磐梯町

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ばんだいまち
磐梯町
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
耶麻郡
団体コード 07407-1
面積 59.69 km²
(境界未定部分あり)
総人口 3,607
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 60.4人/km²
隣接自治体 喜多方市会津若松市
耶麻郡猪苗代町北塩原村
磐梯町役場
所在地 969-3392
福島県耶麻郡磐梯町大字磐梯字中ノ橋1855番地
北緯37度33分43.5秒東経139度59分19.2秒
Bandaimachiyakuba.jpg
外部リンク 磐梯町

磐梯町位置図

― 市 / ― 町・村

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磐梯町(ばんだいまち)は、福島県耶麻郡(やまぐん)にあるである。

地理[編集]

町内の最高点は磐梯山の山頂で標高1819m、最低点は会津盆地の一端で標高200mである。町域は磐梯山および猫魔ヶ岳の山麓の南斜面に位置している。平坦地はほとんど無いが、日射や湧水に恵まれ稲作には適している。

磐梯町駅周辺の中心市街地は慧日寺の門前町を起源とし、古くから大寺(おおてら)という地名で呼ばれていた。今日、この地区の大字名は「磐梯」であるが、「大寺」という通称で呼ばれることが多い。また、磐梯町駅は1965年までは大寺駅という名称であった。

隣接する自治体[編集]

歴史[編集]

磐梯町は古くから磐梯山にまつわる山岳信仰の地であったらしい。807年大同2年)、法相宗の僧徳一がこの地に下り、慧日寺を開基する。徳一は東大寺興福寺に学び、空海最澄とも論争した高僧であったのだが、都の暮らしを嫌ったとも、民衆への布教を志したとも言われる。

慧日寺は平安時代の末期には寺僧300、僧兵3,000、寺領18万石という大寺院に発展し、会津一円を支配していた。治承・寿永の乱では平氏方に味方するが、1181年養和元年)、僧兵の頭である淨丹坊の率いる僧兵3,000は、城助職と共に横田河原の戦い木曾義仲と戦って敗れる。以後会津地方の支配権は蘆名氏など鎌倉系の武士団の手に移り、慧日寺は衰退していく。1589年天正17年)には蘆名義広伊達政宗が戦った摺上原の戦いの兵火を受け、堂塔伽藍のほとんどが焼失した。

江戸時代には会津藩領となる。明治維新を経て、1889年明治22年)、磐梯村、更科村、大谷村、赤枝村が合併して磐梯村となり、現在の町域となる。[1][2]

1914年大正3年)、日橋川の急流を活用した猪苗代水力発電所が完成し、翌年から東京まで228Kmの長距離送電を開始する。この発電所は当時世界第3位の規模を誇っていた。またこの電力を利用して1916年(大正5年)に高田商会の大寺製錬所が開業し、亜鉛カドミウムの精錬などの事業を行う。高田商会は昭和恐慌の際に破綻し、精錬所は日本曹達(日曹)が経営権を取得した。太平洋戦争中には、これらの産業施設を空襲から守るため、町内に高射砲陣地が設置されていた。

1960年昭和35年)、磐梯村から磐梯町となるが、発電所の無人化や日本曹達の合理化により、ピーク時には1万人を超えた人口も減少してゆく。1970年(昭和45年)には日曹金属会津工場が排出していた煤煙に起因するカドミウム公害問題が発生した。

1987年(昭和62年)、総合保養地域整備法(リゾート法)が制定され、翌年、第1回の認定地域となる。折からのバブル景気の波に乗って磐梯リゾート開発株式会社が設立され、アルツ磐梯スキー場やゴルフ場、ホテルなどの大規模開発が行われたが、バブル崩壊とともに不況に陥り、同社は2002年平成14年)に民事再生法の適用を申請した。このとき住友信託銀行の貸付金795億円が不良債権となっている。

変遷表[編集]

人口[編集]

Demography07407.svg
磐梯町と全国の年齢別人口分布(2005年) 磐梯町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 磐梯町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
磐梯町(に該当する地域)の人口の推移
1970年 5,263人
1975年 4,769人
1980年 4,501人
1985年 4,391人
1990年 4,338人
1995年 4,357人
2000年 4,109人
2005年 3,951人
2010年 3,762人
総務省統計局 国勢調査より

地域[編集]

教育[編集]

  • 磐梯町立磐梯中学校
  • 磐梯町立磐梯第一小学校
  • 磐梯町立磐梯第二小学校

文化財[編集]

慧日寺跡(えにちじあと)は国の史跡に指定されている。2006年(平成18年)7月19日より金堂の復元工事が開始され、完成は2008年(平成20年)3月の予定である。慧日寺の法灯を継ぐ恵日寺が所蔵する白銅三鈷杵(はくどうさんこしょ、国の重要文化財)は奈良時代から伝わる貴重な文化財である。1995年(平成7年)、会津若松市の若松城天守閣郷土博物館へ貸し出していた間に盗難に遭い行方不明になるという事件が発生したが、2006年(平成18年)8月に東京都内で発見された。

姉妹都市・友好都市[編集]

海外[編集]

産業[編集]

町内には上記の日曹のほか、精密機械工業等が立地し、工業の町という性格が色濃い。2002年(平成14年)の製造品出荷額は189億円で、磐梯町よりも人口の多い猪苗代町(同61億円)を上回っている。人口1人当たりの出荷額は481万円で、県平均(260万円)の2倍近くに達している。

一方で町内には大規模な商業施設は存在しない。2002年の年間商品販売額は14億円、人口1人当たりでは35万円に過ぎず、県平均(224万円)を大きく下回っている[3]

郵便[編集]

  • 磐梯郵便局

交通[編集]

鉄道[編集]

町内を東日本旅客鉄道(JR東日本)磐越西線が東西に走る。磐越西線の郡山 - 会津若松間には観光用の蒸気機関車が定期的に運転されているが、町内はカーブが多いため、格好の撮影スポットとなっている。

町内には磐梯町駅がある。磐越西線の線路は町役場などに近い場所も走るが駅は役場からおよそ400メートルほどの位置にある。かつては日曹の工場への原材料や製品の輸送に繁忙を極めたが、今日では簡易委託駅となっている。町内には他に更科信号場もあるが乗客が乗り降りすることはできない。

バス[編集]

道路[編集]

町域を磐越自動車道が横断し、磐梯山サービスエリアが町内にある。町内にインターチェンジは存在しないが、磐梯河東インターチェンジが至近の位置にある。また磐梯山有料道路(磐梯山ゴールドライン)が磐梯町を起点としている。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

施設[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 7 福島県』、角川書店、1981年 ISBN 4040010701より
  2. ^ 日本加除出版株式会社編集部『全国市町村名変遷総覧』、日本加除出版、2006年、ISBN 4817813180より
  3. ^ ふくしま統計情報BOX

外部リンク[編集]