福島県

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福島県
ふくしまけん
地方 東北地方
団体コード 07000-9
ISO 3166-2 JP-07
面積 13,782.75km²
総人口 2,057,199
推計人口、2008年4月1日)
人口密度 149人/km²
隣接都道府県 宮城県山形県茨城県栃木県群馬県新潟県
県の木 ケヤキ
県の花 ネモトシャクナゲ
県の鳥 キビタキ
県民の日 8月21日
知事 佐藤雄平
福島県庁
所在地 〒960-8670  福島県
福島県福島市杉妻町2番16号
電話番号 024-521-1111
外部リンク 福島県庁
福島県の位置
特記事項 :

福島県行政区画図

:市 / :町・村
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福島県(ふくしまけん、英語表記:Fukushima Prefecture)は、東北地方南部(南東北)にある太平洋に面し、奥羽山脈の東西にまたがって存在する。

目次

概要

地形図

地形気候交通歴史などの面から、太平洋と阿武隈高地にはさまれた「浜通り」、阿武隈高地と奥羽山脈にはさまれた「中通り」(以上、太平洋側)、奥羽山脈と越後山脈にはさまれた日本海側の「会津」の3地域に分けられる。県の広域行政単位は、これらを更に細分している。方言単位は、上記3区分の他に、3区分横断的な南北分類もされる(関東方言の影響が県南部で見られるため)。

人口の大きな自治体は、人口順にいわき市郡山市福島市となっているが、3市とも30万人前後である。商業統計では郡山市・いわき市・福島市の順、都市圏人口では郡山都市圏福島都市圏いわき都市圏の順である。3市はそれぞれの分野に特化し、行政機能が集中する福島市、経済・交通の中枢で商業・内陸工業・流通都市となっている郡山市、莫大な面積を持ち工業・観光に特化するいわき市となっている。また、会津地方の中心都市で史跡旧跡が多く存在する歴史都市会津若松市も上記3都市に比べ小規模ながら重要な地点となっている。

県名の福島は、福島城からとられた。

歴史

古代 - 平安時代

古墳時代、畿内に前方後円墳が登場するのとほぼ同時期に会津地方でも前方後円墳が作られ始めており、すでに大和朝廷の影響下にあったことが伺える。古墳時代中期以降は、会津地方の古墳造営が減少し、代わって中通りで盛んに古墳が作られた。

5世紀にはすでに福島県全域が大和朝廷の支配下にあったと思われ、福島県域の各国造が置かれた。当初、大和朝廷の勢力圏は福島県域が北限であり、蝦夷勢力圏との境界にあたる信夫国(福島盆地)などの国には防備の任もあった。また、関東や近畿地方などから、さかんに開拓のための移民も行われている。その後、国は(こおり)と呼び名が代わり、陸奥国に再編された。また、大和朝廷の勢力圏も宮城県域、あるいはさらに北に拡大し、信夫評(しのぶごおり)も「北端」ではなくなった。

701年(大宝元年)の大宝律令の施行時には陸奥国となり、評は郡、評司(国造)は郡司になった。拡大した陸奥国は718年(養老2年)に3国に分割された。分割された3国は以下の通りである。

  • 石城国石城郡、菊田郡、標葉(しねは)郡、行方(なめかた)郡、宇太(うだ)郡、曰理(わたり)郡
  • 石背(いわせ)国…信夫郡、安積郡、岩背郡、白河郡、会津郡
  • 新しい陸奥国…刈田郡、伊具郡、柴田郡、名取郡、宮城郡以北

ただし、724年(神亀元年)までにはこの3国は再び陸奥国に合併された。これらの郡は、その後、人口の増加などにより、さらに再分割されている。例えば信夫郡から伊達郡が分割され、安積郡からは安達郡などが分割され、会津郡も耶麻郡を始め多くの郡に分割された。

