村主章枝

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Pix.gif 村主 章枝
Fumie SUGURI
Figure skating pictogram.svg
Fumie Suguri at 2009 Skate America.jpg
2009年スケートアメリカで「スパルタクス」を演じる村主
基本情報
代表国: 日本の旗 日本
生年月日: 1980年12月31日(31歳)
出生地: 千葉県千葉市
身長: 157 cm[1]
体重: 44 kg
コーチ: 佐藤紀子 (2010-)
元コーチ: イゴール・パシケビッチ (2009-2011)[2][3]
ニコライ・モロゾフ (2008-2009)
アレクサンドル・ズーリン (2007-2008)[2]
佐藤信夫 (1998-2007)[4][1]
佐藤久美子 (1998-2007)[1]
オレグ・ワシリエフ (2004)[5][2]
染矢慎二 (-1998)[4]
福井信子[4]
振付師: バフタン・ムルバニゼ
ローリー・ニコル
元振付師: ニコライ・モロゾフ
アレクサンドル・ズーリン
デヴィッド・ウィルソン
佐藤紀子
所属クラブ: 陽進堂
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 182.08 2003 GPファイナル
ショートプログラム: 62.12 2006 世界選手権
フリースケーティング: 120.06 2003 GPファイナル

村主 章枝(すぐり ふみえ、ラテン文字:Fumie Suguri、1980年12月31日[1] - )は、日本フィギュアスケート選手(女子シングル)。ソルトレイクシティオリンピック5位、トリノオリンピック4位。2006年世界選手権2位。四大陸選手権優勝3回。2003年GPファイナル優勝。

目次

[編集] 人物

千葉県千葉市生まれ、横浜市鶴見区育ち。清泉小学校清泉女学院中学高等学校早稲田大学教育学部卒業[6]。父は日本航空国際線パイロット、母は元客室乗務員。妹はプロスケーターの村主千香。村主家は18代続く旧家で、先祖は酒造職人だった[7]。3歳から5歳までをアメリカアラスカ州アンカレッジで過ごし、英語が堪能である[8]。同地でスケートをはじめとするウィンタースポーツに親しんだことが競技生活の原点となった[9]。演技後のキス・アンド・クライでは妹の村主千香に向かって「Chika! I love you!」と呼びかける姿が見られる[10]。2007年6月まで日本オリンピック委員会選手強化キャンペーンのシンボルアスリート適用選手。

表現力の豊かさから「氷上の女優(アクトレス)」と称えられる[11][12]。2012年現在、現役女子選手としては最年長の一人である。

スケーティングは軽やかでスピード感にあふれており[13]アップライトスピンは世界一の回転速度と称えられる[14]ジャンプではルッツフリップといったトウ系のジャンプを得意とする。一方、ループサルコウは苦手としている[15]。体が硬く、ビールマンスピンは取り入れていないが、レイバックスピンのバリエーションでレベルを上げようと工夫している[16]

長年のライバル荒川静香とは、かつて「遠征先で相部屋になっても口を聞かない」仲で、お互いに相手を理解しがたいと感じていた。しかし、トリノオリンピック直前の日本代表合宿では、村主が苦手とするスピンについて荒川からアドバイスを受ける場面が見られ、メディアに「和解」が報じられた[17]

[編集] 経歴

[編集] 長野オリンピックまで

6歳でスケートを始める。このときは勉強とスケートを両立させるため、1日1時間程度の練習しかしていなかった。小学生のころから競技会に出場しているが、村主本人曰く本格的に競技に取り組み始めたのは中学3年生からだという[18]1992年、小学6年生で全日本ジュニア選手権に初出場。1994年にはガルデナスプリング杯で国際大会デビュー。このころから本格的に練習を行い、1年間で5種類の3回転ジャンプをマスターした。[19]

1995-1996シーズン、全日本ジュニア選手権4度目の出場にして初の表彰台に上がる2位。続く世界ジュニア選手権でも初出場ながら4位に入賞した。翌1996-1997シーズンの両大会でも同成績。全日本選手権では、2度目の出場で16歳にして全日本女王に輝いた。世界選手権では18位にとどまり、長野オリンピックの日本女子シングル代表枠はわずか1つとなった。1997-1998シーズン、全日本選手権で2位に終わり、長野オリンピック世界選手権の代表選出を逃した。全日本選手権の直前には左座骨を打撲していた[20]

