中野区

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
なかのく
中野区
Symbol of Nakano, Tokyo.svg
中野区章
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 東京都
団体コード 13114-8
面積 15.59km²
総人口 314,058
推計人口、2012年12月1日)
人口密度 20,140人/km²
隣接自治体 新宿区
渋谷区
杉並区
豊島区
練馬区
区の木 しい
区の花 つつじ
中野区役所
区長 田中大輔
所在地 164-8501
東京都中野区中野四丁目8番1号
中野区役所
外部リンク 中野区

中野区位置図(東京都)

― 区 / ― 市 / ― 町・村
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

中野区(なかのく)は、東京都特別区のひとつで、23区西部に区分される。

郵便番号(上3桁)164・165

目次

概要 [編集]

中野区市街地を望む

中野区は旧東多摩郡の東半にあたる。東京23区の西部にあり、地形的には武蔵野台地の一角に位置する。区内には、東西に鉄道が数多く通っている。また渋谷区、新宿区、豊島区など大繁華街を有する区とも隣接しており、鉄道以外にもバスも渋谷駅・池袋駅から中野区内を結ぶ路線があるなど利便性も高い。

産業は、江戸期には、畑作を中心とする近郊農業と、製粉、味噌醤油醸造など食品工業が整備され、江戸町民の旺盛な食料消費を支える立場にあった。明治中期以降、都心からの転居者などにより人口が増加する。特に1923年関東大震災以降は、浅草から寺院の新井薬師周辺への引越しが始まり小京都の様な佇まいである。そして、住宅地化が急速に進み、戦前は東中野1丁目・2丁目界隈は旧帝国軍人の街として地元でも知られていた。昭和40年代までに農地はほとんど姿を消した。明治以降、工業化もある程度進んだが、企業城下町のような工業的発展はなく、密集した住宅地としての性格が強い。住宅と同様に明治以降、都心から移転してきた寺が多く、また、区に隣接する落合斎場との相乗効果もあり、葬祭関連の産業もみられる。その他商業、企業のオフィス街としての発展は、第二次世界大戦以降それなりにあったが、中野区は東京都でも指折りの住宅密集地区であり、道路都市基盤が全般的に脆弱であるため、都心副都心地域や都心隣接の下町地域のような商業地区化には至らなかった。中央線沿線地区を中心に専門学校が数多く存在する。また、昭和30年代以降、多くの漫画家が住んだため、現在も漫画・アニメーション製作は、隣接する杉並区と並んで盛んである。近年、中野坂上地区の再開発により、超高層ビルも立つようになり、コンピュータ・ソフトウェア関連の会社も進出してきている。2012年には、中野駅北口周辺(警察学校跡地)における再開発地域中野四季の都市(なかのしきのまち)」が街びらきした。「囲町」、「なかの新都心」などと呼ばれることがある。

人口密度は20,119.31人/km²(2012年10月1日推計)で日本で第2位。なお、1位は東京都豊島区22,111.68人/km²。市では埼玉県蕨市13,997.84人/km²が最高。

2012年4月1日現在、道路率は12.8%で23区中21位。狭幅員道路率は84.0%で23区中最下位と、道路都市基盤が脆弱なのが中野区の特徴である。また、一人当たりの公園面積率は2012年4月1日現在1.33%で、23区中22位である。大きな川はなく、公園や緑地が少ない区であり、結果として人口密度が高くなっている。

住宅地 [編集]

区内全域にわたり戸建住宅や集合住宅が密集して広がっている。低層建築物がほとんどを占めているが、主要道路に面した地域には中層高層マンションが多い。いわゆる木賃ベルト地帯の一角であり、賃貸住宅の比率が高く、人口の流動性が高い。建蔽率が高く、隣家との間隔が1m未満の場合であることも珍しくない。緊急車両の進入が困難な狭隘道路が網の目のように存在する。近年では道路拡張などが行われ、耐震構造の住宅も増加しつつあるが、ほとんどが木造住宅であることから、大地震の際には火災危険度が非常に高い[1]とされる。家賃が安く、交通が便利なことから、20〜30歳代の若年層の居住がきわめて多く、18歳未満の子供の居住が少ない。

