ゾマホン・ルフィン
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| ゾマホン | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | Zomahoun Idossou Rufin |
| 別名 | 二代目そのまんま東 |
| 出生 | 1964年6月15日(45歳) |
| 血液型 | O型 |
| 学歴 | 上智大学大学院社会学専攻博士後期課程単位取得退学 |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP、ヒップホップ、アフロビート |
| 職業 | タレント ビートたけしの付き人 |
| 活動期間 | 2009年 - |
| レーベル | UNIVARSAL J |
| 事務所 | 稲川素子事務所(1999年 - 2002年) オフィス北野(2002年6月 - ) |
| 共同作業者 | 松嶋重(楽曲提供プロデュース) |
| 影響 | ビートたけし |
| 公式サイト | ゾマホンのホームページ ゾマホン公式サイト - ユニバーサルJ |
ゾマホン・イドゥス・ルフィン(Zomahoun Idossou Rufin、1964年6月15日-)は西アフリカ・ベナン共和国出身でオフィス北野所属のタレント、警世家。タレントであり、映画監督でもあり俳優のビートたけし氏の付き人でもある。上智大学大学院博士後期課程単位取得退学(社会学専攻)。ベナン大統領特別顧問。TBSテレビ系列のバラエティ番組「ここがヘンだよ日本人」で大ブレイクした。芸名として二代目「そのまんま東(そのまんま ひがし)」を襲名している。また親日家でもある。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 幼少期
1964年6月15日にベナン共和国のダサズメ市・イガンガン村で生まれた。公務員の父の下、3人兄弟の長男。妹と弟がいる。
ゾマホンの父は厳格で、幼少時のゾマホンにとっては非常に怖い存在であり、常に敬語を使って会話をしていたという。15歳の時にその父が過労による病気で急死し、ゾマホンは父方の叔父の家のあるコトヌー市に移り、叔父の家に住まいながら中学校に通う。小学校の頃から成績は優秀で、1986年にベナン唯一の国立大学(当時)に合格したが、父親が既に他界していたため、学費はもちろん、文房具を買うお金にさえも困っていた。
[編集] 日本への興味、中華人民共和国への留学
ゾマホンが日本に興味を持つようになったきっかけは、中学時代に授業で習った日本の「姿」であったという。街にいる人々は皆、丁髷・帯刀をし、すぐに「ハラキリ」(「切腹」を指す)をする非常に「野蛮な国である」と教えられたという(いわゆる江戸時代以前の、西洋人のフィルターの入った非常にステレオタイプな日本をイメージしている)。
しかし、同時に日本がベナンとは比べものにならない程の先進国であることに強い疑問を抱き、それが日本に対する興味、やがて日本へ行ってみたいという気持ちにつながっていったという。しかし、中学生という年齢と父の死という大きな壁にぶつかり、その想いを諦めていたが、大学在学中に漢字に興味を持ったことがきっかけで、再び日本に対する興味が湧き、1987年に中華人民共和国に国費留学した(当時、ベナンと中華人民共和国との間に国費留学の制度があり、また、中華人民共和国は日本と非常に近いためである。日本との間にはそのような関係は当時まだない)。
ここでも彼は、大学で学びながらアフリカ諸国の特命全権大使の専属通訳のアルバイトをしたり、また、大使達の車の清掃のアルバイトをして得たお金を、母国の親族に送金していたという。中学生時代からお世話になった叔父さん宅では、「お金に困っているから」というのがその理由だそうである。大学では、中国文化と中国語を専攻し、孫文や孔子の思想を学んだ。特に孫文の思想には大変共鳴するものがあったという。
[編集] 来日
