相馬郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
日本 > 東北地方 > 福島県 > 相馬郡
福島県相馬郡の範囲(1.新地町 2.飯舘村)

相馬郡(そうまぐん)は、福島県浜通り北部の

人口13,596人、面積276.48km²、人口密度49.2人/km²。(2014年7月1日、推計人口

以下の1町1村を含む。

郡域[編集]

明治29年(1896年)に相馬郡が発足した当時の郡域は、上記1町1村に相馬市南相馬市を加えた区域にあたる。

歴史[編集]

郡名は鎌倉時代以来一貫してこの地を治めていた相馬中村藩主・相馬氏に由来する。鎌倉時代下総国相馬郡で有力武士として成長した相馬氏は、その後地頭職を得ていた陸奥国宇多郡行方郡に移住し、子孫は相馬中村藩藩主となる。本郡の発足前から同藩(通称・相馬藩)の領域は、郡名にかかわらず相馬と通称されていた。

沿革[編集]

1.中村町 2.八幡村 3.磯部村 4.飯豊村 5.松ヶ江村 6.大野村 7.駒ヶ嶺村 8.新地村 9.福田村 10.山上村 11.玉野村 21.鹿島村 22.原町村 23.小高村 24.上真野村 25.八沢村 26.真野村 27.高平村 28.石神村 29.太田村 30.大甕村 31.金房村 32.福浦村 33.新舘村 34.大須村 35.飯曽村 36.石橋村(紫:相馬市 赤:南相馬市 桃:新地町 橙:飯舘村)

変遷表[編集]

行政[編集]

  • 歴代郡長
氏名 就任 退任 備考
1 熊川詳長 明治29年(1896年)4月1日 明治31年(1898年)4月22日 宇多・行方郡長より留任
2 飯塚清通 明治31年(1898年)4月22日 明治32年(1899年)4月8日
3 富田善吾 明治33年(1900年)4月21日 明治35年(1902年)8月30日
4 鈴木直清 明治35年(1902年)8月30日 明治38年(1905年)11月
5 野村勝三 明治38年(1905年)11月 明治39年(1906年)12月
6 金指清 明治39年(1906年)12月 明治42年(1909年)5月
7 成田直忠 明治42年(1909年)5月14日 明治43年(1910年)8月27日
8 小田原勇角 明治43年(1910年)8月27日 明治45年(1912年)6月11日
9 石部豊
10 田出喜一
11 吉野勝
12 川崎末五郎
13 矢羽真直
14 見坊田鶴雄 大正10年(1921年)5月23日 大正12年(1923年)5月4日
15 鹿子政雄 大正12年(1923年)
16 中原順平
17 山川源三 大正15年(1926年)6月30日
  • 郡役場 - 中村町字北町92

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典』7 福島県(角川書店、1981年)
  • 斎藤笹舟『相馬郷土文化志』(歴史図書社、1976年)

関連項目[編集]

先代:
宇多郡行方郡
行政区の変遷
1896年 -
次代:
(現存)