エンドーチェーン

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株式会社エンドーチェーンは、宮城県仙台市を本拠地とする株式会社で、商業ビル「EBeanS」を仙台駅前で管理運営し、また、その他の不動産賃貸業を営んでいる。

かつて、スーパーマーケットチェーン「エンドーチェーン」を東北地方を中心に展開し、当時の消費文化や芸能をリードした。

目次

[編集] 歴史

遠藤養吉(えんどうようきち)が、戦後直ぐ、黒川郡吉岡町(現・大和町吉岡)に遠藤養吉商店を開店。昭和37年(1962年)に、東北地方初となるスーパーマーケット「エンドーチェーン」を仙台市宮町にオープンする(この際、多額の宣伝費をかけ、仙台駅前と店舗との間に、今でいうシャトルバスも運行された)。その後店舗を徐々に拡大していき、宮城県ほぼ全域に店舗を構えるまでとなった。

また、昭和39年(1964年3月20日には仙台駅前に駅前立地型の大型店舗を開店。フロア10階で吹き抜けのある(1972年の新館オープン後)、大きな建物であった。この店舗は仙台市民、宮城県民に受け入れられ、「エンドーチェーン」の代名詞となって行った。昭和55年(1980年)には日経流通新聞調べの『日本の小売業200社ランキング』でエンドーチェーンが41位にランクされ注目を集めた。また、創業者は「宮尾すすむのああ日本の社長」(『モーニングショー』内の名物コーナー)で取り上げられた。

しかし、エンドーチェーン全体としては、中心部ではダイエージャスコといった他県資本の大手チェーン(ともに1975年に仙台店開業。後にジャスコは仙台フォーラスに業態変更)、郊外では藤崎スーパーマーケットトーコーチェーン岡崎スーパーマーケットなどの地元資本のチェーンとの競争が激化。徐々に体力を消耗していく。さらにヨークベニマルが駐車場を備えた店舗を展開していくと、駅前立地で駐車場がなかったりしたエンドーチェーンの店舗は対抗しきれず、客足が減少する。

一時は東京都岩手県福島県などにあった宮城県外の店舗も軒並み閉鎖した。宮城県内でも駅前に立地する店舗を中心に半数近い店舗が閉鎖された。

1991年3月、経営の打開策として、エンドーチェーンは西友と業務提携。店舗網を拡大したい西友と思惑が一致した結果だった。

1997年には、西友の資本参加を得てスーパー部門を「エンドーチェーン」(後の東北西友)として分離し、本体は仙台駅前店のビルを管理する不動産部門となり「エステートエンドー」と社名変更した。2000年以降、エンドーチェーンは店名を徐々に「SEIYU」に変え、宮城県民に親しまれたエンドーチェーンのロゴマークは次々に消えていった。

基幹店だった仙台駅前店も西友百貨店事業部(現在のLIVIN)に業務委託され、「SEIYO(セイヨー)」に名称を変更。8階以上は閉鎖、ファッション部門以外は、ゲームセンター、地下一階の食料品売場を残すのみで、規模を縮小した店舗となった(この名称変更の際、仙台駅前店の一室に保存されていたエンドーチェーンとしてのイベント・宣伝等の貴重な資料は、その大部分が散逸してしまった)。

結局、「SEIYO」は1997年7月31日、西友が手を引き、営業終了。旧SEIYOはエステートエンドーが運営するテナントビル「EBeanS(イービーンズ)」となった。

2003年6月、「エステートエンドー」は「エンドーチェーン」に社名を戻した(東北西友はそのまま。小型スーパーも「SEIYU」のままだったが、現在は西友本体に吸収され、元から西友本体運営であった仙台長町店仙台泉店と区別するため、吸収される以前から「THE FOOD FACTORY」のロゴが併記されている)。EBeanSの屋上看板もお色直しされ、「EBeanS」の下に「エンドーチェーン」というロゴが設置され、話題を呼んだ。9年ぶりの「エンドーチェーン」の復活ともいえる。

以前から初売りの来客整理などで何度か開放されていたが、2006年4月29日には「一日限りの屋上開放」と題し、EBeanSとなってから初めて正式に屋上を開放、フリーマーケットが開催され賑わった。また、2008年8月16・17日および23・24日の4日間、“エンドー創業80周年記念”として「屋上復活祭」を開催。長年放送していた『エンドーミュージックショーウィンドー』の復刻版を含むTBCラジオの公開生放送(ゲスト:THE ポッシボーザブングルほか)、縁日、キャラクターショーなどが行われた。このイベントをきっかけとして、夏期の間、屋上は連日開放されることとなり[1]、その後も不定期にイベント等が開催される際などには、開放されるようになった。また、この屋上開放の再開と前後して、EBeanSとしてもかつての「エンドーチェーン」の頃を思わせるような催事・イベント等を活発に行なうようになっている。

なお2008年1月、「エンドーチェーン」は不動産賃貸業としての業績復調を背景に、西友に売却していた自社株約172万株(16%)を買い戻し、西友との関係を解消している。

[編集] ロゴマーク ”レインボーマーク”

エンドーチェーンのロゴマーク(社章)は、「レインボーマーク」という。長年親しまれてきたが、全店舗が東北西友になった後は見かけることはほとんどなくなった。しかし、2006年1月1日河北新報朝刊のイービーンズの初売り広告には、エンドーチェーンのロゴマークが掲載され、その後もイービーンズの広告、テレビCMなどにエンドーのロゴマークが登場している(テレビCMにおいては“エンドーチェーン・イービーンズ”とアナウンスされることもある)。また、イービーンズの屋上の看板(ネオンサイン)、および1階・2階の各出入り口の上部などに設置された看板にも、それぞれエンドーのロゴマークが復活している。

[編集] エンドーチェーン EBeanS

イービーンズ
EBeanS
「エンドーチェーン」の商標が付加されたEBeanS。(画像は2011年11月のリニュアールオープン時)
「エンドーチェーン」の商標が付加されたEBeanS。(画像は2011年11月のリニュアールオープン時)
店舗概要
正式名称 仙台駅前エンドーチェーン E BeanS
所在地 980-0021
宮城県仙台市青葉区中央4丁目1-1
北緯38度15分30.9秒東経140度52分47.1秒北緯{{{緯度度}}}度{{{緯度分}}}分{{{緯度秒}}}秒
東経{{{経度度}}}度{{{経度分}}}分{{{経度秒}}}秒
座標: 北緯{{{緯度度}}}度{{{緯度分}}}分{{{緯度秒}}}秒 東経{{{経度度}}}度{{{経度分}}}分{{{経度秒}}}秒
開業日 1964年(昭和39年)3月20
施設所有者 株式会社エンドーチェーン
施設管理者 株式会社エンドーチェーン
中核店舗 ジュンク堂書店
店舗数 約70店舗
営業時間 10:00 - 20:00
駐車台数 2397台(契約駐車場)
前身 エンドーチェーン仙台駅前店
→ SEIYO
外部リンク http://www.ebeans.co.jp/
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東日本大震災発生以前の店舗

エンドーチェーン仙台駅前店、その後のSEIYO[2]総合スーパーだった業態を転換して食料品売場を廃し、家電量販店の「さくらや仙台西口駅前店」(東北地方初出店)が低層部にキーテナントとして入って営業開始した。EBeanSになるにあたり、看板の改装や、駅前に面している吹き抜けを、白色から赤と青に塗り替えている。

さくらやは、すでに競合店の、ヨドバシカメラが巨艦店を仙台駅東口へ出店した後の参入であり、店舗面積も前記店舗の約半分 (4000m2) と狭く、翌年にラオックス仙台店が出店すると大打撃を被り[3]、売り上げ不振で約2年後に撤退となった[4]

改装後は若い女性をターゲットに、地下1階~地上3階に渋谷109ファッションテナントが入った。4階以上は、100円ショップザ・ダイソー」や、ドラッグストアの「ダルマ薬局」、中古レコード店「パラダイスレコード」、「島村楽器」、書店「ジュンク堂書店」、アニメショップ喜久屋書店漫画館」なども入店した。

ギャル系ファッションを集積させたことで集客力が増し、同様にギャル系に舵を切った仙台十字屋(現在はLABI仙台)と共に、仙台駅前の一角を東北地方のギャルが集中する地区に変えた。また、隣接する仙台朝市を見習い、アニメ系・萌え系や音楽系などの趣味性の高い店舗を集積し、売り上げを回復している。

しかし、2011年東日本大震災で被災し、営業不可能な状況となったことから、エンドーチェーンが旧館と称する仙台駅側の4Fより上の階を解体し、同社が新館と称する裏側の建物全体を含む残す部分についても耐震補強やリモデルを行った(屋上と化した旧館の旧4Fは公開空中庭園となった)。そして2011年11月18日に営業再開したが多くのテナントが撤退し、一階・二階フロアは完全再開に至っていない。

