野田市

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のだし
野田市
Chiba Noda Shimizu Park 1.JPG
Flag of Noda, Chiba.svg
野田市旗
千葉県野田市市章.svg
野田市章
1950年11月3日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
団体コード 12208-4
面積 103.54km²
総人口 154,829
推計人口、2014年2月1日)
人口密度 1,500人/km²
隣接自治体 柏市流山市
埼玉県春日部市吉川市幸手市
北葛飾郡杉戸町松伏町
茨城県坂東市守谷市常総市
猿島郡五霞町境町
市の木 ケヤキ
市の花 ツツジ
市の鳥 ひばり
野田市役所
所在地 278-8550
千葉県野田市鶴奉7番地の1
北緯35度57分18.3秒東経139度52分29.3秒
野田市役所
外部リンク 野田市

野田市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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野田市(のだし)は、千葉県の北西部に位置するである。人口約15.5万人で、千葉県内では12位。

2003年(平成15年)6月6日東葛飾郡関宿町(せきやどまち)を編入。平成の大合併の千葉県第1号となった。これにより千葉県の最北端の自治体となった。

地理[編集]

千葉県の最北端の市である。関東平野のほぼ中央に位置しており、市の東を利根川、西を江戸川、南を利根運河によって、三方を河川に囲まれている。利根川を挟んで対岸が茨城県、江戸川をはさんで対岸が埼玉県である。

野田という地名の由来は諸説あり定まっていない。有力な説に「野田右馬助という武将が館を構えたことに由来する」というものがあるが、逆に「野田の地名を取って野田右馬助を名乗った」とする説も存在し、はっきりしない。

東武鉄道野田線野田市駅」周辺はキッコーマンの創業地であり、ここから毎日、全国に醤油が出荷されている。

河川等[編集]

隣接している自治体[編集]

千葉県
茨城県
埼玉県

歴史[編集]

東葛飾郡野田町 A 野田市
東葛飾郡旭村
東葛飾郡梅郷村
東葛飾郡七福村
東葛飾郡川間村 C
東葛飾郡福田村
東葛飾郡木間ヶ瀬村 B D
東葛飾郡二川村
東葛飾郡関宿町
A 1950年(昭和25年)5月3日
B 1955年(昭和30年)7月20日
C 1957年(昭和32年)4月1日
D 2003年(平成15年)6月6日

野田市と旧関宿町は合併したが、互いに異なった歴史を持ち、違った発展を遂げている。そのため、ここでは野田市と旧関宿町を別々に分けて説明する。

野田市[編集]

江戸時代以前
野田貝塚(2012年12月)

野田は江戸時代以前の記録に乏しいが、小規模な遺跡が点在しており、古くから開かれていた土地であることがわかる。古代の遺跡としては野田貝塚山崎貝塚などが残っており、中規模の集落があったとみられている。

中世の遺跡としては、後三年の役で活躍した鎌倉景政の居城や、古河公方の重臣・野田右馬助の居城があったと伝えられている。ただし遺構は発見されていない。

また尾崎には、鎌倉幕府の有力な御家人だった野本家定の城館と伝えられる、比較的規模の大きい城館跡も残っている。木野崎には、国人一色数馬の城館跡が残っており、豊臣秀吉の派遣した軍との戦いがあったと伝えられている。

徳川家康江戸入府後には、1590年天正18年)に岡部長盛の居城が山崎に築かれ、のちに堤台に移ったと伝えられている。

これらの遺構や伝承はある程度残っているものの、記録が少ないため中世の情報はわからないことが多い。

江戸時代

野田は江戸時代に入るとやや記録が増える。これは、大消費地となった江戸に出荷する醤油産業が興り、恵まれた水運を利用して、醤油の一大ブランド地として栄えていったためとされる。陸上交通として、日光東往還が通されたため、山崎宿・中里宿などの宿場も興った。