大学4年間で学び、さらにその上の修士課程で学んだ後に、中国で知り合った日本人の友人のつてを頼り、1994年、自費留学生として来日。日本語学校に通いながら、数多くのアルバイトをこなした。自費留学生の為に学費や生活費を稼ぐアルバイトの量も増えていき、また、午前中の日本語学校での生活もあり、睡眠時間は通常でも1日3~4時間、少ない時は1~2時間という生活を送る。また、食事も生活費を切り詰めるため、1日1食で、玉ねぎに塩をかけただけの食事や、炊いたご飯だけを食べて過ごしたり、公園などの水を飲んで食事は一切取らない時期もあったという。このような生活がたたり、胃潰瘍になり、胃カメラも体験したという。
また、留学の際に保証人になってくれた高橋政昭経営のビデオカメラの把手部品の下請け製造工場での作業中に、激しい眠気が襲い、左手の人指し指を切断してしまう。懸命な治療を受けたが、指は元に戻らなかった。そのため、現在も左手人差し指なしで生活をしている。しかし、ゾマホンは怪我をしてしまったことに対し、高橋に愚痴をこぼしたりはせず、逆に彼を素晴らしい人間と賞賛する。それは、見知らぬアフリカの男を信用し、保証人を買って出てくれたばかりか、自分の経営している工場で働く場を提供してくれたなど、日本での生活をかなりサポートしてくれたからだという。その結果、彼は自身最初の著作の中でも高橋を「私にとっての神様です」と評したり、また、最初のページに「故・高橋政昭氏に捧ぐ」と書いている。また、ゾマホンが「日本とベナンの間の掛け橋になりたい」という夢を掲げるようになったのも、高橋との出会い、願いからだったという。
そのような生活の中で、1996年上智大学大学院博士前期課程(修士課程)に合格する。
[編集] テレビタレントとして
1998年に高円寺のラーメン屋でスカウトされ、TBS系列ビートたけし司会の「たけし×世界バトル2ここがヘンだよ日本人」という2時間スペシャルの特番に出演する。その際のゾマホンのコメントが好評を博し、「変なアフリカ人」という事で、以降、同テレビ局でレギュラー化された「ここがヘンだよ日本人」に出演するようになる。また、フジテレビ系人気バラエティ番組「笑っていいとも」にも出演するようになる。
特に「ここがヘンだよ日本人」での独特の訛りと、議論が白熱する際のエキセントリックなリアクションでお茶の間の人気を博し、様々な番組内でのコメンテーターとして主演。さらには「小学校建設」などの社会福祉的な活動をはじめ、自著まで出版するに至る。来日当初から講演会に招かれることもあったようだが、その数がより一層増し、様々な学校や会社などで講演活動を行っている)。ビートたけしを尊敬しており、現在彼の付き人をしている(ビートたけしが属するオフィス北野に所属している)。また、彼の協力を得て、母国ベナンに学校を作る計画を実現した。
しかし、このような活動の為に著名になった為に、同時に日本人による詐欺まがいの被害にあったり、マスメディアでの様々な虚偽に当たる内容のコメントを書かれたり、また、マスメディアによる激しいバッシングを受けたりする事もあり、それが数度に渡り続いた為に、一時期日本人に対して人間不信状態に陥った事もあると、二冊目の自著「ゾマホン大いに泣く、みなさま心よりありがとう」(河出書房新社刊)にて告白している。その際に、精神的に不安定になり、自殺を考えるような状態になったり、また、日本人全体に対する強い不信感を抱き、母国ベナンに帰郷しようと考えるような、非常に厳しい精神状態にも陥ったという。
これらの経験により、日本人論として、「日本人は銃(等の武器)で人を殺すのではなく、言葉で人を殺す、また、行動様式で人を殺す」と述べている。これは一冊目の自著「ゾマホンのほん」においても、日本の教育上の問題で、同時に社会問題化しているイジメ問題についてのコメントにおいても、同じように述べている。これらは、本人の言によると、有名になった為で、「有名税」を払っているとも語っている。これらの経験を活かし、以前より、より一層の努力精進を重ねようと思うと、前向きな姿勢である事も同時に告白している。
2007年2月26日付『東京スポーツ』紙上で、従来「そのまんま東」の芸名を使用していた東国原英夫宮崎県知事が今後は政治家として本名で活動を行っていく方針を表明している事に伴い、ゾマホンが二代目「そのまんま東」の名前を襲名することが師匠のビートたけしより発表された。既にゾマホン本人も襲名に同意している。しかし、「そのまんま東」の芸名に関しては初代のイメージが強く定着していることや、本人も「ゾマホン」の名称が広く知られていることから、この襲名が一般に定着しているとは言い難い。
