八街市
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[編集] 概要
落花生の町として全国的に知られている。近年では東京や千葉市のベッドタウンとして急速に宅地化しているが、ライフラインや道路などのインフラ整備が追いついておらず、JR八街駅周辺では慢性的な渋滞が起きている。
[編集] 地理
千葉県のほぼ中央に位置し、東京都心から約50km圏内、成田国際空港へは約10km圏内に位置する。
[編集] 人口
| 八街市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 八街市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は八街市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 隣接する自治体
[編集] 歴史
- 八街(やちまた)の由来は、明治の初期、新政府の政策により徳川幕府の放牧地であった小金牧・佐倉牧の開墾に際し開墾局が開庁した。明治2年5月25日(1869年7月4日)に開墾着手の順序によって命名された字名が始まりとされている。
これらの字名は
- 初富(はつとみ) 現在鎌ケ谷市の一部
- 二和(ふたわ)・三咲(みさき) 現在船橋市の一部
- 豊四季(とよしき) 現在柏市の一部
- 五香(ごこう)・六実(むつみ) 現在松戸市の一部
- 七栄(ななえ) 現在富里市の一部
- 八街(やちまた) 現在八街市
- 九美上(くみあげ) 現在香取市の一部
- 十倉(とくら) 現在富里市の一部
- 十余一(とよいち) 現在白井市の一部
- 十余二(とよふた) 現在柏市の一部
- 十余三(とよみ) 現在成田市、香取郡多古町の一部
で、明治5年11月2日(1872年12月2日)にそれぞれの村が誕生した(九美上は1876年(明治9年)10月23日)。
- 明治5年11月2日(1872年12月2日) 印旛郡八街村が誕生する。
- 1889年(明治22年)4月1日 4村(文違、榎戸新田、大関新田、雁丸新田)を八街村に合併。
- 1919年(大正8年)1月1日 八街村が町制施行により八街町となる。
- 1954年(昭和29年)10月31日 山武郡日向村(現在の山武市)のうち大木、木原地区の一部を八街町に編入。
- 1954年(昭和29年)11月1日 隣の川上村と合併し、新・八街町となる(新設合併)。
- 1956年(昭和31年)4月1日 山武町沖渡の一部を八街町に編入。
- 1992年(平成4年)4月1日 1990年(平成2年)10月の国勢調査で市制規定人口の5万人を越えた為、市制施行。人口54,756人の八街市が誕生(千葉県で30番目の市制施行)。
[編集] 行政
[編集] 歴代市長
- 初代 原口 行光 (~1994年12月10日)
- 2代-5代 長谷川 健一(1994年(平成6年)12月11日 - )現在4期目、現職
[編集] 産業
[編集] 主な小売店業
※書店
[編集] 教育
[編集] 小学校
- 八街市立川上小学校
- 八街市立交進小学校
- 八街市立笹引小学校
- 八街市立朝陽小学校
- 八街市立実住小学校
- 八街市立八街北小学校
- 八街市立八街東小学校
- 八街市立二州小学校
- 八街市立二州小学校沖分校
[編集] 中学校
- 八街市立八街中学校
- 八街市立八街北中学校
- 八街市立八街中央中学校
- 八街市立八街南中学校
[編集] 高等学校
[編集] 図書館
[編集] 交通
JR総武本線では列車の本数が若干増加しているが、路線バスは市南部、東金方面へ向かうものを中心に廃止、減便されている。
[編集] 鉄道と駅
※路線バスは北口が出来てから京成成田駅行きが北口へ乗り場変更。そのほかは路線短縮(他の駅に行っていたものを市内循環に変更)などあり
[編集] 道路
[編集] 国道
[編集] 県道
[編集] 出身有名人
[編集] その他
- フジテレビ『奇跡体験!アンビリバボー』では、幸福を呼ぶひまわりの種の話で紹介されたことがある。保谷市(現西東京市)の小学校の創立記念日のイベントで種を入れた封筒を風船に付けて飛ばしたところ市内の民家まで飛んできて、それを拾った小学生がテレビに放送された。
- 矯正施設がある。(八街少年院)
- 市制施行以来、警察署の設置を望む声が地元住民からあがっているが、隣市に所在する佐倉警察署の管内とされたまま、新たな警察署の設置計画も今のところはない。ちなみに、通常の交番よりも規模が大きい八街幹部交番(八街市八街ほ)が設置されており、八街市内における車庫証明などの手続きは佐倉警察署ではなく八街幹部交番で行う。
- 戦時中の昭和16年4月陸軍八街飛行場が作られ、下志津陸軍飛行学校八街分教場が置かれていた。
- かつては富里市とともに新東京国際空港(現・成田国際空港)の候補地に挙げられていた。
[編集] 外部リンク
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