奥の細道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
奥の細道(おくのほそみち)とは、松尾芭蕉が元禄時代に著した紀行本。元禄15年(1702年)刊。日本の古典における紀行作品の代表的存在であり、松尾芭蕉の著書の中でも最も有名な作品である。また、原文の題名は「おくのほそ道」であり、中学校国語の検定済み教科書ではすべてその表記法をとっている。作品中には多数の俳句が読み込まれている。
芭蕉が弟子の河合曾良を伴って、元禄2年3月27日(新暦1689年5月16日)に江戸深川の採荼庵を出発し(行く春や鳥啼魚の目は泪)、全行程約600里(2400キロメートル)、日数約150日間(約半年)中に東北・北陸を巡って元禄4年(1691年)に江戸に帰った。奥の細道では、旧暦8月21日頃大垣に到着するまでが書かれている(蛤のふたみにわかれ行秋ぞ)。
目次 |
[編集] 旅程
[編集] 江戸、旅立ち
元禄2年春 芭蕉は旅立ちの準備をすすめ、隅田川のほとりにあった芭蕉庵を引き払う。
- 草の戸も 住み替はる代(よ)ぞ 雛の家
3月27日 明け方、採荼庵(さいとあん)より舟に乗って出立し、千住で船を下りて詠む。
- 矢立の初め
- 行く春や 鳥啼(なき)魚の目は泪
[編集] 日光
4月1日 栃木県日光市
- あらたふと 青葉若葉の 日の光
[編集] 黒羽 雲巌寺 光明寺
4月4日 栃木県大田原市黒羽を訪れ、黒羽藩城代家老浄法寺図書高勝、俳号桃雪の元に投宿。
4月5日 栃木県大田原市の雲巌寺に禅の師匠であった住職・仏頂和尚を訪ねる。
- 木啄も庵はやぶらず夏木立
4月9日 栃木県大田原市の修験光明寺に招かれて行者堂を拝する。
- 夏山に足駄を拝む首途哉
[編集] 那須 温泉神社 殺生石
4月19日 栃木県那須町の温泉神社に那須与一を偲び、殺生石を訪ねる。
- 野を横に馬牽むけよほととぎす
[編集] 白河の関
4月20日 福島県白河市
「心許なき日かず重るまゝに、白川の関にかゝりて旅心定りぬ」
[編集] 多賀城
5月4日 壺の碑(多賀城碑)を見て「行脚の一徳、存命の悦び、羇旅の労をわすれて泪も落るばかり也」と涙をこぼしたという。
[編集] 松島
5月9日 歌枕松島(宮城県宮城郡松島町)芭蕉は「いづれの人か筆をふるひ詞(ことば)を尽くさむ」とここでは句を残さなかった。「松島や ああ松島や 松島や」と詠んだといわれるのは後の人々が考え出した作り話である。
[編集] 平泉
5月13日 藤原3代の跡を尋ねて:
「三代の栄耀一睡のうちにして、大門の跡は一里こなたにあり」
「国破れて山河あり 城春にして草青みたり」という杜甫の詩「春望」を踏まえて詠む。
- 夏草や 兵(つはもの)どもが 夢のあと
- 五月雨の 降り残してや 光堂
[編集] 山形領 立石寺
5月27日 立石寺(山形市山寺)にて。
- 閑さや岩にしみ入蝉の声
[編集] 新庄
5月29日 最上川の河港大石田での発句を改めたもの。
- 五月雨を あつめて早し 最上川(もがみがは)
[編集] 出羽三山
6月5日 羽黒山にて。
- 涼しさやほの三か月の羽黒山
6月6日 月山にて。
- 雲の峰いくつ崩れて月の山
6月7日 湯殿山にて。
- 語られぬ湯殿にぬらす袂(たもと)かな
[編集] 鶴岡
6月10日 鶴岡にて。
- 珍しや山をいで羽の初茄子び
[編集] 酒田
6月14日 酒田にて。
- 暑き日を海にいれたり最上川
