米粒写経

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
 米粒写経
メンバー 居島一平
サンキュータツオ
別名 大本営八俵
(※居島のピン芸人での名義)
結成年 1998年
事務所 オフィス北野
活動時期 1998年 -
現在の活動状況 ライブ、テレビ
芸種 漫才
公式サイト 米粒写経 公式HP
テンプレートを表示

米粒写経(こめつぶしゃきょう)は漫才お笑いコンビオフィス北野所属。

目次

[編集] 概要

2人とも早稲田大学に在学していたという高学歴のお笑いコンビである。落語研究会 (サークル活動)で出会い、居島が1年年下のサンキュータツオを誘って結成。1998年、当時浅草キッドが主催していたライブ『浅草お兄さん会』に素人として出演、これが実質的なデビューとなった。以後、細々とフリーで活動していたが、一時活動休止を経て、2001年再結成、プロとなる。バウスプリット株式会社、フリーを経て、(フラットファイヴ業務提携)、オフィス北野所属。

[編集] メンバー

居島一平(おりしま いっぺい、1974年10月22日 - )
ボケ担当。東京都出身。O型、身長171cm
江東区立第三亀戸中学校、都立城東高等学校卒業。駒澤大学仏教学部中退、早稲田大学社会科学部除籍。
中学2年で落語に傾倒、送別会や謝恩会では「一寸間亭比野野呂(ちょっとまていこのやろ)」の名で高座に上がった。(当時は桂枝雀のコピー)
また新聞委員を丸三年つとめ、昭和天皇崩御を扱った号は、毎日中学生新聞に掲載される。
同時に千代の富士に憧れ毎日草相撲に明け暮れる相撲少年だった。
中学の2年上に故飯島愛、4年上の卒業生に劇団「大人計画」の宮崎吐夢がいるが、面識はなかった。
高校時代は、監督・脚本・主演・主題歌の「スタンダード図書館講座」を撮り、専ら映画と坂口安吾山田風太郎に溺れる。
1993年に駒澤大学仏教学部に進み、サンスクリット文学研究会に入会するが三ヶ月で音を上げ大学も中退。
翌年早稲田大学社会科学部に入学、落語研究会に籍を置きつつ(「大本営八俵」の芸名はこの時から)太田出版でのアルバイトに精を出す。
この時親しくなった編集者の紹介で宮崎学の出版記念パーティーの司会を務めたことも。
なお早大落研時代の「弟子」に、2年下で政治経済学部にいた遠藤結蔵(現・ゲオ代表取締役社長)がいる。
1996年頃よりお笑いカルトシンガー、元気いいぞうの「自宅ライブ」にレギュラー出演するようになり、1997年1月なかの芸能小劇場での同氏独演会に「鬼毒人(おにどくと)」の名でゲスト出演、これが実質的なプロ初舞台となる。
1998年、落研の後輩であるサンキュータツオを誘い、「米粒写経」を結成、浅草キッド主催ライブ「浅草お兄さん会」のネタ見せに合格。
以降2000年の同ライブ終了まで毎回出演。高田文夫編集「笑芸人」にて東京漫才ベスト50組にも選出された。
レギュラー仲間とインディーズ集団「トンパチ・プロ」(社長は現・東京ダイナマイトハチミツ二郎)の設立にも参加するが、2001年脱退。
また「浅草お兄さん会」で出会った鳥肌実と意気投合、2010年の"全国時局講演会"ツアーまで参謀役、ブレーンとして演説ネタ台本作りにたずさわっていた。
2003年頃より個人での活動も本格化、「大本営八俵」の名で浴衣旧帝国陸軍軍帽を被り、服装も日本兵を模したものにすることがある。サングラス姿で絶叫する軍国漫談、一人コント、特殊ものまね芸を確立。
過剰に「右」投げ「左」撃ちな芸風は、一水会顧問:鈴木邦男をして"右翼よりも右翼"と言わしめたが本人には自覚なし。
芸風は右翼的な言動や事件・時事問題などを絡めた過激な発言や行動が多く、「大日本帝国万歳」のパフォーマンスを入れるのが最近の定番ともなっている。
そのスタンダップコミックスタイルは、落語家の快楽亭ブラック立川談之助東京ボーイズ仲八郎、故前田隣ほかに認められ、彼らの独演会や企画ライブに多く招かれるようになる。
特にブラック主宰の「気狂いライブ」、「カルト寄席」、「トンデモ落語会」はほぼ常連として出演するが、数多くの劇場を出入り禁止になったブラックが主に使用する浅草ヨーロー堂を「怖過ぎる」という理由で出入禁止になる一幕も。
ちなみに2008年新宿ロフトプラスワンで開催の「爆笑!レッドカーペット」に対抗した「戦慄!ブルーシート」では、出場30組を退け優勝している。
1995-2008年まで「鬼畜寄席」(不定期開催)、2003年-現在も継続中の「苦肉祭」(毎月29日開催)など多くの自主ライブを興行、後者はアングラ・アパッチ芸人が一同に会する梁山泊的寄席としてごく一部に定着。
2011年刊行のお笑いマガジン「コメ旬」では"今どうしても押さえておきたい東京地下芸人24人"にランクイン。
「ボッシュ、土佐の絵金、佐伯俊男」等に影響を受けたと自称する筆ペンを使った絵も独自の画風に定評があり、鉄のゲージツ家:KUMAこと篠原勝之氏には、「あんた、(絵が)うまいだよ。なかなかいいタッチだ、これちょうだい!」の言葉と共に"インテリコメデアン"と命名される。
主催ライブのチラシは殆ど自分で描き上げているほか、『ドラゴンゲート』所属のプロレスラー、新井健一郎率いるヒール軍団"ディープドランカーズ"のメンバーTシャツ用にイラストを提供もしている。
自他共に認める歴史マニアとしてゲストに呼ばれたトークライブで邪馬台国について二時間、また自主ライブ"闘苦笑"「六本木珍獣」では、延々と歴史と古本談義に明け暮れることもたびたび。
2001年より、活弁映画監督の山田広野、活動写真弁士の坂本頼光らと映画秘密倶楽部「弁士のいるトーキー」(2006年以降休止中)を開催する等、映画ファンならではの活動もあり。
2001年「くされすぎ」、2002年「さわぎすぎ」、2003年「なさりすぎ」、2004年「すっぐむ」と、ヘブリスギョン岩月 作・演出・武術指導の舞台に4年連続主演。(中野ハルコロホール)
本家「探偵!ナイトスクープ」の制作陣が映像・編集をつとめたイベント「迷探偵!ナイトスクープ」には探偵としてレギュラー出演、犬吠埼で自殺志願の女子高生を間一髪で救う光景に秘書役で出演していた潮吹きAV女優の紅音ほたるが感動のあまり号泣するが、映像が全部芝居だったことが後に発覚、
