福島空港

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福島空港
Fukushima Airport
Fukushimaairport.jpg
IATA:FKS-ICAO:RJSF
FKS/RJSFの位置
FKS/RJSF
福島空港の位置
概要
国・地域 日本の旗 日本
設置場所 福島県石川郡玉川村
空港種別 商業
運営者 福島県
標高 372 m・1,221 ft
位置 北緯37度13分39秒
東経140度25分41秒
座標: 北緯37度13分39秒 東経140度25分41秒
ウェブサイト
滑走路
方向 ILS 全長×全幅 (m) 表面
01/19 I 2,500×60 ターマック舗装
リスト
空港の一覧
福島空港
国内線カウンター
国際線カウンター

福島空港(ふくしまくうこう Fukushima Airport)は、福島県石川郡玉川村須賀川市にまたがって位置する地方管理空港である。

歴史[編集]

開港前[編集]

  • 1978年3月3日: 松平勇雄知事が県議会で空港建設に積極姿勢を示す。
  • 1981年4月25日: 県が空港対策本部を設置。同時に、専門家による「県空港整備計画専門委員会」を設置し、候補地の詳細比較調査に着手。
    候補地:安達北、安達中、安達南、田村西、須賀川東、東和町都路村及び大信村の8箇所。
  • 1981年9月7日: 候補地として3箇所を選定[1]
    候補地:安達南、田村西及び須賀川東。
  • 1982年2月1日: 予定地として「須賀川東」を決定[1]
  • 1982年4月1日: 県企画調整部に空港建設対策室を設置。
  • 1984年5月28日: 基本計画が決定。
  • 1985年4月1日: 県空港調査事務所を須賀川市に開設。
  • 1986年2月15日: 第5次空港整備5箇年計画に福島空港の開港整備が盛り込まれる[1]
  • 1986年4月1日: 県が土木部に「空港建設課」を、須賀川市内に「空港建設事務所」を開設。
  • 1987年6月: 県が福島空港公園計画を発表。
  • 1988年2月20日: 須賀川市及び玉川村の地権者が建設に同意。
  • 1988年9月14日: 起工式[1]
  • 1990年4月26日: 福島空港ビル株式会社設立[1]
  • 1991年11月29日: 福島空港の滑走路2,500m延長を盛り込んだ第6次空港整備5箇年計画が閣議決定[1]

開港後[編集]

就航路線[編集]

航空会社名が2社以上の場合、最前の航空会社の機材・乗務員で運航する共同運航便

国内線[編集]

かつての定期就航路線

国際線[編集]

かつての定期就航路線

アクセス[編集]

福島交通バス
福島空港タクシー
空港駐車場
ロビー
福島空港に初めて飛来したジャンボ機(2000年7月13日)
ANAジャンボ機、福島空港への最終フライト(2014年3月15日
福島空港に初めて飛来したボーイング787(2011年11月13日)
展望台から
  • 自動車利用
    あぶくま高原道路福島空港ICそば
    • 東北自動車道利用の場合は、宇都宮・那須方面からは矢吹ICからあぶくま高原道路経由、福島・二本松方面からは須賀川ICから国道118号空港アクセス道路にてアクセス可能である。
    • 磐越自動車道利用の場合は、いわき方面からは小野ICからあぶくま高原道路経由にてアクセスが可能である。
    • 会津方面からは、郡山JCTから東北自動車道(東京方面)に入り、須賀川ICで下りて、以下、上述の福島・二本松方面からのルートと同様となる。
    • 国道4号からのアクセスは、上下線とも須賀川市南の一里坦交差点で下り(立体交差になっている)上述の国道118号と空港アクセス道路を経て、同交差点から約13kmで到着する。
    福島県内各所に、本空港の案内標識が立てられている。

利用状況[編集]

