筑波山

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筑波山
Mt.Tsukuba.jpg
筑波山(2006年10月)
標高 877 m
所在地 日本の旗 日本茨城県つくば市
位置 北緯36度13分31秒
東経140度06分24秒
山系 八溝山地
種類 堅牢残丘
筑波山の位置
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歌川広重名所江戸百景』より。広重は、江戸の街からの地平線を描く場合に、西方なら富士山、北や北東なら筑波山を描くことが多かった。

筑波山(つくばさん)は、関東地方東部の茨城県つくば市北端にある標高877mの。西側の男体山(標高871m)と東側の女体山(標高877m)からなる。雅称は紫峰(しほう)。筑波嶺(つくばね)ともいう。

概要[編集]

富士山と対比して「西の富士、東の筑波」と称される。茨城県の県西地方からの眺めが美しいとされる[1]。全域が水郷筑波国定公園に指定された保護エリアであり、中腹から山頂付近は特別保護地区(自然公園法)に指定され、樹木および木竹以外の植物の損傷・植栽、動植物の捕獲・採取、たき火などの行為が禁止される。『万葉集』にも詠まれ、日本百名山日本百景の一つとされる。百名山では最も標高が低く、開聞岳(標高924m)とともに1000m未満の山。独立峰にみえるが、実際には八溝山地最南端の筑波山塊に位置する[2]火山と誤解されることもあるが[3]、実際には火山ではなく、隆起した深成岩花崗岩)が風雨で削られて形成されたとされる。なお、山頂部分は斑れい岩からなる。

筑波山は石岡市および桜川市にもまたがる。男体山・女体山山頂には筑波山神社本殿があり、山腹には拝殿がある。『常陸国風土記』には筑波山の神が登場する。筑波山神社拝殿には坂東三十三箇所25番札所の筑波山大御堂(中禅寺)が隣接する。筑波山は,ガマの油売りの口上などでも知られる。山中には巨石、奇石、名石、が、数多く散在し、それぞれに名前がつけられ、多くの伝説を生み、それらに対する信仰が今日でも受け継がれ、山そのものが御神域として崇められている。開山以来、結界が張られており、明治、戦後の一時期荒れた時代もあったが、現在でも霊山であり山の万物が御神体とされている。

関東平野を一望するロケーションの良さからアマチュア無線用中継局筑波山レピータもある。関東平野の北東部にあることと、同平野では希有な独立峰的な山であることから、気象観測無線通信の上でも重要な拠点とされ、山頂付近には数多くのアンテナが存在する。筑波山からは富士山の美しい景観を眺められるため、2005年関東の富士見百景に選定された。2007年日本の地質百選に選定。

真珠湾攻撃の際、南雲中将の第一航空艦隊に"真珠湾を攻撃せよ"を命じる隠語は「ニイタカヤマノボレ」であったが、"直ちに帰投せよ"を表す隠語は「ツクバヤマハレ」であった。


歌垣と『万葉集』[編集]

筑波山は古来より農閑期の行事として大規模な歌垣が行われ、近隣から多数の男女が集まって歌を交わし、舞い、踊り、性交を楽しむ習慣があった。これは今年の豊穣を喜び祝い、来る年の豊穣を祈る意味があった。

常陸国風土記には、筑波山における歌垣について、富士山との比較で次のような話を載せている。 諸国をめぐり歩く神祖尊(みおやのみこと)が、新嘗の日に富士山を訪ねた。ところが富士の神は新嘗祭で忙しいからと一夜の宿を断った。神祖尊は嘆き恨んで、「この山は生涯冬も夏も雪が降り積もって寒く、人が登れず、飲食を供える者もなくしよう」といい、今度は常陸の筑波山に行き宿を乞うた。筑波山は新嘗祭にもかかわらず、快く宿を供し、飲食を奉った。喜んだ神祖尊は、「・・・・・天地(あめつち)とひとしく 月日と共同(とも)に 人民(たみぐさ)集い賀(よろこ)び 飲食(みけみき)豊かに 代々(よよ)絶ゆることなく 日々に弥(いや)栄え 千秋万歳(ちあきよろずよ) たのしみ窮(きわま)らじ」と歌った。それから富士山はいつも雪に覆われて登る人もなく、筑波山は昼も夜も人が集い、歌い飲食をするようになったという。『常陸国風土記』の成立は養老年間(717 - 24)だが、このころすでに筑波山に男女が集う嬥歌(かがい・歌垣(うたがき))の場であったことがわかる。