商業地 [編集]

中野ブロードウェイをはじめとする大型商業施設や中野サンモール商店街などが中野駅周辺に立地する。丸井は中野駅前が創業の地であり、現在も本社がある。その他、各所に個人経営が中心の商店街が存在する。

農地 [編集]

上鷺宮などの区の北西部を中心に存在し、一部は生産緑地地区に指定されているが、集合住宅などの開発により減少傾向が続いている[2]

人口 [編集]

Demography13114.svg
中野区と全国の年齢別人口分布(2005年) 中野区の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 中野区
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
中野区(に該当する地域)の人口の推移
1970年 378,723人
1975年 373,075人
1980年 345,733人
1985年 335,936人
1990年 319,687人
1995年 306,581人
2000年 309,526人
2005年 310,627人
2010年 314,900人
総務省統計局 / 国勢調査

昼夜間人口 [編集]

2005年に夜間人口(居住者)は310,392人であるが、区外からの通勤者と通学生および居住者のうちの区内残留人口の合計である昼間人口は285,636人で昼は夜の 0.920倍の人口になる(東京都編集『東京都の昼間人口2005』平成20年発行128,129ページ 国勢調査では年齢不詳のものが東京都だけで16万人いる。上のグラフには年齢不詳のものを含め、昼夜間人口に関しては年齢不詳の人物は数字に入っていないので数字の間に誤差は生じる)都心の区では夜に比べ昼の人口が極端に増えるが、住宅地が多くオフィス街が少ない中野区では昼は人口が減少する。

地理 [編集]

新宿区渋谷区杉並区豊島区練馬区と接する。

(いずれも武蔵野台地の一部)

歴史 [編集]

近世以前
近世
  • 1591年天正19年) - 中野郷で検地が行われる。
  • 江戸初期 徳川幕府の開府に至り、江戸近隣の郷は整備され、中野郷は、中野・本郷・雑色・江古田・片山・上高田・新井・上沼袋・下沼袋・上鷺宮・下鷺宮の11村に分割される。後に本郷から本郷新田が分村され12村となる。他に江戸期中、大場、新橋の村名記録もある。
  • 1606年慶長11年) - 成木街道(現青梅街道)が開かれ、中野村内に馬継場が置かれる。同街道は、御白土街道とも呼ばれた。
  • 1695年元禄8年) - 「生類憐れみの令」に関連して中野村内(現中野4丁目付近)に野犬を収容する犬小屋を作る。
近代
現代
区の沿革
  • 1868年慶応4年)6月29日 - 版籍奉還により現中野区にほぼ相当する多摩郡内の12村は武蔵知県事の管理下に属する。
  • 1869年明治2年)2月9日 - 太政官布達により12村は品川県に属す。
  • 1871年(明治4年)11月14日 - 府県統合により12村は東京府に編入される。
  • 1872年(明治5年)1月22日 - 多摩郡全域が神奈川県に移管され、同年5月12村も神奈川県に属するが、後の東多摩郡に相当する中野村周辺32村が東京府に戻る運動を展開し、同年8月19日、12村は再び東京府の所属となる。
  • 1878年(明治11年)11月2日 - 郡区町村編制法により多摩郡は4郡に分割される。12村は東多摩郡に属する。
  • 1889年(明治22年)5月1日 - 町村制施行により本郷・本郷新田・雑色の各村は中野村に吸収合併され、江古田・片山・上高田・新井・上沼袋・下沼袋・上鷺宮・下鷺宮の各村は対等合併して野方村となる。
  • 1896年(明治29年)4月1日 - 東多摩郡が南豊島郡と合併し、豊多摩郡となる。
  • 1897年(明治30年)2月1日 - 中野村に町制施行。中野町となる。
  • 1924年(大正13年)4月1日 - 野方村に町制施行。野方町となる。
  • 1931年(昭和6年)1月 - 中野町において字名改正実施。43在った小字を60町に再編。
  • 1932年(昭和7年)10月1日 - 東京市(15区)と豊多摩郡を含む周辺5郡が合併して東京市域が拡大、35区が成立する。この際、中野町と野方町が合併して中野区となる。名称は「中野」の中と「野方」の野を1文字ずつ取ったという説と、「中野町」からそのまま取ったという説の両方がある。
  • 1936年(昭和11年)11月 - それまで宝仙寺境内にあった中野区役所を宮園通4丁目(現在、中野郵便局がある場所)に移転。
  • 1943年(昭和18年)7月1日 - 東京都が成立し、東京市は廃止される。
  • 1947年(昭和22年)5月3日 - 地方自治法の施行により中野区は特別区となる。
  • 1953年(昭和28年)8月15日 - 地方自治法改正施行により区長公選制廃止。ただし、当時公選されていた中野区長は、その後の区議会でも選任され、1963年まで在任した。
  • 1967年(昭和42年)6月1日 - 住居表示に関する法律による住居表示の実施が完了(1931年から1934年までに成立した町名の多くが変更され、町内会の範囲と町名とのずれが固定化する)
  • 1968年(昭和43年)10月 - 中野区役所を中野4丁目(警察大学敷地東部分だった場所)に移転。
  • 1975年(昭和50年)4月27日 - 地方自治法改正により区長選挙実施(中野区区長準公選条例は廃止)

