伊東豊雄

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伊東 豊雄
(いとう とよお)
Toyo Ito 2009.jpg
人物情報
国籍 日本の旗 日本
生誕 1941年6月1日(71歳)
日本の旗日本外地朝鮮京城府(現:韓国の旗 韓国ソウル
母校 東京大学
所属組織 (株)伊東豊雄建築設計事務所
業績
建築物 White U
シルバーハット
せんだいメディアテーク
多摩美術大学図書館
受賞 日本建築学会賞作品賞(1986、03年)
村野藤吾賞(1990年)
日本芸術院賞(1999年)
ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞(2002年)
RIBAゴールドメダル(2006年)
高松宮殿下記念世界文化賞(2010年)
プリツカー賞(2013年)
風の塔、1986年

伊東 豊雄(いとう とよお、1941年(昭和16年)6月1日 - )は日本建築家一級建築士。伊東豊雄建築設計事務所代表。元東京大学東北大学多摩美術大学客員教授高松宮殿下記念世界文化賞RIBAゴールドメダル日本建築学会賞作品賞2度、グッドデザイン大賞、プリツカー賞など多数受賞。

目次

来歴・人物 [編集]

1941年昭和16年)、日本統治時代の朝鮮京畿道京城府(現・大韓民国ソウル特別市)に生まれる。2歳頃から中学生までを祖父と父の郷里である長野県諏訪郡下諏訪町で過ごす。

東京都立日比谷高等学校東京大学工学部卒業後、菊竹清訓設計事務所に勤める。

1971年昭和46年)に独立して、アーバンロボット(現:伊東豊雄建築設計事務所)を設立。当初は、『White U』や自邸『シルバーハット』など個人住宅を中心に手がけ、安価かつ禁欲的・ミニマルな作風で注目を浴びた。また消費社会に暮らし、物だけでなく生活空間まで消費する若い女性ら都市の「遊牧民」(ノマド)をテーマに、「東京遊牧少女の包(パオ)」といったプロジェクトを発表するなど、体を柔らかい膜のように包む建築などを構想し、都市を批評する活動を行った[1]。 

1986年昭和61年)、横浜駅西口に作ったシンボルタワー兼地下街換気塔『風の塔』は、無数の穴を開けた金属板(パンチメタル)と照明多数で構成された半透明な簡素な塔であるが、夜間はなどの周囲の気象条件に合わせて表面にカラフルな光が浮かび上がるようプログラミングされており、金属板の斬新な使用方法や環境に対する相互作用性で注目を浴びた。

1990年代に入り、『せんだいメディアテーク』を代表として[2]、次第に構造上でも実験的で、なおかつ官能的な外観・内部空間を有する作風に移りつつある。新建築誌上で槇文彦から「平和な時代の野武士たち」と呼ばれた世代の筆頭。

2006年平成18年)には王立英国建築家協会よりRIBAゴールドメダルを受賞するなど、世界でも重要な建築家の一人とみなされつつある。また、設計する建築のための家具の設計も行う。後進の建築家を多く輩出する教育者としても高い評価を得ている。現在、多摩美術大学客員教授。2010年平成22年)には愛媛県今治市大三島町伊東豊雄ミュージアムを設置。

略歴 [編集]

作品 [編集]

