矢吹町

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やぶきまち
矢吹町
Flag of Yabuki Fukushima.png
矢吹町旗
Yabuki Fukushima chapter.svg
矢吹町章
1968年昭和43年)5月1日制定
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
西白河郡
団体コード 07466-7
面積 60.37 km²
総人口 17,938
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 297人/km²
隣接自治体 白河市
西白河郡中島村泉崎村
岩瀬郡鏡石町天栄村
石川郡石川町玉川村
町の木 赤松
町の花 春蘭
矢吹町役場
所在地 969-0236
福島県西白河郡矢吹町一本木101
北緯37度12分4.6秒東経140度20分18.8秒
Yabuki town office.jpg
外部リンク 矢吹町

矢吹町位置図

― 市 / ― 町・村

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矢吹町(やぶきまち)は、福島県西白河郡にある

日本三大開拓地の一地区である。

地理[編集]

隣接している自治体[編集]

地名の由来[編集]

  • 康平年間(1058年 - 1065年八幡太郎義家が後三年の役に勝利し帰陣の折、この地に八幡の社を建立し、矢柄をもって屋根を葺いた事から由来すると記され、古記録には「屋葺」と称された。この矢吹神社から、後に矢吹村となった。
    • この事から、「矢葺姓・矢吹姓」の発祥の地とも言われる。
  • 陸奥石川氏の二代、石川有光の弟である源之丞が矢吹を名乗り、拠点の城を築き、奥州仕置にて主家の石川氏に伴いこの地を離れるまでの約五百年間を治めた。
  • 貞治六年(1367年)、将軍足利義詮の発した感状の中に、「行方野(ゆきかたの)」という記述がある。その昔、行方野と呼ばれた荒れ野が、矢吹ヶ原と呼ばれるようになったのは、明治中期に岩瀬御料地に岩瀬御猟場が開設されてからのことで、その中心にあった矢吹村から命名されたと言われています。(矢吹町勢要覧より引用)

歴史[編集]

  • 古くは、奥州街道水戸街道の追分地点であり、現在にも続く交通の要点である。(矢吹宿・中畑新田宿・大和久宿・中畑宿を含む)
  • 太平洋戦争末期、町内には熊谷陸軍飛行学校矢吹分校が存在し、多くの青年が飛び立ち若い命を落とした。またアメリカ軍による飛行場と周辺への爆撃もあった。
  • 天栄村羽鳥ダム建設の際には日本中から工夫が集まり、町内は大変賑わい映画館なども存在した。

年表[編集]

東日本大震災[編集]

2011年3月に発生した東日本大震災において、矢吹町では震度6弱を観測した。 この地震で矢吹町の全半壊戸数は1800戸であり、総戸数に対する割合は30%であった。 これは、当震災において津波被災のない内陸部の市町村では最大の損壊率であった。

この矢吹町を含め、鏡石町須賀川市泉崎村郡山市にかけて全半壊率が高かった理由を、 郡山湖成層にあるとの論文が発表された。

なお、町では、震災の被害状況と復旧・復興対応をまとめた記録誌を発行している。内容は、町のホームページにも公開されている。

東日本大震災記録誌 「矢吹町 ~あの日と今~」を参照。

行政区域変遷[編集]

  • 変遷の年表
  • 変遷表

町名の変遷[編集]

矢吹町では1980年昭和55年)に全大字を廃止している。現在の町名との比較は以下の通り[3]。●は一部。(石)は1875年明治8年)まで石川郡に所属した区域。(岩)は1955年(昭和30年)まで岩瀬郡に所属した区域。(河)は一貫して白河郡西白河郡に所属した区域。

  • 旧・矢吹村
    • 大字矢吹(石) - ●曙町、一本木、●井戸尻、大池、●大町、●北浦、北町、小松、●新町、善郷内、滝八幡、舘沢、●東郷、中町、●花咲、●牡丹平、●丸の内、本町
    • 大字中畑新田(石) - ●曙町、●大久保、●大町、●五本松、●新町、●諏訪の前、田町、西長峰、●八幡町、●花咲、●文京町、弥栄、●大和内
    • 大字大和久(河) - 赤沢、●井戸尻、川原、●北浦、●子ハ清水、堰の上、●花咲、●東の内、●大和内
    • 大字柿之内(岩) - ●子ハ清水、境町、田内、馬場、●東の内、本郷町、南町
  • 旧・中畑村
    • 大字松倉(河) - 清水塚、●上敷面、諏訪清水、松倉
    • 大字中畑(石) - ●大久保、国神、●五本松、●上敷面、清林山、寺内、寺内西、寺内東、寺内南、中畑、中畑南、鍋内、西長峰、根宿、●八幡町、東長峰、●文京町、平鉢、松房
    • 大字大畑(石) - 大畑、上の前、●沢尻、住吉、●前久保
  • 旧・三神村
    • 大字三城目(河) - ●神田西、●神田東、●沢尻、三城目、陣ケ岡、●堤、天開、中沖、中丸、●白山、東川原、●奉行塚、本城舘、●牡丹平、●前久保、●谷中
    • 大字須乗(河) - ●諏訪の前、寺の前、●東郷、花の里、前田、●丸の内
    • 大字須乗新田(河) - 上宮崎、下宮崎
    • 大字神田(石) - ●神田西、●神田東、神田南、●沢尻、●堤、●白山、●奉行塚、●谷中
    • 大字堤(石) - 貝の久保、神の内、●堤、●中野目西、東堤、●前久保、●明新原
    • 大字中野目(石) - ●中野目西、中野目東
    • 大字明新(石) - 明新上、明新下、明新中、明新西、●明新原、明新東

