福島県
| ふくしまけん 福島県 |
|
|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 東北地方 |
| 団体コード | 07000-9 |
| ISO 3166-2:JP | JP-07 |
| 面積 | 13,782.76km² |
| 総人口 | 1,950,341人 (推計人口、2013年5月1日) |
| 人口密度 | 142人/km² |
| 隣接都道府県 | 宮城県、山形県、茨城県、 栃木県、群馬県、新潟県 |
| 県の木 | ケヤキ |
| 県の花 | ネモトシャクナゲ |
| 県の鳥 | キビタキ |
| 県民の日 | 8月21日 |
| 福島県庁 | |
| 知事 | 佐藤雄平 |
| 所在地 | 〒960-8670 福島県福島市杉妻町2番16号 |
| 外部リンク | http://www.pref.fukushima.jp/ 福島県庁 |
| ウィキポータル | 日本の都道府県/福島県 |
| ウィキプロジェクト | |
福島県(ふくしまけん)は、東北地方南部(南東北)にある県。県庁所在地は福島市。太平洋に面し、奥羽山脈の東西にまたがって存在する。
目次 |
概要[編集]
地形・気候・交通・歴史などの面から、太平洋と阿武隈高地に挟まれた「浜通り」、阿武隈高地と奥羽山脈に挟まれた「中通り」、奥羽山脈と越後山脈に挟まれた「会津」の3地域に分けられる。現在の福島県は、1876年8月21日に磐前県(いわさきけん。浜通り)と福島県(1876年以前)(中通り)と若松県(会津)の3県の合併によって成立した。
県の広域行政単位は、これらをさらに細分している。方言単位は、上記3区分の他に、3区分横断的な南北分類もされる(関東方言の影響が県南部で見られるため)。
人口の大きな自治体は、人口順にいわき市、郡山市、福島市となっているが、3市とも30万人前後である。商業統計では郡山市・福島市・いわき市の順、都市圏人口では郡山都市圏、福島都市圏、いわき都市圏の順である。3市はそれぞれの分野に特化し、行政機能が集中する福島市、経済・交通の中枢で商業・内陸工業・流通都市となっている郡山市、広大な面積を持ち工業・観光に特化するいわき市となっている。また、会津地方の中心都市で史跡旧跡が多く存在する歴史都市会津若松市も上記3都市に比べ小規模ながら重要な地点となっている。
県名の福島は、福島城から採られた。
地理・地域[編集]
東北地方の南部に位置し、面積は 13,782.75km² で、北海道、岩手県に次ぐ全国第3位である。県庁所在地の福島市は、東京から約270km、JR東北新幹線で約90分の位置にある。
東部の阿武隈高地、中央部を南北に縦断する奥羽山脈、北部から西部に連なる飯豊連峰・越後山脈の山岳地帯と、それらにより区切られ県中央部を南から北へ流れる阿武隈川の地溝帯に連なる盆地群から構成される中通り地方、県東部浜通り地方の沿岸平野部、西部の会津盆地を中心とした会津の3地域に大別される。
- 東部の阿武隈川と太平洋に区切られる阿武隈高地は標高 400 - 1,000m で八溝山地に続く比較的なだらかな山地が連なる。
- 北部から西部にかけての山岳地帯は日本有数の豪雪地帯として知られ、日本海へ注ぐ阿賀川の流域であり、多くの大型水力発電所が設けられた日本を代表する電源地帯となっている。また、その流域は磐梯朝日国立公園、尾瀬国立公園、日光国立公園、越後三山只見国定公園に指定された自然の宝庫であり、吾妻山・安達太良山・磐梯山などの諸活火山をはじめ、磐梯高原・会津高原・尾瀬などの山岳観光地がある。
- 会津地方の北西部、三国岳から飯豊山に、ひげのように細長く延びている県域がある。これは福島県側の地域住民の信仰上の理由で、ご神体となる飯豊山への参道を確保したためである。
- 福島県と群馬県は隣接しており、県境に会津沼田街道が存在するが、中間にある尾瀬の環境保護の面から自動車道の建設が中止されたため、日本で唯一自動車で直接行き来できない都道府県境である(カーフェリーで海上移動となる北海道・青森県境、鹿児島・沖縄県境等を除く)。
地形[編集]
気候[編集]
福島県は東西に広く、さらに海岸や山地の地形装飾を受け、標高差も大きいため同じ県内であっても気候差は大きい。
- 浜通り地方' - 太平洋沿岸部は暖流(黒潮)の影響により夏は涼しく、冬は暖かい顕著な海洋性気候である。夏から秋にかけて台風の影響を受けやすい。特にいわき市の小名浜周辺は東北で最も温暖な地域であり(南関東平野部の気候に近い)、降雪も東北では最も少ない。事実、小名浜の1月の平均気温は3.6°Cと、さいたまの3.5°C、佐倉(千葉県)の3.3°C、八王子(東京都)の3.1°Cよりも高い。
- 阿武隈高地 - 標高が高い内陸性気候で、日照時間も多いために放射冷却が効きやすく、氷点下 10 °C を下回ることも少なくないほど冬の寒さが厳しいが、太平洋側気候のために積雪は少ない。夏季は冷害を受けることも多く冷涼である。
- 中通り地方 - 基本的に内陸性気候の特徴が混じった太平洋側気候であるが、阿武隈川流域の西側は冬型の気圧配置が強まると日本海側気候の影響を受け降雪することが多く、福島市の一部などが豪雪地帯に指定されている。降水量は 1,100 - 1,400mm と東北地方の中では少ないほうである。全般に北へ行くほど標高が低くなるので、夏季、冬季ともに温暖になる。したがって、年間を通じて福島盆地が最も気温が高く、桜前線もその標高差により北部の福島盆地 (65m) より始まり、郡山盆地 (240m) 、白河盆地 (360m) と南下して行く。夏の最高気温も最高気温の高い順に福島市、郡山市、白河市となる。福島盆地は夏は酷暑となることが多く、冬は中通り地方の中でも最も降雪の多い地域であるが、曇りの日が多いうえに、標高も最も低いため朝晩の冷え込みは最も弱い。
- 会津地方 - 日本海側気候となり雪の多い地域となっており、全域が豪雪地帯(半数以上が特別豪雪地帯)に属する。また寒さは福島県の中でも厳しく、標高の高い地域は−20°C以下にまで下がることもあり、亜寒帯(冷帯)湿潤気候に属する。会津盆地は東北地方の太平洋沿岸、内陸部に冷害をもたらすやませの影響を受けることも少なく、フェーン現象により高温となることがある。只見川流域は日本屈指の豪雪地帯として知られ、その雪解け水を利用した水力発電が盛んである。
| 平年値 (月単位) |
浜通り | 阿武隈高地 | 中通り | |||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 相馬 | 浪江 | 広野 | いわき市 小名浜 |
いわき市 山田 |
いわき市 上遠野 |
飯舘 | 田村市 船引 |
川内 | 小野町 小野新町 |
白河 | 二本松 | 塙町 東白川 |
福島市 (松木町) |
福島市 茂庭 |
福島市 鷲倉 |
郡山 | ||
| 平均 気温 (°C) |