  • 現在、福島県域は岩盤が固くて地震が少ないから「岩城」の国と呼ぶ、という説があるが、これは「いわしろ」に「岩城」という文字を当てたために生まれた俗説である。岩城国の由来は石背国にある。石背国の読み方は本来「いわせ」であったが、後に山背を「やましろ」と読むのに習って「いわしろ」とも読むようになったと思われる。明治の国名では「いわしろ」の読みを採用し、「岩城」の文字を当てた。

平安時代には会津で恵日寺が強大な勢力を得たが、平安時代末期にはほぼ福島県全域が奥州藤原氏の勢力下に入り、藤原氏一族の信夫佐藤氏が福島盆地を本拠地として、中通りの中部まで、恵日寺後退後の会津、山形県置賜地方まで支配するまでになった。平安末期、福島県内で他には中通りの石川氏、浜通りの岩城(いわき)氏があった。石川氏は清和源氏の流れで前九年の役に従軍して石川郡に定住した。岩城氏は桓武平家の氏族で、藤原清衡の養女を妻に迎えて石城郡に定住したとも石城郡司の子孫とも言われる。

鎌倉時代 - 室町時代

源頼朝による奥州征伐で奥州藤原氏が滅亡し、信夫佐藤氏が信夫荘(信夫郡の西北、松川以北)に押し込められると、鎌倉による論功行賞で、福島県内は伊達氏相馬氏二階堂氏蘆名氏畠山氏結城氏など、多数の関東武士団に細分化された。南北朝の動乱においては結城氏の一族である白河結城氏が台頭し、白河結城氏を主力とする南朝方が大いに優勢となったが、しばらくすると相馬氏など北朝方が盛り返し白河結城氏など多くの諸氏は奥州管領鎌倉公方の支配を受けるようになる。戦国時代になると、伊達氏の伊達稙宗が南奥羽で外征や婚姻外交を繰り返し南奥羽のほとんど大名が勢力下に入るが天文の乱を起こし衰退したり、白河結城氏が衰退し代わって岩城氏が勢力を盛り返すなど、栄枯盛衰はやむことはなく、隣接する佐竹氏上杉氏の影響も受けるようになるが、最終的には蘆名氏や相馬氏、二本松氏などを圧倒した伊達氏の伊達政宗が短期間ではあるが、福島県域の浜通りを除く大半を領有することになる。

安土桃山時代 - 江戸時代

豊臣秀吉による奥州仕置により伊達政宗が伊達氏の元の本領以外没収され、会津には蒲生氏郷が入る。翌年の葛西大崎一揆の戦後処理で伊達政宗が岩出山に移封させられると、蒲生氏郷が福島県中通り以西のほとんどを領有した。しかし子の蒲生秀行は会津から宇都宮に移され、代わって越後上杉景勝が会津120万石を得て福島県の中通り以西のほとんどの地域と山形県の置賜地方を領有した。関ヶ原の戦いによって上杉景勝は信夫郡伊達郡を除く福島県域の所領を失い、30万石となる。代わって会津には蒲生秀行が再度入封し、会津藩60万石が成立する。が、2代目の蒲生忠郷が早世し伊予松山藩に移ることになる。次に1627年加藤嘉明が40万石で会津に入封するが、これも2代目加藤明成会津騒動を起こして領地を幕府に返上した。そして、1643年に松平氏保科正之が23万石で入封し、この松平氏会津藩が幕末まで続くことになる。

一方、信夫郡と伊達郡も1664年に上杉氏米沢藩から召し上げられ、会津藩以外の大藩はなくなり、会津と相馬氏領の相馬地方を除く県内のほとんどの地域で、江戸時代を通じて小藩、天領が入り乱れて激しく変遷した。

