玉袋筋太郎
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| 玉袋筋太郎 | |
|---|---|
| 本名 | 赤江 祐一(あかえ ゆういち) |
| ニックネーム | 玉ちゃん、知恵袋賢太郎 |
| 生年月日 | 1967年6月22日(44歳) |
| 出身地 | |
| 血液型 | AB型 |
| 身長 | 180cm |
| 方言 | 江戸弁 |
| 最終学歴 | 実践商業高等学校 |
| 師匠 | ビートたけし |
| 出身 | 浅草フランス座 |
| コンビ名 | 浅草キッド |
| 相方 | 水道橋博士 |
| 事務所 | オフィス北野 |
| 活動時期 | 1987年 - |
| 同期 | 東野幸治、勝俣州和、 |
| 現在の代表番組 | ゲームレコードGP |
| 過去の代表番組 | 特に無し |
| 配偶者 | 既婚 |
| 公式サイト | タマブクロドットコム |
玉袋 筋太郎(たまぶくろ すじたろう、1967年6月22日 - )は、日本のお笑い芸人であり、お笑いコンビ浅草キッドのメンバーである。本名、赤江 祐一(あかえ ゆういち)。
目次 |
[編集] 来歴・人物
1986年、ビートたけしに弟子入りする。1987年に水道橋博士と浅草キッドを結成。
- 芸名を決める宴席で最後の方になった際、「シロマティ」、「蟻の門渡哲也」、そして「玉袋筋太郎」のうち一つを選ぶことになり、悩んだあげくに今の芸名に決めた[1]。
- 陰嚢を由来とする芸名のため、NHK出演の際は「玉ちゃん」や「知恵袋賢太郎」(ちえぶくろ けんたろう)、などの名前に変ってる場合がある[2][3][4]。また民放でも『熱血!平成教育学院』、『PRIDE-GP』のゲスト解説などゴールデンタイムの放送においては「玉ちゃん」名義で出演しており、現在ではその「玉ちゃん」名義での出演が圧倒的に多くなっている(平日正午枠の帯番組『おもいッきりイイ!!テレビ』を含む)。スポンサーや視聴者への配慮からと思われるが、その理由として「玉袋筋太郎だと子供が学校でいじめられるので」と本人がTV番組で語ったことがあった。たけしの夢は玉袋が出世して「玉袋筋太郎さんです」とNHKなどで紹介してもらうことだと20年以上前に話していた。なお一時期「えーへえ、さいく」(くさい屁)と呼ばれていた時期がある。「玉ちゃん」は2002年のタマちゃんブームに乗っかったため、いいイメージがあるということらしい。テレビ朝日系列『草野☆キッド』で共演したテレビ朝日アナウンサーの堂真理子からは「玉さん」と呼ばれている。
- ビートたけしの追っかけ界ではエリートとして有名であった。その当時ニッポン放送『ビートたけしのオールナイトニッポン』に『高校生3人組』(他のメンバーは浅草キッドブラザース参照)の1人としてレギュラー出演したことが縁であった。当時住んでいた新宿からニッポン放送本社のある有楽町まで自転車で通っていた。
- このことからすぐさま弟子入りを認められ「鬼怒川マッサージ」の芸名を受けた。一方、3人組のうちで玉袋だけが残る形となって弟子になった後は「実家から通います」とたけしに言った途端、たけしから「それじゃ駄目だ、これで部屋を借りろ」と現金20万円を手渡されたが、それを持ってすぐ遊びに走った。それ以前に高校卒業後アサヒビールへの就職が内定しており、それを蹴っての軍団入りになった。
- 過去にはたけしの旧知の仲である島田洋七の下へ付き人として働いていた時期もあり、「島田玉七」を名乗っていたが、表舞台に顔を出していたわけではなく、活動していたのも短期間であった為、認知されているのはほんのごく一部である。
- 実家の新宿の土地(評価額10億らしい)は、祖父が昭和35年のセリーグ優勝チーム(大洋ホエールズ)を唯一的中させたおかげで購入できたとのこと。
- 亡父は過去に雀荘を経営していたが業績不振により祐一少年中学校2年生時にオカマバーへと鞍替え。当時、そうとは知らず両親の職場を訪れた玉袋に、オカマ姿の父が「男の職場に子供が来るな」と一喝したという逸話がある。また、学生時代に帰宅したとき、妹の学校の制服(セーラー服)をめぐって父と妹が「貸せ」「貸さない」の取り合いをしていたと語っている。思春期の息子にとって男性同性愛者が集う飲食店は恥と嫌悪の対象でしかなく爾来、父親とは不仲に陥る。結局はその事業利益から高校通学費用を捻出される事になるも実家の生業はひた隠しにしていた。芸人の身分となり思い切って打ち明けたら思わぬ笑いをとったので度々ネタとして披露、あるオカマバーにて店員から同店常連客で当時を懐かしむ回想を聞く事になるも父親は鬼籍に入っていた後だった。
- 堀越高校を単願推薦で不合格になっている。
- 子供の頃から新作映画は徹夜して一番乗りした、という程の映画愛好家・映画館愛好家。2007年8月、東京・池袋の新文芸坐で開催される「オールナイト夏合宿」で、初の単独トークライブを行う。ジャッキー・チェン、マッドマックス、劇場版機動戦士ガンダム、スターウォーズ、大林宣彦監督の尾道三部作など、雑食な映画愛を披露する予定。[5]
- 一時期はかなりの肥満体であったが、趣味のサイクリングや地道なダイエットによって大幅減量に成功した。なおその最中、みるみる痩せていく玉袋の姿に、共演が多く親交の深い江頭2:50は、玉袋が薬物依存によって痩せているものと思い込み、玉袋の楽屋を訪ね「俺にだけは本当の事を話してくれ。玉さんが痩せるために、どんな方法を使ってても俺、玉さんを受け入れるから。・・・なあ玉さん、薬やってんだろ?」と、号泣しながら問いただしたという。誤解とはいえ、自分の事を涙を流して心配する江頭の姿に、玉袋もまた感涙し、「エガちゃんは本当に優しい奴、いい奴だね」と、泣きながら語り合って誤解を解いたという[6]。
- 男児1児の父親でもある[7]。恋のかま騒ぎでは、息子の息子が自分の息子をこえたと話していた。
- 休日は自宅近くの健康ランドで風呂に入り、風呂から上がった頃に近くの店で買ったおつまみを買った店の店員に届けさせ、座敷でビールを飲んでいる。平日のために人が居なく、ほぼ貸し切り状態で、本人曰く「この為に仕事している様なもの」。
- 「(飲食店の)スナック」の愛好家として、近年はスナックを題材にした番組に出演したり、桐畑トールらとともにイベント「スナック玉ちゃん」を開催したりして啓蒙活動を行っている。
- 中学生時代、『笑ってる場合ですよ!』(フジテレビ)の観客負傷事故に巻き込まれたことがある[8]。
[編集] 著書
[編集] 漫画
[編集] 出演
[編集] テレビドラマ
- 月曜ミステリー劇場 浅見光彦シリーズ(21) 平家伝説殺人事件(2005年、TBS)西本警部補役
- こちら葛飾区亀有公園前派出所(2009年、TBS)松吉役
[編集] バラエティなど
- 玉袋筋太郎のナイトスナッカーズ(2009年-、EXエンタテイメント)
- 土曜スペシャル(テレビ東京)
[編集] 脚注
- ^ 『ウチくる!?』内で発言
- ^ ただし、2009年10月12日にNHK-FMで放送された『今日は一日“プロレス・格闘技テーマ曲”三昧』では「玉袋筋太郎」で出演した。番組サイトでも「玉袋筋太郎」と表記されてる。また、2010年6月3日にゲスト出演した『スタジオパークからこんにちは』でも「玉ちゃん」とテロップ表示が出ていたものの、当時司会の住吉美紀に促され本来の芸名を名乗った。「知恵袋賢太郎」は『フライデーナイトはお願い!モーニング』の2001年6月15日での「新しい芸名を考えてほしい」との要望に加護亜依が回答した芸名と同じもの。
- ^ 2011年12月25日放送日曜サンデーでの発言で、「玉袋筋太郎」は会議の末、NHKでは問題ないと出ており、各プロデューサーなどが判断している。
- ^ 2012年2月20日放送の『あさイチ』では「訳あって玉ちゃんです」と自己紹介した。
- ^ 日刊スポーツ、2007年8月10日
- ^ 2008年7月『メレンゲの気持ち』ゲストトークより。
- ^ あまり公にはしていないが家族サービスも常に行っている。本人のブログで、一緒に出かけたりゲームに熱中したりする様が書かれている。
- ^ 2011年7月3日放送の『冒険JAPAN! 関ジャニ∞MAP』にて発言。