最暖月 | 23.7 (8月) |
23.6 (8月) |
23.4 (8月) |
23.9 (8月) |
23.9 (8月) |
22.0 (8月) |
22.6 (8月) |
22.1 (8月) |
22.7 (8月) |
23.3 (8月) |
23.9 (8月) |
23.6 (8月) |
25.2 (8月) |
23.2 (8月) |
18.1 (8月) |
24.2 (8月) |
|
| 最寒月 | 1.8 (1月) |
2.0 (1月) |
2.8 (1,2月) |
3.6 (2月) |
2.1 (1月) |
−1.4 (1月) |
−0.8 (1月) |
−0.8 (1月) |
−1.0 (1月) |
0.2 (1月) |
0.4 (1月) |
−0.2 (1月) |
1.4 (1月) |
−6.6 (2月) |
0.7 (1月) |
|||
| 降水量 (mm) |
最多月 | 238.8 (9月) |
256.6 (9月) |
247.5 (9月) |
205.8 (9月) |
205.1 (9月) |
211.9 (9月) |
170.3 (9月) |
218.0 (9月) |
193.1 (9月) |
228.2 (8月) |
182.7 (9月) |
219.2 (9月) |
169.2 (9月) |
197.0 (9月) |
348.6 (8月) |
178.6 (7月) |
|
| 最少月 | 22.1 (12月) |
30.5 (12月) |
35.2 (12月) |
35.0 (12月) |
32.8 (12月) |
24.7 (2月) |
27.8 (1月) |
32.0 (12月) |
25.2 (1月) |
25.0 (12月) |
23.6 (12月) |
29.3 (12月) |
32.5 (12月) |
27.0 (12月) |
||||
| 平年値 (月単位) |
中通り | 会津 | ||||||||||||||||
| 伊達市 梁川 |
玉川 | 石川 | 北塩原村 桧原 |
猪苗代 | 喜多方 | 若松 | 西会津 | 天栄村 湯本 |
金山 | 只見 | 南会津町 南郷 |
南会津町 田島 |
檜枝岐 | |||||
| 平均 気温 (°C) |
最暖月 | 24.6 (8月) |
23.6 (8月) |
20.2 (8月) |
22.3 (8月) |
24.2 (8月) |
24.8 (8月) |
23.9 (8月) |
21.2 (8月) |
23.0 (8月) |
22.6 (8月) |
22.2 (8月) |
20.1 (8月) |
|||||
| 最寒月 | 1.0 (1月) |
0.0 (1月) |
−4.5 (2月) |
−2.4 (1,2月) |
−1.2 (1月) |
−0.7 (1月) |
−0.7 (1月) |
−2.2 (1月) |
−1.6 (1月) |
−2.6 (1月) |
−2.7 (1月) |
−3.9 (2月) |
||||||
| 降水量 (mm) |
最多月 | 159.7 (9月) |
195.1 (9月) |
234.5 (7月) |
193.1 (7月) |
200.9 (7月) |
160.1 (9月) |
208.6 (8月) |
245.2 (9月) |
303.4 (1月) |
194.8 (7月) |
185.0 (7月) |
174.8 (7月) |
|||||
| 最少月 | 29.3 (12月) |
30.0 (12月) |
114.7 (4月) |
64.3 (2月) |
81.0 (4月) |
63.4 (4月) |
87.5 (4月) |
65.7 (12月) |
110.0 (4月) |
63.7 (4月) |
61.0 (3月) |
79.2 (4月) |
||||||
自然公園[編集]
- 国立公園
- 国定公園
- 県立公園
- 霊山県立自然公園
- 霞ヶ城県立自然公園
- 南湖県立自然公園
- 奥久慈県立自然公園
- 磐城海岸県立自然公園
- 松川浦県立自然公園
- 勿来県立自然公園
- 只見柳津県立自然公園
- 大川羽鳥県立自然公園
- 阿武隈高原中部県立自然公園
- 夏井川渓谷県立自然公園
地域圏[編集]
福島県は東西に長い形状をしているが、2つの山地によって浜通り・中通り・会津の3つの地域に分かれており、天気予報でもこの呼称が使われている。東から順に、太平洋と阿武隈高地に挟まれている浜通り、阿武隈高地と奥羽山脈に挟まれている中通り、そして奥羽山脈と越後山脈に挟まれている会津となっている。
地形的に山地で隔てられているために、山越えした地域同士の交流は浅く、気候や文化にも差があり、3地域での同一県として帰属意識は低く、福島県は他県に比較すると一つの県としての統一感に乏しい傾向にある。
以下、人口は2013年5月1日現在の推計人口[1](福島県の総人口は1,950,341人)。
- 中通り 1,158,442人
- 浜通り 511,888人
- 会津 282,666人
県内は、さらに県庁の出先機関である地方振興局の管内によって7つに分けられている。以下、地方振興局ごとに市町村を記載する。なお、県北の本宮市・安達郡(約3.9万人)が県中に、相双の双葉郡(約6.7万人)がいわきに入るとする地域圏の設定もある。
以下の13市13郡31町15村がある。福島県では、町はすべて「まち」、村はすべて「むら」と読む。東北6県の中で唯一、「ちょう」と読む町が存在しない。
中通り[編集]
- 由来 - 中通りという名称は中山道に由来する。現在の中山道は、徳川幕府が江戸を中心として引き直した路線で、京都から加納(関ヶ原合戦前の岐阜)、塩尻、高崎を経て江戸(戊辰戦争後の東京)に至る路線である。古代の中山道は「東山道」といい、奈良(後に京都)を始点として、岐阜、塩尻、高崎、宇都宮に至り、宇都宮以北が現在の国道4号沿いに北上する東山道(律令制下の道国制の行政区)の主要街道だった。「中山道」という呼称自体が「東山道」の別称である。この縦貫道は中世には奥大道(おくのだいどう)とも呼ばれた。この縦貫道の名称から、福島県中通り地方は古代から中山道(中仙道)と呼ばれ、中世には仙道(せんどう)とも呼ばれた。なお、高崎から東京に至る関ヶ原合戦後の中山道は、元々は「東山道武蔵路」と呼ばれる東山道(中山道)の支路である。武蔵国はもともと東山道の1国であったが、771年(宝亀2年)に東海道に移管された。
- 気候 - 那須火山帯山麓は豪雪地帯で日本海側気候、それ以外の地域は太平洋側気候に属する。北部の福島盆地は典型的な内陸性盆地型気候で、夏は非常に高温になる。南部は那須高原に連なる高原地帯となるとので、北部に比べると低温傾向がある。そのため、中通りでは桜前線が北部から南部に南下して移動する。降雪はあるが、通常は 数cm - 15cm 程度で、30cm も積もれば大雪といわれる。生活面では降雪よりも夜間の路面凍結が深刻である。