明治・廃藩置県

江戸時代幕末に置かれた藩及び城郭、交代寄合陣屋としては会津藩、支城の猪苗代城二本松藩棚倉藩相馬中村藩三春藩磐城平藩福島藩泉藩湯長谷藩下手渡藩、水戸藩支藩の守山藩、幕末に幕府直轄地となった白河城、現在の相馬市内にあり、仙台藩の支城となった駒ヶ峯城があり、交代寄合の溝口家の横田陣屋、その他に代官陣屋もあった。 明治初期、版籍奉還後の1869年(明治2年)の太政官令により、陸奥国(むつのくに)南端である現在の福島県域は陸奥国から分離し、西側が岩代国(いわしろのくに)、東側が磐城国(いわきのくに)となった。岩代国は現在の福島県中通り地方の中北部と会津地方。磐城国は現在の福島県中通り地方南部と福島県浜通り地方と宮城県南部(亘理郡、伊具郡、刈田郡)にほぼ相当する。1871年(明治4年)7月(旧暦)の廃藩置県で全国に多数の県が生まれた後、同年11月(旧暦)に現在の福島県域は、岩代国の会津地方(旧会津藩領の越後国蒲原郡の一部[のち東蒲原郡]を含む)が若松県、岩城国、磐城国からなる中通り地方が二本松県(二本松県になって、わずか12日間後に県庁が信夫郡福島町に移転、福島県に改称したのでほとんど機能はしていない)、磐城国はほぼそのまま磐前(いわさき)県の3つの県として統合された。1876年(明治9年)に福島県、若松県、磐前県が合併して新しい福島県となった。その際、磐前県北部(亘理郡、伊具郡、刈田郡)が宮城県に、磐前県南部の一部が茨城県に移管され、さらに1886年(明治19年)に東蒲原郡が新潟県へ移管されて、現在の福島県域になった。これらの変遷は最後の東蒲原郡移管を除いて、1869年(明治2年)の藩の制度化の後、1871年(明治4年)の廃藩置県から1876年(明治9年)までの間に、あわただしく行われた。(誤解されがちだが江戸時代には公式に「藩」という制度はなく、藩は版籍奉還によって明治2年に制定された制度である)

福島県会津地方の北西部、三国岳から飯豊山に、ひげのように細長く延びている県域がある。これは福島県側の地域住民の信仰上の理由で、ご神体となる飯豊山への参道を確保したためである。


人口

年齢構成

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 画像:g50.png画像:g01.png 96
5 - 9 画像:g50.png画像:g05.png画像:g01.png 104
10 - 14 画像:g50.png画像:g10.png 112
15 - 19 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 124
20 - 24 画像:g50.png画像:g10.png画像:g01.png 114
25 - 29 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 124
30 - 34 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png 133
35 - 39 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png 122
40 - 44 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png 131
45 - 49 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 144
50 - 54 画像:g50.png画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 166
55 - 59 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 142
60 - 64 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 129
65 - 69 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png 121
70 - 74 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png 122
75 - 79 画像:g50.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 106
80歳以上 画像:g50.png画像:g10.png画像:g03.png 118

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]

年齢
49 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 0 - 4歳 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png 47
53 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 5 - 9 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png画像:r01.png 51
57 画像:g30.png 10 - 14 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 55
63 画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 15 - 19 画像:r30.png画像:r01.png画像:r01.png 61
59 画像:g30.png画像:g01.png 20 - 24 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 55
64 画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 25 - 29 画像:r30.png画像:r01.png画像:r01.png 60
68 画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png 30 - 34 画像:r30.png画像:r05.png 65
61 画像:g30.png画像:g01.png画像:g01.png 35 - 39 画像:r30.png画像:r01.png画像:r01.png 61
66 画像:g30.png画像:g05.png 40 - 44 画像:r30.png画像:r05.png 65
73 画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 45 - 49 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png 71
85 画像:g30.png画像:g10.png画像:g05.png 50 - 54 画像:r30.png画像:r10.png画像:r03.png 81
73 画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 55 - 59 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png画像:r01.png 69
63 画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 60 - 64 画像:r30.png画像:r05.png 66
56 画像:g30.png 65 - 69 画像:r30.png画像:r05.png 65
54 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 70 - 74 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 68
44 画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png 75 - 79 画像:r30.png画像:r03.png 62
38 画像:g10.png画像:g10.png 80歳以上 画像:r30.png画像:r10.png画像:r03.png 80


福島県と全国の年齢別人口分布図(比較) 福島県の年齢・男女別人口分布図
紫色は福島県
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
総務省統計局 / 国勢調査2005年

行政

歴代知事(公選後)

  1. 石原幹市郎(1947年4月12日 - 1949年11月30日)
  2. 大竹作摩(1950年1月28日 - 1957年7月25日)
  3. 佐藤善一郎(1957年8月25日 - 1964年3月23日)
  4. 木村守江(1964年5月16日 - 1976年8月11日 収賄容疑に問われ引責辞任)
  5. 松平勇雄(1976年9月19日 - 1988年9月18日)
  6. 佐藤栄佐久(1988年9月19日 - 2006年9月28日 親族による談合事件で引責辞任)
  7. 佐藤雄平(2006年11月12日 - )

経済

県内における最大の都市圏は、中通り中部の郡山市を中心とする郡山都市圏であり、周辺地域とともに県内最大の郡山経済圏を形成している。一方、中通り北部(福島市伊達郡伊達市)や浜通り北部(旧相馬郡地域 : 相馬市南相馬市)などは、仙台市への通勤・通学者が一定の割合で存在するほか、休日の買い物に高速バスなどで仙台へ行く傾向が強く仙台市を中心とした仙台経済圏に含まれつつあり、繋がりが深い。(→東北地方の経済史南東北仙台経済圏仙台都市圏を参照)のこと。

本県は南東北の南端に位置し、関東地方に隣接していることから関東への志向が強い。実際、中通り白河市郡山市浜通りいわき市は関東への通勤者が存在するなど、関東との繋がりが深い。ただし、県北地区と相双地区の仙台志向、また会津地方の観光中心経済と若干の新潟志向とは分けて考える必要があり、福島県の非統一性をうかがわせる一例となっている。

関東広域圏のテレビ放送を直接受信できる地域があったり、首都圏三大都市圏を中心に展開している店鋪が東北では唯一本県に進出している例(丸井デニーズなど)もあり、こういった事も本県の関東志向に影響していると考えられる。

地域と文化

都市圏

都市雇用圏(10%通勤圏)の変遷 ※東北新幹線の駅が設置された都市圏斜体

1980年 1990年 1995年 2000年
いわき都市圏
347,408人








82




85




91


郡山都市圏
493,891人
郡山都市圏
521,116人
郡山都市圏
537,493人
福島都市圏
343,063人
福島都市圏
404,636人
福島都市圏
410,964人
福島都市圏
412,353人
郡山都市圏
341,004人
いわき都市圏
361,286人
いわき都市圏
366,207人
いわき都市圏
365,864人
会津若松都市圏
197,672人
会津若松都市圏
197,213人
会津若松都市圏
197,316人
会津若松都市圏
188,686人
須賀川都市圏
80,990人
須賀川都市圏は郡山都市圏に包含
原町都市圏
74,296人
白河都市圏
86,678人
白河都市圏
95,084人
白河都市圏
96,786人
白河都市圏
72,914人
原町都市圏
77,162人
原町都市圏
77,860人
原町都市圏
75,020人
喜多方都市圏
45,780人
二本松都市圏
66,988人
二本松都市圏
67,268人
二本松都市圏
66,077人
二本松都市圏
45,568人
喜多方都市圏
60,818人
喜多方都市圏
63,413人
喜多方都市圏
59,701人

地域圏

県内は、東西に長い形状をしているが、2つの山間部によって浜通り中通り会津の3つの地方に分かれている。東から太平洋沿岸が浜通り、阿武隈高地で隔てて中通り、奥羽山脈で隔てて会津となる。地形的に山間部で隔てられて結びつきにくい上に、気候風土や風俗にも差があり、3地方での同一県として帰属意識は低く、福島県は他県に比較すると1つの県としてのまとまりに欠けると言われる。

以下、人口は2006年8月1日現在の推計人口[1](福島県の総人口は2,080,823人)。

  • 中通り 1,221,105人
  • 浜通り 552,276人
  • 会津 307,442人

県内は、さらに県庁の出先機関である地方振興局の管内によって7つに分けられている。以下、地方振興局ごとに市町村を記載する。なお、県北の安達郡(約4.0万人)が県中に、相双の双葉郡(約7.4万人)がいわきに入るとする地域圏の設定もある。

以下の13市13郡32町15村がある。*印は、合併により消滅する予定の市町村。町は「ちょう」ではなくすべて「まち」、村は「そん」ではなくすべて「むら」と読む。

中通り

  • 由来 - 中通りは中山道に名前の由来がある。現在の中山道は江戸時代に江戸を中心としてひき直したもので、京都から岐阜、長野、群馬を経て東京に至るが、古代の中山道は奈良を起点として、現在の岐阜、長野、群馬から栃木(宇都宮付近)に至り、現在の国道4号線沿いに北上する東山道(律令制下の道国制の行政区)の主要街道だった。中山道という呼称自体、東山道の別称である。この縦貫道は中世には奥大道(おくのだいどう)とも呼ばれた。この縦貫道の名称から、福島県中通り地方は古代から中山道(中仙道)と呼ばれ、中世には仙道(せんどう)とも呼ばれた。なお、群馬から東京に至る江戸時代以降の中山道は、もともとは東山道武蔵路と呼ばれる東山道(中山道)の支路である。武蔵国はもともと東山道の1国であったが、771年(宝亀2年)に東海道に移管された。
  • 気候 - 内陸性気候に属する。北部の福島盆地は典型的な内陸性盆地型気候で、夏は非常に高温になる。南部は那須高原につらなる高原地帯となるとので、北部に比べると低温傾向がある。そのため、中通りでは桜前線が北部から南部に南下して移動する。降雪はあるが、通常は数cm~15cm程度で、30cmも積もれば大雪といわれる。生活面では降雪よりも夜間の路面凍結が深刻である。
  • 文化 - 古来より奥州の玄関口として、街道筋として重要な役割を担った。現在は東北新幹線や東北自動車道も整備されて首都圏まで新幹線で1~2時間、自動車で2~3時間ということもあり、首都圏との結びつきも強めている。
  • 中心都市 - 経済的には郡山市であるが、県庁所在地が福島市であるため、政治的文化的には福島市の重要度も高く、二極分散といえる。
県北地方振興局管内 508,389人

福島広域行政圏

安達広域行政圏

県中地方振興局管内 559,607人

郡山広域行政圏

県南地方振興局管内 153,109人 白河広域行政圏

浜通り

  • 由来 - 浜通りは陸前浜街道に名前の由来がある。陸前浜街道は現在の国道6号線とほぼ一致する沿岸の街道で、水戸街道から仙台平野で奥州街道に繋がって仙台に至る。なお、陸前浜街道は古代には海道と呼ばれた。
  • 気候 - 太平洋側気候に属する。東北地方としては非常に温暖で、夏は涼しく、冬の降雪もほとんど無く、東北地方よりも南関東に近い過ごしやすい穏やかな気候である。
  • 文化 - 関東地方、特に茨城県や千葉県との結びつきが強い。もともと海道で常陸国や下総国とつながっていた上に、鎌倉時代初期に下総国相馬郡(現在の茨城県南西部と千葉県北西部)から相馬氏千葉氏の支流)が入植したこともあり、下総国に由来を持つ神社仏閣やお祭り等の習俗が少なくない。現在でも千葉県や茨城県を中心に展開するチェーン店が福島県浜通りに店舗を出店する、あるいは浜通りに本社のあるチェーン店が茨城県方面に出店するなどの現象がしばしば見られる。
  • 中心都市 - いわき市が中心都市と言えるが、南北に長いため、北部では相馬市が小規模な中心都市となっている。
相双地方振興局管内 199,647人

