関西学院大学

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関西学院大学

時計台
大学設置/創立 1932年
学校種別 私立
設置者 学校法人関西学院
本部所在地 兵庫県西宮市
キャンパス 西宮上ケ原(兵庫県西宮市)
神戸三田(兵庫県三田市)
大阪梅田(大阪府大阪市)
学部 神学部
文学部
社会学部
法学部
経済学部
商学部
理工学部
総合政策学部
研究科 神学研究科
文学研究科
社会学研究科
法学研究科
経済学研究科
商学研究科
理学研究科
総合政策研究科
言語コミュニケーション文化研究科
ウェブサイト 関西学院大学公式サイト

関西学院大学(かんせいがくいんだいがく、英称:Kwansei Gakuin[1] University)は、兵庫県西宮市に本部を置く日本私立大学である。1932年に設置された。大学の略称関学関学大、KGまたはKGU。

目次

[編集] 概観

[編集] 大学全体

日本基督教団の係属で、キリスト教主義学校(大学)としての歴史は古く、日本で2番目に設立された。キリスト教プロテスタント)に基づいた教育を行っている。

関東に対する関西として、西日本の指導者ともなる意味でWest Japan、すなわち「関西」が冠され、そして、当時多くのミッションスクールが「英和学校」(Anglo-Japanese school)と呼ばれていた伝統を破って、College、すなわち「学院」と名付けられた。また当時のいはゆる「新進学徒」は呉音ばかり読む傾向であったので「クヮンセイクワンセイ現代仮名遣いならばカンセイ)」と「関西」を漢音で呼ぶこととし、現在もその発音を踏襲している(純粋に呉音のみならばクヱンサイ、現代仮名遣いならばケンサイ)[1]

大学の沿革と実績に基づき、関西学院大学では「関西では知名度が高い大学であるが、関西以外の地域での知名度がそれほど高くないことが大学にとっての問題である」と考えているようである。 [2]

2008年3月26日の深夜(日本時間)に行われた、サッカーワールドカップ(W杯)アジア三次予選の日本-バーレーン戦のスタジアムのバックスタンドに、数千万円の費用をかけ、「関西学院大学」名入り9枚の看板が設置された。担当した広告代理店によると「日本の大学が海外での国際試合に広告を出し、スポンサーに名乗りを上げるのは初めて」とのこと。大学側は「世界に挑戦する若者を応援する、と言うイメージを表して、大学のブランド力向上につなげたい」「反響や効果を検証の上、条件が合えば今後も実施したい」としている。 [3]

[編集] スクール・モットー

1912年に第4代院長であったC・J・L・ベーツによって提唱された「Mastery for Service(奉仕のための練達)」が大学を含めた学院全体のスクール・モットー(校訓)となっている。

[編集] 教育および研究

研究成果としては、学協会誌等への発表件数692件(口頭発表302件、誌上発表390件)、2002年現在特許出願9件。日本でも数少ない神学部を開設する大学の一つ。

[編集] 沿革

学校法人関西学院自体の詳細に関しては学校法人関西学院を参照。

[編集] 略歴

原田の森チャペル(現神戸文学館)
原田の森チャペル(現神戸文学館

1889年9月28日神戸外國人居留地四十七番館にて、夜間英語学校の読書室を開いていた南メソヂスト監督教会派遣の宣教師ウォルター・R・ランバスによって、いわゆる「原田の森」(兵庫県菟原郡原田村、現在の神戸市灘区王子町・原田通)に関西学院(英文表記:Kwansei Gakuin[1]/West Japan College)が創立された。

1910年カナダ・メソヂスト教会が経営に加わり、1912年3月5日には、専門学校令による高等学部文科・商科を開設、高等教育機関となる。同年、高等学部長C・J・L・ベーツが、カレッジモットーとして「Mastery for Service(奉仕への練達)」を採用した。1921年高等学部文科を(専門部)文学部、商科を高等商業学部と名称変更。

創立40周年を迎えた1929年、校地拡張と大学昇格基金等の捻出を目的として、上ケ原校地(兵庫県武庫郡甲東村、現在の兵庫県西宮市上ヶ原町)に移転。その後1932年3月7日大学令による関西学院大学が設立認可され、予科を開設。1934年4月1日に法文学部・商経学部を開設した。1937年には、大学第1回卒業生201名を輩出した。また、1943年に学院史上初の女子学生浜口みづらが入学し、1946年には初の女子卒業生となった。

教育基本法学校教育法による新制の関西学院大学が認可され、1948年4月1日、法文学部・商経学部を改組した文学部・法学部・経済学部の3学部をもって移行開設。1950年には、新制大学第1回卒業生386名を輩出した。1952年に神学部、商学部、1960年に社会学部、1961年に理学部をそれぞれ開設した(上ヶ原キャンパス)。

1995年、神戸三田キャンパスに総合政策学部を開設。2001年に理学部を神戸三田キャンパスへ移転し、2002年理工学部に改組した。

2001年に言語コミュニケーション文化研究科を開設した(上ヶ原キャンパス)。

2004年サテライトキャンパスとして開設済みであったKGハブスクエアを正式なキャンパスへ昇格させ、大阪梅田キャンパスとして開設した。

2007年、就職活動や同窓会などの東京拠点であった東京オフィスを移転・拡充し、東京丸の内キャンパスとして開設。兵庫医科大学と学術交流協定を締結。

2008年、上ヶ原キャンパスに人間福祉学部を新設。兵庫県宝塚市の旧宝塚ファミリーランド跡地に関西学院初等部を新設。2010年千里国際学園を統合する予定と発表。

2009年聖和大学を統合し、同大学校地へ教育学部を開設予定。

[編集] 年表

  • 1889年 神戸市郊外原田村にW.R.ランバスが関西学院を設立(神学部、普通学部(中学))
  • 1894年 三日月の校章を制定
  • 1908年 専門学校令による関西学院神学校を開設
  • 1912年 神学部と高等学部(文科・商科)を開設、スクールモットー設定
  • 1915年 普通学部を中学部に名称変更
  • 1929年 西宮上ヶ原キャンパスに移転
  • 1932年 関西学院大学を開設
  • 1933年 校歌『空の翼』を制定
  • 1934年 法文学部と商経学部を開設
  • 1940年 太平洋戦争開戦のため、外国人宣教師が帰国
  • 1941年 日本メソヂスト教会が日本基督教団に合同
  • 1943年 専門部神学部を閉鎖、日本西部神学校に統合
  • 1946年 法学部、文学部、経済学部の三学部となる
  • 1947年 米国・カナダから宣教師の再来日
  • 1948年 教育基本法による新制大学へ移行開設
  • 1952年 文学部神学科が分離独立し神学部を開設
  • 1952年 商学部を開設
  • 1960年 文学部の社会学科・社会事業学科が分離独立し社会学部を開設
  • 1961年 理学部を開設
  • 1969年 学園紛争
  • 1979年 第1回総合関関戦を開催
  • 1989年 創立100周年
  • 1995年 神戸三田キャンパス並びに総合政策学部を開設
  • 1997年 新大学図書館の竣工開館
  • 2001年 言語コミュニケーション文化研究科を開設
  • 2002年 神戸三田キャンパスに理学部を移転し、理工学部と名称変更
  • 2004年 法科大学院(ロースクール)を開設
  • 2005年 ビジネススクール・アカウンティングスクールを開設、2009年に聖和大学を統合して教育学部を新設することを発表
  • 2008年 人間福祉学部を開設

[編集] 基礎データ

[編集] 所在地

[編集] 校章

三日月。1894年に制定されたもので、月の満ち欠けと学生の進歩と成長を重ね合わせている。

[編集] 校歌

1933年、大学昇格を機に、学生会主導による校歌『空の翼』(作詞:北原白秋、作曲:山田耕筰)を制定。 その他、「空の翼」制定前の『Old Kwansei』、1939年に創立50周年記念として作られた第二校歌『緑濃き甲山』、1949年に創立60周年を記念して作られた『A Song for Kwansei』などがある。

[編集] カレッジ・カラー

1928年、カレッジ・カラーは「紫紺(ダークブルー)と白」と決定された。しかし、その後「ライトブルーと白」へと変化したが、これはどのような経緯で変化したのかが不明である。戦前は、旧関西六大学野球連盟などを通じて京都帝国大学(現在の京都大学)がライバルであったので、その関係をオックスフォード大学ケンブリッジ大学になぞらえ、さらに京都帝国大学のスクールカラーがケンブリッジ大学と同じダークブルーであったことからオックスフォード大学のスクールカラーであるライトブルーとなった。」という説がある。

[編集] 教育および研究

[編集] 組織

[編集] 学部

[編集] 大学院

[編集] 附属機関

  • 研究機関
    • 産業研究所
    • 総合教育研究室
    • 言語教育研究センター
    • スポーツ科学・健康科学研究室
    • 人権教育研究室
    • 教職教育研究センター
    • キリスト教と文化研究センター
    • 災害復興制度研究所:日本災害復興学会が設置されている
    • 情報メディア教育センター
  • 附属施設
    • 大学図書館(上ヶ原)
    • 図書メディア館(三田)
      • メディア・フォーラム
    • ハイテク・リサーチセンター
    • 千刈セミナーハウス(休館)・千刈キャンプ
  • 研究推進社会連携機構
  • 学院史編纂室
  • 宗教センター
  • 関西学院大学出版会
  • 関西学院ヒューマンサービスセンター
    関西学院ヒューマンサービスセンター(旧関西学院救援ボランティア委員会)は、関西学院内に設置された学生ボランティアセンターである。1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに発足した。学生と教職員が一体となって運営する。

[編集] 研究

[編集] 21世紀COEプログラム

「人類の幸福に資する社会調査」の研究 -文化的多様性を尊重する社会の構築-

[編集] 学生生活

[編集] スポーツ

[編集] 大学関係者と組織

[編集] 大学関係者一覧

[編集] 施設

[編集] キャンパス

  • 西宮上ケ原キャンパス(兵庫県西宮市上ケ原一番町1-155)
神学部、文学部、社会学部、法学部、経済学部、商学部
大学院神学研究科、文学研究科、社会学研究科、法学研究科、経済学研究科、商学研究科、言語コミュニケーション文化研究科
司法研究科、経営戦略研究科
阪急電鉄今津線甲東園駅
面積:195,713m2(総面積:245,99m2
設計・監理:W・M・ヴォーリズ建築事務所
施工:竹中工務店
図書館を中心に、中央芝生を囲んで両側に建物を配置するという配置になっている。また赤色の素煉瓦とクリーム色のスタッコ壁、連続アーチのスパニッシュ・ミッション・スタイルスパニッシュ・コロニアル・リバイバル)で校舎建築が統一されており、近代建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの代表的作品の一つでもある。1958年昭和33年)キャンパスを含む上ケ原地区が、国立地区につぐ日本で2番目の文教地区として指定された。また、国土交通省近畿地方整備局は関西学院大学西宮上ケ原キャンパスを阪神間モダニズムにおけるヴォーリス設計事務所の代表作として紹介している。
  • 神戸三田キャンパス(兵庫県三田市学園2-1)
理工学部、総合政策学部
大学院理(工)学研究科、
面積:351,000m2
設計:日本設計
施工:竹中大林熊谷淺沼共同企業体
神戸三田国際公園都市カルチャータウン学園ゾーンに位置する、郊外型キャンパス。校舎は、西宮上ケ原キャンパス同様にスパニッシュ・ミッション・スタイルスパニッシュ・コロニアル・リバイバル)で統一されたデザインとなっている。新三田駅からバスで往復600円、三田の学生街からは往復800円と不便さもあり自動車通学が許されている。
経済学研究科、商学研究科、総合政策研究科の一部、言語コミュニケーション文化研究科の一部
設計・施工:竹中工務店
竣工:1992年
多用途商業ビルであるアプローズタワー内にサテライトキャンパス「KGハブスクエア」として開設された。2004年よりサテライトキャンパスから通常のキャンパスへ格上げされた。昼夜開講制大学院の授業や就職活動の拠点として利用されている。
設計・監理:東日本旅客鉄道、ジェイアール東日本建築設計事務所
施工:東京駅日本橋口ビル新築工事共同企業体(大林組大成建設
竣工:2007年
「東京オフィス」を2007年に東京駅前の高層ビルであるサピアタワー内に移転し、通常キャンパスに格上げされた。就職活動の支援拠点などとして利用する。複数の大学が同ビルにサテライトキャンパスを構える。

[編集]

大学所有、寮生運営の寄宿舎が存在する。男子寮は「啓明寮」(1913年、高等学部寄宿舎として命名)「静修寮」「成全寮」(1912年、神学部寄宿舎として落成)の3寮、女子寮として「清風寮」が、上ケ原キャンパス周辺に所在する。関西学院大学ではこれらの寮を「共同生活を通して人格形成を目指す場」として設置している。三田キャンパスには寮は設置していない。

[編集] 対外関係

[編集] 他大学との協定

国際協定締結校

[編集] 姉妹校

[編集] 社会との関わり

  • 折り鶴放火事件
2003年8月1日広島市平和記念公園にある「原爆の子の像」の傍にある折り鶴台に関西学院大学の男子学生が放火、約14万羽の折り鶴を焼失する折り鶴放火事件が起きた。この事件を受け、当時の学長・副学長が広島市に対し謝罪したほか、学内のボランティアなどにより新しい鶴を折り、公園に寄贈すると言う事態となった。関西学院大学ではこの事件を教訓として「平和学~広島・長崎講座」を開講するなど、平和教育を全学的に実施することとなった。
  • スカイセミナー
関西学院大学の教員が自分の専門研究分野を紹介する、と言う形式の大学広告を、日本航空グループの機内誌『SKYWARD』に、年6~8回掲載している。本学の校歌が「空の翼」と言う題名であることから、機内誌を通じて、大学と専門研究分野について、幅広く知ってもらおうと言う趣旨で、本誌の2000年12月号より掲載が続いている。
  • 関西学院大学"アイデアカプセル"
関西学院大学が提供するラジオ番組「~スキマ時間のビジネスサプリメント~関西学院大学“アイデアカプセル”」が、2007年10月より放送されている。本学とその活動を全国的に知ってもらうために、主にビジネスパーソンを対象とした教養講座として、本学の教員が交代でパーソナリティを務めている番組である。ラジオNIKKEIの第1放送(3.925/6.055/9.595MHz)で毎週金曜日の夜10時30分から15分間放送している。この番組は、ラジオNIKKEIによる放送のほかに、ラジオNIKKEIのホームページより過去の放送分をダウンロードすることができる。またiPodを所有していれば、ポッドキャスティングを利用して、聴く事も可能である。


  • パイロットに扮して侵入=航空事務所で窃盗、大学生逮捕-成田空港
2008年4月2日時事通信

パイロットに扮(ふん)して航空会社事務所に侵入、非売品のシールを盗んだとして、 千葉県警成田国際空港署は2日、窃盗容疑で大阪府高槻市岡本町、関西学院大4年の白石歩容疑者(22)を逮捕した。 「自分は航空マニアで空港に来た」と供述、容疑を認めている。 調べによると、白石容疑者は2日午後3時ごろ、成田空港第2旅客ターミナルにある日本航空の空港事務所にパイロットのような服を着て侵入し、 子供の乗客などに配る非売品のシール13枚(130円相当)を盗んだ疑い。不審に思った同社社員が警察に通報した。

[編集] 附属学校

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ a b c 知らぬ人は読みづらい独特の綴りである Kwansei字音假名遣ひ「関西、關西(クワンセイ)」の写しであって、戦後に国語表記が変更さても尚使用され現在に至る伝統的なものである。「sai・sei」は漢音「セイ」と呉音「サイ」の違いで現在は呉音の読みが多く、最近ではスルッとKANSAIなど関西は Kansai の綴りを用いることが多い。一方「学院、學院(ガクヰン)」は gakuin であり gakuwinと「ヰン」は写されていない。これは「イ・ヰ」と「WI・YI・I」の相関が当時であっても訳者間で開きがあったためと思われる。また、在校生にはこれら綴りの謎を入学時のオリエンテーションで教える習わしがある。
  2. ^ なお、関東地方には関東学院大学という名の大学が存在するが、関西学院大学と関東学院大学はまったく無関係の大学である。
  3. ^ 神戸新聞ホームページ・3月27日より  http://www.kobe-np.co.jp/news/sports/0000892918.shtml
  4. ^ (かつては洗礼を受けたキリスト教徒のみ受験可能だった)

[編集] 外部リンク


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