1971年昭和46年)
アルミの家(神奈川県
千ヶ滝の山荘(長野県軽井沢町)
1975年昭和50年)
黒の回帰(東京都現存せず
1976年昭和51年)
White U(東京都中野区)現存せず
上和田の家(愛知県
1977年昭和52年)
ホテルD(長野県)
1978年昭和53年)
PMTビル(愛知県)現存せず
1979年昭和54年)
PMTビル2(福岡県
PMT工場(大阪府
小金井の家(東京都小金井市)
中央林間の家(神奈川県大和市)現存せず
日本航空チケットカウンター(アメリカ・フランス他、- 1991年平成3年))
1981年昭和56年)
笠間の家(茨城県笠間市)
1982年昭和57年)
梅が丘の家(東京都世田谷区)
1983年昭和58年)
花小金井の家(茨城県)
田園調布の家(東京都大田区)
1984年昭和59年)
シルバーハット(東京都)
東京遊牧少女の包(東京都)現存せず
1986年昭和61年)
馬込沢の家(千葉県)
風の塔(神奈川県横浜市)
レストランバー・ノマド(東京都)現存せず
ホンダクリオ世田谷ショールーム(東京都世田谷区)
1987年昭和62年)
神田Mビル(東京都)
1988年昭和63年)
奈良シルクロード博・浮雲エリア(奈良県現存せず
1989年平成元年)
サッポロビール北海道工場ゲストハウス(北海道
レストラン・パスティーナ(東京都)
名古屋世界デザイン博・メイテック・中日新聞・CBCパヴィリオン(愛知県)現存せず
浅草橋Iビル(東京都台東区)
横浜博覧会・海のゲート周辺施設(神奈川県横浜市)現存せず
1990年平成2年)
アントウェルペン市再開発計画(ベルギー・アントウェルペン)
中目黒Tビル(東京都目黒区)
1991年平成3年)
八代市立博物館・未来の森ミュージアム(熊本県八代市)
八代ギャラリー8(熊本県八代市)
湯河原ギャラリーU(神奈川県湯河原町)
風の卵 大川端リバーシティ21タウンゲートB(東京都)
南青山Fビル(東京都港区)
1992年平成4年)
上海市再開発計画(中華人民共和国
ホテルP(北海道
アミューズメント・コンプレックスH(東京都)
1993年平成5年)
松山ITM本社ビル(愛媛県松山市)
下諏訪町立諏訪湖博物館・赤彦記念館(長野県下諏訪町)
1994年平成6年)
養護老人ホーム八代市立保寿寮(熊本県八代市)
つくば南駐車場(茨城県)
1995年平成7年)
八代広域消防本部庁舎(熊本県)
蓼科S邸(長野県)
1996年平成8年)
長岡リリックホール新潟県長岡市)
小国S邸(熊本県)
1997年平成9年)
横浜市立東永谷地区センター・地域ケアプラザ(神奈川県横浜市)
大館樹海ドーム秋田県大館市)
東京大学物性研究所(千葉県)
1998年平成10年)
大田区休養村とうぶ(長野県)
野津原町役場大分県
1999年平成11年)
祐天寺T邸(東京都目黒区)
大社文化プレイス島根県
2000年平成12年)
桜上水K邸(東京都世田谷区)
ハノーバー万博テーマパークヘルスフューチュア館ドイツ
せんだいメディアテーク(宮城県仙台市)
2001年平成13年)
大分アグリカルチャーパーク(大分県)
2002年平成14年)
ブルージュパビリオン(ベルギー・ブルージュ
稲城W邸(東京都稲城市)
サーペンタイン・ギャラリー・パビリオンイギリスロンドン
2003年平成15年)
東雲キャナルコートCODAN2街区(東京都)
みなとみらい線 元町・中華街駅(神奈川県横浜市)
2004年平成16年)
まつもと市民芸術館(長野県松本市)
アルミコテージ(山梨県)
トッズ表参道ビル(東京都)
2005年平成17年)
アイランドシティ中央公園中核施設 ぐりんぐりん(福岡県)
フローニンゲン・アルミニウム・ハウジング(オランダ)
オフィス・マーラ−4・ブロック5(オランダ)
「フィガロの結婚」舞台装置(長野県)
SUS福島工場社員寮(福島県)
ミキモト銀座2(東京都)
2006年平成18年)
コニャック・ジェイ病院(フランスパリ
Vivo City(シンガポール
瞑想の森 市営斎場(岐阜県
2007年平成19年)
多摩美術大学図書館(東京都)
バルセロナ見本市会場 モンジュイック2(スペインバルセロナ
2008年平成20年)
SUMIKA パビリオン(栃木県)
座・高円寺(東京都杉並区)
ペスカラの大きなワイングラス(イタリア)
2009年平成21年)
2009ワールドゲームズスタジアム台湾高雄
スイーツアベニュー アパートメント(バルセロナ
White O(チリ)
2010年平成22年)
トーレス・ポルタ・フィラ(バルセロナ
ベルビュー・レジデンシズ(シンガポール
2011年平成23年)
みんなの家(宮城県)
2012年平成24年)
ヤオコー川越美術館(埼玉県)


受賞歴 [編集]

せんだいメディアテーク

著書 [編集]

出演 [編集]

その他 [編集]

伊東事務所出身の建築家 [編集]

脚注 [編集]

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  1. ^ 1981年昭和56年)に、コーリン・ロウの建築論文集『マニエリスムと近代建築』を松永安光と共訳し彰国社で刊行。
  2. ^ 伊東豊雄自身も「せんだいメディアテークは、私にとって転機となった建築である」(引用)と語っている。

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]