また、最近になってオフィス北野所属で、マダ村越と一緒に「ゾマホンズ」という名のお笑いコンビを始めた。
[編集] 人物
「ここがヘンだよ日本人」でのコメントや自著などからもわかるように、非常に厳格で真面目かつ禁欲な性格で、特に異性関係に関しては非常に厳格な考えを持っていて、「結婚するまで絶対にセックスしてはいけない」「将来結婚するであろう相手の女性がもし、以前に他の男とセックスしていたら絶対に結婚してあげない」、アダルトビデオやアダルト雑誌等の成人向け雑誌に関しても「私のアパートにはそういう物はない、自分が住んでいる所にそういう物を持つ事は罪である」と「ここがヘンだよ日本人」にて発言している。
実際に同番組において「日本のポルノ」について討論した際に、アダルトビデオの世界で著名な女優や監督がスタジオに登場した。外国人達と討論した際に、スタジオの外国人達に「アダルトビデオとは実際にどのようなものなのか?」を知って貰う為にスタジオの中でアダルトビデオを放映したのだが、スタジオの中でのみの放映で、実際のオンエアで放映されたわけではない。その際にハッキリと目を背け、当時のスタジオのセットとしてある外国人達専用の机の下に潜ろうとしている。また、その際のコメントで「今、凄い頭が痛い…。薬を下さい。」とまで言っている程で、ポルノに関しては非常に強い嫌悪感があるようである。
また、マスターベーションについても「それはNOです。自分が一人でセックスをやるのは、それは人間ではない、それは信用がない」と言うほどのストイックかつ真面目な性格である。これら一連の異性関係に関する厳格な考え方は、ゾマホン個人のものというよりはベナン共和国全体の一般的な考えのようである。
実際にゾマホン自身が同番組の中で「スウェーデンの性教育」について討論した際に「小さい頃からのお母さんの教育によってはね、『あなたは結婚する前にセックスをしては汚い人間になるからお願いします。しないで下さい』(と言われた)」と発言している。また、同テーマでの際に、「何故先進国において、夫婦の離婚率と、子供の犯罪率が多いのか、理由は簡単ですよ、夫婦の関係が悪いんですよ。だから、厳しくしなくてはならない、結婚するまでセックスしてはいけません」と発言し、このような考えを裏付けるような独自の考えを持っているようである。
これら一連の性道徳に対する考えは、「生涯において肉体的関係を持つのは、結婚した夫婦の間柄のみである、つまり、生涯において、ただ一人の異性としか性的関係をもつべきではない。」という考えが根底にあるのであり、当然の如く、結婚後の浮気・不倫、また、性風俗等でのいわゆる「女遊び」等の類も厳禁という考えである。
「ここがヘンだよ日本人」で、ゲイがテーマになった際、「アフリカにはゲイはいない!」と断言していた。だが、同番組で後日、アフリカで暮らしているゲイの男性達へのインタビューが放送され、それについて問われると、かなりバツの悪そうな表情をしていた。これもベナンをはじめ、アフリカ諸国には同性愛が有罪となる国が多いこともあり、彼個人のみの考えではない。彼はこのときに出演したゲイのゲストに対し、「病気だから治療すべき」と同情心を寄せている。 (ちなみに当時、他のゲイ否定派は「自分の子供がそうなったら殺す」など、もっと過激な意見を述べている)
仕事に関しても勤勉実直に働き、その働いたお金で贅沢等は一切せず、43歳(2007年12月現在)になる現在も東京中野区の家賃3万5,000円のアパートで一人暮らしをしている。また、家賃や光熱費・食費等を含めた一ヶ月全ての生活費を常に8万円以内に抑え、他の収入はすべて小学校建設や財団運営費のための貯金にまわしているという。また、仕事内容でも、泥棒や売春といった犯罪に当たるような仕事以外なら何でも構わないと言う。肉体労働の仕事でも全く構わないと語っている。
しかし、彼の本業は、基本的には「留学生」という事で来日しているわけで、「学生」である事が本業の為に、アルバイトをしながら、学生としての勉強する事は決して怠らなかったという。中華人民共和国にいた頃も、故国ベナンにいた頃も、日本においてもこの姿勢は変わらないようである。ちなみに、自著・「ゾマホンのほん」によると、初めてアルバイトをするようになったのは、小学校3年生位からで、その頃から自分で働いて学費を稼いでいたという。