『万葉集』第9巻1759番収録の高橋虫麻呂作の歌には、

鷲の棲む 筑波の山の 裳羽服津(もはきつ)の その津の上に
率(あども)ひて 未通女(をとめ)壮士(をとこ)の 行き集ひ
かがふかがひに
人妻に 吾(あ)も交はらむ わが妻に 人も言問へ
この山を 領(うしは)く神の 昔より 禁(いさ)めぬわざぞ
今日のみは めぐしもな見そ 言(こと)も咎むな
(現代語訳)
鷲の棲む筑波山の裳羽服津の津のほとりに、
男女が誘い合い集まって、舞い踊るこの歌垣(かがい)では、
人妻に、私も性交しよう。我が妻に、人も言い寄ってこい。
この山の神が昔から許していることなのだ。
今日だけは目串(めぐし、不信の思いで他人を突き刺すように見ること)はよせよ、 咎めるなよ

と、歌垣への期待で興奮する気持ちが素直にのびのびと詠われる。

山名の由来[編集]

由来については異説が多い。

最も古い説は常陸国風土記にある、筑箪命(つくはのみこと)という人物に由来するというもの。同書によれば、筑波周辺は紀国(きのくに)と呼ばれていたが、美麻貴天皇(みまきのすめらみこと。崇神天皇。)の治世に、国造に任命された采女臣氏の友属(ともがら)の筑箪命が、「我が名を国につけて、後世に伝えたい」と筑波に改称したという。同書はまた、筑波が俗に「握飯筑波」とも呼ばれたと記している[4]

崇神年間は伝説時代であり、常陸国風土記の記述が史実とは考えにくい。より学術的な考証は、以下のとおり。

  • 縄文海進により、縄文時代の筑波山周辺には波が打ち寄せていたと考えられ、「波が寄せる場」すなわち「着く波」(つくば)となった[5]
  • 縄文時代の筑波山周辺は海であり、筑波山は波を防ぐ堤防の役割を果たしたため「築坡」(つきば)と呼ばれ、のちに筑波となった[5]。 
  • 「つく」は「尽く」で「」を意味し、「ば」は「端」を意味する[6]
  • 新たに開発して築いた土地として、「つくば」は「築地」ないし「佃地」を意味する[7]
  • 「つく」は「斎く」(いつく、神を崇め祀る)あるいは「突く」(つく、突き出す)であり、「ば」は「山」を意味する[8]
  • 「平野の中に独立してある峰」の意の「独坡」にちなむ[9]
  • アイヌ語tuk-pa(とがった頭)またはtukupa(刻み目)にちなむ[9]
  • 歌垣の習慣にちなみ、マオリ語tuku-pa(交際を許される)に由来する[10]

筑波山梅林[編集]

満開時

中腹(標高250m付近)につくば市営の梅林がある。白梅、紅梅などの約30種、3,000本程のが約4.5haの園内に植えられており、「木道」や「あずまや」が整備されている。早咲きのものは1月下旬から見頃となり、最盛期には筑波石の巨岩と満開の梅とが独特の風景をなす。また、好天時には富士山や東京高層ビルを臨める。

毎年2月中旬から3月中旬に開催の「筑波山梅まつり」では、ガマの油売り口上、甘酒・梅のサービス、茶会などが催される。

筑波山のみかん[編集]

標高140m付近ではミカンが栽培される[11]ウンシュウミカンナツミカンも栽培されるが、在来種の「筑波みかん」または「福来みかん」(ふくれみかん)と呼ばれる、直径2 - 3cmの小型みかんが栽培されている[11][12]。ふくれみかんは果皮が薄く、種子が大きい[12]

冬季の寒さが厳しい山腹でミカン栽培を可能にしたのは、山の中腹にあって山麓よりも気温が高い「斜面温暖帯(Thermal belt)」[13]の存在である[14]。筑波山の標高170 - 270m付近には山麓より気温が3、4℃高い斜面温暖帯が分布し[14]、これによりミカン栽培の条件がかろうじて満たされる[14]1980年代頃には観光ミカン園が出現した[15]

日本で斜面温暖帯を農業に利用する事例としては、ほかに静岡県栽培がある[13]

筑波山とあんパン[編集]

