早稲田大学
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| 早稲田大学 | |
|---|---|
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大隈講堂
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| 大学設置 | 1920年 |
| 創立 | 1882年 |
| 学校種別 | 私立 |
| 設置者 | 学校法人早稲田大学 |
| 本部所在地 | 東京都新宿区戸塚町一丁目104番地 |
| キャンパス | 早稲田(東京都新宿区) 戸山(東京都新宿区) 西早稲田(東京都新宿区) 喜久井町(東京都新宿区) 所沢(埼玉県所沢市) 本庄(埼玉県本庄市) 北九州(福岡県北九州市) 東伏見(東京都西東京市) 日本橋(東京都中央区) |
| 学部 | 政治経済学部 法学部 文学部 文化構想学部 教育学部 商学部 基幹理工学部 創造理工学部 先進理工学部 社会科学部 人間科学部 スポーツ科学部 国際教養学部 |
| 研究科 | 政治学研究科 経済学研究科 公共経営研究科 法学研究科 文学研究科 商学研究科 ファイナンス研究科 会計研究科 基幹理工学研究科 創造理工学研究科 先進理工学研究科 教育学研究科 社会科学研究科 人間科学研究科 スポーツ科学研究科 アジア太平洋研究科 国際情報通信研究科 日本語教育研究科 情報生産システム研究科 法務研究科 環境・エネルギー研究科 |
| ウェブサイト | 早稲田大学公式サイト |
早稲田大学(わせだだいがく、英語: Waseda University)は、東京都新宿区戸塚町一丁目104番地に本部を置く日本の私立大学である。1920年に設置された。大学の略称は早大(そうだい)。
目次 |
概観
大学全体
2007年現在、10の学術院のもと、13学部、21研究科(大学院)を設置。日本の私立大学では最も古い段階で大学令に基づく大学となったうちの一校である(詳しくは旧制大学参照)。
建学の精神
「学問の独立」「学問の活用」「模範国民の造就」を理念とし、教旨が定められている。前身となる東京専門学校の創立30周年を記念し、1913年(大正2)に制定された。
- 早稲田大学教旨
- 早稲田大学は学問の独立を全うし、学問の活用を効し、模範国民を造就するを以て建学の本旨と為す。
- 早稲田大学は学問の独立を本旨と為すを以て、之が自由討究を主とし、常に独創の研鑽に力め、以て世界の学問に裨補せん事を期す。
- 早稲田大学は学問の活用を本旨と為すを以て、学理を学理として研究すると共に、之を実際に応用するの道を講じ、以て時世の進運に資せん事を期す。
- 早稲田大学は模範国民の造就を本旨と為すを以て、個性を尊重し、身家を発達し、国家社会を利済し、併せて広く世界に活動す可き人格を養成せん事を期す。
沿革
1882年に大隈重信が創立した東京専門学校が前身である。その後1902年に早稲田大学と改称、さらに1920年に大学令に基づく大学となった。
年表
- 1882年 東京専門学校が開校。政治経済学科・法律学科・理学科・英学科を設置。入学生80名。成島柳北が挨拶。[1]
- 1886年 校外生の制度を発足させ、「早稲田講義録」を発行。
- 1899年 清からの留学生を受け入れる。高等予科(現・早稲田大学高等学院)を開設。
- 1900年 初めての海外留学生2名をドイツに派遣。
- 1902年 早稲田大学に改称。大学部と専門部を新設し、大学部に政治経済学科(現・政治経済学部)・法学科(現・法学部)・文学科(現・文学部)を設置。式典で伊藤博文が演説。
- 1903年 高等師範部(現・教育学部)設置。最初の早慶戦が三田綱町球場で開催。
- 1904年 専門学校令による旧制専門学校となる。大学部に商科(現・商学部)設置。
- 1907年 4月、校長・学監制を廃し、総長・学長制を採用。大隈重信総長(名誉職)・高田早苗学長が就任。10月、校歌制定。また、それまで、貸すという形になっていた敷地(現在の敷地の一部)を寄付すると、大隈が発表。
- 1908年 理工科(現・理工学部)を設置。同時に高等予科にも理科を置く。
- 1913年 「早稲田大学教旨」・校旗・式服・式帽を制定。
- 1917年 早稲田騒動が発生。
- 1920年 大学令による大学となる。政治経済学部・法学部・文学部・商学部・理工学部・大学院を設置。高等予科に代えて早稲田高等学院を設置。
- 1921年 女子12名を聴講生として受け入れ。
- 1922年 早稲田高等学院が第一早稲田高等学院・第二早稲田高等学院の2部に別れる。
- 1927年 大隈講堂が落成。
- 1928年 坪内博士記念演劇博物館が開館。
- 1938年 鋳物研究所(現・材料技術研究所)設置。
- 1939年 女子学生4名が初めて学部へ入学。
- 1940年 理工学部研究所(現・理工学総合研究センター)・興亜経済研究所(現・アジア太平洋研究センター)を設置。
- 1949年 学制改革に伴い、新制早稲田大学を設置。第一・第二早稲田高等学院が廃校、在校生は新制大学の学部1・2年生に移行。
- 1951年 新制の早稲田大学大学院6研究科(修士課程)を設置。1953年には博士課程も設置。旧制の専門部、高等師範部を廃止。
- 1956年 生産研究所(現・アジア太平洋研究センター)を設置。
- 1957年 記念会堂が竣工(東京オリンピックのフェンシング競技会場として使用される)
- 1958年 比較法研究所設置
- 1959年 電子計算室(現・メディアネットワークセンター)・語学教育研究室(現・語学教育研究所)を設置。
- 1962年 戸山キャンパスが完成、第一・第二文学部が移転。
- 1963年 国際部を設置、翌年から日本人学生を聴講生として受入開始。
- 1965年 大久保キャンパス設置、理工学部が移転。
- 1966年 社会科学部を設置。
- 1967年 大隈庭園を学生に開放。
- 1968年 学生相談センターを設置。
- 1970年 第1回ホームカミングデーを開催。
- 1973年 第二政治経済学部・第二法学部・第二商学部を廃止。
- 1974年 産業経営研究所を設置。
- 1978年 現代政治経済研究所を設置。
- 1979年 環境保全センターを設置。
- 1980年 商学部で、不正入試が発覚。教職員から逮捕者・自殺者を出した。
- 1981年 エクステンションセンターを設置。
- 1987年 所沢キャンパス開設。人間科学部・人間総合研究センターを設置。
- 1988年 日本語教育研究センターを設置。オープンカレッジを開設。
- 1990年 大隈ガーデンハウスが竣工、大学院教育学研究科を設置。
- 1991年 総合学術情報センターが開館。大学院人間科学研究科を設置。
- 1994年 大学院社会科学研究科を設置。
- 1996年 メディアネットワークセンターを設置。
- 1997年 アジア太平洋研究センターを設置。ハイテク・リサーチセンターが竣工。同志社大学と国内相互間留学制度・学術交流制度を提携。
- 1998年 大学院アジア太平洋研究科・国際情報通信研究センター・教育総合研究所・総合健康教育センターを設置。旧図書館に會津八一記念博物館が開設。
- 2000年 大学院国際情報通信研究科・オープン教育センター・入学センターを設置。総合研究機構を創設し、教授陣によるプロジェクト研究所を開設・運営する体制を整える。
- 2001年 大学院日本語教育研究科・理工学総合研究センター九州研究所・研究開発センターを設置。専門学校を芸術学校に改組。新学生会館竣工。学習院大学・学習院女子大学・立教大学・日本女子大学との5大学間学生交流ならびに東京女子医科大学・武蔵野美術大学との学術交流を開始。
- 2003年 スーパーフリー事件発覚、政治経済学部・教育学部・第二文学部の学生が逮捕される。スポーツ科学部ならびに人間科学部通信教育課程・大学院アジア太平洋研究科国際技術経営専攻(専門職大学院MOT)・大学院公共経営研究科(専門職大学院)・大学院情報生産システム研究科(北九州市)を設置。川口芸術学校が開校。
- 2004年 国際教養学部・政治経済学部国際政治経済学科・大学院法務研究科(法科大学院)を設置。コレド日本橋に大学院ファイナンス研究科(専門職大学院)が開校。
- 2005年 大学院会計研究科(会計大学院)を設置。
- 2006年 大学院スポーツ科学研究科を設置。
- 2007年 第一・第二文学部を、文学部・文化構想学部に再編。また、理工学部、大学院理工学研究科を分割し、基幹理工学部(基幹理工学研究科)・創造理工学部(創造理工学研究科)・先進理工学部(先進理工学研究科)の3学部3研究科体制に再編。[2]
- 2010年 東京女子医科大学との共同大学院である共同先端生命医科学専攻[3]・東京都市大学との共同大学院である共同原子力専攻[4]・東京農工大学との共同大学院である共同先進健康科学専攻[5]・創造理工学研究科 経営デザイン専攻[6]を設置予定。
基礎データ
所在地
- 早稲田(東京都新宿区)
- 戸山(東京都新宿区)
- 西早稲田(東京都新宿区)
- 喜久井町(東京都新宿区)
- 所沢(埼玉県所沢市)
- 本庄(埼玉県本庄市)
- 北九州(福岡県北九州市)
- 東伏見(東京都西東京市)
- 日本橋(東京都中央区)
象徴
スクールカラーはえんじ(えび茶色)。野球部が師と仰いだシカゴ大学のユニフォームを模した際、胸文字(いわゆる早稲田文字)とともに、この色も導入したことに端を発する。校章は「大學」の文字の両脇に垂れる稲がモチーフ。
校歌
- 早稲田大学校歌
- 作詞は相馬御風、作曲は東儀鉄笛で、創立25周年(1907年)に制定された。三番から構成され、特に一番の歌詞の冒頭の「都の西北 早稲田の杜に」のフレーズは有名であることから別名『都の西北』と称される。早稲田大学自身も「都の西北」と称されることが多い。また各番の最後にある「わせだ わせだ……」のフレーズも特に有名で、これは小説家でもあり同大学で教鞭をとった坪内逍遥の発案によるものである。学生や卒業生のスポーツ観戦や同窓会の際に幅広く愛唱され、早稲田は日本一校歌を歌う大学とも言われる。なお、この校歌を歌うために結成された男声合唱団が後の早稲田大学グリークラブであり、彼らが国内演奏旅行で歌い広めたため学外でも有名となった[7]。
- 作詞者の相馬御風は早稲田大学卒業の詩人で、三木露風や野口雨情らとともに早稲田詩社を結成し「口語自由詩」を提唱した。作曲者の東儀鉄笛は早稲田大学の前身・東京専門学校出身(中退)であり、早稲田中学校・高等学校の第一校歌も作曲している。雅楽家であるが、東儀秀樹との直接の血縁関係はない。
- エール大学学生歌「Old Yale」が、校歌のオリジナルとも言われる。
- なおこの大学校歌は附属高校の高等学院の校歌でもある。明治大学の「白雲なびく」、法政大学の「若き我等が命の限り」とならび、日本三大校歌といわれる。
- 紺碧の空
- 1931年8月に制定された早稲田大学の第一応援歌。創作当時は第六応援歌。作詞は住治男、作曲は古関裕而。当時、早慶戦で連勝していた慶應義塾の応援歌「若き血」に対抗するための応援歌として誕生した。
- 応援団の歌詞募集により集まった約三十編の応募作から、西條八十教授により高等師範部三年住治男の「紺碧の空」が選出された。作曲はリーダー長伊藤戊の推薦により、彼の幼な友達であり日本コロムビア専属の古関裕而に一任された。当時は反対も多かったという。その後住治男は27歳の若さで逝去するが、古関裕而はこれが出世作となり、次々とヒット曲を飛ばし音楽界の寵児と騒がれることになる。
- 卒業式では校歌と共に必ず流される歌である。
教育および研究
組織
学術院
2004年9月から、全ての学部・研究科は、10の学術院という独自の組織に統合され、学部・研究科の全教員も、いずれかの学術院の所属となった。学内の意思決定など、大学行政も学術院教授会単位で行われる。よって、本項では学部および研究科を学術院単位で掲載している。
- 政治経済学術院
- 法学学術院
- 文学学術院
- 教育・総合科学学術院
- 商学学術院
- 理工学術院
- 基幹理工学部 ※2007年度新設
- 数学科
- 応用数理学科
- 情報理工学科
- 機械科学・航空学科
- 電子光システム学科
- 表現工学科
- 創造理工学部 ※2007年度新設
- 建築学科
- 総合機械工学科
- 経営システム工学科
- 社会環境工学科
- 環境資源工学科
- 知財・産業社会政策領域
- 国際文化領域
- 先進理工学部 ※2007年度新設
- 物理学科/物理学及応用物理学専攻
- 応用物理学科
- 化学・生命化学科
- 応用化学科
- 生命医科学科
- 電気・情報生命工学科
- 基幹理工学研究科 ※2007年度新設
- 創造理工学研究科 ※2007年度新設
- 先進理工学研究科 ※2007年度新設
- 理工学部 ※2007年度より募集停止 [2]
- 理工学研究科 ※2007年度より募集停止 [2]
- 基幹理工学部 ※2007年度新設
※ 2007年に、募集停止となった、旧『理工学部』の教育課程および名称は、入学後の4年間は存続。一方、旧『理工学研究科』への進学者については、そのまま再編後の新しい教育プログラムへ変更となった。[2]
- 社会科学総合学術院
- 社会科学部
- 社会科学研究科 (昼夜開講制)
- 人間科学学術院
- スポーツ科学学術院
- 国際教養学術院
- 独立研究科
別科
- 日本語専修課程
附属機関
- 新学生会館
- 早稲田大学図書館
- 研究開発センター(旧早稲田実業跡地)
- 競技スポーツセンター
- 早稲田大学出版部
- 研究機構
- 総合研究機構(プロジェクト研究所)
- ナノ理工学研究機構(ナノ理工学インスティテュート)
- 先端科学・健康医療融合研究機構
- IT研究機構
- 本部附属機関
- 留学センター
- 平山郁夫記念ボランティアセンター
- 図書館(総合学術情報センター)
- 中央図書館 - 蔵書約240万冊、学術雑誌1万6千種を所蔵。国際会議場も併設。
- 高田早苗記念研究図書館
- 戸山図書館
- 理工学図書館
- 所沢図書館
- 博物館・資料館
- 坪内博士記念演劇博物館
- 會津八一記念博物館
- 大学史資料センター
- 小野記念講堂・ワセダギャラリー
- 独立センター
- アジア太平洋研究センター
- 国際情報通信研究センター
- 環境総合研究センター
- 日本語研究教育センター
- メディアネットワークセンター
- オープン教育センター
- 遠隔教育センター
- エクステンションセンター
- 競技スポーツセンター
- 環境保全センター
- 株式会社早稲田大学事業部
- 株式会社キャンパス
学術院所属附属機関
- 政治経済学術院
- 現代政治経済研究所
- 法学学術院
- 比較法研究所
- 教育・総合科学学術院
- 教育総合研究所
- 商学学術院
- 産業経営研究所
- ファイナンス研究センター
- 理工学術院
- 理工学総合研究センター
- 各務記念材料技術研究所
- 人間科学学術院
- 人間総合研究センター
博物館
早稲田キャンパスに坪内博士記念演劇博物館・會津八一記念博物館を有する。
坪内博士記念演劇博物館は日本で唯一演劇を専門的に扱う博物館とされる。雑誌『早稲田文学』の成立に貢献した坪内逍遥の古希の祝賀、さらに「シェークスピヤ全集」の翻訳完成を記念し、1928年10月に設立された。舞台写真30万枚、図書17万冊をはじめ、錦絵、能楽関係資料、衣装、人形等、演劇・映画と関わりのある資料を多数収集、保存している。建物は他の校舎と並んで5号館として扱われ、略して演劇博物館、演博(えんぱく)とも呼ばれる。
會津八一記念博物館は1998年5月に開館した総合博物館である。博物館が入居する2号館はは1925年(大正14年)に図書館として建造された学内最古の建造物で、設計は今井兼次が担当、大隈講堂と共に東京都歴史的建造物第一号に指定された。会津八一が私費で収集した東洋美術資料を中心に、近現代美術、考古・民俗資料などが収蔵されている。
早稲田大学出版部
学校法人早稲田大学の出版部門で、有限責任中間法人大学出版部協会に加盟している。所在地は東京都新宿区戸塚町1-104-25。早稲田大学教員の著書をはじめ、幅広い出版活動を行っている。
1886年に『講義録』を発行し通信教育を開始したことがその起源である。『講義録』による通信教育は、大学開放(ユニバーシティエクステンション)の先駆けとなったと評価されている。当時の印刷部門は独立し、その後秀英舎と合併、大日本印刷となった。なお、1986年10月に『早稲田大学出版部100年小史』(ISBN 4-657-86027-5) が刊行されている。
研究
21世紀COEプログラム
各分野から2002年度に5件、2003年度に4件が採択された。
私立大学学術研究高度化推進事業
2007年度、理工学術院にて新規に2件の事業が採択された。
- 先進理工学研究科 生命理工学専攻
- システム生命科学による医・理・工学の先端研究、病態解明・診断・治療に向けた医・理・工学の融合研究
- 基幹理工学研究科
- 数値シミュレーションに関する数理的研究、高信頼超並列ソフトウェア基盤研究、環境志向型材料創製研究、高機能材料デバイスとシステム開発研究
学生生活
サークル活動
早稲田大学では、大学自ら「日本一である」と自称する程サークル活動が行われている。2007年現在、大学公認のサークル団体は約700あり、また非公認ながら「早稲田大学のサークル」を自認し活動するサークルも多数存在する。
大学の公認を得た団体は、学生会館に部室が与えられる、活動補助金を受け取れる、新歓期に出店を設けるスペースが優先的に割り振られる、サークル名義で大学の各種施設を使用できる、といった待遇を受けられるが、会長となる教職員を確保した上で構成員が21人以上・詳細な会計報告を行うといった条件を毎年満たす必要があり、認定基準はそれなりに厳しい。そのような事情もあり、非公認のまま活動するサークルの数が多くなっている。
これら非公認のサークルの数は不明だが、2,000、或は3,000以上とする推計もある(ただし、学外での活動を主とするサークルや活動実績のないサークルも多く含まれ、大学側でも数は把握しきれていない)。「公認」の後ろ盾は無くとも学生活動の一翼を担っていることは間違いなく、「日本一」という認識はそういった状況も踏まえてのものである。なお、これらすべてを含めた学生による課外活動への参加率は7割以上と高い。[8]
また、数多くあるサークルから目的のサークルを探す手段として、『マイルストーンエクスプレス』『ワセクラ』といった学生が発行する情報誌が存在する。
2003年に早稲田大学の元公認のサークル「スーパーフリー」のメンバーである大学生らが女子大生を集団強姦した事件(スーパーフリー事件:通称スーフリ)が発覚した。政治経済学部・教育学部・第二文学部の現役早大生が逮捕・起訴され、14人が準強姦罪に問われた。
主なサークル・学生自治組織
早稲田大学新聞会も参照。
- 早稲田大学宇宙航空研究会
- 早稲田大学理工学部公認サークルのひとつである。
- 早稲田精神昂揚会
- 本庄 - 早稲田100キロハイクを主催するサークル。埼玉県本庄市から早稲田大学までの約100kmを2日間かけて歩き切るというイベント。学生や卒業生を中心に毎年約1000人の参加がある。毎年5月に行われ、早慶戦、早稲田祭と並んで「早稲田大学三大行事」に数えられている。大学関係者からは「百ハイ」などと呼ばれる。
- 早稲田大学雄弁会
- 早稲田大学の弁論クラブである。内閣総理大臣をはじめ多くの政治家が卒業生に存在する。1884年に前身の同政会が発足し、1902年に早稲田大学雄弁会となった。
学園祭
早稲田大学の学園祭は「早稲田祭」と呼ばれ、通例11月上旬に2日間にわたり実施される。大学の学園祭としては日本で最大の規模[要出典]を誇り、二日間で16万人が来場[要出典]する。参加団体数は約400団体[要出典]。
スポーツ
- 学生野球ファンの間で伝統の一戦として知られている早慶戦は、硬式野球だけではなくレガッタファンの間でも「早慶レガッタ」として著名である。
- 早明戦はラグビーファンの間で伝統の一戦として知られ、日本国内の全ラグビー競技の中で観客数の最も多い試合となっている。
早稲田大学ア式蹴球部(サッカー)、早稲田大学ビッグベアーズ(アメフト)、早稲田大学ラグビー蹴球部、早稲田大学競走部、早稲田大学野球部、早稲田大学バスケットボール部ビッグベアーズ、早慶戦、早明戦の各記事も参照。
大学関係者と組織
大学関係者組織
早稲田大学の同窓・親睦会組織は稲門会(とうもんかい)と呼ばれる。組織によっては「校友会」ともいう。大学が本部として「早稲田大学校友会」を組織しており、その下に様々な稲門会や校友会が形成されている。なお、早稲田大学校友会を早稲田大学稲門会と紹介している書籍があるがこれは誤りである。
早稲田大学校友会は1885年12月13日に設立された。正会員は早稲田大学卒業生・教職員校友・推薦校友で、準会員は早稲田大学各学部在籍者である。早稲田大学の卒業生は「校友」と呼ばれ、卒業と同時に自動的に校友会の正会員となる。会員数は約50万人。
- 主な稲門会(2007年2月現在)
- 地域稲門会(395団体):都道府県別や主な市区町村別(例:北海道稲門会、新宿稲門会)
- 海外稲門会(53団体):海外にも稲門会がある。(例:台湾校友会)
- 職域稲門会(361団体):企業別、業種別(例:●×会社稲門会、国会稲門会、ファイナンシャル稲門会)
- 年次稲門会(269団体):入学・卒業年次別
- ゼミ稲門会(34団体):ゼミ別
- 体育各部稲門会(19団体):体育会
- サークル稲門会(48団体):サークル別
- 有志稲門会(69団体)
上記以外にも、サークル、大学院研究科、大学学部、ゼミごとなど、早稲田大学校友会に登録していない独自の同窓会組織も多い。また、出身地域別の現役学生親睦組織として全国早稲田学生会連盟(全早連)のもとに各都道府県別の稲門会がある。
大学関係者一覧
施設
キャンパス
- 早稲田キャンパス(東京都新宿区西早稲田)
- 政治経済学部・法学部・教育学部・商学部・社会科学部・国際教養学部など
- 大隈講堂・大隈重信像・坪内逍遥博士記念演劇博物館・會津八一記念博物館・大隈庭園など
- 最寄駅:早稲田駅、都電早稲田駅 - 山手線、西武新宿線が発着する高田馬場駅の利用も多い。
- 2008年3月31日までの旧名称:西早稲田キャンパス
- 戸山キャンパス(東京都新宿区戸山)
- 文学部・文化構想学部
- 記念会堂・体育局・研究棟・学生会館など
- 最寄駅:早稲田駅
- 西早稲田キャンパス(東京都新宿区大久保)
- 理工学部、芸術学校など
- 最寄駅:西早稲田駅(キャンパス直下にある)
- 2009年3月31日までの旧名称:大久保キャンパス
- 喜久井町キャンパス(東京都新宿区喜久井町)
- 理工学総合研究センターなど
- 最寄駅:早稲田駅
- 所沢キャンパス(埼玉県所沢市三ケ島)
- 人間科学部・スポーツ科学部など
- 最寄駅:小手指駅
- 本庄キャンパス(埼玉県本庄市)
- 大学院国際情報通信研究科など
- 最寄駅:本庄早稲田駅
- 北九州キャンパス(福岡県北九州市若松区)
- 大学院情報生産システム研究科など
- 最寄駅:折尾駅
- 東伏見キャンパス(東京都西東京市東伏見)
- 各体育会のスポーツ施設・学生寮など
- 最寄駅:東伏見駅
- 日本橋キャンパス(東京都中央区日本橋COREDO)
- サテライトキャンパス。専門職大学院ファイナンス研究科
- 最寄駅:日本橋駅
このほかに2012年をめどに東京都中野区中野の警察大学校跡地に新たに『中野キャンパス』が開設される予定である[9]。キャンパス内には日本人学生と留学生が交流できる施設などが作られる予定である。
附属学校
早稲田大学には、学校法人早稲田大学が設置する以下の附属学校が存在している。このほかに附属学校ではないが、系列となっている学校が存在している。これらは別学校法人による設置であり、早稲田大学の中で扱いが異なっているため、#系列校にまとめた。
対外関係
他大学との協定
卒業単位の一部を他の教育機関で取得することができる。利用可能な他の教育機関としては、Fキャンパス、武蔵野美術大学、東京家政大学、東京女子医科大学、京都地域48大学・短期大学がある。また、同志社大学への国内留学プログラム、100を超える海外協力大学への1年間の海外留学プログラムなどがある。
また、慶應義塾大学、一橋大学、同志社大学とは図書館の相互利用協定を結んでいる。関西大学とも学術交流協定締結予定。
系列校
早稲田大学には別学校法人が設置する「系属校」が存在している。別法人のため附属校とは異なるが、早稲田大学への推薦入学枠を持っている。
- 学校法人早稲田実業学校
- 学校法人早稲田高等学校
- 学校法人渋谷教育学園
- 学校法人大阪繊維学園
- 学校法人早稲田佐賀学園
- 早稲田佐賀中学校・高等学校(仮称、2010年開校予定[11])
関係プロジェクトリンク
公式サイト
脚注
- ^ 中村尚美 『大隈重信』 吉川弘文館、2000年、175頁
- ^ a b c d 『2006年度入学予定のみなさまへ』
- ^ 2010年4月 東京女子医大・早稲田大 共同大学院開設について「共同先端生命医科学専攻」医療レギュラトリーサイエンスを開拓へ
- ^ 大学教育と原子力産業の架け橋を目指して 東京都市大学・早稲田大学 2010年4月「共同原子力専攻」開設
- ^ 2010年4月、初の国私連携共同大学院設置へ 東京農工大学・早稲田大学「共同先進健康科学専攻」
- ^ 創造理工学研究科 経営デザイン専攻
- ^ 一部の大学関係者からは「第二の国歌」とも呼ばれている。
- ^ 学生生活調査2007
- ^ 早稲田大学2008年3月27日付プレスリリース
- ^ 摂陵中学校・摂陵高等学校と学校法人早稲田大学 との提携調印に伴う校名変更について
- ^ 佐賀県:早稲田佐賀中学校・高等学校(仮称)の系属校化が決定しました
参考文献
- 島善高 『早稲田大学小史』 早稲田大学出版部、2005年
- 早稲田大学学生部編 『Compass-学生の手帖2007』 早稲田大学、2007年
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