会津若松市

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会津若松市
あいづわかまつし
Flag of Japan.svg 日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
団体コード 07202-8
面積 383.03km²
※境界未定部分あり
総人口 127,759
推計人口、2009年10月1日)
人口密度 334人/km²
隣接自治体 郡山市喜多方市
耶麻郡猪苗代町磐梯町
岩瀬郡天栄村
南会津郡下郷町
河沼郡会津坂下町湯川村
大沼郡会津美里町
市の木 アカマツ
市の花 タチアオイ
市の鳥 カッコウ
会津若松市役所
所在地 〒965-8601 福島県
会津若松市東栄町3番46号
電話番号 0242-39-1111
外部リンク 会津若松市役所

会津若松市位置図(福島県)

:市 / :町・村
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会津若松市(あいづわかまつし)は、福島県会津地方に位置する都市で、会津地方の中心都市である。

目次

[編集] 概要

会津高原と会津若松の市街地を望む

江戸時代には会津藩城下町として盛え、現在でも鶴ヶ城白虎隊など、歴史上の事物が観光資源として有名である。その他にもこづゆなどの文化的な特色、赤べこなどに代表される伝統工芸などにより、数多くの観光客を集める。

1889年、当時の若松町が福島県で初の市制を施行し、若松市となり、その後も周辺町村の編入などを繰り替えしているほか、1955年の7村編入時に会津若松市に市名を変更し現在に至っている。会津若松市を中心とする会津若松都市圏の人口は約19万人(2000年都市雇用圏)。

会津若松市がある会津盆地は、盆地床が「あいづだいら」とも呼ばれ、他に喜多方市河沼郡会津坂下町などがある。また、会津盆地から北の飯豊山地を越えると山形県米沢市 (米沢盆地)、東は猪苗代町を経て奥羽山脈を越えると中通り地方の郡山市 (郡山盆地)、西には西会津町などを経て越後山脈を越えると新潟県新潟市 (越後平野)が位置しており、それぞれと磐越自動車道国道JR磐越西線などによって結ばれ、それぞれの都市との結びつきは強い。会津盆地の南には会津高原と呼ばれる山間地が広がっており、尾瀬などの観光地が点在している。市域の西側を阿賀川が流れているほか、市の東側は猪苗代湖に面している。日本海側に位置し、冬には降雪がある。

会津若松と省略して呼ばれることもある[1]

[編集] 地理

阿賀川上の若郷湖と大川ダム(右下)

[編集] 位置

会津若松市は、福島県西部一帯を占める会津地方の中心都市で、市街地は会津盆地の南東部に位置する。市域全体では、市街地の南に広がる広大な山地も市域に含まれ、最南端は芦ノ牧温泉などのある大戸岳周辺まで市域に収める。東側は猪苗代湖の約3割が市域に含まれ、猪苗代町郡山市と接する。北、西は喜多方市など、会津盆地内の市町村と隣接する。

また、東西に磐越自動車道国道49号JR磐越西線が通っており、南北も国道121号などの道路、会津鉄道会津線などによって周辺地域と結ばれている。これらの会津地方の東西を結ぶ道路と南北を結ぶ道路は会津若松市で交差しており、鉄道でもJR磐越西線、只見線、会津鉄道会津線が集まる会津地方の交通の要所になっている。

[編集] 地形

市域の北部、西部、中心部周辺は会津盆地の南東部にあたり、市街地などのほか、水田が広がる。また、市の南部から北部に阿賀川が流れている。市の東部は猪苗代湖に面しているほか、市の南部には山地が広がる。

[編集] 気候

市の中心部は盆地の中に位置するため、気温の年較差が大きい。また、通常冬は降雪積雪がある。日本海側気候の特徴を多く持っている。

[編集] 人口

大正の国勢調査開始移行、昭和初期にかけて人口は減少しているがその後は増加に転じ、平成初期まで増加を続けていた。

[編集] 年齢別人口分布

Demography07202.svg
会津若松市と全国の年齢別人口分布 会津若松市の年齢・男女別人口分布
紫色 ― 会津若松市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
1980年 130,883人
1985年 134,912人
1990年 136,336人
1995年 137,065人
2000年 135,415人
2005年 131,389人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 隣接自治体

[編集] 行政区域の変遷

[編集] 歴史

若松城(鶴ヶ城)

[編集] 江戸時代まで

市内一箕町にある大塚山古墳は4世紀後半に造営されたものである。出土品の三角縁神獣鏡は畿内で鋳造されたものと同一と推定されている。

都市としての会津若松市の起源は、1384年至徳元年)の、蘆名直盛による黒川城築城に遡る。以降、城下町黒川は、戦国大名蘆名氏の領国支配の拠点として、また当時奥州最大の都市として発展を遂げていった。

