船橋市

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船橋市
ふなばしし
日章旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
団体コード 12204-1
面積 85.64km²
総人口 597,236
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 6,970人/km²
隣接自治体 市川市習志野市白井市鎌ケ谷市
八千代市
市の木 サザンカ
市の花 ヒマワリカザグルマ
他のシンボル
船橋市役所
所在地 〒273-8501 千葉県
船橋市湊町二丁目10番25号
電話番号 047-436-2111
外部リンク 船橋市

船橋市位置図(千葉県)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
特記事項:
船橋市 紋章(1937年8月6日議決)
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)
船橋市の木・サザンカ

船橋市(ふなばしし)は、千葉県北西部に位置する都市中核市に指定されている。千葉市に次いで千葉県では人口第2位。

目次

[編集] 概要

船橋市は、千葉県の北西部に位置し、東京と、県庁所在地である千葉市のほぼ中間、共に半径20km圏域に位置する。面積は85.64km²。東京湾の最奥部に位置し、海上交通、陸上交通の要所として栄えた。県内での市制順位は千葉銚子市川に次ぐ4番目。人口は県都千葉市に続く第2位。昭和35年完成の公団住宅前原団地の進出契機に、内陸部には多くの住宅団地が開発され人口が大幅に増加した。近年は、緑地の保全などの環境面から大規模宅地開発は抑制されている。

[編集] 地理

市域の広ぼうは、東西13.86km 南北14.95km。中央部一帯は標高20-30mの平坦な洪積台地下総台地の一部である。最高所は市北部(習志野3丁目)の32.3mであり、最低所は臨海部(南海神1丁目、湊町1丁目)の0.2mとなっており、臨海部では一部海抜ゼロメートル地帯が広がる。その先の最も海寄りの臨海部は沿岸流によって形成された砂丘地帯で、海神・宮本の台地をおおい、市川から千葉へと続く。かつては遠浅の海岸であったが現在は殆ど埋め立てられ、唯一、三番瀬のみが当時の名残を見せる。

下総台地は西部を南流して海に注ぐ海老川、東北部は東流して印旛沼に注ぐ神埼川その他の小河川があり、主に海老川水系利根川水系(印旛沼 - 神崎川)の分水界を形成している。台地と砂丘の間の低地は沖積平野で、天沼・蓮沼がある。河川による樹枝状侵食谷には谷津田が営まれ、台地上は林と畑であった。現在は利便性の良い場所では、台地上下に住宅・団地が広がっている。

[編集] 地質

臨海部は埋立堆積物、本町をはじめとする南部低地の多くは、未固結堆積物で形成されている。宮本周辺の低地は、どろがち堆積物、高台は、現世砂堆積物となっている。分水界より、北部上の台地の大部分は、立川ローム層武蔵ローム層下末吉ローム層。南部の台地は、立川ローム層武蔵ローム層となっている。

[編集] 地形

[編集] 平野・丘陵

[編集] 河川

[編集] 湖・湿地

[編集] 海・海岸

[編集] 気候

[編集] 地域

JR船橋駅南口の再開発ビル「FACE」。2006年9月撮影
JR船橋駅南口の駅前通り。道路をまたぐのは京成船橋駅。2006年9月撮影
  • 南部は商業施設や工場が多く、中部は住宅地が開発されて人口が多い。北部には農地もあり、米はじめ多くの種類の農産物が栽培されている。特にニンジンや梨の栽培が有名である。
  • ラムサール条約登録運動のある三番瀬(『さんばんぜ』と読む)がある。
  • 市の中東部には、明治天皇千葉県下に最初に行幸した際の目的地となった習志野原が存在する。現在では、そのことに由来する習志野、北習志野などの地名が見られる。
  • 船橋駅からやや東より、京成電鉄大神宮下駅船橋競馬場の間に東経140度の経線が通る。国道14号線沿いには、そのことを記した標識がある。
  • 船橋市には隣接する市川市との間に市境の未確定地(どちらの市にも属していない土地:境界未確定地)がある。場所はふなばし三番瀬海浜公園近くの海岸(砂浜)。未確定分の面積は0.14km²。また、丸山地区が鎌ケ谷市に囲まれた飛地として成立した理由として、法典村が1889年(明治22年)の町村制施行時に成立した際、土地所有者が藤原在住者であった為現在の土地区分けとなる。

[編集] 地名

各記事を参照。

臨海部

南部

中央部

西部

東部

北部

[編集] 人口

船橋市と全国の年齢別人口分布図(比較) 船橋市の年齢・男女別人口分布図
紫色は船橋市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 479,439人
1985年 506,966人
1990年 533,270人
1995年 540,817人
2000年 550,074人
2005年 569,835人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

市内の人口は今のところ増加傾向にあるが、平成26年度をピークに減少すると考えられている。 また、それに伴い急激な少子高齢化が進行するとも言われている。

[編集] 市内の主な団地

[編集] 市史

[編集] 市名

船橋地名発祥の地
地名発祥の碑
  • 市名の起こりは、市成立以前の船橋町に因む。船橋地名の由来については、諸説あるが伝説では、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の折、川を渡るために船で橋を作ったのが地名の由来とされている。市内を流れる海老川(現在よりも水量、川幅があったとされ、現在は陸地であるが夏見干潟と呼ばれる大きな入り江があり、として栄えていたという)に船を並べ、その上に板を渡し橋を造った。そのような船で造られた橋の事を「船橋」と言うことから船橋となった、というのが最も有力な説である。
  • 船橋という地名が世間で言われるようになったのは鎌倉時代とされており、鎌倉時代の歴史書吾妻鏡」に『船橋』という地名が出てくる。

[編集] 沿革(概略)

本稿では大観のみ記述する。地域ごとに独自色が強いので詳細な歴史記述は、旧町村の記事を参照
  • 海老ヶ作貝塚高根木戸貝塚など規模の大きな貝塚が発見されていることから、縄文時代からかなり大きな集落が存在していたと思われる。
  • 平安時代中期の『日本三代実録』に「下総の国意富比神」とみえる。この意富比(おおい)神社が船橋大神宮の前身とされる。
  • 中世には、海老川河口の港として、交通の要地となり、また意富比神社の門前には市がたって、大変な賑わいを見せた。
  • 近世には千葉街道御成街道佐倉街道木下街道などの主要街道沿いの地域は間の宿としてとして栄えた。特に、成田山信仰が盛んとなると、成田山への参拝客の休憩地として一層発展した。
  • 近代になると、川端康成の書いた小説に『船橋は兵隊の町』と書かれている通り、間の宿に代わり、軍都習志野の近郊都市として、兵隊軍属相手の産業が発達した。また、都市部では、東京の近郊都市として近代化が進み、電気・通信・交通・医療などの各方面のインフラが整備され、花輪宮本などの海岸部には高級別荘地・高級住宅地(例:山崎別荘)がつくられた。
  • 敗戦直後、戦災を免れたうえに物資の集散地だったことから、闇市が隆盛を極め、「日本の上海」という異名をつけられたこともある。
  • 戦時中から、東京から軍事工場が疎開していたが、戦後の経済成長の中で、海岸部埋立地には、京葉工業地域が成立した。

[編集] 年表

[編集] 先史時代

[編集] 縄文から奈良時代まで

縄文時代

  • 早期 - 佐倉道南遺跡(前原)・飛ノ台貝塚(海神)などの遺跡が見られる。
  • 前期 - 西ノ台遺跡(二和西)・飯山満東遺跡(芝山)・古和田台遺跡(新高根)・法蓮寺山遺跡(藤原)・下郷後遺跡(藤原)・八栄北遺跡などの遺跡が見られる。
  • 中期 - 海老ヶ作貝塚](大穴町)・高根木戸遺跡(西習志野)・高根木戸北遺跡(西習志野)・沢之台遺跡(七林町)・中野木台遺跡(中野木町)・飯山満東遺跡(芝山)・中野木新山遺跡(中野木町)・飯山満台遺跡などの遺跡が見られる。
  • 後期 - 古作貝塚(古作町)・宮本台遺跡(東船橋)・薬園台遺跡(薬円台)・池谷津遺跡(小室)・金堀台貝塚(豊富町)などの遺跡が見られる。
  • 末期 - 金堀台貝塚(豊富町)・池谷遺跡(小室)などの遺跡が見られる。

弥生時代

  • 中期 - 法蓮寺山遺跡(藤原)などの遺跡が見られる。
  • 紀元前110年景行天皇40年) - 意富比神社が創建される。
  • 後期 - 夏見台遺跡(夏見台)・夏見大塚遺跡(夏見台)・立場遺跡(金杉)などの遺跡が見られる。