空港乗降客数推移(人)[4]
国際線 国内線 合計
2002年度 69,740 523,001 592,741
2003年度 42,071 517,263 559,334
2004年度 63,132 501,906 565,038
2005年度 73,146 473,000 546,146
2006年度 90,043 439,683 529,726
2007年度 93,576 422,723 516,299
2008年度 74,330 352,539 426,869
2009年度 56,172 226,842 283,014
2010年度 62,250 224,125 286,375
2011年度 1,724 207,971 209,695

開港当初の1993年度、30万人弱であった利用者は順調に伸び、過去最高となる1999年度には75万人を超えた。しかし、これ以降減少に転じ、2009年の日本航空撤退、2011年の国際線運休に伴って乗降客は大幅に減り、現在に至る。

国内線[編集]

国内線においては、日本航空グループが2009年1月限りで撤退[1]するなど、厳しい状況が続く。

日本航空グループ[編集]

最大で7路線を運航していた日本航空グループは、他社競合やローカル空港間輸送の低迷による利用率減少により廃止が相次ぎ、2009年1月31日をもって全面撤退した[1]

  • 帯広空港便 - 日本航空が1995年7月より夏期季節運航で開設。2000年9月をもって運休。
  • 新千歳空港便 - 日本航空が1998年5月より夏期季節運航で開設。2001年4月よりジェイエアに移管、通年運航に変更されたが、機材導入初期で機材数に余裕が無かったため、運航乗員訓練のため冬期運休となるなど機材不足の際は運休対象となることが多かった。2002年9月をもって運休。
  • 広島西飛行場便 - ジェイエアが2001年4月より開設。2002年3月をもって運休。
  • 福岡空港便 - ジェイエアが2001年4月より開設。2002年3月をもって運休。
  • 大阪国際空港便 - 開港と同時に3往復就航。後に2往復に減便されるも、2002年4月よりジェイエア便が開設されグループとして再度3往復となった。2005年4月より日本航空便の1往復が関西国際空港便に変更され2往復となる。ジェイエア便は2007年3月をもって運休となったが、同年5月より日本エアコミューター便が開設され再々度2往復となった、2008年3月をもって日本エアコミューター便の運休により1往復となった。2007年度の利用率は57.4%。2008年8月7日に廃止届が提出され、2009年1月限りで廃止された。
  • 関西国際空港便 - 2005年に大阪国際空港発着枠関連により1往復を振り替える形にて開設。2007年度の利用率は46.2%。2008年8月7日に廃止届が提出され、2009年1月限りで廃止された。
  • 那覇空港便 - 2008年度の搭乗率は71.7%で、修学旅行期には臨時便も運航された。搭乗率60%以上であれば採算が取れると言われる航空路線では悪くない数字であるが、燃料費高騰に加え、観光ツアー客の単価が低く、採算を取るには厳しい状況だったと同社は説明している。2008年7月31日に廃止届が提出され、2009年1月限りで廃止された。2013年10月11日、同社は、同路線を再開する方向で検討に入った。

全日本空輸グループ[編集]

全日本空輸グループは、グループに入る前の中日本エアラインサービス(現エアーセントラル)、コードシェア運航をするアイベックスエアラインズを含めて最大で5路線運航していた。現在は2路線を運航する。

  • 函館空港便 - 中日本エアラインサービスが1995年より夏期季節運航で開設。2001年をもって運休。
  • 中部国際空港便 - 全日本空輸が2005年2月より開設。2007年11月をもって運休。愛・地球博終了を境に利用率が低下。2006年度で休止予定であったが、自治体等の要望を受け、2006年11月から2007年10月までの搭乗率が60%に達しない場合、2008年度以降は休止するという条件付き継続となった。2006年度の搭乗率は32.7%。2006年11月から半年間の搭乗率はさらに30.4%となり、条件達成が不可能となった2007年5月に、同年11月限りでの廃止を届け出た。
  • 福岡空港便 - エアーニッポンが1994年10月より開設。2004年4月に全日本空輸便化。2006年3月をもって運休。
  • 大阪国際空港便 - 2004年10月1日にフェアリンク(現アイベックスエアラインズ)が2往復で開設。2006年10月より全日本空輸とコードシェアを開始し3往復に増便された。2009年1月に2往復の増便が発表され、同年4月より5往復、2012年6月1日より4往復、2014年3月30日より2往復の運航となった。2013年度の搭乗率は70.5%。[5]2012年6月1日から、全日本空輸も1往復で開設、2014年3月30日より2往復に増便された[6]
  • 新千歳空港便 - 全日本空輸が開港時に開設、2009年11月1日以降は北海道国際航空(現 AIRDO)との共同運航で1日2往復を運航する。同便は長らくナイトステイを行っていたが、現在は到着した機材がそのまま折り返す単純往復となっている。2007年度の利用率は55.6%。

福島県内を出発地として航空機を利用した移動において、福島空港が出発空港として選択された割合は3割程度に過ぎず、潜在的な需要はあると言われている。また、撤退した路線の搭乗率低下については、使い勝手の悪いダイヤを指摘する声もある[7]

国際線[編集]

アシアナ航空便

2011年3月11日の東日本大震災発生以降、定期便は全て運休している。2011年11月現在、国際線の利用者は、昨年同期と比較して99%減と、大幅に落ち込んでいる。

  • 仁川国際空港便 - 1999年6月開設。
仁川国際空港便は、週3便で開設されて以来好調に推移し、2005年9月には週5便に増便された。利用率70%程度と好調なものの、1旅客あたりの単価が低く収益が悪いことから、2006年9月に再び週3便に減便した。
減便されたものの、特にウォン高の影響による韓国側からの需要が旺盛で、搭乗率は更に上がり約80%となった。アシアナ航空は2008年5月22日より再び週5便に増便したが、韓国からのゴルフ客の利用が好調なため、同年7月1日より8月29日の最需要期の2ヶ月間、1999年の就航以来初めて毎日運航された[8]。その間で83.5%と高い搭乗率を確保していた。
しかしながら、世界金融危機に端を発した韓国通貨危機の影響で大幅なウォン安になり、韓国からの観光客が激減した影響で2008年12月から急激に搭乗率が悪化、2009年11月の搭乗率は62.4%と低調になり、利用率次第では運休も示唆された。しかし、2010年の搭乗率は前年を上回っていることから、2011年4、5月の2ヶ月間は週5便に増便されることとなっていたが、東日本大震災の影響により、2011年3月19日から運休となっている。2010年12月末の搭乗率は66.0%。
  • 上海浦東国際空港便 - 1999年6月、福島空港初の国際定期便として開設。
2011年3月17日からの運休を経て、2012年10月27日をもって廃止。
2003年5〜6月にSARS、2008年5〜6月には四川大地震の影響で数便が運休、2003年には搭乗率が40%台にまで落ち込んだりもしたが、その後は60%台を維持していた。ソウル便の利用者は8割が韓国人であるのに対し、上海便は9割が日本人であり、利用者層は大きく異なっていた。ソウル便同様、2011年3月17日から運休となった。その後も、中国東方航空内で再開に向けて再三にわたり検討が繰り返されていたが断念。2012年10月27日をもって福島支店が閉鎖、路線が廃止された。「福島第一原子力発電所事故の影響に加え、日本政府による尖閣諸島国有化により、日本中国の関係が悪化、集客が期待できない」と、同社は説明している。2010年11月末の搭乗率は60.5%。

周囲の空港[編集]

  • 福島市、郡山市、白河市の各都市からは東京・仙台へ東北新幹線を利用すれば1時間〜1時間半程度であり、近隣空港との競争が激しくなっている。福島県の南側では、茨城県小美玉市の航空自衛隊百里飛行場が2010年に「茨城空港」として軍民共用化されたことで競争が激化している。
  • 福島県北部(福島市周辺・浜通り北部)では仙台空港を利用する人が比較的多い[7]

利用増への取り組み[編集]

