加藤登紀子

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加藤 登紀子
基本情報
出生 1943年12月27日(65歳)
学歴 東京大学文学部西洋史学科卒業
出身地 満州国ハルピン市
ジャンル 歌謡曲
活動期間 1966年 - 現在
レーベル ポリドール・レコード(1966年~1987年)
ソニー・ミュージックレコーズ(1988年~1998年)
ユニバーサルミュージック(1998年~現在)
事務所 トキコ・プランニング
公式サイト TOKIKO WORLD
  

加藤 登紀子かとう ときこ1943年12月27日 - )は、旧満州ハルピン生まれ、京都育ちのシンガーソングライター作詞家作曲家女優。「おときさん」の愛称で親しまれている。東京都立駒場高等学校東京大学文学部西洋史学科卒。現在は城西国際大学観光学部ウェルネスツーリズム学科の客員教授でもある。

目次

[編集] 略歴

実父は満鉄勤務。駒場高等学校では放送クラブに所属。

[編集] エピソード

  • 学生運動が盛況だった高校生の頃に東大生の樺美智子の訃報にふれ、心を動かされる。同大入学後、アイドル歌手的存在となりつつも学生運動に積極的に参加する。その噂を聞きつけた同志社大学の学生であり、ブント系の「反帝学連」委員長の藤本敏夫にコンサートへの出演依頼を受けるものの、歌を政治運動に利用されることを嫌った加藤は、それを断る。しかし、この件をきっかけに2人は交際を始める[1][2]。紆余曲折を経て1972年5月に、防衛庁襲撃事件などで逮捕され勾留の身であった藤本と獄中結婚。「ひとり寝の子守歌」は、塀の中にいる夫を思って作られた、加藤登紀子を代表する曲のひとつでもある。勾留と釈放を挟み、あわせて30年間を連れ添った夫は2002年に死去(享年58)。夫との間には1972年1975年1980年生まれの三人の娘がおり、そのうち1人はYae藤本八恵)として歌手活動中。
  • 1974年の「週刊朝日」に寄稿したエッセイにおいて「日本という言葉を発するときに、たえず嫌悪の匂いが私の中に生まれ、その言葉から逃れたい衝動にかられる」と、日本に対する嫌悪感を吐露している。
  • 東京大学の同じ学科の先輩にあたる有名人には、紀行作家宮脇俊三がいる。
  • 1995年6月21日に発生した函館空港全日空857便ハイジャック事件では、偶然加藤の実母やバックバンドのメンバーらと一緒に同機に乗り合わせて、16時間余りの緊張を体験した。当日函館のコンサートの予定が中止となってしまったが、翌日苫小牧のコンサートでは寝不足ながらも元気な姿を見せた。
  • 北海道標津町には車で走ると「知床旅情」が聞こえる「メロディーロード」(地元建設会社と道立工業試験場との共同開発)がある。
  • 来場客に日本酒をふるまい、自分も飲みながらコンサートをする「ほろよいコンサート」を各地で実施、人気である。
  • 漫才師ダイアン」の津田篤宏は、遠縁の親戚にあたる。
  • 夫の影響でプロ野球阪神タイガースファン(阪神ファン)になる(夫の出身地は甲子園球場の所在する兵庫県西宮市)。
  • 現在は千葉県鴨川市で夫と開墾した田畑を「自然王国」と名づけ、農業も営む。その様子が2008年10月19日の「素敵な宇宙船地球号」(TV朝日)で紹介された。なお、同番組のエンディングテーマは"Now is The Time"である。

[編集] 代表作

[編集] 提供曲

[編集] 校歌類

[編集] 映画

[編集] テレビ番組

  

[編集] ラジオ

[編集] DVD

  • 加藤登紀子デビュー40周年記念コンサートDVD-Nowisthetime- (日本音声保存)

[編集] 脚注

  1. ^ 酒を飲みながら夜通し語り(気持ちが通じあい)明け方にはキスをしていた、といった主旨のことをNHKの番組で語った(「知るを楽しむ選 人生の歩き方 -加藤登紀子 男と女の旅路- 第2回」 2007年8月24日放送 より)。
  2. ^ また加藤がはじめて「知床旅情」を聞いたのは、この時のことである。当時加藤は、歌手としてやってゆくか、迷っている時であった。京都に加藤が出向いた時に、藤本敏夫(ら)が、「知床旅情」に自分の命をこめて歌うのを聞いて、加藤は揺さぶられた。自身、歌手でありながら、(音楽関係者に作ってもらった歌を、あれもこれもと歌うばかりで)自分の歌に自分の命を込めて歌うことができずにいるというのに、目の前の学生運動家が、歌に命を込めて歌っている。その歌を聞いて「大いに自分を恥じた」。その体験もあって加藤は、歌手を止めるにしても、せめて一曲自分らしい思いを歌ってから止めることにしよう、と思うに至り、作ったのが「ひとり寝の子守唄」である。(NHK同番組 本人 談)8ヶ月ぶりに釈放されて出てきた藤本に、あなたを想ってこんな歌を作ったのよ、とさりげなく伝えた時には、藤本は「なんて寂しい歌を作るんだ」と言って、部屋を出て行ってしまった、と、この男と女の微妙で奥深いやりとりについて、しみじみと語った。(NHK同番組)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク