白河市
| しらかわし 白河市 |
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|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 東北地方 |
| 都道府県 | 福島県 |
| 団体コード | 07205-2 |
| 面積 | 305.30km² |
| 総人口 | 63,288人 (推計人口、2012年12月1日) |
| 人口密度 | 207人/km² |
| 隣接自治体 | 福島県 西郷村、泉崎村、中島村、 矢吹町、棚倉町、石川町、 浅川町、天栄村 栃木県 那須町 |
| 市の木 | アカマツ |
| 市の花 | ウメ |
| 市の鳥 | ホオジロ |
| 白河市役所 | |
| 所在地 | 〒961-8602 福島県白河市八幡小路7番地1 |
| 外部リンク | 白河市役所 公式サイト (日本語) |
| ウィキプロジェクト | |
白河市(しらかわし)は、東北地方の南部、福島県中通りの南部に位置する都市。
目次 |
地理 [編集]
東京都区部より約190km北。東北新幹線で約90分の距離である。首都圏への新幹線通勤の利用者も一部ながらいる。
隣接している自治体 [編集]
統計データ [編集]
現在の市勢 [編集]
- 総人口 - 65,707人(2005年)
- 世帯数 - 22,320世帯(2005年)
- 年少(15歳未満)人口率 - 15.7%(2005年)
- 高齢(65歳以上)人口率 - 20.9%(2005年)
- 昼間人口 - 66,803人(2000年)
- 労働力人口 - 34,983人(2000年)
- 第1次産業就業者数 - 2,740人(2000年)
- 第2次産業就業者数 - 13,648人(2000年)
- 第3次産業就業者数 - 17,146人(2000年)
- 農業産出額 - 9,540百万円(2004年)
- 製造品出荷額等 - 281,310百万円(2004年)
- 商業年間商品販売額 - 115,130百万円(2003年)
- 出典
- 総務省統計局『統計で見る市区町村のすがた2007』2007年
人口 [編集]
| 白河市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 白河市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 白河市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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白河市(に該当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
歴史 [編集]
古くから奥州の玄関口として知られ、平安時代には能因法師が「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」と詠んでいる。能因法師は実際には白河には来なかったとも言われるが、逆にいえば、架空の旅を構想するほど「白河の関」は歌枕として魅力的であったということだろう。能因法師以外にも「白河の関」を詠んだ歌は数多く、後年、松尾芭蕉はおくのほそ道の中でそれらの歌や散文をもとにして、白河到着時の情景を装飾的な美文にこしらえている。下記は「おくのほそ道」(岩波文庫)よりの引用である。
- 心許なき日かず重るまゝに、白川の関にかゝりて旅心定りぬ。「いかで都へ」と便求しも断也。中にも此関は三関の一にして、風ソウ(馬偏に躁の旁。騒と同字)の人心をとゞむ。秋風を耳に残し、紅葉を俤にして、青葉の梢猶あはれ也。卯の花の白妙に、茨の花の咲そひて、雪にもこゆる心地ぞする。古人冠を正し衣装を改し事など、清輔の筆にもとゞめ置れしとぞ。 卯の花をかざしに関の晴着かな 曾良
「おくのほそ道」では、有名な書き出しの部分にも「春立てる霞の空に白河の関越えんと…」とある。また、芭蕉に同行した河合曾良の随行日記には、おくのほそ道本文よりも詳しい記述があり、そこに記されている街並みや、宗祇もどしの逸話にまつわる碑が今も市内に残る。同随行日記は上掲岩波文庫版「おくのほそ道」に所載されている。
江戸時代まで [編集]
古代には白河の関が置かれ広くその名は知られていたが、早くにその事蹟は失われ、詳細はいまだなぞである。芭蕉が訪れた江戸初期には、どこにあったのかもはっきりしなかった。後年、松平定信が候補地を比定して、現在公園として整備されている辺りを関跡としたが、有力な仮説の域を出ていない。
中世期には、小山氏の流れをくむ結城氏(白河結城氏)の所領となった。長く二つの結城家(白河(川)氏と小峰氏)が比較的平和裏に所領を分割統治していたとされ、両家の居城が、今も白川城(搦目城)、白河城(小峰城。ただし現在に残る城の原型を築いたのは江戸初期の丹羽氏)として市内に残っている。一時期は伊達氏をもしのぐ力を有していたとされるが、戦国時代には両結城家による抗争が起こり、さらには佐竹氏の攻撃を受けるなどして衰退した結果、会津の諸氏(蒲生氏、上杉氏など)の傘下に入る。その後、結城氏の一族や家臣の多くは、伊達や佐竹など東国有力武将のもとで仕えた。
江戸時代最初期には、外様の丹羽氏によって城下町が整備された。それ以降は、譜代中藩(一時期親藩)で老中を輩出した白河藩の城下町として栄えた。奥州街道(五街道の一つ)終点の地でもあった。ただし、譜代のサラリーマン大名(転勤族)(諸松平氏、本多氏、阿部氏)が藩主としてめまぐるしく交替し、また幕末期には天領となったこともあって、市民の歴史意識はさほど高くない。唯一市民に広く知られているのは、日本初の公園といわれる南湖公園を整備し、寛政期の老中として寛政の改革を主導した松平定信ぐらいのものである。
明治時代以後 [編集]
- 1887年(明治20年)7月16日 - 東北本線の黒磯 - 郡山間が開通。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い西白河郡白河町が発足。
- 1944年(昭和19年)12月11日 - 白棚線が廃止。
- 1949年(昭和24年)4月1日 - 大沼村と合併して市制を施行し、白河市が発足。
- 1954年(昭和29年)7月1日 - 白坂村を編入
- 1954年(昭和29年)10月1日 - 小田川村を編入
- 1955年(昭和30年)
- 3月1日 - 五箇村を編入
- 8月 - 表郷村の関辺地区及び旗宿地区を境界変更により編入。
- 1970年(昭和45年)4月1日 - 国道289号が制定。
- 1975年(昭和50年)4月1日 - 国道294号の栃木県芳賀郡益子町 - 福島県白河市 - 福島県会津若松市の区間が制定。
- 2005年(平成17年)11月7日 - 旧白河市、西白河郡表郷村、大信村、東村の合体合併により、新市制の白河市が発足。同日、2代目市章を制定する。
- 2009年(平成21年)3月27日 - 中心市街地の活性化に関する法律に基づく「中心市街地活性化基本計画」認定。
- 2011年(平成23年)2月24日 - 地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律に基づく「歴史的風致維持向上計画」認定。
- 上記二計画がともに認定されたのは全国で六番目である。
- 2011年 (平成23年)3月11日 - 東日本大震災では市内各域で震度6弱ないし6強を記録。六反山(葉ノ木平)が崩落し、12名が犠牲となる。
行政区域変遷 [編集]
- 変遷の年表
| 白河市市域の変遷(年表) | ||
|---|---|---|
| 年 | 月日 | 現白河市市域に関連する行政区域変遷 |
| 1889年(明治22年) | 4月1日 | 町村制施行に伴い、以下の町村がそれぞれ発足。[1][2] |
| 1907年(明治40年) | 4月1日 | 五箇村の一部(蕪内)は釜子村に編入。 |
| 1955年(昭和24年) | 4月1日 |
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| 1951年(昭和26年) | 4月1日 | 大屋村が岩瀬郡から西白河郡に移行。西白河郡大屋村になる。 |
| 1954年(昭和29年) | 3月31日 | 白坂村は白河市に編入され、消滅。 |
| 10月1日 | 小田川村は白河市に編入。 | |
| 1955年(昭和30年) | 2月1日 | 古関村・金山村・社村が合併して表郷村が発足。 |
| 3月1日 |
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| 4月10日 | 大屋村・信夫村が合併して大信村が発足。 | |
| 8月1日 | 表郷村の一部(関辺・旗宿)は白河市に編入。 | |
| 8月20日 | 東村の一部(小貫・太田輪)は石川郡浅川町に編入。 | |
| 1966年(昭和41年) | 棚倉町の一部(金沢内、天王内の各一部)は表郷村に編入。 | |
| 1970年(昭和45年) |
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| 2005年(平成17年) | 11月7日 | 表郷村は白河市・表郷村・東村・大信村とともに合併し白河市が発足。 |
- 市制・町村制以前の変遷表
| 市制町村制以前の白河市市域の変遷表 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 1868年 以前 |
明治元年 - 明治22年 | 明治22年 4月1日 |
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| 白河郡 (西白河郡) |
新町 | 明治9年 白河町 |
白河町 | 白河町 | |
| 天神町 | |||||
| 中町 | |||||
| 本町 | |||||
| 桜町 | |||||
