慶応

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慶応(けいおう、旧字体:慶應)は、日本元号の一つ。元治の後、明治の前。1865年から1868年までの期間。この時代の天皇孝明天皇明治天皇江戸幕府将軍徳川家茂徳川慶喜。日本での「一世一元の詔」発布以前では最後の元号。

改元[編集]

江戸時代最後の改元。将軍・徳川家茂が朝廷に対して「何以被採用所存無之候」「叡慮之通慶応可然被存候」と述べて改元については孝明天皇の意向に全て従うという意見書を出し、改元当日の御所での儀式を諸藩代表に公開するなど、江戸幕府創設以来幕府が奏上してきた改元制度が終焉したことを示すものとなった。

慶応改元の際には候補の一つとして「平成」が挙げられていたがこの時は採用されず、1989年昭和64年)の改元の際に2度目で採用された。

出典[編集]

文選』の「(まさ)に輝くべし」より。

慶応年間の出来事[編集]

死去[編集]

西暦との対照表[編集]

※は小の月を示す。

慶応元年(乙丑 一月 二月※ 三月※ 四月 五月※ 閏五月 六月※ 七月 八月 九月※ 十月 十一月 十二月※
グレゴリオ暦 1865/1/27 2/26 3/27 4/25 5/25 6/23 7/23 8/21 9/20 10/20 11/18 12/18 1866/1/17
ユリウス暦 1865/1/15 2/14 3/15 4/13 5/13 6/11 7/11 8/9 9/8 10/8 11/6 12/6 1866/1/5
慶応二年(丙寅 一月 二月※ 三月 四月※ 五月※ 六月※ 七月 八月 九月※ 十月 十一月 十二月
グレゴリオ暦 1866/2/15 3/17 4/15 5/15 6/13 7/12 8/10 9/9 10/9 11/7 12/7 1867/1/6
ユリウス暦 1866/2/3 3/5 4/3 5/3 6/1 6/30 7/29 8/28 9/27 10/26 11/25 12/25
慶応三年(丁卯 一月※ 二月 三月※ 四月 五月※ 六月※ 七月※ 八月 九月※ 十月 十一月 十二月
グレゴリオ暦 1867/2/5 3/6 4/5 5/4 6/3 7/2 7/31 8/29 9/28 10/27 11/26 12/26
ユリウス暦 1867/1/24 2/22 3/24 4/22 5/22 6/20 7/19 8/17 9/16 10/15 11/14 12/14
慶応四年(戊辰 一月※ 二月 三月 四月※ 閏四月※ 五月 六月※ 七月※ 八月 九月※ 十月 十一月 十二月※
グレゴリオ暦 1868/1/25 2/23 3/24 4/23 5/22 6/20 7/20 8/18 9/16 10/16 11/14 12/14 1869/1/13
ユリウス暦 1868/1/13 2/11 3/12 4/11 5/10 6/8 7/8 8/6 9/4 10/4 11/2 12/2 1869/1/1

関連項目[編集]

  • 泉重千代 - 慶応元年生まれで昭和61年、120歳で死去した男性で、昭和に死去した江戸時代生まれの最後の日本人とされてきたが、1880年(明治13年)生まれ説もある。詳細は泉重千代を参照。
  • 慶應義塾 - 芝新銭座へ移転した慶応4年に、元号をとって塾名とした。