専修大学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
学校法人専修大学 > 専修大学
専修大学
120年記念館(生田キャンパス)
120年記念館(生田キャンパス)
大学設置 1923年
創立 1880年
学校種別 私立
設置者 学校法人専修大学
本部所在地 東京都千代田区神田神保町3-8
キャンパス 神田(東京都千代田区)
生田(神奈川県川崎市多摩区
伊勢原(神奈川県伊勢原市
学部 経済学部
法学部
経営学部
商学部
文学部
人間科学部
ネットワーク情報学部
研究科 経済学研究科
法学研究科
文学研究科
経営学研究科
商学研究科
法務研究科
ウェブサイト 専修大学公式サイト
テンプレートを表示

専修大学(せんしゅうだいがく、英語: Senshu University)は、東京都千代田区神田神保町3-8に本部を置く日本私立大学である。1923年に設置された。大学の略称専修(せんしゅう)、または専大(せんだい)。北緯35度41分48.6秒
東経139度45分13.8秒

目次

概観[編集]

大学全体[編集]

専修大学は1880年9月16日に開校した専修学校現在の専修学校とは異なる)を前身とし、1922年大学令に基づく大学となった私立大学である。五大法律学校の一校としても知られる大学である。

専修大学の母体は、1875年に日本人の官費留学生によってアメリカ合衆国で結成された「日本法律会社」にまでさかのぼる[1]。当時、明治政府は近代国家の建設を目標に、西欧の先進的な文化を導入するため、積極的に海外留学政策を推し進めており、創立者たちもアメリカへ留学した人物であった。1879年、日本法律会社に所属していた相馬永胤目賀田種太郎は、東京市京橋区(現東京都中央区)に法律事務所を開設、そこへほぼ同時期に帰国した田尻稲次郎駒井重格が加わり、アメリカ留学時に構想していた高等教育機関の設立へと動き出す[2]。この構想に賛同した福澤諭吉は、まず慶應義塾内に教育機関を開設するように促した。こうして、1879年12月に開設されたのが慶應義塾夜間法律科である。また、同じくこの構想に賛同した箕作秋坪は、自分の私塾である三汊塾へ法律経済科を設置して、相馬らに教授を任せた[3]。一方、日本法律会社は、東京大学法学部の卒業生らを加え、東京法学会へと発展し、東京攻法館という教育組織を結成していた[4]。慶應義塾や三汊塾の一部としてでは、自分たちの求める高等教育機関として不十分であると感じた相馬[5]らは、本格的に独立した高等教育機関を設立することを模索した。その結果、明治生命本館として使用されていた明治会堂を借り受けられることとなり、慶應義塾夜間法律科と三汊塾法律経済科、東京攻法館を統合し、専修学校を設置することにした[6]。これらの教育機関における実績をもとに、相馬ら8名は、1880年8月7日東京府へ開校届出を提出し、日本初の本格的な私立法律経済学校として認可された[7]。その後、明治会堂の完成が遅延したが、福澤の好意で、簿記講習所を仮校舎として使用することとなり、簿記講習所で開校式が執り行われた[8][9]。明治会堂跡地(現在の東京都中央区銀座3丁目)には、専修大学発祥の碑が設けられている。

現在では7学部17学科・6大学院研究科を抱える、社会科学人文科学(ネットワーク情報学部のみ文理融合の方針となっている[1])の総合大学へと発展した。大学本部及び法学部生が通う神田キャンパスは、古くから東京都の中心地である千代田区神田神保町に位置する。皇居北の丸公園靖国神社付近に立地しており、神田五大学とともにカルチエ・ラタンと呼ばれる学生街を形成している。戦後に入ると郊外へとキャンパスを広げ、神田・生田の2キャンパス体制となる。

創立主旨[編集]

専修大学の前身である専修学校は「創立主旨」において2つの姿勢を示した。まず、「力ヲ専攻ニ致サザルベカラズ」と宣し、各科兼修ではなく一科専修の専門学校をめざして経済法律の2科をおいた。

そして「其他諸科ニ至テハ将サニ漸次計画スルトコロアラントス」と示して、経済法律専修学校として開学した。専修学校とはこれの略称で、一科を専修し、一学を専攻して学問の蘊奥を究めさせるという方針を含意させたものである。

この方針はコロンビア法律学校(相馬)、ハーヴァード法律学校(目賀田)、イェール大学大学院(相馬・田尻)、ラトガース大学(駒井)における専門教育課程での経験、教育制度にならったものと言える。

教育および研究[編集]

日本で初めて「経済科」(現在の経済学部)を設置した。日本最初の経済学に関する独立した高等教育機関であり、経済学を組織的に教授する方針をとったことになる。また専門教育課程において経済学を日本語で教授した最初でもある。

法律科」(現在の法学部)は日本最初の本格的私立法律学校である。当時、法律学を本格的に教える教育機関は、東京大学法学部司法省法学校など極少数であり、東京大学法学部が英語、司法省法学校が仏語で教授していたのに対し、専修学校法律科は日本語英米法を教授する唯一の本格的法律学校として多くの学生を集めた。

このように、経済学と法律学を中心とする大学をモデルに設計されていることから、伝統的に経済学部と法学部が看板学部である。

学風および特色[編集]

創立者である相馬永胤・田尻稲次郎・目賀田種太郎・駒井重格らは、明治の初め、米国に留学して新しい学問を学んだ。この幸福を日本にいる多くの青年たちにわかち与えたいと念願して、専修大学を創立した。専修大学では、青年を教育・指導することによって社会に「報恩奉仕」するという精神を建学の精神としており、学風として「質実剛健・誠実力行」を挙げている。

21世紀ビジョン「社会知性の開発」[編集]

専修大学では、2010年に創立130周年を迎えることになったのを機に、建学の精神である「社会に対する報恩奉仕」を、現代的に捉えなおしたものとして、「社会知性(Socio-Intelligence)の開発」を柱とした、21世紀ビジョンを制定している。

社会知性(Socio-Intelligence)とは、「専門的な知識・技術とそれに基づく思考方法を核としながらも、深い人間理解と倫理観を持ち、地球的視野から独創的な発想により、主体的に社会の諸課題の解決に取り組んでいける能力」である。

沿革[編集]

専修学校初代校長・専修大学初代学長の相馬永胤。専修大学の基礎を築き、大学の発展に尽力した。横浜正金銀行(現三菱東京UFJ銀行頭取衆議院議員などを歴任。
創立者の一人である目賀田種太郎。財政・税制の整備を行い、貴族院議員韓国財政顧問枢密院顧問などを歴任。
草創期の専修学校の運営に尽力した田尻稲次郎。日本の近代的財政制度を創設し、大蔵次官会計検査院長東京市長などを歴任。

略歴[編集]

法律学を学ぶためにアメリカに留学していた相馬永胤は、留学生監督として日本人留学生を支援するかたわら、自身も法律学や欧米の教育制度を調査研究していた目賀田種太郎と親交を深め、勉学組織「日本法律会社」を結成。他方、田尻稲次郎と駒井重格は経済学財政学を学び、協力して財政学書の翻訳を開始。その後、相馬ら法学徒と田尻ら経済学徒は、イェール大学で出会う。 帰国後4人は、米国の教育制度にならい専門教育課程を組織的に日本語で教える「経済科」と「法律科」を併設した「専修学校」を1880年に創立した。1919年に校名を専修大学と改称、1922年大学令により大学として認可された。

年表[編集]

  • 1880年(明治13年)9月 - 専修学校創立。夜間二年制の経済科(現経済学部)および法律科(現法学部)を置く
  • 1885年(明治18年)7月 - 現在の神田キャンパスの地に校舎を新築し、移転
  • 1887年(明治20年)1月 - 校外員制度を設けて経済学および法律学の通信教育を開始
  • 1888年(明治21年)6月 - 経済科を理財科と改称
  • 1889年(明治22年)9月 - 政治科を設置(明治24年2月廃止)
  • 1893年(明治26年)9月 - 法律科の生徒募集を停止
  • 1903年(明治36年)11月 - 専門学校令により認可される
  • 1905年(明治38年)8月 - 理財科を経済科に改称
    10月 - 商科を増設(明治44年7月廃止)
  • 1906年(明治39年)9月 - 大学部・専門部高等専攻部大学予科を設置して大学組織とする
  • 1913年(大正2年)7月 - 私立専修大学と改称
  • 1917年(大正6年)9月 - 専門部に計理科増設
  • 1919年(大正8年)9月 - 専修大学と改称
  • 1922年(大正11年)5月 - 大学令により大学として認可される
  • 1923年(大正12年)4月 - 経済学部設置
  • 1927年(昭和2年)4月 - 法学部設置
  • 1928年(昭和3年)4月 - 専門部に法律科・商業科増設
  • 1929年(昭和4年)4月 - 学部・専門部全学科で昼夜2部制をとる
  • 1943年(昭和18年)10月 - 学徒出陣壮行会
  • 1948年(昭和23年)10月 - 生田キャンパス開設
  • 1949年(昭和24年)4月 - 学制改革により新制大学として発足。商経学部(経済学科・商業学科)・法学部(法律学科)設置
  • 1950年(昭和25年)4月 - 短期大学部商経科・法律実務科設置(昭和40年3月廃止)
  • 1952年(昭和27年)5月 - 大学院経済学研究科経済学専攻修士課程設置
  • 1954年(昭和29年)4月 - 大学院法学研究科私法学専攻修士課程設置
  • 1955年(昭和30年)4月 - 大学院経済学研究科経済史・経済学史専攻・法学研究科民事法学専攻博士課程設置
  • 1962年(昭和37年)4月 - 経営学部経営学科設置
  • 1963年(昭和38年)4月 - 商経学部を経済学部と改称
  • 1965年(昭和40年)4月 - 商学部商業学科設置
  • 1966年(昭和41年)4月 - 文学部国文・英米文・人文学科設置
  • 1968年(昭和43年)4月 - 商学部に会計学科増設
  • 1971年(昭和46年)4月 - 大学院文学研究科国文学・英文学・哲学専攻修士課程設置
  • 1972年(昭和47年)4月 - 経営学部に情報管理学科増設
  • 1973年(昭和48年)4月 - 大学院文学研究科国文学・英文学・哲学専攻博士課程設置
  • 1974年(昭和49年)4月 - 大学院法学研究科に公法学専攻修士課程・博士課程増設
  • 1975年(昭和50年)4月 - 大学院経営学研究科経営学専攻・商学研究科商学専攻修士課程設置
  • 1977年(昭和52年)4月 - 大学院経営学研究科経営学専攻・商学研究科商学専攻博士課程設置
  • 1979年(昭和54年)9月 - 常陸宮正仁親王殿下華子妃殿下臨席のもと創立100年記念式典挙行
    10月 - 創立100年を記念してコロンビア大学ドナルド・キーン教授(当時)が来校し、生田校舎で学術講演会を開催
  • 1992年(平成4年)4月 - 大学院文学研究科史学・地理学・社会学・心理学専攻修士課程増設
  • 1994年(平成6年)4月 - 大学院文学研究科史学・地理学・社会学・心理学専攻博士後期課程増設
  • 1996年(平成8年)4月 - 経済学部に国際経済学科、文学部に心理学科増設
  • 2000年(平成12年)4月 - 大学院経済学研究科経済学専攻修士課程夜間開講(神田校舎)
  • 2001年(平成13年)4月 - 文学部国文学科を日本語日本文学科に、英米文学科を英語英米文学科に名称変更。経営学部情報管理学科をネットワーク情報学部ネットワーク情報学科に改組転換
  • 2002年(平成14年)4月 - 大学院経済学研究科経済学専攻修士課程1年制夜間開講(神田校舎)。大学院文学研究科修士・博士後期課程国文学専攻を日本語日本文学専攻、英文学専攻を英語英米文学専攻、史学専攻を歴史学専攻に名称変更。大学院商学研究科商学専攻修士課程夜間開講(神田校舎)
  • 2004年(平成16年)4月 - 法務研究科法務専攻(法科大学院)設置
  • 2006年(平成18年)4月 - 法学部に政治学科増設。商学部商業学科をマーケティング学科に名称変更
  • 2009年(平成21年)9月 - 創立130年記念式典挙行
  • 2010年(平成22年)4月 - 文学部心理学科を人間科学部心理学科に改組転換し、人間科学部社会学科を新設。文学部日本語日本文学科を日本文学文化学科と日本語学科に、人文学科を哲学科、歴史学科、環境地理学科に改組転換し、人文・ジャーナリズム学科を増設。大学院商学研究科(会計学専攻)修士課程・博士後期課程増設
  • 2012年(平成24年)4月 - 法学部一部の教養課程(1年次)を神田キャンパスに移転し、法学部が神田キャンパスに集約(都心回帰