[編集] 2度のオリンピック

長野オリンピック後から佐藤信夫に師事する。1998-1999シーズンはグランプリファイナルに初進出。冬季アジア大会では3位に入賞した。1999年4月、早稲田大学教育学部社会科社会科学専修に進学(自己推薦入学)。1999-2000シーズンは全日本選手権で3位に入り、四大陸選手権では日本人選手最高の4位となる活躍を見せた。しかし世界選手権代表には、四大陸選手権で5位ながらもフリースケーティング(フリー)の内容を評価された恩田美栄にさらわれた。2000-2001シーズンの全日本選手権で3季ぶり2度目の優勝を果たす。四大陸選手権では初優勝を果たした[21]。2季ぶりに出場した世界選手権では7位に入賞した。

ソルトレイクシティオリンピックが開催される2001-2002シーズン、日本の女子シングル代表枠は2つあった。うち1つは、日本人選手で唯一GPファイナルに進出した恩田美栄に内定。残り1枠をかけて荒川静香と争う形となった全日本選手権で優勝し、念願のオリンピック出場を決めた。迎えたソルトレイクシティオリンピック本番、ショートプログラム (SP) では滑走順が早かったこともあり[22]7位と出遅れるが、フリーではループジャンプがダブルになった以外はほぼノーミスの演技で、最終的には5位入賞と健闘した。世界選手権では、出場4回目にして3位となり銅メダルを獲得、初めて表彰台に上がった。

2002-2003シーズンは全日本選手権四大陸選手権で優勝したほか、出場した多くの競技会で表彰台に立ち、世界選手権では2大会連続で3位に入賞、2個目の銅メダルを獲得した。

2003-2004シーズン、NHK杯GPシリーズ初優勝を遂げ、GPファイナルでは3度目の出場にして日本人選手初制覇の快挙を達成。しかし全日本選手権では2位、世界選手権でも7位入賞にとどまった。

2004年4月にダイナシティと所属契約を結ぶ。5月からシカゴに練習拠点を移し、オレグ・ワシリエフをコーチに迎えたが、指導が充分に受けられなかったため、12月からは再び新横浜プリンスホテルスケートセンターで佐藤信夫の指導を受けることになった。2004-2005シーズン、四大陸選手権で同大会最多優勝となる3度目の優勝を果たした。世界選手権ではSPで転倒があり出遅れたが、フリーで追い上げて5位に入った。

2005-2006シーズン開幕前の2005年6月、ダイナシティが不祥事を起こしたため所属契約を解除し、同年10月にエイベックスへ移る。9月に以前から痛めていた右股関節の故障が悪化。スケートカナダではフリーでジャンプが全く跳べず、トリノオリンピック代表入りは絶望的と思われた。しかしNHK杯ではフリー1位、総合2位と復活の兆しを見せた。そして五輪最終選考会の全日本選手権ではミスのない演技でフリー1位となり、3年ぶり5度目の優勝を果たし、選考ポイント最下位から大逆転でトリノオリンピック出場を決めた。トリノオリンピック日本選手団では副将に任命された。競技ではほぼミスのない演技を披露して4位入賞。オリンピック後、「トリノで五輪の魔法にかけられた。この氷の魔法はバンクーバーでしか解けない」と現役続行の決意を述べた[12]世界選手権キミー・マイズナーに次ぐ2位となり、世界選手権において日本人選手最多の3個目となるメダルを獲得した。

[編集] 競技生活の続行と苦悩

2006-2007シーズンは東京で開催される世界選手権を見据え、SPにボレロを使用。フリーは“一大プロジェクト”と銘うって、女性ヴォーカルを楽器の一つとして取り入れた曲を使用した。ジャッジがヴォーカルを歌詞と判断すれば規定により減点されるが、シーズンを通して減点されることはなかった。全日本選手権では4位となり、世界選手権代表入りを逃した。四大陸選手権ではSPのジャンプで転倒して臀部を強打し、首も鞭打ち状態となって棄権を余儀なくされた。

2007年7月に佐藤コーチの元を離れ、練習拠点をモスクワに移し、コーチをアレクサンドル・ズーリンに変更。イゴール・パシケビッチの指導の下、ジャンプのテクニックを変えて2007-2008シーズンに臨んだ。しかしGPシリーズでは表彰台に立てず、全日本選手権でも4位にとどまった。四大陸選手権でもジャンプミスが続いて10位となり、不振のままシーズンを終えた。