近代以後
  • 1889年(明治22年)4月1日
    • 野田町・清水村・上花輪村・中野台村・堤台村・桜台村の飛地・今上村の飛地が合併して野田町が置かれる。
    • 大殿井村・目吹村・鶴奉村(明治7年、鶴嶋新田と奉目新田が合併)・柳沢新田・宮崎新田・中根新田・横内村・花井新田の飛地が合併して旭村が置かれる。
    • 山崎村(明治初期、亀山新田を編入)・今上村・桜台村・花井新田・堤根新田・宮崎新田の飛地・清水村の飛地・上花輪村の飛び地が合併して梅郷村が置かれる。
    • 谷津村・吉春村・蕃昌新田・五木村・五木新田・岩名村・座生新田・尾崎村の飛地が合併して七福村が置かれる。
    • 東金野井村・中里村・船形村・尾崎村が合併して川間村が置かれる
    • 木野崎村・三ツ堀村・瀬戸村・二ツ塚村・上三ケ尾村・西三ケ尾村・下三ケ尾村・大青田村の一部(利根運河の北側)が合併して福田村が置かれる。
野田市の年表
  • 1895年(明治28年)
    • 梅郷村のうち江戸川右岸(今上の一部)を埼玉県北葛飾郡旭村に編入。
    • 旭村が埼玉県中葛飾郡金杉村大字金杉の飛地を編入し大字金杉を設置。
  • 1899年(明治32年) - 川間村が茨城県猿島郡中川村の一部(利根川以南)を編入し大字小山・筵内・長谷を設置。
  • 1917年(大正6年) - 高梨家・茂木家など在郷醤油醸造家が合同して設立されていた野田醤油醸造組合が株式会社となる。
  • 1921年(大正10年) - 野田醤油労働争議が勃発。全国から労働運動家が来訪。
  • 1923年(大正12年) - 福田村事件が起こる。
  • 1950年(昭和25年)5月3日 - 野田町・旭村・梅郷村・七福村が合併し、野田市となる。
  • 1951年(昭和26年)1月1日 - 川間村の一部を野田市に編入する[1]
  • 1951年(昭和26年)七福地区に大字七光台を設置。
  • 1957年(昭和32年)4月1日 - 川間村・福田村を合併。
  • 1961年(昭和36年)9月1日 - 関宿町との境界を変更する[2]
  • 1965年(昭和40年) - 川間地区に日の出町を設置。
  • 1966年(昭和40年) - 東京理科大学野田校舎(現在の野田キャンパス)が竣工。
  • 1971年(昭和46年) - 野田地区に中野台鹿島町を設置。
  • 1973年(昭和48年) - 野田地区に上花輪新町を設置。
  • 1978年(昭和53年) - 七福地区に春日町・五木新町を設置。
  • 1980年(昭和55年) - 七福地区に岩名一丁目・岩名二丁目を設置。
  • 1982年(昭和57年) - 野田工業団地造成完了。
  • 1983年(昭和58年)11月19日 - 南部地区に山崎貝塚町を設置[3]
  • 1988年(昭和63年) - 七福地区に大字谷吉を設置。
  • 1989年(平成元年) - 南部地区に大字山崎梅の台を設置。
  • 1995年(平成7年) - 川間地区に大字尾崎台を設置。梅郷地区に花井一丁目を設置。
  • 1999年(平成11年)10月1日 - 関宿町との境界を変更する[4]
  • 2002年(平成14年)3月2日 - 南部地区にみずき一丁目・みずき二丁目・みずき三丁目・みずき四丁目を設置[5]
  • 2003年(平成15年)6月6日 - 関宿町を編入合併し、現在の野田市となる。
  • 2006年(平成18年)
    • 9月 - 野田地区に清水公園東一丁目・清水公園東二丁目を設置。
    • 10月 - 野田地区に桜の里一丁目・桜の里二丁目・桜の里三丁目を設置。

1970年代以降、国道16号線沿線に工場や物流施設が多数移転し、東武野田線を通勤路線として東京のベッドタウン化が進む。しかし、1990年代以降都心回帰現象の影響を受け、青年男子層が進学・就職を機会に市外に流出、高齢化の進展を見ている。

近年都市再生機構が市南部みずき(旧山崎)地区に開発を進めている野田みずきの街や、つくばエクスプレスの開業により東京都心へのアクセスが早くなった事から、人口は再び増加に転じている。

