いとうあさこ
| いとう あさこ | |
|---|---|
| 本名 | 伊藤 麻子 |
| 生年月日 | 1970年6月10日(41歳) |
| 出身地 | |
| 血液型 | AB型 |
| 身長 | 162cm |
| 方言 | 共通語 |
| 最終学歴 | 雙葉高等学校卒 |
| 出身 | 舞台芸術学院ミュージカル別科 |
| コンビ名 | ネギねこ調査隊(解散) |
| 芸風 | 漫談 コント ものまね他 |
| 事務所 | マセキ芸能社 |
| 活動時期 | 1997年 - |
| 同期 | インスタントジョンソン、ニブンノゴ!、あべこうじ等 |
| 現在の代表番組 | 爆笑レッドカーペット とんねるずのみなさんのおかげでしたなど |
| 過去の代表番組 | エンタの神様 Goro's Barなど |
| 他の活動 | 女優、レポーター |
| 配偶者 | 未婚 |
| 公式サイト | マセキ芸能社 いとうあさこ |
| 受賞歴 | |
| R-1ぐらんぷり2010 5位 | |
いとう あさこ(1970年6月10日 - )は、日本のピン芸人。本名、伊藤 麻子(読み同じ)。
東京都渋谷区出身、中野区在住[1]。マセキ芸能社所属。東郷幼稚園[2]、雙葉小学校、雙葉中学校・高等学校、舞台芸術学院ミュージカル別科卒。身長162cm、血液型AB型。
目次 |
[編集] 略歴
実家が桁外れの大金持ちで[3]、ナイツの塙宣之に「お屋敷みたいな家が実家」と暴露されている。
ただし、本人は19歳の時に家を出ているので(本人曰く「尾崎豊に憧れて家を出て、約20年間がさつな生活をしている」)、裕福なエピソードをあまり体験していないらしい。また、小学校から高校まで女子御三家と称される有数の名門校雙葉学園に通っていたが、いとうのような生徒、つまり一流大学に進学しない、芸人になるなど、はその学校では前代未聞とのこと。
ドラマ『やっぱり猫が好き』を見て、コメディ女優を志し、演劇学校に入ろうと決意。しかしバイト先で知り合った男性に恋をし、同棲を始めたが、男性がいわゆる「ヒモ」で本人が馬車馬のように働く。
やっとお金が貯まった1994年(当時24歳)の時に、舞台芸術学院に入学。ミュージカルを専攻し、クラスの友人を誘い喜劇をしていた。
芸人になろうと思ったきっかけは、演劇でコミカルな役柄を与えられる事が多く、人に笑って貰うのが楽しいと感じるようになったから。当時、「タモリのボキャブラ天国」シリーズが流行っていたこともあり、コンビで芸人の世界に入った。
1997年、佐藤千亜紀とお笑いコンビ「ネギねこ調査隊」として活動を開始。ネギねこ調査隊時代『進ぬ!電波少年』の電波少年的15少女漂流記(最後は8少女漂流記)という企画に参加した。仲間内では「おかん」と呼ばれ、信頼が厚かった。その後、最後までリタイヤしなかった8人で「8/15」というグループを組み、久保田利伸プロデュースでCDを発売している。
しかしその後2001年にいとうが単独で『電波少年』の企画に参加し、長期間コンビ活動ができなくなったことが決定打となり、2003年5月に解散。ピン芸人として活動を始めた。ピン芸人当初は「伊藤麻子」と漢字表記だったが、「暗く固いイメージがある」という理由から、『エンタの神様』に出演する際に現在のひらがな名義にした。この頃から徐々にネタ番組などに出演し始める。
2003年9月11日から2010年8月11日まで7年間に渡り、「さるさる日記」にてブログを綴っていた。(2011年6月30日をもって公開終了)
雑誌『TOKYO (KANSAI) 一週間』の企画で『M-1グランプリ2007』に大輪教授と「いとう★教授」として出場した(3回戦進出)。
2009年6月4日放送の『ザ・イロモネア』の「ゴールドラッシュ」で1回の放送で3週勝ち抜き本選出場権を獲得。さらに、翌6月11日の放送では初出場で100万円を獲得する。司会のウッチャンナンチャンと同じマセキ芸能社所属の芸人としては初の100万円獲得者となる。
2009年、テレビの露出が増え始め[4]、『FNNスーパーニュース』に、「密着アラフォー芸人」というタイトルの密着取材を受けた。
2010年4月17日公開の映画、『クレヨンしんちゃん 超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁』にて声優に初挑戦した。
[編集] 芸風・持ちネタ
ライブではコスプレによる一人コントを披露。ネタの内容は主に自虐漫談である。「エンタの神様」ではウクレレをつま弾きながら自虐漫談を行っていた。自己紹介の時、『三十路と言う恐ろしい壁を越え早4年〜』(2005年5月当時)と言って紹介していた(親戚で結婚していないのは彼女だけになった)。また同級生の子供が既に17歳になっていることや「同い年は曙」と言うこともネタにしている(曙は彼女より1歳年上である)。
「とんねるずのみなさんのおかげでした」の細かすぎて伝わらないモノマネ選手権では、1980年代のアイドルなど(ラ・ムー時代の菊池桃子、荻野目洋子、BaBeの二階堂ゆかり、柏原よしえ)や、アイドルのバックダンサー(スクールメイツ、キャプテン、ジャPAニーズ、Dee-Dee)またはバックバンド(シブがき隊のバックバンドシブ楽器隊)、「ヤヌスの鏡」のオープニング、のものまねをしている。
かつては、倖田來未のモノマネをしながらダジャレを言うネタを行なっていた。その際のキャッチフレーズは「ブスカワイイ」。現在ではレオタード姿(レオタードは森三中の黒沢かずこからもらったもの[5])で新体操リボンの演技をしながら「浅倉南、○○歳(現在の年齢)です」と自己紹介をする。現在のところ、タッチの作者であるあだち充に許可は取っていない。なお、黒沢からもらったレオタードは、2年間着続けたことにより、何度洗っても臭いが取れず、レオタードに臭いが染み込んでしまったという。
[編集] エピソード
- 小学生の頃はピンク・レディーに熱中。また近藤真彦の大ファンで、部屋にポスターを貼りまくっていたという。初恋の人が、3年B組金八先生に出演していた近藤真彦演じる「星野清」であったと述べている[6]が、ジャニーズ事務所の寮が、実家の近くで同じ渋谷区内の原宿にあるということを知らなかった。また、一度カレンダーの撮影をしていた近藤を偶然見たことがあったが、声をかけることはできなかったという。一時期近藤の他にも、本木雅弘のファンでもあった。また1980年代の映画のパンフレットを集めている。
- 中学高校時代は「着ている水色のトレーナーが可愛かった」という理由で陸上部に所属していた。現在もその影響からか、同年代の女性より運動能力は高く、Y字バランスも可能。ネタでも体を使った物が多い。
- 雙葉学園には王貞治の長女、次女(王理恵)、三女がそれぞれいとうあさこの2学年上、1学年上、1学年下に在籍していたため、小学校まで運動会には王貞治が参加していて競技にも出場していたという[7]。
- 年子の妹がおり、30歳代に入った数年前に「『ごめんね、お姉ちゃん。もう待てない。私、子供産みたいんだ』」と電話で泣きながら結婚報告されたことがある。
- 以前、上野の似顔絵描き歴40年の画家に「凹凸が少なくて描きにくい」という理由で似顔絵描きを放棄された。
- ケンドーコバヤシからは、「見ようにとっては子供みたい」と体型を弄られた。本人によると「摂生して長生きするよりも、好きな物を沢山食べて生きたい」という考えの様である[8]。
- 酒豪である。
- 交友関係は広く、しばしば他の芸人のブログに書かれている。鳥居みゆきによると、「礼儀作法に対しては厳しいけれど、優しい人」とのこと。ハリセンボン・近藤春菜からは、「あさこさんは色々経験しているからか凄く優しいんです。(男性にも)モテます」、椿鬼奴からは、「今はたまたま彼氏がいないだけで、あさこさんは男性にモテる。」、青木さやかからは「いとうあさこ[9]がいると、後輩も生き生きするし、場が保つ」と発言、他事務所の芸人からも慕われている。
- 同じ女芸人のオアシズ・黒沢かずこ・椿鬼奴・北陽の虻川美穂子と飲みに行くことが多い。清水ミチコとも親交がある。最近はもっぱらオアシズの大久保佳代子、虻川と共に飲みにいくという。大久保は「人を褒めるのが上手い。落ち込んだりした時に、いとうを呼び出す」と話している。