2008年7月にコーチをニコライ・モロゾフに変更し、練習拠点も強化拠点のあるアメリカのニュージャージー州に移した。GPシリーズで2戦続けて表彰台に上る復調を見せ、全日本選手権では、SPでは5位と出遅れるもフリーで首位に入り、3シーズン振りの表彰台となる総合2位となった。四大陸選手権ではシーズン最高得点をマークして6位に入賞した。3シーズン振りに出場した世界選手権では練習中に負傷、痛み止めを飲んで出場したが8位に入り、伊藤みどりと並んで日本人最多となる7度目の入賞を果たした。後に肋骨を骨折していたことが判明した[23]

2009年、モロゾフに「オリンピックのシーズンに日本人女子2人は難しい」と言われたためコーチの変更を決める[24]。8月、自らの課題をジャンプと設定し、アレクセイ・ミーシンにコーチを変更[25]。練習拠点をロシアのサンクトペテルブルクに移したが、ミーシンコーチの多忙により10月にモスクワのイゴール・パシケビッチのもとに戻った[3]。肋骨骨折の影響で夏前まで本格的な練習が出来ず[26]、エントリーしていたネーベルホルン杯を欠場した。GPシリーズでは表彰台に立てず、全日本選手権では7位にとどまり、バンクーバーオリンピック世界選手権四大陸選手権のいずれの代表にも選出されなかった。五輪期間中は国内でコメンテーターとして連日TBSテレビに出演した。

2010年3月に会見を開き、新たなスポンサーを見つけることを前提に現役続行を表明した[27]。4月、9年間マネジメント契約してきたAKグローバルエージェントを離れ、サニーサイドアップにスポーツマーケティング事業部の社員として入社。10社以上のスポンサー契約のオファーの中から陽進堂への所属が決定し、「ソチオリンピック出場を目標に頑張る」と表明した[28]。練習拠点を新横浜に戻し、佐藤紀子に師事、OLスケーターとして活動することになった。

2011-2012シーズンは、右足首の故障もあり、2011年11月に全日本選手権予選を兼ねた東日本選手権で12位に終わって上位10人の予選通過(免除者除く)を逃し、全日本の出場権を得られなかった[29]

[編集] 主な戦績

[編集] 2001年以後

大会/年 2001-02 2002-03 2003-04 2004-05 2005-06 2006-07 2007-08 2008-09 2009-10 2010-11
冬季オリンピック 5 4
世界選手権 3 3 7 5 2 8
四大陸選手権 1 1 棄権 10 6
全日本選手権 1 1 2 3 1 4 4 2 7 7
GPファイナル 6 1 4
GPスケートアメリカ 4
GPロシア杯 5 3
GPスケートカナダ 4 2 4 8 2 2 9
GP中国杯 3 4 7
GPNHK杯 7 4 1 2 2
GPエリック杯 4 8
GPボフロスト杯 2
フィンランディア杯 7
冬季アジア大会 2 2

[編集] 2001年以前

大会/年 1992-93 1993-94 1994-95 1995-96 1996-97 1997-98 1998-99 1999-00 2000-01
世界選手権 18 20 7
四大陸選手権 5 4 1
全日本選手権 4 1 2 2 3 1
全日本Jr.選手権 19 9 10 2 2
GPファイナル 5
GPロシア杯 7
GPスケートカナダ 2 3
GPNHK杯 6 5 3 8 5
GPエリック杯 7
ネーベルホルン杯 4
冬季アジア大会 5 3
世界Jr.選手権 4 4
ガルデナスプリング杯 7

[編集] 詳細

2010-2011 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年12月24日-27日 第79回全日本フィギュアスケート選手権長野 5
57.18
9
97.72
7
154.90
2010年11月26日-28日 ISUグランプリシリーズエリック・ボンパール杯パリ 5
50.76
8
87.42
8
138.18
2010年10月29日-31日 ISUグランプリシリーズスケートカナダキングストン 8
48.17
10
84.67
9
132.84


2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年12月26日-27日 第78回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) 6
58.70
9
102.59
7
161.29
2009年11月12日-15日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(レークプラシッド) 4
56.04
5
92.95
4
148.99
2009年10月29日-11月1日 ISUグランプリシリーズ 中国杯(北京) 6
55.46
8
90.53
7
145.99
2009年10月8日-11日 フィンランディア杯(ヴァンター) 4
54.09
8
82.82
7
136.91


