Something ELse

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Something ELse (サムシングエルス)は、1994年に結成したアコースティックスタイルを基調とした日本のバンドである。

」発のストリートミュージシャン出身であることや、楽曲「ラストチャンス」のヒットで知られる。 2006年10月22日、FINAL TOUR「LAST LIVE」をもって解散した。

現在、大久保伸隆はソロ活動、伊藤大介と今井千尋はranaiとしてそれぞれ活動中。

目次

[編集] メンバー

[編集] I/O EXIT

高校2年生の夏、吹奏楽部でユーフォニウムを担当していた伊藤は失恋をきっかけにアコースティックギターを始める。また大久保も友人の兄が所有していた長渕剛モデルのギターに魅了され、その日からアコースティックギターを始める。

高校の同級生ではあるが会話を交わす程度でそれほど親しくなかった二人だが、理科準備室で黙々とギターの練習をする、空手部の大久保を伊藤が見かけ驚愕。お互いの教室を行き来しては、音楽談義に花を咲かせた。

「予餞会(三年生を送る会)」をきっかけにユニットを結成、ストリートライブを開始する。間もなくして、大久保の発案によりライブハウスの出演が決まる。当初名前は決まっていなかったが、「EXIT(非常口)というフレーズは使いたい」と強くこだわりライブハウスのマネジャーが「I/O EXIT」と命名し、そのままユニット名になった。

[編集] EXIT LINE

1994年5月、柏駅でストリートライブを行っているところを、たまたま母校の野球観戦を終えて帰宅途中だった今井千尋が見かける。自身の作る楽曲に合うボーカルと演奏を求めていた今井はオーリアンズの「Dance With Me」を演奏する二人の姿に心打たれ、すぐに声をかける。さすがに最初こそ不信感を募らせるが、プロ志向の今井に感じるものがあったのか、すぐに三人でEXIT LINEとして活動を開始。一週間後にはストリートライブをスタート。柏でのストリートライブもいつしか200人以上を集め、地元ではちょっとした有名人になり関係者がその様子を見かけたことからデビューへのきっかけとなる。

[編集] Something ELse

レコード会社5社程からオファーを受け中には大久保一人でのデビュー案も飛び出したが、東芝EMIとの契約に落ち着く。1996年7月13日、最後となったストリートライブで『Something ELse』としてデビューすることを発表した。「EXIT LINE」時代の『E』と『L』の大文字部分を取り、“何かもっと良いもの。転じて凄く目立つ、たいした奴”という意味が込められている。