- あつみ山や吹浦かけて夕すヾみ
[編集] 象潟
6月16日 象潟(きさがた)は松島と並ぶ風光明媚な歌枕として名高かった。象潟を芭蕉は「俤(おもかげ)松島に通ひて、また異なり。松島は笑ふが如く、象潟は憾む(うらむ)が如し。寂しさに悲しみを加へて、地勢 魂を悩ますに似たり。」と形容した。
- 象潟や 雨に西施(せいし)が ねぶの花
- 西施は中国春秋時代の美女の名。
- 汐越(しおこし)や鶴はぎぬれて海涼し
[編集] 越後 出雲崎
7月4日 出雲崎(いずもざき)での句。
- 荒海や 佐渡によこたふ 天の河
[編集] 市振の関
7月13日 親不知(おやしらず)の難所を越えて市振(いちぶり)の宿に泊まる。
- 一家(ひとつや)に 遊女もねたり 萩と月
[編集] 越中 那古の浦
7月14日 数しらぬ川を渡り終えて。
- わせの香や 分入(わけいる)右は 有磯海(ありそうみ)
[編集] 金沢
7月15日から24日 城下の名士達が幾度も句会を設ける。蕉門の早世を知る。曾良は体調勝れず。
- 塚も動け 我泣聲(わがなくこえ)は 秋の風
- 秋すゝし 手毎(てごと)にむけや 瓜天茄(うりなすび)
当地を後にしつつ途中の吟
- あかあかと 日は難面(つれなく)も あきの風
[編集] 小松
7月25日から27日 山中温泉から戻り8月6日から7日 懇願され滞在長引くも安宅の関記述なし。
- しほらしき 名や小松吹 萩すゝき
[編集] 加賀 片山津
7月26日 平家物語(巻第七)や源平盛衰記も伝える篠原の戦い(篠原合戦)、斎藤実盛を偲ぶ。小松にて吟。
- むざんやな 甲の下の きりぎりす
[編集] 山中温泉
7月27日から8月5日 加賀の国山中温泉で大垣を目前に安堵したか八泊後、腹を病む曾良を先に帰し二人はここで別れた。和泉屋に宿する。
- 山中や 菊はたおらぬ 湯の匂
- 今日よりや 書付消さん 笠の露
- 行行(ゆきゆき)て たふれ伏(たおれふす)とも 萩の原 曾良
[編集] 小松 那谷寺
8月5日 小松へ戻る道中参詣、奇岩遊仙境を臨み。
- 石山の 石より白し 秋の風
[編集] 大聖寺 熊谷山全昌寺
8月7日 前夜曾良も泊まる。和泉屋の菩提寺、一宿の礼、庭掃き。
- 庭掃(にわはき)て 出(いで)ばや寺に 散柳(ちるやなぎ)
- 終宵(よもすがら) 秋風聞や うらの山 曾良
[編集] 福井あわら市 吉崎
8月9日 西行の一首にて数景尽たりと吟せず。蓮如ゆかり吉崎御坊の地。
- 夜もすがら あらしに波を 運ばせて 月を垂れたる 汐越の松 西行
[編集] 敦賀
8月14日頃、敦賀に到着。
- ふるき名の 角鹿(つぬが)や恋し 秋の月
- 月清し 遊行(ゆうぎょう)が持てる 砂の上
- 名月や 北国日和(ほっこびより) 定(さだめ)なき
[編集] 大垣
8月21日頃、大垣に到着。門人たちが集い労わる。
9月6日 芭蕉は「伊勢の遷宮をおがまんと、また船に乗り」出発する。
- 結びの句
- 蛤(はまぐり)の ふたみにわかれ行く 秋ぞ
[編集] 関連項目
- 柿衞文庫
- 陸羽東線(奥の細道湯けむりライン)
- 陸羽西線(奥の細道最上川ライン)
- 中田英寿 「人生は旅である」と奥の細道の序文と良く似た表現で引退発表をした。
- 宮脇俊三 「時刻表おくのほそ道」という著作がある(全国のローカル私鉄の紀行文集)。
- 姫神 デビュー曲およびファーストアルバムのタイトルが「奥の細道」である。