古墳時代 - 総国千葉国造印波国造の所轄となる。

  • 前期 - 西ノ台遺跡(二和西)などの遺跡が見られる。
  • 中期 - 外原遺跡(田喜野井)・柏上遺跡(八木ヶ谷)・夏見台遺跡(夏見台)などの遺跡が見られる。
  • 後期-夏見台遺跡(夏見台)・小室遺跡(小室)・海神台西遺跡(海神)・印内台遺跡(印内)

飛鳥時代 - 兵部省所管の大結馬牧が夏見付近に設置される。
奈良時代 - 印内台遺跡(印内)・夏見台遺跡(夏見台)・本郷台遺跡(西船)・海神台西遺跡(海神)などの遺跡が見られる。

[編集] 平安から戦国時代まで

平安時代

  • 前期 - 夏見台遺跡(夏見台)・夏見大塚遺跡(夏見台)・印内台遺跡(印内)・印内遺跡(印内)・本郷台遺跡(西船)・本郷台遺跡(西船)・海神大西遺跡(海神)などの遺跡が見られる。
  • 863年(貞観5年) - 『日本三代実録』に「下総国意富比神社」の名が見られる。
  • 927年(延長5年) - この年に成立した『延喜式』に「意富比神社」・「二宮神社(論社)」の名が見られる。
  • 935年(承平5年)- この年に成立した「倭名類衆抄」の郷名に「栗原郷」の名が見られる。
  • 1138年(保延4年) - 海老川流域の湊郷、夏見郷、金曾木郷、宮本郷、高根郷が伊勢神宮の御厨(夏見御厨|船橋御厨)となる。御厨内に夏見神明社豊受神社などが創建される。
  • 1186年(文治2年) - 『吾妻鏡』によれば船橋御厨が伊勢神宮の御厨から白河院領となる。

鎌倉時代

室町時代戦国時代

[編集] 桃山から江戸時代まで

桃山時代

江戸時代

  • 武田信吉の佐倉藩転封後、栗原藩を除き、主要な街道筋は天領・その他は旗本知行地として分割統治される。
  • 1614年(慶長19年) - 東金での鷹狩を目的に御成街道が整備される。船橋御殿(現・船橋東照宮近辺)がつくられる。
  • 1615年(元和元年) - 徳川家康秀忠一行が船橋御殿に宿泊、献魚の功から船橋浦が御菜浦(専用磯魚場)に指定される。
  • 1674年から1678年(延宝2年-延宝6年) - 小金牧の一部が開墾され、神保新田・前原新田・滝台新田・上山新田・藤原新田・丸山新田・行田新田の7ヵ村が新たに開村。
  • 1703年(元禄16年) - 元禄大地震によって、船橋浦の海底が変化、良好な魚場環境が失われ、漁獲量が大幅に減少。献魚から金納に転換するが御菜浦の権威が失墜し、密猟者が急増。1874年(明治7年)に永代が廃止されるまで、魚場争いが熾烈となる。
  • 1721年(享保6年) - 船橋の幕府試砲台場(現・了源寺)で、大砲の試射が行われる。
  • 1722年(享保7年) - 享保改革の一環として、丹羽正伯桐山太右衛門によって、下総小金野薬園が開設される(後の薬園台新田)。
  • 1725年(享保9年) - 第1回徳川将軍家小金原御鹿狩りが行われる(徳川吉宗)。
  • 1726年(享保11年) - 第2回徳川将軍家小金原鹿狩りが行われる(徳川吉宗)。
  • 1785年(天明5年) - 西海神浜で塩田業が本格化する。
  • 1795年(寛政7年) - 第3回徳川将軍家小金原鹿狩りが行われる(徳川家斉)。
  • 1824年(文政7年) - 船橋漁師と猫実・東宇喜田漁師が漁場で乱闘となり、船橋漁師総代が入牢され獄死する。
  • 1849年(嘉永2年) - 第4回徳川将軍家小金原鹿狩りが行われる(徳川家慶)。

[編集] 明治から大戦まで

  • 1868年(明治元年) - 戊辰戦争に伴う船橋の戦いで船橋大神宮周辺・馬込沢台・海神方面で戦闘が発生、本陣があった大神宮をはじめ船橋本町の大半が焼失した。幕府の消滅に伴い天領地が佐倉藩に編入された。
  • 1869年(明治2年) - 葛飾県が設置され、その大部分が管轄となった。
    • 10月-12月 - 東京新田の開墾事業によって、二和・三咲の集落が開村した。
  • 1871年(明治4年)- 印旛県が設置され、その管轄となった。
  • 1872年(明治5年)- 学制が頒布され、各地に尋常小学校(船橋小・宮本小・法典小・海神小・豊富小・八栄小の前身)が開校した。
  • 1873年(明治6年)4月29日 - 明治天皇が、近衛兵の大演習のため、大和田原に行幸した。(史上初めて歴代天皇が県下に来幸
  • 1881年(明治14年)八栄村・法典村・二宮町・豊富村が宮内省管轄の習志野原御猟場となり、演習場内に御猟場事務所(現・郷土資料館近辺)が設置された。(後年、1925年廃止)
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行によって、当市域に以下の町村が発足した。
海軍無線電信所
船橋町の風景(大正から昭和初期)

[編集] 市制後

[編集] 大戦後から現在まで

[編集] 船橋市が抱える主な都市問題

[編集] 土壌

旧帝国陸軍地毒ガス埋設問題

近年、旧日本陸軍軍用跡地に毒ガス弾が埋設されている可能性が関係者から浮上した。環境省財務省防衛省が調査を行っているが、現在まで健康被害は確認されていない。旧日本陸軍習志野学校跡地及び習志野演習場のある習志野市八千代市など近隣市町村にまたがる広域の不安となっている。近隣地区では、腐食した金属製の不審物には手を触れず警察に知らせるよう指導されている。[2] [3]


[編集] 行政

[編集] 行政境界の変遷

年月日 現船橋市市域に関連する行政区域変遷
1889年(明治22年)4月1日 明治憲法下による市町村制の実施により、東葛飾郡千葉郡から1町5村が発足。
  • 東葛飾郡(1町3村)船橋町、葛飾村、八栄村、塚田村
  • 千葉郡(2村)二宮村、豊富村
1937年(昭和12年)4月1日 船橋町、葛飾町、八栄村、法典村、塚田村が合併し、船橋市が誕生する。(千葉県内で4番目の市制施行、市施行時の公式告示人口43,669人。)
1953年(昭和28年)8月1日 千葉郡二宮町を編入合併。
1954年(昭和29年)4月1日 千葉郡豊富村を編入合併。
1954年(昭和29年)8月 宮本町1・2丁目地先公有水面埋立地の編入。
1955年(昭和30年)9月30日 習志野町5丁目の一部区域を習志野市に編入。
1955年(昭和30年)9月~1956年(昭和31年)8月 宮本町1・2丁目地先公有水面埋立地の編入。
1960年(昭和35年)7月 湊町4丁目及び海神町3丁目地先公有水面埋立地の編入。
1961年(昭和36年)1月 海神町南1丁目地先公有水面埋立地の編入。
1961年(昭和36年)11月 海神町南1丁目及び西浦町地先公有水面埋立地の編入。
1961年(昭和36年)12月 西浦町地先公有水面埋立地の編入。
1964年(昭和39年)7月 日の出町及び宮本町2丁目地先公有水面埋立地の編入。
1965年(昭和40年)3月 浜町及び宮本町2丁目地先公有水面埋立地の編入。
1965年(昭和40年)12月 宮本町2丁目及び若松町地先公有水面埋立地の編入。
1971年(昭和46年)1月 本町1丁目地先公有水面埋立地の編入。
1973年(昭和48年)3月 浜町2丁目、栄町及び日の出町地先公有水面埋立地の編入。
1973年(昭和48年)12月 日の出町地先公有水面埋立地の編入。
1975年(昭和50年)6月 若松2丁目、浜町2丁目、西浦3丁目及び日の出2丁目地先公有水面埋立地の編入。
1976年(昭和51年)10月 潮見町、若松町2・3丁目、高瀬町及び浜町3丁目地先公有水面埋立地の編入。
1977年(昭和52年)7月 若松2丁目及び高瀬町地先公有水面埋立地の編入。
1980年(昭和55年)9月 潮見町地先公有水面埋立地の編入。
1981年(昭和56年)12月 日の出1丁目及び湊町3丁目地先公有水面埋立地の編入。
1982年(昭和57年)9月 潮見町、浜町3丁目及び若松3丁目地先公有水面埋立地の編入。
1984年(昭和54年)3月 潮見町地先公有水面埋立地の編入。
1984年(昭和59年)9月 浜町2丁目、潮見町及び高瀬町地先公有水面埋立地の編入。
1987年(昭和62年)9月 高瀬町、潮見町地先公有水面埋立地の編入。
1989年(平成元年)7月 潮見町地先公有水面埋立地の編入。
1993年(平成5年)3月 日の出2丁目地先公有水面埋立地の編入。
1998年(平成10年)3月 浜町2丁目地先公有水面埋立地の編入。
1998年(平成10年)7月 日の出2丁目及び浜町2丁目地先公有水面埋立地の編入。

[編集] 市政

[編集] 市長

[編集] 行政組織

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[編集] 財政

  • 毎年の経常収支が健全とされるボーダーラインの80%を超えた90%台であり、財政の健全化が求められている。

[編集] 広域行政

[編集] 施設

[編集] 市の施設
  • 船橋市役所
  • 福祉・保健施設
  • 青少年施設
  • 消費者センター
  • ボランティア支援施設
  • 教育施設
  • レクリエーション施設
  • 環境施設
  • 男女共同参画施設
  • 船橋市本町駐車場
  • 船橋北口駐車場
  • 船橋市船橋南口地下駐車場

[編集] 廃止された市の施設
  • 大穴市民プール - 幼児・子供用プール、25mプール、50mプールがあったが、2007年度をもって老朽化などのために閉鎖となった。

[編集] 公安施設

[編集] 警察
  • 船橋警察署(管内は、市中央部、南部及び西部)
  • 船橋東警察署 -(管内は、市東部、北部)
  • 高速道路交通警察隊船橋分駐隊

[編集] 消防
  • 中央消防署
    • 夏見分署
    • 本郷分署
  • 東消防署
    • 前原分署
    • 芝山分署
    • 三山分署
    • 薬円台出張所
  • 北消防署
    • 行田分署
    • 三咲分署
    • 小室出張所
    • 救急ステーション
  • 船橋市消防団 - 昨今住民同士の繋がりが希薄化し消防団々員の募集に支障が出て定員を満たせていない。消防団々員の減少は地域防災力の低下を伴うため問題化している。
    • 第1方面隊
      • 第1分団
      • 第2分団
      • 第3分団
      • 第4分団
      • 第5分団
      • 第6分団
    • 第2方面隊
      • 第7分団
      • 第8分団
      • 第9分団
      • 第10分団
      • 第11分団
    • 第3方面隊
      • 第12分団
      • 第13分団
      • 第14分団
      • 第15分団
      • 第20分団
    • 第4方面隊
      • 第16分団
      • 第17分団
      • 第18分団
      • 第19分団

[編集] その他

[編集] 国の行政機関

[編集] 県の施設
  • 千葉県立船橋県民の森 - 船橋市北部の15ヘクタールに広がる森林公園。野外炉がありバーベキューも楽しむことも出来る。
  • 千葉県消費者センター
  • 船橋県税事務所
  • 千葉県中央旅券事務所葛南分室
  • 千葉県三番瀬サテライトオフィス

[編集] その他公営施設


[編集] 議会

[編集] 市議会

船橋市議会は定数50人。

  • 会派の構成
会派名 議席数
市政会(自民系) 13
公明党 10
日本共産党 8
リベラル(自民系) 3
耀(かがやき) 5
市民社会ネット(左派系) 4
新風(民主系) 4
民主党 3

[編集] 千葉県議会

船橋市1市で千葉県議会の選挙区を構成(船橋市選挙区)。定数は7

2007年4月8日の選挙の結果、自由民主党 3議席、民主党 2議席、公明党・日本共産党がそれぞれ1議席ずつという配分となった。

  • 2007年県議会議員選挙結果(船橋市選挙区)
最終投票率:41.16 %
候補者名 当落 政党 得票
石川信一 公明 27,730
堀江はつ 民主 26,682
丸山慎一 共産 24,293
田中明 民主 23,184
西尾憲一 自民 21,755
田久保尚俊 自民 19,781
矢野光正 自民 17,362
田口賢
自民 13,979
佐藤浩
無所属 9,729
山本和志
無所属 2,769

[編集] 国会議員

[編集] 産業

[編集] 第一次産業

[編集] 農業

  • 近郊農業。谷津田が少なく、平地商業地宅地化が進み、丘陵地での畑作中心となる。農産物産出額のうち、野菜・の産出額がほとんどを占める。千葉県は北海道に次いで全国第2位のにんじんの生産量を誇るが、船橋市におけるにんじんの生産量は県内第1位である。稲作については、東京近郊なこともあり、農家の高齢化と共に稲作の重労働、米価の下落により減反でなく休耕田化されるケースが増えている。

[編集] 漁業

  • 東京に「江戸前」の魚介類を供給する。海苔の養殖などが盛んで、近年、三番瀬でのりの養殖が再び始まり、「三番瀬のり」というブランド名で売り出されている。

[編集] 第二次産業

  • 食料品工業が中心で、大型食品コンビナートが形成されている。内陸部には市が造成する「船橋ハイテクパーク(豊富町~鈴身町)」がある。重化学工業は千葉港から広がる京葉工業地域の埋立地を中心に発達している。

[編集] 市内に本社のある主要企業

[編集] 市内に工場のある主要企業

[編集] 第三次産業

「県都」千葉に対し「商都」船橋との形容もあり、商業は盛んである。船橋市の産業の特徴のひとつは、時代ごとに食糧物資を主とする物資の集積地・流通地として重要な役割を果たしてきた点である。古代から中世には、戦略的な交通の要所だったことから、兵站物資の集積地・流通地として栄えた。戦国時代には、近藤万栄なる人物が船橋を拠点に活躍したことが文献に記されており、勢力争いの中で、重要な役割をになっていたことがわかる。また、大神宮に残されている文書からもそのことをうかがうことが出来る。近世には、成田参詣宿場江戸を支える重要な魚農産物の集積地・供給地として栄えた。

近代に入ると宿場町は衰退し、軍都を支える経済都市として発展。第二次世界大戦中は空襲の被害が軽微であったので、戦後の食糧不足の際には、豊かな海・農産物が集積する闇市の一大拠点として栄えた。日本の上海と呼ばれ、敗戦に消沈した空気を戦後復興に向ける役割を果たした。

高度成長期の際には、首都圏の発展のために必要な大量の働き手を収容するため、農地の多くが大規模な団地などへ転用され、食糧供給地としての影響力は低下したが、物資の集積地・流通地としての役割は強化された。船橋ヘルスセンター(1977年閉業)や中山競馬場などの娯楽施設、江戸時代以来の遊郭などの花町も発展した[5]

高度成長期以前は、旧宿場町の本町通りと船橋駅から南に延びる駅前通りが中心であったが、1967年国鉄船橋駅南口に西武百貨店1977年北口に東武百貨店が進出。ほぼ同じ頃津田沼駅周辺に相次いで大型店が進出した事から両駅周辺が中心となった。1981年には船橋ヘルスセンター跡にららぽーとがオープンし船橋商業地の第三の核となった。

ポストバブル期以降は、宅地開発に伴う郊外型店進出や工場跡地などの再開発事業によりそれら以外の比重も高まっているおり、市内のみならず東京都心や周辺地域との競争激化で旧商業地の地盤沈下が著しく、対応が求められている。

市内の主な大型店・ショッピンクセンター

公営競技

[編集] 交通

鉄道網が発達しており、9つの路線、37の駅がある。特に、都心から郊外へと伸びる東西方向への路線が多い。一方で、市内の南北を連絡する鉄道網は、あまり充実していない。市の西端にそって走るJR武蔵野線・JR京葉線(路線の一部 西船橋駅に連絡する支線)と東武野田線新京成線があるだけである。東西を結ぶ主要な道路も少なく、慢性的な交通渋滞が起こるなど、交通機関は偏在している。

[編集] 鉄道路線

[編集] 中心となる駅

  • 船橋駅 - JR快速・普通列車、東武鉄道(同名)、京成電鉄(京成船橋駅)との連絡駅
  • 京成船橋駅 - JR東日本(船橋駅)、東武鉄道(同名)との連絡駅
  • 津田沼駅 - JR快速・普通列車、新京成電鉄(新津田沼駅)との連絡駅
  • 西船橋駅 - JR総武線・武蔵野線快速・普通列車、東京地下鉄(東京メトロ)、東葉高速鉄道の連絡駅
  • 北習志野駅 - 東葉高速鉄道、新京成電鉄の連絡駅

[編集] 路線バス

[編集] 道路

高速道路有料道路
一般国道
県道

[編集] 港湾

[編集] 教育

[編集] 学校教育及び保育

[編集] 社会教育

[編集] 図書館

[編集] 公民館

市内には25の公民館があり(ほぼ1中学校区に1公民館)、各公民館で市民サークル・クラブなど様々な活動が行われている。

船橋市内の公民館一覧

[編集] 文化施設

[編集] 合唱団

[編集] スポーツ施設

「あせ一平」「風さやか」のキャラクターで生涯スポーツを推進している船橋市には、様々なスポーツ施設がある。主なスポーツ施設は次の通り。

上記の他にも、市立小中学校の体育施設やナイター設備を利用することが出来る。また、夏休み期間中に限り、市立小学校・養護学校のプールを無料開放している。

[編集] そのほかの施設

[編集] 姉妹・友好都市

[編集] 観光(名所・文化財など)

