全日本実業団対抗駅伝競走大会

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全日本実業団対抗駅伝競走大会
開始年 1957
主催 日本実業団陸上競技連合
参加チーム数 37
加盟国 日本の旗 日本
前回優勝 コニカミノルタ(8回目)
最多優勝 旭化成(21回)
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全日本実業団対抗駅伝競走大会(ぜんにほんじつぎょうだんたいこうえきでんきょうそうたいかい)とは日本実業団陸上競技連合が主催する日本駅伝大会である。通称:ニューイヤー駅伝

概要[編集]

日本における実業団駅伝日本一を決定する競技大会である。ただし、クラブチームはこの大会に出場することができない(予選はこの限りではない)。箱根駅伝とともに正月の二大駅伝競走の1つとして親しまれている。

前年秋に各地区で予選が行われる。第52回(2008年平成20年))までは、本大会上位15位までに入ることができれば次回は予選の順位に関係なく出場することができたが(シード権、競技要項より)、第53回(2009年(平成21年))からはシード制が廃止され、各予選での上位入賞チームが出場権を獲得する方式となった。

1957年昭和32年)に第1回が開催され、第30回(1985年)までが三重県、第31回(1986年)が滋賀県で開催され、第32回(1988年)から実施日が1月1日になり、群馬県で開催されるようになった。7区間、全長100kmのコースに変更されたのは第45回大会からである。

スターターは群馬県知事が行っている。

歴代の参加選手にはほとんどが箱根駅伝で一躍有名になった選手が多い。

記録[編集]

成績[編集]