- 文化 - 古来より奥州の玄関口として、街道筋として重要な役割を担った。高度成長期以後は東北新幹線や東北自動車道も整備されており、東京まで新幹線で1 - 2時間、自動車で2 - 3時間ということもあり、東京との結び付きも強めている。
- 中心地 - 北部に県庁所在地の福島市、中部に経済と交通の中心地である郡山市、そして南部に白河市の、三極が鼎立している。
- 県北地方振興局管内 479,142人
- 県中地方振興局管内 533,102人
- 県南地方振興局管内 146,198人
浜通り[編集]
- 由来 - 浜通りという名称は陸前浜街道に由来がある。陸前浜街道は、戊辰戦争前には単に「浜街道」や「海道」とも呼ばれた道で、鎌倉以北(関ヶ原合戦後は江戸以北)の東海道に当たる沿岸路線で、現在の国道6号とほぼ一致する沿岸の街道である。奈良時代や平安時代の東海道は、鎌倉以西のみならず、鎌倉以北も含まれており、奈良(後に京都)を始点として、現在の名古屋、浜松、東京(戊辰戦争前の江戸)、水戸を経由して多賀城に至る路線であった。
- 気候 - 太平洋側気候に属する。東北地方としては非常に温暖で、夏は涼しく、冬は乾燥して雪もほとんど降らない。東北地方の他の地域よりも関東地方の沿岸部に近い、穏やかな気候である。
- 文化 - 関東地方東部(茨城県と千葉県)との結びつきが強い。元々は海道で常陸国や下総国と繋がっていた上に、岩城氏が常陸府中(戊辰戦争後の石岡)に源流を持つ常陸平氏の氏族であることや、相馬氏が鎌倉時代初期に下総国相馬郡(現在の茨城県取手から千葉県松戸にかけての地域)から入植したこともあり、茨城県や千葉県に根源を持つ神社仏閣やお祭りなどが少なくない。現在でも、茨城県や千葉県を中心に展開するチェーン店や製造業が福島県浜通りに店鋪や工場を出す、あるいは浜通りに本社を持つチェーン店や製造業が茨城県に店鋪や工場を出すなどの現象がしばしば見られる。
- 中心地 - 夜ノ森以南(旧岩城氏領)はいわき市平地区が中心地だが、夜ノ森以北(旧相馬氏領)は相馬市中村地区と南相馬市原町区に中心が分散している。
- 相双地方振興局管内 183,507人
双葉広域行政圏
- いわき地方振興局管内 328,381人
会津[編集]
- 由来 - 記紀の記述には、崇神天皇(すじんてんのう)が北陸道に遣わした大彦命(おおひこのみこと)と東海道に遣わした建沼河別命(たけぬかわわけのみこと)が、日本海側と太平洋側から遠征して出会ったのが相津(あいづ)だったという記述があり、この相津が後に会津と表記されるようになった説が有力である。他に会津盆地でいくつかの川が合流するために舟運の拠点として会津と呼ばれるようになった、あるいは日本海側と太平洋側の物産を運ぶ隊商が会津盆地で取引をすために会津と呼ばれるようになった、など諸説ある。
- 気候 - 日本海側気候に属する。新潟県と多くの県境を接しており、全国有数の豪雪地帯(一部特別豪雪地帯)である。
- 文化 - 会津藩に由来する文化が色濃く投影されている。また現在の武術武道界に多大な影響を与えた近代最強の武術家とたたえられる大東流合気柔術の武田惣角(たけだそうかく)の出身地(会津坂下町)としても名高い。現在でも会津若松を中心に剣道をはじめとする現代武道や各種の古武術が非常に盛んで、県立高校でも体育の授業に薙刀術があるなどの特色がある。ナショナルジオグラフィック、ヒストリーチャンネル、ディスカバリーチャンネル等の海外のドキュメンタリー製作でも、武士道や侍文化に関するドキュメンタリーではしばしば会津を例として取り上げる。
- 中心地 - 北部(北会津)は会津若松市が中心地、南部(南会津)では南会津町の旧田島町が中心地となっている。
- 会津地方振興局管内 254,216人
- 南会津地方振興局管内 28,450人
南会津広域行政圏
都市圏[編集]
都市雇用圏(10 % 通勤圏)の変遷
| 1980年 | 1990年 | 1995年 | 2000年 | 2005年 |
|---|---|---|---|---|
| いわき 都市圏 34万 7408人 |
郡山 都市圏 49万 3891人 |
郡山 都市圏 52万 1116人 |
郡山 都市圏 53万 7493人 |
郡山 都市圏 54万 8310人 |
| 福島 都市圏 34万 3063人 |
福島 都市圏 40万 4636人 |
福島 都市圏 41万 0964人 |
福島 都市圏 41万 2353人 |
福島 都市圏 40万 7783人 |
| 郡山 都市圏 34万 1004人 |
いわき 都市圏 36万 1286人 |
いわき 都市圏 36万 6207人 |
いわき 都市圏 36万 5864人 |
いわき 都市圏 36万 0025人 |
| 会津若松 都市圏 19万 7672人 |
会津若松 都市圏 19万 7213人 |
会津若松 都市圏 19万 7316人 |
会津若松 都市圏 18万 8686人 |
会津若松 都市圏 24万 6056人 |
| 須賀川 都市圏 8万 0990人 |
須賀川都市圏は郡山都市圏に包含 | |||
| 原町 都市圏 7万 4296人 |
白河 都市圏 8万 6678人 |
白河 都市圏 9万 5084人 |
白河 都市圏 9万 6786人 |
白河 都市圏 9万 7136人 |
| 白河 都市圏 7万 2914人 |
原町 都市圏 7万 7162人 |
原町 都市圏 7万 7860人 |
原町 都市圏 7万 5020人 |
原町 都市圏 7万 2837人 |
| 喜多方 都市圏 4万 5780人 |
二本松 都市圏 6万 6988人 |
二本松 都市圏 6万 7268人 |
二本松 都市圏 6万 6077人 |
二本松 都市圏 6万 3178人 |
| 二本松 都市圏 4万 5568人 |
喜多方 都市圏 6万 0818人 |
喜多方 都市圏 6万 3413人 |
喜多方 都市圏 5万 9701人 |
喜多方都市圏は 会津若松都市圏に包含 |
- 交通の変遷
歴史[編集]
先史[編集]
福島県を含む北関東・東北地方における人の足跡は、後期旧石器時代に始まる。県域における遺跡としては平林遺跡(桑折町)や会津若松湊の笹山原遺跡群がある。この遺跡から旧石器時代人が製作し使用したとみられる石器群が発見されている。年代は約2万2000年前の AT よりも下から出土していることから、後期旧石器時代前半に属する。少しくだって約1万5000年前の塩坪遺跡(喜多方市高郷町)から熱を受けた139個のこぶし大の石がまとまって発見された。
この時代はまだ土器がなく、焼石は食材を直接加熱するのに使用されたのであろう[2]。
縄文時代・弥生時代を経て古墳時代に入るが、福島県は大型の古墳が少ない東北地方にあって大安場古墳(郡山市、前方後方墳、全長約 83m)、会津大塚山古墳(会津若松市、前方後円墳、114m 、4世紀後半、東北最古級、割竹形木棺検出、三角縁神獣鏡出土)、亀ヶ森・鎮守森古墳(会津坂下町、前方後円墳、127m)などの大型の古墳が集積する。
