青山学院大学
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| 青山学院大学 | |
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青山キャンパス間島記念館
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| 大学設置 | 1949年 |
| 創立 | 1874年 |
| 学校種別 | 私立 |
| 設置者 | 学校法人青山学院 |
| 本部所在地 | 東京都渋谷区渋谷4-4-25 |
| キャンパス | 青山(東京都渋谷区) 相模原(神奈川県相模原市) |
| 学部 | 文学部 経済学部 法学部 経営学部 国際政経学部 総合文化政策学部 理工学部 社会情報学部 |
| 研究科 | 文学研究科 経済学研究科 法学研究科 経営学研究科 国際政経学研究科 総合文化政策学研究科 理工学研究科 社会情報学研究科 国際マネジメント研究科 法務研究科 会計プロフェッション研究科 |
| ウェブサイト | 青山学院大学公式サイト |
青山学院大学(あおやまがくいんだいがく、英語: Aoyama Gakuin University)は、東京都渋谷区渋谷4-4-25に本部を置く日本の私立大学である。1949年に設置された。大学の略称は青学(あおがく)。 大阪府箕面市にある大阪青山大学・大阪青山短期大学とは無関係である。
目次 |
[編集] 概観
[編集] 大学全体
学校法人青山学院は、米国メソジスト監督教会から派遣された宣教師が設立した3つの学校を母体とするミッションスクールであり、学院院長・理事長および大学長・短期大学長を除く設置学校の長はキリスト者であることが義務付けられている(かつては大学長も)。そのため現在でもキリスト教を教育の基本におき、「キリスト教概論」の講義は、建学理念のバックボーンを理解するために必修科目として位置づけられている。
[編集] 建学の精神(校訓・理念・学是)
学校法人青山学院としての方針がそのまま大学にも適用され、それとは別に大学としての理念も定められている。詳細は公式サイトに掲載されている。
[編集] 教育および研究
青山学院大学では幅広い教養教育(リベラル・アーツ)を重視した方針をとっている。学生への教養教育カリキュラムを実施する以外に地域社会への貢献と一般人の素養を深めることを目的として各キャンパスで年に4〜5種の公開講座を実施している。これらの公開講座は週に一度、5週間にわたって行われ、事前の申し込みをしておけば無料で参加できるようになっている。内容・講師の手配は講座を受け持つ教員(持ち回り制)に一任されており、人文科学、社会科学、自然科学のそれぞれの分野において毎年異なったものが開かれている。
キリスト教主義学校である青山学院大学は源流となる学校が出来た当初から聖書の授業を行っており、専門学校の認可を受けた後も神学部を備えていた。その精神は大学設立後も受け継がれ、設立当初には文学部基督教学科があった。その後1961年に文学部神学科へと改組されたが、学園紛争の混乱の中(統一教会の原理運動も入り込んだというが、真偽は不明)、1971年に廃止を余儀なくされた。同学科は形式上は大学から分離し、同時期に同じく分離された明治学院大学神学部とを合わせ東京神学大学となっている。
青山学院大学は、英語の教育研究に力を入れており、聖書と併せて英語の授業を最初期から行っている。特に聖書に関する科目は、すべての学部学科において必修となっている。
[編集] 沿革
[編集] 略歴
学校法人青山学院は、1874年にD.E.スクーンメーカーによって麻布本村町に設立された女子小学校と1878年にJ.ソーパーによって築地に設立された耕教学舎、1879年にR.S.マクレイによって横浜市山手地区に設立された美會神学校を母体としている。それぞれの学校は全て米国メソジスト監督教会から派遣された宣教師によって設立され、現在でも青山学院大学はキリスト教プロテスタント・メソジスト派のミッションスクールである。大学自体は1949年の学制改革以後に新制大学として発足した。