回数 開催日 場所 距離 参加
チーム数
1位 2位 3位 備考
第1回 1957年3月3日 伊勢 83.5km 14 八幡製鐵
4時間27分58秒
旭化成
4時間32分21秒
国鉄
4時間37分11秒
第2回 1958年3月2日 伊勢 83.5km 15 リッカーミシン
4時間28分21秒
八幡製鐵
4時間33分02秒
全鐘紡
4時間38分25秒
第3回 1959年3月1日 伊勢 83.5km 14 リッカーミシン
4時間27分56秒
八幡製鐵
4時間30分57秒
東洋ベアリング
4時間36分14秒
第4回 1960年2月21日 伊勢 83.5km 15 八幡製鐵
4時間30分11秒
東洋ベアリング
4時間31分43秒
明治製菓
4時間39分14秒
第5回 1960年12月18日 伊勢 83.5km 17 リッカーミシン
4時間25分23秒
東京急行
4時間30分17秒
倉敷レーヨン
4時間32分17秒
第6回 1961年12月17日 伊勢 83.6km 19 東急
4時間25分35秒
リッカーミシン
4時間28分10秒
八幡製鐵
4時間28分11秒
距離延長
第7回 1962年12月16日 伊勢 83.6km 16 八幡製鐵
4時間16分04秒
東急
4時間19分27秒
倉敷レーヨン
4時間22分53秒
第8回 1963年12月15日 伊勢 83.6km 19 東急
4時間16分13秒
旭化成
4時間18分37秒
東洋工業
4時間19分11秒
第9回 1964年12月20日 伊勢 83.6km 18 旭化成
4時間13分28秒
八幡製鐵
4時間14分34秒
東急
4時間14分37秒
第10回 1965年12月19日 伊勢 83.6km 21 旭化成
4時間14分21秒
東急
4時間15分13秒
八幡製鐵
4時間15分25秒
第11回 1966年12月18日 伊勢 83.0km 23 旭化成
4時間15分44秒
倉敷レーヨン
4時間16分40秒
リッカー
4時間17分04秒
距離縮小
第12回 1967年12月17日 伊勢 83.0km 26 電電中国
4時間14分57秒
倉敷レーヨン
4時間15分21秒
九州電工
4時間15分51秒
第13回 1968年12月22日 伊勢 83.0km 24 旭化成
4時間11分45秒
八幡製鐵
4時間13分15秒
東洋ベアリング
4時間13分30秒
第14回 1969年12月21日 伊勢 83.0km 23 東洋工業
4時間08分11秒
旭化成
4時間08分23秒
電電中国
4時間08分55秒
第15回 1970年12月20日 伊勢 99.4km 23 電電中国
5時間00分59秒
旭化成
5時間02分30秒
リッカー
5時間02分40秒
距離延長
第16回 1971年12月19日 伊勢 99.4km 25 東洋工業
5時間02分08秒
全鐘紡
5時間03分57秒
クラレ
5時間04分21秒
第17回 1972年12月17日 伊勢 99.4km 26 クラレ
4時間58分10秒
東洋工業
4時間58分54秒
旭化成
4時間59分03秒
第18回 1973年12月16日 伊勢 99.0km 26 旭化成
5時間06分47秒
新日鉄
5時間06分53秒
東洋工業
5時間06分54秒
距離縮小
第19回 1974年12月15日 伊勢 99.0km 25 鐘紡
5時間01分42秒
旭化成
5時間05分47秒
神戸製鋼
5時間05分47秒
第20回 1975年12月21日 伊勢 99.0km 25 旭化成
4時間58分48秒
鐘紡
4時間59分05秒
リッカー
4時間59分24秒
第21回 1976年12月19日 伊勢 99.0km 27 鐘紡
4時間58分42秒
旭化成
5時間02分05秒
神戸製鋼
5時間03分35秒
第22回 1977年12月18日 伊勢 99.0km 27 鐘紡
5時間00分10秒
九州電工
5時間02分40秒
旭化成
5時間03分07秒
第23回 1978年12月17日 伊勢 99.0km 27 旭化成
5時間00分09秒
鐘紡
5時間03分35秒
新日鉄
5時間05分55秒
第24回 1979年12月16日 伊勢 99.0km 28 旭化成
4時間57分15秒
九州電工
5時間03分12秒
リッカー
5時間04分16秒
第25回 1980年12月21日 伊勢 99.0km 26 旭化成
4時間56分00秒
神戸製鋼
5時間00分56秒
リッカー
5時間03分56秒
第26回 1981年12月20日 伊勢 99.0km 28 旭化成
4時間59分18秒
鐘紡
5時間01分38秒
リッカー
5時間02分06秒
第27回 1982年12月19日 伊勢 99.0km 28 旭化成
4時間56分42秒
鐘紡
4時間57分07秒
神戸製鋼
5時間00分48秒
第28回 1983年12月18日 伊勢 99.0km 28 旭化成
4時間57分11秒
神戸製鋼
4時間59分08秒
鐘紡
5時間00分48秒
第29回 1984年12月16日 伊勢 99.0km 30 エスビー食品
4時間48分32秒
旭化成
4時間54分46秒
日産自動車
4時間56分45秒
第30回 1985年12月15日 伊勢 99.0km 29 エスビー食品
4時間54分30秒
日産自動車
4時間56分46秒
九州電工
5時間03分33秒
第31回 1986年12月21日 彦根市 84.4km 30 エスビー食品
4時間04分01秒
旭化成
4時間07分39秒
日産自動車
4時間08分55秒
距離縮小
第32回 1988年1月1日 群馬 84.9km 27 エスビー食品
4時間05分45秒
日産自動車
4時間07分40秒
旭化成
4時間09分32秒
距離延長
第33回 1989年1月1日 群馬 86.3km 25 日産自動車
4時間14分52秒
旭化成
4時間16分53秒
日本電気HE
4時間19分26秒
距離延長
第34回 1990年1月1日 群馬 86.3km 24 旭化成
4時間13分52秒
九州電工
4時間14分51秒
日産自動車
4時間16分16秒
第35回 1991年1月1日 群馬 86.3km 25 旭化成
4時間10分04秒
日産自動車
4時間13分20秒
本田技研埼玉
4時間13分55秒
第36回 1992年1月1日 群馬 86.3km 26 旭化成
4時間08分24秒
九電工
4時間12分24秒
安川電機
4時間13分30秒
第37回 1993年1月1日 群馬 86.3km 32 旭化成
4時間10分50秒
九電工
4時間14分22秒
本田技研工業
4時間15分33秒
第38回 1994年1月1日 群馬 86.3km 32 旭化成
4時間14分21秒
本田技研工業
4時間18分22秒
鐘紡
4時間18分38秒
第39回 1995年1月1日 群馬 86.3km 37 旭化成
4時間15分02秒
鐘紡
4時間17分00秒
エスビー食品
4時間17分05秒
第40回 1996年1月1日 群馬 86.3km 37 鐘紡
4時間14分33秒
旭化成
4時間14分34秒
エスビー食品
4時間19分29秒
第41回 1997年1月1日 群馬 86.3km 37 旭化成
4時間07分54秒
エスビー食品
4時間07分57秒
ダイエー
4時間12分00秒
第42回 1998年1月1日 群馬 86.3km 37 旭化成
4時間06分28秒
エスビー食品
4時間06分43秒
ダイエー
4時間10分07秒
第43回 1999年1月1日 群馬 86.4km 37 旭化成
4時間11分34秒
エスビー食品
4時間12分24秒
中国電力
4時間14分54秒
距離延長
第44回 2000年1月1日 群馬 86.4km 37 富士通
4時間12分07秒
旭化成
4時間12分45秒
NEC
4時間15分37秒
第45回 2001年1月1日 群馬 100.0km 37 コニカ
4時間49分44秒
富士通
4時間50分59秒
中国電力
4時間53分25秒
距離延長
第46回 2002年1月1日 群馬 100.0km 37 コニカ
4時間45分32秒
中国電力
4時間46分21秒
日清食品
4時間49分38秒
第47回 2003年1月1日 群馬 100.0km 37 コニカ
4時間44分48秒
日清食品
4時間47分02秒
中国電力
4時間47分11秒
第48回 2004年1月1日 群馬 100.0km 37 中国電力
4時間47分03秒
コニカミノルタ
4時間49分05秒
日清食品
4時間50分35秒
第49回 2005年1月1日 群馬 100.0km 37 コニカミノルタ
4時間48分57秒
中国電力
4時間49分44秒
日清食品
4時間50分41秒
第50回 2006年1月1日 群馬 100.0km 43 コニカミノルタ
4時間44分54秒
中国電力
4時間45分53秒
富士通
4時間46分52秒
記念大会
(6チーム増)[1]
第51回 2007年1月1日 群馬 100.0km 37 中国電力
4時間47分02秒
旭化成
4時間47分53秒
日清食品
4時間48分16秒
第52回 2008年1月1日 群馬 100.0km 37 コニカミノルタ
4時間46分28秒
中国電力
4時間49分45秒
Honda
4時間49分56秒
第53回 2009年1月1日 群馬 100.0km 37 富士通
4時間51分55秒
日清食品グループ
4時間51分56秒
旭化成
4時間51分56秒
区間変更
第54回 2010年1月1日 群馬 100.0km 37 日清食品グループ
4時間50分07秒
コニカミノルタ
4時間50分36秒
富士通
4時間51分37秒
第55回 2011年1月1日 群馬 100.0km 37 トヨタ自動車
4時間51分56秒
富士通
4時間51分57秒
日清食品グループ
4時間52分05秒
区間変更
第56回 2012年1月1日 群馬 100.0km 37 日清食品グループ
4時間49分32秒
コニカミノルタ
4時間50分52秒
旭化成
4時間51分16秒
第57回 2013年1月1日 群馬 100.0km 37 コニカミノルタ
4時間51分32秒
トヨタ自動車九州
4時間55分24秒
Honda
4時間55分25秒
第58回 2014年1月1日 群馬 100.0km 37 コニカミノルタ
4時間53分35秒
トヨタ自動車九州
4時間54分59秒
日清食品グループ
4時間56分48秒