旧関宿町[編集]

江戸時代以前

室町時代より関宿城が築かれ古河公方に仕えていた簗田氏が支配する。戦国時代には、簗田氏はたびたび後北条氏と争った。関宿合戦と呼ばれる。

江戸時代

江戸時代には関宿藩がおかれ、徳川譜代大名が城主を務めた。以後、関宿城の城下町として栄える一方、現在の江戸川と利根川の分流点に位置したため河岸ができ、また水上交通の要衝として関所が置かれた。また日光東往還の宿場として、陸上交通の要衝でもあった。下総有数の繁華の土地であり向河岸・境町も含め人口数万の繁栄を誇った。

近代以後

廃藩および舟運の衰退により以前の繁栄は失われ往時の繁栄を見出すことは難しい。一方において、橋幸夫の「潮来笠」に登場する実在地名だったので、中高年者には利根川岸の一小邑として広く知られた。大映映画「潮来笠」の舞台にもなった。橋は地名消失の報に接しすこぶる残念に思い、合併後の2005年(平成17年)に当地を訪れている[6]

バブル崩壊以降東京通勤圏の域外と見なされ、県内地価下落率の上位地点となったうえ人口が毎年減少を続けてきた。特に最大集落、大字木間ヶ瀬は年間100人を超える人口減が起こっている[7]。南部地区は逆に毎年、人口が増えている。

旧関宿町の年表
  • 1955年(昭和30年)7月20日 - (旧)関宿町・二川村・木間ヶ瀬村が合併し、関宿町となる。
  • 2003年(平成15年)6月6日 - 関宿町は野田市に編入される。
関連項目

人口[編集]

Demography12208.svg
野田市と全国の年齢別人口分布(2005年) 野田市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 野田市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
野田市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 80,520人
1975年 91,777人
1980年 112,753人
1985年 130,873人
1990年 145,206人
1995年 152,245人
2000年 151,197人
2005年 151,240人
2010年 155,446人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

  1. 郷土の自然を愛し、平和で安全な環境を守ります
  2. たがいに助け合い、すべての市民の幸福を願います
  3. からだをきたえ、仕事に励み、楽しい家庭をつくります
  4. きまりを守り、信頼と愛情を深め、心豊かな社会を築きます
  5. 教養と文化を高め、自由と希望に満ちた郷土をめざします

市長[編集]

根本崇1992年(平成4年)7月4日 就任)

  • 1期 1992年 - 1996年
  • 2期 1996年 - 2000年
  • 3期 2000年 - 2004年
  • 4期 2004年 - 2008年
  • 5期 2008年 - 2012年
  • 6期 2012年 - 現職
2012年6月24日に行われた市長選挙に当選し、現在6期目である。6期(20年以上)首長を務めるというのは、2012年現在、千葉県内の全市町村で唯一の事例である[8]

公共施設[編集]

国の機関

  • 国土交通省
    • 関東運輸局千葉陸運支局野田自動車検査登録事務所
    • 関東地方整備局江戸川河川事務所(本部)
    • 国土交通省利根川上流河川事務所目吹出張所
  • 厚生労働省
    • 松戸公共職業安定所野田出張所「ハローワークのだ」

県の機関

市の主要施設

  • 野田市役所
  • 野田市立図書館
  • 野田市文化会館
  • 野田市総合公園
  • 野田市関宿総合公園
  • いちいのホール(旧関宿町役場庁舎)
  • 欅のホール
  • 北コミュニティセンター
  • 南コミュニティセンター
  • 野田市市民会館(国の登録有形文化財

立法[編集]

市議会[編集]