2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年3月23日-29日 2009年世界フィギュアスケート選手権(ロサンゼルス) 9
58.40
9
106.18
8
164.58
2009年2月2日-8日 2009年四大陸フィギュアスケート選手権(バンクーバー) 4
60.18
6
107.56
6
167.74
2008年12月25日-27日 第77回全日本フィギュアスケート選手権(長野) 5
57.32
1
121.27
2
178.59
2008年11月20日-23日 ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) 1
58.30
3
103.74
3
162.04
2008年10月30日-11月2日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(オタワ) 2
57.92
3
105.94
2
163.86


2007-2008 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2008年2月11日-17日 2008年四大陸フィギュアスケート選手権(高陽) 9
50.24
9
94.82
10
145.06
2007年12月26日-28日 第76回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) 3
63.50
6
98.29
4
161.79
2007年11月22日-25日 ISUグランプリシリーズ ロシア杯(モスクワ) 4
56.18
6
91.97
5
148.15
2007年11月8日-11日 ISUグランプリシリーズ 中国杯(ハルビン) 11
44.76
3
92.37
4
137.13


2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年2月7日-10日 2007年四大陸フィギュアスケート選手権(コロラド・スプリングス) 12
46.09
棄権 -
2007年1月28日-2月4日 第6回アジア冬季競技大会(長春) 1
58.50
3
103.55
2
162.05
2006年12月27日-29日 第75回全日本フィギュアスケート選手権(名古屋) 5
58.56
4
114.00
4
172.56
2006年12月14日-17日 2006/2007 ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク) 5
55.14
3
103.64
4
158.78
2006年11月30日-12月3日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(長野) 2
61.92
2
117.39
2
179.31
2006年11月2日-5日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ビクトリア) 2
58.52
2
110.24
2
168.76


2005-2006 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2006年3月19日-26日 2006年世界フィギュアスケート選手権(カルガリー) 2
28.47
2
62.12
2
119.15
2
209.74
2006年2月10日-26日 トリノオリンピック(トリノ) - 4
61.75
4
113.48
4
175.23
2005年12月23日-25日 第74回全日本フィギュアスケート選手権(東京) - 2
67.30
1
126.86
1
194.16
2005年12月1日-4日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(大阪) - 6
52.60
1
105.88
2
158.48
2005年10月27日-30日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(セントジョンズ) - 2
52.12
9
79.88
8
132.00


2004-2005 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2005年3月14日-20日 2005年世界フィギュアスケート選手権(モスクワ) 2
27.19
10
56.28
5
112.54
5
196.01
2005年2月14日-20日 2005年四大陸フィギュアスケート選手権(江陵) - 1
61.44
1
117.22
1
178.66
2004年12月24日-26日 第73回全日本フィギュアスケート選手権(新横浜) - 2
65.18
3
101.36
3
166.54
2004年11月19日-21日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) - 3
51.40
5
79.90
4
131.30
2004年10月28日-31日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ハリファクス) - 2
53.72
4
94.60
4
148.32


2003-2004 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2004年3月22日-28日 2004年世界フィギュアスケート選手権(ドルトムント) 8 7 5 7
2003年12月25日-26日 第72回全日本フィギュアスケート選手権(長野) - 3 2 2
2003年12月12日-14日 2003/2004 ISUグランプリファイナル(コロラド・スプリングス) - 1
62.02
1
120.06
1
182.08
2003年11月27日-30日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(旭川) - 2
57.94
1
107.58
1
165.52
2003年11月5日-9日 ISUグランプリシリーズ 中国杯(北京) - 1
60.28
5
83.39
3
143.67


2002-2003 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2003年3月24日-30日 2003年世界フィギュアスケート選手権(ワシントンD.C.) 1 3 4 3
2003年2月28日-3月2日 2002/2003 ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク) - 5 6 6
6
2003年2月10日-16日 2003年四大陸フィギュアスケート選手権(北京) - 1 1 1
2003年2月1日-8日 第5回アジア冬季競技大会(青森) - 2 2 2
2002年12月19日-22日 第71回全日本フィギュアスケート選手権(京都) - 3 1 1
2002年11月28日-12月1日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(京都) - 3 4 4
2002年11月7日-10日 ISUグランプリシリーズ ボフロスト杯(ゲルゼンキルヒェン) - 1 2 2
2002年10月31日-11月3日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ケベックシティ) - 2 2 2