[編集] エンドーチェーン仙台駅前店

現在の「EBeanS」は、かつて「エンドーチェーン仙台駅前店」として、仙台の消費文化の中心の役割を担っていた。

[編集] サテライトスタジオ

1階にはサテライトスタジオもあった(現在はなし)。当初は、仙台駅前の大通りに面した場所に、ガラス張りで店舗の外からも見えるスタジオがあり、1972年の新館オープン後は1階中心部に移動した。開店直後の1964年3月23日からは、TBCラジオの「エンドーミュージックショーウィンドー」という番組の生放送が行われた(1991年8月10日まで)。この番組には石原裕次郎が映画『黒部の太陽』のプロモーションのために出演するなど、若手からベテランまで数多くの歌手・俳優・スポーツ選手らが連日出演し、全盛期には2階の吹き抜け(こちらは現存)からの見物客もたくさんいた。

[編集] フロア

駅前立地型の大型総合スーパー(GMS)である。ボウリング場、おもちゃ売り場、レストランなどがあった。デビュー当時、1974年荒井由実はサテライトスタジオや屋上広場でなくフロアで拡声器を持ってプロモーション活動をしたという伝説がある。[5]

[編集] 屋上広場

松田聖子南野陽子SMAPなどが来仙し、ミニコンサートを開いていたりしていた。また、東映東映動画とのタイアップによるキャラクターショーも80年代初め頃までは毎週末に行われていた。冬にはミニスケートリンク、夏場は「ジャブジャブ広場」と名付けられた足をつけるだけのプールなどを開いていた。勝つと4本セットのクルクル鉛筆、負けても4本セットの内の1本がもらえたジャンケン大会なども懐かしまれる。エンドーからSEIYOに名称を変更した後は、基本的には開放しない状態が続いていたが、2008年の夏以降、期間を区切って限定的に開放し、再びイベントなどを開催するようになり、2011年11月18日の営業再開からは基本的に屋上が開放されるようになった、また屋上へ向かう階段の所に、かつてのエンドーチェーン時代に関する写真が飾られている。

[編集] 駐車場

店舗北隣に駐車場がある。現在は、土地所持者の日本通運に売却されている。

[編集] 周辺

店舗の北側の細道(仙台市道1247号「中央三丁目1号線」)は、仙台駅から仙台朝市に繋がる道であるため、行商テントや板で簡便な露店を並べていた。

東北新幹線開業(1982年)に合わせて1977年仙台駅の新駅舎が完成し、1978年にはS-PALも開業したが、緑屋丸光隣の新東北ビルにあった)やエンドーに対抗してS-PALにもサテライトスタジオがつくられた。

[編集] かつてのエンドーチェーンの物販以外の活動

[編集] メディア連動

全盛の頃にはエンドーチェーン独占提供のテレビ番組が複数放映されていた。 子供向けに日曜の朝に放映された「ドッチラチン」(ミヤギテレビ)などは、ローカルタレントヨースケくんや工作の「Q六先生」などを輩出し、毎週のように各地の小学校でドッジボール大会や相撲大会を開催して放送していた。番組内では当日、エンドーチェーンの各店舗で行われるイベントの告知も行われた。他、「世界名作劇場」枠のアニメの宮城県内での初回の再放送(仙台放送が放映)など、1980年前後には日曜日午前中の各局の物語アニメの再放送のスポンサーになっていた[6]

祝日の午前を中心に放送されていた「宮尾すすむの探検ショッピング」(東日本放送)では、エンドーチェーン内を宮尾すすむが汗だくになって走り回り、目に止まった商品を無理やり値引きする演出が斬新であった。 1973年にはヒーロー番組「レインボー・アタックエース」(東北放送)が作られた、現在ではローカルヒーローの元祖として知られている。 また、仙台駅前店に置かれたサテライトスタジオからは、TBCラジオが毎日12時15分~13時に公開生放送番組「エンドーミュージックショーウインドー」を放送した(休業日は局のスタジオから放送。岩手県でもIBC岩手放送が同じ番組名で製作していた)。同局での単独提供番組には「ジャンボリクエストAMO(AMO東北ヒットパレード)」もあり、各地のラジオ局が休止する日曜深夜の放送ということもあってか、全国各地からリクエスト葉書が寄せられる人気番組となっていた。

1980年代前半のテレビCMには、モデル事務所であるオスカープロモーションに所属する3人の女性によって結成されたパンジーキャンペーンガールとして出演していた。

エンドーが仕掛けたという訳ではないが、2007年5月24日に発売された本『ジミ都市仙台の本』には当時のエンドーが伝説として紹介され、現社長の遠藤養一が感激したという逸話がある。

[編集] CMソング

ピンキーとキラーズ、ジミー・オズモンド、森田公一とトップギャランチェリッシュなどといった有名アーティストを次々に起用し、オリジナルのCMソングを制作してオンエア。「エンドーミュージックショーウインドー」や「ジャンボリクエストAMO(AMO東北ヒットパレード)」などの提供番組でも流れていた。

[編集] 子供用オリジナル玩具

かつて販売されていたエンドーチェーン「レインボー村 森の仲間たち」のキャラクター商品マグカップ
ローズボンボン、アンジュボンボン、森の仲間たちはエンドーチェーンのイメージキャラクターとしてCMや広告にも登場。2009年には新たなキャラクターとして“ごんべえ&お花”が登場した。

[編集] 催事

ツタンカーメン展』、『大恐竜展』、『大マンモス展』、『ザ・シーラカンス展』、『栄光のインカ帝国展』、『大エジプト展』、『プロ野球展』、『山下清展』、ほか多数。

これらの催事では、触るのが可能な特定の展示物に触ると「○○タッチ証明書」(恐竜の化石では「サウロタッチ証明書」)なるものがもらえた。触れるものは化石の他、金の延べ棒などがあった。

1970年(昭和45年)7月25日には、仙台都市圏北部にある遊園地富谷グリーンパーク[7]”を会場として『第1回エンドー夏まつり』が開催された(主催は東北放送)。当時の人気ドラマ「柔道一直線」の桜木健一吉沢京子、同じく「サインはV」の岡田可愛范文雀中山麻里、それにフォーリーブス金井克子竹脇無我といった、当時の人気タレントを招いての大規模なイベントだった。

また1980年前後には東映東映動画とのタイアップによる、当時の人気声優らを招いてのイベントも多く行われた。仙台東映(現在は閉館)を会場に、東映動画が製作した長編アニメーション映画の連続上映会(入場無料)も開催した。

[編集] 西部警察ロケ

石原プロ制作テレビ朝日系で放映されたテレビドラマ『西部警察 PART-III』の宮城ロケ(第32話「杜の都・激震!!-宮城・前編-」1983年12月18日放映と、第33話「仙台爆破計画-宮城・後編-」1983年12月25日放映)で仙台市内各地でロケが行われ、その中で「エンドーチェーン」も登場した。

劇中、大門を演ずる渡哲也のセリフに「『エンドーチェーン店』です」(この時、通常のような「チェーン」の「ン」のみ下がる発音とは異なり、「エン」と「チェーン」の部分にアクセントの力点がおかれていた)というものもあり、当時の仙台駅前店でロケが行われ、サテライトスタジオ、ロゴマーク、店舗内などが映し出されていた。

後編のクライマックスシーンでは、当時の仙台駅前店の駐車場(店舗に隣接したものとは別)に立てたステージと給水塔が使われた。同敷地は現在住友生命仙台中央ビル(SS30)に生まれ変わっている。この話は近年でも、全国のテレビ朝日系列局やCS放送ファミリー劇場で再放送され、当時の様子を伺い知る事が出来る。


[編集] 店舗

[編集] 西友本体運営へ移行の上で現在も営業中の店舗

[編集] 宮城県

  • 富谷店(黒川郡富谷町
  • 吉岡店(黒川郡大和町
  • 汐見台店(宮城郡七ヶ浜町
  • 多賀城桜木店(多賀城市
  • 燕沢店(仙台市宮城野区)
  • 台原店(仙台市青葉区) - 1989~1990年頃に「ディスカウントZONE」に業態転換した後、エンドーチェーンの店舗縮小時に一旦閉店。後に再オープンした(その間は家具の山口→幸福堂が入居)。なお、3階のボウリング場は一旦閉店する前は直営の「台原レインボーボウル」だったが、後に「サンボウル台原」を経て現在は「C-BIC仙台」。東日本大震災で上階テナントの天井崩落や建物外壁に亀裂が入るなど被災のため、閉店中。
  • 木町店(仙台市青葉区)
  • 上杉店(仙台市青葉区)
  • 八幡町店(仙台市青葉区八幡四丁目1-3、国道48号線沿い「ヴィルヌーヴ八幡町」1階)
  • 旅篭町店(仙台市青葉区小田原六丁目) - 旧店名。現在は西友小田原店として営業中。
  • 太白店(仙台市太白区) - 旧店舗の隣りに現在の西友太白店が営業中。旧店舗は立ち入り禁止になっているが地下駐車場は今でも利用可能。