  • 定数:28名[9]
  • 任期:2010年(平成22年)5月31日~2014年(平成26年)5月30日
  • 議長:竹内美穂(政清会、3期)
  • 副議長:小倉良夫(民主連合、3期)
会派名 議席数 議員名(◎は代表)
政清会 11 ◎中村利久、鶴岡潔、平井正一、古橋敏夫、山口克己、深津憲一、染谷信一、竹内美穂、小俣文宣、鈴木有、野口義雄
公明党 5 ◎小倉妙子、木村たか子、内田陽一、吉岡美雪、西村福也
みん清クラブ 3 ◎舩橋繁雄、植竹健夫、遠藤達也
日本共産党野田市議団 3 ◎松本睦男、千久田祐子、織田真理
市民ネットワーク・無所属 2 ◎岡田早和子、小室美枝子
民主連合 2 ◎石原義雄、小倉良夫
新社会党 1 長南博邦
27

2012年(平成24年)6月24日に行われた野田市長選挙に議員の高梨守が出馬。高梨の辞職により、現在欠員1となっている。

千葉県議会(野田市選挙区)[編集]

  • 定数:2名
  • 任期:2011年(平成23年)4月30日~2015年(平成27年)4月29日
氏名 会派名 当選回数
礒部裕和 民主党千葉県議会議員会 2
木名瀬捷司 自由民主党千葉県議会議員会 3

2014年(平成26年)3月24日現在。

経済[編集]

キッコーマン本社

農業[編集]

  • 全国有数の枝豆の生産地

農協[編集]

工業[編集]

醤油業界最大手のキッコーマン株式会社と白醤油部門では業界最大手のキノエネ醤油株式会社があるため、国内3分の1程度のシェアで生産する日本最大の醤油生産地。

市内に本社を置く主な企業[編集]

市内に事業所がある主な企業[編集]

商業施設[編集]

他に市内には、野田地域(中心市街地)があるほか、旧日光街道沿い、川間駅周辺に商店が集中する。

船形土地区画整理事業区域内にイオンモール野田が2009年春に開業の予定であったが、業績悪化と市および商工会議所などの出店反対運動により出店が凍結された。出店予定地には、センコー野田第1PDセンター(イオン北関東RDC)が建設され、2011年(平成23年)8月に営業を開始した。また、同事業区域内においては、2010年(平成22年)6月にケーズデンキ野田泉店が出店した。

温浴施設[編集]

かつて大利根温泉があったが、近年スーパー銭湯などの温浴施設が増えている。近隣市町村の温浴施設とも激しい競合が行われている。これらの温浴施設は半径5km以内に集中している。

  • 野天風呂湯の郷
  • グランローザ潮の湯(旧称、東武スパ・リゾート野田 潮の湯)
  • 七光台温泉
  • 野田の湯 湯食館

宿泊施設[編集]

ゴルフ場[編集]

  • 野田市パブリックゴルフ場(ひばりコース・けやきコース)
  • 千葉カントリークラブ(野田コース・川間コース・梅郷コース)
  • 紫カントリークラブ(すみれコース・あやめコース)
  • クリアビューゴルフクラブ

姉妹都市・提携都市[編集]

言語[編集]

金田一春彦の回想録によると東京方言との間に特筆すべき差がないとされているが、茨城県南西部や埼玉県南東部とともに下総国葛飾郡を構成していたためか、中・高年齢者には西関東方言(千葉県・埼玉県の他地域など)と東関東方言(茨城県など)が混合したような方言の話者が多い。この場合、アクセントも茨城弁ほどでないにせよ曖昧化・崩壊が見られ、東京式アクセントとはほど遠い。同様の方言は、隣接する流山市や埼玉県吉川市・三郷市などでも聞かれ(葛飾方言)、北へ行くほど東京式アクセントとの乖離が大きい傾向がある。

地域[編集]

住宅団地[編集]

病院[編集]

図書館[編集]

教育[編集]

小学校[編集]

野田地区
  • 野田市立中央小学校
  • 野田市立宮崎小学校
  • 野田市立東部小学校
  • 野田市立南部小学校
  • 野田市立北部小学校
  • 野田市立川間小学校
  • 野田市立福田第一小学校
  • 野田市立福田第二小学校
  • 野田市立清水台小学校
  • 野田市立柳沢小学校
  • 野田市立山崎小学校
  • 野田市立岩木小学校
  • 野田市立尾崎小学校
  • 野田市立七光台小学校
  • 野田市立二ツ塚小学校
  • 野田市立みずき小学校
関宿地区
  • 野田市立木間ヶ瀬小学校
  • 野田市立二川小学校
  • 野田市立関宿小学校
  • 野田市立関宿中央小学校