太字は大会記録。歴代の優勝チームはスタート地点の群馬県庁前にある御影石製の顕彰板にその名前が刻される。

優勝回数[編集]

  • 21回 旭化成
  • 8回 コニカミノルタ(うち3回は前身のコニカ時代に達成 8回の優勝は全て21世紀になってからのもの)
  • 4回 エスビー食品、カネボウ(4回全て前身の鐘紡時代に達成)
  • 3回 リッカーミシン、新日本製鐵(3回全て前身の八幡製鐵時代に達成)
  • 2回 東京急行電鉄、マツダ(2回全て前身の東洋工業時代に達成)、NTT西日本(2回全て前身の電電中国時代に達成)、中国電力(2回の優勝は全て21世紀になってからのもの)、富士通、日清食品グループ(日清食品時代[2]は2位が最高)
  • 1回 日産自動車、クラレ、トヨタ自動車

コース紹介[編集]

  • 7区間、全長100kmで群馬県庁をスタート・ゴール地点とする。前橋市高崎市伊勢崎市太田市桐生市の群馬県南部の主要都市を通過、1周する。現在のチーム総合最高記録はコニカ(現・コニカミノルタ)が第47回(2003年)に出した4時間44分48秒。ただし、第53回(2009年)7区間100kmの全長距離を維持したまま区間構成を変更、第55回(2011年)から一部ルート変更、距離再計測に伴う若干の距離変更が行われる。
第52回(2008年)まで 第53回(2009年)まで 第55回(2011年)から
全長距離 100.0km 100.0km 100.0km
1区 12.3km 県庁前⇒高崎 12.3km 県庁前⇒高崎 12.3km 県庁前⇒高崎
2区 22.0km 高崎⇒伊勢崎 8.3km 高崎⇒公田 8.3km 高崎⇒公田
3区 11.8km 伊勢崎⇒尾島 13.7km 公田⇒伊勢崎 13.6km 公田⇒伊勢崎
4区 10.5km 尾島⇒太田 22.3km 伊勢崎⇒太田 22.0km 伊勢崎⇒太田
5区 15.9km 太田⇒桐生 15.9km 太田⇒桐生 15.8km 太田⇒桐生
6区 11.8km 桐生⇒赤堀 11.8km 桐生⇒西久保 12.5km 桐生⇒西久保
7区 15.7km 赤堀⇒県庁前 15.7km 西久保⇒県庁前 15.5km 西久保⇒県庁前

第53回(2009年)以降[編集]

1区(12.3km) 県庁前⇒高崎[編集]

  • 大歓声に包まれながら、午前9時5分(JST)にスタート。群馬県庁前をスタートし通称高前バイパスに入り、高崎へ向かう。
  • 国道17号 高崎前橋バイパスは道幅が県内で唯一の片側3車線であり、全体を通してフラットなため、中継所までだんご状態となることが多い。途中、選手走路右側に高崎観音白衣大観音)を望むことができる。
現行区間(2001年第45回大会以降)記録10傑
タイム 氏名 所属 地区 年次・順位
1 34分16秒 マーティン・イルング・マサシ スズキ 中部 2007年・区間賞
2 34分21秒 ジェームス・ムワンギ NTN 中部 2007年・区間2位
34分23秒 マーティン・イルング・マサシ スズキ 中部 2004年・区間賞
3 34分24秒 ダニエル・ムチュヌ・ムワンギ JAL AGS 東日本 2005年・区間賞
34分24秒 ダニエル・ムチュヌ・ムワンギ JAL AGS 東日本 2006年・区間賞
4 34分25秒 ジュリアス・ギタヒ 日清食品 東日本 2002年・区間賞
4 34分25秒 太田崇 コニカミノルタ 東日本 2006年・区間2位
4 34分25秒 ウィリー・キルイ・キプトゥー 愛三工業 中部 2006年・区間3位
34分31秒 ジェームス・ムワンギ NTN 中部 2006年・区間4位
34分32秒 ウィリー・キルイ・キプトゥー ホンダ浜松 中部 2005年・区間2

7 34分33秒 サムエル・カビル ホンダ 東日本 2003年・区間賞
7 34分33秒 ジュリアス・マイナ アラコ 中部 2003年・区間2位
7 34分33秒 フィリップ・モシマ 日立電線 東日本 2006年・区間5位
10 34分35秒 ギルマ・アセファ 富士重工業 東日本 2005年・区間3位
日本人選手 現行区間(2001年第45回大会以降)記録10傑
タイム 氏名 所属 地区 年次・順位
1 34分25秒 太田崇 コニカミノルタ 東日本 2006年・区間2位
34分40秒 太田崇 コニカミノルタ 東日本 2008年・区間3位
2 34分44秒 大野龍二 旭化成 九州 2008年・区間4位
3 34分46秒 磯松大輔 コニカ 東日本 2003年・区間3位
4 34分47秒 奥田真一郎 NEC 東日本 2003年・区間4位
4 34分47秒 岩水嘉孝 トヨタ自動車 中部 2003年・区間5位
4 34分47秒 細川道隆 大塚製薬 関西 2004年・区間3位
4 34分47秒 中村悠希 カネボウ 中国 2005年・区間4位
8 34分48秒 尾崎輝人 中国電力 中国 2003年・区間6位
8 34分48秒 宮脇千博 トヨタ自動車 中部 2013年・区間賞
10 34分49秒 山口洋司 NEC 東日本 2002年・区間2位

2区(8.3km) 高崎⇒公田(くでん)[編集]

