唐沢なをき

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唐沢なをき
本名 唐沢直樹
生誕 1961年10月21日(47歳)
日本 北海道札幌市
職業 漫画家
活動期間 1985年 -
ジャンル ギャグ漫画
代表作 カスミ伝』シリーズ、『怪奇版画男』等
受賞 第27回日本漫画家協会賞優秀賞(『怪奇版画男』)
第46回文藝春秋漫画賞(『電脳炎』)
公式サイト からまん
  
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唐沢 なをき(からさわ なをき、男性、1961年10月21日[1]。 - )は北海道札幌市出身[1]漫画家。本名、唐沢直樹[1]。別名、南里こんぱる。血液型はB型。

妻はエッセイスト唐沢よしこ。作家で「と学会」運営委員でもある唐沢俊一は実兄。兄弟で著作する場合、唐沢商会名義を使っていたが、現在は両名の並記が主である。

目次

[編集] 経歴

薬局を営む両親の元に生まれる。生まれてからしばらくは昼間のうちは親戚の家に預けられて、育てられていた[2]。 幼少時代はテレビアニメ『鉄人28号』や特撮『ウルトラQ』、『ウルトラマン』に熱中[3][4]。漫画では特に赤塚不二夫から大きな影響を受けて育った[5]。 実家である薬局に余っていた大学ノートとボールペンがのを利用して、怪獣図鑑や漫画を描き始め、高校時代までに約50冊分のノートに漫画を描いていた[3][6][7]

高校に入ると、兄に誘われて同人誌活動を始める[6]。同時期、札幌では島本和彦あさりよしとおが同人活動しており、同人誌即売会で机を並べこともあった[6][8]。 高校卒業後は多摩美術大学付属の専門学校に入学するために上京[9]。卒業を控えて就職活動でデザイン会社にいくも、担当者から生活態度まで全否定を受けて、その帰りの電車の中で漫画家を目指すようになる[9][10][11]

漫画家デビューのため小学館へ持ち込みを開始するが[12]、持ち込み時代はギャグや絵柄について否定され続け[12][13][14]、時として高橋留美子の絵柄を真似るよう言われたという[12][13][15]。 この時期に小学館の編集者から紹介されて弘兼憲史アシスタントを1年ほど勤めてゆく[12][16][17]

白泉社の担当から評価されて、1985年に同社の『月刊コミコミ』86年1月号に掲載された『無敵刑事』でデビュー。同年末にコミコミ編集部の紹介でとり・みきのアシスタントへはじめて向かう[18][19][20]。コミコミでの仕事は三ヶ月に一回しかなく、他に月数回のアシスタントのとエロ雑誌のカットだけが収入源[21]だったが、作品については特に文句を言われなくなったという[13]

徳間書店の『ハイパーゾーン』へ持ち込みへ行ったのが元で『月刊少年キャプテン』から読切の仕事を貰う[22]。それ以後、連載も増えて順調に仕事を続けられるようになり、20年以上精力的に執筆している。

[編集] 作風

主にギャグ漫画のフィールドで活躍。漫画の常識や、漫画という体裁・メディア性そのものをネタとする、実験的なメタ・ギャグを得意とする。その作風はデビュー以前からほとんど変わっていないという[5][23]。また非常に多作であることも特徴で、一時期は月30本の締切を抱えていた[24]。『電脳炎』『電脳なをさん』『パソ犬モニ太』などパソコンをネタにした漫画を生み出しているが、本人自身はパソコンが苦手であり、『電脳炎』に出てくるパソコン嫌いのお父さんは自分がモデルだとしている[10]

[編集] 人物など

  • デビュー当時に使用していた南里こんぱると言うペンネームは、昭和初期の俳優で、後には企画スタッフとしても東映映画に関わった南里金春の名前をもじったもの。なお、唐沢は後年刊行された初期作品集の名前に『金春』と名付けている。
  • なをき・俊一のそれぞれの名前、及び、「唐沢商会」は、作品によっては「唐澤商会」「唐澤なをき」のように、「唐沢」が「唐澤」と表記される場合がある。
  • 子供の頃はかなりの偏食で「海臭い物は全てダメ」だったという。当然魚類も苦手だったが、その点は握り飯の中に入った鮭の切り身を美味いと感じてから徐々に克服していった。
  • 先述の通り大の怪獣及び特撮好きで、漫画にそれを生かしている他にも、著名人との対談集『怪獣王』を出版している。だが彼の妻である唐沢よしこは当初怪獣の知識は全く無かったため、良い夫婦関係を築く為にもということでいくつかの特撮作品を鑑賞させた。結果、奥方が大ハマりしたのは『ウルトラマンタロウ』だったが、これは唐沢も予想だにしなかったという。
  • 名前が似ているせいか浦沢直樹と間違えられる事があるらしい。

[編集] 作品リスト

[編集] 現在連載中の作品

[編集] 過去の主な連載作品

[編集] 短編集

  • 八戒の大冒険(1988年3月20日、徳間書店
  • 金春(1989年8月31日、白泉社
    • 金春-唐沢なをき初期傑作集-(2004年、エンターブレイン)
  • 百億萬円(1992年4月20日、扶桑社
  • ハラペーニョ(1996年10月22日、アスキー
  • 唐沢なをきの楽園座(1997年8月27日、講談社
  • YAPOOS - ヤプーズ -(1997年10月22日、アスキー)

[編集] 唐沢俊一との共著

詳細は「唐沢俊一#唐沢商会名義」を参照

[編集] 挿絵

[編集] その他

  • バラバラくん - 絵本

[編集] 関連人物・友好関係

兄の俊一曰く「親戚づきあいなどはかなり苦手なのだが、交友関係は広く、マンガ業界からSF業界、映像業界に至るまで人脈を持っている」という[2]

[編集] 唐沢俊一

なをきの兄。小学生時代から新しい漫画を描くたびに兄に見せていた[5][6]

[編集] とり・みき

アシスタントを経験。とり・みきははじめてなをきの作品を褒めてくれた人物であり、そのことが持ち込みでボロボロになったなをきココロの支えとなった。[10][25][26]。 『ひぃびぃ・じぃひぃ』や『愛のさかあがり』など手伝っていた。後に『とりから往復書簡』を連載する。 ただし、アシスタント時代の二人の間に会話は少なく、後になをきはとり・みきの影響を受けたと言われていることについて、とり・みき自身は否定している[19][27]

[編集] その他

弘兼憲史
1年ほどアシスタントを経験。漫画の基礎を学んだが、弘兼憲史との間に共通の話題は無く、会社のように規則正しい職場にも馴染めずにいた[25][28][29]。『課長島耕作』の最終巻に歴代アシスタントとして「唐沢なをき」の名前が載ったときが漫画家になってから友人・知人の反応が一番大きかったという[30]
菅野博士
デビュー前からの友人[2]
星里もちる
キャプテン時代からのお友達[14]。星里もちるの結婚式でのクイズ大会でなをきは車を当てたことがある[31]
永野のりこ
『怪獣王』では対談を行なっている。新人時代、唐沢・星里・永野の三人は「キャプテン三羽烏」と言われ注目を集めていた[3]
瀬奈陽太郎
元アシスタント[32]

[編集] 脚注

  1. ^ a b c まんがseek・日外アソシエーツ共著『漫画家人名事典』日外アソシエーツ、2003年2月、ISBN 978-4816917608、109頁
  2. ^ a b c 唐沢俊一『B級学「マンガ編」』海拓舎1999年発行 ISBN 4-907727-00-3、184 - 216頁。
  3. ^ a b c おしぐちたかし『漫画魂 おしぐちたかしインタビュー集』白夜書房、2003年 ISBN 4-89367-911-2、45-52頁
  4. ^ 怪獣博士・マンガ家の唐沢なをき氏に聞くウルトラ怪獣の魅力(1)怪獣が来た!
  5. ^ a b c 「「笑い」を生む技術 唐沢なをき、ギャグマンガ家一代」『野性時代』2007年7月号、角川書店、28-33頁
  6. ^ a b c d マンガ家・唐沢なをきの軌跡 - オレのギャグマンガ道 (1) マンガを描きまくった少年時代
  7. ^ とり、132頁
  8. ^ 裏モノ日記2005年 :: 07月 :: 05日(火曜日)
  9. ^ a b マンガ家・唐沢なをきの軌跡 - オレのギャグマンガ道 (2) マンガ家になることを決意
  10. ^ a b c 中野渡淳一『漫画家誕生 169人の漫画道』新潮社、2006年、ISBN 4103013526 、296-297頁
  11. ^ 漫画家に訊く! ~ぶっちゃけそのへんどうなんスか!~ 第12回 唐沢なをきさん part.1(インターネットアーカイブ)
  12. ^ a b c d マンガ家・唐沢なをきの軌跡 - オレのギャグマンガ道 (3) 迷走する持ち込み時代
  13. ^ a b c 南信長取材「'96年版〔とてもエライ5人〕その3 唐沢なをき』(別冊宝島編集部『このマンガがえらい!―マンガの「いま」がわかる最新パーフェクト・ガイド』宝島社、1996年12月、ISBN 978-4796611695 、68-71頁)
  14. ^ a b 本谷有希子『イママン 本谷有希子マンガ家インタビュウ&対談集』駒草出版、2007年、ISBN 9784903186511 84-97頁
  15. ^ とり、132頁
  16. ^ とり、127頁
  17. ^ 「有名マンガ家「師匠と弟子」の物語」『FLASH光文社、2002年4月30日号、73頁
  18. ^ とり、126 - 127頁
  19. ^ a b とり・みき「解説」『八戒の大冒険 2002 REMIX』エンターブレイン、2002年、ISBN 978-4-7577-0763-0 172-174頁
  20. ^ 「とりから対談 第二章」『とりから往復書簡』徳間書店、2008年、ISBN 978-4199500916 、32-33頁
  21. ^ 唐沢なをき「貧乏自慢 頭のねじ」『オール讀物』2000年8月号、文藝春秋、338頁
  22. ^ とり、128-130頁
  23. ^ とり、132頁
  24. ^ 西川魯介「解説」『八戒の大冒険 2002 REMIX』エンターブレイン、2002年、170-171頁
  25. ^ a b マンガ家・唐沢なをきの軌跡 - オレのギャグマンガ道 (5) 心の支え
  26. ^ とり、138頁
  27. ^ とり、137頁
  28. ^ 「本当にやった[トホホな初仕事]体験集」『週刊SPA!』2004年4月6日号、151頁。
  29. ^ とり、127-128頁
  30. ^ 南信長『現代マンガの冒険者たち : 大友克洋からオノ・ナツメまで』NTT出版、2008年 ISBN 978-4-7571-4177-3、197頁
  31. ^ 唐沢なをき・唐沢よしこ『なをき・よしこのパソコン夫婦バンザイ』コーエー、1995年、ISBN 4-87719-248-4、162-165頁
  32. ^ 唐沢なをき「すごいやせなくん」(瀬奈陽太郎『博士のストレンジな愛情』シューベル出版、 ISBN 4883322602 、2002年9月、204頁)

[編集] 参考資料

[編集] 外部リンク