和光大学

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和光大学
和光大学
和光大学
大学設置 1966年
創立 1933年
学校種別 私立
設置者 学校法人和光学園
本部所在地 東京都町田市金井町2160番地
学部 経済経営学部
表現学部
現代人間学部
研究科 社会文化総合研究科
ウェブサイト 和光大学公式サイト
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和光大学(わこうだいがく、英語: Wako.University)は、東京都町田市金井町2160番地に本部を置く日本私立大学である。1966年に設置された。大学の略称は和光大、わこう。 小田急小田原線鶴川駅が最寄り駅。敷地が神奈川県川崎市麻生区岡上にまたがっている。

目次

[編集] 概観

[編集] 大学全体

1933年成城学園から分かれてつくられた和光学園を母体として、1966年に創立された。敷地が隣接する玉川学園玉川大学も同じく成城学園から枝分かれしたものだが、戦後すぐにコア・カリキュラム連盟(コア連:現日本生活教育連盟)と提携したことから、まったくタイプの違う大学になっている。 和光大学の初代学長は梅根悟西洋教育史を専門とした日本教育史学の確立者であり、コア連中核メンバーの一人。コメニウスルソーシュライエルマッハーらの思想に基づいた教育史の見直しをしたことで知られる異色の学者である。

2003年に大学院を設置、また2010年に現代人間学部心理教育学科に保育専修科を開設した。

[編集] 建学の精神

~小さな実験大学~

小さな実験大学とは、和光大学初代学長の梅根悟が言った言葉である。梅根は、その著書「小さな実験大学」で開学にあたり、これだけ数ある私立大学のなかに、もうひとつ大学を作るからには、小さくてもいいからダイヤモンドのような本物の光を放つ大学を作りたい、和光大学は一人の偉大な創立者を崇拝する大学でも、一つの教団伝道機関としてのミッションスクール型大学でもなく、また営利大学型の大学でもない。ヨーロッパの中世大学がその始源において示したような学者教師集団(ウニヴェルシタス・マギストロールム)としての理念を活かした大学、ユニーク個性と主張をもった私立学校、それが和光大学の姿であると述べている[1][2]

[編集] 教育および研究

開学以来、プロゼミ・ゼミ等の少人数教育をいち早く行っている為、教師と学生の距離が他大学に比べ近いと言われている。他学部・他学科の授業も履修可能な「講義バイキング制度」を取り入れており、学部・学科間の垣根が低いのも特徴である。授業内容に於いては、古代の発火方法を実際に体験し、発火が出来なければ単位をもらえないという授業など、個性的でユニークな授業が存在している。また、障害者を受け入れている事でも知られている。

[編集] 学風および特色

学内への入口には、大正時代に開花した自由主義教育の理論的指導者である沢柳政太郎の胸像(北村西望作)がおかれている。和光大学の学風(教育)もこの流れを汲んでおり、大学における学生の活動は自由なものとなっている。学内での大学側による学生への様々な管理・指導は少なく、自由な個性の発揮場所となっているようである。名物となっている学生同士でのフリーマーケット焚き火(場所限定)による焼き芋などは、大学への届手の必要はない。

和光大学附属梅根記念図書館にはジャン=ジャック・ルソーの「自然を見よ、そして自然の教える道に従ってゆけ」という『エミール』からの言葉がレリーフとして掲げられている。

[編集] 沿革

[編集] 略歴

和光大学は、1966年に成城学園から分かれて作られた和光学園により、「大学は自由な研究と学習の共同体」という理念のもとに創立された。

[編集] 年表

[編集] 基礎データ

[編集] 所在地

[編集] 象徴

[編集] 校章

[編集] スクールカラー

  • 大学のカラーとして緑が使用されている。(公式な制定はされていない。)

[編集] 学生総数

  • 約3300名

[編集] 教育および研究

[編集] 組織

[編集] 学部

[編集] 大学院

  • 社会文化総合研究
    • 社会文化論専攻 (修士課程)
    • 現代社会関係論コース
    • 発達・教育臨床論コース
    • 現代経済・ビジネスコース