日本人で初のパン屋を開業した木村安兵衛は、牛久市の出身である。安兵衛と山岡鉄舟(初代の茨城県知事)は、剣術を通じて知り合ったらしい。江戸へ出て来たばかりの安兵衛と徳川慶喜将軍のお供でしばしば水戸藩に出かけていた山岡鉄舟との出会う。明治7年、木村親子に山岡鉄舟あんパンを試食をさせられると、味の良さに感心し「陛下にも召し上がっていただこう」と、思いついた。木村親子の努力を暖かい目で見守り、明治8年4月4日、隅田川沿いの水戸藩下屋敷で花見行幸の際、献上用に相応しい桜の花の塩漬けを載せた桜あんぱんを安兵衛が考案し明治天皇に献上された。両陛下も大いに賞賛され『引き続き納めるように』とのお言葉があったと伝えられている。 山岡鉄舟は木村親子の成長が嬉しく、この年「木村家」の看板を書いて贈っている。現在の銀座本店入口に掲げられているが、本物は関東大震災で焼失している。 現在、発酵に欠かせない木村屋總本店が使用している酵母菌は、筑波山にて採取した酒種酵母である。

酒種酵母採取は、澄んだ空気の中から、酵母菌を自然採取するという困難な作業である。

筑波山の中腹の岩陰が、降ってくる酵母菌を受けとめるのにふさわしい場所として選ばれた。飯を盛った皿で酵母菌を受け終えるまでに、およそ二時間かかる。 近年、環境の変化から筑波山での新たな酵母採取は困難になっている。

アクセス[編集]

つくばエクスプレス

1987年筑波鉄道筑波線廃止以降、筑波山への公共交通機関によるアクセスは著しく後退・悪化したが、2005年首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスの開業と同時につくば駅前からのシャトルバスの運行が開始され、公共交通機関によるアクセスの利便性は回復・向上した。

2006年4月1日には、「つくバス」北部シャトル開業、筑波山神社入口・つつじヶ丘方面の路線バス増便により、山麓の筑波山口バスターミナル乗り換えでのアクセス利便性も向上している。

紅葉などのシーズンには道路の渋滞が著しく、バスの定時運行に支障が出ている。バス等の定時性確保のために、パークアンドライドなどが期間限定で実施される。

つくば駅から直行[編集]

筑波山シャトルバス

つくばエクスプレスつくば駅下車。駅から地上に出てつくばセンターバスターミナルから筑波山シャトルバス(方向幕は「直行 筑波山」)に乗車し「筑波山神社入口」(約40分)、「つつじヶ丘」(約50分)下車。2006年7月16日より増便され、乗客の多い時間帯は、平日60分間隔、土曜・休日30分間隔で運行される。途中停留所はなく、筑波山へ直行し、列車・バス共に本数が多いメインルートである。

筑波山口バスターミナルまで[編集]

  • つくばエクスプレスつくば駅下車。つくばセンターバスターミナルからつくバス北部シャトル「筑波山口行き」に乗車し、「筑波山口」下車(約43分、つくばエクスプレス快速列車に接続)。
  • JR常磐線土浦駅下車。駅西口から関東鉄道バス「筑波山口行き」に乗車し、「筑波山口」下車(約50分)。かつてのメインルートの一つであり、廃線となった筑波鉄道の代替役であった。

筑波山口バスターミナルから[編集]

  • 関東鉄道「筑波山神社入口行き」または「つつじヶ丘行き」(筑波山神社入口経由)が運行されたが、2011年4月に廃止。代替として、シャトルバスを沼田停留所に停車させ、クローズドドアシステムも廃止して、つくバス北部シャトル・土浦駅からの乗り継ぎ利用者、および「筑波山神社入口 - つつじヶ丘」のみの利用客への利便を確保している。
  • つくタクを利用。こちらも、2011年4月まではつくバス地域循環[1コース]の筑波山神社方面行きとして運行された。

つくば周遊巡回バス[編集]

2006年11月中は、秋の紅葉シーズンであるため、つくば駅や土浦駅を発着する「つくば周遊巡回バス」(土日運行、乗り放題大人1500円、小人750円、週末の2日間有効)が運行された。筑波山のほか周辺の真壁(桜川市)の町並み、茨城県フラワーパーク(バラが有名)、やさと温泉「ゆりの郷」、常陸風土記の丘(石岡市)、小町の里(そば打ち)、果樹園、霞ヶ浦湖畔などの周遊が可能。また、この期間中、道路の渋滞対策として、1000台近い臨時駐車場パークアンドバスライドなどが実施された。

登山[編集]

筑波山ケーブルカー
筑波山ロープウェイ
筑波山の登山コース
コース 経路 所要時間
上り/下り[16]


御幸ケ原コース 筑波山神社拝殿 - 御幸ケ原 約90分/約70分
白雲橋コース 筑波山神社拝殿 - 女体山 約110分/約80分
おたつ石コース
(白雲橋コース経由)
つつじヶ丘 - 弁慶茶屋 約40分/約35分
弁慶茶屋 - 女体山 約40分/約35分
迎場コース
(白雲橋コース経由)
筑波山神社拝殿 - 酒迎場分岐 約20分/約15分
酒迎場分岐 - つつじヶ丘 約40分/約35分
筑波山ケーブルカー 宮脇駅 - 筑波山頂駅 約8分
筑波山ロープウェイ つつじヶ丘駅 - 女体山駅 約6分
女体山駅 - 女体山 約10分


