須賀川市

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すかがわし
須賀川市
MUSHITEC WORLD FUKUSHIMA.jpg
Flag of Sukagawa, Fukushima.svg
須賀川市旗
Symbol of Sukagawa, Fukushima.svg
須賀川市章
1989年平成元年)12月22日制定
1954年昭和29年)6月10日制定
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
団体コード 07207-9
面積 279.55km²
総人口 76,940
推計人口、2014年10月1日)
人口密度 275人/km²
隣接自治体 郡山市
岩瀬郡天栄村鏡石町
石川郡玉川村平田村
市の木 あかまつ
市の花 ぼたん
市の鳥 かわせみ
須賀川市役所
所在地 962-8601
福島県須賀川市八幡町135
北緯37度17分11.3秒東経140度22分21.6秒座標: 北緯37度17分11.3秒 東経140度22分21.6秒
GazouBoshu.png
外部リンク 須賀川市

須賀川市位置図

― 市 / ― 町・村

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
阿武隈川に合流する釈迦堂川と手前・須賀川市中心市街、奥・郡山市街
須賀川市中心部周辺の空中写真。1975年撮影の9枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

須賀川市(すかがわし)は、日本福島県(旧・陸奥国南端部)、その中央を南北に広がる中通り地方の、中央辺りに所在する

地理[編集]

自然[編集]

隣接する市町村[編集]

歴史[編集]

歴史は古く、旧石器時代乙字ケ滝遺跡を始め、奈良時代から平安時代にかけての遺構である上人壇廃寺址(国の史跡)など、古代からこの地が東北地方の要衝として栄えていたことが分かる。

鎌倉時代以降は二階堂氏城下町として栄えたが、天正年間、伊達政宗に攻められ、須賀川城落城した。毎年11月の第2土曜日に行われる日本三大火祭りの1つ「松明あかし」は、このときの二階堂家の弔うために行われてきた伝統行事である。

江戸時代白河藩領となってからは、奥州街道屈指の宿場町として栄え、独自の町人文化も花開いた。江戸中期には俳諧が盛んであったため、松尾芭蕉は『奥の細道』の旅で須賀川宿に8日間も滞在した。

1868年明治元年)、須賀川地方は戊辰戦争で大きな打撃を受けるが、明治から大正期にかけて復興の道を辿る。1876年(明治9年)に本町・中町・北町・道場町が合併し、須賀川村(すかがわむら)となる。1889年(明治22年)の町村制実施により、森宿村の一部を合併して須賀川町(すかがわちょう)となった。

また、1954年昭和29年)3月、須賀川町と隣接する浜田村・西袋村・稲田村・小塩江村の4か村が合併し、市制を施行して須賀川市が誕生。市制以降、翌1955年(昭和30年)3月には仁井田村、1967年(昭和42年)2月には大東村、2005年平成17年)4月に長沼町および岩瀬村をそれぞれ編入した。

平成時代に入り、須賀川市は臨空都市として大きな変貌をとげた。1993年(平成5年)に開港した須賀川市南東部に位置する福島空港では、札幌大阪、および、韓国ソウル中国上海へ定期便が就航し、福島県の空の玄関として大きな役割を果たしている。また、須賀川市は、東北自動車道須賀川インターチェンジが整備され、新幹線停車駅である郡山駅へ在来線で2駅10分、車で約20分と東北新幹線へのアクセスも優れているなど、福島県内でも比較的高速交通網に恵まれた地域である。

年表[編集]

東日本大震災[編集]

2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災で須賀川市は震度6強を観測。 市内西部の藤沼ダムが決壊し、下流の長沼地区で家屋が流失。死者7名、行方不明者1名が出た(cf. 東日本大震災)。[1] 津波の被災に隠れていたが、農業用ダムの決壊で死者が出たのは、世界でも例がなく、極めて稀な災害であった。

また、市内の全半壊戸数は4500戸であり、総戸数に対する損壊率は17%であった。これは、当震災における津波被災のなかった内陸部の市町村において矢吹町鏡石町に次ぐ数値であった。 この須賀川市を含め、矢吹町・鏡石町・泉崎村郡山市にかけて全半壊率が高かった理由を、 郡山湖成層にあるとの論文が発表された。