そのショックでさらに泣かせ、これを後に本人は「手を使わず、指一本触れずに紅音ほたるを泣かせたのは,加藤鷹以上のテクニック」と自慢している。
2009年から、元大川興業プチ鹿島と共同司会をつとめる「思わず聞いてしまいました!」では、村西とおる鈴木邦男大槻ケンヂ河野太郎(衆議院議員)、勝谷誠彦重村智計(早大教授)、上祐史浩(元オウム真理教)、元貴闘力吉田豪宮嶋茂樹山本太郎久田将義(実話ナックルズ発行人)といった話題の著名人ばかりを迎え、新宿ロフトプラスワンの看板イベントとして好評につき現在も定期開催中。
2010年8月より、78.4SHIBUYA-FMにて、人生初の冠ラジオ番組 「居島一平のViolent Saturday~歯軋り番外地~」(毎週土曜夜8時〜9時)を放送している。
サンキュータツオ(1976年6月21日 - )
ツッコミ担当。東京都杉並区出身、B型。身長180cm。
早稲田大学第一文学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了、同研究科博士後期課程単位取得満期退学(当人のブログに記載されている。公式HPのプロフィールでは「早稲田大学大学院文学研究科博士課程に在籍中」と記載されている。早稲田大学には学部から通算14年通った)。文学修士。専門は言語学日本語学表現論文体論卒業論文は『笑いのツボ 闘う落語家・立川志の輔 論』、修士論文は『日本語におけるおかしみの生成過程』。日本初の大学院博士課程芸人であった。現在は一橋大学で非常勤講師を務めている、現役の大学非常勤講師芸人である。第一文学部では平岡篤頼、文学研究科では中村明野村雅昭に師事した。
お笑いの学術的研究をするとともに、芸人活動をしている(公式HPより)。麻雀、仏像鑑賞、競艇、落語観賞などの趣味をもつ。また、大のアニメフィギュア好きでもあり、公言もしていてオタク芸人トークユニット「アニメ会」のメンバーでもある。また、様々な施設の床や壁面のタイルを写真に収めるのも好きで、タイルの写真だけを載せたブログを公式ブログとは別に展開している
かつてハチミツ二郎マキタスポーツとトリオ「カミナリボーイズ」として活動していた。
中学校時代からバスケット部に所属し、最近までクラブチームでバスケットを続けていたという(2008年現在)。その間、10年ほど近所の小学校のミニバスケットボールクラブのコーチをしていたらしい。NBAマニアでもある。また、競艇もたしなんでいるらしく、たまに地方の競艇番組に出演している。生放送時に高額の舟券を的中させたが、レース終了が放送時間におさまらなかったと、自身のブログで述懐していた。
オタク芸人トークユニット「アニメ会」のメンバーとしても知られ、国井咲也三平×2比嘉モエル亀子のぶおと活動。ポッドキャスト「にじいき」にも出演し、その毒舌ぶりから番組内では「失礼なキャラ」と言われている。更に紫の服を好んで着ている事から「紫の人」と言う異名を付けられていた。現在は、「アニメ会の『ヲタめし!』」に出演している。
「~だポポ」と言う様にポ系語尾を付ける。(一例)「サンキュータツオだポポ」。また、ポ繋がりで明治製菓の「ポポロン」が好物らしい。
高円寺のとある喫茶店で声優の門脇舞以清水愛と偶然に出くわし、写メールで清水とのツーショット写真を撮られ、それが門脇のブログに載ったというエピソードがある。
主催するライブ漫才バカ一代で、素人時代の島田夫妻をプロデュースし、ネタを書いていた(島田夫妻がワタナベエンターテイメントに所属してからは書かなくなったらしい)。
お笑いの研究者としての手腕も評価され、プロダクション人力舎フラットファイヴなどでお笑いの講師も務めたことがある。
自分の母親がゲーム好きである事を「アニメ会の『ヲタめし!』」で度々発言している。「金色のコルダ」にハマっている。タツオがソフトを買い与えた事がプレイし始めた切っ掛けである。昔、タツオがプレイし、セーブしていたスウィートホームをタツオが学校に行っている間にタツオのセーブデータでエンディングまでクリアした為、喧嘩になった事があると言うエピソードを持つ。
同い年である声優歌手堀江由衣ファンである。彼女がパーソナリティーを務めている「堀江由衣の天使のたまご」のリスナーである事も公言している。
アニメ映画「天空の城ラピュタ」のムスカの物真似が得意で、「アニメ会の『ヲタめし!』」内の仕事依頼のCMで披露している。
2009年から、『コレカミ!』という「二次元カルチャートークライブ」を主催している。
高校は男子校に通っていたと言っているが、「アニメ会の『ヲタめし!』」第95回でのリスナーの投稿メールの質問に答えて、タツオ本人は学校名は言わなかったが、「調べたらRHYMESTER宇多丸が先輩だった」と語っている為、ウィキペディアの宇多丸の項目によってタツオが巣鴨中学校・高等学校に通っていた事が判明する。高校では論語を教える時間があり、論語を写し書きして昔の本の様に全てのページを紐留めして論語を一冊作らされていたらしく、「人生で初めて作った同人誌は論語だった」と語っている。
2009年10月からTBSラジオで放送されている「メキキの聞き耳」に「おもしろ論文のメキキ」として定期的に出演し、タツオ自身が見付けて来た面白いテーマの論文を一つ取り上げてその論文について語っている。同番組では、「アニメ会」におけるオタクしてのタツオとは一線を介する学者としての一面をフルに発揮している。
かなりの落語ファンであり、尊敬する人物は3代古今亭志ん朝(「人類滅亡と13のコント集」記載)。現存する落語家では、三代目桂春團治が一番好きらしい(2009年ブログ情報)。しかし、立川談志および志の輔、志らく、談春の理念に大いに共感しているらしいこともうかがえる。なお、トークイベントでは、このほか、上方落語の笑福亭福笑、桂福團治、笑福亭仁鶴、笑福亭松之助なども絶賛しており、「上方落語コンプレックス」であると言っていた。
幼少期より父親がいない。