相馬広域行政圏

双葉広域行政圏

いわき地方振興局管内 352,629人

会津

  • 由来 - 記紀の記述には、崇神天皇(すじんてんのう)が北陸道に遣わした大彦命(おおひこのみこと)と東海道に遣わした建沼河別命(たけぬかわわけのみこと)が、日本海側と太平洋側から遠征して出会ったのが相津(あいづ)だったという記述があり、この相津が後に会津と表記されるようになった説が有力である。他に会津盆地でいくつかの川が合流するために舟運の拠点として会津と呼ばれるようになった、あるいは日本海側と太平洋側の物産を運ぶ隊商が会津盆地で取引をすために会津と呼ばれるようになった、など諸説ある。
  • 気候 - 日本海側気候に属する。新潟県と多くの県境を接しており、全国有数の豪雪地帯である。
  • 文化 - 会津藩に由来する文化が色濃く投影されている。また現在の武術武道界に多大な影響を与えた近代最強の武術家とたたえられる大東流合気柔術武田惣角(たけだそうかく)の出身地(会津坂下町)としても名高い。現在でも会津若松市を中心に剣道をはじめとする現代武道や各種の古武術が非常に盛んで、県立高校でも体育の授業に薙刀術があるなどの特色がある。ナショナルジオグラフィック、ヒストリーチャンネル、ディスカバリーチャンネル等の海外のドキュメンタリー製作でも武士道や侍文化に関するドキュメンタリーではしばしば会津を例として取り上げる。また、地勢的な影響で、東北地方でありながら北陸文化圏の影響と思われる習俗も見受けられる。
  • 中心都市 - 会津若松市、南会津地方では南会津町の旧田島町域が栄えている。
会津地方振興局管内 274,959人

喜多方広域行政圏

会津若松広域行政圏

南会津地方振興局管内 32,483人

南会津広域行政圏

合併予定の市町村

  • 福島市・飯野町⇒福島市(協議途中で川俣町が離脱し、2市町で2008年7月1日を目標に、合併を推進することが確認された)

有形文化財建造物

国宝
重要伝統的建造物群保存地区

マスコミ

新聞社

放送局

本社演奏所の立地として、福島市県庁所在地政治的中心地)と、郡山市経済的交通的中心地)との2都市に分かれるため、立地の違いによって地方ニュースの重点配分や話題に微妙な地域色がでる。しかし、コミュニティFM以外の全放送局とも放送自体は全県に渡る。

なお、戦後の福島県域の2大新聞社の対立を反映したせいか、県域対象の民放VHFテレビ局は全国の県で最後の開局、民放FM局も東北6県では最後の開局である。ただし、テレビ東京系列を除く民放テレビ局4局が出揃ったのは1983年である。これは東北6県のなかでは宮城県に次いで2番目であり、比較的早い。

相馬市や南相馬市、相馬郡の一部では宮城県の民間放送4局が、いわき市の沿岸地域や白河市南端、阿武隈高地の一部では関東広域圏の民間放送5局が直接受信可能である。なお、とちぎテレビ(GYT)はアナログ放送はTUFと31chで、デジタル放送はKFBと29chで被っており、福島県内でのGYT受信は困難である。

福島県と同様に、政治力と経済力の綱引きにより民放地方局の演奏所が、全て県庁所在地に立地していない例は山口県にも見られる。

交通

空港

鉄道

新幹線

JR在来線

私鉄(民鉄)路線

第三セクター

バス路線

前述の通り、地区により経済圏の指向が異なっている。このため、地域ごとに分割したJRバスにおいても、日本で唯一2社が営業拠点を設置している県となっている。

道路

高速道路

国道

県道

その他

  • キビタン」というゆるキャラが存在する。
  • 「うつくしま、ふくしま」をキャッチフレーズとしている。

関連項目

ウィキメディア・コモンズ
ウィキクォート
ウィキクォート福島県に関する引用句集があります。
ウィキソース