当初は文学部(英米文学科/基督教学科)、商学部、工学部の3学部が設置されていたのみであったが、その後工学部の譲渡、商学部の改組、法学部・理工学部・国際政治経済学部・総合文化政策学部・社会情報学部の設置を行い、現在は8学部を擁する。
1965年の理工学部設置の際には理工学部専用の廻沢キャンパス(後の世田谷キャンパス)を、1982年の国際政治経済学部設置の際には1,2年次の学生対象の厚木キャンパスを開設したものの、厚木キャンパスは厚木市北西の丘陵部にあったため、交通アクセス面で不都合で、世田谷キャンパスの老朽化もあいまって、以前の世田谷、厚木両キャンパスを閉鎖・統合する格好で、2003年神奈川県相模原市に相模原キャンパスを開設した。
2012年には文系学部の青山キャンパス全面回帰を予定。
[編集] 年表
- 1894年 青山学院が青山キャンパスに神学部・普通部(高等普通学部・英語師範科・予備学部)を設置。
- 1904年 青山学院高等科・神学部が専門学校の認可を受ける。
- 1927年 高等科を高等学部に改組。
- 1935年 高等学部を文学部と高等商学部に改組し、文学部に英文科、英語師範科、高等商学部に商科を設置。
- 1943年 神学部を閉鎖。
- 1944年 専門部(文学部、高等商業学部)を閉鎖し、明治学院に譲渡。青山学院工業専門学校を開校。
- 1946年 青山学院工業専門学校から青山学院専門学校と改称し、英文科・経済科・機械科・土木建築科を設置。
- 1949年 青山学院大学開学、文学部英米文学科・基督教学科、商学部、工学部を設置。
- 1950年 工学部を関東学院大学に譲渡。
- 1950年 第二部英米文学科、文学部教育学科、第二部教育学科、第二部基督教学科、第二部商学科を設置。
- 1952年 大学院文学研究科を設置。
- 1953年 商学部を経済学部(商学科・経済学科・第二部)に改組。大学院経済学研究科、基督教学専攻科を設置。
- 1956年 基督教学専攻科を廃止。
- 1959年 法学部(法律学科)を設置。
- 1961年 基督教学科を神学科に改組。第二部基督教学科を廃止。大学院法学研究科を設置。
- 1962年 文学部フランス学科を設置。
- 1963年 法学部法律学科を私法学科・公法学科に改組。
- 1965年 理工学部(物理学科・化学科・電気電子工学科・機械工学科・経営工学科)を設置。廻沢キャンパス開設。
- 1966年 商学科を移行し、経営学部(商学科・経営学科・第二部商学科・第二部経営学科)を設置。文学部日本文学科を設置。
- 1968年 文学部史学科を設置。
- 1969年 大学院理工学研究科修士課程を設置。
- 1970年 大学院経営学研究科を設置。
- 1971年 大学院理工学研究科博士課程を設置。廻沢キャンパスが世田谷キャンパスに呼称変更。
- 1973年 経営学部商学科・第二部商学科を廃止。
- 1982年 国際政治経済学部(国際政治学科・国際経済学科)を設置。厚木キャンパスを開設。
- 1986年 大学院国際政治経済学研究科を設置。
- 1987年 国際政治経済学部国際経営学科を設置。
- 2000年 理工学部機械工学科・経営工学科を機械創造工学科・経営システム工学科・情報テクノロジー学科に改組。
- 2001年 文学部教育学科心理学専修コースを文学部心理学科へ、法学部私法学科・公法学科を法学部法学科へ改組。専門大学院国際マネジメント研究科を設置。
- 2003年 国際政治経済学部国際経営学科を廃止。国際マネジメント研究科が専門職大学院に移行。厚木キャンパス及び世田谷キャンパスを閉鎖し、相模原キャンパスを開設。
- 2004年 理工学部物理学科・化学科を物理・数理学科、化学・生命化学科へ再編。理工学研究科を5専攻から1専攻8コースへ再編。法務研究科(法科大学院)を設置。
- 2005年 会計プロフェッション研究科(会計専門職大学院)、法学研究科ビジネス法務専攻を設置。
- 2006年 国際政治経済学部国際コミュニケーションコースを同国際コミュニケーション学科に改組。
- 2008年 第二部経済学科、第二部経営学科を廃止。総合文化政策学部総合文化政策学科、社会情報学部社会情報学科、経済学部現代経済デザイン学科およびそれぞれに対応した大学院研究科を設置。
- 2009年 第二部教育学科を廃止。文学部教育学科と文学部心理学科を教育人間科学部教育学科、教育人間科学部心理学科に改称。経営学部マーケティング学科を設置。
- 2012年 文系学部を青山キャンパスに集約(都心回帰)。
[編集] 基礎データ
[編集] 所在地
- 青山キャンパス(東京都渋谷区渋谷4-4-25)
- 相模原キャンパス(神奈川県相模原市淵野辺5-10-1)
- 緑ヶ丘グラウンド(神奈川県相模原市緑ヶ丘2-6097-1)
- 町田グラウンド(東京都町田市小野路町小谷1571)
[編集] 校歌
- カレッジソング(作詞:松本休 編曲:高橋繁 青山学院大学の校歌にあたる)
- 校歌(作詞:大木金次郎 作曲:平岡精二 青山学院全体の校歌にあたる)
- 学生の間ではカレッジソングの方がよく歌われるようであるが、東都大学野球連盟のパンフレットなど代表歌として校歌が記載されているものも少なくない。
- なお、校歌が制定される前は、1番が初等部の歌、2番が中等部の歌、3番が高等部の歌といった構成の青山学院の歌(作詞;豊田実 作曲:團伊玖磨)が歌われていた。
- 他に応援歌が3曲(白亜の城・見よ東の・第3応援歌)存在する。
[編集] 教育および研究
[編集] 組織
[編集] 学部
- 文学部 1949年設置
- 文学部は、1949年の大学設置当初から存在する青山学院大学の中ではもっとも古い学部である。領域の異なる人文科学系6学科を包括的に設置している青山学院大学唯一の人文科学系学部である。学部の規模としては同大学最大だが、学科ごとの独立性が非常に高く、それぞれが独自の教育形態を有している。また、学科所属生全員に履修資格のある文学部共通科目を2, 3, 4年次に設けている。
- 教育学科
- 幼稚園1種・小学校1種の教職免許を得ることも可能。2001年までは学科内に心理学専修コースを備えていた。
- 人間形成学コース
- 比較教育文化・発達社会学コース
- 学校教育学コース
- 臨床社会学コース
- メディア・コミュニケーション学コース
- 英米文学科
- 英米文学科は、大学設立時から現在まで残る唯一の学科である。英文学、米文学、英語学に加え、コミュニケーション学を学科の中心として科目を設置しているが、コース制はとっていない。1,2年次では英語の実践運用能力の養成を目的とした集中プログラムを中心に各領域の概論科目と基礎レベルの演習が開講されている。3,4年次には各教員の受け持つ演習(ゼミナール)と特殊講義を中心に通訳や翻訳といった科目を設置している。通訳や翻訳に関しては放送通訳やコミュニティ通訳、映像翻訳などが開講されており、また、英国オックスフォード大学での短期語学留学を学科独自に主催している。
- フランス文学科
- 日本文学科
- 史学科
- 1年次では日本史、西洋史、東洋史、考古学、芸術史の概説を学び、2年次から下記5コースに分かれていく。芸術史コースはあくまで歴史的観点から美学・芸術論をみていくものであり、実技芸術を学ぶコースではない。学芸員資格の科目は芸術史コースに設置されている。
- 日本史コース
- 西洋史コース
- 東洋史コース
- 考古学コース
- 芸術史コース
- 心理学科
- 第二部教育学科
- 第二部教育学科は、昼間部と同じく5つの学問分野に分かれている。日本の夜間学部としては、小学校・幼稚園の教職免許を得ることが出来る数少ない学科である。教員を多数輩出している。
- 第二部英米文学科
- 第二部英米文学科は、昼間部と同じ4分野を専門領域としている。一部の授業は平日5限(16:20-17:50)にも開講されているが、ある年度に5限に開講された科目は次年度に6, 7限に開講されるため、夜間と土曜日の履修だけで卒業することも可能である。
- 経済学部 1953年設置
- 経済学科
- 現代経済デザイン学科-2008年4月開設
- 法学部 1959年設置
- 法学科
- 法学部は、法律の知識、技術を身につける事以上に、法的課題・紛争を客観的に見据え、それらを公正に判断する「リーガル・マインド」を身に着けることを学部の目標としている。法務研究科(法科大学院)および法学研究科ビジネスロー法務専攻への進学を見据えた、6コース制を展開している。
- 総合法律コース
- 一般企業への就職を目指す学生や社会の一市民としての法的素養を身につける学生を対象としたコース。
- 企業法務コース
- 企業法務に携わる専門知識の取得を希望する学生を対象としたコース。