  • 第53回(2009年)から変更となった区間であり、7区間中最短距離を走行する。第52回(2008年)までの2区に相当する区間を新たに2つの区間に分けたコースとなっている。
  • この区間は「インターナショナル区間」と呼ばれ全区間で唯一、外国人選手の登録が可能である。ちなみに導入初回となった第53回(2009年)では約半数のチームが外国人選手を登録し、区間順位上位半分を全て占めた。外国人選手を擁さないチームは、この区間でいかに耐えるかがカギとなる。
  • 上記の理由により高速レースになる事から高速の2区と呼ばれている。
現行区間(2009年第53回大会以降)記録10傑
タイム 氏名 所属 地区 年次・順位
1 21分54秒 ジョセファト・ムチリ・ダビリ 小森コーポレーション 東日本 2009年・区間賞
2 22分02秒 ガトゥニ・ゲディオン 日清食品グループ 東日本 2009年・区間2位
2 22分02秒 ヤコブ・ジャルソ Honda 東日本 2009年・区間2位
2 22分02秒 ポール・タヌイ 九電工 九州 2010年・区間賞
22分03秒 ジョセファト・ムチリ・ダビリ 小森コーポレーション 東日本 2010年・区間2位
5 22分04秒 マーティン・イルング・マサシ スズキ 中部 2010年・区間3位
22分06秒 ヤコブ・ジャルソ Honda 東日本 2010年・区間4位
6 22分11秒 ジョナサン・ディク 日立電線 東日本 2010年・区間5位
7 22分12秒 ジョン・ツォー トヨタ自動車 中部 2010年・区間6位
8 22分14秒 イブラヒム・ジェイラン Honda 東日本 2011年・区間賞
9 22分15秒 エドワード・ワウエル NTN 中部 2014年・区間賞
10 22分17秒 ランガット・クレメント SUBARU 東日本 2011年・区間2位
日本人選手 現行区間(2009年第53回大会以降)記録10傑
タイム 氏名 所属 地区 年次・順位
1 23分20秒 八木勇樹 旭化成 九州 2014年・区間18位
2 23分22秒 小畑昌之 安川電機 九州 2010年・区間19位
3 23分26秒 山岡雅義 大塚製薬 関西 2010年・区間20位
4 23分27秒 白石賢一 旭化成 九州 2011年・区間19位
5 23分30秒 鎧坂哲哉 旭化成 九州 2013年・区間19位
5 23分30秒 新井広憲 中国電力 中国 2010年・区間21位
7 23分31秒 松岡佑起 大塚製薬 関西 2013年・区間20位
8 23分33秒 松本稜 四国電力 関西 2010年・区間23位
9 23分35秒 安藤真人 山陽特殊製鋼 関西 2010年・区間24位
10 23分36秒 佐藤敦之 中国電力 中国 2012年・区間19位


3区(13.6km) 2011年までは(13.7km) 公田⇒伊勢崎[編集]

  • 公田中継所→伊勢崎中継所(伊勢崎市今泉町、伊勢崎市役所(本庁舎))
  • 公田町中継所 →(前橋市亀里町交差点)→(前橋市東善町交差点)→(北関東自動車道高架)→(玉村町上福島交差点)→(伊勢崎市田中町十字路)→(伊勢崎市連取町十字路)→ 伊勢崎中継所
  • 第53回(2009年)から変更となった区間である。第52回(2008年)までの2区に相当する区間を新たに二つの区間に分けたコースとなっている。
  • 外国人選手が走る事はないが、緩やかな下りが続くコースという特徴からスピードランナーが集う事が多く、順位が目まぐるしく入れ替わる事から変動の3区と呼ばれている。
現行区間(2009年第53回大会以降)記録10傑
タイム 氏名 所属 地区 年次・順位
1 37分52秒 宮脇千博 トヨタ自動車 中部 2012年・区間賞
2 37分58秒 宇賀地強 コニカミノルタ 東日本 2012年・区間2位
3 38分02秒 高林祐介 トヨタ自動車 中部 2011年・区間賞
4 38分14秒 岩井勇輝 旭化成 九州 2009年・区間賞
5 38分15秒 深津卓也 旭化成 九州 2013年・区間賞
38分18秒 岩井勇輝 旭化成 九州 2012年・区間3位
6 38分23秒 小西祐也 トヨタ自動車九州 九州 2013年・区間2位
7 38分29秒 佐藤悠基 日清食品グループ 東日本 2010年・区間賞
8 38分31秒 北島寿典 安川電機 九州 2011年・区間2位
38分35秒 深津卓也 旭化成 九州 2011年・区間3位
9 38分42秒 鎧坂哲哉 旭化成 九州 2014年・区間賞
38分45秒 北島寿典 安川電機 九州 2013年・区間3位
10 38分46秒 福井誠 富士通 東日本 2009年・区間2位
10 38分46秒 星創太 富士通 東日本 2014年・区間2位

4区(22.0km) 2011年までは(22.3km) 伊勢崎⇒太田[編集]