2001-2002 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2002年3月16日-24日 2002年世界フィギュアスケート選手権(長野) 3 2 3 3
2002年2月8日-24日 ソルトレイクシティオリンピック(ソルトレイクシティ) - 7 5 5
2001年12月21日-23日 第70回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) - 1 1 1
2001年11月29日-12月2日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(熊本) - 6 7 7
2001年11月1日-4日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(サスカトゥーン) - 3 4 4


2000-2001 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2001年3月17日-25日 2001年世界フィギュアスケート選手権(バンクーバー) 5 7 7 7
2001年2月7日-10日 2001年四大陸フィギュアスケート選手権(ソルトレイクシティ) - 2 1 1
2000年12月8日-10日 第69回全日本フィギュアスケート選手権(長野) - 1 1 1
2000年11月28日-12月3日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(旭川) - 3 5 5
2000年11月1日-5日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ミシサガ) - 3 3 3


1999-2000 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2000年2月21日-27日 2000年四大陸フィギュアスケート選手権(大阪) 4 5 4
1999年12月24日-26日 第68回全日本フィギュアスケート選手権(福岡) 1 4 3
1999年12月2日-5日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(名古屋) 6 8 8
1999年11月18日-21日 ISUグランプリシリーズ ラリック杯(パリ) 5 8 7


1998-1999 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
1999年3月21日-28日 1999年世界フィギュアスケート選手権(ヘルシンキ) 6 19 21 20
1999年3月4日-7日 1998/1999 ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク) - 6 5 5
1999年2月21日-28日 1999年四大陸フィギュアスケート選手権(ハリファクス) - 5 5 5
1999年1月30日-2月6日 第4回アジア冬季競技大会(江原道) - 3 3 3
1999年1月15日-17日 第67回全日本フィギュアスケート選手権(新横浜) - 2 2 2
1998年12月2日-6日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(札幌) - 5 3 3
1998年11月5日-8日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(カムループス) - 1 2 2


1997-1998 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
1997年12月12日-14日 第66回全日本フィギュアスケート選手権(神戸) 1 2 2
1997年11月27日-30日 ISUチャンピオンシリーズ NHK杯(長野) 7 5 5


1996-1997 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
1997年3月16日-23日 1997年世界フィギュアスケート選手権(ローザンヌ) 10 24 16 18
1997年1月13日-15日 第65回全日本フィギュアスケート選手権(長野) - 3 1 1
1996年12月12日-15日 ISUチャンピオンシリーズ ロシア杯(サンクトペテルブルク) - 4 7 7
1996年12月5日-8日 ISUチャンピオンシリーズ NHK杯(大阪) - 5 6 6
1996年11月24日-12月1日 世界ジュニアフィギュアスケート選手権(ソウル) - 3 4 4
1996年11月3日 第65回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(新横浜) - 4 2 2
1996年8月27日-30日 ネーベルホルン杯(オーベストドルフ) - - - 4


1995-1996 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
1996年2月4日-11日 第3回アジア冬季競技大会(長春) - - - 5
1996年1月12日-14日 第64回全日本フィギュアスケート選手権(新横浜) - 3 4 4
1995年11月24日-12月1日 世界ジュニアフィギュアスケート選手権(ブリスベン) 1 3 4 4
1995年11月3日 第64回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(京都) - 2 2 2
1995年10月 ブラオエン・シュベルター杯(ケムニッツ) - - - 3


1992-1995 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
1994年10月2日 第63回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(神戸) 7 10 10
1994年3月 ガルデナスプリング杯(オルティゼーイ) - - 7
1993年11月 第62回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(広島) 6 10 9
1992年11月 第61回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(前橋) 19 19 19