- またモエヤンの2人からは「あさこ姉さん」と呼ばれ慕われている。ほかの芸人にも呼ばれたり、ブログに書かれる事が多く、姉御肌な性格が窺い知れる。また、モエヤンのオフィシャルブログで「レオタードの下は、実は井上和香さんばりの巨乳が隠されている」と隠れ巨乳であることが暴露されている。後述の「はねるのトびら」に出演した際は「ここ(胸囲)1メートル(100cm)ある!」とも発言し、インパルスの板倉俊之に「ムダな巨乳」と揶揄された。ウチくる!?では「FとGの間を行ったり来たりして、調子がいいとGになる」と明かしている。さらに、無人島生活中に「キレイなおっぱいコンテスト」というのを開催し、見事優勝したという。
- 温厚な性格で怒ることはほとんどないが、1度だけ本気で怒ったことがある。相手は事務所の後輩である狩野英孝で、若手時代に狩野を含めた後輩とカラオケに行った際、狩野は先輩のいとうを差し置いて一番奥の席に座り、電話の近くに座っていたいとうにドリンクの注文を頼むという無礼な行動を取っていた。そんな流れがあっての営業で1人15分の持ち時間でネタをやることになった際、先に出た狩野がスベり、更にはそれに耐えきれずわずか6分で舞台袖に帰ってしまい、後のいとうが狩野の残り時間を含めた計24分間もネタをやらされ、終了後、狩野に怒った。
- 「バカみたいにお酒を飲むから、そんなに長生きできないんじゃないか」と思っており、60歳の誕生日に2冊目の自叙伝「あさこ60歳。〜私、まだ生きてる!〜」を出版した翌日(2030年6月11日)に飲み屋で死ぬのが理想と語っていた。[10]
- 2009年2月「はねるのトびら」の女芸人バレンタイン企画で手編みのジャンパーを制作し、最初の選考で佐藤健に選ばれ、また同年4月同番組の女芸人お弁当企画で、佐藤隆太に選ばれる。さらに7月の勝負メシ対決では高嶋政宏に選ばれる。
- R-1ぐらんぷりでは、2003年に初の準決勝進出。以後5回連続で準決勝まで進出していたが、2009年の回では2回戦(シード権を得ていたため、この回の初戦)出場時に、自己紹介をした後ネタを忘れ、もう一度舞台の出入口から出直してネタを一つやったところで制限時間の2分が終わり、結局この回はこの2回戦で敗退した[11]。そして翌2010年は、初の決勝進出を果たし、その明るく自虐ネタをぶちまける芸風を伊東四朗からは「いい!!明るい!!」と高評価され優勝したあべこうじに次ぐ2位評価の「92点」をつけられ、その他の審査員からも高評価を受けたが、板尾創路からは最低評価の「82点」をつけられ、結果は5位だった。
- 付き合っていた男性は神戸・大阪・京都出身という3人で、全員基本的にヒモタイプだという。しかも全員付き合いだして1か月で仕事を辞めている。当時はバブル時代で、派遣のウエイトレスとして朝から夜遅くまで働いていた。3人に貢いだ総額は2200万円ほど。
- 初めてできた彼氏は熱燗を飲んだ勢いで初体験をした人で、20歳の時だった。2人目の彼氏も赤ワインの勢いで付き合い、3人目はイモ焼酎だった[12]。
- 番組などでワキ汗をネタにされることがあるほどの汗っかき。本人も気にして大判の汗ワキパッドを使用したりしていたが、状況はあまり変わらなかった(レオタードを脱ぐとパッドの周りが皆既日食のような形になって腋汗が染みていたらしい)ため、それ以後は気にすることもなくなったという。レオタードをワキ汗でぐっしょり濡らすのも、彼女の持ち味である。その証拠に、2009年12月22日放送のロンドンハーツ・『男芸人266名がリアルに選んだ抱いてみたい女芸人GP2009』では7位タイの12票を獲得。アンガールズ・田中卓志やデンジャラス・ノッチ等、票を入れた全芸人から「腋汗がいい」という理由で選ばれた。
[編集] 主な出演番組
[編集] テレビ(レギュラー)
[編集] ラジオ
- 辻よしなり ラジオグラフィティ(文化放送)
- 寺ちゃんの飛び出せ!ハッピータウン(文化放送)
- THE SHOOTING HITS(NACK5)
- いとうあさこの「はっぴいParty」(レインボータウンエフエム放送)
- 大竹まこと ゴールデンラジオ!(文化放送、大竹サテライトリポーター、水曜担当、2009年10月7日~)