基礎データ[編集]

所在地[編集]

キャンパスは大きく分けて2つあり、東京都心の千代田区神田神保町、日本橋川沿いの俎橋近くにある法学部、二部(夜間部)、法科大学院、付属法律事務所、研究施設、大学本部等が集中する神田キャンパスと、川崎市の北西部にある多摩区、多摩川沿いに南北に広がる多摩丘陵生田緑地に挟まれた高台にある広大な生田キャンパスに分かれている。

  • 神田キャンパス(東京都千代田区神田神保町)
法学部及び第二部全学部、法人本部
  • 生田キャンパス(川崎市多摩区東三田)
経済学部、商学部、経営学部、文学部、人間科学部、ネットワーク情報学部
  • サテライトキャンパス(川崎市多摩区登戸)
公開講座などを開講
  • 伊勢原キャンパス(神奈川県伊勢原市西富岡)
各体育会のスポーツ施設、馬術部厩舎、学生寮など

象徴[編集]

校旗・校章[編集]

  • 専修大学の校章は、1910年(明治43年)の卒業アルバムにあるデザインをもとに、1921年(大正10年)に制定された。この校章は、当時の経済科の学生が考案したもので、「大學」の文字にペンと頭文字のS、そして鳳の広げた羽を組み合わせたものである。旧制大学時代は、「大學」を白字に抜いたものが大学部、抜いていないものが予科と区別されていた。
  • 校章のほかにも専修大学のシンボルマークがある。これは、左側を向いて口を開いた有翼のライオンの像で、獅子奮迅の活躍をするよう願って作られたものである。校章が必要とされる場よりも若干くだけたスポーツの場で用いられている。
  • 校旗は、緑地の旗の中央に校章を配したデザインで、校章と大部分のデザイン要素を共有する。縦に掲揚する場合は、校章が横向きにならないようにレイアウトを変更した特別な旗を使用する。

校歌[編集]

  1. 宮城の北 枢地に立ちて
    礎固し われらが大学
    質実は姿 真摯は心
    学徒幾千 理想に生きて
    済世の道 ここに学び
    経綸の策 ここに究む
  2. 鳳の翼 両手に開き
    世に魁し われらが大学
    剛健の意気に 力行の勇に
    学徒幾千 希望に生きて
    常久の富 ここに萌し
    限りなき幸 ここに芽ぐむ
    「われらが行く道 磐石なせり
    われらが行く手は 光に
    充てり」


ほかに応援歌「スター専修」(作詞東辰三、作曲明本京静)などがある。

スクールカラー[編集]

  • 専修大学のスクールカラーグリーン)である。
  • 大学としてこの色を認可したのは意外にも新しく[誰?]昭和55年のことで、創立100年を記念して校旗を新調した際に制定された。もちろんそれ以前から体育会のユニフォームなどには緑が用いられ、専修大学のスクールカラーが緑であることは広く認知されていた。[要出典]
  • その起源については明らかではないが、本学体育会によると、緑を最初に使用したのは、大正13年に創部した陸上競技部であった。緑が若々しさを意味するためとも言われている。[誰?]
  • なお、昭和5年山田耕筰の手によって作られた校歌は「緑の栄冠」(現在はラグビー部の部歌)と名づけられている。
  • また、校章、学生用の襟章や箱根駅伝の襷には、緑のほかに白、えび茶色を用い、三色となっている。
  • 平成14年10月に発行された『専修大学年報 平成13年度』[10] の10ページによれば、スクールカラーについて、平成13年度に「創立100年時に新作成された校旗の色を基準に測色し、印刷に近似に再現した色を指定した」として、「大日本インキ化学工業(株)発行「フランスの伝統色カラーガイド」第3版のNo.F293」をあげている。

マスコット[編集]

  • 2004年(平成16年)に、上記の体育会のシンボルマークである、鳳の羽をもつ獅子をデフォルメして制定。2006年(平成18年)に公募の結果、センディと名がついた。商標登録第4859856号。

教育および研究[編集]

組織[編集]

学部[編集]

  • 一部
    • 経済学部
    • 法学部
      • 法律学科(コース分けは2年次から、各自の個性と将来の志向に沿って分かれる。)
        • 第1コース(法曹コース)(平成16年度以前入学者) (平成17年度以降入学者は)法律総合コース
        • 第2コース(法務キャリアコース)(平成16年度以前入学者) (平成17年度以降入学者は)企業法務コース
        • 第3コース(公共政策コース)(平成16年度以前入学者) (平成17年度以降入学者は)公共法務コース
        • 第4コース(政治・国際関係コース)(平成17年度以前入学者 法律学科の国際関係法科目及び政治学科の前身となった)
      • 政治学科
        • 政治理論・歴史コース
        • 国際政治・地域コース
        • 日本政治・政策コース
    • 経営学部
      • 経営学科(専門科目を10の「テーマ」で構成し、3年次から2つの「テーマ」領域を中心に学ぶ。)
        • 企業と市場・社会
        • ベンチャー創造と事業継承
        • 戦略デザイン
        • グローバル・マネジメント
        • 企業評価とファイナンス
        • 企業活動と会計情報
        • 顧客満足とマーケティング
        • ビジネス・ソリューション
        • 人的資源と知識創造
        • ITプロフェッショナル
    • 商学部
      • マーケティング学科
        • マーケティングコース
        • ファイナンスコース(旧金融・証券・保険コース)
        • 産業システムコース
        • グローバルビジネスコース
        • ビジネスインテリジェンスコース
      • 会計学科
    • 文学部
    • 人間科学部(文学部の改組により平成21年度設置、平成22年4月より学生受け入れ開始)
    • ネットワーク情報学部
      • ネットワーク情報学科(コース分けは2年次より実施。平成20年度入学者まで適用する)
        • コンテンツデザイン (CD) コース
        • ネットワークシステム (NS) コース
        • 情報戦略 (IS) コース(旧情報ストラテジー (IS) コース)
        • 情報技術創造 (ITC) コース
          平成21年度入学者より、カリキュラム変更を行い、コース制からプログラム制に変更。各プログラムは情報学における典型的な学問分野、情報に関連する将来像に基づく。
        • コンテンツデザインプログラム
        • メディアプロデュースプログラム
        • ネットワークシステムプログラム
        • ユビキタスシステムプログラム
        • 経営情報分析プログラム
        • ITビジネスプログラム
        • 社会情報プログラム
        • 情報数理プログラム
  • 二部[11]
    • 経済学部
      • 経済学科
        • 経済学一般コース
        • 応用経済学Iコース[12]
        • 応用経済学IIコース[13]
    • 法学部
      • 法律学科[14]
        • 法学一般モデル
        • 私法中心モデル
        • 公法・政治中心モデル
    • 商学部
      • マーケティング学科[15]
        • マーケティングコース
        • 経営管理コース
        • 企業会計コース

大学院[編集]

以下、特記していない専攻は修士課程・博士後期課程である。

法科大学院校舎
  • 経済学研究科
    • 経済学専攻
      • アカデミックコース(2年制)
      • プロフェッショナルコース(2年制)
      • 長期在学コース(4年制)
      • ファイナンスコース(2年制)
      • エコノメトリックスコース(1年制)
      (平成22年度まで修士課程入学生には以上のコース制に分けて学生の募集が行われていた。平成22年度修士課程入学生からは下記の4コースとなった)
      • 社会経済コース(2年制あるいは4年制(長期在学プログラム))
      • 国際経済コース(2年制あるいは4年制(長期在学プログラム))
      • プロフェッショナルコース
      • ファイナンスコース
    • 経済学特修プログラム
  • 法学研究科
    • 法学専攻(修士課程)
    • 民事法学専攻(博士後期課程)
    • 公法学専攻(博士後期課程)
  • 文学研究科
    • 日本語日本文学専攻
    • 英語英米文学専攻
    • 哲学専攻
    • 歴史学専攻
    • 地理学専攻
    • 社会学専攻
    • 心理学専攻
  • 経営学研究科
    • 経営学専攻
      • 経営学コース
      • 情報管理コース
    • 経営学特修プログラム
  • 商学研究科
    • 商学専攻
      • アカデミックコース
      • ビジネスコース
    • 会計学専攻
      • アカデミックコース
      • ビジネスコース
    • 商学特修コース
  • 経済学研究科と商学研究科のコースは修士課程のみ。
  • 経済学研究科のファイナンスコース、エコノメトリックコースは経済学研究科経済学専攻修士課程のもとに置かれた政策科学専修のコース。主として社会人向けに平日夜間、土曜日昼~夜間に開講し、ファイナンスコース修了者には「修士(金融経済学)」、エコノメトリックコース修了者には「修士(計量経済学)」を授与していた(2010年に専修・コースが再編され、「修士(金融経済学)」は「修士(金融経済)」へ変更、「修士(計量経済学)」は授与されなくなった)。
  • 経済学研究科では学部教育との連携を強化するため、専修大学経済学部4年次から大学院開講科目を履修し、を大学院修士課程を1年で修了することを目指す「経済学特修プログラム」を導入している。
  • 文学研究科心理学専攻は(財)日本臨床心理士資格協会認定による大学院指定制度で第一種大学院に指定されている。
  • 経営学研究科の「経営学特修プログラム」は学部4年次から大学院教育をスタートさせ、大学院修士課程を1年で終了することを目指す学部・大学院一貫5年制コース。
  • 経営学研究科の経営学コースでは経営学の修士号、博士号が、情報管理コースでは情報管理の修士号、博士号が授与される。
  • 商学研究科の「商学特修コース」は本学の商学部在学生(一部の学生のみならず二部の学生も含む)を対象とした、学部4年、大学院修士課程1年の一貫5年制コース。
  • 商学研究科は商学専攻修士課程には、マーケティング、ファイナンス、グローバルビジネス、ビジネスインテリジェンスといった4つの科目群が置かれている(アカデミックコース、ビジネスコースで構成されている科目は異なっている)。
  • 商学研究科は会計学専攻修士課程には、財務会系分野、管理会系分野といった2つの科目群が置かれている(アカデミックコース、ビジネスコースで構成されている科目は異なっている)。

専門職大学院[編集]

  • 法務専攻
  • 専修大学法科大学院は、司法制度改革の理念を踏まえ、経験・実績の豊かな教授陣による少人数教育、先進的な実務教育、多様なカリキュラムと高度な設備という万全の体制で、優れた人間性と高度な専門知識を備え、複雑化する現代社会の法律問題に対して柔軟かつ適切に対応できる、創造的応用力を持った法曹を養成している。
  • 多くの法科大学院が認証評価機構により不適合との判定を受ける中、同大法科大学院は、一貫して適合認定を受け続けている。
  • 法科大学院のある神田キャンパスには、法科大学院専用の校舎(8号館)があり、図書館や自習室、自習ゼミに利用できる演習室も併設されている。
  • 新司法試験最終合格者数
    • 第一回新司法試験:19名
    • 第二回新司法試験:20名
    • 第三回新司法試験:17名
    • 第四回新司法試験:19名
    • 第五回新司法試験:17名

短期大学[編集]


附属機関[編集]

  • 図書館
生田キャンパスに本館と分館、神田キャンパスに分館、法科大学院分館があり、蔵書数は合計で170万冊を超える(施設の項も参照のこと)。
専修大學會舘

研究所[編集]

  • 社会科学研究所
  • 会計学研究所
  • 今村法律研究室
  • 経営研究所
  • 商学研究所
  • 人文科学研究所
  • 法学研究所
  • スポーツ研究所(旧・社会体育研究所)
  • 情報科学研究所
  • 自然科学研究所

準研究所[編集]

  • 現代文化研究会
  • LL研究室

センター[編集]

  • 社会知性開発研究センター
  • 心理教育相談室(専修大学付属心理教育相談室(大学院文学研究科心理学専攻付設))
  • 情報科学センター
情報教育を教育の柱とする経営学部開設のために設置された電子計算機室を起源とする。
現在は学生、大学院生の学習や研究のためにある端末室の維持、管理を行う部署である。また、在学生を対象に「ホームページ作成講座」、「FLASH入門講座」、「情報処理技術者試験対策講座」などの課外講座も行う。
  • 国際交流センター
国際交流の計画・協定締結をはじめとして、教員の交流、留学を希望する学生に対する情報提供や課外語学講座の実施、留学生の相談部署として機能する。
  • 教員免許サポートセンター

専修大学出版局[編集]

  • 大学の収益事業会社である専大センチュリー(詳細は後述)の出版事業部である「専修大学出版局」は教職員らが執筆する論説集や学生向けテキストなどを発行する。
  • 大学出版部(局)としては珍しく、新書形式のSI Librettoというシリーズを出版している。

研究[編集]

私立大学学術研究高度化推進事業

  • オープン・リサーチ・センター整備事業
    • 平成15年度選定『フランス革命と日本,アジアの近代化』
    • 平成16年度選定『イノヴェーション・クラスター形式に向けた川崎都市政策への提言』
    • 平成16年度選定『アジア諸国の産業発展と中小企業』
    • 平成18年度選定『Anglo-Saxon語の継承と変容』
    • 平成19年度選定『古代東アジア世界史と留学生』

私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(旧私立大学学術研究高度化推進事業)

  • 平成21年度選定『持続的発展に向けての社会関係資本の多様な構築:東アジアのコミュニティ、セキュリティ、市民文化の観点から』
  • 平成23年度選定『融合的心理科学の創成:心の連続性を探る』
  • 平成26年度選定『アジアにおけるソーシャル・ウェルビーイング研究コンソーシアムの構築』
  • 平成26年度選定『古代東ユーラシア世界の人流と倭国・日本』
  • 平成26年度選定『メコン諸国における経済統合の中小企業への影響についての研究-「ASEANサプライチェーン」の観点から』

「日本私立学校振興・共済事業団」学術研究振興資金

  • 平成21年度~平成23年度選定『「ミシェル=ベルンシュタイン文庫」の史料学的研究』

教育[編集]

  • 平成16年度「法科大学院等専門職大学院形成支援プログラム**テーマ1「法科大学院における教育方法・内容の開発・充実」
知的財産に関する映像教材の活用と保護(中央大学鹿児島大学の法科大学院との共同取組。当プロジェクトの申請大学は専修大学)
  • 平成19年度「専門職大学院等教育推進プログラム」
実務技能教育指導要綱作成プロジェクト名古屋大学*、早稲田大学*、広島大学*、岡山大学*、東北学院大学新潟大学日本大学上智大学静岡大学愛知大学香川大学愛媛大学九州大学熊本大学鹿児島大学琉球大学の法科大学院との共同取組。*の大学は重点引き受け校。なお当プロジェクトの申請大学は名古屋大学)
全国法曹キャリア支援プラットフォーム明治大学青山学院大学中央大学獨協大学同志社大学法政大学関西大学関西学院大学國學院大學、名古屋大学、東洋大学立命館大学の法科大学院との共同取組。当プログラムの申請大学は明治大学)

学生生活[編集]

経済学部[編集]

〈一部〉一学年 定員680名 〈二部〉一学年 定員100名

経済学部の歴史は専修大学の歴史そのものである。1880年に日本で初めての独立した経済学の高等教育機関である専修学校経済科として創立して以来、専修大学の代表的な学部として130年以上の歴史を刻んできた。経済学科と国際経済学科を有する。

経済学科は2年次より4つのコース「歴史と発展」「環境と福祉」「企業と情報」「市場と政府」に分かれ、経済学のそれぞれの分野についての知を深めていく。各コースには定員はなく、各人の希望のコースへ進むことが可能である。

国際経済学科では、グローバル化時代に適応しうる人材を養成することを教育目標に掲げており、体系的かつ広範囲な国際関連専門教育が行われている。経済学科のようなコース制のかわりに、「地域研究」「比較研究」「問題群研究」の3つの科目群が開講科目の中心となり、現代の国際社会への理解を深められるようになっている。

専修大学で学ぶ外国人留学生と勉学をとおした交流も積極的に行われ、日本人学生と留学生との距離が近い学風を有する。また、教養科目とは別に、外国語科目が学科の専門科目としてあり、必修の英語に加え、ドイツ語やフランス語、中国語、スペイン語、ロシア語、韓国語、インドネシア語などの外国語教育が充実しており、経済時事英語、国際コミュニケーション、国際事情、地域研究特殊講義などの専門科目でも、ネイティブ・スピーカーにより英語で講義が行なわれている。国際経済学科独自のカリキュラムとして、海外研修というものがあり、夏季休暇を利用して海外の視察が行われている。

経済学科の学生は、就職を意識してかインターンシップに参加する学生が多くいるが、国際経済学科の学生は、習得した外国語を生かして、インターンシップではなく海外留学に行く学生の割合が非常に高い。

法学部[編集]

〈一部〉一学年 定員700名 〈二部〉一学年 定員150名

法学部には、法律学科(一部・二部)と政治学科(一部のみ)の2学科がある。

旧制法律学校時代からの伝統ある専修大学を代表する学部で、1880年に日本初の本格的私立法律学校となる専修学校法律科として創立された。「五大法律学校」の一校としても知られ、創立以来、数多くの法曹を輩出してきた。そのため、在京大学の中でも定員700名と大規模な法学部である。専修大学においても、他学部とは独立した都心の神田キャンパスを使用している学部であり、単科大学のような様相である。

法学部では、教養科目と専門基礎科目をまず学び、1年後、コースごとに分けられ、専門的に法律学と政治学を学ぶ。

  • 法律学科
  • 法律総合コース(1コース)
裁判官検察官弁護士など、広く法律専門職に必要な学力を養うコース。法律の基本科目である六法科目に重点をおき、実体法訴訟法の学習に重点を置いていて、裁判をフィールドにした法解釈の専門的能力の習得を目指す。
  • 企業法務コース(2コース)
企業法務関係者の弁護士や企業の企業の法務部門などに携わることを志望する学生が対象のコース。商法労働法を柱に、租税法倒産法独占禁止法知的財産法など企業がかかわりを持つ法律を総合的に学ぶ。
  • 公共法務コース(3コース)
国家公務員地方公務員など、各種公務員を志望する学生のためのコース。憲法・行政法などの公法を柱に、行政の実体を把握する政策関連の学習に重点を置き、公共政策のあり方を総合的に学ぶ。
  • 政治学科
以下のコース制を取っているが、自らが所属していないコースや法律学科開講科目の履修も認めている。ただし、コースごとに選択必修科目の選択幅などが異なる。
  • 政治理論・歴史コース
幅広い教養を見につけ、知を愛し歴史に学び、都市型社会の公共性を担う市民の育成を目指すコース。
  • 国際政治・地域コース
英語力を磨き、複雑多様化し世界規模で変化する政治現象や政治問題に、柔軟に即応できる能力を養成し、国際社会で主体性・独自性を発揮できる人材を育成するコース。
  • 日本政治・政策コース
公共政策課題に挑み、あらゆる領域で発生する問題を臨機応変に解決・処理できる能力を養うコース。

各コースでの授業に加えて、外交官駐日大使イラクパキスタン等)による国際政治や法律問題に関する学術講演会、シンポジウムなども開かれている。

クラブ、サークル活動の本拠地は、生田キャンパスであることが多く、それらの活動に参加する法学部生は、他学部生に比べあまり多くない。大学のエクステンションセンターで公務員講座等が受講できるため、ビルトインスクール方式で勉強している者も少なからずいる。法曹志望者は、法科大学院への進学を希望する者が多く、他学部と比べて卒業後の進路に進学を選択する者が若干多い。

なお、『専修大学百年史下巻』によれば、旧制の専修大学から新制の専修大学への移行認可申請を行ったときには、法学部は法律学科とともに政治学科の設置申請をしたものの、法律学科のみが認可された旨が記されている。

経営学部[編集]

一学年 定員530名

日本の大学でマネジメント研究が始まった最初期である1962年(昭和37年)に、全国の大学で5番目の経営学部として設置された。経営学科を有する。

教育方針として「理論と実践の融合」を掲げ、卒業生や一般の起業家、会社経営者らも教壇に立つことがあるなど、理論一辺倒にならぬ教育・研究が為されている。また、学部の開設当初には、当時最先端のことであった情報教育を教育の柱に据えるといったことや、スタンフォード大学にてPh.D.を取得して帰国した鳩山由紀夫(のちに内閣総理大臣となるが、当時はPh.D.を取得したての若手研究者だった)らを教員として迎え入れたこと、日本の大学としてはオペレーションズリサーチの研究にいち早く取り組んできたことなど、新しいことを受け入れる素地がある学部である。

なお、経営学部の情報教育にたいする姿勢については、学部の設置構想の段階では理工学部として検討されていたことや、学校法人専修大学の学内ネットワーク環境などを整備する情報科学センター(開設当初は電子計算機室)が当学部設立のために設置されたことからもうかがえることだろう。

また、学生自らが関心を持ったビジネスについての調査研究(科目名「ビジネス研究」)や、自主活動についての報告(科目名「自主活動報告」)に単位を与えていること、3年次以降のテーマ制(10のテーマ科目群から1つのテーマに付き12単位以上、計2テーマ=24単位以上選択させる)については、学生の自主的な学びを重んじているともいえよう。

商学部[編集]

〈一部〉一学年 定員530名 〈二部〉一学年 定員100名

一部にマーケティング学科と会計学科、二部にマーケティング学科を有する。

1905年に設置された商科が由来となり、その後の数度の改編を経て、1949年に商経学部商業学科、1963年に経済学部商業学科(商経学部の学部名称を変更)、1965年に商学部商業学科(経済学部商業学科から商業学科を分離)として設置されている。

専修大学内においてセメスター制、オフィスアワーを最初期に導入した学部である。

一部のマーケティング学科は、2年次後期より、「マーケティング」「グローバルビジネス」「ファイナンスコース」「ビジネスインテリジェンス」の4つのコースに分かれる。

1968年増設の会計学科は、1918年の計理科に由来している(ただし、「計理の専修」といわれるように会計学は商科、のちの商業学科でも重視されていた)。

会計学科は、会計についての会計についての外国書(英書)の講読をする科目と「会計プロフェッショナル」「管理会計」「財務会計」「財務情報分析」の履修モデル、そして課外講座である「会計士講座」「簿記検定講座」をリンクさせることで、国際会計基準に対応した会計専門家を育てている。

なお、旧制の専修大学から新制の専修大学への移行時には、商学部商業学科および計理学科として設置認可申請を出していたことが『専修大学百年史下巻』に記されている。

文学部[編集]

一学年 定員660名

学部開設時から、最大の学科数を誇る学部である。

学部開設時は国文学科、英米文学科、人文学科の3学科であった。なお、学部の開設時から人文学科においては、各々の学生が2年次へ進級してから人文(科)学の枠で語られる学問分野の概論・概説から学史や各論、卒業論文までを学科なみに整えた哲学・人文、史学、地理学などのコースにわかれる制度をとっていた(その後、国文学科や英米文学科においても、学生の希望によって、いわゆる古典文学あるいは近現代文学などの時代別や、国文学(英米文学)あるいは国語学(英語学)など分野別に、重点的に履修するコース制へ移行した)。そして、1996年に人文学科の心理学コースが心理学科として独立し4学科となった。しかし、2001年4月からは国文学科を日本語日本文学科(同時に学科内のコースを再編成し、日本語学専攻、日本文学文化専攻を設置)に、英米文学科を英語英米文学科に改称・改組し、人文学科の哲学・人文、史学、地理学、社会学コースを専攻へ改組(入学後に希望のコースを選択することから、原則として受験の段階で専攻を選択することへと変更)した。また、2010年からは日本語日本文学科の日本語学専攻を日本語学科へ、日本文学文化専攻を日本文学文化学科へ、人文学科の哲学人間学専攻(旧・哲学・人文コース)を哲学科へ、歴史学専攻(旧・史学コース)を歴史学科へ、環境地理学専攻(旧・地理学コース)を環境地理学科へ、社会学専攻(旧・社会学コース)を人間科学部社会学科へ改組するとともに、人文・ジャーナリズム学科を増設した[16]

経済学部(新制大学としての設置当時は商経学部)と法学部の歴史が長いため、世間では専修大学の文学部というとイメージがしがたい世代があるようだが、設置された年より、入学初年次の学生からゼミナールを行ってきたなど、人間味のある教育がなされている。

各学科とも、ゼミナールと卒業論文(英語英米文学科の一部学生は卒業研究)が必修である。大抵の大学が卒業論文の論文審査は教員一名(大抵は所属したゼミナールの教員)で行われるのに対し、本学文学部人文学科哲学人間学専攻(2011年度1年次入学者より哲学科)と同学科歴史学専攻(2011年度1年次入学者より歴史学科)では複数名の教員によって論文審査および口頭試問が行われる。これは大学院の博士論文審査などでは当然のことだが、学部の卒業論文では珍しい。

入学した学科、専攻に所属しながら、その学科、専攻が学問的に軸としているテーマと異なるテーマを選び、諸分野の横断的な学習・研究が可能なテーマ学習という制度がある。この授業は各学科、専攻の授業の如く、概論、特殊講義、ゼミナール、卒業論文などで構成され、系統だった学習・研究が可能であった。「アジア研究」、「ヨーロッパ研究」、「情報メディア研究」、「人間発達研究」というテーマが用意されている(これらの授業は内容を発展させ、2010年に文学部人文・ジャーナリズム学科の設置に至った)。

学科、専攻にかかわらず受講できる授業として、マスコミジャーナリズム講座というものも設置されている。一部の学科を除き、この講座の専門のゼミナールを受講し、卒業論文としてまとめて、卒業することも認められる(この講座については内容を発展させ、2010年に文学部人文・ジャーナリズム学科の設置に至った)。

1966年4月の学部開設時から2009年4月まで学生の受け入れを行っていた人文学科は、コース(晩年には専攻)制により、哲学、歴史学、地理学、社会学、心理学(心理学コースは1996年4月に学科となったため、1995年まで)を、概論から学史や各論、卒業論文まで体系だてて学ぶことができた。このため、これらの分野の研究者やカウンセラーなどとなっている卒業生には、専修大学文学部人文学科卒業という学歴を有する者がいる。

日本の大学ではじめて、学科名にジャーナリズムとついた人文・ジャーナリズム学科は、「東西文化」「生涯学習」「ジャーナリズム」のコースに分かれ、現代社会の課題にある背景を見極められる人材を養成している。また、同学科は、文学部で唯一、学科の専門科目に実社会での実習(インターンシップ)を開講していて、新聞社にて社員である記者とともに、取材や原稿執筆などを行っている学生もいる。

人間科学部[編集]

一学年 定員190名

心理学科と社会学科を有する。

文学部設置時から設置されていた人文学科の社会学系のコース(晩年には社会学専攻)と、同じく人文学科内のコースから一歩先に学科となっていた心理学科を切り離して設置された。

社会学科は、学生の将来の進路を想定した「文化・システム」「生活・福祉」「地域・エリアスタディーズ」の3つの系(科目群)を有するとともに、社会調査士の養成も行っている。

なお、旧制の専修大学から新制の専修大学への移行時には、経済学部内に経済学科とともに社会学科の設置申請を出していたことが『専修大学百年史下巻』に記されている。

ネットワーク情報学部[編集]

一学年 定員230名

元来、理工学部として設置検討がされていた経営学部経営学科(1962年設置)にて、もっとも理工系の色が強かった電子処理コース(1964年設置)が、1972年に経営学部情報管理学科となり、情報科学部(情報数理学科・情報システム学科)への改組構想(1992年に構想を断念)を経て、2001年に改組・開設されたという経緯がある。

大学受験生の保護者らに向けた学部案内では、文科系と理科系の融合した、総合科学系の学部と謳っている。

ネットワーク情報学科1学科のみだが、8つの目的指向プログラム制を導入。人間・社会・デザイン・ビジネス・技術・情報科学について学び、専門スキルと理論を徹底的に習得する。

専修大学の大学院には、当学部の大学院課程(研究科・専攻課程。具体的にはネットワーク情報学研究科・ネットワーク情報学専攻の類のもの)は存在しない。だが、経営学研究科経営学専攻の修士課程・博士後期課程に情報管理コースというコースが存在し、本学部の教員(一部)は、経営学部・経営学研究科などの数学、情報学や経営情報学などを専門とする教員らとともに、このコースにおいても教鞭を執り、研究指導などを行っている。なお、この情報管理コースは経営学研究科経営学専攻の経営学コースが「経営学」の修士号、博士号を授与できるのに対し、「情報管理」の修士号、博士号を授与できるようになっている。

二部(夜間部)[編集]

  • 経済学部(経済学科)、法学部(法律学科)、商学部(マーケティング学科)がある。
  • 基本的に授業の開講は月~金曜日は6限、7限で、土曜日は1限~6限であり、4年間(以上)で卒業が可能。
  • 一部(昼間部)の授業も一部履修することができる。
  • 各学部間で、相互乗り入れ授業(所属学部以外に他学部の授業も履修することができる)も行われている。
  • 教養科目や教職課程を含め、一部(昼間部)のカリキュラムとほぼ同等のものが整備されている。
  • 霞ヶ関等の中央官庁が比較的近隣の為、多くの国家公務員の学生が在籍している。

懸賞論文・文芸作品コンクール[編集]

  • 在学生を対象に懸賞論文および、文芸作品のコンクールが毎年開催されている。懸賞論文は大学院生は応募できないが、一部、二部の学生を問わず応募することが出来る。文芸作品コンクールは大学院生を含む全学生が応募でき、戯曲でも応募可能である。
  • 平成24年度までは、懸賞論文、文芸作品コンクールとも、鳳賞(最優秀賞)、続いて優秀賞、佳作、努力賞という4段階評価(各賞とも、該当者なしの年もあった)であったが、平成24年度から、長年にわたり懸賞論文・文芸作品コンクールにおいて尽力してきた故柘植光彦文学部教授の功績を称えた「柘植光彦文学賞」が鳳賞に次ぐ賞となり、優秀賞、佳作、努力賞と5段階の評価がなされるようになった。
  • 入賞作品は印刷、製本され、大学内にて教員、職員や学生に配付される。なお、平成20年度以降のものは大学HPでも公開している。また、印刷製本されたものは専修大学図書館にも所蔵される。

スポーツ[編集]

学園祭[編集]

学園祭はキャンパスごとに行われ、名前も生田キャンパスでは「鳳祭」、神田キャンパスでは「神田鳳祭」というように異なる。

「鳳祭」は例年11月の開催で、専大最大の学園祭である。主催は全学生によって信任された専修大学鳳祭実行委員会である。鳳祭は学内サークル・ゼミナール・文化会・連合県人会など約200団体が参加して、研究発表・スポーツ・音楽など多彩な催しを開いている。近年では、本学学生を中心とし約3万人もの来場者が足を運んでいる。期間中は、オープニングパレードや前夜祭、ライブステージ、講演会、学生プロレス、ミス専修コンテスト(ミスコン)と沢山の企画が行われる。ステージショーには、芸能人俳優その他著名人が参加することも珍しくない。

「神田鳳祭」は、法学部と二部(夜間部)全学部の学生が通学する神田キャンパスを会場とする、全国でも珍しい二部主体の学園祭である。主催は専修大学神田鳳祭実行委員会で、鳳祭よりも約1ヶ月近く前に行われる。ステージショーには、主にタレント芸人が招待される。期間中は、大学構内に特設市場が出現し、小物やアクセサリーから骨董品までバラエティーにとんだ出店が並び、焼き鳥や唐揚げ、焼きそば、たこ焼き、デザートなどの各種屋台もある。

アクア&フィットネス会員[編集]

  • 大学院生を含めた全学生を対象に、アクア&フィットネス会員という制度がある。
  • これは生田キャンパスにある生田総合体育館の温水プールとトレーニングルームが使用できる制度である。
  • 登録料は新規会員登録時に2000円、1年後の更新時に1000円。そして30分程度の利用者講習会の受講(無料)と指定靴紐の購入が必要。
  • この会員になると原則として温水プールは月曜日、火曜日、金曜日に、トレーニング室は月曜日から土曜日に利用が可能となる。

卒業パーティー[編集]

  • 卒業式入学式と同様、神田キャンパス近くの日本武道館で行われるが、卒業式の後には神田キャンパスに場所を移して卒業パーティー(正式には新校友歓迎祝賀会という)が行われる。
  • 内容としては校友会会長の挨拶、卒業生代表らによる樽酒の鏡開き・振舞酒、祝宴、校友代表挨拶、校歌斉唱等が行われる。

施設[編集]

神田キャンパス[編集]

神田キャンパス
黒門
  • 設置学部:法学部、二部経済学部、二部法学部、二部商学部
  • 設置研究科:法学研究科、法務研究科
  • 交通アクセス
JR中央・総武線(各駅停車) 水道橋駅西口より徒歩7分
東京メトロ東西線半蔵門線都営新宿線 九段下駅神保町方面改札より徒歩3分
東京メトロ半蔵門線・都営三田線・都営新宿線 神保町駅専修大学方面改札より徒歩3分
  • 神田キャンパスは、東京都心部の神田神保町に位置する高層校舎を中心とした都心型キャンパスであり、学生数の増加に伴って数回拡張や整備が行われてきた結果、現在の形となっている。東京都心にあって用地取得が難しいこともあり、若干ではあるが校舎は周辺にも点在している。ただし、大多数の法学部生が利用する校舎や施設は全てキャンパス内に位置し、大学院生以外はこれらの点在施設を利用することは少ない。
  • キャンパスは、皇居靖国神社北の丸公園日本武道館東京ドームシティにほど近い。そのため、授業の合間や帰宅前に、キャンパス外で食事をしたり名所旧跡巡りをする学生もいる。
  • キャンパスの周辺は、明治大学法政大学東京理科大学日本大学共立女子大学など大学が集中しており、「神田カルチエ・ラタン」と呼ばれる学生街を形成している。また、集英社小学館をはじめとする大手出版社や毎日新聞社も本拠を構えており、情報の発信地となっている。
  • 日本教職員組合日教組)本部がある日本教育会館にも近い為、キャンパス周辺の道路は、警視庁の警察官が警戒に当たり、右翼団体の街宣車が押し寄せた際には、道路がバリケードで封鎖されることもある。
  • 神田キャンパスには、二部(夜間部)が設置されており、法学部(昼間部)の学生も放課後に課外講座などがあるため、多くの学生が朝早くから夜おそくまで大学に登校していて、大学が深夜閉鎖されるぎりぎりまで、学生達が勉学に励んでいる姿が見受けられる。
  • オフィス街に立地しており、震災等発生時には、帰宅困難者受け入れ施設となる。

建築物[編集]

  • 1号館
    1号館は、学長室の入る地上15階地下3階建ての本館として1973年に竣工した校舎である(その後、学長室は6号館へ移設された)。正面から見てピロティを含めた中央の建物である。日本の大学で最初の高層校舎で、都心大学の高層化の先駆けであった。現在でも大学内で最も高層の建物である。報恩の間(15階に位置する多目的ホール)・カフェテラス(14階の食堂)・ゼミ室・情報科学センター・端末室・事務室・会議室・各教員の研究室・今村法律研究室・体育館・シャワールーム等が入る。9~13階が教員の研究室スペースで、受付は10階にある。エレベーターは3基のみであり、始業前の時間帯には、使用が殺到し大変混雑する。
    2号館
    典型的なインターナショナルスタイルの建物で、1号館や3号館と一体になっており、正門側正面から見て西側に当たる部分が法学部2号館である。地上3階地下2階建て。学生ホール・各種大~小教室・法廷教室・書店兼売店(邦光堂書店)・学生食堂・サークル用部室・守衛所等が入る。地階が学生会館として機能しており、地下2階の学生食堂を取り囲むように、二重の地下回廊が配置されていて、その両サイドには、サークル活動のための部室や会議室が並んでいる。経年劣化対策として、天井パネル・照明グローブ・床敷物・机などの内装を変更するリニューアル工事が進んでいる。
    3号館
    1号館の東側に位置する校舎。大学図書館神田分館と各事務室・資料室等が入る。地上3階地下3階建て。地下3階~地上1階部分が図書館であり、3階に神田キャンパス最大の教室である303教室が入る。図書館のリニューアル工事が完了し、1階と地下1階のラウンジがリニューアルされた。ラウンジのスペースは、これまでの約2倍の広さとなり、混雑する時間帯にもより多くの学生の利用ができるようになった。ラウンジには、テレビ新聞雑誌機関紙などの読み物をはじめとして、ソファや自習机などの広い個人空間、インターネットやプリンター、コピー機などのビジネス機器が提供され、ラーニングコモンズの要素をもっている。また、大学図書館前には、新たに躯体が建設され、大学図書館と1号館ピロティが接続された。
    新5号館
    旧5号館跡地に建設された新校舎。2014年3月24日に竣工。地上7階地下1階建てで、教室と学習支援機能(自習・ディスカッションルーム等)が配置される。2014年度から供用開始。
    6号館(専修大学会館)
    専大通り沿いに位置し、大学の本部事務棟として使用され、理事長室や学長室もこの建物に位置する。そのほかに、経理課、募金局、校友会(同窓会)事務局、育友会(保護者会)の各部署、国際会議室等が入る。6号館は「S字」に湾曲しており、歪な形をしている。これは用地買収が進まず、周辺の雑居ビルなどを避けるため、建物の一部を計画時より縮小して建設したためである。このため、将来の増築に備え、容易に増築が可能な構造になっている。
    7号館(大学院棟)
    専大通りに面している大学院専用校舎。地上7階地下1階建て。主に大学院の授業で利用される。小~中教室・端末室、入学センター、就職課、エクステンションセンター事務課等が入る施設である。大学院の正門があり、アーケードが設けられていて、専大通りから2号館方面に抜けられる。
    8号館(法科大学院棟)
    2003年12月に竣工。専大通りの向かい側にある専門職大学院法務研究科(法科大学院)の専用校舎。1階に法科大学院附属今村記念法律事務所も開所されており、一部の授業の場として使われるほか、一般市民からの法律相談も承っている。なお、2007年2月には、創立130年記念事業の一環として、入口前に「正義の女神」像のメモリアルポールが設置された。

体育館[編集]

法学部1号館の地下3階にある。体育室・武道場・トレーニングルーム・シャワールーム等の各種体育施設が入っている。トレーニングルームは、事前講習を受ければ学生が自由に使用できる。

学生食堂[編集]

3つの食堂が存在し、東京ケータリング株式会社が運営している。また、近隣の飲食店を利用する学生も多い。

  • B2カフェテリア
    法学部2号館地下2階に位置する。通称B2(ビーニ)。座席数は250で、神田キャンパス最大。セットメニュー・麺類・デザートなど常時数種類のメニューを提供している。キャンペーンメニューはこちらで提供している。平日は、終日営業している。
    カフェ ラ・ポルトロワール
    法学部2号館地下1階に位置する。通称B1(ビーイチ)。座席数は100。 日替わりの数種類のメニューと、カレー・サンドウィッチを提供しているカフェテリアタイプの食堂である。地下1階ではあるが半地下構造の場に、テラス席が設けられている。営業時間は平日11時~13時半がランチタイム、それ以外がカフェタイムとなっている。カフェタイムにはサンドイッチバーともなっており、お好みのパンと具材をチョイスして好みのサンドイッチを食べることが可能。長期休暇中も営業時間を短縮して営業している。なお、このカフェとなる以前は、「せいきち」というそばがメインの食堂であった。
  • 14Fカフェテラス
    法学部1号館14階に位置する。通称テラス。メニューはカレーとパスタのみを提供している軽食堂である。丸ノ内や新宿方面の展望を楽しみながらの食事ができる。営業時間も11時~14時と短いが、こちらは夜までラウンジとして開放している。

講堂[編集]

  • 303教室
    法学部3号館3階に位置する神田キャンパス最大の教室。通称サンマルサン。700人収容で、普段は大人数での授業や試験で使われているが、講演会や演奏会、シンポジウム等にも利用されることがある。
    報恩の間
    法学部1号館15階に位置する小ホール。各種シンポジウムやパーティ等で利用されている。丸ノ内や新宿方面の展望が素晴らしい。
  • キャパシティの関係から、入学式や卒業式を始めとする大規模な集会や記念行事などは、近隣の日本武道館やホテルニューオータニパレスホテルなどで行われる。

歴代の校舎[編集]

旧1号館(本館)
  • 第一校舎
    現在の神田キャンパスに1921年に竣工した校舎。木造3階建てで、大正期の専大を代表する重厚な校舎であり、6つの講堂と学校事務室、図書室などが設けられていた。しかし、1923年9月1日の正午頃発生した関東大震災により、わずか3年余りで、図書室書庫の壁一枚を残して焼失してしまった。
    旧1号館(本館)
    現在の神田キャンパス1号館の位置に存在した地上3階・地下1階建ての鉄筋校舎。1929年に竣工。完成当時は大講堂や大学図書館を有していた。戦災にも耐え、戦後は大学本部のある本館として使われていた。1973年のキャンパス再開発前に取り壊され、これにより専修大学から戦前の校舎が全て姿を消すことになった。
    旧2~4号館
    1952年に竣工した鉄筋校舎。2号館と3号館が3階建て、4号館が4階建てであり、1号館と連絡通路で結ばれていた。キャンパス再開発に伴い取り壊された。
    旧5号館
    キャンパスの裏側に隣接していた英会話スクールの校地と校舎を買い取り、利用していた校舎。地上7階地下1階建て。小~大教室、エクステンションセンター、資格講座受講生自習室、入学センター入学課等が入る施設であった。2011年に発生した東日本大震災の影響で損壊し、倒壊の危険性が高まったため解体された。跡地には、新5号館が建設された。

生田キャンパス[編集]

生田キャンパス・9号館(120年記念館)
生田キャンパス・正門
  • 設置学部:経済学部、商学部、経営学部、文学部、人間科学部、ネットワーク情報学部
  • 設置研究科:経済学研究科、商学研究科、経営学研究科、文学研究科
  • 交通アクセス
小田急小田原線 向ヶ丘遊園駅南口より徒歩14~20分(どの棟へ行くかで若干時間が変わる)、もしくは小田急バス向10系統・専修大学9号館前行きあるいは専修大学行きで約10分
東急田園都市線横浜市営地下鉄ブルーライン あざみ野駅より専修大学専用バスのノンストップ便で約25分(路線バスだと向11系統・向ヶ丘遊園駅行きを利用することになるが、聖マリアンナ医科大学を経由する遠回りとなるため、最寄りの専修大学120年記念館前停留所まで最短で約30分ほどかかる)
  • 東京都心から西へ15km、川崎市多摩区にある生田キャンパス。南北を貫く多摩川沿いの丘陵地帯に広大なキャンパスが造られたのは、戦後のことである。以来、向ヶ丘は専修大学の拠点として、多くの学生が集まる大学の街として知られるようになった。
  • 森の中に複数の校舎とスポーツ施設などがあり、それぞれは歩道で繋がれている。構内の端から端まで歩いて15分以上かかるほどキャンパスが広いため、路線バスの停留所が校舎により異なる。また、丘陵の中腹から山頂にかけての斜面に立地しているため、8階建ての9号館の屋上よりも1号館の1階のほうが高い位置にある。
  • 元々手狭だった神田キャンパスよりほとんどの学部を移す予定で広大なキャンパスが造成された。現在では、法学部を除く6つの学部に約1万5千人の学生が通うマンモス大学である。そのため、9号館には大学本部機能や図書館本館が設けられており、教室などの建物は大きく作られている。
  • 広大な生田緑地に隣接していて、周辺には枡形山や飯室山の森林が広がっている。七草峠の途中にある谷戸湿地に、ゲンジボタルが生息する清流が流れていて、夏至の前後には、ホタルの光の舞を観賞することができる。そのような生田緑地は、猛勉強に明け暮れる学生たちが、授業の合間に“ホッと一息つく”場所であり、午後は、ベンチで居眠りしながら森林浴を楽しむ姿が見受けられる。
  • 大学周辺の界隈は、大学の大きな建物が並ぶ通りとは雰囲気が違う、低い家並みが続く住宅地となっていて、体育会(運動部)の学生が共同生活を送りながら大学に通う体育寮(運動部所属学生のための寮)や、上京した学生たちが暮らしている下宿があり、夕方近くのアパートの窓には、学生たちの姿が見える。また、丘陵地帯で坂が多くあり、自然の地形を活かしたいくつもの御堂を持つ寺院や、見事な彫刻が施された神社が坂の途中にある。
  • 周辺には明治大学日本女子大学聖マリアンナ医科大学などのキャンパスの他、向ヶ丘遊園川崎市岡本太郎美術館藤子・F・不二雄ミュージアム等がある。

エリア[編集]

  • 新校舎エリア
    生田キャンパスの中枢エリア。図書館本館・学長室・ラボ(研究室)・情報科学センター・国際交流センター・購買会・学生食堂・アトリウム(学生ホール)等が入る8号館・9号館(120年記念館)、700人収容の大講堂・大~小教室・食堂・芝生広場を有する10号館(130年記念館)から成る。新しく造成した校舎群のため、既存の校舎群がある急傾斜地の下に位置する。朝には一部路線バスが120年記念館前停留所を経由し専修大学9号館前停留所まで運行を行っている。
    旧校舎エリア
    坂を登った先にある生田緑地に隣接するエリア。低層の1号館、2号館、4号館、図書館生田分館、生田会館(学生会館)、グリーントップ(食堂棟)、万葉植物園からなり、各校舎がコの字型に配置されている。下の生田会館から上の1号館まで階段歩道が続いており、エリアの最も奥のロータリーに専修大学前停留所がある。正門が設置されている。
    第一体育館エリア
    市道を挟んで正門前の向かい側にある5号館、6号館(大学院棟)、7号館、第一体育館、食堂館、第1~第3自治会館、セブンイレブンから成るエリア。
    11号館エリア
    2010年に完成した生田キャンパスで最も新しいエリア。11号館(心理学棟)のみで、主に大学院文学研究科心理学専攻の施設として使用され、心理教育相談室など臨床心理に関する設備が多い。
    体育施設エリア
    第3種公認の陸上競技場、各種アリーナ・室内温水プールなどが入る総合体育館、格技場が入る第二体育館、相撲道場、アーチェリー場、ゴルフ練習場、テニスコートが広がり、第一体育寮もある。第一体育寮前のトンネル入口に120年記念館前停留所がある。
    北グラウンドエリア
    小道を抜けた先にある体育施設エリア。北グラウンド(アメリカンフットボール・サッカー)、弓道場、第二体育寮、国際研修会館等がある。

建築物[編集]

130年記念館(生田10号館)
  • 1号館
    1957年(昭和32年)に竣工した1号館(旧1号館)の跡地に、1979年(昭和54年)に竣工。地下1階、地上4階建てで、大きくは電算部門(かつての経営学部情報管理学科の実習室で、現在はネットワーク情報学部の実習室)、教員研究室、考古学及び地理学の実習室の三部門からなる校舎である。竣工した一年後の1980年(昭和55年)から増築を行い、2号館との接続がなされた。
  • 2号館
    1962年(昭和37年)8月に竣工。一部地下1階、中4階つきの3階建て。当初の計画では経営学部校舎として建設された。エクステンションセンター事務課、LL教室、書道室、化学実験室(通称・地下実験室)、授業用写真現像のための暗室などがあった。2011年3月の東日本大震災で耐震強度などに不具合が生じ、原則的に立入禁止(使用不可)を経て、2014年5月に取り壊された。このため、「2号館」は後述する「3号館」とともに、生田キャンパスで欠番となっている。なお、化学実験室などは5号館へ、書道室は9号館へ移った。
  • 3号館
    1964年(昭和39年)9月に竣工。6階建てで、10号館(130年記念館)ができるまでは最も高く、2階に100人収容できる教室が4部屋、3階・4階に400人収容できる教室がそれぞれ2部屋、5階・6階部分に、映写機がある約900人を収容できる大教室があったなど、大きな校舎であった。襟章にある「鳳」の羽の形とともにペンの先の形をしており、専修大学のシンボルといえる校舎だった。2011年3月の東日本大震災で不具合が生じ、2号館よりも先に取り壊された。このため、2014年現在、生田キャンパスにおける「3号館」は、欠番となっている。
  • 4号館
    1966年(昭和41年)3月に竣工。1階部分の教務課や学生生活課を中心に、キャリアデザインセンターや就職課など、学生にとっては馴染みある事務室がある校舎。当初、文学部のための校舎として設置される。その後、文学部改組による人間科学部設置のため、一部の教室で改装(講義用教室から特定の実習・演習のための教室への改装)が行われた。
  • 5号館
    1971年(昭和46年)3月に竣工。講義室や教員研究室とともに、走査型電子顕微鏡や透過形電子顕微鏡のある生命科学実験室、スポーツ研究所(旧・社会体育研究所)がある。スポーツ研究所には、日本ではじめて日常のトレーニング環境の中で高地トレーニングができる施設を持ち、黒岩彰らオリンピアン輩出の一翼を担っている。2号館の立入禁止後には、一部の講義室を改装し、化学実験室が移設された。
  • 6号館
    1965年(昭和40年)3月に竣工。当初は学生寮として設置された。その後、学生寮としての活用を取りやめ、1975年(昭和50年)に改装。それまで、4号館並びに、現在の図書館別館(当時は図書館本館)に分散していた大学院研究科を取りまとめ、大学院専用校舎とした。この措置により、神田校舎に法学研究科、それ以外の研究科を生田校舎6号館に置くこととなった(その後、規制緩和を利用し、経済学研究科と商学研究科の、主として社会人向けコースを神田校舎においても、平日の夜間と土曜日の終日に開講している)。
  • 7号館
    1987年(昭和62年)9月に竣工。地下1階、地上3階建てで、ゼミ室と教室のみの校舎。
  • 8号館
    1996年(平成8年)4月に竣工。一部の教員の研究室と教室からなる。山の斜面に添って建つ9号館や7階と隣接していて、3階が9号館6階と、屋上が9号館8階および7号館1階と繋がっている。
  • 9号館(120年記念館)
    1998年(平成10年)4月に竣工。1階ロビーの一部に受験生用の入学試験について広報・応接スペースである「入学センター・インフォメーション」、2階に教職員用会議室、2階・3階・4階に図書館本館および書庫(入口は3階)、4階と6階に情報科学センターおよび端末室(教育・研究用パソコン室)ならびにサーバー室、5階にイベントスペースとしても活用できるアトリウムや学生食堂と国際交流センター、5階と6階に教員用研究室、6階に学部長室、学長室、理事長室、6階と7階に教室があり、屋上部分にほど近い8階に、主として兼任教員のための教員室もあるなど、最も多くの施設を持つ校舎である。また、6階と8階が向かい合っている8号館へ、3階と5階が10号館2階へ、連絡通路でつながっている。なお、2号館封鎖・取り壊し後は一部の教室を書道室に転用している。
  • 生田10号館(130年記念館)
    2007年(平成19年)3月に落成式が行われ、同年4月に供用開始した。この校舎ができる以前、当地には生田野球場があり、野球部や準硬式野球部が汗を流す姿が見られた[17]。延床面積は約2万1千㎡で、前述の「3号館」の取り壊し後は、大学内で最大規模の校舎であり、生田キャンパス最大の教室である10301教室がある。なお、神奈川県の建築に関する条例などをクリアするため、通常は1階となる部分が地下1階という、変わった構造をとっている。また、2階部分に9号館5階と3階(図書館の入口)へ繋がる連絡通路がある。
  • 生田11号館
    2009年(平成21年)9月29日に落成式が行われた。主に大学院文学研究科心理学専攻の施設として使用され、心理学科の教員等が相談員をする心理教育相談室などもある。
  • 国際交流会館
    2014年まで、生田キャンパスの隣接地に、国際研修館という留学生のみが入居できる学生寮が存在し、海外からの留学生の多くは国際研修館に入っていた。日本の生活を知らない留学生もここで生活することによって日本に慣れることができ、また、日本人学生による留学生アシスタントも、国際研修館に入ることができ、日本にいながら異文化の中で生活して、相互理解を深めることができた。2014年、以下に記す国際交流会館にその機能を移転させた(この建物は、国際交流会館への機能移転後から改装工事がはじまり、2015年度より、体育会(運動部)の学生のための寮となる予定)。
    2014年から国際研修館に代わる国際交流会館の供用が開始された。国際交流会館の供用開始により、留学生など常時100人以上の滞在が可能になり、1階には日本人学生との交流スペースを設けるなど、グローバルな人材を育成する学生寮としての機能を持つ新たな国際交流の拠点となる。国際交流会館には、海外の協定校からの交換留学生や短期留学生、日本人学生による留学生アシスタントが滞在し、海外からの客員教授や研究者の宿泊施設も併設する。また、協定校からの受け入れプログラムに応じた日本人学生とのルームシェアプログラムも検討されている。留学生用の部屋は2人1室が基本で、収容人数は100人以上になる。1階には広い多目的室やラウンジが設けられ、懇談会などの交流イベントの実施も可能になる[18]