[編集] 出演

[編集] テレビ

[編集] ラジオ

[編集] 映画(DVD)

  • 「ゆかいな探偵パペット&マペット

 ホンワカ♪昆虫大捜査だよ♪」(昆虫博士役で出演)※居島

ライブ

  • フライデーナイトライブ
  • 漫才バカ一代
  • すっとこどっこい
  • レンコン寄席
  • 東京ビタミン寄席
  • バカ爆走
  • フフフのフー
  • 蒲田くすくすお笑いライブ
  • ダーリン寄席
  • 雷ライブ(浅草フランス座演芸場東洋館
  • 地下室のコメディー
  • アニメ会
以下、居島のみ
  • 鬼畜寄席
  • 苦肉祭
居島主催のライブ。内容はピン芸のみで、毎月29日に開催されている。『鬼畜寄席外伝』というふれ込みで、拠点は東京都中野区のイベントスペース『nakano f』など。キャッチコピーは「戦後最大のミニライブ」。
  • 安藤道場一門会
  • 気狂いライブ
  • カルト寄席
  • 六本木珍獣
  • THE職務質問
  • THE事情聴取
  • トークの親戚近くの他人

[編集] ゲーム

[編集] DVD

  • 「お笑いライブ 人類滅亡 ~27連発!狂気のコント集~」バップ
  • 「お笑いスター(予定)名鑑!? 2」グレード・コミュニケーション
  • かみちゅ!』6(アニプレックス)オーディオコメンタリー
  • 「笑いの聖戦」(スコラマガジン、[[2010年]12月18日

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス