坂茂

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坂茂

坂 茂(ばん しげる、1957年8月5日-)は、日本の、そして国際的な建築家日本建築学会賞作品賞、吉岡賞JIA新人賞プリツカー賞(2014年)など建築界の受賞歴多数。坂自身は建築士資格も海外のアーキテクト資格もなく、受賞作を含めた全ての作品において設計工事監理はしていないが、日本建築家協会正会員[1]の建築家として適法[2]な範囲の業務を行い受賞した。

来歴[編集]

平賀信孝が設計したカトリックたかとり教会仮設集会所(紙の教会)
平賀信孝が設計したノマディック美術館。大量の海上コンテナを積み上げて建設された仮設美術館で、2005年から内部の写真展と共に世界各地を巡回している。
ジャン・ドゥ・ガスティーヌらが設計したポンピドゥー・センター・メス

東京都出身。成蹊小学校成蹊中学校・高等学校卒業後に渡米。(1982年から1983年、磯崎新アトリエに在籍経験がある)。1984年ニューヨーククーパー・ユニオン英語版(芸術と科学の無料講座)建築学部卒業(建築学士号[3])。

マイノリティ、弱者の住宅問題に鋭い関心を寄せ、ルワンダの難民キャンプのためのシェルターを国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に提案し開発・試作した。

1995年の兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)後の仮設住宅や教会の集会所を特殊加工された「紙(紙管)」で制作。トルコインドで起きた地震に際しても仮設住宅の建設を行った。2005年に津波災害を受けたスリランカキリンダ村で復興住宅、2008年に大地震の被害に遭った中国四川省の小学校の仮設校舎、2011年の地震で被害を受けたクライストチャーチ大聖堂の仮設教会の建設を提案した。東日本大震災では、体育館などの避難所に避難したものの、ひとつの空間で多くの人々が同居している状態で、プライバシーがまったく無くて苦しんでいるが言いだせない人々のために、紙パイプと布を使いプライバシーを確保する提案をし、各地の役所職員たちを説得してまわり、また仮設住宅の建設、質の向上にもかかわった(坂茂の関わった仮設住宅は快適で、期限が来てもそのまま住み続けたいと希望する人々が多い[4]

主な関与作品に「カーテンウォールの家」、「家具の家」、阪神大震災後の「紙の家」、などがある。

「紙の教会」では毎日デザイン賞大賞、第3回関西建築家賞大賞、JIA新人賞を、東日本大震災被災地にて活用された「紙の建築」で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

グローバルに問題を考えており、建築資材などをあらかじめ確保しておき、どこかの国で大災害が起きた時にそれを供給するしくみ作りも進めている[4]。そうしたことを行うにあたって、ただ慈善や寄付だけに頼るのではなく、通常の経済の循環の中に組み込み継続性を持たせることも進めており、それに関して坂茂が思いついたアイディアは、まず途上国に仮設住宅の工場をつくり、その工場で作られる住宅を、災害の無い時には各国のスラム街の住環境を改善するのに用い、もし災害が起きたらそれを仮設住宅として供給するという方法で、これで、途上国で雇用も作りだしつつ、住環境改善も実現し、災害時には苦しむ人々を救うということもできるというものである[4]

略歴[編集]

関与した作品[編集]

  • カーテンウォールの家(1995)
  • 壁のない家(1997)
  • 羽根木の森(1997)
  • アイビー・ストラクチュアの家(1998)
  • ねむの木美術館(1999)
  • 木製耐火被覆ー01 ジーシー大阪営業所ビル(2000)
  • 家具の家(2000)
  • 網代構造NO.2(2001)
  • はだかの家(2001)
  • 紙の資料館 特種製紙総合技術研究所 Pam(2002)
  • PLYWOOD STRUCTUREー03(2003)
  • ガラスシャッターのスタジオ(2003)
  • 写真家のシャッター・ハウス(2003)
  • ブルゴーニュ運河資料館・ボートハウス(2004)
  • ノマディック美術館(2004〜)
  • 紙の仮設スタジオ- PTS (2005)
  • 成蹊大学情報図書館(2006)
  • ニコラス・G・ハイエックセンター(2007)
  • カトリックたかとり教会(2007)
  • ポンピドゥー・センター・メス(2010)
  • 女川町3階建コンテナ仮設住宅(2011)

紙の建築とその作品[編集]

クライストチャーチ大聖堂(仮設)

坂の建築の特徴として、紙管を建築の構造材として使用していることがあげられる。

それまで、建築構造材としての紙管の使用は、建築基準法において前例がなかった。このため、紙の家(1995年)を実現するにあたり、構造家の松井源吾・手塚升と共同で実験を進め、紙管構造 (PTS) の建築基準法第38条の評定を取得した。また、ハノーバー万博2000・日本館に際しては、フライ・オットー、Buro Happold社と協力し、ドイツの建築基準をクリアして実現させた。

  • アルヴァ・アアルト展」会場構成(1986年)
  • 世界デザイン博覧会「水琴窟の東屋」(1989年)
  • ときめき小田原メイン会場ホール(1990年)
  • 詩人の書庫(1991年)
  • MDSギャラリー:(1994年)1998 - 2005年、三宅一生デザイン文化財団がギャラリーとして運営。
  • 紙の家(1995年)
  • 難民シェルター
  • 大震災被災者用仮設住宅(紙のログハウス)(1995年)
  • カトリックたかとり教会仮設集会所(紙の教会)(1995年)
  • ハノーバー万博2000・日本館(2000年)
  • クライストチャーチ大聖堂(仮設)(2013年)

著書・作品集[編集]

  • 『SHIGERU BAN』TASCHEN ISBN 3836530767 2012年
  • 『Voluntary Architects' Network─建築をつくる。人をつくる。』INAX出版 ISBN 4872751639 2010年
  • 『SHIGERU BAN Complete Works 1985~2010』ファイドン ISBN 3836507358 2010年
  • 『SHIGERU BAN PAPER IN ARCHITECTURE』リッツォーリ ISBN 0847832112 2009年
  • 『SHIGERU BAN』ファイドン ISBN 4902593157 2005年
  • 『紙の建築 行動する―震災の神戸からルワンダ難民キャンプまで』筑摩書房 ISBN 4480860495 1998年
  • 『坂茂プロジェクツ・イン・プロセス―ハノーバー万博2000日本館までの歩み ギャラリー・間叢書』TOTO出版 ISBN 488706179X 1999年
  • ja30『坂 茂』 (新建築社

出演[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 坂の入会当時は建築士資格がなくても正会員となれた。平成25年4月以降は一級建築士資格が必須とされ、坂は正会員の資格を喪失している。
  2. ^ 平成24年に行われた大分県監査委員の調査で、海外も含む全てのプロジェクトの総括責任者として一級建築士の平賀信孝が主体的に関与した設計実績であることを坂自身が認め、平賀の作品であることが確認されたため、坂による違法は存在しないとの結論が出された。[1]
  3. ^ a b 所定の実務経験を経ることでアメリカにおける建築士の受験資格が得られ、日本でも所定の実務経験を経ることで一級建築士の受験資格が得られる。
  4. ^ a b c NHK BS『ASIAN VOICE』2014年5月27日放送
  5. ^ “建築のノーベル賞”米プリツカー賞に坂茂氏 災害支援「紙の住宅」評価
  6. ^ 素材の可能性 切り開く建築家 坂茂さん プリツカー賞
  7. ^ 坂茂さんにプリツカー賞 「疲れを知らない建築家」
  8. ^ 坂茂さんに「プリツカー賞」 建築界のノーベル賞が贈られた理由とは
  9. ^ 坂茂氏にプリツカー賞、日本人が2年連続受賞<追加情報あり>
  10. ^ [2]
  11. ^ インタビュアーとのやりとりは質問、返答とも英語。長時間英語でスラスラと語りつづけた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]