中学校[編集]

高等学校[編集]

大学[編集]

専門学校など[編集]

  • 専門学校野田鎌田学園
  • 野田准看護高等専修学校
  • 正心実業専門学校
  • 千葉県立野田看護専門学校
  • 千葉県立野田特別支援学校

特別支援学校[編集]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

中心となる駅:野田市駅

また、南部地区では隣の流山市にある運河駅を利用する客も多い[10]

廃線となった路線[編集]

計画された路線[編集]

計画中の路線[編集]

2000年(平成12年)1月運輸政策審議会答申第18号において、地下鉄8号線(有楽町線)の亀有から先の延伸区間が野田市とされ、目標年次(2015年(平成27年))までに整備着手することが適当である路線に位置付けられた。経路は豊洲 - 東陽町 - 住吉 - 押上 - 四ツ木 - 亀有 - 野田市を計画している。しかし、延伸構想は具体化されておらず、他の関係各市の自治体からは市民に対しての公式発表はされていない。
市は早期事業化のために、八潮 - 野田市間を先行的に整備し、八潮でつくばエクスプレスと相互乗り入れすることを目指している。この場合、八潮から草加市を通り、武蔵野線の越谷レイクタウン駅、吉川市、松伏町を経由して野田市駅に至るルート(9駅設定:延長18.2km)を計画している。

路線バス[編集]

道路[編集]

  • 高速道路

市内に高速道路は通っていないものの、流山市の流山インターチェンジ常磐自動車道)、及び柏市の柏インターチェンジ(同)を利用すれば5~10分程で野田市に行ける(両インターチェンジの看板にも野田の名前が記載されている。)

神社仏閣[編集]

名所・旧跡・観光スポット[編集]

国土交通省関東地方整備局が募集した関東の富士見百景に、市内4ヶ所が「野田市からの富士」1景として選定されている。

市内の清水公園は花見の名所として知られ、日本さくら名所100選に選定されている。

出身・関連有名人[編集]

その他[編集]

住民の自治会加入率が非常に高く、市が発行する広報誌(市報)の配布やごみの収集などは自治会を通じて行われる。余談だが、市報は県内のほとんどが朝刊に織り込まれて配布されている。

1997年(平成9年)10月20日関東運輸局千葉運輸支局野田自動車検査登録事務所が業務を開始し、野田ナンバーが生まれた。

野田ナンバー管轄区域:野田市、松戸市流山市 [11]

関東運輸局千葉運輸支局野田自動車検査登録事務所が建設される以前に、当該用地が1991年(平成3年)度のNHK連続テレビ小説君の名は」のロケ撮影地として利用された。

小渕内閣時代に緊急経済対策とした実施された地域振興券の交付開始が、他4市町村と共に全国2番目であった。(1999年(平成11年)1月29日島根県浜田市、2月1日:北海道新冠町福島県北塩原村、千葉県野田市、和歌山県清水町愛媛県八幡浜市

合併によって誕生したまめバスいちいのホールなどが合併のモデルケースとして総務省によって全国に紹介された。

市独自の防犯対策にも力を入れていて、全国初の市営交番「まめばん」を南部地区に開設した。さらに2009年(平成21年)には北部地区に2つ目のまめばんが開設された。

福田村事件犠牲者の追悼慰霊碑が野田市三ツ堀の円福寺境内にある(2003年建立)。

学校教育先進都市でもあり、全国に先駆け「土曜日対策」としてサタデースクール、オープンサタデークラブなどを開始した。また、マイステップ(算数、数学)など独自の副教本の作成や少人数授業、二学期制導入などさまざまな政策を行っている。これ以外にも多くの政策を行っている。

上記以外にキャリア教育に力をいれ、中学2年生には野田市統一で5日間の職場体験学習を行っている。受け入れ先は野田市内外で300を越え、学校別に見ても大規模なところでは100近くにもなる。中学1年生で職場見学を行っているところも多い。また小学6年生はキャリア教育の一環として職場見学を行っているところもある。