深峰遊歩道
(旧ユースホステルコース)
ユースホステル跡地 - 御幸ケ原 約40分/約35分
薬王院コース 薬王院 - 男体山
キャンプ場・女体山コース 筑波高原キャンプ場 - 女体山
東筑波ハイキングコース 国民宿舎つくばね - つつじヶ丘

山頂連絡路 御幸ケ原 - 男体山 約15分
御幸ケ原 - 女体山 約15分
筑波山自然研究路 男体山山頂周回路 約15分


注意:水郷筑波国定公園の鳥獣保護区及び特別保護地区であり指定登山道以外への立ち入りは市、県、地権者、警察署等の協議により禁止されている。

ケーブルカー[編集]

筑波山神社拝殿横の宮脇駅より山頂近くの御幸ヶ原まで筑波山鋼索鉄道線(筑波山ケーブルカー)が運行される。宮脇駅は関東鉄道などの「筑波山神社入口」バス停下車、徒歩(門前町を通り抜ける)。宮脇駅に近い「筑波山神社前」への一般路線バス乗り入れの廃止により、路線バスとケーブルカーの乗り換えは、歩く距離が廃止前より200mほど長い。乗り換えのための徒歩経路には坂道や階段があり、乗り換えに最低15分 - 20分以上必要(途中には土産物店、そば店などの店、神社拝殿があり、この経路も観光・参詣の一環である)。

ロープウェイ[編集]

つつじヶ丘駅より女体山山頂まで筑波山ロープウェイが運行される。つつじヶ丘駅は関東鉄道などの「つつじヶ丘」バス停前である。

観光コースの例[編集]

  • つくば駅→(筑波山シャトルバス)→つつじヶ丘→(ロープウェイ)→女体山→(歩き)→御幸ケ原(展望台)・山頂駅→(ケーブルカー)→宮脇駅→(門前町を歩く)→筑波山神社入口バス停→(筑波山シャトルバス)→つくば駅

登山道[編集]

登山道は通称で正確には歩道であり参拝のための参道である。許可された一般の参道(以下、指定登山道)は全部で7つあるが、標高が低い割に危険な箇所もある。130ほど自然研究路の東屋に集まる登山マニアや悪質なブロガーが切り開いた違法な「ルート」があり、「ここから先は登山道ではありません」「これより入山禁止」と警告する立て札などがあるが、盗難されたり岩陰に隠されたりする事件が多発している。身動きできなくなった登山客が携帯電話で救助を求める事故が頻発。平成25年、8月には不法侵入常習登山客による違法ルートの誘導が原因で登山客が遭難し捜索に6時間以上かかった事故が発生。指定登山道以外への立ち入りは市、県、地権者、警察署等の協議により禁止されている。(刑法の器物損壊、軽犯罪法、森林法、自然公園法違反の疑いがある)JR水戸線岩瀬駅よりスタートし、御嶽山雨引山燕山加波山丸山足尾山きのこ山弁天山筑波山の順に筑波連山を縦走する登山者も多い。この縦走路は関東ふれあいの道の茨城県コースNo.7 - 11である[17][18]

主な指定登山道は以下の通り。

  • 御幸ヶ原コース
筑波山神社の西側からケーブルカーの筑波山頂駅までほぼ直登するコース。高低差があり勾配はやや急。途中でケーブルカーのすれ違いが見られることがある。男女川の水源もある。
所要時間:登り90分/下り60分
距離:約2.5km
標高差:約610m
  • 白雲橋コース
筑波山神社の東側から女体山側へ登るコース。山頂近くでは「弁慶の七戻り」「高天原」「胎内くぐり」「出船入船」などの奇岩、巨岩が見られる。急勾配や岩場もやや多い。
所要時間:登り110分/下り95分
距離:約2.8km
標高差:約610m
  • 迎場コース
つつじヶ丘から白雲橋コースの麓近く、酒迎場分岐まで行くコース。岩場が少なく、また標高差もそれほどない比較的楽なコース。
所要時間:登り40分/下り35分
距離:約1.6km
標高差:約190m
  • おたつ石コース
つつじヶ丘から尾根伝いに登り、白雲橋コースと弁慶茶屋で合流する短いコース。筑波山ロープウェイのルートに沿っており木々の間からゴンドラが見える。つつじヶ丘側は木が少なく見晴らしがよい。
所要時間:登り40分/下り35分
距離:約1.0km
標高差:約200m
  • 深峰遊歩道
「ユースホステルコース」と呼ばれたが、中腹にあった筑波山ユースホステルは廃業して解体されたために森林管理署図版ではこの名称を用いる。「旧ユースホステルコース」とも記載される。関東ふれあいの道の茨城県コースのNo.10「筑波山頂めぐりの道」のコースの一部でもある。登山道は整備されていて幅も広く、登りやすい。
所要時間:登り40分/下り35分
距離:約1.2km
  • 薬王院コース
西側の薬王院と男体山の自然研究路をつなぐ長いコース。途中、つづら折りの階段がある。
距離:約2.5km
  • キャンプ場・女体山コース
北側の筑波高原キャンプ場から女体山へ登るコース。利用者が少なく、道が一部整備されていない箇所がある。

