関西学院大学
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| 関西学院大学 | |
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西宮上ヶ原キャンパス
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| 大学設置 | 1932年 |
| 創立 | 1889年 |
| 学校種別 | 私立 |
| 設置者 | 学校法人関西学院 |
| 本部所在地 | 兵庫県西宮市 |
| キャンパス | 西宮上ケ原(兵庫県西宮市) 西宮聖和(兵庫県西宮市) 神戸三田(兵庫県三田市) 大阪梅田(大阪府大阪市)) 東京丸の内(東京都千代田区) |
| 学部 | 神学部 文学部 社会学部 法学部 経済学部 商学部 人間福祉学部 教育学部 理工学部 総合政策学部 |
| 研究科 | 神学研究科 文学研究科 社会学研究科 法学研究科 経済学研究科 商学研究科 人間福祉研究科 教育学研究科 理工学研究科 総合政策研究科 言語コミュニケーション文化研究科 司法研究科(法科大学院) 経営戦略研究科 |
| ウェブサイト | 関西学院大学公式サイト |
関西学院大学(かんせいがくいんだいがく、英語: Kwansei Gakuin[1] University)は、兵庫県西宮市に本部を置く日本の私立大学である。1932年に設置された。大学の略称は関学(商標登録番号3033847)、関学大(商標登録番号5197255)、K. G. (商標登録番号3108177)。
目次 |
[編集] 概観
[編集] 大学全体
国登録有形文化財の時計台(旧図書館)など、「スパニッシュ・ミッションスタイル」で統一された建築群を有する日本屈指の美しいキャンパス(西宮上ヶ原キャンパス)で知られている。日本基督教団の係属で、キリスト教主義学校(大学)としての歴史は古く、日本で2番目に設立された。キリスト教(プロテスタント)に基づいた教育を行っている。 また、関西学院大学は、西日本の有名私立大学である「関関同立」(関西学院、関西、同志社、立命館)の一つである。 関東に対する関西として、西日本の指導者ともなる意味でWest Japan、すなわち「関西」が冠され、そして、当時多くのミッションスクールが「英和学校」(Anglo-Japanese school) と呼ばれていた伝統を破って、College、すなわち「学院」と名付けられた。また、当時のいわゆる「新進学徒」は呉音ばかり読む傾向であったので「クヮンセイ、クワンセイ(現代仮名遣いならばカンセイ)」と「関西」を漢音で呼ぶこととし、現在もその発音を踏襲している(純粋に呉音のみならばクヱンサイ、現代仮名遣いならばケンサイ)[1]。
[編集] スクール・モットー
1912年に第4代院長であったC・J・L・ベーツによって提唱された「Mastery for Service(奉仕のための練達)」が大学を含めた学院全体のスクール・モットー(校訓)となっている。
[編集] 教育および研究
研究成果としては、学協会誌等への発表件数692件(口頭発表302件、誌上発表390件)、2002年現在特許出願9件。日本でも数少ない神学部を開設する大学の一つ。
2004年度より、日本の大学では初となる「ジョイントディグリー(共同学位)制度」を導入した。これは、4年の間に2つの学部を履修し、学位を得て卒業することができる、と言うものである。2007年3月には本制度の第1期生・4名が、1つ目の学部を3年で早期卒業し、最後の1年を2つ目の学部へ編入学することになった。
[編集] 沿革
学校法人関西学院自体の詳細に関しては学校法人関西学院を参照。
[編集] 略歴
1889年9月28日、神戸外國人居留地四十七番館にて、夜間英語学校の読書室を開いていた南メソヂスト監督教会派遣の宣教師ウォルター・R・ランバスによって、いわゆる「原田の森」(兵庫県菟原郡原田村、現在の神戸市灘区王子町・原田通)に関西学院(英文表記:Kwansei Gakuin[1]/West Japan College)が創立された。
1910年にカナダ・メソヂスト教会が経営に加わり、1912年3月5日には、専門学校令による高等学部文科・商科を開設、高等教育機関となる。同年、高等学部長C・J・L・ベーツが、カレッジモットーとして「Mastery for Service(奉仕への練達)」を採用した。1921年高等学部文科を(専門部)文学部、商科を高等商業学部と名称変更。
創立40周年を迎えた1929年、校地拡張と大学昇格基金等の捻出を目的として、上ケ原校地(兵庫県武庫郡甲東村、現在の兵庫県西宮市上ヶ原町)に移転。その後1932年3月7日に大学令による関西学院大学が設立認可され、予科を開設。1934年4月1日に法文学部・商経学部を開設した。1937年には、大学第1回卒業生201名を輩出した。また、1943年に学院史上初の女子学生浜口みづらが入学し、1946年には初の女子卒業生となった。
教育基本法・学校教育法による新制の関西学院大学が認可され、1948年4月1日、法文学部・商経学部を改組した文学部・法学部・経済学部の3学部をもって移行開設。1950年には、新制大学第1回卒業生386名を輩出した。1952年に神学部、商学部、1960年に社会学部、1961年に理学部をそれぞれ開設した(上ヶ原キャンパス)。
1995年、神戸三田キャンパスに総合政策学部を開設。2001年に理学部を神戸三田キャンパスへ移転し、2002年理工学部に改組した。2001年に言語コミュニケーション文化研究科を開設した(上ヶ原キャンパス)。
2004年、サテライトキャンパスとして開設済みであったKGハブスクエアを正式なキャンパスへ昇格させ、大阪梅田キャンパスとして開設した。 2007年、就職活動や同窓会などの東京拠点であった東京オフィスを移転・拡充し、東京丸の内キャンパスとして開設。兵庫医科大学と学術交流協定を締結。
2008年、上ヶ原キャンパスに人間福祉学部を新設。 2009年、学校法人関西学院と学校法人聖和大学の合併により、聖和キャンパスに教育学部を新設した。また2010年には、上ヶ原キャンパスに国際学部を新設する予定である。
[編集] 年表
- 1889年 神戸市郊外原田村にW.R.ランバスが関西学院を設立(神学部、普通学部(中学))
- 1894年 三日月の校章を制定
- 1908年 専門学校令による関西学院神学校を開設
- 1912年 神学部と高等学部(文科・商科)を開設、スクールモットー設定
- 1915年 普通学部を中学部に名称変更
- 1921年 高等学部を文学部、高等商業学部に改称
- 1929年 西宮上ヶ原キャンパスに移転
- 1932年 関西学院大学を開設。専門学校文学部及び高等商業学部を専門部文学部及び高等商業学部に改組。大学予科を設置
- 1933年 校歌『空の翼』を制定
- 1934年 大学法文学部及び商経学部を開設
- 1935年 専門部高等商業学部を関西学院高等商業学校に改組
- 1940年 太平洋戦争開戦のため、外国人宣教師が帰国
- 1941年 日本メソヂスト教会が日本基督教団に合同
- 1942年 法文学部文学科に国文学専攻を開設
- 1943年 専門部神学部を閉鎖、日本西部神学校に統合
- 1944年 日本西部神学校は日本神学校に統合。大学商経学部学生募集停止。高等商業学校、専門部文学部廃止。専門学校政経科、理工科、航空機科設置
- 1945年 専門部理工科、航空機科を工業経営科に改組
- 1946年 法学部、文学部、経済学部の三学部となる
- 1947年 米国・カナダから宣教師の再来日
- 1948年 教育基本法による新制大学へ移行開設
- 1950年 専門学校を短期大学に改組。大学院修士課程開設
- 1952年 文学部神学科が分離独立し神学部を開設
- 1952年 商学部を開設
- 1960年 文学部の社会学科・社会事業学科が分離独立し社会学部を開設
- 1961年 理学部を開設
- 1969年 学園紛争
- 1979年 第1回総合関関戦を開催
- 1989年 創立100周年
- 1995年 神戸三田キャンパス並びに総合政策学部を開設
- 1997年 新大学図書館の竣工開館
- 2001年 言語コミュニケーション文化研究科を開設
- 2002年 神戸三田キャンパスに理学部を移転し、理工学部と名称変更
- 2004年 法科大学院(ロースクール)を開設
- 2005年 ビジネススクール・アカウンティングスクールを開設
- 2008年 社会学部の社会福祉学科が分離独立し人間福祉学部を開設
- 2009年、聖和キャンパスに教育学部を新設
[編集] 基礎データ
[編集] 所在地
- 西宮上ケ原キャンパス(兵庫県西宮市上ケ原一番町1-155)
- 西宮聖和キャンパス(兵庫県西宮市岡田山7-54)
- 神戸三田キャンパス(兵庫県三田市学園2-1)
- 大阪梅田キャンパス(大阪市北区茶屋町19-19 アプローズタワー14階)
- 東京丸の内キャンパス(東京都千代田区丸の内1-7-12サピアタワー10階)
[編集] 校章
三日月。1894年に当時の学生らによって制定されたもので、月の満ち欠けと学生の進歩と成長を重ね合わせている。
[編集] 校歌
1933年、大学昇格を機に、学生会主導による校歌『空の翼』(作詞:北原白秋、作曲:山田耕筰:関西学院中学部同窓)を制定。 その他、「空の翼」制定前の『Old Kwansei』、1939年に創立50周年記念として作られた第二校歌『緑濃き甲山』、1949年に創立60周年を記念して作られた『A Song for Kwansei』などがある。
[編集] カレッジ・カラー
1928年、カレッジ・カラーは「紫紺(ダークブルー)と白」と決定された。しかし、その後「ライトブルーと白」へと変化したが、これはどのような経緯で変化したのかが不明である。戦前は、旧関西六大学野球連盟などを通じて京都帝国大学(現在の京都大学)がライバルであったので、その関係をオックスフォード大学とケンブリッジ大学になぞらえ、さらに京都帝国大学のスクールカラーがオックスフォード大学と同じダークブルーであったことからケンブリッジ大学のスクールカラーであるライトブルーとなった。」という説がある。
[編集] 教育および研究
[編集] 組織
[編集] 学部
[編集] 大学院
- 神学研究科
- 文学研究科
- 社会学研究科
- 法学研究科
- 経済学研究科
- 商学研究科
- 理工学研究科
- 総合政策研究科
- 言語コミュニケーション文化研究科
- 司法研究科
- 法務専攻(法科大学院)
- 経営戦略研究科(ビジネススクール・アカウンティングスクール)[3]
[編集] 附属機関
- 研究機関
- 産業研究所
- 総合教育研究室
- 言語教育研究センター
- スポーツ科学・健康科学研究室
- 人権教育研究室
- 教職教育研究センター
- キリスト教と文化研究センター
- 災害復興制度研究所:日本災害復興学会が設置されている
- 情報メディア教育センター
- 附属施設
- 大学図書館(上ヶ原)
- 図書メディア館(三田)
- メディア・フォーラム
- ハイテク・リサーチセンター
- 千刈セミナーハウス(休館)・千刈キャンプ
- 研究推進社会連携機構
- 学院史編纂室
- 宗教センター
- 関西学院大学出版会
- 関西学院ヒューマンサービスセンター
- 関西学院ヒューマンサービスセンター(旧関西学院救援ボランティア委員会)は、関西学院内に設置された学生ボランティアセンターである。1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに発足した。学生と教職員が一体となって運営する。
[編集] 研究
[編集] 21世紀COEプログラム
- 採択1件
- 2003年
-
- 「人類の幸福に資する社会調査」の研究 -文化的多様性を尊重する社会の構築-