行政区域の変遷[編集]

  • 変遷の年表
  • 市制・町村制以前の変遷表
  • 市制・町村制以後の変遷表

行政[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

地域[編集]

須賀川市

2005年(平成17年)1月1日時点

地区名 人口 面積 人口密度
須賀川 22,523人 8.55km² 2634.27人/km²
浜 田 5,570人 12.06km² 461.86人/km²
西 袋 17,424人 23.60km² 738.31人/km²
稲 田 4,463人 16.16km² 276.18人/km²
小塩江 4,386人 34.43km² 127.39人/km²
仁井田 7,557人 18.79km² 402.18人/km²
大 東 6,049人 41.39km² 146.15人/km²
長 沼 6,639人 60.34km² 106.98人/km²
岩 瀬 6,146人 64.23km² 93.31人/km²
総 数 80,757人 279.55km² 288.88人/km²

人口[編集]

Demography07207.svg
須賀川市と全国の年齢別人口分布(2005年) 須賀川市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 須賀川市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
須賀川市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 66,552人
1975年 67,429人
1980年 69,553人
1985年 71,202人
1990年 73,107人
1995年 77,020人
2000年 79,409人
2005年 80,364人
2010年 79,279人
総務省統計局 国勢調査より

公的機関等[編集]

健康[編集]

医療[編集]

スポーツ施設[編集]

ホール・会館・文化施設等[編集]

高等学校・特別支援学校[編集]

中学校[編集]

市立

小学校[編集]

市立
  • 第一小学校
  • 第二小学校
  • 第三小学校
  • 西袋第一小学校
  • 西袋第二小学校
  • 小塩江小学校
  • 東山小学校
  • 阿武隈小学校
  • 稲田小学校
  • 仁井田小学校
  • 柏城小学校
  • 大東小学校
    • 上小山田分校
  • 大森小学校
  • 長沼東小学校
  • 長沼小学校
  • 白方小学校
  • 白江小学校

主な企業等[編集]

ほか

交通[編集]

福島空港の空中写真(2007年1月撮影)

空港[編集]

鉄道[編集]

路線バス[編集]

高速バス路線[編集]

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

  • 宇津峰郡山市にまたがって国史跡
  • 初寅大祭(旧正月初寅の日)
  • 須賀川さくらまつり(4月)
  • 高土山山開き(4月下旬)
  • 宇津峰山山開き(4月下旬)
  • 牡丹園開園(4月から6月)
  • すかがわ国際短編映画祭(5月のゴールデンウィーク明けの土日)
  • いわせグリーンロードレース大会(6月)
  • きうり天王祭]](7月14日)
  • ほたる&水とみどりのふるさとまつり(7月16日)
  • 市民よさこい・盆おどり大会(8月15日)
  • 釈迦堂川全国花火大会(8月)
  • 長沼祭り(9月)
  • 須賀川秋祭り(9月)
  • 桙衝神社祭礼「太鼓獅子」(10月)
  • 円谷幸吉メモリアルマラソン大会(10月)
  • すかがわ産業フェスティバル(10月)
  • 松明あかし(11月第2土曜日)
  • 牡丹焚火(11月)

主な商業施設[編集]

出身著名人[編集]

江戸時代の生まれ
明治生まれ
昭和生まれ

その他の関連事象[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 地図上検索”. (公式ウェブサイト). 福島県. 2011年4月17日閲覧。

出典[編集]

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  1. ^ “ダム決壊で8人不明 家屋流される 福島・須賀川市”. MSN産経ニュース (ウェブサイト) (産業経済新聞社). (2011年3月12日). http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110312/dst11031205010058-n1.htm 2011年3月12日閲覧。 
  2. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 7 福島県』、角川書店、1981年 ISBN 4040010701より
  3. ^ 日本加除出版株式会社編集部『全国市町村名変遷総覧』、日本加除出版、2006年、ISBN 4817813180より
  4. ^ 2010年7月1日2011年8月28日間は、福島県のゆうパックの区分業務を行う、郵便事業福島ターミナル支店が当市に設置されていた。なお本来の区分業務は、郡山市に所在する郵便事業郡山支店(現・郡山郵便局)が担当している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公的ウェブサイト