  • 福島県内主要都市、栃木県北の那須塩原地区、日光・鬼怒川地区、茨城県北地区からは1名から利用可能な事前予約制の低価格の乗り合いタクシーが準備され、立地の悪さをカバーする努力がなされている。
  • 栃木県には空港が無く、福島空港は福島県南部に位置するので栃木県民に利用促進を働きかけている[9]。栃木県のFM放送レディオベリー等でも広告が流れる。
  • 2,300台の駐車場が無料であり、自家用自動車客でも駐車料金を気にすることなく長期の旅行・出張等ができることをアピールしている。
  • 空港に隣接する形で福島空港公園があり、公園緑地スペース・日本庭園展望台運動場・イベントスペース等が整備されている。積雪時以外は通年で様々な祭事や体験学習・展示・サッカー大会等を行っており、空港の認知度を上げる働きかけを行っている。
  • 近年のパイロット不足に伴い、2008年度から2009年度まで、法政大学が首都圏から近い当空港を活用したパイロット育成教育を行っていた[10]
  • 2008年2月7日、関西国際空港と航空貨物に関する共同ビジョンを発表。福島空港を「東北・北関東圏での国際貨物ハブ空港」と位置付け、東北や北関東からの荷物を福島空港へ集約し、関西国際空港と連携して利用促進を促す(しかし、2009年1月における日本航空の撤退に伴い関西国際空港の定期便が廃止となる)。
  • 福島県は、定期便の増加やチャーター便の誘致を推進するため、2009年4月より、航空機の着陸料を国内線が1/4、国際線が1/15と減額した。
  • 日本航空グループの撤退を受け、全日本空輸に那覇空港便の開設を働きかけるなど、路線再構築に向けて動き出している。
  • 小型ジェット機用のボーディング・ブリッジが新たに整備され、2010年4月6日から利用されている。小型機用のボーディング・ブリッジが整備されたのは、国内の空港で初めて。
  • 韓国の格安航空会社イースター航空によるソウルへのチャーター便運航が2010年6月から実施され、同年10月末まで運航された。2010年中間期における国際線全体の利用率は前年度比142.7%と好調であり、福島県は利用促進のため、格安航空会社による定期便の誘致を進めている。

その他[編集]

出典・脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l 福島空港整備の経緯”. 福島県 (2009年). 2013年4月10日閲覧。
  2. ^ 福島空港利用者1000万人”. 福島中央テレビ (2012年2月19日). 2013年4月10日閲覧。
  3. ^ アナリーゼふくしま2006福島空港-その環境と利用者による経済波及効果- 第1表 福島空港国内線定期便搭乗者数と搭乗率(p.3)”. 福島県 (2006年). 2013年4月10日閲覧。
  4. ^ 航空:空港管理状況”. 国土交通省. 2013年4月11日閲覧。
  5. ^ 大型化旅客機の第1便が運航 福島空港大阪線(福島民友ニュース)
  6. ^ 企業情報
  7. ^ a b 福島県ホームページ-組織別-アナリーゼふくしま№16
  8. ^ 増便で賑わう福島空港周辺ゴルフ場 来場者の8割が韓国人のサプライズ”. 週刊ゴルフダイジェスト (2008年7月31日). 2013年4月10日閲覧。
  9. ^ 1997年秋に、福島県などからの要請を受けて関東自動車がJR宇都宮駅から当空港までノンストップのリムジンバスをテスト運行した事がある他、後年には日光・鬼怒川地区及び塩原地区から当空港へのリムジンバスの運行を関東自動車・東野交通JRバス関東と共に、期間限定で運行した経緯がある。
  10. ^ 「日本の空でパイロットを育てる」新しい理工系プログラムを開始 (PDF) 2007年8月2日 法政大学
  11. ^ 福島空港情報マガジンFAP Col.26 Apr.2013 p.4
  12. ^ 福島民報福島民報」紙面、2004年12月15日付
  13. ^ ウルトラマンを迎え 福島空港が開港20周年記念イベント”. excite (2013年3月20日). 2012年4月10日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]