画家
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画家(がか)は、絵画を制作する者の総称である。日本画や洋画など、画風や画材・作成スタイルなどによって、様々なタイプの画家が存在する。画家たちにおける社会を画壇(がだん)ということがある。
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[編集] 概要
画家は現代においてこそ芸術家であるが、ルネサンス期やそれ以前においては、絵を請われて描くという意味で職人であった。
更に遡れば、洞窟壁画などを描いた者にたどり着くが、この壁画制作者は後世に当時の様子を伝える記録者であり、また同時に観察者でもあった。ただ壁画を描いた当時の者に観察者や記録者という意識があったわけではなく、そもそも何故彼らが絵を描くという行為を選択したかと言う部分には不明確な面が多い。その一端には原始宗教における呪術的な意味合いから、食料となる狩りの獲物を描くことでこれを安定的に得ようという意図があった場合や、死者を弔う上で葬られた者が寂しくないよう墳墓(古墳など)内部に装飾を施すとか、呪術的な力で魂を導いたり復活を願ったなどの推測が考古学の延長でなされている。そしてそういった現代での考古学者の推測や当時の壁画画家の思惑は兎も角として、それらは当時の風俗や風習、生活から気候風土などを知る重要な手掛かりとしても役立てられている。この中には落書きのような本来重要性のなさそうな壁画中にも重要な情報が見出される。
その一方、中世の社会では権力者の慰めや、あるいは宗教の威厳の象徴的な意味合いでの宗教画などが職人としての画家によって描かれていった。偶像崇拝を禁止した宗教では宗教美術としての絵画はあまり明確に発達した様子は見られないが、特に偶像崇拝を禁じなかった宗教では盛んに聖書など経典を題材とした宗教画が制作されていた歴史が見出される。この中にあって画家は、宗教家やその宗教を支持する権力者が求める絵画を描き、その意向に沿った絵画を制作しつづける限りにおいて手厚く保護されていた。
近代よりは、絵画それ自体が財産としての価値を持ちえるようになったため、次第に画家は絵を描くことで対価を得ることができるようになっていった。この中では記録としてや装飾や娯楽としての従来からある絵画の一方で、画家自身が求めるテーマで絵画が制作されることも着実に増加し、著名な画家はスポンサーという制約から脱却して自身の芸術性を追及するまでになっている。
産業革命よりは、絵画の制作に必要な画材が大量生産にもより安価に入手できるようにもなっているため、実利を伴わない趣味としての画家も着実に増加している。日曜画家(休日に絵画を趣味として描く者)も同時代に前後して登場、アンリ・ルソーやポール・ゴーギャンのように後世に名を残す者も現れている。
[編集] 歴史
ここでは絵画の製作者の器具や技法、組織の発展について述べる。
[編集] 原始時代
まだ人類が狩猟と採集のみで暮らしていた時代に、ラスコー洞窟やアルタミラ洞窟などで、非常に描写力の高い壁画が描かれていた。これは捕獲対象の鳥獣を詳細に記録し、大猟を願う意図で描かれたと推定されている。
これらは目に見えるがままの図像を得る目的のみのために描かれていたため、写真技術が発達した近代になってようやく確認された、草食獣が走るときの足の動きまで正確に描写されていた。このころは現在の高性能カメラと役割の一部を画家が果たしていた。
これらの壁画は自然の洞窟の壁面に、土や炭、血、樹液などから作った顔料で、動物の毛や枝、指などで描かれていた。