古墳時代、畿内に前方後円墳が登場するのとほぼ同時期に会津地方でも前方後円墳が作られ始めており、すでに大和朝廷の影響下にあったことが窺える。古墳時代中期以降は、会津地方の古墳造営が減少し、代わって中通りで盛んに古墳が作られた。中通り地方の前方後方墳は隣接する那須地方(那須国造)で盛んに築造された前方後方墳の影響を受けたと考えられている。
古代[編集]
5世紀にはすでに北関東・東北の一部までがヤマト王権の影響下にあったと思われ、福島県域においても各国に国造が成立した。当初、大和朝廷の勢力圏は福島県域が北限であり、蝦夷勢力圏との境界に当たる信夫国(福島盆地)などの国には防備の任もあった。
また、関東や近畿地方などから、盛んに開拓のための移民も行われている。その後、国は評(こおり)と呼び名が代わり、陸奥国に再編された。また、大和朝廷の勢力圏も宮城県域、あるいはさらに北に拡大し、信夫評(しのぶごおり)も「北端」ではなくなった。
701年(大宝元年)の大宝律令の施行時には陸奥国となり、評は郡、評司(国造)は郡司になった。拡大した陸奥国から718年(養老2年)に石城国と石背国が分置された。
- 石城国 - 菊多郡、石城郡、標葉郡(しねはぐん or しめはぐん)、行方郡(なめかたぐん)、宇太郡、曰理郡(わたりぐん)の6郡
- 石背国(いわせのくに) - 信夫郡、安積郡、石背郡、白河郡、会津郡の5郡
現福島県域は石城国または石背国に属することとなり、陸奥国の領域ではなくなった。 分置後も蝦夷との戦いが続き、東北全体(陸奥・出羽)で戦う必要性起こってきたので、724年(神亀元年)までには石城国と石背国は再び陸奥国に合併された。これらの郡は、その後、人口の増加などにより、さらに再分割されている。例えば信夫郡から伊達郡が分割され、安積郡からは安達郡などが分割され、会津郡も耶麻郡を始め多くの郡に分割された。
- 現在、福島県域は岩盤が固くて地震が少ないから「岩代国」と呼ぶ、という説があるが、これは「岩」という文字のイメージから生まれた俗説である。岩代国の由来は石背国にある。石背国の読み方は本来「いわせ」であったが、後に山背を「やましろ」と読むのに習って「いわしろ」とも読むようになったと思われる。明治旧国名では「いわしろ」の読みを採用し、「岩代」の文字を当てた。
平安時代には会津で恵日寺が強大な勢力を得たが、平安時代末期にはほぼ福島県全域が奥州藤原氏の勢力下に入り、藤原氏一族の信夫佐藤氏が福島盆地を本拠地として、中通りの中部まで、恵日寺後退後の会津、山形県置賜地方まで支配するまでになった。平安末期、福島県内で他には中通りの石川氏、浜通りの岩城氏があった。石川氏は清和源氏の流れで前九年の役に従軍して石川郡に定住した。岩城氏は桓武平家の氏族で、藤原清衡の養女を妻に迎えて石城郡に定住したとも石城郡司の子孫とも言われる。
国宝白水阿弥陀堂は平安時代末期1160年(永暦元年)に岩城則道の菩提を弔うために建立されたものである。
鎌倉開府から戦国時代まで[編集]
中世においては源頼朝が鎌倉に幕府を開府し東国において自立するが、頼朝は東北において奥州征伐により奥州藤原氏を滅ぼす。
県域においては信夫佐藤氏が信夫荘(信夫郡の西北、松川以北)に押し込められると、鎌倉による論功行賞で福島県内は伊達氏、相馬氏、二階堂氏、蘆名氏、畠山氏、結城氏など、多数の関東武士団に細分化された。南北朝の動乱においては結城氏の一族である白河結城氏が台頭し、白河結城氏を主力とする南朝方が大いに優勢となったが、しばらくすると相馬氏など北朝方が盛り返し、白河結城氏など多くの諸氏は奥州管領や鎌倉公方の支配を受けるようになる。
戦国時代に北関東・東北においては一国以上の領国を持つ戦国大名は少なく中小の地域勢力が分立する傾向をもっているが、伊達氏は伊達稙宗が南奥羽で外征や婚姻外交を繰り返し南奥羽のほとんど大名が勢力下に入るが天文の乱を起こし衰退したり、白河結城氏が衰退し代わって岩城氏が勢力を盛り返すなど、栄枯盛衰は止むことはなく、隣接する常陸国佐竹氏や越後国上杉氏の影響も受けるようになるが、最終的には蘆名氏や相馬氏、二本松氏などを圧倒した伊達氏の伊達政宗が短期間ではあるが、福島県域の浜通りを除く大半を領有することになる。
- 相馬野馬追は、相馬氏の遠祖・平将門が領内の下総国相馬郡小金原(現在の流山から松戸に広がる地域)に野生馬を放し、敵兵に見立てて軍事訓練をした事に始まると言われている1000年以上の歴史を持つ神事である。
豊臣政権と徳川藩政時代[編集]
豊臣秀吉による奥州仕置により伊達政宗が伊達氏の元の本領以外没収され、会津には蒲生氏郷が入る。翌年の葛西大崎一揆の戦後処理で伊達政宗が岩出山に移封させられると、蒲生氏郷が福島県中通り以西のほとんどを領有した。しかし子の蒲生秀行は会津から宇都宮に移され、代わって越後国の上杉景勝が会津120万石を得て福島県の中通り以西のほとんどの地域と山形県の置賜地方を領有した。なお、葛西大崎一揆の原因を作ったとして所領を奪われた岩出山の旧領主の木村吉清は、後に許されて蒲生氏郷に仕えて杉目城主となった。吉清は杉目を「福島」と改称し、今日の県名の由来となっている。
関ヶ原の戦いによって上杉景勝は信夫郡伊達郡を除く福島県域の所領を失い、30万石となる。代わって会津には蒲生秀行が再度入封し、会津藩60万石が成立する。が、2代目の蒲生忠郷が早世し伊予松山藩に移ることになる。次に1627年加藤嘉明が40万石で会津に入封するが、これも2代目加藤明成で会津騒動を起こして領地を徳川幕府に返上した。そして、1643年に松平氏保科正之が23万石で入封し、この松平氏会津藩が戊辰戦争まで続くことになる。
一方、信夫郡と伊達郡も1664年に上杉氏米沢藩から召し上げられ、会津藩以外の大藩はなくなり、会津と浜通り夜ノ森以北(相馬氏領)を除く県内のほとんどの地域で、江戸時代を通じて小藩、天領が入り乱れて激しく変遷した。
江戸時代に会津若松と日光街道を結んだ重要な交通路会津西街道(下野街道)の宿場大内宿が当時の街並みのまま重要伝統的建造物群保存地区として残され往時を偲ばせる。
幕末から福島県成立まで[編集]
諸外国の接近によって、幕府の政治が停滞。その中で尊王攘夷や開国といった主導で日本を立て直そうとする各藩の武士たちが京都に押し寄せた。当代の会津藩主松平容保は京都守護職となり、京都の治安維持を担った。そして禁門の変では、孝明天皇を奪取しようとした長州藩勢から御所を守り抜いた。
しかし、新たに政治を担いたいと幕府を廃しようと目論む薩長同盟(薩摩藩・長州藩)との衝突が、大政奉還後の鳥羽・伏見の戦いから生じ、朝廷側を血守したにも関わらず朝敵に落とされてしまい、相争うが徳川幕府側は幾度も敗北を重ねた結果、戦禍が東北にまで伸びてしまった。圧倒的な西洋戦法を有する薩長の軍勢に、会津藩士は元より、奥羽越列藩同盟の磐城平藩や中村藩などでも各藩の勢力や民衆は徹底して反撃を繰り返したが、降伏してしまった。
