八十里越
八十里越(はちじゅうりごえ)は新潟県三条市と福島県南会津郡只見町を結ぶ街道の名称で、二つの峠(鞍掛峠、木ノ根峠)を含む。またこの区間を結ぶ国道289号の改良事業名。名称の由来は「八里の区間でありながら八十里もあるかのように急峻・長大な街道である」ところから来ており、十数km南にある六十里越(国道252号)と対比される。現在のところ、まだ車両が通行できる道路は開通しておらず、「点線国道」となっている。
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[編集] 河井継之助
八十里越は、幕末の長岡藩の家老河井継之助の最期の地としても知られる。河井は同藩の軍備を整え、越後から会津に侵入しようとする新政府軍とよく戦った(北越戦争)が、攻城戦の過程で流れ弾を膝に受けて倒れた。河井は戸板に載せられて八十里越を会津へ落ち延びるが、途中破傷風を悪化させ、現在の福島県只見町で死去した。運ばれる最中、「八十里 腰抜け武士の 越す峠」と自嘲の句を詠んでいる。「腰抜け」を「越抜け(越後を抜ける)」と重ねているという見方もあり、越後の地を守り切れなかった河井の無念が偲ばれる。
終焉の地・只見町塩沢には河井継之助記念館が建つ。河井の生涯を描いた小説として司馬遼太郎の「峠」がある。
[編集] 八十里越道路
国道289号は将来14のトンネルと16本の橋梁(総距離20.8km、うち1986年度(昭和61年度)に事業化された国土交通省直轄権限代行区間は県境区間を含めた11.8km、11のトンネルと8本の橋梁)で貫く予定だが、急峻な地形や、自然との調和を図りながらの整備、豪雪地帯を貫くなどの理由で施工出来る期間が限られ、工事は難しさを極めている。現在は福島県側の1.1kmのみが供用している。2010年(平成22年)11月7日に9号トンネルが貫通した[1]が、全通は平成30年代(2020年代)になるものと思われる。
[編集] 入叶津道路
入叶津道路は、八十里越道路のうち福島県が事業中の道路である。南会津郡只見町大字叶津から国直轄権限代行区間に至る全長7.8kmの2車線道路。1973年度(昭和48年度)に事業化され、2本のトンネルと7本の橋梁が完成し、現在は只見町側1.1km、2本の橋梁が供用済であり、残りは2012年に供用予定。
[編集] 大江道路
大江道路は、八十里越道路のうち新潟県が事業中の道路である。三条市塩野淵から国直轄権限代行区間に至る全長1.2kmの2車線道路1986年度(昭和61年度)に事業化され、一本の橋梁と一本のトンネルが作られている。トンネルは途中で岩質が堅くなったので機械掘削から発破掘削に変更された。凝灰岩の岩盤であるため全区間インバート施工が行われた。
[編集] 暫定供用の時期について
2010年10月12日に行われた三条市長の定例記者会見において、国定勇人三条市長は、2〜3年後に暫定供用できるという認識を示した[2]。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 国道289号「八十里越」の通行不能区間 県境トンネル3,173mが11月7日に貫通! (PDF) - 国土交通省長岡国道事務所 記者発表資料 2010年10月8日
- ^ 国定三条市長、八十里越えは全線開通を待たずとも2、3年後には部分的にでも暫定供用できる認識を示す - 三条市・燕市、県央の情報「ケンオー・ドットコム」 2010年10月12日