学生食堂[編集]

  • 生田キャンパス内にある学生食堂は、食堂のみの食堂館と東生田食堂棟「グリーントップ」(のちに地下1階部分が学生相談室となる)と9号館5階及び10号館4階と生田会館に設置され9箇所となっている(かつては学内書店跡地の3号館裏にもあった)。また、9号館と10号館の食堂内では、持ち帰りのできるパンの販売、キャンパス内の各所で弁当の販売も行われている。

講堂[編集]

  • 10号館(130年記念館)10301教室
    10号館3・4階に位置する615人収容の専修大学最大の講堂。通称イチゼロサンマルイチ。講演会やコンサートなどで利用されているが、普段は大人数の授業が行われる。大学スポーツの優勝祝賀会や大学祭などの集会にも利用されることがある。
  • この他にも生田キャンパスには、大教室や広場、野外音楽堂などがあり、それぞれ講演会、体育会(運動部)の壮行会、学生によるサークルなどのコンサートや演劇公演等で利用されている。

エリア放送[編集]

地上一般放送局の免許を受けワンセグエリア放送を実施している。 [19]

免許人 局名 識別信号 物理チャンネル 周波数 空中線電力 ERP 業務区域
学校法人専修大学 専修大学生田エリア放送 JOXZ3AV-AREA 30ch 575.142857MHz 760μW 760μW 専修大学 生田キャンパス内
専修大学登戸エリア放送 JOXZ3AW-AREA 760μW 320μW 川崎市多摩区役所周辺
  • 初回免許年月日 平成25年2月25日
  • 免許年月日   平成25年4月1日
  • 免許の有効期限 平成30年3月31日

キャンパス構想[編集]

専修大学は2011年に、「キャンパス構想検討会議」を学内に設置して、キャンパス整備の課題を短期・中期・長期に分け、計画実現のための財源確保なども含めた構想を検討した。その結果、創立150年を見据えたキャンパス再整備に本格的に乗り出すことになった。

初弾の短期計画(3年単位)としては、まず、神田キャンパスの法学部5号館跡地に新5号館が建設される。新5号館は、地上7階地下1階建て、延べ約3300㎡で、主として教室と学習支援機能を配置し、2014年度からの供用開始を予定している。また、生田キャンパスでも国際交流会館および新体育寮(体育室付置)が建設着工の予定で、行政や近隣との調整が終わり次第、2012年度中に新築工事が着工される。生田3号館跡地などには、7階建ての大学院棟および3階建ての学部校舎が建設される予定である。

中期計画(7年単位)では、神田キャンパスの整備を行う。靖国通り沿いにキャンパスを拡張し、地上17階地下2階建て、延べ約1万5000㎡で4000人強の学生を収容しうる高層校舎を建設し、複数学部の授業を都心で展開(都心回帰)する予定である。

専修大学図書館[編集]

専修大学図書館は、1912年に相馬田尻還暦記念文庫を拡張して図書館としたのがはじまりであり、その歴史は100年を超える。創設以来、多くの学生や教員の教育・研究活動を支える中枢機関として機能している。所蔵冊数は170万冊を超え、VHS、LD、DVD、CD-ROMなど、書物以外の資料も充実している。
貴重書も多数所蔵しており、1977年に大学創立100周年記念事業の一環としてフランス革命期大コレクションを購入し、「ミシェル・ベルンシュタイン文庫」と命名された。これは、資料の質・量ともフランス国立図書館のそれに次ぐものといわれ、「人権宣言」とその成立過程を示す資料、複数のデザインの「ルイ16世の遺言書」、大判の「マリー・アントワネットに対する死刑判決書」、数あるフランス革命絵画の原点となる『フランス革命史画集成』など、今日の教科書に載る原資料が揃っている[20] 。また、ディドロダランベールらによる『百科全書』(初版)原典、スミス国富論』(初版)原典なども所蔵している。

なお、1980年には、『専修大学本源氏物語系図』などの蜂須賀家旧蔵本のうち、『長秋詠藻』が、1991年には、所蔵の師継筆貞応本『古今和歌集』が、重要文化財に指定されている。

大学図書館は、神田キャンパスに神田分館と神田分館法科大学院分室、生田キャンパスに本館と生田分館の4つに分かれている。大学本部は、神田キャンパスに設置されているが、図書館本館は生田キャンパスに設置されている。全学生が4つの図書館を利用することができ、利用したい図書資料が所属キャンパスにない場合にも、スピーディにその図書資料を取り寄せることができる。神田分館や法科大学院分館では、法律学と政治学に関する書物を重点的に所蔵しており、全面開架方式を採用している。
神田分館の入口には、ラテン語で「JUS EST ARS BONI ET AEQUI(法は善と衡平の術である)」という格言が刻まれた銅板プレートが掲げられている[21]。また、生田分館の入口には、「VERITAS NOS LIBERABIT(真理はわれわれを自由にするだろう)」という銘文がある[22]

情報科学センター[編集]

情報科学センターは、情報教育を教育の柱とする経営学部開設のために設置された電子計算機室を起源とする。
現在は学生、大学院生の学習や研究のためにある端末室の維持、管理を行う部署である。また、在学生を対象に「ホームページ作成講座」、「FLASH入門講座」、「情報処理技術者試験対策講座」などの課外講座も行う。

端末室[編集]

  • コンピューター関係で長い歴史を持つ専修大学だが、生田キャンパスは、1号館・3号館・120年記念館(9号館)・130年記念館(10号館)に、神田キャンパスは、1号館・7号館・8号館に端末室がある。他にも図書館に蔵書検索OPACがあり、様々な箇所にコンピューターがある。2010年4月の機器更新で全国の大学に先駆けてWindows 7を導入した。

国際交流センター[編集]

国際交流の計画・協定締結をはじめとして、教員の交流、留学を希望する学生に対する情報提供や課外語学講座の実施、留学生の相談部署として機能する。

エクステンションセンター[編集]

専修大学では、各種資格取得支援として、エクステンションセンターが設置されている。開講されている講座は以下のとおりである。

ほか、多種多様な講義が存在する。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者組織[編集]

専修大学育友会[編集]

  • 専修大学には1958年昭和33年)設立の一部全学生の保護者組織があり、「専修大学育友会」と称する。
  • 学生育成のための支援と会員同士の相互親睦を目的としている。
  • 国内に68支部(全都道府県に最低1支部は存在)と海外に1支部を持ち、各支部ごとの懇談会や保護者向けの就職懇談会、子弟子女の通うキャンパスへの見学会などを催している。

専修大学校友会[編集]

  • 専修大学の同窓会は「専修大学校友会」と称し、会員同士の親睦を図り、学校の発展に寄与することを目的としている。
  • 1887年明治20年)、当時の専修学校卒業生らにより、「専修学校同窓会」として発足したものが前身である。
  • 1950年昭和25年)、「専修大学校友会」に名称を改められた。
  • 全国各地に地域支部、職域支部、海外支部、同窓会、同期会と300を超える支部がある。
  • 専修大学短期大学部専修大学北海道短期大学石巻専修大学と合同の組織である。
  • 本部や支部による総会・懇親会のほか、会報の発行、無料法律相談、キャンパス内への植樹、図書の寄贈なども行っている。

関連事業等[編集]

大学関係者一覧[編集]

対外関係[編集]

大学[編集]

※なお、国際交流協定は締結されていないが、タイ王国マレーシアインド共和国イタリア共和国の大学にもカウンターパートがある。

  • 小学校教員養成特別プログラム

大学院[編集]

