・エル)
本社所在地 日本の旗 日本
105-8688
東京都港区虎ノ門2丁目1 番1号
設立 1942年(昭和17年)12月28日(注1)
(三井船舶株式会社)
業種 海運業
事業内容 海上輸送
旅客輸送
代表者 武藤光一代表取締役社長
資本金 654億35万1,028円
(2012年3月31日現在)
売上高 連結:1兆4,352億20百万円
単体:1兆644億78百万円
(2012年3月期)
純利益 連結:△260億9百万円
単体:△317億4百万円
(2012年3月期)
総資産 連結:1兆9,461億61百万円
単体:9,763億18百万円
(2012年3月31日現在)
従業員数 連結:9,432名 単体:940人
(2012年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(信託口) 16.45%
日本マスタートラスト信託銀行(株)(信託口) 5.14%
三井住友海上火災保険 3.16%
(2012年3月31日現在)
主要子会社 ダイビル(株) 51.07%
(株)宇徳 50.09%
商船三井ロジスティクス(株) 59.74%
関係する人物 田中市兵衛
山下亀三郎
中橋徳五郎
山岡順太郎
村田省蔵
三井高陽
生田正治(元会長、前日本郵政公社総裁)
芦田昭充(取締役会長)
外部リンク http://www.mol.co.jp/
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株式会社商船三井(しょうせんみつい、Mitsui O.S.K. Lines, Ltd.)は、東京都港区虎ノ門に本店を置く、日本の大手海運会社である。

東証一部上場。略称はMOL(エム・オー・エル)

概要[編集]

日本郵船川崎汽船と並ぶ日本の三大海運会社の1社、連結純利益および時価総額で国内首位(連結売上高では国内2位)。LNG輸送分野に強みを持つ。コンテナに記される「アリゲーター」印は柳原良平デザイン。ファンネルマーク煙突の印)はなく、煙突は一色。

1964年昭和39年)、三井船舶と大阪商船が合併、「大阪商船三井船舶」(略称・商船三井)が誕生(英文社名のO.S.KはOsaka Shosen Kaishaが由来)。1999年平成11年)、生田正治(後の日本郵政公社総裁)社長時代、ナビックスラインと合併、「商船三井」を正式社名とする。2013年(平成25年)現在は三井グループに属する。またコンテナ定期船事業で、ネプチューンオリエントラインズ、現代商船、と共にザ・ニュー・ワールド・アライアンスを形成。商船三井が主導して結成されたザ・ニュー・ワールド・アライアンスの前身ザ・グローバル・アライアンスは海運アライアンスの嚆矢。

沿革[編集]

  • 1878年明治11年) 三井物産、鉄製蒸気船「秀吉丸」で三池炭の海外輸送(口之津-上海間)を開始。
  • 1884年(明治17年)5月 - 瀬戸内航路を主として運航する60余りの船問屋を統合して、大阪商船設立。
  • 1912年(明治45年)5月 - 大阪商船、観光開発を目的とした1,000トン級のドイツ製客船「紅丸」(くれないまる)が、大阪と別府温泉を結ぶ航路に就航。
  • 1923年(大正12年) - 大阪商船、広島‐別府航路を開設(のちの旧広別汽船)。
  • 1939年(昭和14年) - 大阪商船、「あるぜんちな丸」「ぶら志゛る丸」を建造。両船は貨客船として南米航路に就航。
  • 1942年(昭和17年)5月 – 大阪商船の内航部を分離し、宇和島運輸ほか5社[1]と共同で関西汽船設立。
  • 1942年(昭和17年)12月 - 三井物産の船舶部門が三井船舶株式会社として分社化。
  • 1964年(昭和39年)1月 - 山下汽船が新日本汽船と合併して山下新日本汽船となる。
  • 1964年(昭和39年)3月 - 日東商船が大同海運と合併してジャパンラインとなる。
  • 1964年(昭和39年)4月 - 三井船舶が大阪商船と合併し、大阪商船三井船舶となる。
※大阪商船は当初、日東・大同連合に合流する計画だったが、同社主要株主に名を連ねている住友グループ各社や同社傘下にある第一中央汽船の猛反発を受け、結局この形に収まった。
  • 1965年(昭和40年) - 日産自動車の保証を得て、自動車輸出のための自動車運搬船、追浜丸を建造。
  • 1967年(昭和42年) - 柳原良平デザインのアリゲーターマークがコンテナサービスの象徴となる。
  • 1989年(平成元年)6月 - 山下新日本汽船がジャパンラインと合併し、ナビックスラインとなる。本格的クルーズ船「ふじ丸」竣工。
  • 1993年(平成5年)10月 - 日本海汽船株式会社を合併。
  • 1995年(平成7年) - 海外コンテナ船社間での提携、ザ・グローバル・アライアンス締結。
  • 1995年(平成7年)10月 - 新栄船舶株式会社を合併。
  • 1996年(平成8年)4月 - 東京マリン株式会社に資本参加
  • 1998年(平成10年) - ザ・ニュー・ワールド・アライアンス締結(ザ・グローバル・アライアンスの改称)。
  • 1999年(平成11年)4月 - 大阪商船三井船舶とナビックスラインが合併、株式会社商船三井となる。本社・子会社の国内定航船を統合し、㈱エム・オー・エル・ジャパンが発足。
  • 2000年(平成12年)4月 - 商船三井興業株式会社、日本工機株式会社[2]、ナビックステクノトレード株式会社が合併し、商船三井テクノトレード株式会社発足。
  • 2001年(平成13年)3月 - 商船三井フェリー株式会社発足。
  • 2001年(平成13年)7月 - 株式会社エム・オー・シーウェイズにナビックス近海株式会社の近海部門を移管し、それぞれ商船三井近海株式会社及びナビックス内航株式会社に商号を変更
  • 2003年(平成15年)7月 – ナビックス内航株式会社に商船三井フェリー(株)内航不定期船部門を統合し、商船三井内航株式会社に商号を変更。
  • 2004年(平成16年)10月 – ダイビル株式会社の株式を公開買付し、子会社化 。
  • 2006年(平成18年)3月 - 宇徳運輸株式会社(現・株式会社宇徳)の株式を公開買付し、子会社化。
  • 2007年(平成19年)4月 - ロゴ変更[3]
  • 2009年(平成21年)4月 - 関西汽船株式会社の株式を公開買付し、子会社化。
  • 2009年(平成21年)7月 - 本店を大阪から東京に移転。
  • 2009年(平成21年)9月 - 日産専用船株式会社の株式の一部を日産自動車から取得し、連結子会社化。

主な関連する会社[編集]

(業種別)

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脚注[編集]

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  1. ^ 摂陽汽船・尼崎汽船部・土佐商船・阿波国共同汽船および住友鉱業の各社。
  2. ^ 同名の軍需系中堅メーカーとは別。
  3. ^ 合併時に制定した紅白の旗ロゴ(旧社章・商標)を青系のMOLロゴ(現社章・商標)に変更

関連項目[編集]

外部リンク[編集]