- 爆笑問題の日曜サンデー(TBSラジオ、週末版TBSラジオショッピング、2009年10月18日・11月15日・12月13日)
- DJ Tomoaki’s Radio Show!(下北FM、2009年11月12日)
- いとうあさこのオールナイトニッポンR(ニッポン放送、2010年1月8日)
[編集] 映画
- GIRL'S LIFE TOKYO NOIR(2004年 中村愛美編)ヘルス嬢役
- クレヨンしんちゃん 超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁(2010年)花嫁(希望)軍団Fあさこ役(声優として)
[編集] CM
- キング観光(2010年4月 - )
[編集] 書籍
- あさこ40歳。~私、生きてる!~(2010年6月10日)
[編集] 演劇
- 2007年5月 MasekiShuffleKeyperson第一回公演「銀座cafe太子堂」<エコー劇場>さおり(cafeのマスターの彼女)役
- 2008年6月 山田ジャパン旗揚げ公演「ゲーセン下ル」<小劇場 楽園>恵美ちゃん(ヒモに貢ぐキャバクラ嬢)役
- 2008年11月 MasekiShuffleKeyperson第二回公演「ボンチピープル」<シアターモリエール>さおり(前のcafeから居酒屋に来た)役
- 2009年2月 笹塚演劇王決定戦~短編演劇オムニバスコンテスト 山田ジャパン「都合のいい場所」<笹塚ファクトリー>クミ(老け顔女子高生)役
- 2009年5月 山田ジャパン第3回公演「海を渡れ!元通りを目指して!」<下北沢「劇」小劇場>紀子38歳(不倫)役
- 2009年10月 山田ジャパン第4回公演「八つ当たりに丁度いい顔」<新宿TinyAlice>バスタブ婦人
- 2010年3月 山田ジャパン第5回公演「ソリティアが無くなったらこの世は終わり」<新宿サンモールスタジオ>死にかけママ役
- 2010年7月 山田ジャパン第6回公演「あそび」<新宿サンモールスタジオ>レーサーさやか役
[編集] PV
- twill「close to you」(CDジャケットにも起用)
[編集] 出典・脚注
- ^ 公式ブログより
- ^ 2011年7月17日放送の日本テレビ「誰だって波瀾爆笑」にて発言。
- ^ 2009年8月4日放送回『踊る!さんま御殿』より、『さんま御殿』でも同様の発言、また『にけつッ!』出演時には実家について収録現場となった「ヨシモト∞ホールの近く」とも話している
- ^ “【最新テレビ事情 10の疑問】バラエティーの出演者はなぜ同じ顔ぶればかりなのか”. 日刊ゲンダイ (2011年3月8日). 2011年1月4日閲覧。
- ^ 2010年5月22日放送のメレンゲの気持ち(日本テレビ系列)より
- ^ 2010年4月1日-配信「内村さまぁ~ず」より
- ^ 『カンニングの恋愛中毒』より本人談
- ^ 2009年1月4日放送「にけつッ!!」より
- ^ 年齢はいとうの方が3歳上(厳密に言えば青木は早生まれなため、2学年下)だが、芸歴では1年先輩にあたる
- ^ 2010年7月30日放送、「夜は美女バナ」にて
- ^ “『R-1ぐらんぷり2010』決勝進出者が決定! 2年ぶり“参戦”なだぎ武も決勝進出しV3狙う”. オリコン (2010年2月11日). 2011年1月9日閲覧。の中でもこのエピソードが掲載。
- ^ 2010年4月1日-配信「内村さまぁ~ず」より
- ^ “芦田愛菜、7歳最年少司会…日テレ「メレンゲの気持ち」”. スポーツ報知. (2011年8月2日) 2011年8月3日閲覧。
[編集] 外部リンク
- 所属事務所によるプロフィールと出演スケジュール
- ブログ 『チルチル ミチルチル』 (2009年4月12日 - )
- 旧ブログ 『チルチルミチルチル』 (2006年1月1日 - 2009年4月12日)
- コラム 『幸せになりたい!』 目次 (全24回・25話)
- ニコニコ動画 マセキちゃんねる (いとうあさこのネタ動画)
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