[編集] 福島県

  • 保原店(福島県伊達市) - 但し一旦閉店し、建物は取り壊された。

[編集] 過去に存在したエンドーの店舗

かつて存在した店舗。現在は他店舗や別会社になっているもの、更地になっているものも含む。

[編集] 宮城県

  • 荒巻店(仙台市青葉区) - 荒巻セントラルプラザの2階。1階がヨークベニマルのため衣料品、雑貨のみの扱いだった。郊外ロードサイド店舗の1つで、台原店と同様、駐車場に入るための順番待ちで周辺道路は渋滞した。
  • 柏木店(仙台市青葉区)
  • 北仙台店(仙台市青葉区) - 現在の東北西友・北仙台店は東北西友誕生前のオープン。以前はトーコーチェーン北仙台店だった(トーコーチェーン閉店後、ポロロッカ食品館等が入居している。数回テナントが変わっており、詳細は不明)。
  • 晃福ハイツ店(仙台市青葉区八幡四丁目10-1)- 八幡店(現西友八幡店)とは至近の位置に存在したため、”裏エンドー”の愛称で親しまれた。
  • 宮町店×(仙台市青葉区宮町四丁目6-21) - 現在ファミリーマートが出店しているが、ここが仙台市出店第一号店。東京の旧丸ビルを意識したフォルムをもつ、斬新な設計の大型店舗であった。
  • 将監店(仙台市泉区) - 現在は宗教団体の施設。
  • 南光台店(仙台市泉区) - 現在は取り壊されマンションになった。
  • 長命ヶ丘店×(仙台市泉区)- 現在は取り壊されセブン-イレブンが出店。
  • 南長命ヶ丘店(仙台市泉区) - 閉店後はミートパビリオンジャイアント→更地を経てかっぱ寿司が出店。→東日本大震災で建物が多大の影響を受け閉店→更地
  • 西多賀店×(仙台市太白区) - 閉店後更地を経て、現在はニトリ大衆食堂半田屋びっくりドンキーがある。
  • 仙台駅東口店(仙台市宮城野区) - テナントとして入居していたマンションの解体に伴い閉店。ヨドバシカメラが土地を取得している、
  • 弓ノ町店×(仙台市宮城野区)- 閉店・解体後、現在はダイアパレスのマンション。
  • 椌木店×(ごうらぎ、仙台市若林区) - 閉店・解体後、現在はセコムホームライフのマンション。
  • 中倉店(仙台市若林区)
  • 南小泉店×(仙台市若林区)- 閉店後ライオンズマンションのモデルルームを経て、現在はローソンが出店。
  • 南材木町店×(仙台市若林区) - 現在は駐車場
  • 石巻店×(石巻市) - 1992年10月閉店。この年の1月には同じ立町に計画していた2店目の計画を撤回していた。(石巻市中心部では7月にダイエージャスコといった大型店の出店計画も相次ぎ白紙撤回されている)。建物は解体され、跡地は駐車場になった。
  • 岩沼店(岩沼市
  • 角田店(角田市)- 西友と提携後、9000㎡級の店舗(ヨークベニマル、藤越も同じ時期に同規模の店舗を計画)を出店する予定があったが、これも立ち消えになった。
  • 小牛田店(こごた、遠田郡美里町)- 小牛田駅前にあった小牛田警察署跡地に出店。当初はトーコーチェーンが出店を予定していたが、1978年の宮城県沖地震で既存の長町店などが被害を受け、結局断念した。エンドーの計画では当初1階を駐車場にした4階建ての店舗を予定していたが、地盤が軟弱で杭を何本も打つ必要があったため、駐車場なしの3階建ての店舗に変更された。
  • 佐沼店(登米市) - 現在はパーラーJ - 遊 佐沼店。
  • 東佐沼店×(登米市) - 閉店後、店舗前の駐車場にはローソンが出店。店舗には一時期家具店や携帯電話ショップが入居したものの、短期間で閉店。空き店舗の状態が続いた後に解体された。
  • 塩釜店×(よこたやエンドー、塩竈市
  • 白石店(白石市) - 白石駅前にて営業していた。建物は1Fが駐車場で店舗は2Fから上という当時としては珍しいつくりだった。
  • 豊里店(登米市)
  • 中新田店(なかにいだ、加美郡加美町
宮城交通中新田営業所(かつての仙台鉄道加美中新田駅)跡地に開設された。東北西友誕生後も営業を続けていたが、2006年5月31日閉店。同店の閉店により、宮城県北からエンドー→東北西友の店舗はすべて姿を消した。
  • 古川駅前店(大崎市) - 現在、跡地に複合施設・リオーネ古川が立地。
  • 古川中央店×(大崎市) - 建物は解体され、跡地は大崎市役所の駐車場になった。
  • 古川三日町店(大崎市)
  • 古川バイパス店(大崎市) - 電激倉庫古川バイパス店の空きスペースにて営業していた。閉店後ははカラオケインターネットカフェを運営する「花子ランド古川店」が営業していたが撤退。先に閉店した電激倉庫とともに空き店舗の状態が続いたが、ヤマザワが入居することが決まった。
  • 吉岡店(黒川郡大和町)- ここがエンドーチェーン発祥の店舗だった。
現在の東北西友吉岡店はファルが撤退した空店舗に移転。

※存在が確認されていない店

[編集] 岩手県

  • 盛岡駅前通店(盛岡市) - 岩手県第1号店。はちや盛岡駅前ビルにて営業していた。現在はデイリーヤマザキアニメイト白木屋リーブ21等が入居する。
  • 盛岡中央店(盛岡市) - 1991年6月の閉店後、建物は商業ビル「with」として再オープンしたが、テナントが次々と撤退し、ビル管理会社の光商事(8F)と同社経営の古着屋のHANJIRO(2F)のみの状態が続いたが、建物の老朽化により2011年8月31日に閉鎖された。[8]
  • 盛岡青山店(盛岡市) - 現在はパチンコ店「パーラーQuest」。
  • 盛岡館坂店(盛岡市) - 閉店後建物は解体され、ローソン出店を経て、現在は花屋に。
  • 盛岡神明町店(盛岡市)
  • 盛岡仙北町店(盛岡市) - 建物は解体済。
  • 盛岡松園店(盛岡市) - 現在はパチンコ店「松園ニュー公楽」。
  • 北上店(北上市) - 建物は解体済。
  • 花巻店(花巻市) - 1992年11月閉店。閉店後は地元スーパーが営業していたが倒産。建物は解体され、現在はマンションに。

[編集] 福島県

  • 福島駅前店×(福島市) - 街なか広場
1991年に閉店し数年空きビルだったが、後年には建物の破片が落下するという事故も起きた。
1999年に福島市が福島都心中央土地区画整理事業用地として取得、その敷地を更地にし業者は本より市民にも貸し出すことのできる「街なか広場」として解放(その後は周辺にあったビルも取り壊し、スペースを広める)、ここでは様々なイベントが開かれ親しまれている。

[編集] 東京都

[編集] 脚注

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  1. ^ 仙台駅前の商業ビル、17年ぶりに屋上開放-運営会社80周年で(仙台経済新聞)
  2. ^ ちなみにSEIYOの当初の仮称は「仙台西武」だった。
  3. ^ そのラオックスも2003年には売場縮小し、結局は閉店した。
  4. ^ さくらやは2010年2月で残った全店舗を閉店し、同年6月に会社解散した。
  5. ^ Chronicle:Biography 1970
  6. ^ テレビ岩手でも1990年3月まで日曜朝にエンドーチェーン一社提供番組があったが、同年4月の『THE・サンデー』のネット開始に伴い撤退している。また、1980年代後半には東北放送において日曜朝に行われていたウルトラシリーズの再放送のスポンサーを務めていた
  7. ^ 宮城県黒川郡富谷町三ノ関字狼沢73-1(地図)。1965年(昭和40年)開園。
  8. ^ 「ウィズ盛岡41年間の大感謝祭」の企画・運営を行いました!- のびあ『女子100人委員会』

[編集] 参考文献

  • 仙台学 Vol.6 - [特集]駅前物語(2008年、別冊東北学編集室)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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