東白川郡

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福島県東白川郡の範囲(1.棚倉町 2.矢祭町 3.塙村 4.鮫川村 薄黄:後に他郡に編入された区域)

東白川郡(ひがししらかわぐん)は福島県。本項では1878年明治12年)までの名称である白川郡(しらかわぐん)についても述べる。

人口33,463人、面積620.94km²、人口密度53.9人/km²。(2014年8月1日、推計人口

以下の3町1村を含む。

郡域[編集]

1878年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記3町1村に石川郡古殿町を加えた地域にあたる。

歴史[編集]

東白川郡の旧称である白川郡は、元は白河郡の一部であったが、10世紀に表された『和名抄』の注記に「入野・常世・高野・依上の4郷は別に高野郡を編成して、白河郡から分離する」とあり、和名抄が成立する10世紀半ばまでに南東部が高野郡として分立していた。南北朝時代の頃、高野郡は(高野郡南郷を経た後?)廃止されて白川郡となった。

近代以降の沿革[編集]

知行 村数 村名
幕府領 幕府領 31村 岡田村、山田村、鎌田村、田口村、竹貫村、富田村、下中塚村、下渋井村、塙村、板庭村、竹之内村、台宿村、伊香村、植田村、真名畑村、茗荷村、大ヌカリ村[1]、上関河内村、下関河内村、宝坂村、東舘村[2]、金沢村、戸塚村、下石井村、中石井村、上石井村、高野村、山下村、小田川村、内川村、関岡村
藩領 陸奥棚倉藩 60村 堤村、金沢内村、逆川村、天王内村、小菅生村、一色村、玉野村、福井村、上台村、板橋村、仁公儀村、花園村、檜木村、伊野上村、伊野下村、流村、関口村、寺山村、八槻村、下山本村、塚原村、中山本村、北山本村、上手沢村、下手沢村、戸中村、漆草村、大梅村、強梨村、山際村、福岡村、富岡村、祝部内村、小爪村、瀬ヶ野村、赤坂中野村[3]、赤坂西野村[4]、上松川村、下松川村、大久田村、堀越村、西河内村、東河内村、渡瀬村、常世北野村、常世中野村、田野作村、上中塚村、田代村、上渋井村、川上村[5]、片貝村、湯船村、山形村、大畑村、前田村、木野反村、湯岐村[6]、大蕨村、那倉村
下総小見川藩 5村 西山村[7]、仙石村、石井草村、山上村[8]、論田村
幕府領・藩領 幕府領・小見川藩 1村 赤坂東野村[9]

町村制以降の沿革[編集]

1.棚倉町 2.高城村 3.豊里村 4.石井村 5.常豊村 6.笹原村 7.鮫川村 8.竹貫村 9.宮本村 10.社川村 11.高野村 12.近津村 13.山岡村(紫:棚倉町 橙:矢祭町 桃:塙村 水色:石川郡古殿町 青:合併なし)
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により以下の町村が発足。(1町12村)
    • 棚倉町(単独町制。現・棚倉町)
    • 高城村 ← 台宿村、伊香村、植田村、真名畑村(現・塙町)、茗荷村、内川村、関岡村(現・矢祭町)
    • 豊里村 ← 金沢村、東舘村、宝坂村、小田川村、下関河内村、上関河内村、大垬村(おおぬかりむら)、高野村、山下村(現・矢祭町)
    • 石井村 ← 上石井村(現・塙町)、中石井村、下石井村、戸塚村(現・矢祭町)
    • 常豊村 ← 塙村、下渋井村、上渋井村、堀越村、東河内村、西河内村、常世北野村、常世中野村、竹之内村(現・塙町)
    • 笹原村 ← 川上村、板庭村、中塚村、田野作村、田代村、山形村、大蕨村、那倉村、片貝村、湯岐村、木野反村(現・塙町)
    • 鮫川村 ← 赤坂西野村、西山村、赤坂中野村、赤坂東野村、石井草村、富田村、渡瀬村(現存)
    • 竹貫村 ← 仙石村、鎌田村、田口村、竹貫村(現・石川郡古殿町)
    • 宮本村 ← 上松川村、下松川村、大久田村、山上村、論田村(現・石川郡古殿町)
    • 社川村 ← 上台村、板橋村、玉野村、一色村、福井村、堤村、逆川村、天王内村、金沢内村、小菅生村、檜木村、花園村、仁公儀村(現・棚倉町)
    • 高野村 ← 瀬ヶ野村、小爪村、祝部内村、富岡村、山際村、福岡村、強梨村、大梅村、漆草村、戸中村(現・棚倉町)
    • 近津村 ← 寺山村、八槻村、流村、下山本村、中山本村、北山本村、上手沢村、下手沢村、塚原村、関口村(現・棚倉町)
    • 山岡村 ← 山田村、岡田村(現・棚倉町)
  • 1897年(明治30年)10月1日 - 郡制を施行。
  • 1910年(明治43年) - 社川村の一部(大字仁公儀・花園・檜木)を棚倉町に編入。
  • 1923年大正12年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 1926年(大正15年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 1948年昭和23年)11月3日 - 常豊村が町制施行して塙町となる。(2町11村)
  • 1950年(昭和30年)
    • 1月1日 - 棚倉町・社川村・近津村・高野村・山岡村が合併し、改めて棚倉町が発足。(2町7村)
    • 3月10日 - 塙町と笹原村が合併して塙笹原町が発足。(2町6村)
    • 3月31日
      • 塙笹原町・石井村および高城村の一部(大字台宿・伊香・植田・真名畑)が合併して塙町が発足。(2町5村)
      • 豊里村および高城村の一部(大字茗荷・内川・関岡)が合併して矢祭村が発足。(2町4村)
      • 竹貫村・宮本村が合併して古殿村が発足。(2町3村)
  • 1957年(昭和32年)
    • 1月10日 - 塙町の一部(大字中石井・下石井・戸塚)を矢祭村に編入。
    • 4月1日 - 古殿村が町制施行して古殿町となる。(3町2村)
  • 1963年(昭和38年)1月1日 - 矢祭村が町制施行して矢祭町となる。(4町1村)
  • 1994年(平成6年)4月1日 - 古殿町の所属郡が石川郡に変更され、郡より離脱。(3町1村)

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ヌカリは土扁に共。大ヌカリ村上組、大ヌカリ村下組に分かれて記載。
  2. ^ 東舘村、東舘村ノ内・山野井分に分かれて記載。
  3. ^ 赤坂中ノ村、赤坂中ノ村ノ内・真坂分に分かれて記載。
  4. ^ 赤坂西ノ村、赤坂西ノ村ノ内・石神分、赤坂西ノ村ノ内・塚本分に分かれて記載。
  5. ^ 記載は川上村川下共。
  6. ^ 湯岐村、干泥村に分かれて記載。
  7. ^ 戸倉村、宝木村に分かれて記載。
  8. ^ 山上村ノ内・下山上村分上組、山上村ノ内・下山上村分下組、山上村ノ内・入山上村に分かれて記載。入山上村が後に棚倉藩領となる。
  9. ^ 赤坂東ノ村(幕府領)、赤坂東ノ村前方、赤坂東ノ村後方(ともに小見川藩領)に分かれて記載。

参考文献[編集]

関連項目[編集]