また、先のアルバイト等の働きによって得たお金を出来る限り貯金し、それを貯めてベナンに小学校建設を進めている。これは、日本に来日して、日本人の識字率が100%である事を知り、国の発展の為には教育は不可欠であるという事を悟った為であるという。また、教育復旧の活動をしながら、同時に水道を建設したり、病院を建てたり、故郷ベナンの病院に医療道具を送ったり等、様々な社会福祉的活動を自身の私財を使って実践している。
また、勉強する事が大好きで、人間は死ぬまで勉強しなければならないとも語っている。幼少時から勉強は基本的に好きな性格で、学校が嫌だと思った事は一度もないと言う。勉強する事により、様々な知識が増えて、それを自身の母親に話したりする事を楽しみにしていたという。
また、かなりの嫌煙派のようで、先の番組内においても「タバコを吸う人は怠け者とみられる。大統領でも大臣でも。」また、「ここがヘンだよ日本人」においても、たけしに「あなたは大好きだからタバコをいますぐやめてください。」など発言し、また、自著においてもタバコの害を説いている。酒に関しても普段は一滴も飲まないと同番組のナレーターがゾマホンについて説明する時に語っている。しかしこれは下戸のためであり、故郷のベナン共和国に帰郷した際、酒を勧められて飲もうとしたが吐き出しているほか、番組内で宴会が行われた際も、場の勢いから日本酒を枡であおった途端、急性アルコール中毒で倒れ、病院に担ぎ込まれている。
日本で今、社会問題になっている「自殺」についても独自の考えがあり、ゾマホン自身は、「どんなに辛い事があっても自殺は絶対にしない」と断言している。
「ここがヘンだよ日本人」の番組内でのコメントや自著で、親孝行をする事の大切さを説いたり、学校の先生を尊敬することを説いている。また、同番組において「お父さん・お母さんというのは神様である」、「先生というのは神様である」などと発言している。また、長幼の序を重んじ、特に老人に対しては、「一人の老人の死は一つの図書館が焼失すること」と老人の人生経験から得た知識を讃え、尊敬する。二冊目の自著「ゾマホン大いに泣く・みなさま心よりありがとう」(河出書房新社刊)では、自身の父を「私にとっての救い主である、神様である」とまで書いている。
しかし、日本では親の虐待や教師の不祥事が多いことを知ってからは、同番組や自著、また本人の講演会等において「人間性と愛情に基づいた上での厳しさでなければならない」と、注釈を付けるようになった。それ以外にも「ちゃんと勉強しなければならない」「みんな大事である」「日本文化を尊敬しなければならない」とも言っている。また、二冊目の自著「ゾマホン大いに泣く、みなさま心よりありがとう」では、「人間は人間を愛する義務がある、責任がある」と書いている。ただ、愛されるだけでは駄目で、「人は人を愛する義務がある、責任がある」と語っている。このように非常に道徳を重んじる性格でもある。
日本という国に関しては「世界で最も良い国」と絶賛している。最も尊敬しているのは江戸時代の日本人で、「鎖国によってヨーロッパ諸国から自国の伝統文化を守ったため」と理由を述べている。また、「ヨーロッパ諸国がアフリカの植民地支配に関して謝罪どころか話し合いのテーブルにつかない」ことと比較して「過去の植民地支配や対外侵略に謝罪や反省をする日本は立派!」といい、韓国人や中国人に対し「これ以上、日本に何を要求するのか? 贅沢だ!」と批判を展開する(リアクションや表情から察すれば中国留学時代の何らかの経験が発言の背景にあるものとも受け取れる。しかし本人がそれを口に出さないので周囲には分からない部分が多い)。また、アメリカ合衆国に対しても、「もっと道徳を学ばなければならない」と説き、「アメリカの正義」を主張するという芸風のケビン・クローンと度々激しい論争を繰り広げている。
また、母国であるベナン共和国は、かつてフランスの植民地であった関係で、ゾマホンもカトリックの幼児洗礼を受けている。ゾマホン・ルフィンという名の「ルフィン」という名は、その洗礼時の洗礼名らしい。小学校もカトリック系の学校に通っていて、現在も彼はカトリック教徒だそうである。またゾマホン曰く『ベナン人はフランスが大嫌い』と発言した。
「ゾマホン」という姓は、ベナンの言葉で「火の無い所に煙は立たない」という意味を指す。ただし現在ベナン人の大概は、植民地時代に強制改名させられたフランス式の姓を名乗っているため、彼のように伝統的な姓が残っている例は少ない。自著「ゾマホンのほん」によると、当時ゾマホン家は地元の名士であったため、特例として伝統的な姓を名乗ることが許されたと説明されている。そのため、「ここがヘンだよ日本人」において、テリー伊藤のように外国人風の名前を名乗っている芸能人に対して、「日本の伝統的な名前を大事にしていない」と、厳しく批判をしていた。
ちなみにかなりの銭湯好きであり、来日当初から近所の白鷺湯という銭湯にほぼ毎日のように通っていたという。また、「人生甘くない」が彼の口癖。
このような性格であるためか、女性からの人気は非常に高いようで、日本人女性からの結婚の申し出の手紙を多数持っており、同番組でゾマホン自身も紹介していた。しかし、結婚に関しては、自分自身にある程度経済的な能力があり、相手の女性を真に幸せにする事が出来るようになるまで控えると言っている。
ちなみに、太っている人が好きだそうである。また、結婚をする女性は絶対に処女でなくてはダメだそうで、結婚をする前に相手の女性が処女かどうか検査するとまで言っている。しかし、これはゾマホン個人の個人的理由ではなく、「結婚前にセックスする事は絶対に許されない」という、非常に厳格な性道徳からだと思われる。ちなみにベナンでは、「結婚前にセックスをした女は、汚い女」だそうである。また、離婚は絶対にしない主義であることをはっきりと明言しており、それが故に相手の女性が「何時に起きるか」等、相手の女性を徹底して研究した上で、結婚を考えると言っている。
[編集] ゾマホンの道徳論及び考え
以下、ゾマホンの道徳論や、様々な物事に対する考え方を、特に本人がはっきりと明言している事のみ、箇条書きにて列挙する。項目を設けて整理してあるが、内容によっては2つ以上の項目に該当し、重複(ちょうふく)しているものもある。
[編集] 日本観
- 日本の発展は、教育にある。何故ならば日本人の識字率は、100%だから。母国では考えられない。国を発展させ、先進国にするには、教育が必要不可欠である。明治時代に日本が義務教育を開始したのは素晴らしい政策である。
- 江戸時代と明治時代の日本人は素晴らしい。特に外国に対して鎖国をした。それが為にヨーロッパの植民地にならなかった。また、鎖国政策をしながら、同時に教育は大事にした。それが国の発展に繋がった。
- 日本という国は、素晴らしい国である。特に日本の安全は素晴らしい。
- 安全というのは、ゾマホンにとって非常に大切な事で、人間社会にとって必要条件であると考えている。
- 日本という国は、過去の歴史問題を韓国に謝罪した事で、本当に素晴らしい事をした国である。
- 日本の銭湯が大好き - 銭湯に行き、熱いお湯の中に浸っているのは、私の体にとって非常に良い事である。
- 日本の子供達は、外国人(特にアメリカ人)のように、髪を染め、ミニスカートを履く。それは良くない。
- コミュニケーションを取る為に、飲み会に行く事は構わないが、しかし、日本人のサラリーマンは少し飲み過ぎである。
- 日本人は、欧米しか知らない。世界を知ろうという気持ちが全く無い。
- 天皇(制)は、日本の象徴である。伝統的な文化の大事な所であるから、守らなければならない。
- 日本人は、綺麗好きで礼儀正しい民族である。「すみません」と言い過ぎではない。それは素晴らしい事である。
[編集] 世界や国・アフリカ
世界や国
- スポーツの目的は、平和である。
- 自身の国の文化を尊重しなければならない。
- 宗教と言うのは、微妙である。宗教については気をつけた方が良い。世界の問題は皆、宗教から来る。
- 国を発展する為に先進国や個人から援助してもらうのは、良くない。国を発展する為の技術を先進国から学ぶべきである。
アフリカ
- 平和の精神は、アフリカに学んだ方が良い。
- アフリカでは「ハゲ」=「大金持ち」。私もハゲになりたい。
- アフリカ人であれ - アメリカやヨーロッパで会える黒人は、黒人の顔をしたヨーロッパ人。しかし、大切なのは、純粋な黒人。純粋な黒人に学ぶことはたくさんある。
- 中国留学中に孫文の思想に非常に共鳴した。何故ならば、彼の考えは、自分の為に努力するのではなく、公の為に、みんなたの為に努力するという考え、それが自分の考えと同じだからである。ちなみに毛沢東も愛している。アフリカが中国と同じ、植民地化という運命をたどった為に、黒人を非常に大事にした。それが毛沢東を愛する理由である。
[編集] ベナン
「死ぬまで尽くすという」ベナンへの思い。
- 将来、必ずベナンに帰る。そして、ベナンとアフリカの発展の為に尽力したい。
- 死ぬまで、ベナンと日本の間の架け橋として頑張りたい。
- 母国ベナンの発展の為に、死ぬまで教育活動に従事しなけれなならない。何故ならば、ベナンの発展の為には教育が不可欠であると日本に来て、わかった為である。
- 家賃や交通費の定期代を含めた一ヶ月間の生活費の全ては、8万円以内に抑えている。それ以外の収入は全て貯金し、ベナンに学校を建設する為や医療援助等の福祉活動の為に貯金している。
- ベナンでは、高等教育を受けている人は、ホワイトカラー系の職種が良い仕事で、ブルーカラーは悪いと思うようになってくる。ブルーカラーを下に見るべきではない。ブルーカラーこそ大事にするべきである。
[編集] 学ぶ・働く
質実剛健・質素倹約
- 人間は死ぬまで勉強するべきである。
- 一番大切な事は、本人が出来る限り、人に迷惑をかけないように、人を困らせないように、悪い事をしないように、毎秒、毎分、毎時間、毎日頑張る事である。それが大事である。そうすれば、神様はいると思えるようになってくる。
留学
- 他国に留学中にぜいたくをするなんていうのは、甘い考えである。人生はそんなに甘くはない。もっと勉強するべきである。
- 仕事に関しては勤勉実直に働くべきで、それによる贅沢をするべきではない、特に留学生として他国に留学している間は、よりそうである。また、犯罪に該当するような職種以外、肉体労働でもどんな仕事でも全く構わない。
農業が作る社会、知識階級に対するアンチテーゼ
- 農民は、社会全体にとって一番大事な人達である。何故ならば、食事になる食物を作っているのは、彼らだから。
- 良い仕事とは、自分と相手と社会に役に立てる活動である。それが良い仕事である。そして、数ある仕事の中で、もっとも良い仕事は、「農業」である。農業に従事する「農民」は、普通のホワイトカラーに比べて人生はどういうものかをよく知っている。政府や国の首脳達は、農民を大事にするべきである。
[編集] 家族や人
人生
- 人間は人間を愛する義務と責任がある。そして人間は、何事においても「人間性と愛情」に基ずいて行動するべきである。
- 人間は、出来る限り礼儀正しくし、誰に対しても迷惑をかける事は絶対に避けなければならない。
- 人間の目的は、平和に調和して生きる事である。
- 人間は、自殺は絶対にしてはならない。
- 人間ではない者 - 銃を持つ者は、人間ではない。それは犬や猫と同じ、動物である。
- 大人とは - 私は絶対に愚痴を言わない。自分の母親に対して、「お母さん、今日は大変です。ご飯も食べられない」というような事は一切言わない。もう子供ではない、自分で我慢しなければならない。
- 死刑制度に賛成である。人間はみな大事であり、大事ではない人は一人もいない。だから、人を殺した人間は、社会全体によって殺されなければならない。人を殺した人間は、もう人間ではない。人まで殺したのだから。そういう人間は、殺されなければならない。死刑制度を強く賛成する。
儒教精神
- 長幼の序を重んじ、特に老人は大切にするべきである。
- 両親・学校教師は、「神様」のような存在であり、尊敬し、感謝の念を持って接しなければならない、また、両親に対する孝養を尽くす事は当然の事である。
- 父親は自分にとって「救い主」であり、「神様」のような存在である。また、母親は、自分にとって「宝」である。それを忘れては、生きている意味が無いと言える位、大切な存在である。特に、母の喜ぶ事だけをしたい。アフリカを想う心の底に母親の笑顔がある。
- 子供の教育は、真剣に考慮するべきで、特に女性の教育は重要である。
- 夫婦喧嘩は絶対に子供の前で見せるべきではない。