中野区内の地名 [編集]

南台
弥生町
本町
中央
東中野
中野
新井
沼袋
松が丘
江原町
江古田
丸山
野方
大和町
上高田
若宮
白鷺
鷺宮
上鷺宮

地域事務所・区民活動センター [編集]

中野区の出先機関。2011年7月19日に、従来の「地域センター」から「地域事務所」及び「区民活動センター」に再編[3]

地域事務所 [編集]

「区」の行政機構の一部を分担し、「地域の区役所」的な機能を果たす。住民異動届の受付や証明書の発行、福祉サービス等の受付、各種公金の収納などの窓口サービスを行う。以下の5ヵ所に設置。

南中野地域
南中野地域事務所 所在地:南台三丁目6番17号
東部地域
東部地域事務所 所在地:中央二丁目18番21号
江古田地域
江古田地域事務所 所在地:江原町二丁目3番15号
野方地域
野方地域事務所 所在地:野方五丁目3番1号
鷺宮地域
鷺宮地域事務所 所在地:鷺宮三丁目22番5号

区民活動センター [編集]

地域住民による地域自治の活動の拠点として、地域活動の支援や集会室の貸し出しなどを行う。運営は、自治会などを中心とした地域別の運営委員会の協議を踏まえて区が定めている。以下の15ヵ所に設置。

  • 南中野(地域事務所を併設)
  • 弥生
  • 鍋横
  • 東部(地域事務所を併設)
  • 桃園
  • 昭和
  • 東中野
  • 上高田
  • 新井
  • 江古田(地域事務所を併設)
  • 沼袋
  • 野方(地域事務所を併設)
  • 大和
  • 鷺宮(地域事務所を併設)
  • 上鷺宮

姉妹・提携都市 [編集]

国政・都政・区政 [編集]

国政・都政 [編集]

衆議院小選挙区選挙では東京7区(中野区・渋谷区)に属する。近年選出の議員は以下のとおり。

都議会議員選挙では、本区でひとつの選挙区を形成する。定数は4人。近年選出の議員は以下のとおり。

区政 [編集]

  • 区  長:田中大輔(2002年6月15日 - 現在3期目)
  • 副区長:金野 晃
  • 副区長:英 直彦(独立行政法人都市再生機構都市再生部全国まちづくり支援室長、元国土交通省 都市・地域整備局まちづくり推進課都市総合事業推進室長)
  • 教育長:田辺裕子(下記「区幹部不正打刻偽装事件」参照)
  • 区議会:定数42人

環境への取組み [編集]

教育 [編集]