  • 伊勢崎中継所→太田中継所(太田市浜町、太田市役所(本庁舎))
  • 伊勢崎市役所 →(伊勢崎市境保泉)→(伊勢崎市境木島)→(東武伊勢崎線踏切)→(伊勢崎市境萩原)→(太田市世良田町)→(太田市尾島庁舎)→(太田市尾島一丁目交差点)→(太田市高林交差点)→(太田市飯塚町交差点)→太田中継所
  • 第53回(2009年)から変更となった区間であり、7区間中最長距離を走行する。第52回(2008年)までの3区(11.8km)と4区(10.5km)に相当する区間を1つの区間にまとめたコースになっている。全体の中間点となる50kmポイントはこの4区にある。
  • 前半は緩やかな下り坂であるが、高林交差点を曲がってから太田中継所までの約3.5kmは緩やかな上り坂と向かい風で残り少ない選手の体力を奪う。
  • 全区間中最長、かつエース級の選手が投入される事から花の4区と呼ばれている。
現行区間(2009年第53回大会以降)記録10傑
タイム 氏名 所属 地区 年次・順位
1 1時間02分50秒 今井正人 トヨタ自動車九州 九州 2013年・区間賞
2 1時間02分51秒 佐藤悠基 日清食品グループ 東日本 2012年・区間賞
3 1時間03分04秒 秋葉啓太 小森コーポレーション 東日本 2009年・区間賞
4 1時間03分11秒 佐藤敦之 中国電力 中国 2010年・区間賞
5 1時間03分16秒 中尾勇生 トヨタ紡織 中部 2009年・区間2位
6 1時間03分20秒 宇賀地強 コニカミノルタ 東日本 2013年・区間2位
7 1時間03分21秒 岡本直己 中国電力 中国 2013年・区間3位
1時間03分25秒 佐藤悠基 日清食品グループ 東日本 2011年・区間賞
8 1時間03分25秒 松宮隆行 コニカミノルタ 東日本 2011年・区間2位
9 1時間03分26秒 藤田敦史 富士通 東日本 2009年・区間3位
9 1時間03分26秒 堺晃一 富士通 東日本 2010年・区間2位
  1時間03分26秒 今井正人 トヨタ自動車九州 九州 2010年・区間2位

5区(15.8km) 2011年までは(15.9km) 太田⇒桐生[編集]

  • 太田中継所→桐生中継所(桐生市織姫町、桐生市役所(本庁舎))
  • 太田中継所 →(太田市東本町十字路)→(太田市熊野町交差点)→(太田市追分)→(太田市丸山町)→(桐生市広沢町(松原橋))→(桐生市境野町)→ (桐生市錦町十字路)→ 桐生中継所
  • マラソンよりきつい」といわれるこの区間には、太田市追分Y字路より群馬県道316号太田桐生線に入り、太田市と桐生市の市境付近でだらだらと上る上り坂が待ち構えている。その高低差66mもさることながら、赤城おろしと呼ばれる向かい風が吹くと過酷さはさらに増す。
  • その一方で、「逆転の5区」の言われ方もされるこの区間はコース変更後幾多の逆転劇を生み出す場所でもある。2区から4区にかけてつかみきれなかった流れを巻き返せる区間。
  • 全体的に上りかつ向かい風が吹き、かつマラソンよりも過酷である事から試練の5区と呼ばれている。
現行区間(2001年第45回大会以降)記録10傑
タイム 氏名 所属 地区 年次・順位
1 44分57秒 坪田智夫 コニカ 東日本 2002年・区間賞
2 45分14秒 佐藤敦之 中国電力 中国 2007年・区間賞
45分17秒 坪田智夫 コニカ 東日本 2003年・区間賞
3 45分45秒 藤田敦史 富士通 東日本 2002年・区間2位
4 45分46秒 油谷繁 中国電力 中国 2006年・区間賞
45分50秒 佐藤敦之 中国電力 中国 2004年・区間賞
5 45分54秒 松宮祐行 コニカミノルタ 東日本 2006年・区間2位
46分03秒 佐藤敦之 中国電力 中国 2008年・区間賞
6 46分05秒 野口拓也 コニカミノルタ 東日本 2014年・区間賞
7 46分08秒 堀口貴史 ホンダ 東日本 2006年・区間3位
8 46分10秒 岩佐敏弘 大塚製薬 関西 2002年・区間3位
9 46分11秒 大石港与 トヨタ自動車 中部 2014年・区間2位
10 46分15秒 押川裕貴 トヨタ自動車九州 九州 2014年・区間3位

6区(12.5km) 2011年までは(11.8km) 桐生⇒西久保[編集]

  • 桐生中継所→西久保中継所(伊勢崎市西久保町、JA赤堀町
  • 桐生中継所→(渡良瀬川・錦桜橋)※2010年までは(渡良瀬川・桐生大橋)→(桐生競艇場)→(みどり市笠懸町阿左美)(みどり市役所前)→ (伊勢崎市間野谷町)→(伊勢崎市曲沢町)→ 西久保中継所
  • 2011年よりルート、距離を大幅変更。錦桜橋を渡り、広沢町一丁目から国道122号に入り、相生町一丁目十字路を左折。群馬県道68号桐生伊勢崎線(片側2車線区間)から桐生競艇場をほぼ半周するルートとなる。
  • みどり市笠懸町阿左美から国道50号に入り岩宿まで30mほど上った後、中継所まで下り坂となる。直角カーブも多く、ペースを乱しやすい区間。
  • 最終・西久保中継所でのたすき渡しも見もの。ちなみに先頭通過から高崎、公田町、伊勢崎中継所が10分、太田中継所が12分、桐生、西久保中継所が15分経過すると繰り上げスタートとなる。(中継所名が2009年より西久保中継所に変更となった。)
  • 距離は長くないが、曲がり角やアップダウンなど全体的に走りにくく、またチームの監督がメンバー選出に悩むことから戦略の6区と呼ばれている。
現行区間(2011年第55回大会以降)記録10傑
タイム 氏名 所属 地区 年次・順位
1 36分35秒 高井和治 九電工 九州 2012年・区間賞
2 36分45秒 阿久津尚二 富士通 東日本 2011年・区間賞
3 36分53秒 大石港与 トヨタ自動車 中部 2012年・区間2位
4 36分56秒 米澤類 中国電力 中国 2011年・区間2位
5 36分57秒 松宮祐行 コニカミノルタ 東日本 2012年・区間3位
6 37分01秒 座間紅祢 日清食品グループ 東日本 2012年・区間4位
7 37分02秒 荒川丈弘 旭化成 九州 2012年・区間5位
8 37分07秒 小畑昌之 安川電機 九州 2011年・区間3位
8 37分07秒 小島康彰 SUBARU 東日本 2012年・区間6位
10 37分08秒 真壁剛 カネボウ 東日本 2011年・区間4位
10 37分08秒 藤田昌也 JFEスチール 中国 2012年・区間7位

