ふかわりょう

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ふかわ りょう
本名 府川 亮(ふかわ りょう)
ニックネーム かまくら一番!、りょうパン、ロケ兄、縦軸
生年月日 1974年8月19日(37歳)
出身地 日本の旗 日本 神奈川県横浜市港北区
血液型 O型
身長 177cm
方言 共通語
最終学歴 慶應義塾大学経済学部
出身 現事務所直入
事務所 ワタナベエンターテインメント
活動時期 1994年 -
同期 アンタッチャブルオセロ など
現在の代表番組 ROCKETMAN SHOW
過去の代表番組 内村プロデュース
爆笑問題のバク天!
いきなり!黄金伝説。
音楽ば〜か
など
他の活動 クラブDJ
ミュージシャン
プロデューサー
以上「ROCKETMAN」名義での活動
配偶者 未婚
親族 原哲夫(従兄)
公式サイト 公式プロフィール

ふかわ りょう1974年8月19日 - )は、日本お笑いタレント俳優エッセイストROCKETMANロケットマン)名義でクラブDJミュージシャンプロデューサーとしても活動している。本名、府川 亮(読み同じ)。

神奈川県横浜市港北区出身。ワタナベエンターテインメント所属。従兄漫画家原哲夫がいる。

目次

[編集] 来歴

國學院高校時代から芸人を志望しており、1994年にデビュー。慶應義塾大学経済学部在学中に同じ学校の園田尚志と「コムシコムサ(フランス語で「ボチボチ」という意味)」というお笑いコンビを組んで活動していたが在学中に解散した。その後、Wコロン木曽さんちゅうとコンビを組んだが、コンビ志望の木曽とそりがあわず、わずか1ヶ月で解散した[1]

ピン芸人になってからは、長髪に白いヘアーバンドをトレードマークにした高学歴芸人として「小心者克服講座」「アルトリコーダーの組み立て方」「ピーターパンの血豆占い」等に見られるシュールな一言ネタ、自虐的な笑いで「シュールの貴公子」と称された。「小心者克服講座」ではBGM (DONNA McGHEE『MR.BLINDMAN』) にのせて、腰に手を当てて横揺れしながら「お前ん家の階段、急だな」「お前ん家、天井低くない?」「消しゴムの角使ったぐらいで怒るなよ」等、相手にちょっとしたダメージを与えるあるあるネタを発する、というスタイルで人気を博した。

しかし、バラエティー番組出演の機会が増えるに連れ、当初のイメージとは裏腹に、いわゆる「リアクション系」「いじられ系」のキャラクターが次第に色濃くなっていき、持ちネタも共演者から「すべり芸」扱いされたり、「貴公子」というキャッチフレーズもいつの間にか「ポスト出川哲朗」という異名へと変貌してしまった[2]。その頃は同じくマッシュルームカットがトレードマークであり、「いじられ系」である南海キャンディーズ山里亮太を意識している様子で、タモリに番組収録の合間に「山ちゃんとキャラがかぶってるんですが」と相談していたという[要出典]。同期である有吉弘行につけられたあだ名は「ノイローゼごぼう」。

すべり芸用の持ちギャグに「ティン!!」「コラー!」「カチーン」「シュワシュワ」「ニー」「ター!」などがある。

[編集] 髪型

デビュー当初は上記の通り、長髪にヘアーバンドをしていたが、後に額と耳を覆い隠すマッシュルームカットになる。当時は、共演者からしばしば「ヘルメットを取れ」と弄られ、『内村プロデュース』(テレビ朝日系、以下『内P』)収録後の打ち上げの飲み会で「かまくら一番!」と命名されてからは、「かまくらカット」として定着していった(たまに「りょうパン」という愛称でも呼ばれていた)。また、『爆笑問題のバク天!』では、「茸」と弄られ、『クロノス』に出演した時は、ペアを組んだ岩佐真悠子から「ふかメット」と呼ばれていた。カット代は「何だかんだで、7000円」。

世界の果てまでイッテQ!』(2009年10月4日放送)の企画『世界の床屋さんでおまかせで頼むとどうなるの!?』でトルコの理髪店にてお任せで散髪し、短髪になった。また、2010年9月26日放送の『熱血!平成教育学院』3時間SPでは「5位以内に入らなければ角刈りにする」と公言。しかし8位に終わり、目標を果たせなかったことからする断髪する破目になったが、実際は前髪を揃えただけだった。その後、『イッテQ』(2010年10月10日放送)の企画『世界の床屋さんでおまかせパーマ』で、ベトナムにてパーマをかけてもらった。

[編集] 韓国グループ過剰露出に対する見解

2011年7月31日放送の『ROCKETMAN SHOW』にて、高岡蒼甫Twitterで、韓流を強く推すフジテレビの姿勢を批判したことで起きた騒動について、「あるテレビ局が韓国政府からK-POPを流すようお金をもらい、さらに楽曲の権利も持っていて、K-POP歌手が売れれば売れるほど、テレビ局にお金が入る仕組みがあった」場合の話として「影響力がある公共の電波を用いて一企業の私腹を肥やすやり方を推進するのは違反なことだと思う」「ある局がお金をもらってK-POPのCMを流すのと、番組の中で流れるのは『決定的に違う』」「CMだったら視聴者はCMとして受け止めるけど、番組で取り上げるのは世の中の現象がこうなっているかのように偽装している。そこにメディアの大事な境界線がある」と論評した[3][4]。上記の発言を受け、8月2日にはフジテレビ傘下のコンテンツ企業がK-POPの権利を押さえていることが報じられた[5] 今回の騒動で、「テレビは時代を映すものではなくなった」と感じたと言い、「完全に終わったなと思った」「テレビの画面を通して世界を見てたら、自分が痛い目に遭う時代になっちゃった」と、苦言を呈している。[6]

[編集] 音楽活動

ROCKETMAN名義でのライヴ(2010年)

前記の通り、音楽活動を行う際は『ROCKETMAN』(ロケットマン)を名乗り、お笑いとは一線を画している。

幼少期から習っていたピアノはお笑い芸人屈指の腕前を持つ。演奏難度の高い曲もこなし、時折バラエティ番組の企画で披露している。その一方で歌唱力の方はかなり難があり、『内P』での企画ユニットNO PLANのメンバーの中では、内村光良に次ぐ音痴だった。また、大学在学中には、南米音楽サークルである慶應義塾大学ラテンアメリカ研究会(後の慶應義塾大学ラテンアメリカ音楽研究会)に所属し、ギターピアニカフォルクローレボサノヴァを演奏していた。

1998年に小西康陽(元ピチカート・ファイヴ)とユニット「ロケットマン」を結成し、2000年より「ロケットマン」はふかわのソロユニットに移行。「ROCKETMAN」や「もやしっ子」と名乗って、三宿WebなどでクラブDJとして活動している。同業者からは「まだCDではなくレコードで回すのが主流だった頃から、CDでパフォーマンスできるDJとしてのスキルを既に持っていた」と評価されている。

また、音楽製作も活発に行っており、ロケットマン、あるいはROCKETMAN名義でCDをリリースしているほか、テレビゲームbeatmania』への楽曲提供や、『さまぁ〜ずげりらっパ』(メ〜テレ)のテーマソングの作曲、自身が出演した映画『ピーナッツ』の音楽制作なども行った。映画『ピーナッツ』に関しては、監督である内村の「映画音楽出来るか?」という何気ない一言から音楽を担当することになり、内村から「そっち(音楽)の道へ進みなさい」と好評価された。

2006年4月からはJ-WAVEなどでROCKETMAN名義での冠番組を持ち、リスナーからは「ロケ兄」(ロケにい)と呼ばれている。

2008年にはプロデュース業にも進出。アイドルユニット・COSMETICSにプロデューサーとして携った。

2010年4月、配信限定シングル「dancemusic」がiTunes Storeのダンスチャートにて1位を獲得し[7]、程なくiTunes Store全体の総合チャート1位を獲得した[8]。同曲は1週間にわたって総合チャート1位を記録した[9]

2010年8月にはソロユニット移行10周年を記念したベスト盤「thank you for the music!」を発表。従兄である原が裏ジャケットのイラストを担当した[10]

なお、『音楽ば〜か』には音楽活動を行っているという理由で出演し(当初は不定期、2009年11月以降は番組アシスタントとしてレギュラー出演)、2006年5月放送のフジテレビ系ドラマ『ザ・ヒットパレード〜芸能界を変えた男・渡辺晋物語〜』では、ピアノが得意ということから若き日の中村八大役を演じたが、これらはふかわりょう名義での出演であった。

[編集] 人物

  • ネタは基本的に理詰めで考えていくタイプで、一言ネタにも笑いに対する彼なりのこだわりがあるようである。一方アドリブには滅法弱く、「コラー!!」「ちょっと待って下さいよ〜!!」と、短絡的なリアクションを取ることもしばしばあり、その勢いで前に出て来ても途中で何も言うことがなくなってしまい、徐々にトーンダウンしてしまうケースが多い。また、余計な一言を言ってダメ出しを受けてしまう事も多いが、バラエティ等で的確なツッコミとなることも多い。
  • 一方、ブログやラジオではテレビでのイメージからは想像出来ないような真面目なコメントをすることが少なくない。『ROCKETMAN SHOW』では、はっきりと物事を言う姿勢が見られ、トークの話題は人生観や社会観にまで及ぶ。また、自身のブログでは世相や最近起きた事件に対しての所感、ROCKETMANとしての活動、旅行記、人生観や社会観などを綴っており、ブログ内でお笑いの部分はほとんど見せていない。
  • かなり裕福な家庭で育ったらしく、子供の頃は足が速く(中学・高校で陸上部に所属)、クラスの人気者であったとの事。学業も優秀でピアノも上手に弾ける、いわゆる優等生だった。両親もふかわを「亮ちゃん」と呼び、とても可愛がっている。尚、ふかわの両親は共にテレビ出演には好意的。2人の温厚で少しとぼけたキャラクターがウケ、息子の出演する『内P』『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日系)等の番組に幾度か出演している。更に映画『ピーナッツ』では、ふかわが扮する役の両親役として出演を果たした。
  • 母方の実家は、江戸時代に「有松絞り」という染め物で財を成した豪商である。その先祖が、三代 歌川広重に店を描かせた浮世絵が今も残っている(「尾州有松絞店之図」)。(『開運!なんでも鑑定団』2010年10月19日放送)
  • 非常に涙もろく、先輩芸人や番組スタッフに泣かされてしまうこともしばしば。レギュラー出演していた『内P』のレギュラー放送最終回では、内村光良が「…お前あっての『内村プロデュース』だった!」という一言で泣かせようと思ったが、既に号泣していた。ふかわは最終回で30000ポイントを与えられ、累計ポイントでさまぁ〜ずTIMを抑えて番組総合優勝を果たした(その時も号泣)。また、最終回のエンドロールでは、ふかわについて『溺愛されたいじめられっ子』と流れた。
  • 『内P』では、さまぁ〜ず等に比べ笑いを取ることは少なく、ほぼ毎週番組内でポイントが最下位に甘んじていたが、ある日「事前に問題を知っていれば爆笑が取れる」と強気に発言。これに伴い、ふかわにのみ番組収録前に大喜利コーナーの問題を伝えて実力を見る企画が行われた(2004年10月25日放送「ふかわりょうの夢をプロデュース」)。その結果、6人中5位という中途半端な成績を収めた事から、内村からは「中途半端なんだよ」とツッコミを入れられてしまった。
  • 後のインタビューで内村は「(内Pは)ふかわが重要なポイント、皆の『当てどこ・クッション』になることで番組が成立している」と語り、対談相手だった高須光聖からは「ダウンタウン山崎邦正みたいな関係だね」と評している。また、次長課長河本準一は内Pに初出演した際の本番中ふかわに「内P見ていて、ふかわはつまんねぇと思ってたけど、あなた天才です」と語ったという(『内村プロデュース DVD』特典映像の内村の証言より)。
  • 爆笑問題のバク天!』(2005年6月4日放送)にて爆笑問題が「爆笑問題とウッチャンナンチャンのどっちを取る?」と尋ねた所、迷わず「ウッチャンナンチャン」と答えた。理由は「(ウンナンの方が)大事にしてくれているから」だが、爆笑問題から「(俺達だって)大事にしてるじゃねぇか!」と責められた。尚、爆笑問題には「(まだ)壁を感じる」との事。一方、内村も親友と呼べる友達としてふかわの名前を挙げ、「心が通じ合う」と発言。しかし、南原清隆に「(内村は)扱いやすい人を親友にしている」と突っ込まれている。
  • 趣味はサービスエリア巡り。高速道路の割引制度実施以降はサービスエリア特集の番組に出演することが多い。特技は、先述のピアノの他に、天気関係に詳しかったり、人の家族構成を当てたりする事も出来るらしい。
  • 2010年5月2日放送の『モヤモヤさまぁ〜ず2』では、ふかわの所属事務所近くでロケ収録をしていた所に偶然車で遭遇し、一部のロケに参加した。しかし、このふかわゲスト出演シーンがゴールデンに進出後7回放送された中での瞬間最低視聴率となった(2010年6月12日放送『モヤモヤさまぁ〜ず2 緊急特番 視聴率グイグイランキング』より)。
  • 左利きである(2010年10月30日放送『ぷれサタ!』より)。
  • 慶應義塾大学の経済学部を志望した理由として英語と社会と小論文で受験出来(B方式)、数学や理科を全く使わないで良かったからと語っている。

[編集] 出演

テレビ

ラジオ

DJ(ROCKETMAN名義)

  • 三宿・WEB「ROCKETMAN DELUXE」(第3金曜日)

[編集] 過去の出演番組

バラエティー番組

テレビドラマ

映画

ラジオ

CM

ミュージックビデオ

[編集] 著書

[編集] DVD

  • アーガイルの憂鬱 (アスミック) 2009年11月

[編集] ディスコグラフィー

「ふかわりょう」名義
「ROCKETMAN」・「ロケットマン」名義
  • フライング・ロケットマン (日本コロムビア1998年11月21日)
  • ロケットマン・デラックス (日本コロムビア、2000年5月20日)
  • ピーナッツ』オリジナル・サウンドトラック (梅堀淳とのダブルクレジット、レントラックエンタテイメント2006年1月25日)
  • 愛と海と音楽と(コロムビアミュージックエンタテインメント、2006年8月2日)
  • THE SOUND OF MUSIQUE(コロムビアミュージックエンタテインメント、2007年5月9日)
  • 「LifegoesON 2.0」(ビクターエンタテインメント、2009年11月4日(配信限定シングル))
  • 「dancemusic」(ビクターエンタテインメント、2010年4月7日(配信限定シングル))
  • 「LOVE IS ALL II〜これからはじまるstory〜」(ビクターエンタテインメント、2010年7月7日(配信限定アルバム)※「ROCKETMAN feat. COSMETICS」名義)
  • 「thank you for the music!」(ビクターエンタテインメント、2010年8月4日)
  • 「HAPPY END OF THE WORLD」」(ビクターエンタテインメント、2010年10月27日(配信限定シングル))
  • 「LOVE DISCO」(ビクターエンタテインメント、2011年7月21日(配信限定シングル)※「ROCKETMAN feat. トリンドル玲奈」名義)
  • 「それでも僕たちは生きてゆく」(ビクターエンタテインメント、2011年10月12日(配信限定シングル)※「ROCKETMAN feat. 川嶋あい」名義)
  • 「とんだハッタリボーイ」(ビクターエンタテインメント、2011年11月9日(配信限定シングル)※「ROCKETMAN feat. 初音ミク」名義)
「初音ミク DANCE REMIX Vol.1」ボーナストラックとして収録。

[編集] 脚注

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  1. ^メレンゲの気持ち』2010年6月19日放送
  2. ^怒りオヤジ』で共演した際、出川哲朗が「『ポスト出川と呼ばれるのが迷惑だ』と言っている」と証言したが、ふかわ自身は否定している。また、出川よりも出演者いじりが積極的で上手いため。
  3. ^ 止まらない芸能人の「韓流傾倒テレビ」批判 今度は芸人・ふかわりょうがJ-WAVEで苦言”. 日刊サイゾー (2011年7月31日). 2011年...閲覧。
  4. ^ ふかわりょう高岡蒼甫に共感? 韓流偏重「テレビ終わったな」”. J-castニュース (2011年7月31日). 2011年...閲覧。
  5. ^ フジテレビが異常なほど韓流に肩入れする理由”. 日刊ゲンダイ (2011年8月2日). 2011年...閲覧。
  6. ^ 江川紹子氏、“韓流推し”騒動に物申したふかわりょうに「中身がない」|RBB TODAY
  7. ^ “ふかわりょう、涙で前が見えません!念願のiTunes1位を記録”. BARKS. (2010年4月10日). http://www.barks.jp/news/?id=1000060075 2011年2月8日閲覧。 
  8. ^ “ふかわりょう、ついに日本一。お次は攻めか、責めか。”. BARKS. (2010年4月13日). http://www.barks.jp/news/?id=1000060149 2011年2月8日閲覧。 
  9. ^ “ROCKETMAN配信曲がiTS総合チャートで1週間1位独走”. ナタリー. (2010年4月18日). http://natalie.mu/music/news/30700 2011年2月8日閲覧。 
  10. ^ ROCKETMAN、原哲夫と奇跡の従兄弟コラボ - ナタリー(2010年8月9日閲覧)

[編集] 外部リンク

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