小学校 [編集]

  • 区立
    • 桃園小学校
    • 桃園第二小学校
    • 中野神明小学校
    • 塔山小学校
    • 谷戸小学校
    • 中野本郷小学校
    • 平和の森小学校
    • 江古田小学校
    • 鷺宮小学校
    • 上高田小学校
    • 啓明小学校
    • 向台小学校
    • 北原小学校
    • 新井小学校
    • 大和小学校
    • 多田小学校
    • 白桜小学校
    • 若宮小学校

中学校 [編集]

  • 国立
中等教育学校は高等学校の項に記す。
  • 都立
高等学校が併設されているものは高等学校の項に記す。
  • 区立
  • 私立
高等学校が併設されているものは高等学校の項に記す。

高等学校 [編集]

大学・短期大学 [編集]

早稲田大学中野四季の都市に開校予定。

交通 [編集]

鉄道路線 [編集]

バス [編集]

道路 [編集]

都道
放射道路
北から
環状道路
都心側から

※東京23区で唯一、区内に国道が通っていない。

交通渋滞問題 [編集]

中野通りは区内を南北に貫く骨格となる道路であるものの、幅員が15m程度となっており片側1車線の区間も多い。なお、道路そのものは計画幅員20mの都市計画道路である。

蓮華寺下交差点(新青梅街道交点)から中野五差路交差点(大久保通り交点)までは概ね4車線(片側2車線)だが、車線の幅が狭いほか駐停車の車両が多いため渋滞することも多い。また、1999年9月頃までは新井交差点(早稲田通り交点)に右折専用レーンが無かったが、のちに一部の交差点の拡張は行われているほか、中野駅北口周辺、中野五差路交差点、杉山公園交差点(青梅街道交点)など部分的な拡張事業が継続中である。このほか、地平を走る複数の鉄道と交差しており、開かずの踏切問題も存在する。

機関・施設 [編集]

各種手続き・生活インフラ [編集]

警察・消防 [編集]

警視庁

東京消防庁

  • 中野消防署(中央3-25-3)指揮隊、ポンプ隊2、はしご隊、救急隊1(補給車1:第1小隊乗換運用)
    • 南中野出張所(南台2-47-8)ポンプ隊1(特別消火中隊
    • 宮園出張所(中央2-18-24)ポンプ隊2、救急隊2
    • 東中野出張所(上高田1-1-7)ポンプ隊2
  • 野方消防署(丸山2-21-1)指揮隊、ポンプ隊1、化学隊1、はしご隊、救急隊2
    • 大和出張所(大和町2-2-15)ポンプ隊2(資材搬送車1:第1小隊乗換運用)
    • 鷺宮出張所(鷺宮5-24-25)ポンプ隊2、救急隊1
    • 江古田出張所(江古田2-2-7)ポンプ隊2(特別消火中隊

※上記の内、中野消防署中野第1小隊、宮園第1小隊、東中野第1小隊は東京DMAT東京医科大学病院チーム)連携指定隊

医療 [編集]

=== 動物病院 === 

文化施設 [編集]

図書館 [編集]

中野区内の図書館のうち、一般利用が可能な公立の施設は8箇所ある。

  • 中野区立中央図書館
  • 中野区立本町図書館
  • 中野区立野方図書館
  • 中野区立南台図書館
  • 中野区立鷺宮図書館
  • 中野区立東中野図書館
  • 中野区立江古田図書館
  • 中野区立上高田図書館

住宅団地 [編集]

  • 東京都住宅供給公社江古田団地 - 昭和41年 : 東京都市計画事業(一団地の住宅施設)
  • 東京都住宅供給公社鷺宮西団地 - 昭和37年 : 東京都市計画事業(一団地の住宅施設)
  • 中野坂上サンブライトツインビル
  • 中野新井町団地(松ヶ丘 市街地住宅 賃貸24 1962年 現存現松ヶ丘二丁目アパート。 譲渡返還)
  • 中野桃園町団地(中野 市街地住宅 賃貸40 1962年 現存 譲渡返還)
  • 東中野団地(東中野、分譲60 1957年)
  • 鷺宮団地(白鷺、分譲20 1957年)
  • 鍋屋横町団地(本町 市街地住宅 賃貸45 1962年 現存 譲渡返還)
  • 都営丸山二丁目アパート(丸山 2-24、1969年)
  • 都営江古田アパート(江古田 3-1、1954年)
  • 都営江古田一丁目第2アパート(江古田 1-25、1996年)
  • 都営江古田三丁目アパート(江古田 3-8、1998年)
  • 都営江古田四丁目第2アパート(江古田 4-14、1990年)
  • 都営鷺の宮アパート(白鷺 1-4、1959 - 1964 年 : 東京都市計画事業(一団地の住宅施設)
  • 都営鷺ノ宮三丁目団地 : 東京都市計画事業(一団地の住宅施設)
  • 都営若宮三丁目アパート(若宮 3-57、1997年 - 2000年)
  • 都営若宮二丁目アパート(若宮 2-56、1995年)
  • 都営上高田四丁目アパート(上高田 4-27、2001年 - 2005年)
  • 都営上鷺宮四丁目アパート(上鷺宮 4-12、1996年 : 東京都市計画事業〈一団地の住宅施設〉)
  • 都営上鷺宮四丁目第2アパート(上鷺宮 4-14、1998年)
  • 都営上鷺宮二丁目アパート(上鷺宮 2-4、1993年)
  • 都営大和町四丁目アパート(大和町 4-51、1995年 - 1998年)
  • 都営第2鷺の宮アパート(白鷺 1-12、1964年)
  • 都営第3江古田アパート(江古田 4-14、1960年)
  • 都営中野中央二丁目アパート(中央 2-22、1968年)
  • 都営中野本町五丁目アパート(本町 5-8、1971年)
  • 都営南台五丁目アパート(南台 5-7、1977年)
  • 都営南台四丁目アパート(南台 4-41、1975年)
  • 都営南台二丁目アパート(南台 2-29、1969年)
  • 都営白鷺一丁目アパート(白鷺 1-7、1993年)
  • 都営白鷺一丁目第2アパート(白鷺 1-14、2000年)
  • 都営弥生町三丁目アパート(弥生町 3-35、1973年)
  • 都営弥生町二丁目アパート(弥生町 2-50、2003年 - 2005年)
  • 野方団地(野方、 賃貸92 1959年 現存 全面建替)

観光 [編集]

ホール [編集]

  • 中野サンプラザ(旧全国勤労青少年会館) - コンサートなどで利用されている。宿泊施設、披露宴会場もある。
  • もみじ山文化センター - 複合文化施設。愛称は「なかのZERO」。ホールでは、各種コンサートなども開かれている。プラネタリウムあり。
中野サンプラザ
もみじ山文化センター
(なかのZERO)
哲学堂公園(写真は四聖堂)
梅照院(新井薬師)
宝仙寺

公園 [編集]

寺院 [編集]

  • 梅照院 - 新井薬師
  • 善成寺
  • 龍昌寺
  • 願正寺
  • 境妙寺
  • 源通寺
  • 光徳院
  • 高徳寺 - 新井白石の墓がある。
  • 金剛寺
  • 正見寺
  • 松源寺 - 「さる寺」。
  • 神足寺
  • 青原寺
  • 宗清寺
  • 天徳院
  • 東光寺
  • 萬昌院功運寺 - 吉良義央の墓などがある。
  • 宝泉寺
  • 保善寺
  • 竜興寺
  • 徳蔵寺
  • 高歩院
  • 正行寺
  • 慈眼寺
  • 宝仙寺 - 中野坂上。著名人の葬儀が行われることがある。宝仙学園も運営している。
  • 成願寺 - 中野長者の寺。
  • 福寿院
  • 霊妙寺
  • 正蔵院
  • 本妙寺
  • 清隆寺
  • 不動院
  • 蓮華寺
  • 東福寺
  • 江原観音堂
  • 了然寺
  • 実相院
  • 明治寺 - 百観音。
  • 密蔵院
  • 久定寺
  • 貞源寺
  • 正法寺
  • 禅定院
  • 清谷寺
  • 浄円寺
  • 仙蔵院
  • 満願寺
  • 福蔵院

神社 [編集]

ランドマーク [編集]

企業 [編集]

アニメ制作 [編集]

中野区が舞台の作品 [編集]

上高田にある『たきび』の歌発祥の地。歌詞冒頭の垣根の風情を現在も見ることができる。

ゆかりのある人物 [編集]

出身者・居住歴・事業所のある人物を示す。

実業家 [編集]

  • 鈴木九郎 - 室町時代の商人。商売などで成功し『中野長者』と呼ばれていた。現在の中野坂上に邸宅を構えていた(現在の成願寺付近)。首都高速道路中央環状線の出入口「中野長者橋」も、これにゆかりがある。
  • 青木湯之助 - 実業家。「紅花」創業者。かつては「郷宏之」の芸名で俳優、タップダンサーをしていた。
  • 青木廣彰 - 実業家。冒険家。「BENIHANA」オーナーだった。通称・ロッキー青木。モデル、女優としてアメリカで活躍するデヴォン青木の父。

諸分野の学者・文化人 [編集]

芸能 [編集]

芸能事務所 [編集]

スポーツ [編集]

放送 [編集]

1960年代から70年代にかけては、多くの著名人が「中野ブロードウェイマンション」に居住していた。

大きな出来事 [編集]

  • 1988年(昭和63年)12月5日 - 駅構内で列車同士が追突する事故(東中野駅列車追突事故)が発生し、2名が死亡する。
  • 特別区区長公選制
  • 教育委員準公選制
  • 中野富士見中学いじめ自殺事件 - 学級担任がいじめに加担するなど日本で初めていじめ自殺事件として社会的に注目された事件。
  • 少年誘拐ホルマリン漬け事件 - 少年愛者によるバラバラ殺人事件。
  • 東京都中野区暴力団組員殺害事件
  • 東京中野放火事件 - 未解決事件。
  • 富士高校放火事件 - 弥生町の東京都立富士高等学校が放火された事件。
  • 元厚生事務次官宅連続襲撃事件 - 死者2人、重傷者1人を出した殺傷事件。
  • 区幹部不正打刻偽装事件
  • 区参事(部長級職員)の無断欠勤に対し、石神正義総務部長(当時)と田辺裕子総務課長(当時)が、本人の職員カードを使用して出勤簿に打刻、出勤を偽装し給与の支給・昇給を行っていた。監査委員会より違法な処理として、中野区長に対し『損害額(支払済給与)の補填』と、『関係者の処分・再発防止』が勧告されたが、田中大輔区長はこの勧告を不満として提訴し、平成18年11月2日東京地方裁判所にて区敗訴の判決があった。当日のうちに臨時の部長会議が招聘され、「主張が受け入れられず認めがたい」と東京高等裁判所に控訴、平成20年6月26日敗訴。その後、最高裁に上告するも平成21年7月10日不受理決定、中野区側全面敗訴。その後も関係者への処分は一切行われていない。なお、石神正義総務部長はその後、区政No.2の筆頭副区長に昇任後、退官。また田辺裕子総務課長はその後、部長級に昇任し区長室長、子ども家庭部長、教育委員会事務局次長を経て、平成二十一年に教育委員会実務上No.1の教育長に就任し、任期三期目に突入した「大型開発最重視派」の田中区長と共に、中野区行政の中心を担っている。-->

ナンバープレート [編集]

中野区は、練馬ナンバー(東京運輸支局)を割り当てられている。

練馬ナンバー割り当て地域
  • 新宿区・文京区・中野区・杉並区・豊島区・北区・板橋区・練馬区[4]

脚注 [編集]

  1. ^ [1]
  2. ^ [2]
  3. ^ [3]
  4. ^ [4]

外部リンク [編集]