良品計画
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| 種類 | 株式会社 | |||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 170-8424 東京都豊島区東池袋4-26-3 |
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| 電話番号 | 03-3989-4403 | |||
| 設立 | 1979年(昭和54年)5月18日 (株式会社魚力)(注1) |
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| 業種 | 小売業 | |||
| 事業内容 | 「無印良品」の企画・卸売・小売 | |||
| 代表者 | 松井忠三(代表取締役会長兼執行役員) 金井政明(代表取締役社長兼執行役員) |
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| 資本金 | 67億6,625万円 (2009年2月29日現在) |
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| 発行済株式総数 | 28,078,000株(2009年2月29日現在) | |||
| 売上高 | 連結1,628億円 単独1,442億円 (2009年2月期) |
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| 営業利益 | 連結172億円 単独163億円 (2009年2月期) |
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| 純利益 | 連結69億円 単独65億円 (2009年2月期) |
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| 純資産 | 連結715億円 単独814億円 (2009年2月期) |
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| 総資産 | 連結920億円 単独814億円 (2009年2月期) |
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| 従業員数 | 単独1,155人 連結2,471人 (ほかパートタイム3,166人、2009年2月28日現在) |
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| 決算期 | 毎年2月末日 | |||
| 主要株主 | 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 9.01% 日本マスタートラスト信託銀行 8.79% 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口4G) 6.99% (旧セゾングループではクレディセゾン (2.25%) とファミリマート (3.24%) が株主、2009年2月28日現在) |
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| 主要子会社 | 関連子会社の項目を参照 | |||
| 外部リンク | ryohin-keikaku.jp | |||
| 特記事項:注1:1992年9月1日に当時休眠状態の当社が(旧)株式会社良品計画(1989年6月30日設立)を吸収合併し現商号に変更(いわゆる株式額面変更目的の合併) | ||||
株式会社良品計画(りょうひんけいかく)は、「無印良品(むじるしりょうひん)」を展開する専門小売業者。
東京証券取引所第一部上場。本社は東京都豊島区東池袋4-26-3。
目次 |
[編集] 概要
無印良品はもともと西友のプライベートブランドとして始まった。発案はセゾングループを率いる堤清二とデザイナー田中一光との個人的な交流の中から。既存ブランドに対する"対抗(アンチ)"が基本コンセプトとして英語のノーブランドグッズの直訳して付けられた名称である。
「無印良品」の店舗を展開しているほか、最近になってファミリーマートと資本提携[1]をするなどして関係を再強化し、同チェーンでの取扱商品の数も増えている。また、西武百貨店や西友のショッピングセンター内に入っている店舗も多く、同じセゾングループだった店舗との関係は今なお深い。なお、旧セゾングループの中では、ファミリーマートの他、クレディセゾンが株主。海外では「MUJI」ブランドで展開し、これにあわせて日本でもブランド統一のために「MUJI」ロゴを前面に出していたが、近年、無印良品アドバイザリーボードの原研哉らによって、漢字の力強さのある「無印良品」に再び一本化された(MUJI Cardに名は残っているほか、国内でもMUJIブランドを用いた事業展開として、東京ミッドタウンと新宿、2008年9月オープンの銀座松坂屋およびCafe Meal MUJIがある)。後述するように、一時の行き過ぎた多角化路線は修正されたが、現在でもカフェやキャンプ場なども経営している。