山頂付近[編集]

御幸ヶ原[編集]

男体山と女体山の間の男体山寄りにある開けた場所で、ケーブルカーの筑波山頂駅がある。駅の横には2階と屋上が回転するコマ展望台(2階がいわゆる回転レストラン)があり、売店・食堂も並ぶ。登山道の御幸ヶ原コースの終点でもある。[17][18]

  • 山頂連絡路
男体山頂から御幸ヶ原を経て女体山頂までの登山道。御幸ヶ原からは男体山側へ登るほうが距離が短いが、やや急になっている。御幸ヶ原から女体山方面へ向かうと、かたくりの里(カタクリ群生地)、せきれい茶屋、ガマ石を経てロープウェイの女体山駅のすぐ上を通り、女体山頂へつながっている。
所要時間:御幸ヶ原から男体山頂・女体山頂までどちらも15分
距離:御幸ヶ原 - 男体山頂:300m、御幸ヶ原 - 女体山頂:550m
  • 自然研究路
御幸ヶ原からスタートして男体山頂を見ながら一周するように設けられている。途中の展望台では関東平野が一望できる。多少の標高差がある。
所要時間:60分
距離:約1.5km
標高差:約70m

その他[編集]

オリエンテーリングパーマネントコースも整備されている。

筑波山写真集[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『世界大百科事典』(平凡社 2007年)の「茨城県」の項より
  2. ^ かつては阿武隈高地にも含められていたが、現在では別の山系とされる(参考文献:東京大学出版会『日本の地形4 関東・伊豆小笠原』4ページ 貝塚爽平ほか編、2000年発行)。
  3. ^ 川辺禎久"筑波山 - 火山学者に聞いてみよう -トピック編-"日本火山学会(2011年8月5日閲覧。)
  4. ^ 武田, 祐吉, ed. (1937), 風土記, 岩波書店, p. 49, ISBN 4-00-300031-5 
  5. ^ a b 鈴木(1994):111ページ
  6. ^ 鈴木(1994):108ページ
  7. ^ 鈴木(1994):108 - 109ページ
  8. ^ 鈴木(1994):109ページ
  9. ^ a b 鈴木(1994):110ページ
  10. ^ 相模原郷土の歴史研究会"縄文人がつけた古い地名〜相模原市"(2012年4月14日閲覧。)
  11. ^ a b 関口(1983):167ページ
  12. ^ a b 学園都市の自然と親しむ会 編(1992):80ページ
  13. ^ a b 千葉大学環境リモートセンシング研究センター近藤研究室"斜面温暖帯"(2011年8月5日閲覧。)
  14. ^ a b c 筑波大学大気科学分野植田宏昭研究室"筑波山のふもとでみかん狩り「酒寄観光みかん園」"(2011年8月5日閲覧。)
  15. ^ 関口(1983):168ページ
  16. ^ 筑波山神社:登山案内。2013年11月22日閲覧。
  17. ^ a b 筑波山登山コース | 筑波山ケーブルカー&ロープウェイ
  18. ^ a b 筑波山の登山コース つくば新聞

参考文献[編集]

  • 学園都市の自然と親しむ会 編『筑波山 つくばの自然誌 I』STEP、1992年5月20日、150pp. ISBN 4-915834-12-3
  • 鈴木健『恋瀬川物語 ―川の名を源流に溯る』ふるさと文庫別冊3、筑波書林、122pp. ISBN 4-900725-09-9
  • 関口武『気象と文化』東洋経済新報社、昭和58年11月4日、290pp.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

関東鉄道・関鉄グリーンバス・関鉄パープルバス
売店情報も。
音声あり
つくばエクスプレスの駅発
筑波山周辺の観光名所
筑波山および周辺の山を登る国際ハイキングクラブ