[編集] 名所

[編集] 遺跡・文化財

[編集] 城址跡

[編集] 文化財

[編集] 祭礼・行事

[編集] 市内の主なの祭礼・祭り

[編集] 秋の祭礼

神楽 - 獅子の舞われる祭礼
  • 高根 - 神明神社 10/15
  • 高根 - 秋葉神社 10/24
  • 下飯山満 - 神明神社 10/18
  • 上飯山満 - 大宮神社 10/23

その他の祭礼(地区名及び字)

  • 印内 - 春日神社 10/14~10/15
  • 印内 - 八坂神社 10/22~10/23
  • 後貝塚 - 熱田神社 10/9
  • 大穴 - 神明神社 10/7
  • 小栗原 - 稲荷神社 10/18~10/19
  • 小野田 - 安房神社 10/17
  • 海神 - 日枝神社 9月第2日曜(3年毎)
  • 金杉 - 神明社 10/18~10/20
  • 金掘 - 日枝神社 10/19
  • 上飯山満(本郷) - 王子神社 10/9
  • 上山 - 神明社 10/17~10/18
  • 行田 - 諏訪稲荷神社 10/23
  • 楠が山 - 湯殿神社 10/7
  • 古作 - 熊野神社 10/29
  • 小室 - 八幡神社 9/15
  • 鈴身 - 鈴身神社 10/29
  • 大神保 - 白幡神社 10/20
  • 滝台 - 八幡神社 10/15
  • 田喜野井 - 子神社 10/19
  • 坪井 - 子安神社 10/6~10/7
  • 寺内 - 妙見神社 10/8~10/9
  • 東方 - 神明神社 10/20
  • 中野木 - 八坂神社 10/18
  • 七林 - 金比羅神社 10/19
  • 西海神 - 龍神社(芋祭り) 10/3~10/4
  • 西夏見 - 日枝神社 10/8~10/10
  • 東町(七熊) - 意冨比神社 10/18~10/19
  • 東夏見 - 稲荷神社 10/18~10/20
  • 東船橋(原宿) - 天神社 10/19~10/20
  • 二子 - 羽黒神社 10/9~10/10
  • 二和 - 星影神社 10/18~10/20
  • 藤原 - 神明社 10/17~10/18
  • 本郷 - 葛飾神社 10/14~10/15
  • 氷ヶ崎 - 意冨比神社 10/29
  • 前原 - 御嶽神社 10/19
  • 馬込 - 天満宮 10/25
  • 三咲 - 三咲神社 10/15
  • 南三咲 - 浅間宮 10/15
  • 本中山(兵庫新田) - 高石神社 10/18~10/19
  • 薬円台 - 神明神社 10/14~10/15

[編集] 冬の祭礼

  • 三山 - 大火揚(二宮神社) 旧暦11/13
  • 市内全域 - しまいエビス 11/20または12/20
  • 市内全域 - 川浸り餅 12/1
  • 宮本 - 茜の市(船橋大神宮(意富比神社)境内の大鳥神社) 12月茜の日
  • 本町及び海神 - ジャランコ 12月~3月
  • 中野木 - 中野木の辻切り 毎年2月最初の午の日

[編集] 船橋市の人物

[編集] 著名な出身者

公人
学者
起業家
芸術家
音楽家
芸能人

[編集] スポーツ選手

オリンピック関係
野球
大相撲
バスケットボール
格闘
競馬
ゴルフ

[編集] 歴史上の人物

その他の人物

[編集] ゆかりのある著名人

[編集] 主な名産品

[編集] 船橋市を舞台とする作品(小説・映画・漫画・アニメ等)

[編集] 現代作品

[編集] 参考書籍・資料

千葉県区分

自然-千葉県史料研究財団『千葉県の自然誌 全12巻』
  • 県史関係
全般-千葉県史料研究財団『千葉県史 全1-51巻』
全般-石井進・宇野俊一『千葉県の歴史』山川出版社・2000年
近代千葉県歴史教育者協議会編『千葉県の戦争遺跡をあるく戦跡ガイド&マップ』国書刊行会2004年
  • 産業関係
鉄道-千葉県企画部交通計画課『千葉県の鉄道史』・1980年
鉄道-千葉県鉄道管理局『千葉県鉄道管理局史』
鉄道-千葉県鉄道網整『県内鉄道のすがた』
鉄道-塚本庸『総武鐵道物語』
鉄道-京成電鉄『京成電鉄五十五年史』
鉄道-京成電鉄『京成電鉄85年の歩み』
鉄道-新京成電鉄『新京成電鉄五十年史』・1997年
鉄道-新京成電鉄創立30周年記念(ダイヤモンド社編)