南部工業団地内にある、東京電力新野田変電所は、総出力794万kVA(2006年(平成18年)4月現在)であり世界最大級の変電所として1999年(平成11年)10月ギネスブックに認定された。

童謡『かごめかごめ』は野田市が発祥地といわれており、東武野田線の清水公園駅の前に「かごめ唄の碑」が建立されている。

2007年(平成19年)7月15日付けで、野田市報の発行が1000号になった。特集として今までの市報や市報の移り変わりなどを掲載した。

2009年(平成21年)4月1日、野田市初の男性保健師が誕生した。

2009年9月29日、野田市議会において公契約条例案が可決された。これは、市発注の公共事業を受注した業者に対して、市が定めた最低賃金以上を労働者に支払うよう義務づけるものであり、全国初の条例となる。低価格競争による賃金低下が指摘される中、一定額の賃金を確保することで労働者の質の低下を防ぎ、業務の質を確保するのが狙いである。

プロゴルファーの石川遼は、小学生の頃から野田市内のゴルフ練習場に通って練習をしていた。

徳正寺の寺伝によると弘安7年(1284年)に野田市(下総国)で創建され、天正7年(1579)に常敬寺に従って信濃国へとされる。

日本ナサニエル・ホーソーン協会は事務局を東京理科大学理工学部川村幸夫研究室内に置く。

東葛飾地方中学校駅伝競走大会は、松戸市と野田市を基点として開催されている。

電話番号の市外局番[編集]

野田市の市外局番は全域で「04」である。元は我孫子市、柏市、流山市、野田市を対象とした市外局番は0471であったが、市内局番の不足に伴い、2002年(平成14年)2月よりこれまでの「0471」の市外局番のうち、「71」を市内局番にまわし、市外局番を「04」に変更した。

桁を2つずらした理由には、市内局番の初めを「1」から始めてはいけない決まりによるもので、桁ずれによる市外局番2桁化はこれが初例となった。埼玉県所沢市などの「042-9」(その前は「0429」)、千葉県鴨川市などの「0470」のうち市内局番の先頭が9の地域の市外局番も「04」に変更されており、これらの市外局番04地域に電話をかける場合は04を最初に回すことになる。ただし、天気予報は従来と同じく「0471-177」である。

現在も電話番号の部分が「0471-」のままの看板等も多く残っている。

脚注[編集]

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  1. ^ Wikisource reference 1951年(昭和26年)4月11日総理府告示第61号. 市村の境界変更 (昭和26年総理府告示第61号). - ウィキソース. 
  2. ^ Wikisource reference 1961年(昭和36年)9月1日自治省告示第274号「市町の境界変更」. 市町の境界変更 (昭和36年自治省告示第274号). - ウィキソース. 
  3. ^ 1983年(昭和58年)11月18日千葉県告示第921号「字の区域及び名称の変更」
  4. ^ Wikisource reference 1999年(平成11年)10月1日自治省告示第211号「市町の境界変更」. 市町の境界変更 (平成11年自治省告示第211号). - ウィキソース. 
  5. ^ 2002年(平成14年)3月1日千葉県告示第98号「字の区域及び名称の変更」
  6. ^ TBSラジオ大沢悠里のゆうゆうワイド」による
  7. ^ 野田市役所ウェブサイト上の大字別人口統計に基づく
  8. ^ “「より住みやすい野田市に」 根本氏、6期目への抱負 野田市長選”. 千葉日報. (2012年6月26日). http://www.chibanippo.co.jp/c/news/local/87903 2012年7月9日閲覧。 
  9. ^ 民主惨敗、3人落選 野田新市議28人決まる”. 千葉日報 (2010年5月25日). 2011年6月5日閲覧。
  10. ^ 野田市にある東京理科大の野田キャンパスはこの運河駅が最寄りとなる
  11. ^ かつては柏市我孫子市も野田ナンバーの管轄だったが、のちに「柏ナンバー」がご当地ナンバーとして登場し、それらの地域は柏ナンバーを用いるようになった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

行政
観光