[編集] 学生生活
[編集] スポーツ
- 現在、体育会全体のモットーとなった「Noble Stubborness(品位ある不屈の精神)」は、当時の高等学部庭球部が官立神戸高等商業学校(現在の神戸大学)との対抗戦に二年連続敗退した際に部長の畑歓三によって部のモットーとして提唱・採用したものが全体に広がったものである。
- 1948年に新制大学となって以降は、京都大学の学生スポーツの低迷と相まって、大学野球では、第二次世界大戦以前より同立戦と並ぶ人気の好カードであった関西大学がライバル校となっていった(関関戦)。硬式野球部は旧関西六大学野球連盟の創設校でもあり、現在は関西学生野球連盟に所属している。
- 1970年代から、スポーツ推薦入学の廃止等が要因となって、関西大学と共に学生スポーツの低迷が始まった。危機感をもった両校は、その打開策の一つとして、関西大学との間で総合対抗戦、すなわち総合関関戦を1978年より開始した。
- アメリカンフットボールのチームは関西学院大学ファイターズという。関西学生アメリカンフットボール連盟所属。甲子園ボウルでの最多優勝の記録経験を持つ(2007年現在)。
- バスケットボール部は関西学院大学フープファイターズと呼ばれ、関西学生バスケットボール連盟に所属。関西学生リーグでは京都産業大学に次ぐ優勝回数を誇る。
- 関西学院大学ラグビー部は、昭和中期に全国制覇や数度にわたる関西制覇を成し遂げた古豪で、現在は関西大学ラグビーフットボールリーグのAリーグに所属している強豪である。2008年のリーグ戦では、51年ぶりの優勝を成し遂げた。
- 山岳部に所属する2人の学生が、2008年3月15日に、ヒマラヤ山脈東奥の未踏峰である、ディンジュンリ(6196メートル)に初登頂する、と言う快挙を成し遂げた。
- 体育会の公式広報機関として関学スポーツという団体が存在する。関学スポーツは年に数回発行されるスポーツ新聞とウェブサイトで体育会の戦績を報じている。
- 第二次世界大戦以前、関学高商の柔道部は全国高専柔道大会に1935年、1938年、1939年と三度優勝した。
[編集] 大学関係者と組織
[編集] 大学関係者一覧
[編集] 施設
[編集] キャンパス
- 西宮上ケ原キャンパス(兵庫県西宮市上ケ原一番町1-155)
- 神学部、文学部、社会学部、法学部、経済学部、商学部
- 大学院神学研究科、文学研究科、社会学研究科、法学研究科、経済学研究科、商学研究科、言語コミュニケーション文化研究科
- 司法研究科、経営戦略研究科
- 阪急電鉄今津線甲東園駅
- 面積:195,713m2(総面積:245,99m2)
- 設計・監理:W・M・ヴォーリズ建築事務所
- 施工:竹中工務店
- 図書館を中心に、中央芝生を囲んで両側に建物を配置するという配置になっている。また赤色の素煉瓦とクリーム色のスタッコ壁、連続アーチのスパニッシュ・ミッション・スタイル(スパニッシュ・コロニアル・リバイバル)で校舎建築が統一されており、近代建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの代表的作品の一つでもある。1958年(昭和33年)キャンパスを含む上ケ原地区が、国立地区につぐ日本で2番目の文教地区として指定された。また、国土交通省近畿地方整備局は関西学院大学西宮上ケ原キャンパスを阪神間モダニズムにおけるヴォーリス設計事務所の代表作として紹介している。
- 2009年6月19日に関西学院大学は、西宮上ヶ原キャンパス内の時計台が、国の文化審議会文化財部会が同日に文部科学大臣に答申したことにより、国の登録有形文化財に認定されたと発表した。
- 西宮聖和キャンパス(兵庫県西宮市岡田山7番54号)
- 教育学部、大学院教育学研究科、関西学院聖和短期大学、関西学院聖和幼稚園
- 2009年4月、聖和大学との合併により開設されたキャンパスである。4号館(ダッドレーメモリアルチャペル)やセミナーハウスなど、西宮上ヶ原キャンパスを手がけたウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築作品も残存する閑静なたたずまいのキャンパスである。
- 神戸三田キャンパス(兵庫県三田市学園2-1)
- 理工学部、総合政策学部
- 大学院理工学研究科、総合政策研究科
- 面積:351,000m2
- 設計:日本設計
- 施工:竹中・大林・熊谷・淺沼共同企業体
- 神戸三田国際公園都市カルチャータウン学園ゾーンに位置する、郊外型キャンパス。略称はKSC。校舎は、西宮上ケ原キャンパス同様にスパニッシュ・ミッション・スタイル(スパニッシュ・コロニアル・リバイバル)で統一されたデザインとなっている。新三田駅からバスで往復600円、三田の学生街からは往復800円と不便さもあり自動車通学が許されている。
- 経済学研究科、商学研究科、総合政策研究科の一部、言語コミュニケーション文化研究科の一部
- 設計・施工:竹中工務店
- 竣工:1992年
- 多用途商業ビルであるアプローズタワー内にサテライトキャンパス「KGハブスクエア」として開設された。2004年よりサテライトキャンパスから通常のキャンパスへ格上げされた。昼夜開講制大学院の授業や就職活動の拠点として利用されている。
- 設計・監理:東日本旅客鉄道、ジェイアール東日本建築設計事務所
- 施工:東京駅日本橋口ビル新築工事共同企業体(大林組、大成建設)
- 竣工:2007年
- 「東京オフィス」を2007年に東京駅前の高層ビルであるサピアタワー内に移転し、通常キャンパスに格上げされた。就職活動の支援拠点などとして利用する。複数の大学が同ビルにサテライトキャンパスを構える。
[編集] 寮
大学所有、寮生運営の寄宿舎が存在する。男子寮は「啓明寮」(1913年、高等学部寄宿舎として命名)「静修寮」「成全寮」(1912年、神学部寄宿舎として落成)の3寮、女子寮として「清風寮」が、上ケ原キャンパス周辺に所在する。関西学院大学ではこれらの寮を「共同生活を通して人格形成を目指す場」として設置している。三田キャンパスには寮は設置していない。
[編集] 対外関係
[編集] 他大学との協定
学術交流協定締結校
国際協定締結校
- 吉林大学
- 蘇州大学
- 中山大学
- 復旦大学
- 香港中文大学
- モンゴル科学技術大学
- 延世大学
- 梨花女子大学
- シンガポール国立大学
- ベトナム商業大学
- オックスフォード大学
- トロント大学
- マギル大学
- クィーンズ大学
- ブリティッシュ・コロンビア大学
- サイモン・フレイザー大学
- マウント・アリソン大学
- シドニー大学
- 南メソジスト大学
- パシフィック大学
- ノースカロライナ大学チャペルヒル校
- マサッチューセッツ大学アムハースト校
- エモリー大学
- ジョージア大学
- リヨン第2大学
- リヨン政治学院
- アウグスブルグ大学
- エアランゲン・ニュルンベルク大学
- オスロ大学
- 南デンマーク大学
- ヴェクショー大学
- リオデジャネイロ州立大学
[編集] 姉妹校
[編集] 社会との関わり
- 折り鶴放火事件
- 2003年8月1日、広島市の平和記念公園にある「原爆の子の像」の傍にある折り鶴台に関西学院大学の男子学生が放火、約14万羽の折り鶴を焼失する折り鶴放火事件が起きた。この事件を受け、当時の学長・副学長が広島市に対し謝罪したほか、学内のボランティアなどにより新しい鶴を折り、公園に寄贈すると言う事態となった。関西学院大学ではこの事件を教訓として「平和学~広島・長崎講座」を開講するなど、平和教育を全学的に実施することとなった。
- 関西学院リベラルアーツプログラム(KGLP)
- 高卒者(または同等の資格を有するもの、ただし現役の大学生・院生は除く)を対象に一年間の学籍期限で、あらかじめ設定されている14のテーマから1つを選択することで、興味をもった領域に関する授業を効率的に受講できる制度で、関西学院の学風に沿って創設された制度といえよう。学生の身分としては科目等履修生という扱いになる。受講期間中、図書館ほか情報施設の利用が可能。リベラルアーツとは、現在では専門分野に進む前の基礎的素養、すなわち教養という程の意味合いに落ち着いているが、いわゆる「パンキョウ」といわれる一般教養科目と若干違うのは、原義の「自由人の諸技術」であり、「深く考えるための技術・知識」である(文学部と理学部が分離される以前の、文理学部もその理念に近い)。
[編集] 大学としての広報活動
関西学院大学では、大学および学校法人の認識として、「地元関西においては、伝統ある名門大学としての高い評価が定着しているようだが、全国的な規模、特に首都圏においては、大学の知名度やその存在意義が、十分に認識されていない」と考えているようである。同学では、首都圏をはじめとして全国的な知名度の向上を目指し、下記のような広報活動を行っている。
- スカイセミナー
- 関西学院大学の教員が自分の専門研究分野を紹介する、と言う形式のシリーズ広告を、日本航空グループの機内誌『SKYWARD』に、年6~8回掲載している。関西学院大学の校歌が「空の翼」と言う題名であることから、機内誌を通じて、大学と専門研究分野について幅広く知ってもらおうと言う趣旨で、本誌の2000年12月号より掲載が続いている。
- 関西学院大学 "アイデアカプセル"
- 関西学院大学が提供するラジオ番組『〜スキマ時間のビジネスサプリメント〜 関西学院大学 "アイデアカプセル"』が、2007年10月より放送されている。関西学院大学とその活動を全国的に知ってもらうために、主にビジネスパーソンを対象とした教養講座として、関西学院大学の教員が交代でパーソナリティを務めている番組である。ラジオNIKKEIの第1放送(3.925/6.055/9.595MHz)で毎週金曜日の夜10時30分から15分間放送している。この番組は、ラジオNIKKEIによる放送のほかに、ラジオNIKKEIのホームページより過去の放送分をダウンロードすることができる。またiPodを所有していれば、ポッドキャスティングを利用して、聴く事も可能である。
この他、山手線など首都圏のJR各駅の構内や車両の中に、同学のイメージポスターを掲示したり、東海道新幹線の車内の電光掲示板や、同線のポケット時刻表に広告が掲載されたことがあった。また2008年3月26日に行われた、サッカーワールドカップのアジア地区予選・日本対バーレーン戦が行われたバーレーンのスタジアムに、大学名入りの広告パネルを設置したこともあった。
[編集] 附属学校
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ a b c 知らぬ人は読みづらい独特の綴りである Kwansei は字音仮名遣「関西、關西(クワンセイ)」の写しであって、戦後に国語表記が変更さても尚使用され現在に至る伝統的なものである。「sai・sei」は漢音「セイ」と呉音「サイ」の違いで現在は呉音の読みが多く、最近ではスルッとKANSAIなど関西は Kansai の綴りを用いることが多い。一方「学院、學院(ガクヰン)」は gakuin であり gakuwinと「ヰン」は写されていない。これは「イ・ヰ」と「WI・YI・I」の相関が当時であっても訳者間で開きがあったためと思われる。また、在校生にはこれら綴りについて入学時のオリエンテーションで教える習わしがある。[要出典]
- ^ (かつては洗礼を受けたキリスト教徒のみ受験可能だった)
- ^ 文部科学省の平成20年度「専門職大学院等における高度専門職業人養成教育推進プログラム」に採択 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/07/08072909/001/001.htm
[編集] 外部リンク
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