船橋市区分

案内-船橋市『ガイドマップふなばし』
都市-船橋市企画部企画調整課(編)『船橋市総合計画 基本構想・基本計画-生き生きとしたふれあいの都市・ふなばし-』2000年10月
自然-船橋市環境部環境保全課(編)『船橋市内環境調査報告書/船橋環境システムCD-ROM』2002年3月発行
自然-大野景徳『千葉県八千代市植物目録(印旛水系域)』1982年8月20日
  • 市史関係
全般-船橋市史編さん委員会,『船橋市史』
全般-『船橋の歴史』
中世-船橋郷土資料館,『中世の船橋~掘る・読む・訪ねる~』,2002年発行
近代-河口洋一,『船橋市5千一人の群像-明治から平成 まちの歩みと人』,2005年初版
近代-郷土出版社,祝市制施行70周年~船橋の100年~, 平成19年2月5日
近代-神尾武則,『船橋市史研究2-船橋市における行政区域の変遷』,1987年発行
近代-船橋市郷土資料館, 絵はがき写真に残された明治~大正~昭和-, 平成17年3月23日
地名-船橋市史談会,『ふるさとの地名(改訂版)-船橋市の地名を探る-』,2002年
地名-滝口昭二『船橋小字地図』,1994年6月
文化-船橋市教育委員会文化課、『船橋市の文化財』,2003年3月
文化-船橋市郷土資料館『神楽面-船橋市郷土資料図録-』、1984年3月30日発行
文化-船橋市教育委員会『船橋市の天道念仏』

大字区分

  • 町会・自治会関係
  • 町史関係

[編集] その他

  • 世帯数 24万4503世帯(住基台帳 2007年9月1日
  • 外国人登録人口 9346人(2004年12月1日)
  • 市外局番は市内全域で「047」であるが、船橋MAの区域(047- 4XX,75X〜77X)と市川MAの区域(047- 3XX,70X〜72X)[7]という、2つの通話料金計算の元となる通話区域単位が存在する。市川MAに属するのは武蔵野線より西方、西船橋駅・下総中山駅・船橋法典駅周辺の一部である。またお互いの通話は船橋市内にもかかわらず、「市内」ではなく「隣接」扱いとなる。
  • 1993年7月15日ららぽーと隣接地に屋内型人工雪スキー場「ららぽーとスキードームSSAWS(ザウス)」が開業したが、営業収支は黒字だったものの建設費償還費が上回るなど経営が上向かず、2003年9月で閉鎖、2004年までに解体された。
  • 温泉をうたう入浴施設が点在している。その多くは泉質不明の銭湯であるが、玉川旅館の「湊温泉」のみ唯一の温泉法の温泉(メタ珪酸・メタ硼酸)として知られる。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 脚注

  1. ^ 昭和44年と昭和45年の船橋市内における地盤沈下量は、最大で24.3cm、及び24.1cmと激しい沈下量を示している。近年沈下量は鈍化傾向にあり平成17年の最大沈下量は0.80cmである。
  2. ^ 防衛省:習志野演習場に係る旧軍毒ガス弾等の環境調査について
  3. ^ 千葉習志野事案
  4. ^ 一方で、ラスパイレス指数が、地方公務員の給与水準を示す基準としては不適切であり、近年は、国の給与水準の方が地方よりも高い傾向であると指摘する総務省の見解もある(平成20年9月6日現在)。 ソース:http://www.soumu.go.jp/iken/kyuyo.html
  5. ^ 『船橋市5千一人の群像-明治から平成 まちの歩みと人』河口洋一著 船橋市民新聞社(2005年)
  6. ^ “葛南港区の施設のご案内・船橋ボートパークについて”. 葛南港湾事務所(千葉県県土整備部の出先機関)(). http://www.pref.chiba.lg.jp/kendo/katsunan/katsunankowan/facility/bpark.html. 
  7. ^NTT東日本 単位料金区域別市外局番等一覧表 04から始まる市外局番」(PDFファイル)、NTT東日本