- 公共政策コース
- 公務員やジャーナリストといった政治・NPO活動に関心を持つ学生を対象としたコース。
- 法曹コース
- 裁判官・検察官・弁護士を目指し、法科大学院や現行司法試験の受験希望学生を対象としたコース。
- 隣接法曹コース
- 司法書士、行政書士、弁理士などの専門職を目指す学生を対象としたコース。
- 国際渉外法コース
- 国際的な渉外問題に携わる専門知識の取得を希望する学生を対象としたコース。
- 法学科
- 経営学部 1966年設置
- 国際政治経済学部 1982年設置
- 国際政治経済学部は、日本で初めて厚木キャンパス開校の1982年に誕生した。(1978年、日本大学に設置された国際関係学部と同様、2000年以降急増する国際色を全面に打ち出す学部{早大の国際教養学部、法大のグローバル教養学部、明大の国際日本学部、立教大の異文化コミュニケーション学部などの先駆けと言える。)学際的教育も本学部の大きな特徴の一つであり学科間の垣根は低く、どの学科に入っても二年次から好きなコースを選択する事が出来る。課外活動として国連研修や交換留学・インターンシップなども充実している。また国際政治経済学部の付属機関として開設された「外交・国際公務員等指導室」では外交官・国連職員を目指す学生のためのバックアップを行っている。(2008年度外務省専門職員試験の合格者数は外語大・早大・東大に次ぐ4位だった。)
- 国際政治学科
- 政治外交・安全保障コース
- グローバル・ガバナンスコース
- 国際経済学科
- 国際経済コース
- 国際ビジネスコース
- 国際コミュニケーション学科
- 国際コミュニケーションコース
- 理工学部 1965年設置
- 理工学部は、学院創設90周年事業の一つとして設置され、当初は物理学科、化学科、機械工学科、電気電子工学科、経営工学科の5学科で発足。現在は物理・数理学科、化学・生命科学科、機械創造工学科、経営システム工学科、情報テクノロジー学科、電気電子工学科の6学科となった。世田谷キャンパスから相模原キャンパスに移転したことで敷地面積がおよそ1.5倍に拡大した。
- 物理・数理学科
- 化学・生命科学科
- 電気電子工学科
- 機械創造工学科
- 経営システム工学科
- 情報テクノロジー学科
[編集] 大学院
- 文学研究科
- 教育学専攻
- 英米文学専攻
- フランス文学・語学専攻
- 日本文学・日本語専攻
- 史学専攻
- 心理学専攻
- 経済学研究科
- 経済学専攻
- 公共・地域マネジメント専攻
- 法学研究科
- 私法専攻
- 公法専攻
- ビジネス法務専攻
- 知財法務プログラム
- 人事労務法務プログラム
- 税法務プログラム
- 金融法務プログラム
- 経営学研究科
- 経営学専攻
- 国際政治経済学研究科
- 国際政治学専攻
- 国際経済学専攻
- 国際コミュニケーション専攻
- 理工学研究科
- 理工学専攻
- 基礎科学コース
- 化学コース
- 機能物質創成コース
- 生命科学コース
- 電気電子コース
- 機械創造コース
- 知能情報コース
- マネジメントテクノロジーコース
- 理工学専攻
- 総合文化政策学研究科
- 総合文化政策学専攻(5年一貫制博士課程、博士後期課程のみ)
- 文化創造マネジメント専攻(修士課程)-2009年4月開設
- 社会情報学研究科
- 社会情報学専攻
- 社会情報学コース
- ヒューマンイノベーションコース
- 社会情報学専攻
[編集] (専門職大学院)
- 法務研究科(ロースクール、法科大学院)
- 法務専攻
- 国際マネジメント研究科(ビジネススクール、MBA)
- 国際マネジメント専攻
- 国際マネジメント・サイエンス専攻(一貫性博士課程)
- 会計プロフェッション研究科(アカウンティングスクール、会計専門職大学院)
- 会計プロフェッション専攻
- プロフェッショナル会計学専攻(博士後期課程のみ)
[編集] 附属機関
- 総合研究所
- 総合文化研究部門
- 課題別研究部
- キリスト教文化研究部
- 領域別研究部門
- 人文科学研究部
- 社会科学研究部
- 自然科学研究部
- 特別研究プロジェクト
- eラーニング人材育成研究センター
- 総合文化研究部門
- 社会連携機構
- 社学連携センター
- ヒューマン・イノベーション研究センター
