三菱自動車工業
三菱自動車工業本社
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| 種類 | 株式会社 | ||
|---|---|---|---|
| 市場情報 |
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| 略称 | 三菱自動車、三菱自工、三菱自、三菱 | ||
| 本社所在地 | 〒108-8410 東京都港区芝五丁目33番8号 |
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| 設立 | 1970年4月22日 | ||
| 業種 | 自動車産業(輸送用機器) | ||
| 事業内容 | 自動車製造,販売 | ||
| 代表者 | 益子修(代表取締役社長) | ||
| 資本金 | 6,573億5,000万円(2012年3月末現在) | ||
| 発行済株式総数 | 55億3,795万6,840株 | ||
| 売上高 | 連結:1兆8,072億9,300万円 単体:1兆4,275億9,900万円 (2012年3月期) |
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| 営業利益 | 連結:636億7,400万円 単体:151億3,700万円 (2012年3月期) |
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| 純利益 | 連結:239億2,800万円 単体:209億3,000万円 (2012年3月期) |
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| 純資産 | 連結:2,656億2,000万円 単体:1,388億9,000万円 (2012年3月末現在) |
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| 総資産 | 連結:1兆3,213億600万円 単体:9,736億9,300万円 (2012年3月末現在) |
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| 従業員数 | 連結:3万709人 単体:1万2,666人 (2011年3月末現在) |
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| 決算期 | 3月31日 | ||
| 主要株主 | 三菱重工業 15.16% 三菱商事 13.99% 三菱東京UFJ銀行 4.85% (2011年9月末現在) |
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| 主要子会社 | ミツビシ・モーターズ・ノース・アメリカ・インク(北米三菱自動車) ミツビシ・モーターズ・クレジット・オブ・アメリカ・インク ミツビシ・モーターズ・ヨーロッパ・ビー・ブイ 北海道三菱自動車販売 西日本三菱自動車販売 他 |
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| 関係する人物 | 佐藤勇二(初代社長) 東條輝雄(元社長・会長) 舘豊夫(元社長・会長) 河添克彦(元社長) 岩崎寿男(元常務) 岡田彬(元トラック・バス営業本部副本部長) 仲西昭徳(執行役員・デザイン本部長) |
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| 外部リンク | http://www.mitsubishi-motors.co.jp/ http://www.mitsubishi-motors.com/jp/ |
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三菱自動車工業株式会社(みつびしじどうしゃこうぎょう、MITSUBISHI MOTORS CORPORATION)は、三菱グループに属する日本の自動車メーカー。1970年に三菱重工業から独立した。日本国外ではMITSUBISHI MOTORS(ミツビシ モータース)という表記を用いていたが、日本国内でも「MMC 三菱自動車」から「MITSUBISHI MOTORS」というロゴを1999年1月より[1]使用するようになった。