| 横町 | |||||
| 十文字村 | |||||
| 夏梨村 | |||||
| 奉公人新田村 | |||||
| 学田新田村の一部 | |||||
| 大村 | 明治22年 大村 |
大沼村 | |||
| 久田野村 | |||||
| 大和田村 | |||||
| 本沼村 | |||||
| 白坂村 | 明治9年 白坂村 |
白坂村 | |||
| 皮籠村 | |||||
| 学田新田村の一部 | |||||
| 小田川村 | 小田川村 | ||||
| 泉田村 | |||||
| 根田村 | 明治10年 萱根村 |
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| 新小萱村 | |||||
| 双石村 | 五箇村 | ||||
| 借宿村 | 明治10年 借宿村 |
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| 細倉村 | |||||
| 田島村 | |||||
| 舟田村 | |||||
| 板橋村 | |||||
| 蕪内村 | |||||
| 釜子村 | 明治10年 釜子村 |
釜子村 | |||
| 若栗新田村 | |||||
| 嘉左衛門新田村 | |||||
| 千田村 | |||||
| 形見村 | |||||
| 栃本村 | |||||
| 深仁井田村 | |||||
| 下野出島村 | 小野田村の一部 | ||||
| 上野出島村 | 明治9年 上野出島村 |
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| 大竹村 | |||||
| 関辺村 | 古関村 | ||||
| 旗宿村 | |||||
| 中野村 | |||||
| 内松村 | |||||
| 社仁井田村 | 明治10年 社田村 |
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| 高萩新田村 | |||||
| 番沢村 | |||||
| 金山村 | 金山村 | ||||
| 梁森村 | |||||
| 高木村 | |||||
| 三森村 | |||||
| 下羽原村 | |||||
| 小松村 | 明治10年 小松村 |
社村 | |||
| 小松新田村 | |||||
| 関場村 | 明治10年 八幡村 |
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| 宮村 | |||||
| 中寺村 | |||||
| 堀ノ内村 | |||||
| 河東田村 | |||||
| 深渡戸村 | |||||
| 増見村 | 信夫村 | ||||
| 町屋村 | |||||
| 上新城村 | |||||
| 中新城村 | |||||
| 下新城村 | |||||
| 飯土用村 | 明治9年 豊地村 |
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| 大谷地村 | |||||
| 岩瀬郡 | 下小屋村 | 大屋村 の一部 |
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| 上小屋村 | 明治9年 隈戸村 |
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| 滑里川村 | |||||
- 市制・町村制以後の変遷表
| 市制・町村制以後の白河市市域の変遷表(※細かな境界の変遷は省略) | |||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1889年 以前 |
明治22年 4月1日 |
明治22年 - 昭和64年 | 平成元年 - 現在 | 現在 | |||||
| 白河郡 (西白河郡) |
白河町 | 白河町 | 昭和24年4月1日 白河市 |
白河市 | 平成17年11月7日 白河市 |
白河市 | |||
| 大村 | 大沼村 | ||||||||
| 久田野村 | |||||||||
| 大和田村 | |||||||||
| 本沼村 | |||||||||
| 白坂村 | 白坂村 | 昭和29年3月31日 白河市に編入 |
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| 小田川村 | 小田川村 | 昭和29年10月1日 白河市に編入 |
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| 泉田村 | |||||||||
| 萱根村 | |||||||||
| 双石村 | 五箇村 | 五箇村 | 昭和30年3月1日 白河市に編入 |
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| 借宿村 | |||||||||
| 田島村 | |||||||||
| 舟田村 | |||||||||
| 板橋村 | |||||||||
| 蕪内村 | 明治40年4月1日 釜子村に編入 |
昭和30年3月1日 東村 |
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| 釜子村 | 釜子村 | 釜子村 | |||||||
| 千田村 | |||||||||
| 形見村 | |||||||||
| 栃本村 | |||||||||
| 深仁井田村 | |||||||||
| 下野出島村 | 小野田村 の一部 |
小野田村の一部 | |||||||
| 上野出島村 | |||||||||
| 関辺村 | 古関村 | 昭和30年8月1日 白河市に編入 |
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| 旗宿村 | |||||||||
| 中野村 | 昭和30年2月1日 表郷村 |
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| 内松村 | |||||||||
| 社田村 | |||||||||
| 番沢村 | |||||||||
| 金山村 | 金山村 | ||||||||
| 梁森村 | |||||||||
| 高木村 | |||||||||
| 三森村 | |||||||||
| 下羽原村 | |||||||||
| 小松村 | 社村 | ||||||||
| 八幡村 | |||||||||
| 中寺村 | |||||||||
| 堀ノ内村 | |||||||||
| 河東田村 | |||||||||
| 深渡戸村 | |||||||||
| 増見村 | 信夫村 | 信夫村 | 昭和30年4月10日 大信村 |
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| 町屋村 | |||||||||
| 上新城村 | |||||||||
| 中新城村 | |||||||||
| 下新城村 | |||||||||
| 豊地村 | |||||||||
| 岩瀬郡 | 下小屋村 | 大屋村 の一部 |
昭和26年4月1日 西白河郡に移行 |
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| 隈戸村 | |||||||||
行政 [編集]
姉妹都市・提携都市 [編集]
- 海外
- 国内
行田市と桑名市は、江戸時代に忍藩(現行田市)、桑名藩との間で、阿部氏と諸松平氏の移封があった縁から(文政6年(1823年)の三方領知替え)。戸田市は、旧大信村との姉妹関係を合併後も引き継いだもの。
経済 [編集]
商業 [編集]
製造業 [編集]
主な工場
従来、工場等の誘致においては西隣の西郷村に大きく後れを取っていた。しかし、東京から新幹線で約90分、東北自動車道で約2時間強といった地の利や、夏涼しく冬は寒冷だが少雪といった気象環境、凝固岩を基盤とした強固な地盤等の好条件を生かして、ヤフー系のデータセンター(2012年操業開始予定)や三菱ガス化学の工場及び研究開発施設(2014年操業開始予定)の進出が近年相次いで決まっている。
学校 [編集]
高等学校 [編集]
中学校 [編集]
- 白河市立白河中央中学校
- 白河市立白河第二中学校
- 白河市立東北中学校
- 白河市立白河南中学校(旧南部中学校)
- 白河市立五箇中学校
- 白河市立表郷中学校
- 白河市立東中学校
- 白河市立大信中学校
小学校 [編集]
- 白河市立白河第一小学校
- 白河市立白河第二小学校
- 白河市立白河第三小学校
- 白河市立白河第四小学校
- 白河市立白河第五小学校
- 白河市立小田川小学校
- 白河市立五箇小学校
- 白河市立関辺小学校
- 白河市立みさか小学校
- 白河市立表郷小学校
- 白河市立釜子小学校
- 白河市立小野田小学校
- 白河市立大屋小学校
- 白河市立信夫第一小学校
- 白河市立信夫第二小学校
交通 [編集]
空港 [編集]
鉄道 [編集]
東北新幹線の新白河駅は西郷村にあるが、ホームの一部が白河市にかかっている。
東北新幹線の新白河駅は西郷村にあるが、ホームの一部が白河市にかかっている。
路線バス [編集]
- 福島交通
- JRバス関東
- 市内に福島交通白河営業所・ジェイアールバス関東白河支店が設置されている
- 大信地域自主運行バス
- 白河市大信と矢吹町との間の福島交通バス路線が廃止され、代替として運行されている。
道路 [編集]
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事 [編集]
- 白河関跡(国の史跡)
- 白河小峰城(日本100名城の一つ)
- 白川城(搦目城)
- 南湖公園(国の史跡及び名勝)
- 白河舟田・本沼遺跡群(国の史跡)
- 福島県文化財センター白河館「まほろん」
- 白河市民会館
- 白河市文化センター
- 白河市東文化センター
- きつねうち温泉
- 丹羽長重の墓・霊廟(隣に、18世紀前半に白河藩主を務めた松平直矩(なおのり)、松平基知(もとちか)父子の墓、また小南湖(しょうなんこ)と呼ばれる池がある。)
- 鹿嶋神社
- 乙姫桜(市内妙関寺にある枝垂れ桜の古木。伊達政宗が江戸幕府に献上するために参勤交代の折に持参していた桜の苗の一本を、旅の途次、立ち寄った同寺の住職に乞われて植えたもの。)
- 乙女桜(小峰城本丸にある桜。城の石垣造築のさいに人身御供となった娘を供養するために植えられた。現在の木は何代目かのものであって、当時のものではない。)
- 戊辰戦争の古戦場(市内に何カ所か残っている。)
- 安珍堂(安珍・清姫伝説で知られる安珍は、一説に当地出身の僧侶といわれている。その安珍を祀った堂が市内萱根根田地区にある。)
- 白河天道念仏さんじもさ踊り(毎年7月第一日曜日に、市内関辺地区の八幡神社境内で行われる。五穀豊穣を祈る除蝗祭で、「さんじもさ」は、「山神様よ」がなまったものといわれている。)
- 白河集古苑
- 白河提灯祭り(西暦奇数年9月中旬)
- 白河だるま市(2月11日)
- 白河フラワーワールド(多くは那須高原へ移転。市内には現在一部が残るのみ。)
- アウシュビッツ平和博物館
名物 [編集]
- 馬市:東北地方有数の馬の集積地として、馬市が開かれてきた。昭和30年代までは現白河中央中学校西側の地で行われていたが、現在は見られない。
- 白河ラーメン
- 白河そば(そのルーツは追原そばだと言われる。盛岡、信州、出雲とともに日本四大そば処の一つに数えられる)
- 白河だるま
- 白河だるまバーガー
- ダルライザー:白河商工会議所青年部が作った白河市特産のだるまをモチーフにしたご当地ヒーロー
- 小峰シロ:白河観光物産協会が作った白河小峰城とおとめ桜をモチーフにしたキャラクター
出身有名人 [編集]
- 有島モユ(声優)
- 今井珠泉(日本画家)
- 岩淵悦太郎(国語学者。第二代国立国語研究所所長を16年間の長きにわたり務めた)
- 大谷五花村(川柳)
- 岡部芳幸(競輪選手)
- 川瀬七緒(小説家)
- 佐々木雄一(競輪選手)
- サトウトシキ(映画監督)
- 鈴木文助(生化学者。鈴木梅太郎の養子。旧姓荒木)
- 関根正二(大正期の画家)
- 中山義秀(小説家、大屋村)
- 橋本まい(声優)
- 藤田敦史(マラソン選手、東村)
- 伏見俊昭(競輪選手・競輪GP2勝・アテネ五輪銀メダル、北京オリンピック出場)
- 穂積良行(元衆議院議員 元農林水産省官僚)
- 松井達徳(元プロ野球選手)
- 班目秀雄(元 競輪選手、東京オリンピック出場)
- 班目真紀夫(高等学校教諭、元自転車競技選手、バルセロナオリンピック出場)
以下はゆかりの有名人
- 池谷薫 (映画監督、少年期を白河市で過ごす。)
- 穂積雅子 (スピードスケート選手・バンクーバーオリンピック(2010年)女子パシュート銀メダリスト、父親が白河市出身)
- 渡辺保 (演劇評論家。戦時中、白河に疎開。評論の中で、当時市内にあった白河劇場という芝居小屋について触れている。同劇場は戦後も長く映画館として使われていたが、現在は取り壊されている。)
- 新田祐大 (競輪選手、自転車競技選手。ロンドンオリンピック(2012年)代表。高校が白河高校。)
当市が舞台となった作品 [編集]
小説 [編集]
映画 [編集]
- ビターコーヒーライフ(俳優入川保則の遺作)
- トテチータ・チキチータ
テレビ・ラジオ [編集]
- 市域の一部では関東の4大系列がスピルオーバーによりアナログ・デジタルともに直接受信可能である。テレビ東京はアナログのみ受信可能であるが、デジタルでは福島テレビの一部のチャンネルと被るため見づらいとされている。
- しかし、旧白河市内(中心市街地)の場合、南側に山や丘陵地が多く、受信状態が甚だしく不良なこともあって、関東方面にアンテナを向けている家庭はほとんどないといってよい。市販の一般的なアンテナを立てるだけでは受信はほぼ不可能であり、ほぼ全戸が、市内の富士見山にある中継基地から発せられるUHF波を受信して県内の放送局を視聴している。
- NHKラジオの第一放送は、福島放送局よりも関東広域圏向けの電波のほうが、受信状態の良好な地域が多い。また、当地に限ったことではないが、日時・天候によって、東京の民放ラジオ局よりも、はるか遠方にある西日本のラジオ局(関西や四国のローカル局)のほうがよく聞こえることもある。東京の局のうちTBSラジオはまずまずの受信状態だが、文化放送やニッポン放送は満足に聴取できないことも多い。
- 福島県内唯一の民放中波ラジオ局であるラジオ福島は、県南地域に放送局を置いていないため、白河市内における受信状況は不良である。県内で同局が放送局を置いていないのは県南だけである。
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
- 白河市役所 公式サイト (日本語)
- 福島県文化財センター白河館 まほろん (日本語)
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