- WTO研究センター
- 心理相談室
- 経済研究所
- グローバル・ビジネス研究所
- 判例研究資料室
- ビジネスロー・センター
- 国際研究センター
- 国際マネジメント学術フロンティア・センター
- 先端技術開発研究センター
- 機器分析センター
- 情報科学研究センター
[編集] 研究
[編集] 21世紀COEプログラム
21世紀COEプログラムとして、1件のプロジェクトが採択された。
- 2002年
- 化学・材料科学系
- エネルギー効率化のための機能性材料の創製
[編集] 私立大学学術研究高度化推進事業
- ハイテク・リサーチ・センター整備事業
- 先端技術研究開発センター「材料科学の新展開:環境調和型機能性物質の創製を目指して」
[編集] 教育
- 現代的教育ニーズ取組支援プログラム
- 渋谷・原宿・青山を繋ぐ商業観光拠点の育成-本学の理念に基づく地域貢献の実践と社学連携体制の拡充-
- e-Learning専門家の人材育成-世界に通用する専門家育成プログラムの開発と普及-
- ICT活用教育のFD/SDプログラム-人材育成の一翼を担うICT活用教育の質向上を実現する研修プログラムの開発と普及-
[編集] 学生生活
[編集] 自治活動
自治会が存在しない。準自治組織としては過去に学友会の下に学生会や常任委員会などが存在しており、学部別の自治委員会(実質的な自治会)の設立も模索されたが、大学当局と学生側が折り合わず幻に終わった。大学紛争の混乱後、大学当局は厳しい締め付けを行い、学生会や大学当局に批判的だった新聞編集委員会も消滅した。現在の新聞編集委員会はその後設立され、資金も大学当局から支援を受けている。
[編集] 部活動/サークル活動
部活動は学友会の元に統括されている。 学友会は直属組織、文化連合会、体育連合会の3つに分かれており、一部の直属団体を除いて大学公認の部活動は全て文化連合会あるいは体育連合会に加盟している。
青学生の部活・サークル加入率は高く、4割とも言われている。 校風からかテニスサークルが多いのが特徴。
[編集] 学友会直属組織
文化連合会・体育連合会以外に学友会直属とされる団体と附置委員会がいくつか存在する。
- 応援団
- 吹奏楽バトントワリング部
- 新聞編集委員会
- 英字新聞編集委員会
- 白馬ヒュッテ運営委員会
[編集] 学友会附置委員会
- 青山祭実行委員会
- 相模原祭実行委員会
[編集] 文化連合会加盟組織
- サザンオールスターズのメンバーが在学していたこともあってか、音楽系の部会が多い。その他に放送系や芸術系など多く存在する。
[編集] 体育連合会加盟組織
硬式野球部は東都大学野球連盟に加盟している。
[編集] アドバイザー・グループ
略称アドグル。
部活動・サークル活動とは別に教員を中心に学生が集う形で組織される青山学院大学独特の団体。 専任教員のみアドバイザーとなることが出来、年度初頭に学生は参加希望を提出することが出来る。 登山中心に活動するアドグルや教育活動に邁進するアドグル、教授との個人的な交わりを中心としたアドグルなど 様々な団体が存在する。
[編集] 大学関係者と組織
[編集] 大学関係者一覧
[編集] 施設
[編集] キャンパス
[編集] 現在のキャンパス
- 文系学部の3-4年次、総合文化政策学部の2-4年次、及び夜間部の全学年が使用するキャンパス。通称「青(あお)キャン」。
- 文学研究科、経済学研究科、法学研究科、経営学研究科、国際政治経済学研究科、総合文化政策学研究科、社会情報学研究科ヒューマンイノベーションコース、法務研究科、国際マネジメント研究科、会計プロフェッション研究科の大学院が設置されている。
- 学校法人青山学院本部や各系列校も設置されている。
- JR山手線・埼京線・湘南新宿ライン、東急東横線・田園都市線、京王井の頭線、東京地下鉄副都心線の渋谷駅宮益坂方面の出口より徒歩約10分、または東京地下鉄銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅B1出口より徒歩約5分
- 総敷地面積はおよそ12万平方メートル(そのうち大学及び大学院が占める面積がおよそ7万平方メートル)。明治中期に米国人ガウチャー博士の寄付で伊予西条藩松平家上屋敷跡地(約3万坪)を購入し、その後も東京農業大から短大・中等部辺りの敷地(5691坪)を購入した。