目次 |
概要[編集]
日本の自動車メーカーとしてはかなり古くから存在しており、最も長い歴史を持つメーカーの1つである。
三菱重工業とクライスラーとの合弁事業としてスタートし、1993年までクライスラーと資本提携していた。その後、2000年からドイツに本拠を置くダイムラー・クライスラー(現ダイムラー)と資本提携関係となったが、2000年に三菱リコール隠しが発覚。この不祥事を受けて自動車売り上げが激減し、2005年に解消。クライスラーとの技術提携関係は2009年まで継続されていた。[2]
2003年には大規模なリコール隠し問題を起こし、後に法人としての三菱自動車に対し有罪が確定した。
詳細は「三菱リコール隠し」を参照
また、同年トラックやバスなど大型車事業を分社化した。
詳細は「三菱ふそうトラック・バス」を参照
モータースポーツ事業に力を注ぎ、世界ラリー選手権 (WRC) やダカール・ラリーに参戦し、前者は「ランサー」後者では「パジェロ」により総合優勝をはじめとした好成績を多く残して、2009年ダカールシリーズまで「レーシングランサー」で活動を続けてきたが、いずれも経営上の判断からワークス活動を終了している。また、Jリーグ・浦和レッドダイヤモンズ(浦和レッズ)の親会社でもある。
2008年の販売台数は106万6000台で、内訳は,北米11万9000台,欧州27万2000台、日本国内16万8000台、アジア・その他地域50万7000台。[3] なおロシアではプジョー・シトロエンとの合弁工場で販売拡大を狙っている。カルーガ州に2011年操業開始。[4]
沿革[編集]
- 1870年 - 海運会社九十九(ツクモ)商会誕生。
- 1893年2月 - 三菱合資会社を設立。
- 1917年10月 - 三菱造船として独立。
- 三菱造船神戸造船所で三菱A型乗用車製作。
- 1934年4月 - 三菱造船は三菱重工業に社名変更。
- 1950年
- 1月 - 過度経済力集中排除法により東日本重工業、中日本重工業、西日本重工業3社に分割され、自動車事業部門は中日本重工業となった。
- 9月 - 東日本重工業が、カイザー=フレーザーと技術提携し日本でのヘンリーJのCKD生産およびアジアへの販売権を取得。販売子会社東日本カイザーフレーザー社を設立。
- 1951年 - 東日本カイザーフレーザー社がヘンリーJ販売開始。
- 1953年
- 1954年 - 三菱日本重工、本国での生産中止にともないヘンリーJ生産を終了。
- 1959年 - 軽3輪トラックの「レオ」を発売。
- 1960年 - 戦後初の自社開発乗用車、三菱500を発売。
- 1962年 - 軽自動車ミニカ発売
- 1964年6月 - 1950年に分割された3社が再び合併し、三菱重工業となった。
- 1969年 - コルトギャランを発売。
- 1970年2月 - 三菱重工業とクライスラーが合弁事業に関する契約締結。
- 1970年6月1日 - 三菱自動車工業として独立。
- 1971年 - 北米のクライスラーチャンネルでコルトギャランが販売された。
- 1973年2月 - ランサーの販売開始。
- 韓国の現代自動車(ヒュンダイ)との技術援助契約を締結。
- 1974年 - 第22回サファリラリー優勝。
- 1978年 - 乗用車の第二販売チャネルとしてカープラザ店を設立。従来の販売チャネルはギャラン店へ。他社と違い、ディーラーの社名はどちらも「○○三菱自動車販売株式会社」なので、社名だけで見分けることはできなかった(ただし、一部例外もあった)。
- 1981年 - 米国三菱自動車販売を設立。
- 1984年 - 三菱自動車販売を合併。
- 1985年 - アメリカ合衆国にダイヤモンド・スター・モーターズ (DSM) 設立。
- 1988年 - 松任谷由実のコンサートツアーに協賛を開始。
- 1988年 - 東京・大阪・名古屋の証券取引市場第1部に株式上場。(大阪・名古屋の両証券取引所は現在上場廃止)
- 1989年 - 岡崎研究所内に、三菱オートギャラリーを開館。
- 1991年 - オランダ政府、スウェーデンのボルボとオランダで乗用車合弁生産契約に調印。NedCar(ネッド・カー)発足。
- 1992年 - 初代ランサーエボリューションを発売。
- 1993年 - パジェロがパリ・ダカールラリー総合優勝。
- 1994年5月 - ベトナムにプロトン等との合弁会社ビナスター・モーターズ(Vinastar Motors)を設立。
- FTOが、日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。
- 1996年 - GDIエンジンがRJCテクノロジー・オブ・ザ・イヤー受賞。
- 米国三菱自動車製造 (MMMA) においてセクハラがあったとして、民事訴訟が提訴された。
- 1997年 - GDIエンジンが、日本自動車技術会賞/技術開発賞を受賞。
- 総会屋への利益供与事件を摘発
- 1998年 - ランサーエボリューションがWRC完全制覇。
- 1999年 - ボルボと大型車分野における資本・業務提携を結んだ。
- トミ・マキネンが前人未到WRC4年連続ドライバーズチャンピオンを達成、記念としてランサーエボリューションVIトミマキネンエディションを発売
- 2000年 - 道路運送車両法違反(リコール隠し)が発覚、河添社長が辞任。本社等の強制捜査を受ける。詳しくは三菱リコール隠しを参照。
- 10月18日 - ダイムラー・クライスラーと乗用車分野における資本・業務提携を結んだ。これを機に、大型車分野における提携パートナーをボルボからダイムラー・クライスラーに変更した。
- 2002年8月 - ミラージュディンゴとRVRが生産終了し、カープラザ店専売車種が事実上消滅。
- 2003年 - ギャラン店とカープラザ店が統合。
- 1月6日 - 大型車(トラック、バス)を三菱ふそうトラック・バスに事業を移管。バス車体製造部門のMBMなど大型車系の子会社もふそうへ移譲。
- 5月6日 - 本社が品川三菱ビル(現・品川グランドセントラルタワー、東京都港区港南)に移転。
- 2004年
- 2005年
- 1月 - 赤字が拡大したことなどから、2004年に就任した一部の取締役陣が退任し、新取締役陣が就任。
- 1月17日 - 日産自動車との包括的な事業提携。日産にeKワゴン・スポーツ(日産名:オッティ)を新たに年間3万6000台の予定で供給することを発表。同時に2社で軽自動車製造の新会社創設説も浮上したが、撤回となった[注 1]。
- 1月28日 - 新経営計画「三菱自動車再生計画」を発表。三菱グループの三菱重工業、三菱商事、東京三菱銀行に増資などの追加支援を要請。これによって三菱重工の出資比率が15%を超えるために持分法適用による連結対象会社となり、同社の傘下で再建を目指すこととなった。
- 2月4日 - フランスのPSA・プジョーシトロエン (PSA) に、日本で同年10月に発売されたアウトランダーを年間3万台規模でOEM供給すると発表。
- 11月11日 - ダイムラー・クライスラーが全株式を売却。資本関係の解消。
- 12月 - 市場低迷を理由に、中型・大型セダン市場から撤退。ギャラン、ディアマンテの国内生産・販売終了。
- 12月12日 - 三菱重工業の持分法連結会社となった。
- 12月14日 - 2006年度からWRCワークスチームの活動を経営再建に徹するため休止することを発表。
- 2006年
- 2007年
- 2009年
- 6月5日 - リチウムイオン電池を搭載した量産型電気自動車i-MiEVを発表。
- 8月10日 - エボリューションおよび商用バンを除く国内向けランサーの生産を終了。事実上、大衆向け小型セダン市場からの撤退となる。
- 9月4日 - 電気自動車アイ・ミーブをベースにした欧州向けモデルをプジョー・シトロエンにOEM供給する基本契約締結を発表した。2010年10月から生産を開始して2010年末に発売した。[6]
- 9月10日 - クライスラーは、2005年からミシガン州ダンディで合同生産していた三菱と現代自動車との低燃費車向けエンジンの合弁生産事業を解消したと発表した。三菱・現代両社は8月末までに、合弁工場の出資分をクライスラーに売却していた。[7]
- 12月14日 - 大阪証券取引所での上場を廃止した。
- 2010年
- 6月5日 - 「三菱愛着力プロジェクト」を開始。具体的には国内メーカー初[注 2]となる「最長10年10万km特別保証延長」の設定(5年目以降の車検入庫時に保証延長点検(24ヶ月定期点検相当)を受けることが条件、対象車種はi-MiEV・RVR・コルト・コルトプラス・デリカD:5で、今後も改良等のタイミングで対象車種は増える予定[注 3]。i-MiEVとRVRは発売開始日に遡って適用する)、ライフステージやライフスタイルの変化に合わせてボディコーティングやルームクリーニングなどの各種サービスや福祉車両「ハーティラン」を提供する「リフォームサービス」、キーレスエントリーキーの電池交換や洗車・ガラス撥水といったクイックカーメニューを中心とした「愛着クーポン」を配布するサービスを実施する。
- 2011年
- 2012年
- 8月 - 6代目ミラージュ発売。同車名は約10年ぶりの復活となった。
- 12月19日 - 軽自動車のエンジン不具合に関し、対応が不十分であったとして、同省から口頭で厳重注意された。詳細は三菱自動車・3G83エンジンに関する問題を参照。
主な開発・生産拠点[編集]
日本国内[編集]
- 乗用車技術センター(愛知県岡崎市)- 乗用車の研究・開発拠点、岡崎テストコース。
- 水島製作所(岡山県倉敷市) - 一部の乗用車、軽自動車全車種の生産。戦前の三菱重工業水島航空機製作所。一式陸攻、紫電改を生産していた。このため、水島空襲では主要な攻撃目標とされた。
- 名古屋製作所(愛知県岡崎市)- 乗用車の生産拠点。
- 岡崎工場(同上)- コルト、RVRの生産。
- 大江工場(愛知県名古屋市港区)- 戦前・戦後は同じ敷地内の三菱重工業名古屋航空機製作所(現三菱重工業名古屋航空宇宙システム製作所)の一部であった。1970年の三菱自動車工業発足と同時に三菱重工業から独立し、同社の名古屋製作所大江工場となるが2001年に閉鎖。跡地の大部分は再び、三菱重工業名古屋航空宇宙システム製作所に買い戻され、同社の新工場が建設されボーイング787の主翼の生産拠点となる。一方で一部は栃木富士産業(現GKNドライブライントルクテクノロジー)に賃貸され同社の名古屋工場となる。隣接する三菱ふそう大江バス工場(ローザの製造)も2010年6月に閉鎖。
- パワートレイン製作所 - 乗用車用パワートレインの設計、生産
- パジェロ製造株式会社(岐阜県加茂郡坂祝町)- パジェロなどの生産
日本国外[編集]
- ミツビシ・モータース・タイランド ラムチャバン工場(タイ王国チョンブリー県ラムチャバン)
- ミツビシ・モーターズ・ノース・アメリカ(アメリカ合衆国イリノイ州)
- ミツビシ・モーターズ・フィリピンズ(フィリピンリサール州)
- 中華汽車(台湾)
- 東南汽車(中国)
- 広汽三菱汽車(中国)
- PCMA-Rus(ロシアカルーガ州)
過去[編集]
- ミツビシ・モーターズ・オーストラリア(オーストラリア連邦南オーストラリア州アデレード)
- ネザーランズ・カー(NedCar)(オランダ王国リンブルフ州ボルン)
- 欧州債務危機の影響で、オランダでの生産は2012年末で終了(2011年2月6日発表)[8]
グループ会社[編集]
主要連結対象会社[編集]
- 三菱自動車エンジニアリング
- 水菱プラスチック
- パジェロ製造
- 三菱自動車カーライフプロダクツ - ROAR(ロア)ブランドでのカー用品開発・販売などを展開
- ラリーアート
- MMCテスト&ドライブ
主要持分適用会社[編集]
- 明治ゴム化成
- MMCダイヤモンドファイナンス
国内現行車種[編集]
乗用車[編集]
| 外観 | 車種名 | 初代登場年 | 現行型発表年(代目) | マイナーチェンジ | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| セダン | ||||||
DIGNITY |
ディグニティ | 2000年 | 2012年7月(2代目) | - | 初代はプラウディアのリムジン版、2代目は日産シーマのOEM 初代と2代目の間に[注 4]販売停止時期あり |
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PROUDIA |
プラウディア | 1999年 | 2012年7月(2代目) | - | 初代はデボネア後継、2代目は日産フーガのOEM 初代と2代目の間に[注 5]販売停止時期あり |
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GALANT FORTIS |
ギャランフォルティス | 2007年 | 2007年8月 | 2012年10月 | 日本国外ではランサーの車名で販売される | |
LANCER EVOLUTION |
ランサーエボリューションX | 1992年 | 2007年10月(X) | 2012年10月 | 型式としては4代目 | |
| SUV/クロスオーバーSUV | ||||||
RVR |
RVR | 1991年 | 2010年2月(3代目) | 2012年10月 | 2代目と3代目の間に[注 6]販売停止時期あり | |
OUTLANDER |
アウトランダー | 2005年 | 2012年10月(2代目) | - | 日本国外では以前からエアトレックの輸出名として使われていた | |
PAJERO |
パジェロ | 1982年 | 2006年10月4日(4代目) | 2012年10月 | ||
| ミニバン/1BOX | ||||||
DELICA D:5 |
デリカD:5 | 2007年 | 2007年1月 | 2013年1月 | デリカシリーズ通算5代目 | |
DELICA D:3 |
デリカD:3 | 2011年 | 2011年10月 | 2012年6月 | 日産NV200バネットワゴンのOEM | |
DELICA D:2 |
デリカD:2 | 2011年 | 2011年3月 | 2012年10月 | スズキソリオのOEM | |
| ハッチバック/2BOX | ||||||
GALANT FORTIS SPORTBACK |
ギャランフォルティススポーツバック | 2008年 | 2008年12月 | 2012年10月 | ||
MIRAGE |
ミラージュ | 1978年 | 2012年8月(6代目) | - | 5代目と6代目の間に[注 7]販売停止時期あり | |
| 軽自動車 | ||||||
eK Wagon |
eKワゴン | 2001年 | 2013年6月(3代目) | - | 日産自動車のデイズと共同開発 | |
eK Custom |
eKカスタム | 2013年 | 2013年6月 | - | eKスポーツ後継 日産自動車のデイズハイウェイスターと共同開発 |
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i MiEV |
i-MiEV | 2009年 | 2009年6月 | 2011年7月 | 電気自動車 | |
i |
i(アイ) | 2006年 | 2006年1月 | 2010年8月 | 現在は在庫のみの販売 | |
Toppo |
トッポ | 2008年 | 2008年9月 | 2012年7月 | 現在は在庫のみの販売 | |
その他(ビジネスカーなど)[編集]
日本国外専売車種[編集]
- ギャラン、ギャラン・グランダー:現行モデルのギャランは日本国外専売車種
- パジェロスポーツ、モンテロスポーツ(日本名チャレンジャー)
- ジンガー:台湾と中国で製造・販売されている多目的車。
- アドベンチャー):多目的車。現在はフィリピンのみで生産。
- サブリン・スペースワゴン
- L200(日本名トライトン)
- L300(日本名デリカバン・デリカスターワゴン)
- パジェロTR4(日本名パジェロイオ)
- コルトプラス(2012年まで日本でも販売、現在は台湾のみ)
- COLT T120SS (インドネシア)
今後の車種展開[編集]
メーカーより今後発売が公表されている車種[編集]
メーカーより今後販売終了が公表されている車種[編集]
過去の販売車種[編集]
日本国内[編集]
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軍用車両[編集]
海外[編集]
- レイダー:ダッジ・ダコタのOEM車種。北米専用
- 380:オーストラリア生産のギャラン
- エンデバー:「プロジェクトアメリカ」第一弾
- エクリプス:2、3代目(スパイダーを含む)は日本にも導入していた。
- メイブン:スズキ・APVのOEM車種。インドネシア専用
- コルトCZC(コルトクーペカブリオレ)
- DFW(フリーカ、クダ、ジョリー):多目的車。東南アジア専用車種
主な技術[編集]
エンジン(過去のものを含む)[編集]
- NE型
- ME型
- KE4型
- KE6型(初代デボネア(前期型)専用)
- 2G1型
- 2G2型(バルカン)
- 4G3型(サターン)
- 6G3型(サターン6・初代デボネア(中期型)専用)
- 4G4型(ネプチューン)
- 4G5型(アストロン)
- 4D5型(アストロンD)
- 3G8型
- 3B2型
- 4A3型
- 4A9型
- 4B1型
- 4G1型(オリオン)
- 4G6型(シリウス)
- 4D6型(シリウスD)
- 4G9型
- 4M4型
- 6G7型
- 6B3型
など
不祥事・事件・問題・事故[編集]
詳しくは三菱リコール隠しを参照。
関連施設[編集]
これらの医療機関は企業立病院であるが、三菱自動車工業関係者以外も利用可能。
CI[編集]
自動車検査証では「三菱」と表記されるが、一般的な通称は「三菱自動車」である。「三菱自工」と略することもある(例・水島臨海鉄道の三菱自工前駅)。
1976年~1982年ごろまで、三菱のイニシャルであるアルファベットの“M”を模したエンブレムを付けていたが、いすゞ自動車(の当時のマーク、1974年から1991年まで使用)と間違えられがちだった為、1980年代前半~1990年代中頃には英文社名からの略「MMC」をシンボルマークとしていた(ただし、輸出車ではスリーダイヤとMITSUBISHIのロゴを使い、ふそうの中大型商業車のステアリングホイールにはちゃんとスリーダイヤが刻印されていた)。
しかし1987年以降からはスリーダイヤが復活しMMCロゴと併用される様になったが、1999年から日本国内でもスリーダイヤとMITSUBISHIのロゴを使う様になった。
インターネットでのドメイン名「mmc.co.jp」が同じ三菱グループの三菱マテリアルに先に使われた事もあって現在MMCは欧文でのニュースリリース以外ではほとんど使われていない。(三菱ふそうバス製造ではMMCロゴが2003年頃まで窓ガラスに使われていた)
キャッチフレーズ[編集]
- 選ぶのはあなたです(1973年頃)
- 技術と信頼の三菱(1974年頃)
- 安全は人と車でつくるもの(1975年~1978年3月)
- 安全に走れ。それが一番早いのだ。(1978年4月~1980年3月)
- 燃費の差は技術の差(1980年4月~1981年3月)
- 燃費は技術(1981年4月~1982年4月)
- 未来をひらく技術と信頼(1982年5月~1984年)
- このころから「MMC三菱自動車」に
- BE BEST for good days いつもベストを(1985年~1987年9月・ギャラン店用)
- sparkling now (1985年~1987年9月・カープラザ店用)
- いい街 いい人 いい車(1986年6月~1987年9月)
- 新技術を、ときめきに。 NEW Motoring Wave(1987年10月~1991年3月)
- あなたと創る Creating Together(1993年~1995年)
- この頃から「三菱自動車」に
- もっとクルマをおもしろく。元気、三菱。
- その差が、三菱。(1996年~1997年)
- いいもの ながく(1998年~1999年)
- Heart-Beat-Motors(2000年-2005年9月27日)
- このころから「MITSUBISHI MOTORS」(提供表示は現在も継続、読み上げは2009年6月末まで続いた)
- 答えは、クルマで出します。(2005年前期、CM以外では使われていない)
- クルマづくりの原点へ。(2005年9月28日-2008年3月)
- ミツビシミテカラ(2006年9月-2008年5月)
- Drive@earth(2008年6月-)
- 2009年7月からは読み上げも「三菱自動車」に再度変更。ただ、上記の通り提供表示はそのまま
提供番組[編集]
テレビ[編集]
- 木曜劇場(フジテレビ系)
- 金曜プレステージ(フジテレビ系)
- にじいろジーン(関西テレビ・フジテレビ系)
- FNSの日(フジテレビ系 2000年〜2003年、2011年以降に協賛)
- 箱根駅伝(日本テレビ、2004年度は協賛無し)
- 日曜エンターテインメント(テレビ朝日系、提供枠は別だが同業であるスズキも提供している。「日曜洋画劇場」時代を含めると約4年ぶりの復帰となる。)
- 浦和レッズ・スーパーマッチ(テレ玉、埼玉県下三菱自動車販売グループとして)
- ZIP!(日本テレビ系)
- 水曜プレミア(TBS系、第2期)
- さんまのスーパーからくりTV(TBS系)
テレビ(終了・撤退)[編集]
- すき!地球(フジテレビ系、一社提供)
- 関口宏の東京フレンドパークII (TBS系、2004年6月にリコール隠し事件で一時スポンサー降板、2006年10月放送分からゲスト出演者にパジェロのプレゼントコーナーを再開、CBCでもローカルの中日戦中継による振り替え放送でもスポンサー)~2010年3月で一時降板(4月以降当番組は月曜19時へ出戻りにするも他社の車へプレゼントを交代。)
- ダイヤモンドグローブ(フジテレビ系、「三菱ダイヤモンドグローブ」時代に三菱グループの一社として提供し、1990年代にも短期間ではあるが提供を行っていた時期があった)
- 釣り・ロマンを求めて(テレビ東京系)
- ゴールデン洋画劇場(フジテレビ、1987年の春頃まで)
- 華麗にAh!so(テレビ朝日)
- どーする?!TVタックル(テレビ朝日、1990年の秋頃まで)
- TBS金曜8時枠の連続ドラマ - 1980年代前半 - 中盤(後に「金曜9時枠」に移行)
- TBS金曜9時枠の連続ドラマ - 1980年代後半(後に「水曜ロードショー」に移行)
- 水曜ロードショー(TBS、1993年9月の番組終了まで) - そのまま後継の「スペースJ」も提供
- ナイナイサイズ!(日本テレビ、2004年の夏頃まで)
- ASTROBOY 鉄腕アトム(フジテレビ、2004年度の(一部局では2005年度初頭の)番組終了まで)
- i-SPORTS Heart-Beat Weekend(BS-i、2003年9月の番組終了まで)
- 世界一受けたい授業(日本テレビ、2009年9月で降板、同業者のトヨタ自動車に提供枠を譲っている)
- 日曜洋画劇場(テレビ朝日、2009年9月で降板。その後「日曜エンターテインメント」枠で復活。)
- 小学生クラス対抗30人31脚(テレビ朝日、2005年元日を最後に撤退)
- 晴れたらイイねッ!Let'sコミミ隊(フジテレビ系、末期の筆頭スポンサー)
- NEWS23(TBS、2009年の枠縮小に伴い降板)
- 新春かくし芸大会(フジテレビ)(2007年以降は参加せず)
- クイズ$ミリオネア・新春スペシャル(フジテレビ)
- ゴリラ・警視庁捜査第8班(テレビ朝日)
- 知ってるつもり?!(日本テレビ)
- ニュースJAPAN(フジテレビ)
- Music Museum(フジテレビ)
- 日テレ系列土曜夜8時枠
- 全日本プロレス中継→土曜スペシャル→爆笑ヒット大進撃!!→ダントツ笑撃隊!!→土曜トップスペシャル→おもしろ人間ウォンテッド!!→8時が来ちゃった!!テレビ大図鑑→鶴瓶のテレビ大図鑑→歌うゴールデンタイム→ウォッチング日本列島→土曜スーパースペシャル→野望の国→土曜スーパースペシャル(2)→マジカル頭脳パワー!!→スーパースペシャル→世界一受けたい授業(2009年9月まで降板)
ラジオ(現在)[編集]
ラジオ(終了・撤退)[編集]
- 三菱ドライビングポップス
- MITSUBISHI MOTORS BEAT NAVIGATION MEET THE BLITZ
- MITSUBISHI MOTORS SPECIAL 赤坂泰彦・TALK 2 TALK(1997年12月に降板)
- MITSUBISHI MOTORS PRESENTS Heart-Beat Style
- 三菱ふそう全国縦断・榎さんのおはようさん〜!
- USA LOVE MIRAGE アメリカ音楽地図
- 松任谷由実 Sweet Discovery
- MOTHER MUSIC - 37FM -→MOTHER MUSIC RECORDS(途中降板)
関連項目[編集]
製品[編集]
人物[編集]
スポーツ関連[編集]
- 浦和レッドダイヤモンズ(Jリーグ)(オフィシャルパートナー)
- 三菱水島FC
- 三菱自動車岡崎硬式野球部
- 九州三菱自動車硬式野球部(九州三菱自動車販売が運営)
- 三菱自動車京都ダイヤフェニックス(旧・三菱自動車京都硬式野球部)
- 三菱自動車倉敷オーシャンズ(旧・三菱自動車水島硬式野球部)
- 三菱自動車京都レッドエボリューションズ(旧・三菱自動車京都ラグビー部)
- ダイヤモンドカップゴルフ(旧・三菱ダイヤモンドカップゴルフ)
- 大阪国際女子マラソン(2004年まで車両協力を担当。2005年以降はダイハツ工業が行っている。)
注記[編集]
- ^ 日産はスズキからも軽自動車を供給されている。
- ^ あくまで「日本国内向けの日本車」としてはじめてと言うことであり、いずれかの条件を満たさなければ前例は存在する。日本に於ける輸入車には前例(ヒュンダイによるものなど)が存在する。また、アメリカでは三菱自身も10年10万マイルの長期保証を行っていた。
- ^ 2010年8月5日から、三菱が現在発売する全ての軽乗用車(eKワゴン・eKスポーツ・トッポ・i・パジェロミニ・タウンボックス)及びミニキャブに、同年8月18日よりギャランフォルティス・ギャランフォルティス スポーツバックに、同年9月2日よりパジェロ・アウトランダーに、同年10月7日よりミニカバンに、同年10月8日よりランサーエボリューションXにも適応。デリカD:2など他社からOEM供給される車種は対象外となる。
- ^ 初代の製造が終了した2001年から、2代目のOEMが開始された2012年まで
- ^ 初代の製造が終了した2001年から、2代目のOEMが開始された2012年まで
- ^ 2代目の販売が終了した2003年から、3代目の販売が開始された2010年まで
- ^ 5代目派生のミラージュディンゴの販売が終了した2002年から、6代目の販売が開始された2012年まで
ソース [編集]
- ^ ミラージュディンゴの登場と同時に使用開始。
- ^ 山口暢彦 (2009年9月12日). “クライスラーとエンジン合弁解消 三菱自、PSA軸に海外戦略”
- ^ 赤坂 麻実 (2009年4月27日). “【決算】三菱自動車は営業益を確保,2009年度は国内販売16%増を見込む”
- ^ 三菱とプジョーシトロエン、ロシアで合併契約, (2008年5月19日)
- ^ 2006年度グッドデザイン賞ベスト15 - 日本産業デザイン振興会
- ^ “三菱自、プジョーに電気自動車供給 15年、両社で5.5万台”. 日本経済新聞. (2009年9月5日)
- ^ “クライスラー、三菱自とのエンジン合弁生産を打ち切り”. ロイター (デトロイト). (2009年9月11日)
- ^ “自動車欧州離れ拡大”. 毎日新聞: p. 9面. (2012年2月7日)
- ^ 新世代グローバルコンパクトセダンを7月よりタイで販売開始
外部リンク[編集]
- MITSUBISHI MOTORS JAPAN
- MITSUBISHI MOTORS
- グローバル・エンジン・マニュファクチュアリング・アライアンス(英語) - ワールドエンジン - 三菱・4B1型エンジン
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