伊勢谷友介

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いせや ゆうすけ
伊勢谷 友介
本名 伊勢谷 友介
生年月日 1976年5月29日(35歳)
出生地 日本の旗東京都
国籍 日本
血液型 A型
職業 俳優
ジャンル 映画CM
活動期間 1998年-
活動内容 1998年:スクリーンデビュー
主な作品
映画
金髪の草原』『赤い月
CASSHERN』『雪に願うこと
笑う大天使』『嫌われ松子の一生
ハチミツとクローバー』『出口のない海
図鑑に載ってない虫』『クローズド・ノート
ブラインドネス』『あしたのジョー

テレビドラマ
白洲次郎』『龍馬伝

伊勢谷 友介(いせや ゆうすけ、1976年5月29日 - )は、日本の男性俳優映画監督美術家である。ピーダッシュ所属。株式会社リバースプロジェクト代表。

目次

[編集] 人物

東京都目黒区出身。日本大学豊山高等学校を経て、東京藝術大学美術学部デザイン科卒業後、東京藝術大学美術学部大学院修士課程修了。身長180cm。

初めファッションモデルとしてデビューし、その後は主に俳優として活動している。また伊勢谷は、12歳から英語教室に通っていたほか、大学4年生時にはニューヨーク大学に短期留学して映像を学んだこともあり、英語での演技も評価されている。

しかしながら2011年(平成22年)8月現在、『白洲次郎』と『龍馬伝』(ともにNHK)を除くテレビドラマには出演しておらず、この理由として伊勢谷は、『(連続ドラマは)監督が一人ではない場合が多いため演出の統一性がなく、また、視聴率に左右されて脚本が変わることが(映像に関わる人間として)飲み込めない』と語っている。

[編集] 経歴

幼少期を北海道・函館五稜郭で過ごした。父親は洋服の仕立て屋(テーラー)で、異母兄弟の一人にはデザイナー・山本寛斎がいる。父親とはほとんど面識がなく離れて暮らしていた[1]母子家庭で育ったが、母親は大変教育熱心で、「私はあなた達には学歴しか残す事ができない」と言われたという。妹がおり、妹も海外の大学に留学した。

子供の頃から絵を書くことが得意で、東京藝術大学に現役合格して進学。デザイナーである石岡瑛子や義兄・山本の影響もあり、当初はファッションデザインの道に進もうと考えたが、同校では映像について学んだ。また学生時代については、3・4浪が当たり前の芸大出身ということもあり、同学年は年上の人間ばかりだったと述懐している。

運動神経は抜群。学生時代は水泳のインストラクターをしており、子どもたちにかなり懐かれていた[2]

大学在学中の1996年平成8年)、モデルとしての活動を開始。以後、CM・雑誌、ファッションショーなどに出演、ファッションブランド 「プラダ」のミラノコレクションにも参加した。また同年、『天使の涙』のプロモーション番組 『地球に落ちてきた天使』に、金城武と監督のウォン・カーウァイとともに出演した。

1997年(平成9年)、東京藝術大学のメンバー3人で結成したアーティストグループ、『カクト』の活動を開始した。さらに1998年(平成10年)、『ワンダフルライフ』(公開は1999年(平成11年)で映画初出演している。2002年(平成14年)には、初監督作品『カクト』が劇場公開された。

1999年、広末涼子との交際が報じられる。この報道で伊勢谷に一躍注目が集まった[3]

2008年(平成20年)より、「リバース・プロジェクト(Rebirth Project)」の活動を開始。2009年(平成21年)、NHKのスペシャルドラマ『白洲次郎』の三部作に、テレビドラマ初出演した。翌2010年(平成22年)には、NHK大河ドラマ龍馬伝』の高杉晋作役に抜擢され、第三部より出演。この年の第61回NHK紅白歌合戦の審査員にも選ばれている。翌年2月に公開予定の映画『あしたのジョー』の力石徹の役作りのために、3か月以上にもおよぶ過酷なトレーニングを行い、体重を67kgから57kg・体脂肪率を15%から3~4%へ減量して撮影に臨んだ。

[編集] 出演

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] ミュージックフィルム

[編集] CM

[編集] ラジオ

[編集] 監督・脚本

[編集] 映画

[編集] 受賞歴

[編集] 脚注

  1. ^ 「モデル・リアルファイル 66」(1999年2月発売、集英社、ISBN 9784081020324)内インタビューより
  2. ^ 男の履歴書DX 「伊勢谷友介」 |インライフ より
  3. ^ フライデー1999年3月19日号

[編集] 外部リンク

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