- タバコは絶対に吸うべきではない。特に子供を産む予定のある若い女性は、絶対に吸うべきではない。ベナンでは、タバコを吸う人は、怠け者と思われる。
- 結婚する時は、相手を真剣に研究し、吟味した上で、結婚するべきで、結婚する事そのものを、どういう事なのかを真剣に考えなければならない。また、絶対に離婚するべきではない。
- 人間は、結婚するまで絶対にセックスをしてはならない。結婚前にセックスをした人間は、それは「汚い人間」である。
- 将来、結婚する相手の奥さんが、以前に他の男とセックスをしていたら、絶対に結婚してあげない。
- 一人でマスターベーションする事も厳禁である。それは「信用」が無い。という事である。
- 自身の家にて、アダルトビデオ等の性風俗関連の書物等を持つ事も同時に厳禁である。そういうものを持つ事は、それは「罪」である。
[編集] 略歴
- 1987年 ベナン国立大学(現・国立アボメ-カラビ大学)アフリカ文学専攻卒業
- 1993年 北京語言文化大学(中国)修了(修士学位取得)
- 1994年 江戸川区・学旺日本語学校入学
- 1996年 江戸川区・学旺日本語学校卒業
- 1996年 上智大学大学院研究生入学
- 1997年 上智大学大学院博士前期課程(社会学)入学
- 1999年 上智大学大学院博士前期課程(社会学)修了
- 1999年 上智大学大学院博士後期課程(社会学)入学。
- 2001年 JCI(国際青年会議所)より「世界最優秀青年賞」受賞
- 2002年 ベナン共和国・国民栄誉賞受賞
- 2004年 ベナン共和国・大統領特別顧問就任
- 2006年 ベナン共和国・大統領特別顧問再任
- 2006年 上智大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程単位取得退学
- 2007年 そのまんま東が公的に本名を使用すると発表し、二代目「そのまんま東」を襲名。
- 2008年 オフィス北野所属のマダ村越と共に、お笑いコンビ・ゾマホンズを結成する。
- 2009年 ゾマホン名義のCD「どんぐり野郎」(ユニバーサルJ)で歌手デビュー。CD売上金のほとんどはベナンに寄付する。
[編集] 教育普及・医療・福祉・環境への取り組み
ゾマホンは、ベナンやアフリカの様々な問題(主として経済発展や民主化の促進、医療の復旧等)の解決のためにはどうするべきかと高校時代から悩んできたという。当初はアフリカの文化によりそれらの問題の解決を図ろうとしていたが、来日して日本人の識字率が100 %である事を知り、大変驚いたという。
母国であるベナン共和国はかつてフランスの植民地で、現在も公用語はベナンの現地語ではなくフランス語である。しかし、ベナン全国民の70%以上はフランス語が出来ない。それは彼らが学校に通った事がない、または通い続けることができないためである。その識字率の低さこそがベナンの発展の遅れの最大の原因になっている。そう考えたゾマホンは教育の重要性を痛感し、当初は「日本とベナンの間の掛け橋になりたい」という理由で、私財を投じて母国ベナン共和国に日本語学校を設立しようとしていた。
しかし、ベナン北部のあまりの発展の遅れや初等教育が復旧していない現実に愕然とし、識字率を上げなくては日本語学校に通う学生もおぼつかないとして、小学校建設を決意。同時期に河出書房新社から刊行していた「ゾマホンのほん」の印税の全てと、自身のアルバイト等の働きを通して得た私財を通して、2000年4月、ボルグー県コロボロルに「たけし小学校」を開校。この際、子供の働き手が失われるということで親達による暴動が起きたが、ゾマホンの「このままだといつまで経ってもこの苦しい生活から抜けられない」という説得に親達は理解し、結果的には、親達が学校の工事に手を貸すまでになった。
2001年4月にはアタコラ県チチャクに「明治小学校」とボルグー県キカに「江戸小学校」開校。2003年9月にはコトヌー市に「たけし日本語学校」開校。なお、前述のテレビ番組を視た日本人から小学校建設への寄付金が寄せられたが「ここで甘えるわけにはいかない」として、その申し出を全て断ったという逸話は余りにも有名(ただし文房具や衣服などの物品に関しては、返送料がかさむこともあって受け取っている)。