[編集] 略歴

1996年
  • 10月23日 - シングル「悲しきノンフィクション」でメジャーデビュー。初回版には大久保の名前がミスプリントされたものが存在する。オリコン最高位137位。地元柏の新星堂では売り上げ3位を記録。
1997年
  • 3月12日 - 2ndシングル「days go by」リリース。バンド史上最も売れなかったシングルとして知られる。(売上枚数869枚)
  • 4月18日 - 初のワンマンライブを「egg man」で行う。
  • 10月8日 - 3rdシングル「風と行きたかった」リリース。セールスこそ芳しくなかったが、地方局のランキングでは一位を記録。タイアップ効果も相まって、東日本地区では浸透しつつあった。
1998年
  • 2月6日 - 4thシングル「反省のうた」リリース。NHK『みんなのうた』でオンエアされ、高い評価を得る。
  • 3月6日 -1stアルバム「TRIPLE PLAY」リリース。当時の移動出張費No.1の移動量も報われず、なかなか結果に結びつかなかった。ただ、業界内でシンパ(支持者)は確実に増えていき、サムエルを応援する関係者が続々現れた。
  • 6月17日 - 5thシングル「レコード」リリース。ドラマの主題歌となり、メンバーも劇中に出演している。
  • 9月13日 - デビューシングルを超えるセールスを記録できず低迷。レコード会社との契約切れの危機に立たされ、日本テレビの人気番組「雷波少年」出演に白羽の矢が立つ。「三人で一つの部屋にこもり最後のシングルを制作。そのシングルがオリコン初登場20位以内に入らなければバンド解散・音楽業界以外の職種に転職」という条件だった。企画内容には一時メンバー、スタッフも難色を示したが、三人の意見は一致し合宿生活を開始。首都圏以外では深夜のオンエアや数週間遅れとなるなど不利な点もいくつか重なったが、全国各地でのファンやラジオDJによる応援活動やネットでの呼びかけ、また、バンドがデビュー以後出演してきたラジオ局のDJが一丸となって、『僕達はサムシングエルスを失いたくない!!』というチラシを署名入りで全国的に配布したことなどが功を奏し、少しずつだが確実に浸透していった。
  • 12月23日 - 運命の6thシングル「ラストチャンス」リリース。応援熱はさらに増し、CDショップでは生産が追いつかず完売が続出。
1999年
  • 1月6日 - オリコン結果発表で20万5340枚を売り上げ、初登場2位を記録、118日間の合宿生活を終了する。翌週には1位を獲得。
  • 3月17日 - 「ラストチャンス」を含む6枚のシングルなどを収録したヒストリーアルバム「502」をリリース。
  • 4月~ - bay fm「サムシングエルスのなのはなレディオ」スタート。(2000年9月まで)
  • 4月9日 - 合宿生活中に制作した楽曲をリメークした7thシングル「さよならじゃない」リリース。劇空間プロ野球のイメージソングに起用され、シーズン終了まで流れる。
  • 6月7日7月6日 - 初の全国ツアー「トリプルプレイ~なんとか三人でやってみます~」敢行。9ヶ所11公演。
  • 7月28日 - 8thシングル「あいのうた」リリース。
  • 10月~ - 文化放送をキー局に全国ネットのラジオ番組「LIPS PARTY 21.jp」スタート。(2001年9月まで)
  • 10月6日11月30日 - 早くも二度目の全国ツアーは首都圏を外しバンドツアーを行う。15ヶ所15公演。
  • 12月30日 - 「輝く!日本レコード大賞」に出演。「ラストチャンス」が優秀作品賞を受賞。
  • 12月31日 - 紅白歌合戦に出場。またこの年、「ゴールドディスク大賞・ソング・オブ・ザ・イヤー」も受賞し、年末年始にかけて多数の音楽番組に出演する。
2000年
  • 1月1日 - 千葉県柏駅でのストリートライブにて、新年をスタートさせる。
  • 2月16日 - 9thシングル「ウソツキ」リリース。初のマキシシングルで、ダブルタイアップ。有線で火がつく。
  • 3月8日 - 2ndアルバム「ギターマン」リリース。
  • 4月10日 - WOWOWにて、プロモーション活動を追ったドキュメンタリー「我らサムエル共和国・前編~be there~」放送。
  • 4月26日 - ファーストビデオ「Musician Life」リリース。
  • 4月28日7月19日 - 全国ツアー「ギターマン○2000 ~三者面談ツアー~」追加公演含む20ヶ所20公演。
  • 7月1日 - 有線大賞上半期中間発表で「ウソツキ」が第7位を記録する。
  • 7月22日 - WOWOW「我らサムエル共和国・後編~ギターマン○2000 ~三者面談ツアー~」放送。
  • 10月~ アデランス「星空を見上げたら編」CMソングオンエア開始。
  • 11月8日 10thシングル「磁石」リリース。
  • 12月1日12月7日 - 四大都市ツアー「トリプルプレイ~大反省会~」4ヶ所4公演。
2001年
  • 2月9日 - 11thシングル「びいだま」リリース。
  • 3月7日 - 3rdアルバム「光の糸」リリース。
  • 5月12日7月14日 全国ツアー「光の糸~怒りの人~」19ヶ所19公演、会場ごとに3パターンで構成。
  • 10月~ 全薬工業「ジキニン」CMソングとして当時未発表曲だった「元気ですか?」が起用される。
  • 10月24日 - デビュー5周年記念ライブ「祝5周年☆縮我疲労パーティー」を柏市民文化会館で敢行。
  • 11月 次作に向けたレコーディング作業の為、アメリカ・テネシー州のナッシュビルに飛ぶ。
2002年
  • 2月6日 - 12thシングル「夏のラジオ」リリース。カップリングにはCMバージョンとは異なり伊藤がボーカルの「元気ですか?」が収録される。
  • 2月27日 - 4thアルバム「Y」リリース。シングル同様、著名な作家陣とのコラボレーションを実現。
  • 3月23日5月18日 - 全国ツアー「“Y”~技Y転じて服とナス~」19ヶ所26公演。初のライブハウスツアー。
  • 4月~ FM YOKOHAMAにてレギュラーラジオ番組「Step On Something」スタート。(2003年9月まで)
  • 6月12日~15日 - 東名阪ホールツアー「“Y”~ボクラYク~」3大都市3公演。
  • 9月26日 - 13thシングル「国道16」リリース。このシングル発表を機に、全国津々浦々にライブ活動の幅を広げるべく『サブ・アーバンミュージック』を提唱。
  • 11月4日 ~ - サブ・アーバンライブツアー「裸足のGUITARMAN」スタート。
  • 12月31日 - 初のカウントダウンイベントを大阪WTCで敢行。3500人を動員。
2003年
  • 2月5日 - 14thシングル「少年」リリース。シークレットトラックとして、サブ・アーバンライブ会場の楽屋で収録された「少年」が収録されている。
  • 3月12日 - 初のベストアルバム「TICKET」のリリース。5ヶ所でフリーライブ『青春往復切符』を敢行。
  • 5月14日 - 5thアルバム「風見鶏」リリース。
  • 5月17日 - 4年連続となる渋谷公会堂公演「帰ってきたGUITARMAN」。

ライブ活動はより精力的になる。サブ・アーバンツアー、イベントを含めた年間のライブ本数は約100本を数えた。

2004年
  • 1月28日 - 大久保のソロシングル「想(SOU)」リリース。3月24日にはソロアルバム「響(HIBIKI)」をリリース。
  • 4月24日 - 女子サッカー「オリンピック/アジア予選」北朝鮮代表 vs 日本代表戦にて国歌斉唱。
  • 7月28日 - 初のカヴァーシングル「あの頃のまま」リリース。
  • 8月25日 - 実質はカヴァーアルバムとなる6thアルバム「夏唄」リリース。
  • 8月23日8月28日 - 大阪・東京にて「日本の夏、ギターマンの夏」を敢行。
  • 8月29日 - ドキュメントDVD「夏華」リリース。メンバーが望む形での発表ではなかった為、ディスコグラフィーには掲載しない。この数日後には所属事務所・レコード会社からの独立が発表され、激動の一年となる。
  • 12月31日 - カウントダウンライブ「2004→2005申酉合戦」千葉京成ホテルミラマーレで敢行。
2005年
  • 1月1日 - 新体制スタート。「パラレルワールド」を設立し独立。
  • 6月1日 - ファンクラブ・ライブ会場限定ミニアルバム「バンドワゴン」リリース。以前から楽曲は存在するものの未発表曲だった「続・風と行きたかった」が世に出た。
  • 7月11日~15日 - 東名阪ツアー「1996年にデビューしたSomething ELse大久保伸隆・伊藤大介・今井千尋の三人がお送りする2005夏の音楽祭」3ヶ所3公演。
  • 11月28日 - 初のレコ発ワンマンライブを新宿ロフトで敢行。
  • 11月30日 - オリジナルとしては2年半振りとなる7thアルバム「COLOR」リリース。デビュー当時以来となるライブハウス出演を積極的に行う。
  • 12月31日 - カウントダウンライブ「2005→2006酉が戌」ラフォーレミュージアム六本木で敢行。
2006年
  • 3月4日 - eggmanオープン25周年を記念したワンマンライブに参戦。4月には3年連続のファンクラブライブを行うが、この頃から音楽活動が少なくなってくる。
  • 8月1日 - オフィシャルサイト上でSomething ELse解散を発表。
  • 10月5日~22日 - FINAL TOUR「LAST LIVE」を敢行。デビュー10周年を前日に控えた10月22日には、長年彼らを支えたファンや関係者が多数集い、3時間半に及ぶステージでバンドの活動に幕を降ろした。

