会津

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会津
あいづ
日章旗 日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
面積
5,420.69km²
総人口
278,490
推計人口、2014年8月1日)
人口密度
51.38人/km²

会津(あいづ)は、福島県の西部にあたり、西に越後山脈奥羽山脈に挟まれた日本海側内陸の地域である。

福島県奥羽山脈阿武隈高地、その2つの山地によって会津と中通り浜通りの3地域に区分されている。

概要[編集]

福島県を奥羽山脈阿武隈高地の2つの尾根線を概ねの境界と、西から「会津」「中通り」「浜通り」の3つの地域の1つ。会津盆地を中心として、は奥羽山脈、西は越後山脈は下野山地(帝釈山脈大佐飛山地を含む)、飯豊山地に囲まれた山岳地帯である。地方中心地は会津若松市

古事記』によれば、古くは相津と書いた。崇神天皇の時代、諸国平定の任務を終えた四道将軍大毘古命建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)の親子が、この地で合流したことに由来するという。会津美里町の伊佐須美神社縁起にも同様の伝承がある。

位置[編集]

東北地方の内陸盆地太平洋沿岸のほとんどを含む旧陸奥国に含まれるが、会津地方は分水嶺である奥羽山脈の西側に位置しているため、川は日本海に注ぎ、気候も日本海側気候を呈している。

面積は広大で、愛知県千葉県がすっぽり収まるほど広い。

産業[編集]

冬は豪雪地帯となるため、比較的大中規模の都市や村落では、商店街に雁木が設置されるほどであるが、一方でスキー場に多くの来客がある。逆に夏季はフェーン現象で昼間は高温となるため、会津高原裏磐梯などの高原での避暑、猪苗代湖の湖水浴が盛んとなり、アウトドア地帯として賑わう。

盆地を中心に稲作が盛んで、コシヒカリ等が栽培されていて日本有数の穀倉地帯である。盆地の周辺ではそばの生産が多く、喜多方市山都町猪苗代などに代表されるそば所もある。

地理的関係[編集]

1914年磐越西線が開通する前は、阿賀野川の舟運が下越地方新潟県北部)への交通手段として利用されていた。当時から磐越西線・磐越自動車道沿線では下越地方に、只見線沿線では中越地方(新潟県中部)へ行く会津地方民は多い。しかし、東京への交通網が西の新潟(下越地方)からではなく東の郡山中通り中部)から順に整備されたため、東京へ行くのに便利な中通り中部との交流が最も深い。

観光面では、尾瀬を共有する群馬県新潟県との協力体制が以前からあったが、国道121号を通じて米沢山形県内陸南部)や日光国立公園日光鬼怒川地域)との交流も有る。那須連峰の麓に位置する那須白河地域(栃木県北東部~中通り南部)へのルートは、2008年以前は三依で分岐する国道400号を経由するルートであった。しかし、2008年国道289号甲子峠トンネルが開通してからは、那須・白河地域とも観光ルートの形成や協力体制が作られてきている。

地形[編集]

歴史[編集]

律令制度下で陸奥国が設置され、その中のの一つとして会津郡が設置された。その後、平安時代に入ってから耶麻郡が分離され、更に大沼郡河沼郡が分離され、以後は会津郡とこれら3郡を総称して会津四郡と呼ばれることとなる。

古代[編集]

現在の会津地方は、律令体制下では陸奥国会津郡であり、当時の陸奥国は山形県内陸部や福島県中通り宮城県大河原以南といった内陸中心の国であった。この陸奥国には内陸のみならず、福島県浜通りや宮城県仙台湾沿岸といった太平洋沿岸もエリアに含まれていた。

律令体制下の会津地方は、恵日寺が勢力を持ち、寺院統治下の様相を呈していた。

鎌倉時代から天正時代まで[編集]

鎌倉時代から天正時代まで、とりわけ戦国時代の会津地方は、黒川(現在の会津若松)を本拠地とする蘆名氏の領土であった。この蘆名氏は、常陸太田(後に水戸)を本拠地とする佐竹氏と手を結んで、米沢を本拠地とする伊達氏と対立していた。やがて、蘆名氏が伊達氏に敗れると、会津地方は伊達氏の領土となった。

しかし、天正時代の豊臣政権により、伊達氏は米沢から岩出山に移転させられ、代わって会津地方は春日山から転入した上杉氏の統治下に置かれた。

会津藩と戊辰戦争[編集]

江戸時代には会津藩の領地となり、藩の殖産興業政策によりそれ以来は漆器産業等の伝統工芸が多く立地している。会津藩は、幕末には松平容保京都守護職になって孝明天皇の信任を得たものの、孝明天皇の死後は薩摩藩長州藩を中核とした明治政府軍と敵対し、戊辰戦争では白虎隊に象徴される惨劇の舞台ともなった(会津戦争)。

そして、廃藩置県を前にして、会津藩は下北半島に流刑され(斗南藩)、旧会津藩領は明治政府民政局による直轄地とされた。1871年8月29日の廃藩置県でも、旧会津藩を範囲とする若松県が成立したものの、1876年8月21日には、若松県は福島県1876年以前(中通り)や磐前県浜通り。旧磐城平藩と旧中村藩)と合体合併されて福島県に入れられ、県庁も会津地方から遠い信夫山の麓の福島市に置かれた。そして、何度か会津地方民から出された郡山への県庁の移転も却下された。奥羽越列藩同盟の磐城平と中村が、明治政府の仇敵である会津と同じ県に入れられたことから、福島県の成立は戊辰戦争の延長線上にあると見ることもできる。

福島県成立後[編集]

明治時代には、鶴岡県庄内地方)や山形県を経て転任した三島通庸が福島県令となり、自由民権運動では会津地方と中通りが「民権派vs明治政府」の舞台となった。自由民権運動下の会津地方を象徴する出来事として、会津三方道路が有名である。

豪雪地であることから、20世紀前半には、会津地方内にダム水力発電所が建設された。第二次大戦後には日本発送電の分割により、東北電力東京電力の両社が建設・保有することとなった。会津地方の水力発電所として、東北電力の宮下水力発電所、東京電力の小野川水力発電所などが代表的である。

地域[編集]

会津盆地と奥は猪苗代湖。右端は阿賀川只見川合流部付近。開削により河道変更が行われた下流狭窄部の三日月湖が残る。

観光ガイド形式に、会津地方をJR磐越西線沿線、会津鉄道会津線沿線(会津高原)、JR只見線沿線の3つのエリアに分けて、順に紹介する。冬には、積雪により付近が通行止めになる道路もあるので、注意を必要とする。

JR磐越西線沿線
磐越西線で郡山方面から入り、中山峠を越えると上戸駅付近で左手に猪苗代湖を望むことができる。夏は臨時の猪苗代湖畔駅志田浜脇に開業する(営業時期に注意)。右手前方に磐梯山が見えて来ると、そこは磐梯朝日国立公園の玄関・猪苗代町である。ここより北へ進むと北塩原村(通称:裏磐梯)があり、国道459号を通って磐梯高原の中心・剣ヶ峰を経由し、喜多方市へ抜けることもできる。線路はやがて下り坂に入り、会津盆地が右に左に見え隠れするようになると、慧日寺(えにちじ)跡がある磐梯町になる。そして次は会津若松市
会津若松では、国道49号国道121号が交差しており、古くから会津地方の中心地である。シンボルのように若松城(鶴ヶ城)がそびえ、東には白虎隊の悲劇の舞台である飯盛山を望むことができる。会津若松駅を折り返すように新潟方面に向かうと、すぐに一面田園が広がって会津盆地のヘソともいうべき湯川村になり、勝常寺がある。日橋川を渡ると喜多方ラーメンや国の重要文化財「長床」(新宮熊野神社)で有名な蔵の町・喜多方市に入っていく。ここから先、線路は阿賀野川沿いを進み、新潟県と接する西会津町の玄関・野沢駅となり、大山祇神社や、会津ころり三観音の一つ・鳥追観音(如法寺)、名勝「銚子の口」がある。
会津鉄道会津線沿線(会津高原)
西若松駅で分岐して南へ向かうと、渓谷が狭まり、芦ノ牧温泉下郷町湯野上温泉と続く。大内宿や名勝「塔のへつり」も近い。そして中心地は南会津町の旧田島町。田島では、国道121号国道289号国道352号国道400号が交差し、日光国立公園尾瀬へのアクセス点にもなっている。祭では、会津田島祇園祭が知られる。日光塩原からのアクセスも良く、新宿浅草方面からの特急列車と快速列車を利用すれば、3時間強程度である。さらにここから国道400号を北西方向に進むと「からむし織の里」昭和村があり、金山町へ抜けることができる。
JR只見線沿線
只見線に沿って行くと、まずは会津美里町会津本郷焼で有名な会津本郷駅伊佐須美神社のある会津高田駅会津ころり三観音の一つ・中田観音(弘安寺)のある根岸駅と続く。次は会津坂下町。玄関は会津坂下駅で、駅前に同町出身の春日八郎のブロンズ像がある。会津坂下は、国道49号と国道252号の分岐点でもある。線路は山に差し掛かり、会津ころり三観音の最後の一つ・立木観音(恵隆寺)がある塔寺駅を過ぎた辺りから、只見川沿いを進むようになり、ここからは奥会津と呼ばれる。
その奥会津の最初は柳津町の玄関・会津柳津駅。ここは、版画家の斎藤清美術館、福満虚空蔵尊圓蔵寺と「あわまんじゅう」が有名。次が三島町で、玄関は会津宮下駅。ここは「会津」など伝統工芸の里である。その次は金山町で、玄関は会津川口駅。すぐ脇が只見川でたいへん風光明媚、近くには火山カルデラ沼沢湖がある。最西は只見町で、国道252号国道289号が交差している。越後三山只見国定公園の入口になっているほか、日光国立公園尾瀬の福島県側のもう一つの入口である。
冬の豪雪期には、国道252号の小出寄りが不通となり、只見線が唯一の交通手段となる時もある。この豊富な只見川の雪解け水を利用して電源開発が行われており、日本屈指の奥只見ダム田子倉ダムなどがあり、水力発電所も至る所にある。さらに只見川の支流伊南川に沿って、国道289号、国道401号国道352号を遡れば、旧南郷村、旧伊南村を経由し、文字通りの秘境・檜枝岐村になる。ここは檜枝岐歌舞伎が有名で、尾瀬沼燧ヶ岳への登山口「沼山峠」がある。

広域行政圏[編集]

福島県の地域区分図
会津地方振興局管内
人口:261,955人(2010年国勢調査[1]
南会津地方振興局管内
人口:29,883人(2010年国勢調査)[1]

都市圏[編集]

一般的な都市圏の定義については「都市圏」を参照
都市雇用圏(10% 通勤圏)の変遷
  • 10% 通勤圏に入っていない自治体は、各統計年の欄で灰色かつ「-」で示す。
自治体
('80)
1980年 1990年 1995年 2000年 2005年 自治体
(現在)
広域圏
西会津町 - - - - 会津若松 都市圏 西会津町 喜多方
広域行政圏
高郷村 - - 喜多方 都市圏
6 3413人
- 喜多方市
北塩原村 喜多方 都市圏
4 5780人
喜多方 都市圏
6 0818人
喜多方 都市圏
5 9701人
北塩原村
熱塩加納村 喜多方市
喜多方市
山都町 -
塩川町 会津若松 都市圏
19 7672人
磐梯町 会津若松 都市圏
19 7213人
会津若松 都市圏
19 7316人
会津若松 都市圏
18 8686人
磐梯町 会津若松
広域行政圏
河東町 会津若松市
会津若松市
北会津村
湯川村 湯川村
会津坂下町 会津坂下町
会津高田町 会津美里町
本郷町
新鶴村
柳津町 - - 柳津町
猪苗代町 - - - - - 猪苗代町
三島町 - - - - - 三島町
金山町 - - - - - 金山町
昭和村 - - - - - 昭和村
下郷町 - - - - - 下郷町 南会津
広域行政圏
檜枝岐村 - - - - - 檜枝岐村
只見町 - - - - - 只見町
田島町 - - - - - 南会津町
舘岩村 - - - - -
伊南村 - - - - -
南郷村 - - - - -

生活圏間流動[編集]

国土交通省の「全国幹線旅客純流動調査」の生活圏間流動において、会津地方を出発地とする目的地は以下のようになっている。ただし、同調査では同じ都道府県内の生活圏へのデータがないため、それらを除く。

出発地:会津[2]
目的地 万人/年
1 新潟 88.7
2 宇都宮 70.8
3 仙台 66.2
4 那須 57.4
5 米沢 44.6
6 東京23区 34.1
7 日光 32.4
8 浦和 25.7
9 長岡 19.9
10 相模原 19.7
居住地:会津[3]
旅行先 万人/年
1 米沢 29.0
2 東京23区 20.9
3 仙台 18.6
4 新潟 7.0
5 浦和 4.7
6 船橋 4.2
7 日光 4.0
8 多摩 3.2
9 那須 2.6
10 庄内 2.5


選挙区[編集]

国政選挙では、会津地方だけで衆議院小選挙区福島県第4区)を構成する。

交通[編集]

鉄道[編集]

会津ぐるっとカード - エリア内の鉄道・バスに2日間自由に乗降できる。

主な道路[編集]


高速バス[編集]

道の駅[編集]

メディア[編集]

コミュニティ放送のFMラジオ局が2局ある。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 平成22年国勢調査速報-福島県の人口・世帯数-(福島県)
  2. ^ 207生活圏間流動データ表(年間)出発地-目的地(全交通機関、平日・休日データ利用、2005年)
  3. ^ 207生活圏間流動データ表(年間)居住地-旅行先(全交通機関、平日・休日データ利用、2005年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]