[編集] プログラム

シーズン SP FS EX
2010-2011 アルビノーニのアダージョ
作曲:レモ・ジャゾット
振付:ローリー・ニコル
Song of Sheherazade
作曲:デヴィッド・アーカンストーン
映画『アレキサンダー』よりバゴアスの舞い
作曲:ヴァンゲリス
振付:バフタン・ムルバニゼ
2009-2010[24][30][31] G線上のアリア
トッカータとフーガ
作曲:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
振付:バフタン・ムルバニゼ
スパルタクス
作曲:アラム・ハチャトゥリアン
振付:バフタン・ムルバニゼ
パダム・パダム
ボーカル:エディット・ピアフ
振付:ニコライ・モロゾフ
2008-2009[32][33][34] ファンファン 映画『恋人たちのアパルトマン』より
作曲:ニコラ・ジョレル
振付:ニコライ・モロゾフ
秋によせて
作曲:ラウル・ディ・ブラシオ
振付:ニコライ・モロゾフ
ウィンナーワルツ
作曲:アディエマス
振付:アレクサンドル・ズーリン
2007-2008[32][33][35] テイク・ファイヴ
作曲:デイヴ・ブルーベック
振付:アレクサンドル・ズーリン
オブリビオン
作曲:アストル・ピアソラ
振付:アレクサンドル・ズーリン
セル・ブロック・タンゴ ミュージカル『シカゴ』より
作曲:ジョン・カンダー
振付:アレクサンドル・ズーリン
月の光
作曲:クロード・ドビュッシー
2006-2007[32] ボレロ
作曲:モーリス・ラヴェル
振付:ローリー・ニコル
魂の歌
作曲:アディエマス
忍耐の湖
作曲:アディエマス
ファンタジア
作曲:カール・ジェンキンス
振付:アレクサンドル・ズーリン
カルメン
作曲:ジョルジュ・ビゼー
振付:佐藤紀子
映画『ナルニア国ものがたり』より
作曲:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
振付:アレクサンドル・ズーリン
イパネマの娘
作曲:アントニオ・カルロス・ジョビン
振付:アレクサンドル・ズーリン
2005-2006[36][1][32] 悲歌 & トカ・オリージャ アルバム『Nomad』より
演奏:ジェシー・クック
振付:ローリー・ニコル
ピアノ協奏曲第2番 第1楽章
作曲:セルゲイ・ラフマニノフ
振付:ローリー・ニコル
セイソーゾ
キダムより
振付:ローリー・ニコル
2004-2005[37] ピンク・パンサー(サウンドトラック)
作曲:ヘンリー・マンシーニ
振付:ローリー・ニコル
タンゴ・パラ・パーカッション
作曲:ラロ・シフリン
カルメン幻想曲
作曲:フランツ・ワックスマン
カルメン
作曲:ジョルジュ・ビゼー
振付:ローリー・ニコル
アルビノーニのアダージョ
作曲:トマゾ・アルビノーニ、ボーカル:ララ・ファビアン
振付:佐藤紀子
2003-2004[38][32][39] 黒く塗れ
作曲:ミック・ジャガー、演奏:アンジェル・デュボー&ラ・ピエタ
振付:ローリー・ニコル
交響曲第40番 第1楽章
ピアノ協奏曲第23番 第2楽章・第3楽章
アイネ・クライネ・ナハトムジーク
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
振付:ローリー・ニコル
浜辺の唄
作曲:成田為三
ボーカル:スーザン・オズボーン
振付:ローリー・ニコル
2002-2003[38][40] ピアノ協奏曲第2番 第2楽章
作曲:フレデリック・ショパン
白鳥の湖」より
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
サンクトゥス(パッヘルベルのカノンによる)
ボーカル:リベラ
2001-2002[38][41] アヴェ・マリアエレンの歌第3番」より
作曲:フランツ・シューベルト
ピアノソナタ第14番「月光」 第1楽章・第3楽章
作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
アルゼンチンよ泣かないで ミュージカル『エヴィータ』より
作曲:アンドルー・ロイド・ウェバー
2000-2001[38] 春の囁き
作曲:クリスティアン・シンディング
木星
作曲:グスターヴ・ホルスト[42]
-

[編集] 表彰

2002年
  • 第19回 オリンピック冬季競技大会文部科学大臣賞
  • 日本ゆかた大賞
2003年
2006年
  • ネイルクィーン2006 文化・スポーツ部門
  • 第55回 神奈川スポーツ賞・オリンピック賞
  • 第55回 横浜文化賞(史上最年少受賞)
  • 平成18年度財団法人横浜市体育協会横浜スポーツ表彰 優秀選手賞
2007年
  • 文部科学省・国際競技大会優秀者表彰

[編集] 出演

[編集] テレビ番組

NHK
TBS
日本テレビ

[編集] CM

[編集] 関連CD

  • MY FIGURE SKATE ALBUM(2006/3/15) - avex io
  • Fantasia ~My Figure Skate Album II~(2007/2/21) - avex io