[編集] 主なサポートメンバー 

2003年以降、3人編成のイベント以外のライブにはほぼ参加。Something ELseのFINAL TOURにも全公演参加。

  • 他にサポート経験があるアーティスト⇒THE BOOMCHEMISTRY、小林桂など。ライブの他、アルバム「夏唄」において表題曲「夏唄」に二胡で参加。

全国ツアーでは『ギターマン』『光の糸』ツアーに参加。FINAL TOURではラスト東京公演に約5年振りの参加を果たした。

  • Piano(ピアノ):草間信一(2000年~2001年・2006年)

長らく全国ツアーの参加が無かったが、FINAL TOURのラスト東京公演において「国道16」の演奏に急遽駆けつけた。

[編集] 現在の活動

2007年2月、伊藤と今井の二人はプロデュースユニット「ranai」を結成。 バンド継続に強い意思を持っていた大久保も2007年3月、「Sunnyglider#」として活動を開始。その後、「Sunny-G」を経て、現在は本名の大久保伸隆に戻り、Liveを中心に活動中。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

  1. 悲しきノンフィクション/レインボウ(1996年10月23日)
  2. days go by/無口(1997年3月12日)
  3. 風と行きたかった/MONKEY MAGIC(ゴダイゴのカヴァー)(1997年10月8日)
  4. 反省のうた/Easy to Love(1998年2月6日)
  5. レコード/I say razz you go!(1998年6月17日)
  6. ラストチャンス(1998年12月23日)
    • 日本テレビ系「雷波少年系ラストチャンス」より
  7. さよならじゃない/どこまでも遠くへ(1999年4月9日)
  8. あいのうた/花火が消えるまで(1999年7月28日)
    • 「雷波少年系遊園地 後ろ楽しいガーデン」イメージソング
  9. ウソツキ/be there(2000年2月16日)
    • つんくタウン二丁目企画。映画「GO-CON!」主題歌/山崎製パン「新食感宣言」CMソング
  10. 磁石/蜘蛛の糸/1224~25(今井家demo)(2000年11月8日)
  11. びいだま/桜雨~あの日の雨と今日の雨II/思い出であれ、後悔であれ(2001年2月9日)
    • テレビ東京系「少女日記」主題歌
  12. 夏のラジオ/元気ですか?(2002年2月6日)
    • 「元気ですか?」全薬工業「ジキニン」CMソング
  13. 国道16/そのまま(2002年9月26日)
  14. 少年/笑いたい(2003年2月5日)
  15. 1M/天気予報(2003年10月16日)
  16. あの頃のまま/夏唄/夕立ち(アコースティックバージョン)(2004年7月28日)

[編集] アルバム

[編集] オリジナルアルバム

  1. TRIPLE PLAY(1998年3月6日)
  2. ギターマン(2000年3月8日)
  3. 光の糸(2001年3月7日)
  4. Y(2002年2月27日)
  5. 風見鶏(2003年5月14日)
  6. 夏唄(2004年8月25日)
  7. COLOR(2005年11月30日)

[編集] ヒストリーアルバム

  • 502(1999年3月17日)

[編集] ライブ会場限定販売

  • バンドワゴン(2005年6月1日)

[編集] ベストアルバム

  • TICKET(2003年3月12日)

[編集] ビデオ/DVD

  • Musician Life(2000年4月26日)/VHS
  • TICKET THE MOVIE(2003年8月27日)/DVD
  • 「1M」シングルDVD(2003年12月)/DVD
    • ファンクラブ・ライブ会場限定販売

[編集] その他のタイアップ

  • 『ビデオテープ』(「トライデント」CMソング)
  • 『いつか』(「TBSグアムマラソン2000」イメージソング)
  • 『星空を見上げたら』(「アデランス」CMソング)
  • 『遥かなすぐ近くに』(NTT DoCoMo東海「P-IN」CMソング)
  • 『渡り鳥』(TBS系全国ネット「がっちりマンデー!!」エンディングテーマ
  • 『ボールの行方』(FUJIKEN企業CMソング)
  • 『面影ポーズ』『まだまだ僕には』(松坂屋キャンペーンソング)

[編集] 外部リンク