たけし日本語学校では、日本語教育を行うだけではなく、文化交流や技術移転などを目的としている。さらには同校はすべて無料で授業を行っているという。
また、アルバイトなどによる私財を通して母国ベナン共和国に対して医療援助も行っているという。日本で自身の貯金で医薬品等を安く買い、帰国時などに無償で病院などに配るなど、教育という枠を超えた社会福祉活動も実践している。
これらの功績により、2001年に世界最優秀青年賞(国際青年会議所 (JCI) )、2002年にベナン共和国の国民栄誉賞を受賞。
2001年に世界最優秀青年賞を受賞した際に財団を設立する事を勧められて、IFE財団という名の財団を設立し、その責任者にゾマホンが就任した。「IFE」とは、ベナンの現地語で「愛・分かち合い」等の意味で、その財団を通じ、教育・医療の普及や貧困・テロの撲滅、日本の援助を実際に国民の手に届ける為の活動、人権・民主化の促進など、ベナンやアフリカ諸国を中心に国際社会全体への福祉活動をも実践している。また、同時に当初の目的であった日本とベナン、そして、アフリカ全体の交流もその財団にて実践している。それら財団の運営費は全て、ゾマホン個人で支払っているという。また、日本でもゾマホンの活動を支援するための「NPO法人IFE」が設立され、ゾマホンの活動を支える活動を行っている。これらの功績が認められたのか、来日当初は自費留学生、のちにベナン共和国国費留学生として、上智大学大学院で学んだ(2006年3月まで在籍)。
また、来日当初、日本とベナンの間に直接的な国交は存在しなかったが、日本における彼の活躍がきっかけとなって正式な国交が樹立し、日本にベナン大使館が設立されるといった、名実共に日本とベナンの架け橋となった功績も残している。
『素敵な宇宙船地球号』によれば、ベナンにあるかつて「アフリカのベネチア」と呼ばれたガンビエ村のあるノコエ湖の水質浄化の活動をしている。
ビートたけしや所ジョージらがベナンを救う運動をやっており、2009年1月2日に放送されたクイズ$ミリオネアに出演したたけしは、賞金1000万円を獲得したらベナンに学校を建設するための資金として全額を寄付すると宣言しクイズに臨み、たけしは見事1000万円を獲得。応援団としてたけしの1000万円挑戦を見守っていたゾマホンは小切手を手渡されるとたけしを「神様です」と呼び、感激のあまり床にひれ伏した。2009年4月19日に放送されたテレビ朝日系の特番ではたけしが子供の給食費としてタレントに1万円の寄付を呼びかけ(これで1年分以上の給食費になる)、その際所の知り合いに作ってもらった子供の顔写真入りカードを渡す。所は「たけし小学校」にスクールバスやランチプレートを贈る。特にランチプレートを丁寧に洗い、破れ掛けた包装用のビニール袋に入れて大切にしている子供の姿を見た所は「もっと良いカバーを作ってあげれば良かった」と想像以上に喜んでくれた子供に感心していた。またたけしに頼まれた田中義剛がベナンに渡って畜産を教え「花畑牧場ベナン支社」の看板を掲げる。
[編集] 著作
- ゾマホン・ルフィン「ゾマホンのほん」河出書房新社 ISBN 4-309-01307-4 (1999).
- ゾマホン・ルフィン「ゾマホン、大いに泣く」河出書房新社 ISBN 4-309-01344-9 (2000).
- 共著「目覚めろ日本人!!! ここがヘンだよ日本人」河出書房新社 ISBN 4-309-26474-3 (2002).
- 国際基督教大学社会科学研究所、上智大学社会正義研究所編「日本における正義:国内外における諸問題」御茶の水書房 ISBN 4-275-01996-2 (2003).
- ゾマホン・ルフィン、小国秀宣「ゾマホンも知らないゾマホンの国」明窓出版 ISBN 4-89634-164-3 (2005).
[編集] シングル曲
- 「どんぐり野郎」(2009年5月13日)
[編集] 出演
[編集] バラエティ
- ここがヘンだよ日本人
- あいのり(2008年5月26日/6月2日、フジテレビ系) - ベナンでのロケ
- 素敵な宇宙船地球号(2008年3月23日/30日/2009年1月25日、テレビ朝日系) - ゾマホン汗かき奮闘記
[編集] ドラマ
- 菊次郎とさき3(2007年)