[編集] 沿革
- 1980年(昭和55年)12月 - 西友ストアー、西武百貨店、ファミリーマートの一部で「無印良品」発売開始。
- 1982年(昭和57年) - 提携店への卸売開始。
- 1983年(昭和58年) - 青山に直営1号店出店、百貨店インショップ化開始。
- 1984年(昭和59年) - 西友でもインショップ化開始。
- 1989年(平成元年)6月 - 西友から独立、(旧)「株式会社良品計画」設立。
- 1990年(平成2年)3月 - 西友から営業権を譲り受ける。
- 1991年(平成3年)7月 - ロンドンに海外一号店出店。
- 1992年(平成4年)9月 - 休眠会社の株式会社魚力が(旧)株式会社良品計画を吸収合併し、(2代目)「株式会社良品計画」に商号変更(いわゆる株式額面変更目的の合併)。
- 1995年(平成7年)8月 - 店頭 (JASDAQ) 公開。
- 1996年(平成8年)3月 - 花卉販売店舗「花良」をスタート。
- 1998年(平成10年)12月 - 東京証券取引所第二部上場。
- 2000年(平成12年)8月 - 東京証券取引所第一部上場。
- 2003年(平成15年) - 織部賞を受賞。
- 2006年(平成18年)8月 - 家具製造販売のイデー (IDÉE) の事業を譲り受け、子会社「株式会社ニューイデー」(翌9月に株式会社イデーに改称)を設立。
- 2007年(平成19年)11月 - ニューヨークのソーホー地区にアメリカ第一号店を出店。
[編集] 歴史
「ノーブランド、高い品質」を端的に表現する「無印良品」は、「わけあって、安い。」と宣言して、西友のプライベートブランド (PB) として始まった。当時「脱・大衆消費」を志向し、文化戦略を先導していたセゾングループの堤清二も起案に関わった。スーパー系PB商品そのものは1960年代から登場していたが、とりわけ無印良品が大きく躍進したのは、ブランドを魅力的に演出し発展させることに長けた、セゾン系の風土によるところが大きい。 その結果、日本のスーパー系プライベートブランドとしては知名度が高いと言えるまでになった。
1980年、スタート時は食品中心にアイテム数40。あくまで西友に並ぶ商品であることから、コスト削減・ムダの排除による低価格化など、価格競争力をアピールするものだった。しかし、ユニークなコンセプトや、異なった発想から生まれた商品群、商品の一つ一つにメッセージ性を託したのは、既存のナショナルブランドには見られなかった試みであり、非常に好対照をなした。
1983年に青山に出した路面店は話題となり客が殺到した。青山店は広告塔の位置づけであったが、オンリーショップの実験モデルとなり、以後店舗拡大。こうして、「西友の商品」から早めに決別して、ブランド特化へと舵を切ったことが奏功した。また、当時の西武/セゾンの上質なイメージともうまく融合した。年々ヒット商品を生み出しアイテムは次第に増えていった。
平成不況と呼ばれた1990年代は、まさに無印の時代であった。ファッションでは「モノトーン・無機質・ミニマリズム」に代表されるモードが世界的潮流となり、インテリアではシンプルを基調とする北欧モダンがトレンドとなった。「癒しブーム」を反映して、穏やかな色使いを基調とする無印はいっそうトレンドに乗った。熱狂的な無印ファン(ムジラー)が出現した。
しかし、東証一部上場を機に、ナショナル・チェーンを目指したことが誤算となった。すでに多店舗展開で希少性が薄れてつつあったところに、フルラインナップ投入を急いだ結果、店頭には凡庸な商品があふれた。自動車 (MujiCar1000) ・ネット事業・クレジットカード事業・分譲住宅・カフェ事業といった多角化は、ものづくりに徹した往年のイメージを失わせた。こうしたことが(生活必需品ではなく)ファッション・イメージで捉えられていた無印良品にとってはブランド価値を落とす結果となり、顧客の大量離反を招いた。そして100円ショップやユニクロ、しまむらなどの価格破壊勢力と競合し、対抗値下げを断行。こうした迷走により、創業以来の右上がり成長は止まり株価は暴落。現在では、原点に立ち戻った丁寧な商品企画(無印スタンダード)や、増えすぎたアイテム数の削減、アパレル商品のデザイン強化に努め、売上は回復基調である。絶頂期のカリスマ的イメージは失われたが、有名専門店の一つに挙げられ、幅広い客層に支持されている。
[編集] 無印良品 (MUJI)
- 独自企画・定価販売のため雑貨類であっても利益率は良い。
- 可能であれば値下げを行い、相応の根拠はタグに記されるルールがあった(「わけあって安い」)。しかし低迷時に安売り(根拠なき値下げ)に走った反省から、商品を再度見直している。
- 布地を漂白・染色しない「生成り」のブームをつくった。
- 無印良品西友東松山店など、西友の営業時間に合わせて24時間営業を行う店舗もある。(24時間営業第1号店の西友成増店は2009年3月に閉店)
- 定番商品であるポリプロピレン製の収納ケースを無印から受託製造しているリス株式会社は、類似商品を販売する株式会社伸和を不正競争行為として告訴。しかし「独創性は認められない」と無印側の敗訴。「ありふれたデザイン」の創作性をどう解釈するのか一石を投じた。
- 2005年7月に中国での1号店を上海にオープンした。しかし、香港の企業(盛能投資有限公司)が、被服履物について「無印良品」「MUJI」の商標を1994年に先行登録していたため、中国本土での衣料品の販売ができなかった。2005年12月に商標登録の無効の訴えが認められた。
- 製品デザインには様々な著名デザイナーが関わっている。プロダクトデザインでは深澤直人[2]、エンツォ・マーリ[3]、サム・ヘクト、アズミズ、ジャスパー・モリソン[4]、ファッションデザインでは山本耀司[5]、無印の家プロジェクトでは建築家の北山恒や難波和彦、空間デザイナーの吉岡徳仁などである[6]。
- 全体のアートディレクションは故田中一光に代わり、アドバイザリーボードによって行われている。広告のアートディレクションはグラフィックデザイナーの原研哉が務めている[7]。
- 家具の世界的な見本市ミラノサローネにも出展している。
- 2006年からデザインコンペティションMUJI AWARDを主催している。
[編集] MUJIGRAM
MUJIGRAM(ムジグラム)は、無印良品の社員・アルバイト用の業務マニュアルのことである[8]。このMUJIGRAMは全13冊、併せて1683ページにも及ぶ膨大なマニュアルであり、レジ業務から経理、労務、配車などあらゆる業務を網羅している。
これは、売上が著しく下落した2000年度に松井忠三社長自らの手で作成された。「新人でもわかる記述」を重視し、図や写真をふんだんに使い、書類の書き方も非常に詳細かつ簡潔に書かれており、新入社員のバイブルと化している。
MUJIGRAM全13巻の内訳
- 売り場に立つ前に
- レジ業務
- 承り
- 配送
- 売り場作り
- 商品管理
- 経理
- 労務管理
- 危機管理
- 出店準備
- 店舗マネジメント
- 店舗システム
- ファイリング
[編集] 店舗数
2008年5月現在で、下記の数の店舗を展開している。
[編集] 国内店舗
- 国内直営店192店舗
- ライセンスト・ストア69店舗
- 西友インショップ店78店舗
[編集] 外国店舗
欧州
アジア
北米
- アメリカ合衆国(ニューヨーク)4店舗(他にニューヨーク近代美術館内の2店舗)
[編集] その他
このほか、ファクトリー・アウトレット(御殿場 [9]、大阪、福岡、埼玉県入間)や、カフェの「Café MUJI」および食事も出来る「Meal MUJI」、3か所の「無印良品キャンプ場」(群馬県嬬恋村・新潟県津南町・岐阜県高山市)等がある。 また、国内で一番大きい店舗は有楽町店である。
[編集] アドバイザリーボード
[編集] 関連子会社
- ムジ・ネット株式会社 (79.3%)
- 株式会社花良品 (100%)
- 株式会社イデー (80%)
[編集] 関連項目
- セゾングループ
- 西友
- プライベートブランド
- ナショナルブランド
- ニューヨーク近代美術館 (MoMA) - 館内の売店で無印良品の製品を展開
- 田中一光
- ジャスパー・モリソン
- 優の良品/AJI ICHIBAN
- MujiCar1000 - 日産自動車と共同開発
- MUJI BGM1980-2000 - 無印が最初に販売した音楽CDで、1980年から20周年の2000年まで店内で掛けられていたオリジナルBGMを収めたオムニバスアルバム
[編集] 脚注・出典
- ^ 株式会社ファミリーマート株式取得に関するお知らせ 良品計画 ニュースリリース 2006年3月23日
- ^ デザイン家電、春の陣。|深澤直人:無印良品 壁掛式CDプレイヤー:Exciteエキサイトイズム - 2008年5月11日閲覧
- ^ 無印良品[無印良品からのメッセージ] - 2008年5月11日閲覧
- ^ DESIGN NEWS 261 - 無印良品の新展開 海外デザイナーと手掛ける「MUJI」の商品開発 - 2008年5月11日閲覧
- ^ ファッション販売3月号、『勝ち組バブル出店の清算』 - 2008年5月11日閲覧
- ^ GALLERY・MA 無印良品の未来 - 2008年5月11日閲覧
- ^ 無印良品2002 - 2008年5月11日閲覧
- ^ プレジデント2009.5.18号より
- ^ 御殿場アウトレットは2008年7月閉店
[編集] 外部リンク
- MUJI.net
- 株式会社良品計画(企業情報)
- MUJI U.S.A. LIMITED - 米国ニューヨーク直営店情報、北米オンラインストア
- MUJI at MoMA - ニューヨーク近代美術館によるセレクション
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