ベースボール・マガジン社

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株式会社ベースボール・マガジン社
BASEBALL MAGAZINE SHA Co.,Ltd
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 BBM
本社所在地 郵便番号:101-8381
東京都千代田区三崎町三丁目10番10号
設立 1951年3月20日(創業は1946年5月3日
業種 情報・通信業
事業内容 スポーツに関連する雑誌・書籍の出版、映像ソフト出版、各種セミナーの開催など
代表者 池田哲雄代表取締役社長
資本金 5000万円
従業員数 225人(男177人、女48人)(2006年4月1日現在)
関係する人物 池田恒雄(創業者)
工藤美代子(創業者の長女、現社長の姉)
外部リンク http://www.bbm-japan.com/
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株式会社ベースボール・マガジン社(ベースボール・マガジンしゃ、BASEBALL MAGAZINE SHA Co.,Ltd)は、野球をはじめとしたスポーツ・体育関連の雑誌・書籍の発行を主に行っている日本の出版社。略称はBBM[1]。本社は東京都千代田区三崎町三丁目に置く。

歴史・概要[編集]

1946年4月、「野球界[2]編集長を務めた池田恒雄により東京都北多摩郡谷保村(現:国立市)の自宅に恒文社を設立し、「ベースボール・マガジン」を創刊[3]。それに合わせて同年5月3日、同じく谷保村で編集部門(編集プロダクション)として「ベースボール・マガジン社」を設立した。

1951年3月20日に「ベースボール・マガジン社」を株式会社として法人化。あわせて、ベースボールマガジン誌の発行元となった。1956年に本社を東京都千代田区神田錦町3-3へ移転。

1965年には兄弟会社の恒文社から『平凡パンチ』に競合する男性向け週刊誌『F6セブン』、『朝日ジャーナル』路線の総合雑誌『潮流ジャーナル』を創刊するも1年ともたずに休刊。その他の翻訳出版などもうまくゆかず、資金繰りが悪化して10億円とも言われる負債を抱えて倒産1967年12月に東京地方裁判所会社更生法の適用を申請して、再建に乗り出す[4]。この倒産時に一部の社員が退社し立ち上げたのが、日本スポーツ出版社である[5]

1984年後楽園球場(現:東京ドームシティ)近くの現在地へ移転した。

社名に"ベースボール"と付いているが、編集プロ時代の1949年に創刊した「ベースボール・マガジン編集・相撲号」(現在の月刊相撲)をはじめ、あらゆるジャンルのスポーツ情報誌やムック書籍を発行している。スポーツ選手のトレーディングカード「BBMスポーツカード」の発売・スポーツ関連のDVDソフトの発売なども手掛けている。

創立のきっかけとなった、
ベースボール・マガジン』創刊号
(1946年4月20日発行)

定期刊行物[編集]

増刊扱いの雑誌は除く。


歴代の主な在籍者[編集]

恒文社[編集]

恒文社は兄弟会社という関係にあり、本社・販売部は同じ千代田区三崎町三丁目に設けられている(本社は10番10号、販売部は5番5号)。

前述の『F6セブン』『潮流ジャーナル』の他、池田恒雄の趣味であるソ連東ヨーロッパ関係の出版物として『東欧文学全集』やソ連の雑誌『スプートニク』の日本語版を出した[4]

そして、BBMがベースボールマガジンの発行元となって以降も、恒文社からは野球をはじめとするスポーツ関連の雑誌・書籍を発行する場合がある。特定の野球選手を取り上げたグラフ誌『ベースボールアルバム』(1979年 - 2000年)、特定のプロレスラーを取り上げたグラフ誌『プロレスアルバム』(1980年 - 1988年)も元々は恒文社からの発行だった(いずれも、1986年途中にBBMへ変更[6])。

過去に恒文社から発行していたスポーツ関連書籍を、後年BBMが改訂版として発行する事がある(例:1985年発行の『大阪タイガース球団史』[7]→1992年発行の『大阪タイガース球団史1992年度版』[8])。また、2009年12月10日には『週刊プロレス』の1500号を記念して、1982年 - 1983年に当時の恒文社が発行していた『プロレスアルバム』の初代タイガーマスクを取り上げた全3号を復刻・合本した『プロレスアルバム タイガーマスク Special Edition』をBBMから発売している。

BBMが発行している各種トレーディングカードの商標は、恒文社が所有している。

関連会社[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ベーマガと略される場合もある(例:「週刊ベースボール」の豊田泰光のコラム)。なお、ベーマガはパソコン雑誌「マイコンBASICマガジン」の略称としても使われていた。
  2. ^ 1911年 - 1959年博文館→博友社から発売・発行していた野球雑誌(前身は、1908年に創刊した「ベースボール」)。途中「相撲と野球」(1943年)→「相撲界」(1944年)→「国民体育」(1944年)を名乗っていた時期もあった。
  3. ^ 塩澤実信『出版社大全』論創社、2003年、p.202
  4. ^ a b 鈴木敏夫『出版 好不況下 興亡の一世紀』出版ニュース社、1970年、pp.479-483
  5. ^ 力道山ミュージアムに掲載された竹内宏介のインタビューソニー・ピクチャーズ エンタテインメント公式ホームページ内、2ページ目)において、竹内が”当時のトップの方たちが独立して、日本スポーツ出版社を立ち上げた。”と語っている。また、杉山頴男のメールマガジン『編集とは時代の精神との格闘だ!』第1号「1章 なぜに月刊「プロレス」を週刊化したのか <1>自分一人が考えていることが、果たして世に通じるか?」(2009年12月1日発行。サンプル)より、”「プロレス」誌いた社員たち数人が飛び出し、創立した”と記述されている。
  6. ^ 『ベースボールアルバム』は通算78号の「水野雄仁 PART II」(9月発行)から、『プロレスアルバム』は通算69号「前田日明 新格闘王伝説」から。
  7. ^ 著者:松木謙治郎、書籍コード:ISBN 4770406347
  8. ^ 著者:松木謙治郎・奥井成一、書籍コード:ISBN 4583030290

外部リンク[編集]