江戸時代幕末に置かれた藩及び城郭、交代寄合陣屋としては会津藩、支城の猪苗代城、二本松藩、棚倉藩、中村藩、三春藩、磐城平藩、福島藩、泉藩、湯長谷藩、下手渡藩、水戸藩支藩の守山藩、幕末に徳川幕府直轄地となった白河城、仙台藩の支城谷地小屋城などがあり、交代寄合の溝口家の横田陣屋、その他に代官陣屋もあった。
明治初期、版籍奉還後の1869年(明治2年)の太政官令により、陸奥国(むつのくに)南端である現在の福島県域は陸奥国から分離し、西側が岩代国(いわしろのくに)、東側が磐城国(いわきのくに)となった。岩代国は現在の福島県中通り地方の中北部と会津地方。磐城国は現在の福島県中通り地方南部と福島県浜通り地方と宮城県南部(亘理郡、伊具郡、刈田郡)にほぼ相当する。
1869年(明治2年)7月20日、福島藩が重原藩に移封され幕府領となっていた伊達郡、信夫郡を管轄するために福島県(第1次)が設置され、安達郡の二本松藩領37村、伊達郡の幕府領42村、盛岡藩領8村、棚倉藩領4村、館藩領2村、信夫郡の幕府領43村、重原藩領19村、足守藩領11村、新発田藩領8村、関宿藩領6村、二本松藩領4村、棚倉藩領2村、宇多郡の幕府領1村を管轄した。この第1次福島県は後述の二本松県に統合され、わずか2年で廃止されている。
1871年(明治4年)7月(旧暦)の廃藩置県で全国に多数の県が生まれた後、同年11月(旧暦)に現在の福島県域は、岩代国の会津地方(旧会津藩領の越後国蒲原郡の一部[のち東蒲原郡]を含む)が若松県、岩代国と磐城国からなる中通り地方が二本松県(二本松県になって、わずか12日間後に県庁が信夫郡福島町に移転、福島県に改称したのでほとんど機能はしていない)、磐城国はほぼそのまま磐前県(いわさきけん)の3つの県として統合された。
1876年(明治9年)8月21日に、福島県(第1次)、若松県、磐前県が合併され、現在の福島県(第2次)が成立した。その際、磐前県北部(亘理郡、伊具郡、刈田郡)が宮城県に、磐前県南部の一部が茨城県に移管され、さらに1886年(明治19年)に東蒲原郡が新潟県へ移管されて、現在の福島県域になった。これらの変遷は最後の東蒲原郡移管を除いて、1869年(明治2年)の藩の制度化の後、1871年(明治4年)の廃藩置県から1876年(明治9年)までの間に、あわただしく行われた(誤解されがちだが江戸時代には公式に「藩」という制度はなく、藩は版籍奉還によって明治2年に制定された制度である)。
福島県成立後[編集]
- 1882年(明治15年) - 福島事件
- 1899年(明治32年)4月1日、北会津郡若松町が市制施行し、若松市となる
- 1907年(明治40年)4月1日、信夫郡福島町が市制施行し、福島市となる
- 1924年(大正13年)9月1日、安積郡郡山町・小原田村が合併・市制施行し、郡山市となる
- 1937年(昭和12年)6月1日、石城郡平町・平窪村が合併・市制施行し、平市となる
- 1949年(昭和24年)4月1日 - 西白河郡白河町・大沼町が合併・市制施行し、白河市となる
- 2011年(平成23年)3月11日14時46分頃、三陸沖を震源とするM9.0の東北地方太平洋沖地震が発生(東日本大震災)。県内の大部分が震度5弱-6強の激しい揺れに襲われた。また浜通り地方を大津波が襲い、東京電力の福島第一原子力発電所に被害が及ぶ(福島第一原子力発電所事故)など多くの爪痕を残した。
人口[編集]
| 福島県と全国の年齢別人口分布(2005年) | 福島県の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 福島県
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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福島県(に該当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 福島県の市の人口、人口密度、可住地人口密度(2005年) | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 順位 | 人口 | 人口密度 | 可住地人口密度 | |||
| 1位 | いわき市 | 354,492人 | 郡山市 | 447人/km² | 福島市 | 1,079人/km² |
| 2位 | 郡山市 | 338,834人 | 福島市 | 387人/km² | いわき市 | 1,035人/km² |
| 3位 | 福島市 | 297,357人 | (本宮市) | 356人/km² | 郡山市 | 1,012人/km² |
| 4位 | (会津若松市) | 131,389人 | (会津若松市) | 343人/km² | (会津若松市) | 887人/km² |
| 5位 | 須賀川市 | 80,364人 | 須賀川市 | 288人/km² | (伊達市) | 524人/km² |
政治・行政[編集]
国政[編集]
詳細は「衆議院小選挙区一覧#福島県」および「福島県選挙区」を参照
県政[編集]
詳細は「福島県知事一覧」、「福島県庁」、および「福島県議会」を参照
歴代知事(公選後)[編集]
- 石原幹市郎(1947年4月12日 - 1949年11月30日)
- 大竹作摩(1950年1月28日 - 1957年7月25日)
- 佐藤善一郎(1957年8月25日 - 1964年3月23日)
- 木村守江(1964年5月16日 - 1976年8月11日 収賄容疑に問われ引責辞任)
- 松平勇雄(1976年9月19日 - 1988年9月18日)
- 佐藤栄佐久(1988年9月19日 - 2006年9月28日 親族による談合事件で引責辞任)
- 佐藤雄平(2006年11月12日 - )
財政[編集]
- 平成19年度
-
- 財政力指数 0.44
- IIグループ(財政力指数0.4以上、0.5未満)11自治体中6位
- 財政力指数 0.44
- 平成18年度
-
- 財政力指数 0.42
- IIグループ(財政力指数0.4以上、0.5未満)9自治体中5位
- 財政力指数 0.42
- 平成17年度
-
- 財政力指数 0.39
- IIIグループ(財政力指数0.3以上、0.4未満)14自治体中3位
- 財政力指数 0.39
- 平成16年度
-
- 財政力指数 0.38
- IIIグループ(財政力指数0.3以上、0.4未満)13自治体中2位
- 財政力指数 0.38
キャッチコピー[編集]
福島県は、1991年(平成3年)より県のイメージアップ事業で使用するため「うつくしま、ふくしま。」を使用している。これはコピーライターの眞木準の手により提示されたキャッチコピーである。眞木の説明によると、その由来は
- 「古語の『うつくし』は日本の原風景を残した福島に似合っており、『しま』は県土の形がオーストラリア大陸に似ていることから考えた」[3]ものとされる。同年11月27日に福島県で採用が決定し、初年度だけでも2600万円をイメージアップ事業のために投入した。
本キャッチコピーは当初こそ福島県民に対してその意図がなかなか浸透せず、「全国でも例を見ない」「奇抜なイメージデザイン」との見解が寄せられることもあった[4]が、1995年(平成7年)、1999年(平成11年)、2001年(平成13年)の3度の福島県デスティネーションキャンペーン (DC) のキャッチコピーにも用いられ、また、DC と同時期に開催された1995年(平成7年)のふくしま国体と全国障害者スポーツ大会(うつくしまふくしま大会)や、2001年(平成13年)の「うつくしま未来博」などのイベント名との相乗効果により県内外から広く認知されるに至った。
県の観光事業に主に用いられてきたキャッチコピーであったが、うつくしま大橋、うつくしま百名山に見られるように、福島県の美称として固有名詞に「うつくしま」のフレーズが単独で用いられることもある。
イメージキャラクター[編集]
経済・産業[編集]
2008年(平成20年)度の県内総生産は7兆6669億円である[5]。世界の国の国内総生産 (GDP) と比較しても、世界70位以内にランクインしており、県単独で世界の過半数の国より大きな経済規模を有している。
第一次産業では水稲、モモに代表される果物などの農産物、いわき市のカツオ、郡山市の養殖鯉(出荷量日本1位[2])などの水産物が主要産物である。
第二次産業では東京首都圏に隣接する至便性のため首都圏より県内に進出する企業も多く製造品出荷額では宮城県を抑え東北地方1位である。電子機器関連の工場の立地が多く、会津若松周辺では半導体、郡山周辺ではプリント基板関連、電子部品、福島市周辺では電子機器、いわき市周辺では電子機器、化学製品、自動車エンジン工場などの立地がある。最近では田村市において自動車電装部品関連企業の誘致にも成功している。(2008年(平成20年)現在)
第三次産業では県内における最大の都市圏は、中通り中部の郡山を中心とする郡山都市圏であり、周辺地域とともに県内最大の郡山経済圏を形成し、郡山市は東北地方第2位の商業年間商品販売額を誇る。
中通り北部(福島市など)や浜通り夜ノ森以北(旧相馬氏領)は、仙台への通勤・通学者が一定の割合で存在するほか、休日の買い物に高速バスや在来線などで仙台へ行く住民も多く、仙台志向が強い。(→東北地方の経済史、南東北、仙台経済圏、仙台都市圏を参照のこと。)
逆に、南に進むにつれて関東志向が強くなっている。実際、中通り南西部の白河や中通り中部の郡山、浜通り夜ノ森以南(旧岩城氏領)のいわき市は関東への通勤者が存在しており、また中通り南東部(久慈川流域)は同じ久慈川流域の茨城県北西部(大子、常陸太田など)との交流が深い。その中でも、中通り南西部・中部が宇都宮志向で、中通り南東部と浜通り夜ノ森以南が水戸志向となっている。
これらとは対照的に、会津地方は観光中心経済だが、気候と水系が日本海側に属するため、交通面では新潟志向が見られ、観光面では日光・塩原との交流もある。
関東広域圏のテレビ放送を直接受信できる地域があったり、首都圏や三大都市圏を中心に展開している店鋪が東北では唯一本県に進出している例(アピタ(ユニー系列のショッピングセンター)、丸井(2008年(平成20年)2月29日閉店)、デニーズなど)もあり、こういったことも本県の関東志向に影響していると考えられる。
第一次産業[編集]
農林水産省による統計では、2009年(平成21年)の都道府県別の農業産出額は福島県が2450億円となり、金額では全国7位である[6]。この内、米の948億円(全国5位)と野菜の546億円を含めた耕作物、つまり耕種の産出額は1931億円であり、肉用牛137億円や生乳97億円、豚100億円、鶏卵123億円を含む畜産は513億円となっており、これらが農業による主な産出額である。漁業に関しては2009年(平成21年)の都道府県別の農業産出額のうち、福島県は養殖での額が不明ながら海面漁業は160億円とされている[7]。また、2008年(平成20年)発表統計データによる青森県(2797億円)、岩手県(2541億円)に次いで東北第3位。県内では農業産出額が多い順に福島市(195億円、県内1位、東北12位)、郡山市(188億円、県内2位、東北14位)、伊達市(140億円、県内3位、東北20位)[8]。
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- 主要農産物 会津盆地、郡山盆地、他を中心とした水稲、福島盆地のモモ、リンゴ、サクランボ、ナシ、イチゴ、会津身不知柿、いわきイチジクなどの果物、野菜類、山菜
- 主要水産物 郡山市の養殖鯉、いわき市のカツオ、目光、相馬市のホッキ貝、アサリ、海苔、浪江町、旧鹿島町の鮭、県内各所のニジマスなど
- 主要畜産品 旧都路村、葛尾村、飯舘村の牛肉など
- 郡山盆地はかつて不毛の原野であったが、明治時代に開削された安積疏水により現在では福島県を代表する穀倉地帯の一つとなっている。
- 会津産のコシヒカリは新潟県魚沼産同様高い評価を得ている(2008年(平成20年)現在、特Aクラスを得ている)。
第二次産業[編集]
2008年(平成20年)発表統計データの製造品出荷額等によると、福島県は5兆5686億円となり東北1位。2位は宮城県(3兆5702億円)、3位は山形県(2兆8692億円)。県内では製造品出荷額等が多い順にいわき市(1兆0701億円、県内1位、東北1位)、郡山市(9667億円、県内2位、東北2位)、福島市(6608億円、県内3位、東北5位)は東北地方有数の工業都市。[8]
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- 伝統工芸
- 昭和村のからむし織、旧梁川町のニット製品、絹製品、会津木綿、三春駒、白河だるま、赤べこ、こけし、会津漆器、タンス等桐製品、会津本郷焼などの陶器、磁器
- 会津地方を中心として日本酒酒蔵が多く、全国的に知名度の高い酒蔵もある。
- 鉱業
福島県は様々な形態の発電所が建設された電源地帯である。
- 水力発電
詳細は「只見特定地域総合開発計画」を参照
- 原子力発電
- 浜通り地方の夜ノ森付近では、2011年に爆発事故が発生するまで、東京電力の福島第一原子力発電所(大熊。定格 470万kw)と福島第二原子力発電所(富岡。定格 440万kw)が稼動していた。福島県は東京電力管轄外のため、この電力は県内には基本的に送電されていない。
- 火力発電
- 地熱発電
- 風力発電
- 風車33基を備える発電所出力 65,980kw の国内最大級出力の「グリーンパワー郡山布引」(電源開発の100%子会社)郡山布引高原風力発電所が稼動している。
第三次産業[編集]
- 2008年(平成20年)発表統計データによると、福島県の商業年間商品販売額は、4兆7,206億円となり宮城県(10兆2365億円)に次いで東北2位。県内では商業年間商品販売額が多い順に郡山市(1兆4,515億円、県内1位、東北2位)、福島市(9,150億円、県内2位、東北7位)、いわき市(8,153億円、県内3位、東北9位)[8]。
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- 郡山市、福島市、いわき市をはじめ県内主要各都市では近年大型ショッピングモール、カテゴリーキラーなどの専門店がロードサイド店舗として車で便利な郊外に盛んに立地している。そのため中心市街地に立地する商業施設の空洞化が目立つ。
- いわき市には炭鉱より開発された大型温泉観光施設スパリゾートハワイアンズがある。
- 中通りから会津にかけて大型のスキーリゾートが多数存在する。
- 飯坂温泉、磐梯熱海温泉、東山温泉など大型の温泉観光地がある。
主な大型商業施設[編集]
- うすい百貨店(郡山市)
- 中合福島店
- ユニー
- アピタ会津若松店
- イオングループ
- イオン福島店
- イオンいわき店
- ショッピングモールフェスタ(イオン郡山フェスタ店がキーテナント)
- イオン白河西郷店
- イオン相馬店
- イオンタウン郡山
- イオンスーパーセンター鏡石店
- セブン&アイホールディングス
- イトーヨーカドー郡山店
- イトーヨーカドー福島店
- イトーヨーカドー平店
- ベイシアグループ
- 仙台ターミナルビル
- エスパル福島店
- エスパル郡山店
- ザ・モール郡山
- メガステージ白河
- メガステージ須賀川
- Latov(いわき市)
- エブリア(いわき市)
福島県の企業[編集]
詳細は「Category:福島県の企業」を参照
福島県に本社のある主な企業[編集]
- 東邦銀行(福島市)
- 福島銀行(福島市)
- 日東紡績(福島市)
- 福島テレビ(福島市)
- テレビユー福島(福島市)
- ラジオ福島(福島市)
- 福島民報(福島市)
- 福島民友(福島市)
- 福島キヤノン(福島市)
- NECワイヤレスネットワークス(福島市)
- 福島中央テレビ(郡山市)
- 福島放送(郡山市)
- エフエム福島(郡山市)
- 大東銀行(郡山市)
- ヨークベニマル(郡山市)
- ゼビオ(郡山市)
- 幸楽苑(郡山市)
- アサカ理研(郡山市)
- ソニーエナジーデバイス(郡山市)
- クラリオン製造プロテック(郡山市)
- ビッグレンタル(郡山市)
- ニラク(郡山市)
- ザッツ福島(伊達市)太陽誘電CDR、DVDR の基幹工場
- 富士通アイソテック(伊達市)
- 白河オリンパス(西郷村)
- 恒和薬品(郡山市)
- アルパイン(いわき市)
- 常磐興産(いわき市)
- ハニーズ(いわき市)
- タンガロイ(いわき市)
福島県に進出した主な企業[編集]
- ヤクルト本社(福島市)
- アサヒビール(本宮市)
- 富士通(会津若松市)
- スパンション(会津若松市)
- パナソニック電工(郡山市)
- 保土谷化学工業(郡山市)
- 日本化学工業(郡山市)
- 三菱電機郡山製作所(郡山市)
- 住友ゴム工業(白河市)
- 信越半導体(西郷村)
- 三菱製紙(西郷村)
- パナソニックAVCネットワーク社(福島市)
- あすか製薬(いわき市)
- 荒川化学工業(いわき市)
- アルプス電気(いわき市)
- エステー(いわき市)
- FDK(いわき市)
- クリナップ(いわき市)
- クレハ(いわき市)
- 第一三共プロファーマ(いわき市)
- 日産自動車(いわき市)
- 日本化成(いわき市)
- 日本製紙(いわき市)
- 三菱マテリアル(いわき市)
- NOK(福島市)(二本松市)(本宮市)
生活・交通[編集]
警察[編集]
交通[編集]
空港[編集]
鉄道[編集]
- 新幹線
- JR在来線
- 私鉄(民鉄)路線
- 第三セクター
バス路線[編集]
国鉄時代、福島県内が東京支社・水戸支社と仙台支社の境目になっていた。このため、地域ごとに分割したJRバスにおいても、日本で唯一2社が営業拠点を設置している県となっている。
道路[編集]
県道[編集]
- 福島県の県道一覧を参照
医療・福祉[編集]
詳細は「Category:福島県の医療機関」を参照
教育[編集]
- 大学・短期大学
県立
私立
- 日本大学工学部(郡山市)
- 東日本国際大学(いわき市)
- 福島学院大学(福島市)
- 奥羽大学(郡山市)
- 郡山女子大学(郡山市)
- いわき明星大学(いわき市)
- いわき短期大学(いわき市)
- 桜の聖母短期大学(福島市)
- 福島学院大学短期大学部(福島市)
- 郡山女子大学短期大学部(郡山市)
- 高等専門学校
- 福島工業高等専門学校(独立行政法人国立高等専門学校機構)
- 学校教育以外の施設
- 福島県農業総合センター農業短期大学校(農業者研修教育施設)
マスメディア[編集]
新聞社[編集]
放送局[編集]
本社演奏所の立地として、福島市(県庁所在地。政治的中心地)と、郡山市(経済的・交通的中心地)との2都市に分かれるため、立地の違いによって地方ニュースの重点配分や話題に微妙な地域色がでる。しかし、コミュニティFM以外の全放送局とも、放送対象地域は福島県(全域)となっている。
戦後の福島県域2大新聞社である福島民報(毎日新聞系)と福島民友(読売新聞系)の対立を反映した影響からか、県域対象の民放VHFテレビ局は全国の県で最後の開局、民放FM局も東北6県では最後の開局である。しかし、テレビ東京系列を除く民放テレビ局4局が出揃った時期は1983年(昭和58年)である[※ 2]。これは東北6県のなかでは宮城県に次いで2番目であり、比較的早い[※ 3]。
その影響もあり、福島テレビ開局にあたっては県が主導的な役割を果たし、現在も株式の約半数を所有している。この比率はやはり県主導で開局した南隣りのとちぎテレビより高く、ネット上においては“福島県営テレビ”などと揶揄されることがある。
以下の通り、AMラジオ局はラジオ単営局であり、民放のラテ兼営局は存在しない[※ 4]。
| "テレビ局舎外観" | ||||||||||
|
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相馬市や南相馬市、相馬郡の一部では宮城県の民間放送4局が、会津地方の一部では山形県の民間放送4局が(一部の新聞では掲載されていない)、いわき市の沿岸地域や白河市南端、阿武隈高地の一部では関東広域圏の民間放送5局(一部の新聞ではテレビ東京以外は掲載されていない)が直接受信可能でありチバテレビ (CTC) はノイズが出るものの受信ができる場合がある(テレビ東京の放送休止時のみ)。
福島県と同様に、政治力と経済力の綱引きにより民放県域放送局の演奏所が県庁所在地以外にも立地している例は、山形県、富山県、山口県、福岡県にも見られる。
地上デジタル放送のリモコンキーIDはTXN系と独立UHF局がない以外は関東広域圏と全て同じである(詳しくはリモコンキーIDの項を参照)。