1589年天正17年)、伊達政宗のもとで勢力を拡大する伊達氏が芦名氏を滅ぼし、黒川を新たな本拠地とした。しかし翌1590年(天正18年)、豊臣秀吉奥州仕置により黒川は伊達氏から取り上げられ、代わって蒲生氏郷が入封した。氏郷は楽市楽座の施行、手工業の振興、黒川城の近代城郭への改修などに功績を残し、また黒川という地名を若松と改めた。

氏郷の死後、上杉景勝が入封するが、関ヶ原の役徳川家康に敵対して敗れ、米沢へ移封となった。その後、蒲生秀行加藤嘉明などの領主を経て、1643年徳川秀忠の子保科正之が入封して会津松平家の祖となり、以後若松は会津藩の城下町として栄えた。

[編集] 幕末から太平洋戦争まで

1862年文久2年)、会津藩松平容保京都守護職に任ぜられ、尊王攘夷志士の取り締まりや京都治安維持を担ったが、長州藩をはじめとする倒幕派の恨みを買うことになった。1868年慶応4年)に戊辰戦争が勃発すると、会津藩は攻撃の対象とされた(会津戦争)。新政府軍は若松城下にまで侵攻し、白虎隊の自刃などの悲劇が起き、城下町の大半が灰燼に帰した。

戊辰戦争で攻撃を受けた若松城(1868年)

明治維新後に新政府の直轄地となり民生局が設置された。翌1869年に民生局が廃止され若松県が設置され、県庁は最初、大町の融通寺に、次に旧若松城本丸に置かれた。1871年明治4年)8月29日、全国的な廃藩置県により、引き続き若松県が設置された。1876年明治9年)8月21日、若松県、旧福島県、磐前県が合併し、現在の福島県が発足。以来は福島県に属する。

1889年、北会津郡若松町となり、1899年、市制施行により若松市となった。この年の人口は3万0,488人であった。 1890年に私立会津中学校が開校。後に県立に移管され福島県立会津中学校となり、現在の福島県立会津高等学校に至る。1899年明治32年)7月15日磐越西線会津若松駅まで開通する。磐越西線は1914年大正3年)11月1日新潟まで全通した。

1908年日露戦争に伴って新設された第13師団歩兵第65連隊が若松に置かれ、現在の会津若松市立第二中学校の敷地が衛戍地とされた。同連隊は1925年宇垣軍縮に伴って廃止され、代わって第2師団歩兵第29連隊仙台から移動する。その後、1937年日中戦争を契機に歩兵第65連隊も復活した。歩兵第65連隊は南京攻略戦などに参加。歩兵第29連隊はガダルカナル島の戦いに投入され大きな損害を受けている。

[編集] 太平洋戦争後

太平洋戦争では会津若松は空襲を免れている。1955年、周辺の7村を編入し、これを機に都市名を若松市から現在の会津若松市に変更した。都市名の変更は、福岡県若松市1914年市制施行。現・北九州市若松区)と混同を避けることなどを目的として行われたもので、先に市制を敷いた都市の方が改名を行った唯一の事例である。改名以前は電信・電話・郵便等において両市を混同することが多く、郵便物にいたっては日平均50通、多い日では100通もの誤配があったという(『町村合併の記録』福島県総務部地方課(1958))。福岡県若松市のほうは門司市小倉市戸畑市八幡市と合併して北九州市となったため、「福岡県若松市」は消滅したが、会津若松市のほうはその後も「会津」を冠したまま現在に至っている。

1965年から住居表示実施により、順次、旧町名が新町名に変更される。

1997年平成9年)10月1日磐越自動車道会津若松ICが開通。

[編集] 住居表示後に消滅した町名

昭和40年)1965年から住居表示実施により、順次、旧町名が現在の新町名に変更されていった。 旧町名のうち、(明治10年)1877年までに成立していた町で、(明治22年)1889年北会津郡若松町として合併した町を列記する。

大町竪町、大町一之町、大町ニ之町、大町ニ之竪、大町三之町、大町原之町、大町三四之竪、大町四之町、大町名子屋町、道場小路町、原之町、紺屋町、甲賀町、馬場上一之町、馬場下一之町、馬場一之竪町、馬場上ニ之町、馬場下二之町、馬場二之竪町、馬場上三之町、馬場下三之町、馬場三之竪町、馬場上四之町、馬場下四之町、馬場四之竪町、馬場上五之町、馬場下五之町、馬場名子屋町、大工町、博労町、上四之町、本六日町、上一之町、上六日町、上二之町、下野伏町、上五之町、行人町、中六日町、上野伏町、屋敷町、本郷町、竪三日町、寺町、東名子屋町、五軒町、横三日町、鳥居町、槻木町、阿弥陀町、愛宕町、浄光寺町、台之町、南横町、天寧寺町、徒之町、滝沢町、千石町、蚕養町、桂林寺町、老町、赤井町、諏訪四ツ谷、当麻町、当麻中町、善久町、針屋町、川原町、材木町、融通寺町、七日町、北小路町、西名子屋町、針屋名子屋町、上大和町、中大和町、下大和町、後之分町、栄町字郭内、栄町字栄町一丁目、栄町字栄町二丁目、栄町字新栄町、栄町字栄町三丁目、栄町字栄町四丁目、栄町字本三之丁、栄町字本一之丁、栄町字融通寺町口、栄町字川原町口、栄町字米代二之丁、栄町字米代四之丁、栄町字十八蔵、栄町字割場、栄町字追手前、栄町字塀内、栄町字本二之丁上、栄町字天寧寺町口、栄町字宝積寺通、栄町字内小田垣、栄町字鶴ヶ城、新横町、片柳町、南町

[編集] 地域

[編集] 市街地中央部

  • 栄町
  • 西栄町
  • 東栄町
  • 中町
  • 徒之町
  • 城前
  • 大町一丁目、二丁目
  • 中央一丁目、二丁目、三丁目
  • 昭和町
  • 馬場本町
  • 馬場町
  • 相生町
  • 上町
  • 旭町
  • 行仁町
  • 宮町
  • 城東町
  • 追手町
  • 山鹿町
  • 湯川町
  • 米代一丁目、二丁目
  • 南花畑
  • 城南町
  • 南町
  • 日新町
  • 本町
  • 新横町
  • 緑町

[編集] 市街地西部

  • 金川町
  • 城北町
  • 七日町
  • 西七日町
  • 八日町
  • 五月町
  • 橋本一丁目、二丁目
  • 御旗町
  • 材木町
  • 材木町一丁目、二丁目
  • 川原町
  • 城西町
  • 日吉町
  • 住吉町
  • 幕内東町
  • 桜町
  • 柳原町一丁目、二丁目、三丁目、四丁目

[編集] 市街地南部

  • 錦町
  • 表町
  • 天神町
  • 明和町
  • 館馬町
  • 館脇町
  • 古川町
  • 東年貢一丁目、二丁目、三丁目

[編集] 市街地北部

  • 駅前町
  • 石堂町
  • 蚕養町
  • 滝沢町
  • 白虎町
  • 扇町
  • 山見町
  • 鶴賀町
  • 居合町
  • 堤町
  • 大塚一丁目、二丁目
  • 北滝沢一丁目、二丁目
  • 中島町

[編集] 市街地東部

  • 千石町
  • 南千石町
  • 慶山一丁目、二丁目
  • 和田一丁目、二丁目
  • 飯盛一丁目、二丁目
  • 花春町
  • 宝町
  • 天寧寺町
  • 花見ヶ丘一丁目、二丁目、三丁目
  • 湯川南
  • 建福寺前
  • 北青木


[編集] その他の地域

[編集] 行政

会津若松市役所(1937年竣工)

[編集] 市長

[編集] 市役所・市民センター

  • 本庁舎:会津若松市東栄町3番46号
  • 北会津支所:会津若松市北会津町中荒井字諏訪前11番地
  • 河東支所:会津若松市河東町郡山字休ミ石14番地
  • 湊市民センター:会津若松市湊町大字共和字西田面50番地
  • 大戸市民センター:会津若松市大戸町上三寄香塩479番地
  • 北市民センター:会津若松市高野町大字上高野字村前28番地
  • 南市民センター:会津若松市門田町大字中野字大道西13番地
  • 一箕市民センター:会津若松市北滝沢二丁目5番6号
  • 東市民センター:会津若松市慶山一丁目1番53号

[編集] 市の組織

  • 副市長(1人)
    • 企画政策部(企画調整課、秘書広聴課、地域振興課)
      • 各支所(総務課、まちづくり推進課、住民福祉課)
    • 財務部(財政課、税務課、納税課)
    • 総務部(総務課、人事課、情報政策課、契約検査課)
    • 市民部(環境生活課、防災安全課、市民課、廃棄物対策課)
      • 各市民センター
    • 健康福祉部(社会福祉課、高齢福祉課、児童家庭課、国保年金課、健康増進課)
    • 観光商工部(観光課、商工課、企業立地推進課)
    • 農政部(農政課、農林課、公設地方卸売市場)
    • 建設部(都市計画課、花と緑の課、区画整理課、下水道課、道路建設課、道路維持課、建築課)
  • 会計管理者
    • 会計課
  • 教育委員会
    • 教育委員会事務局(教育総務課、学校教育課、生涯学習課、文化課、スポーツ振興室)
  • 市議会
    • 議会事務局
  • 選挙管理委員会
    • 選挙管理委員会事務局
  • 監査委員
    • 監査事務局
  • 公平委員会
  • 固定資産評価審査委員会
  • 農業委員会
    • 農業委員会事務局
  • 水道事業管理者
    • 水道部(総務課、浄水課、施設課、料金課)

[編集] 一部事務組合

[編集] 国県の機関

  • 裁判所
    • 福島地方裁判所会津若松支部:会津若松市追手町6番6号
    • 福島家庭裁判所会津若松支部:会津若松市追手町6番6号
    • 会津若松簡易裁判所:会津若松市追手町6番6号
    • 会津若松検察審査会:会津若松市追手町6番6号
      • 裁判所敷地内には、旧会津藩家老・内藤介右衛門の屋敷跡で、江戸時代に遠州流の流れをくむ白露庭がある。
  • 農林水産省
  • 国土交通省
    • 郡山国道事務所会津若松出張所:会津若松市町北町大字始字北台105番地
    • 阿賀川河川事務所:会津若松市表町2番70号
    • 福島地方気象台若松測候所:会津若松市材木町一丁目9番49号
  • 福島県
    • 会津地方振興局:会津若松市追手町7番5号
    • 会津保健福祉事務所:会津若松市追手町7番40号
    • 会津農林事務所:会津若松市追手町7番5号
    • 会津若松建設事務所:会津若松市追手町7番5号
    • 会津教育事務所:会津若松市追手町7番5号

[編集] 姉妹都市・友好都市

[編集] 国内の姉妹都市・友好都市

[編集] 国外の姉妹都市・友好都市

[編集] 友好都市提携の申し入れを拒否した経過のある都市

  • 萩市山口県
    1986年に、友好都市提携の申し入れを拒否した。
    萩市は、戊辰戦争で会津藩と戦った長州藩の本拠地である。萩市から、敵として戦った戊辰戦争から120年を記念しての友好都市提携の申し入れがあったが、会津若松市民の間から「我々は(戊辰戦争の)恨みを忘れていない」との意見があったため、これを拒否した。ただ、実際この騒動の後に萩市と会津若松市は友好都市関係を結ぶことこそ無かったが、活発に交流するようになり、この騒動はそのきっかけとなった。現在ではこの話は半ば冗談交じりに交わされる事が多くなった。
    (→歴史的経緯については「会津戦争」を参照すること

[編集] 経済

中心市街地のメインストリートは中央通り神明通りなどがある。神明通りには百貨店中合などがあり、このメインストリートを軸に中小の商店が列んでいる。しかし、全国規模の郊外型大型店の相次ぐ進出により、市街地中心部では空き店舗が目立つようになった。そのような中で、中心市街地のひとつである七日町通りでは、市からの補助金制度を作り古い街並みの保存や復旧に取り組むことで、新たな観光資源としての町づくりを行なっている。

(以下の生産額は、すべて平成18年度のもの。)

[編集] 第一次産業

  • 総生産 : 519千万円
    • 農業 : 497千万円
    • 林業 : 21千万円

市域北部、西部などには水田が広がっており、稲作が盛んである。

[編集] 第二次産業

[編集] 第三次産業

  • 総生産 : 35,738千万円
    • 卸売・小売業 : 4,525千万円
    • サービス業 : 12,866千万円

会津若松市内の主な百貨店・複合商業施設・大型スーパーマーケット

家電量販店は、コジマヤマダ電機ケーズデンキが出店している。

[編集] 郵便

  • 会津若松郵便局日本郵便会津若松支店併設)
  • 上三寄郵便局(郵便事業会津若松支店上三寄集配センター併設)
  • 北会津郵便局(郵便事業会津若松支店北会津集配センター併設)
  • 原郵便局(郵便事業会津若松支店原集配センター併設)
  • 広田郵便局(郵便事業会津若松支店広田集配センター併設)
  • 会津アピオ郵便局 
  • 芦ノ牧郵便局  
  • 三本松郵便局
  • 堂島郵便局
  • 東長原郵便局 
  • 東山郵便局 
  • 門田郵便局 
  • 若松居合郵便局 
  • 若松一箕町郵便局 
  • 若松上町郵便局 
  • 若松栄町郵便局 
  • 若松小田垣郵便局 
  • 若松旭町郵便局 
  • 若松黒岩郵便局 
  • 若松山鹿町郵便局 
  • 若松本町郵便局 
  • 若松千石町郵便局 
  • 若松材木町郵便局 
  • 若松橋本郵便局 
  • 若松南町郵便局 
  • 若松駅前郵便局 
  • 若松赤井郵便局 
  • 若松七日町郵便局 
  • 若松東栄町郵便局 

[編集] 学校

日本初のコンピュータ理工系大学、会津大学

[編集] 大学・短期大学

[編集] 高等学校

公立
私立


[編集] 中学校

公立


私立

[編集] 小学校

市立


私立

[編集] 特別支援学校

  • 福島県立会津養護学校
    • 福島県立会津養護学校竹田分校(長期入院の児童生徒対象、分校名となっている竹田綜合病院内に立地)
  • 福島県立聾学校会津分校

[編集] 施設

[編集] 図書館

  • 会津若松市立会津図書館:会津若松市城東町2番3号
1903年文部省認可、1904年開設)
  • 現在の施設は一般書の開架図書数が少ない。かつ施設自体の老朽化も進んでいるため、代替となる生涯学習施設が建設される。

[編集] ホール

[編集] 博物館

(福島県の歴史、自然、民俗など)

[編集] 医療機関

  • 福島県立会津総合病院
  • 竹田綜合病院
  • 会津中央病院

[編集] 交通

市内で運転されるバス、ハイカラさん

会津若松は、会津盆地の交通の中心でもあり、陸奥国の南の要衝であった。

主な都市までの距離(概数)

[編集] 鉄道

  • 中央駅:会津若松駅 - 市街地の北部に設置されている。
東日本旅客鉄道(JR東日本)
会津鉄道

[編集] バス

路線バスは、会津乗合自動車(会津バス)グループ1社のみにより運行されている。そのほか観光客などに向けたバスとして、"ハイカラさん"が運行されている。

[編集] 高速バス路線

福島県内

福島県外

[編集] タクシー

会津若松市拠点の主なタクシー会社

  • あいづタクシー
  • 若松タクシー
  • 白虎タクシー
  • 広田タクシー

[編集] 空港

会津若松市から利用される空港

JR磐越西線、または高速バスを利用後、郡山駅前からのリムジンバスを利用。

JR磐越西線、または高速バスを利用後、新潟駅前からのリムジンバスを利用。

JR磐越西線、東北新幹線仙台空港アクセス線を利用。

JR磐越西線、東北新幹線、総武本線成田線などを利用。

JR磐越西線、東北新幹線、東京モノレール羽田線などを利用。

[編集] 道路

[編集] 歴史

[編集] 江戸時代の街道
[編集] 会津三方道路

明治時代、福島県令三島通庸によって会津三方道路という土木事業が推し進められた。西に向かう越後街道、南に向かう野州街道、北に向かう羽州街道によって構成される。

[編集] 主な道路

[編集] 文化

会津秋祭りで賑わう神明通り

会津若松市はその長い歴史と風土から伝統ある文化を持ち、現在では会津若松市の観光産業をも担っている。

[編集] 祭事

[編集] 食文化

[編集] 名産品

[編集] 観光

会津若松市は、その歴史的経緯、文化的特色から観光業が盛んで、多くの観光客が訪れる。 2005年以降、会津ディスティネーションキャンペーンなどの観光キャンペーンが行われており、新宿駅上野駅からJR東北本線磐越西線などを経由する直通の特急列車"あいづ"号を運行するなどしている。

[編集] 観光地

[編集] 温泉

[編集] 寺院

[編集] 神社

[編集] 出身有名人

[編集] その他

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 会津若松市の略称には会津若松の二種類がある。地元以外の場所や観光ガイドでは「会津」と省略されることもある。一方で地元では、「会津」は地方を指す場合に、会津若松市の旧称である「若松」は都市を指す場合に使い分けることが多い。地元紙である福島民報福島民友や、福島県ローカルの天気予報では「若松」と省略している。若松測候所をはじめとする一部の行政機関の名称にも「若松」の旧称が残っている。また、上記の理由から地元では会津は接頭語として利用される機会が多い(会津○○町、会津○○駅など)。そのためか地元では『あいづ』を尻上がりで、首都圏などでは尻下がりで言われる。全国ネットの会津を舞台にしたテレビドラマの台詞等では地元との違いが顕著に現れる。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