統計データ[編集]

現在の町勢[編集]

  • 総人口 - 18,735人(2005年)
  • 世帯数 - 5,766世帯(2005年)
  • 年少(15歳未満)人口率 - 14.1%(2005年)
  • 高齢(65歳以上)人口率 - 22.1%(2005年)
  • 昼間人口 - 18,918人(2005年)
  • 労働力人口 - 10,226人(2000年)
  • 第1次産業就業者数 - 1,413人(2000年)
  • 第2次産業就業者数 - 3,968人(2000年)
  • 第3次産業就業者数 - 4,345人(2000年)
  • 農業産出額 - 5,280百万円(2004年)
  • 製造品出荷額等 - 53,967百万円(2004年)
  • 商業年間商品販売額 - 24,672百万円(2003年)

人口[編集]

Demography07466.svg
矢吹町と全国の年齢別人口分布(2005年) 矢吹町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 矢吹町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
矢吹町(に該当する地域)の人口の推移
1970年 15,666人
1975年 16,308人
1980年 17,578人
1985年 18,249人
1990年 18,642人
1995年 19,075人
2000年 18,892人
2005年 18,735人
2010年 18,408人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

歴代町長[編集]

氏名 就任年月日 退任年月日
初代 野木忠房 1955年昭和30年)4月30日 1963年(昭和38年)3月31日
2代 大木代吉 1963年(昭和38年)4月30日 1971年(昭和46年)4月29日
3代 仲西藤次 1971年(昭和46年)4月30日 1982年(昭和57年)8月30日
4代 市島政秋 1982年(昭和57年)10月17日 1986年(昭和61年)10月16日
5代 白坂武男 1986年(昭和61年)10月17日 1994年平成6年)10月16日
6代 三村博昭 1994年(平成6年)10月17日 1998年(平成10年)10月16日
7代 幕田耕郎 1998年(平成10年)10月17日 2003年(平成15年)12月15日
8代 野崎吉郎 2004年(平成16年)1月11日 現職

経済[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

地域[編集]

教育[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

学校教育以外の施設[編集]

矢吹町文化センター

交通[編集]

矢吹駅

空港[編集]

鉄道[編集]

東北新幹線新白河駅まで東北本線で18分程、新幹線乗換えし東京まで1時間30分程度

路線バス[編集]

道路[編集]

出身有名人[編集]

中畑清杯争奪ソフトボール大会・中畑清杯争奪女子ソフトボール大会:氏の名前を冠したイベント。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

  • あゆり温泉(アルカリ性単純温泉)と、温水プール施設
  • あゆり公園(大池公園)町内外から散策者が訪れる憩いの場。
  • 町内外に多数の古墳・遺跡・遺構を擁する。
    • 鬼穴古墳群・弘法山古墳群・谷中古墳群・下荒具古墳群 など。
    • 滝八幡三十三観音磨崖仏群・水戸街道常夜燈・寺内阿弥陀堂供養塔・明新供養塔(石川坂路氏)など。
    • 袖ケ城跡(石川矢吹氏)・国神城跡・観音山館跡(石川中畠氏)・三城目城跡など。

矢吹町には、ここ近年、年間3万人もの外国人観光客が訪れている。そのほとんどは、福島空港から来日した韓国人ゴルフ客である。[4]

矢吹町内の主な商業施設[編集]

矢吹町内の大手外食チェーン店[編集]

地域医療[編集]

宿泊施設[編集]

インターネット・ブロードバンド環境[編集]

矢吹町のブロードバンド環境は主に町の中心部から郊外へと拡大中である。

未整備でISDN回線だった三神地区も、地域住民と町による徹底した働きかけにより説明会が開かれ、後に一定数の仮申込み件数を満たすことが出来た為、 2008年9月1日より光回線が建物内への引込み線工事が始まり、町の大半の地域でブロードバンドが利用可能な状態になった。


光回線の環境は整いつつあるが、町全域でWiMAX(UQコミュニケーションズ)が圏外である(2012年12月現在)

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 総務省統計局『統計で見る市区町村のすがた2007』2007年

脚注[編集]

  1. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 7 福島県』、角川書店、1981年 ISBN 4040010701より
  2. ^ 日本加除出版株式会社編集部『全国市町村名変遷総覧』、日本加除出版、2006年、ISBN 4817813180より
  3. ^ 平凡社地方資料センター『日本歴史地名大系 7 福島県の地名』、平凡社、1993年、ISBN 4582490077より
  4. ^ 福島のゴルフ場に深刻な風評被害…芝はげ雑草も : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

外部リンク[編集]