文化・スポーツ[編集]
方言[編集]
食文化[編集]
- 餃子(福島市) - 宇都宮市の餃子同様、満州開拓団の帰国者により始まったと言われる。
- 喜多方ラーメン(喜多方市)
- 白河ラーメン(白河市)
- 幸楽苑(郡山市) - 全国展開中のラーメンチェーン本社。創業の地は会津若松市。
- 10円饅頭(郡山市)
- メヒコのカニピラフ(いわき市、郡山市) - 栃木など遠方より食べに来る。
- メヒカリ(いわき市)
- ウニの貝焼き(いわき市)
- ほっき飯(相馬市など)
- 鮭のはらこ飯(相馬市など)
- 鯉の甘露煮(郡山市)
- 鯉のアライ(郡山市)
- ソースかつ丼(会津若松市)
- カレー焼きそば(会津若松市)
郷土料理[編集]
詳細は「日本の郷土料理一覧#福島県」を参照
会津の代表的な郷土料理としては、「こづゆ」「イカニンジン」「ニシンの山椒漬け」「鯉の旨煮」が挙げられる。
また、会津の山間部では蕎麦を工夫した料理がみられ、今でも味わうことができるものとして「はっとう(檜枝岐村)」「裁ち蕎麦(南会津)」「祝言蕎麦(猪苗代町)」などがある。
伝統芸能[編集]
- 農村歌舞伎
- 重要無形民俗文化財(指定年月日)
- 御宝殿の稚児田楽・風流(1976年(昭和51年)5月4日 いわき市錦町御宝殿 御宝殿熊野神社田楽保存会)
- 相馬野馬追(1978年(昭和53年)5月22日 相馬市ほか 相馬野馬追保存会)
- 金沢の羽山ごもり(1980年(昭和55年)1月28日 福島市 羽山ごもり保存会)
- 田島祇園祭のおとうや行事(1981年(昭和56年)1月21日 南会津郡南会津町 田島祇園祭のおとうや行事保存会)
- 石井の七福神と田植踊(1995年(平成7年)12月26日 二本松市 石井芸能保存会)
- 木幡の幡祭り(2004年(平成16年)2月16日 二本松市 木幡幡祭保存会)
- 都々古別神社の御田植(2004年(平成16年)2月6日 東白川郡棚倉町 八規都々古別神社御田植保存会)
- 三島のサイノカミ(2008年(平成20年)3月13日 大沼郡三島町 三島町年中行事保存会)
- 祭事
スポーツ[編集]
観光[編集]
国宝[編集]
- 建造物
- 彫刻
- 勝常寺 - 木造薬師如来坐像及び両脇侍立像(3躯)
- 書跡典籍
- 龍興寺 - 一字蓮台法華経 開結共(巻第六欠)9巻
重要伝統的建造物群保存地区[編集]
福島県を舞台とした作品[編集]
テレビドラマ[編集]
- ひまわり(NHK連続テレビ小説):福島市
- 大河ドラマ
- 花嫁は厄年(TBS系テレビドラマ) :福島市が舞台だが、ほぼ全てのロケが関東近郊で行われたため福島の風俗とは異なる。
- はね駒(NHK連続テレビ小説):相馬市
- 白虎隊 (1986年のテレビドラマ)(日本テレビ系テレビドラマ):会津若松市
- 白虎隊 (2007年のテレビドラマ)(テレビ朝日系テレビドラマ):会津若松市
映画[編集]
- フラガール:いわき市
- 釣りバカ日誌8:いわき市
- 原子力戦争:福島第一・第二原子力発電所が映っている。
- 男はつらいよ 柴又より愛をこめて:ロケ地の一つとして会津若松市
- 容疑者 室井慎次:ロケ地の一つとしていわき市
- 遊びの時間は終らない:いわき市平が映画の舞台
- アブラクサスの祭:国見町、三春町
- トテチータ・チキチータ:2012 福島県全域のオールロケ
漫画・アニメ[編集]
- 宙のまにまに:猪苗代町
- 黒塚 KUROZUKA:二本松市(旧安達町の安達ヶ原)
ウェブコミック[編集]
- 『すすめ!きたこー放送部』:郡山市(福島県立郡山北工業高等学校など)
福島県出身の人物[編集]
詳細は「福島県出身の人物一覧」を参照
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 高郷村分データ不明により喜多方市が記載されていないため、福島県ホームページ (PDF)より概算値引用。
- ^ この年の12月4日にTUFが開局したことにより民放TVが4局出揃った。
- ^ 東北で3番目以降に民放TVが4局化された地域の出現は平成に入ってからとなり、1996年(平成8年)10月1日に岩手県が(岩手朝日テレビ開局により)、翌1997年(平成9年)4月1日に山形県が(さくらんぼテレビ開局により)民放TV4局化が実現した。なお秋田・青森両県は平成新局の開局が1局のみに留まったため、今日まで民放TV4局化は実現していない。
- ^ 当初は福島県民放第1号であるラジオ福島がラテ兼営局になることを目指して1957年(昭和32年)10月22日にTV予備免許と「JOWR-TV」というコールサインを取得したが、役員人選等の難航によりそれらは僅か半年で(翌1958年(昭和33年)4月1日をもって)失効。以後 RFC はAM単営局となって現在に至る。これにより福島県では1963年(昭和38年)4月1日に(民放TV第1局となる)FTV が開局するまでの間、民放TVが全く視聴不可の状態が他県より長く続いた。
出典[編集]
- ^ 福島県の農業用ダム
- ^ 工藤雅樹「福島のあけぼの」p.12(丸井佳寿子・工藤雅樹・伊藤喜良・吉村仁作『福島県の歴史』山川出版社 2003年2月)
- ^ 『読売新聞』1991年11月28日 東京夕刊23面
- ^ 『河北新報』1992年2月17日
- ^ 平成20(2008)年度 福島県県民経済計算の概要
- ^ “農林水産省大臣官房統計部 平成21年農林水産統計 全国農業地域別農業産出額”. 2011年11月28日閲覧。
- ^ 平成21年漁業生産額 (PDF) - 農林水産省
- ^ a b c d e f “総務省統計局 統計でみる市区町村のすがた 2008”. 2011年11月28日閲覧。
- ^ 勿来 - いわき間は福島県内、および、東北地方唯一の東京近郊区間である。
関連項目[編集]
- 岩代国
- 磐城国
- 福島県出身の人物一覧
- 福島県の県道一覧
- 北関東・磐越地域
- 北関東磐越五県知事会議
- 福島未来
- NN運動
- Category:福島県の企業
- Category:福島県の大学
- Category:福島県の自然景勝地
- 日本の地理、日本の地域
外部リンク[編集]
- 行政
- 福島県
- 福島県 (Fukushima_Pref) - Twitter
- ふくしまから はじめよう。 - Facebook
- 観光
- 観探福島ナビ - 福島県観光物産交流協会
| 先代: 旧福島藩領 (岩代国内の幕府領) |
行政区の変遷 1869年 - 1871年 (第1次福島県) |
次代: 二本松県 |
| 先代: 二本松藩 福島県(第1次)・白河県 磐前県・若松県 |
行政区の変遷 1871年 - (二本松県→第2次福島県) |
次代: ----- |
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