- 建物には建てられた順に1号館、2号館〜と番号が付いている(総合研究ビルは14号館、ガウチャー・メモリアルホールは15号館)。現在は13号館は欠番。(1999年度までは旧AVACO STUDIOを買い取り改装した建物が13号館として器楽練習室・部室(写真部・吹奏楽バトントワリング部等が使用)に使用されていたがガウチャーメモリアルホール建築に伴い旧チャペルと共に取り壊された。)
- 2001年に完成した大学チャペル兼教室研究棟のガウチャー・メモリアルホールなど数施設を除いて全般的に施設は古い。中でも間島記念館(1929年建設)、ベリーホール(1931年建設)の2棟は2008年、国の登録有形文化財に登録された。
- 交通量の多い国道246号側に総合研究ビルや体育館等大型施設を置いているため、キャンパス内の多くの部分は勉学に支障の出るほどの騒音は感じられない。
- キャンパス正面に国際連合大学がある。
- 現在、12号館横のテニスコートと7号館学生会館を解体し、新校舎を建てる事が決定している。その間、学生会館にある部室は2007年で廃止となった旧男子学生寮舎へ移される事が検討されている。
- 文系学部(1部および昼間主コース)の1-2年次、総合文化政策学部の1年次、及び社会情報学部と理工学部の1-4年次、および理工学研究科、社会情報学研究科社会情報学コースが設置されている。
- JR横浜線淵野辺駅より徒歩約10分
- 文系学部の1-2年次、総合文化政策学部の1年次、及び社会情報学部・同研究科社会情報学コースと理工学部・同研究科の全学年が使用するキャンパス。
- 新日本製鐵跡地に2003年4月に開設された新しいキャンパスで、2002年度まで存在した世田谷キャンパスと厚木キャンパスを統合し開設された。
- 敷地は約16万平方メートル。校舎群の他に野球場(旧國學院大學相模原グラウンド)なども有する。
- JR淵野辺駅からは徒歩7分の距離であり、駅周辺には桜美林大学のキャンパスもある。また、淵野辺駅からは小田急小田原線の主要な駅であるJR町田駅、京王相模原線のターミナル駅であるJR橋本駅にもほど近い。
- キャンパス付近は「神奈川都民」と呼ばれる東京のベッドタウンであるが、周辺広域には工場が多く、首都圏南西地域産業活性化フォーラムの一角を担っている。
- キャンパスに近接して体育施設の緑ヶ丘グラウンド、町田グラウンドも設置されており、運動部などサークル活動等に利用されている。
[編集] 過去に存在したキャンパス
- 厚木キャンパス(神奈川県厚木市)
- 文系学部(1部および昼間主コース)の1-2年次及び理工学部の1年次
- 小田急線本厚木駅から神奈川中央交通バスで25分。愛甲石田駅からバスで15分。
- 文系学部(1部および昼間主コース)の1-2年次生および、理工学部の1年次生が使用したキャンパス。通称「厚(あつ)キャン」。青山キャンパスが手狭となったことから郊外移転の話があり、当時研究学園都市を造成していた厚木市の誘致により開設された。なお厚木市はモノレール建設計画を立てていたが頓挫。広大な敷地に教室をはじめグラウンドやゴルフ練習施設、宿泊研修用の施設を備えていた。駅から遠く、最寄りの愛甲石田駅からバスで15分程度かかった。山の上にあるため、雪が降るとバスが坂を上がれず立ち往生することもあった。
- また、青山キャンパスから2時間程度かかり、厚木キャンパスでしか開講されていない科目の単位を修得できないと2時間かけて厚木キャンパスまで再履修のために通わねばならず、学生はそれを「厚木返し」と呼んで恐れた。
- キャンパス内に駐車場があり、一般学生にも自家用車通学が許可されていた。ごく一部、愛甲石田駅から徒歩や自転車で通う強者もいた。
- キャンパス周辺には松蔭女子大学(現在は松蔭大学)と研究所、森の里ニュータウンがあったが、学生が一度キャンパスに行くと出るまで学校内で過ごさねばならない状況だった。それ故、アクセスのあまりの悪さが受験生に敬遠され、しばしば厚木学院大学と揶揄された。
- 21世紀到来後、一部私立大学の都心回帰の動きもあいまって、青学大もアクセスのよい土地への再移転が検討され、新日本製鐵・國學院大學から土地を取得して2003年相模原キャンパスを設置、厚木キャンパスは閉鎖された。