  • 首都大学院コンソーシアム学術交流に関する協定に基づくもの(全研究科)
    • 共立女子大学大学院 家政学研究科、文芸学研究科、国際学研究科
    • 順天堂大学大学院 医学研究科、スポーツ健康科学研究科、医療看護学研究科
    • 玉川大学大学院 文学研究科、農学研究科、工学研究科、マネジメント研究科、教育学研究科、脳情報研究科
    • 中央大学大学院 法学研究科、経済学研究科、商学研究科、理工学研究科、文学研究科、総合政策研究科、公共政策研究科
    • 東京電機大学大学院 未来科学研究科、工学研究科、理工学研究科、情報環境学研究科、先端科学技術研究科
    • 東京理科大学大学院 理学研究科、総合化学研究科、科学教育研究科、薬学研究科、工学研究科、理工学研究科、基礎工学研究科、生命科学研究科、経営学研究科、国際火災科学研究科
    • 東洋大学大学院 文学研究科、社会学研究科、法学研究科、経営学研究科、経済学研究科、工学研究科、国際地域学研究科、生命科学研究科、福祉社会デザイン研究科、学際・融合科学研究科
    • 日本大学大学院 法学研究科、文学研究科、総合基礎科学研究科、経済学研究科、商学研究科、芸術学研究科、国際関係研究科、理工学研究科、生産工学研究科、工学研究科、医学研究科、歯学研究科、獣医学研究科、松戸歯学研究科、生物資源科学研究科、薬学研究科
    • 法政大学大学院 人文科学研究科、国際文化研究科、経済学研究科、法学研究科、政治学研究科、社会学研究科、経営学研究科、政策科学研究科、環境マネジメント研究科、公共政策研究科、工学研究科、人間社会学研究科、情報科学研究科、政策創造研究科、デザイン工学研究科
    • 明治大学大学院 法学研究科、政治経済学研究科、経営学研究科、文学研究科、理工学研究科、農学研究科、情報コミュミケーション研究科、教養デザイン研究科、先端数理科学研究科、国際日本学研究科
  • 神奈川県内の大学間における学術交流に関する協定書に基づくもの(全研究科)
    • 青山学院大学大学院 理工学研究科
    • 麻布大学大学院 獣医学研究科、環境保健学研究科
    • 神奈川大学大学院 法学研究科、経済学研究科、経営学研究科、外国語学研究科、理学研究科、工学研究科、歴史民俗資料学研究科、人間科学研究科
    • 神奈川工科大学大学院 工学研究科
    • 関東学院大学大学院 文学研究科、経済学研究科、法学研究科、工学研究科
    • 北里大学大学院 理学研究科、医療系研究科、看護学研究科、薬学研究科、獣医学系研究科、海洋生命科学研究科、感染制御科学府
    • 相模女子大学大学院 栄養科学研究科
    • 松蔭大学大学院 経営管理研究科
    • 湘南工科大学大学院 工学研究科
    • 情報セキュリティ大学院大学 情報セキュリティ研究科
    • 総合研究大学院大学 文化科学研究科、物理科学研究科、高エネルギー加速器科学研究科、複合科学研究科、生命科学研究科、先導科学研究科
    • 鶴見大学大学院 文学研究科
    • 桐蔭横浜大学大学院 法学研究科、工学研究科
    • 東海大学大学院 文学研究科、政治学研究科、経済学研究科、法学研究科、芸術学研究科、体育学研究科、理学研究科、工学研究科、開発工学研究科、海洋学研究科、健康科学研究科、人間環境学研究科
    • 東京工業大学大学院 生命理工学研究科、総合理工学研究科
    • 東京工芸大学大学院 工学研究科
    • 東京都市大学大学院 環境情報学研究科
    • 日本大学大学院 生命資源科学研究科、獣医学研究科
    • 日本女子大学大学院 人間社会研究科、文学研究科、理学研究科、家政学研究科、人間生活学研究科
    • フェリス女学院大学大学院 人文科学研究科、国際交流研究科、音楽研究科
    • 明治大学大学院 農学研究科
    • 横浜国立大学大学院 工学府、環境情報学府、教育学研究科、国際社会科学研究科、都市イノベーション学府
    • 横浜市立大学大学院 医学研究科、都市社会文化研究科、生命ナノシステム科学研究科
  • 経済学研究科
    • 青山学院大学大学院 経済学研究科
    • 中央大学大学院 経済学研究科
    • 東洋大学大学院 経済学研究科
    • 日本大学大学院 経済学研究科
    • 法政大学大学院経済学研究科
    • 明治学院大学大学院 経済学研究科
    • 明治大学大学院 政治経済学研究科経済学専攻
    • 立教大学大学院 経済学研究科
  • 経営学研究科経営学専攻、商学研究科商学専攻
    • 中央大学大学院 商学研究科商学専攻
    • 法政大学大学院 経済学研究科経済学専攻、経営学研究科経営学専攻
    • 明治大学大学院 経営学研究科経営学専攻、商学研究科商学専攻
    • 立教大学大学院 経済学研究科経済学専攻、経営学研究科経営学専攻
  • 文学研究科歴史学専攻
    • 青山学院大学大学院 文学研究科史学専攻
    • 中央大学大学院 文学研究科日本史学専攻、同研究科東洋史学専攻、同研究科西洋史学専攻
    • 上智大学大学院 文学研究科史学専攻
    • 明治大学大学院 文学研究科史学専攻
    • 立教大学大学院 文学研究科史学専攻
    • 國學院大學大学院 文学研究科日本史学専攻
    • 国士舘大学大学院 人文科学研究科人文科学専攻
    • 駒澤大学大学院 人文科学研究科歴史学専攻
    • 東海大学大学院文学研究科史学専攻
    • 東洋大学 文学研究科史学専攻
  • 文学研究科地理学専攻
    • 駒澤大学大学院 人文科学研究科地理学専攻
    • 法政大学大学院 人文科学研究科地理学専攻
    • 明治大学大学院 文学研究科地理学専攻
    • 国士舘大学大学院 人文科学研究科人文科学専攻
    • 日本大学大学院 理工学研究科地理学専攻
  • 文学研究科社会学専攻
    • 茨城大学大学院 人文科学研究科
    • 埼玉大学大学院 文化科学研究科
    • 千葉大学大学院 人文社会科学研究科公共研究専攻、同研究科総合文化研究専攻
    • 東京外国語大学大学院 総合国際学研究科
    • 都留文科大学大学院 文学研究科社会学地域社会研究専攻
    • 大妻女子大学大学院 人間文化研究科現代社会研究専攻
    • 駒澤大学大学院 人文科学研究科社会学専攻
    • 上智大学大学院 文学研究科新聞学専攻
    • 成蹊大学大学院 文学研究科社会文化論専攻
    • 創価大学大学院 文学研究科社会学専攻
    • 中央大学大学院 文学研究科社会学専攻、同研究科社会情報学専攻
    • 東京国際大学大学院 社会学研究科応用社会学専攻
    • 東洋大学大学院 社会学研究科社会学専攻、福祉社会デザイン研究科福祉社会システム専攻
    • 常磐大学大学院 人間科学研究科、被害者学研究科
    • 日本女子大学大学院 人間社会研究科現代社会論専攻
    • 法政大学大学院 社会学研究科社会学専攻
    • 武蔵大学大学院 人文科学研究科社会学専攻
    • 明治学院大学大学院 社会学研究科社会学専攻
    • 明治大学大学院 政治経済学研究科政治学専攻、文学研究科臨床人間学専攻
    • 立教大学大学院 社会学研究科社会学専攻
    • 立正大学大学院 文学研究科社会学専攻
    • 流通経済大学大学院 社会学研究科社会学専攻

地方自治体との協定[編集]

  • 神奈川県川崎市
  • 東京都千代田区
  • 東京都[23]

民間企業・法人等との協定[編集]

高大連携[編集]

大学と各高校との「教育交流に関する研究協定」に基づくものである。内容として対象高校の生徒が大学の授業を聴講生として受講許可、高校教員を目指す学生ための「教職版インターンシップ」の場の提供、大学と高校の教員同士の交流など、相互交流型のものである。

附属学校[編集]

専修大学から対外的には附属校と言われるも、いずれの附属学校も学校法人専修大学の設置ではなく、別法人による設置となっている。このため、系列校で掲載している。専修大学への進学率も各学校によって大きく異なる。

系列校[編集]

同一学校法人[編集]

学校法人専修大学は、以下の大学を設置しており、専修大学の系列校となっている。

別学校法人[編集]

以下の「専修大学」と付いている学校は、学校法人専修大学の設置ではなく、別法人による設置となっているため、ここでまとめる。

社会との関わり[編集]

黒門[編集]

黒門

黒門(くろもん)は、神田キャンパスの校門の一つであり、専大通りに面している。東京大学赤門にあやかり、専修大学の異称にもなっている。

開学直後、日本語で法学・経済学が学べるということから入学者が急増し、学生数の増加に追いつかなくなったため、現在の神田キャンパスの地へ移転した。江戸時代の神田神保町は、旗本御家人武家屋敷の地で、その多くは冠木門といわれる両側の柱上部に冠木と呼ばれる横木を渡した屋根のない門構えであり、専修学校の校門にもそれが使われた。このころ、すでに帝国大学(後の東京帝国大学)が赤門という代名詞で呼ばれており、専修学校は黒門(くろもん)という代名詞で呼ばれるようになった。専修大学で毎年春に行われる学園祭の一つ「黒門祭」の名称は、この故事より名づけられたものである。1907年の校舎改築に伴って、黒門は破却されたが、2010年に、神田キャンパスで約100年ぶりに復元された[25]

専修大学カップ[編集]

創立130周年記念事業の一環として、地域の子供たちの健全な育成を支援することを目的に、神奈川県野球連盟と共に「神奈川県学童軟式野球選手権大会」を主催している。

創立130周年記念映画[編集]

創立130周年記念として、2010年に専修学校(現専修大学)創立をテーマにした映画『学校をつくろう』(監督神山征二郎、原作志茂田景樹、主演三浦貴大)を制作。2011年2月に公開。

テレビCM[編集]

創立130周年記念事業の一環として、2007年4月から2010年3月まで、フジテレビ系列・FNNスーパーニュースの隔日提供のスポンサー扱いで、同学のイメージCMが放映された。大学のブランドイメージを広く浸透及び向上させることを目的に、全国ネットの番組でCM放映を行うのは日本国内の大学で初めての試み、と言うことであった。

学術団体等事務局[編集]

法科大学院に「女性科学研究者の環境改善に関する懇談会」の事務局が置かれている。

エピソード[編集]

日本武道館
  • 専修大学をはじめ在京大学の入学式・卒業式は、日本武道館で開催されているが、専修大学が他校に先駆けて日本武道館で入学式・卒業式を開催するようになった。このようになったのは1965年のことであり、時の総長で、1964年東京オリンピック担当大臣として日本武道館の設立に寄与した川島正次郎の発案である。
  • 専修大学の学生は、伝統的に大人しく、控えめな学生が多いといわれる。このことは、神田キャンパスがある御茶ノ水周辺にあった中央大学や明治大学・日本大学の学生を中心に、神田カルチェ・ラタン闘争などの学生運動が相次いでいた際、専修大学の学生にも応援要請があったものの、機動隊と衝突することを恐れたため、参加を拒否したことからもうかがえる。
  • 神保町駅は、都営地下鉄の副名称として「専修大学前」が使用されている。これは、専修大学が駅近くにあり、かつて靖国通り沿いにあった都電九段線(10・12・15系統)の停留所名でも使用されていたことからである。この「専修大学前」の電停は、大学で保存されている[26]
  • 創立者の一人である目賀田種太郎夫人逸子は、幕末から明治にかけての政治家である勝海舟の三女である。そのため、勝は専修学校(当時)の卒業式にあたり、『律増甲乙之科以正澆俗 礼崇升降之制以極頽風』と自筆した書を贈って卒業生を激励した。その意は「法律は次々に多くの箇条を増加して(これによって)人情の薄い風俗を矯正し、礼は(堂の昇り降りなど)挙措進退のきまりを尊重して頽廃した風俗を止めるものである」というものであり、法学生の使命の大きいことを説いた[27]

Wiki関係他プロジェクトリンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ニュース専修創立記念日特集
  2. ^ ニュース専修創立記念日特集
  3. ^ ニュース専修創立記念日特集
  4. ^ ニュース専修創立記念日特集
  5. ^ ニュース専修創立記念日特集
  6. ^ ニュース専修創立記念日特集
  7. ^ ニュース専修創立記念日特集
  8. ^ 慶應義塾百年史.別巻,大学編法学部
  9. ^ ニュース専修創立記念日特集
  10. ^ 専修大学総合企画広報室総合企画課が編集。
  11. ^ 二部は月曜日から金曜日の夜間と、土曜日の昼間及び夜間を使って授業が行われている。最短4年で卒業可能。
  12. ^ 経済学部開講科目を中心に法学系科目(法学部開講科目)を履修し学んでいくコース。
  13. ^ 経済学部開講科目を中心に商学系科目(商学部開講科目)を履修し学んでいくコース。
  14. ^ 法学部二部の各モデルは各々の分野で一般的な履修方法・履修科目を示したものであり、コースではない。
  15. ^ 商学部二部のコースは履修モデルともいいうる物である。
  16. ^ 人文・ジャーナリズム学科は、純粋に増設されたわけではなく、後述の「テーマ学習」や「マスコミ・ジャーナリズム講座」担当の常勤教員を核として、全学部に分散している「教養教育科目」(いわゆる「教養科目」)を担当している教員の一部や、全学部に分散して所属している教職課程や司書(教諭)課程、学芸員課程を担当している教員の一部を文学部へ所属替え、本学科の授業も担当することにして設置したものである。
  17. ^ さようなら「生田野球場」 ~新校舎建設で姿消す~
  18. ^ 国際交流会館建設
  19. ^ エリア放送を行う地上一般放送局の免許状況(詳細)関東総合通信局
  20. ^ 専修大学図書館コレクション紹介
  21. ^ 専修大学図書館神田分館
  22. ^ 専修大学図書館生田分館
  23. ^ a b 東京都および東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会と連携協定
  24. ^ 東京オリンピック・パラリンピックに向けて連携協定を締結
  25. ^ 明治期の「黒門」 神田キャンパスに100年ぶりに復元
  26. ^ 千代田区にも路面電車が走っていた!
  27. ^ 勝海舟と本学との関係

公式サイト[編集]