7区(15.5km) 2011年までは(15.7km) 西久保⇒県庁前[編集]

  • 西久保中継所→群馬県庁(前橋市大手町)
  • 西久保中継所 →(伊勢崎市赤堀今井町)→(前橋市今井町立体交差)→(前橋市小島田町交差点)→(前橋市天川大島町交差点)→(前橋市本町二丁目交差点) → 群馬県庁(ゴール)
  • 最後の群馬県庁前のゴールテープまで、コースは至って平坦。レースが競った場合は、壮絶なアンカー対決が期待できる。
  • 最終区間であり、かつ日本一のチームが決まる事から栄光の7区と呼ばれている。
現行区間(2001年第45回大会以降)記録10傑
タイム 氏名 所属 地区 年次・順位
1 44分53秒 ジェームス・ドゥング ホンダ浜松 中部 2002年・区間賞
44分53秒 ジェームス・ドゥング ホンダ浜松 中部 2003年・区間賞
2 45分05秒 油谷繁 中国電力 中国 2002年・区間2位
3 45分06秒 磯松大輔 コニカミノルタ 東日本 2006年・区間賞
4 45分13秒 梅木蔵雄 中国電力 中国 2003年・区間2位
5 45分16秒 高林祐介 トヨタ自動車 中部 2012年・区間賞
45分18秒 梅木蔵雄 中国電力 中国 2006年・区間2位
6 45分24秒 酒井俊幸 コニカ 東日本 2002年・区間3位
7 45分30秒 秋山悟志 スズキ 中部 2006年・区間3位
8 45分35秒 立石慎士 安川電機 九州 2006年・区間4位
9 45分37秒 林昌史 ヤクルト 東日本 2006年・区間5位
10 45分39秒 大西雄三 日清食品 東日本 2006年・区間6位

第52回(2008年)まで[編集]

第53回(2009年)からの区間構成変更により、変更となった区間について説明する。1区、5区、6区、7区については#第53回(2009年)からを参照。

2区(22.0km) 高崎⇒伊勢崎[編集]

区間記録保持者:高橋健一富士通) 1時間01分36秒(第45回(2001年))

  • 高崎中継所→伊勢崎中継所(伊勢崎市今泉町、伊勢崎市役所(本庁舎)前)
  • 高崎中継所→→(関越自動車道高崎IC)→(前橋市東善町交差点)→(玉村町上福島十字路)→(伊勢崎市連取町十字路)→伊勢崎中継所
  • 新2区・3区を合併させて誕生したニューイヤー駅伝最長区間であった。全体を通して下り坂で、例年ならば追い風が見込めるため、毎年好記録が期待できる区間であった。
  • なお、この区間は外国人選手の登録が禁止されていた。

3区(11.8km) 伊勢崎⇒尾島[編集]

区間記録保持者:ガトゥニ・ゲディオン日清食品) 30分43秒(第51回(2007年))

  • 伊勢崎中継所→尾島中継所(太田市安養寺町、太田市尾島庁舎前)
  • 伊勢崎中継所→(伊勢崎市境木島)→(東武伊勢崎線踏切)→(伊勢崎市境東)→(太田市世良田町)→尾島中継所
  • 2区で外国人選手が走れない分、この3区にぶつけるチームが多い。その点、短い区間ながらごぼう抜き記録が出ることも多かった。この区間も同様に下り坂主体。また、剛志駅を越えた先から伊勢崎市境木島付近まで蛇行した道が続く。
  • 外国人選手が続くこの区間で、下位チームは繰り上げスタートが心配となってくる。ちなみに、この尾島中継所は先頭チームが通過してから10分が経過すると無念の繰り上げスタートとなっていた。

4区(10.5km) 尾島⇒太田[編集]

区間記録保持者:秋山羊一郎ホンダ) 29分29秒(第51回(2007年))

  • 尾島中継所→太田中継所(太田市浜町、太田市役所(本庁舎)前)
  • 尾島中継所→(太田市尾島一丁目交差点)→(石田川)→(太田市高林交差点)→太田中継所
  • 全区間中最も短い区間。蛇川付近からやや上り気味になり、高林交差点付近から風の影響が出てくることも。
  • この区間は区間記録が更新されやすい区間であり、第44回(2000年)から第51回(2007年)までで4回も区間記録がされている超スピード区間であった。

コースとなっている主な路線[編集]

通過する自治体[編集]

特別協賛[編集]

車両協力[編集]

放送[編集]

ヤマザキ新春スポーツスペシャル・
ニューイヤー駅伝
第○回全日本実業団駅伝
ジャンル スポーツ中継
放送時間 毎年1月1日8:00[3] - 14:30
2014年現在、270[4]分)
放送期間 1988年1月1日 - 現在(27回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 TBSテレビ
出演者 以下を参照
音声 ステレオ放送
字幕 リアルタイム字幕放送
データ放送 連動データ放送

特記事項:
昼頃には『JNNニュース』を中断して放送。
テンプレートを表示
ニューイヤー駅伝
ジャンル スポーツ中継
放送方式 生放送
放送期間 2001年1月1日 - 現在
放送時間 毎年1月1日8:30 - 14:00すぎ
放送回数 14
放送局 TBSラジオ
ネットワーク (関東ローカル)
出演 以下を参照
特記事項:
8:30 - 9:00は前座番組『まもなく駅伝スタート』を放送。
テンプレートを表示

テレビ放送およびラジオ放送はTBS(TBSテレビおよびTBSラジオ)と地元の群馬テレビが第32回(1988年)から完全生中継を開始。当初はSUNTORYJUKIKIRIN、1994年の第38回からは山崎製パンが協賛しておりTBS系の番組では『ヤマザキ新春スポーツスペシャル・ニューイヤー駅伝○○○○(西暦)」の名称と「第○回全日本実業団駅伝』の略称を使用している。なお正式な大会名称は、全日本実業団対抗駅伝大会(ぜんにほんじつぎょうだんたいこうえきでんたいかい)。

ヤマザキパンの冠があるが1社協賛ではなく、複数のスポンサーの提供・協賛により放送が行われる。8:50以前は事前番組扱いとして直前情報を伝えるが、8:30以前は群馬テレビなどの一部地方局では放送されない任意ネット枠のため、ヤマザキの冠も付かない。また、8:30 - 8:50も引き続きオールスポットであるが、全系列局ネットとなる8:30の時点から名目上ヤマザキの冠をつけて、8:50以降の中継本編とは一体の番組として放送している。一部の地方局では、EPGでの扱いを8:00 - 8:30、8:30 - 8:50、8:50以降の3部構成(8:30開始の場合は2部構成)としている。

技術面においては一部中継点において特定の系列局[5]や特別協力の群馬テレビ[6]にスタッフ配置を任せているなど、系列各局の技術や人員を動員した大がかりな態勢がうかがえる。

テレビ放送[編集]

番組ネット局[編集]

JNN系列28局+群馬テレビにネット

  • 地元の独立UHF局。群馬県での中継ということで特別協力している。
  • 2009年(平成21年)まではBS-i(現:BS-TBS)にもネット。

総合実況[編集]

群馬県庁に特設スタジオを設けてそこから全体の進行を行う。ただし、2010年のみ森田正光のコーナーを除いてスタジオは使用せず、第1移動車の実況担当が進行した。

解説[編集]

2014年(平成26年)
2013年(平成25年)
  • 瀬古利彦(当時エスビー食品スポーツ推進局長、放送センター)
  • 増田明美(ゲスト解説、スポーツライター、放送センター)
  • 金哲彦(ニッポンランナーズ理事長、第1移動車)
  • 尾方剛(広島経済大学陸上競技部監督、第2移動車)

2011年(平成23年)・2012年(平成24年)

  • 瀬古利彦(当時エスビー食品スポーツ推進局長、放送センター)
  • 増田明美(ゲスト解説、スポーツライター、放送センター)
  • 谷口浩美(トスプランニング所属、第1移動車)
  • 金哲彦(ニッポンランナーズ理事長、第2移動車)

2010年(平成22年)

  • 瀬古利彦(当時エスビー食品スポーツ推進局長、第1移動車)
  • 金哲彦(ニッポンランナーズ理事長、第2移動車)

2009年(平成21年)

  • 瀬古利彦(当時エスビー食品スポーツ推進局長、放送センター)
  • 増田明美(ゲスト解説、スポーツライター、放送センター)

移動中継車[編集]

特筆しない限り、TBSアナウンサー。

2013年・2014年
2011年・2012年
  • 第1移動車…佐藤文康
  • 第2移動車…椎野茂
  • 第3移動車(2012年はバイク)…新タ悦男

2010年

  • 第1移動車…土井敏之(全体の進行も兼務)
  • 第2移動車…佐藤文康
  • 第3移動車…新タ悦男

2009年

  • 第1移動車…金哲彦(ニッポンランナーズ理事長)
  • 第2移動車…高尾憲司(元旭化成)・中村秀昭(当時・TBSアナウンサー)
  • 第3移動車…佐藤文康

中継所[編集]

特筆しない限り、全員TBSアナウンサー。

2014年
2013年

2012年

  • 清水大輔(高崎中継所・桐生中継所)
  • 戸崎貴広(公田中継所・西久保中継所)
  • 林正浩(伊勢崎中継所)
  • 小笠原亘(太田中継所)

2011年

2010年

  • 林正浩
  • 戸崎貴広
  • 椎野茂
  • 清水大輔

2008年

  • 清水大輔(高崎中継所・桐生中継所)
  • 新タ悦男(伊勢崎中継所・赤堀中継所)
  • 林正浩(尾島中継所)
  • 戸崎貴広(太田中継所)

リポーター[編集]

特筆しない限り、TBSアナウンサー。

2014年
2013年
  • 出水麻衣(群馬県庁)
  • 佐藤渚(群馬県庁)
  • 安藤あや菜(高崎中継所・太田中継所)
  • 古谷有美(公田中継所・桐生中継所)
  • 高畑百合子(伊勢崎中継所・西久保中継所)
  • 初田啓介(優勝インタビュー。各定点ポイントの実況も兼務)

2012年

  • 枡田絵理奈(群馬県庁)
  • 安藤あや菜(高崎中継所・太田中継所)
  • 古谷有美(公田中継所・桐生中継所)
  • 高畑百合子(伊勢崎中継所・西久保中継所)
  • 初田啓介(優勝インタビュー。各定点ポイントの実況も兼務)

2011年

  • 青木裕子(当時・TBSアナウンサー、群馬県庁)
  • 枡田絵理奈(群馬県庁)
  • 出水麻衣(高崎中継所・太田中継所)
  • 高畑百合子(伊勢崎中継所・西久保中継所)
  • 安藤あや菜(公田中継所・桐生中継所)
  • 伊藤隆佑(優勝インタビュアー)

2010年

2009年

天気予報[編集]

特別出演[編集]

  • 黛まどか
    テレビ中継では一時期、「ニューイヤー駅伝」をお題とした俳句を募集していた。黛はその選者。なお2008年以降は実施せず、黛の出演も途絶えている。

テーマソング[編集]

前年の女子駅伝と共通で使用。

備考[編集]

  • 途中、中継を中断して報道フロアから『JNNニュース』(2010年のみ『THE NEWS』)が3 - 4分程度放送される(大体11時台後半から12時台前半の間)。この間はレースの模様が画面上部にワイプで映し出される他、ローカル枠に切り替えられる際に「JNNニュース(NEWS)」のロゴが画面左下に表示される。(ただし、GTVはJNN加盟局では無いため、自局制作のローカルニュースに差し替えられ、ワイプも表示されない。)
  • 1997年の放送で、最下位チーム[7]のアンカーが脱水症状になりフラフラとなり、終了時間ぎりぎりまで松下アナが実況。その途中からスタッフロールが流れる(最後の『製作著作 TBS』まで表示出来なかった)がこの間テーマソング(このときは岡本真夜の「これからだよ」)は流れず、ゴールした後に直後に提供クレジットを出し同時にテーマソングに流れた。逆に2011年は、最下位となった警視庁チームのゴールを待たずにスタッフロールに移行してしまった。
  • 2009年のみ膨大なスタッフロールがなく、「制作:TBSテレビ・製作著作:TBS」のみ打って提供クレジットに入った。
  • 2006年大会中継では特別ゲストとして亀田興毅大毅和毅の三兄弟が登場し、餅つきなどで視聴者にアピールを行っていた。
  • 2007年は、この年の1月にスタートする『華麗なる一族』の番組宣伝、またこのドラマの主演である木村拓哉のビデオ出演、各中継所などで今大会の冠スポンサーである山崎製パンとのコラボレートした「華麗ぱん」の無料配布を行った。また視聴者の中から21名に賞金総額300万円分のお年玉が当たる「総額300万円!お年玉プレゼントクイズ」を実施し、視聴率も14.1%(2006年=11.7%、2005年=14.3%)と昼の部(12:00~18:00)ではトップになった。
  • 2008年は、この年の1月にスタートする『佐々木夫妻の仁義なき戦い』の番組宣伝、またこのドラマの主演である稲垣吾郎小雪のビデオ出演、各中継所などで今大会の冠スポンサーである山崎製パンとのコラボレートした「佐々木夫妻の仁義's(ジンギス)パン」の無料配布を行った。また今井正人選手の紹介VTRの場面において、前年箱根芦ノ湖にゴールする際の日本テレビの映像が使われた。
  • 同じ正月に行われる箱根駅伝に比べ、人気・知名度はいまひとつである。しかし、開催地の群馬県や日本テレビ系列の放送局がない沖縄県においては[8]、箱根駅伝よりも知名度が高い。
  • 2010年第54回大会の放送より博報堂DYメディアパートナーズによる制作で、一部CMにおいてCMと駅伝中継が同時放映される措置がなされた[9]

ラジオ放送[編集]

  • TBSラジオでも2001年から、中継番組を制作、放送している。
  • 進行役として女性パーソナリティ(2010年以降[10]石川伸子)が配置され、TBS954情報キャスターが沿道からのリポートを担当する。テレビ中継同様山崎製パンが筆頭スポンサーを務めている。
  • 例年TBSラジオでは、このニューイヤー駅伝中継から天皇杯全日本サッカー選手権大会の決勝戦中継にリレーする。ただし、このような編成を採るようになった2002年以降、天皇杯決勝ではキックオフから放送されることはほとんど無い。なお、ニューイヤー駅伝中継を始めた2001年に限り、天皇杯決勝中継は取りやめている[11]
  • このほか、コミュニティFM局のラジオ高崎は、2011年に高崎市役所市庁舎の付近から中継を行った[12]

主な出場辞退の事例[編集]

企業を母体とするチームが出場するが故に、その企業で大会直前に不祥事などがあった場合に予選・本戦出場を辞退するケースがある。

  • 2006年にはJR東日本が東日本予選上位で本戦出場権を獲得したが、本戦直前の2005年12月25日にJR羽越本線脱線事故が発生、本戦出場を辞退した。
  • 2011年の東日本予選で東京電力グループ陸上競技部は過去最高の4位という大健闘を見せていた。しかし、震災による原発事故に関する一連の問題により、好成績での本選出場は叶わなかった(なお、同社はその翌年をもって陸上競技部としての活動を休止すると発表)。
  • 2013年には本大会で4位入賞を果たした上位常連チームであったカネボウ陸上部が、母体であるカネボウ化粧品にて発覚した白斑検出問題による都合により東日本予選の出場を辞退するとともに、2013年度の陸上部自体の活動を休止することになった。

脚注[編集]

  1. ^ 東日本予選で本戦出場権を獲得し出場予定だったJR東日本が出場辞退(理由は後述)。よって実際には1チーム少ない42チームで競われた。
  2. ^ 2008年の第52回まで。2008年10月1日に持株会社化したことで、2009年の第53回以降は「日清食品グループ」名義で出場
  3. ^ 一部系列局では8:30
  4. ^ 一部系列局では240
  5. ^ 高崎中継所は静岡放送が技術を担当するほか、その他の中継所についても系列局の一部が担当している。
  6. ^ 公田中継所は毎年、群馬テレビとTBSテレビのスタッフが共同で担当している。
  7. ^ 大阪府警チーム。
  8. ^ ラジオ沖縄でのラジオ中継放送を聞くしか方法はない。但し、テレビ放送は県北(の一部)のみ鹿児島読売テレビでの放送を観る事が可能な地域がある。また、一部島嶼部では本来の制作キー局・東京日テレでの放送を観ることができた。現在は地デジ化により視聴不可
  9. ^ TBS、駅伝中継で「CM飛ばし」対策 広告主らに配慮 NIKKEINET(09-12-29).2010年1月2日閲覧。
  10. ^ Chatbelle News【石川伸子】 TBSラジオ 年始番組「ニューイヤー駅伝 2011」&「第90回天皇杯 全日本サッカー選手権大会 決勝」(シャベール、2010年12月21日)
  11. ^ 毎日新聞・朝日新聞などの2001年1月1日テレビ・ラジオ面より
  12. ^ 年末年始の放送について(ラジオ高崎、2010年12月24日)
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]