- キャンパス閉鎖後は跡地は日産自動車へ売却、研究施設となっている。なお、厚木セミナーハウス(宿泊研修用施設)については、当初所有を継続する予定だったが、日産側からの強い要請で手放すこととなった。また、移転後につけられた地名である森の里青山は現在でも使われている。
- 世田谷キャンパス(東京都世田谷区)
- 理工学部の2-4年次
- 理工学研究科
- アクセスは京王線千歳烏山駅から徒歩15分、または小田急小田原線祖師ヶ谷大蔵駅から徒歩20分。千歳烏山駅と千歳船橋駅間、成城学園前駅と千歳船橋駅間のバスが利用できた。
- 理工学部の2-4年次(厚木キャンパスができるまでは全年次)および大学院生が使用したキャンパスで、通称「せたキャン」。理工学部を設置した際に開設され、開設当初は「廻沢キャンパス」という名称であった。青山、厚木とは違う一種独特な雰囲気が流れていた。
- 施設が手狭になってきて、さらに老朽化していたことや、1年次生のみが厚木に通わなければならない不便があったため、厚木キャンパスとともに機能を相模原キャンパスに統合、廃止された。また、このキャンパスの隣には女子寮(スクーンメーカー寮)があった。
- 跡地は大規模なマンション(一部商業施設あり)となっている。
- 綱島グラウンド(横浜市港北区)
- 体育会が使用していた。馬場が存在したため、近隣住民からの苦情が絶えなかった。なお、相模原キャンパスにおいても、地域住民の反発で馬場を造成することができなかったため、新たに町田グラウンドが購入された。
- 跡地は大規模マンションとなっている。
[編集] 学生食堂
- 青山キャンパスの学生食堂(学食)は地下に設置されている。昼の時間帯は高等部の学生、周辺の会社員などが大学の昼休み開始以前の時間帯から数多く利用している。
- 相模原キャンパスG棟のカフェテリアは2階建て、一部吹き抜けで屋外ラウンジもあり快適な造りとなっている。キャンパス周辺の外食事情が未発達のため、内容は安価で充実したものとなっている。しかしながら昼の時間帯は混雑が激しくパンク状態であり、食堂を利用する事を諦め弁当を購入し教室や芝生の上で食事をする学生も多い。本来禁止とされながらも、昼食の席を確保するため荷物を置いた席取り行為が常態化している。
- 同キャンパスにはもう一つ、N棟1階にもカフェテリアがあり、こちらは主に研究棟から距離の近い理工学部生・研究科生の利用が多いことから、通称“理工食堂”と呼ばれている。メニューはG棟カフェテリアよりも若干少ないが、席の回転率がG棟に比べて圧倒的に早い。教職員専用の食事スペースも設けられている。なおこのN棟は、新日鐵の建物をそのまま使用している。外壁の色の違いからもその事が伺える。
- 2008年度から相模原キャンパスにて総合文化政策学部の1年生、及び社会情報学部の学生を受け入れている為、食堂の更なるパンク状態が続いている。
[編集] 対外関係
[編集] 他大学との協定
[編集] スポーツ
- 強化指定クラブ
- 体育連合会硬式野球部
- 体育連合会ラグビー部は現在、関東大学ラグビー対抗戦Bグループに所属している。
- 体育連合会バスケットボール部
- 建学の精神を同じくする同大学とは、毎年「総合定期戦」が開催されている。(1950年〜)
[編集] 不祥事
同大学の准教授が、山口県光市で発生した母子殺害事件(光市母子殺害事件)について、2007年9月21日付の自らのブログに、死者数を「1.5人」と記載していたことが判明した[1]。同大学は、2008年4月25日付で、ブログの内容が不適切だったとするコメントを発表した[2][3]。
[編集] 系列学校
下記の教育機関は、学校法人青山学院の設置する学校であり、大学の付属校ではない。
- 青山学院幼稚園
- 青山学院初等部
- 青山学院中等部・高等部
- 青山学院女子短期大学
[編集] 脚注
- ^ 光母子殺害、死者は「1.5人」とブログで青学大准教授 読売新聞2008年4月26日
- ^ 本学教員のブログ上の記述に関する学長見解
- ^ "「光市事件の死者は1.5人」 問題発言准教授を青学が処分へ" (2008-4-28). 2008-11-26 閲覧。
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