[編集] 附属機関

  • 研究所
    • 和光大学総合文化研究所
    • 和光大学社会経済研究所
  • 研究会
    • 和光大学文学会
  • 図書館
    • 和光大学附属梅根記念図書館
  • 施設
    • オープン・カレッジぱいでいあ
    • 展示館
    • 異文化交流室
    • ジェンダーフォーラム
  • センター
    • 和光大学情報センター
    • 和光大学国際交流センター
    • 和光大学大学開放センター
    • 和光大学地域・流域共生センター
  • 研修センター
  • セミナーハウス
    • 和光大学忍野セミナーハウス(2008年3月廃止)
    • 和光大学鶴舞セミナーハウス(2008年7月)

[編集] 学生生活

[編集] 学生自治

開学の時期が学生運動の高揚期と重なったため、党派(セクト)間による学生自治の主導権争いが激化し、開学当初の暫定自治会が崩壊。結果として自治会が存在しないまま現在にいたる。代わりに各サークルが所属する全学サークル連合(通称:サー連)と呼ばれる緩やかなノンセクトの自治組織があり、学生側から大学側への意見や要望などを伝える唯一の窓口となっている。

1984年から翌年にかけ、革マル派中核派により、全学サークル連合の活動を掌握しようとする紛争が起き、さらに民青が混乱に乗じて介入、いわゆる漁夫の利を得ようとした。ついには1985年2月5日に革マル派と中核派による内ゲバが発生し重傷者も出たが、結果的に全学サークル連合は自主性を保持できた。

[編集] 学園祭(大学祭)

毎年11月に全学サークル連合が事実上主催する大学祭が開催されている。以前は3日間(72時間、オールナイト)連続の開催で和光大学の名物でもあったが、学外者による夜間時間帯の暴力・傷害事件への対策や近隣住民への配慮などによりここ数年はオールナイトでの開催は行われていない。

[編集] サークル活動

[編集] 大学関係者と組織

[編集] 大学関係者組織

  • 同窓会及び関係者組織として、和光同塵会がある。※対象(卒業生、教職員、在学経験者、過去勤務者など)

[編集] 大学関係者一覧

[編集] 学長

[編集] 著名な教職員

[編集] 故人

[編集] 著名な出身者

[編集] 政治(県議以上)

[編集] 経済

[編集] 研究

[編集] 漫画家

[編集] 芸術

[編集] 映画・芸能

[編集] 音楽

[編集] 文学

[編集] 写真家

[編集] ジャーナリズム

[編集] スポーツ・その他

[編集] 施設

[編集] キャンパス

ワンキャンパス制をとっているため、4年間同一キャンパスで講義を受けることになる。これにより学部・学科間の交流も盛んで、「講義バイキング制」も可能となっている。

[編集] 町田キャンパス

大学(キャンパス)及びその周辺は、OBで漫画家の野部利雄の作品『わたしの沖田くん』や、松本大洋の作品『青い春』、岩明均の作品『風子のいる店』、などの漫画作品の舞台として取り上げられた。また、1970年代後半に撮られた映画作品『下落合焼きとりムービー』の撮影舞台ともなった。2004年にOGの内藤みかが書いた恋愛小説『あなたを、ほんとに、好きだった。』では、1993年頃の大学と寮が舞台になっており、内藤の実体験であると思われる当時の世の中や大学の様子がリアルに描かれている。

  • その他・名物
    • 何十年も前の学生により学内に作られたカマドがあり、サークルおよび学部・学科を越えた交流の場として利用されている。また、多数の猫が学内に居住しており、(和光猫と呼ばれ)学生・教職員に親しまれている。

[編集]

和光大学学生寮が大学キャンパス内に設けられている。

[編集] 対外関係

[編集] 地方自治体との協定

[編集] 和光学園附属校

[編集] 事件

2004年入学試験に合格した松本智津夫の三女の入学をいったん許可しながら、入学手続きの書類によって松本の三女であることが分かると入学を拒否した。この措置について2006年2月に東京地裁において30万円の慰謝料支払命令が下されている。また、非常勤講師だった大塚英志が抗議の意志から辞職した。

三女の入学拒否を決めた時の学長は、『差別論ノート』の著書がある三橋修(社会学)、人間関係学部長は、フェミニズム学者として有名な井上輝子であったことから、少数派の権利擁護を唱える学者のやることとは思えないという声も上がった[要出典]

[編集] 脚注

  1. ^ 梅根悟「和光大学」『生活教育』昭和四〇年五月号、『小さな実験大学』星林社所収
  2. ^ 和光大学創立二十五周年記念、新入生に対する学長講和集1966~1990

[編集] 関連項目

[編集] 公式サイト・外部リンク

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