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ a b c d e 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.19
  2. ^ a b c 『フィギュアスケート日本女子ファンブック2009』扶桑社、2008年12月、p.31
  3. ^ a b 多忙につき…村主章枝がコーチを変更(2009年11月15日、スポニチ)
  4. ^ a b c 日本で最初についたコーチは福井信子。次いで染矢慎二に教わり、長野オリンピック後の1998年4月から佐藤信夫についた。佐藤信夫, 佐藤久美子著『君なら翔べる!』双葉社、2005年12月、p.247、『little wings 新世代の女子フィギュアスケーター8人の素顔』双葉社、2003年12月、p.23
  5. ^ 『日本女子フィギュアスケート オフィシャル応援ブック』実業之日本社、2004年11月、p.38
  6. ^ 『ファンブック2009』p.34
  7. ^ スポニチ Sponichi Annex 五輪 Go!アスリート 村主章枝
  8. ^ 高校の授業が厳しかったことと、試合などで海外に行くことが多く実践の機会が多かったため身についたと語っている。『応援ブック』p.33
  9. ^ 『little wings』p.17
  10. ^ 山本夢子「日本のきょうだいスケーターたち」『フィギュアスケートDays vol.2』DAI-X出版、2007年3月、pp.12-13
  11. ^ 上坂美穂編『オール・アバウトフィギュアスケート』ぴあ(ぴあワンダーランドSpecial)、2005年11月、p.14
  12. ^ a b 斎藤貴子編『フィギュアスケート07』毎日新聞社、2007年4月、p.69
  13. ^ 「氷の上のヒロインたち 佐藤有香が語る9人のスケーター」『応援ブック』p.7
  14. ^ 『little wings』p.26
  15. ^ 『little wings』p.75
  16. ^ 『ワールド・フィギュアスケート 35』新書館、2008年12月、p.31
  17. ^ 「因縁の2人『和解』 24日メダルに挑戦」『読売新聞』夕刊、2006年2月22日、第1面
  18. ^ 『Stay Gold』p.16
  19. ^ 『フィギュアスケートの魔力』梅田香子、今川知子著 文春新書413 2004年11月 p.88
  20. ^ 『Stay Gold』p.34
  21. ^ ISUチャンピオンシップにおいては、日本人選手として佐藤有香以来7季ぶりのチャンピオン
  22. ^ 第1グループ2番目滑走。『Stay Gold』p.35
  23. ^ AFP BB news 2009年04月14日 女子フィギュア村主、肋骨骨折見つかる
  24. ^ a b 『フィギュアスケートDays Plus 2009-2010女子シングル読本』ダイエックス出版、2009年9月、pp.11-15
  25. ^ 「[銀盤のプリマドンナ]村主章枝」『フィギュアスケートグランプリシリーズ2009 オフィシャルガイドブック』朝日新聞出版 2009.10、p.54、聞き手・青嶋ひろの
  26. ^ フィギュア全日本選手権連載・氷の非情(2)村主章枝 逆境ほど力発揮する「銀盤の女優」(2009年12月11日、スポーツ報知)
  27. ^ 時事ドットコム 2010年3月11日 村主、支援なければ引退も=現役続行に意欲-フィギュア女子
  28. ^ 村主章枝、株式会社陽進堂に所属先決定(2010年4月6日、サニーサイドアップ)
  29. ^ 村主、全日本出場権逃す=フィギュア朝日新聞、2011年11月7日
  30. ^ 『フィギュアスケートDays Plus 2009-2010女子シングル読本』p.30
  31. ^ 「[特集]氷上を彩る華麗なステージ アイスショー2009: ドリーム・オン・アイス」『フィギュアスケートDays vol.10』ダイエックス出版、2009年10月、pp.50-53
  32. ^ a b c d e 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009女子シングル読本』ダイエックス出版出版、2008年9月、p.29
  33. ^ a b 『日本女子フィギュアスケートキャラクターブック 2008-2009』マガジンハウス、2008年10月、pp.23-25
  34. ^ 『ファンブック2009』p.90
  35. ^ 『ファンブック2009』p.33
  36. ^ 『日本女子フィギュアスケート オフィシャル応援ブック2006』実業之日本社、2005年10月、p.90
  37. ^ 『応援ブック』p.91
  38. ^ a b c d 『little wings』pp.128-129
  39. ^ 『君なら翔べる!』p.247, p.152
  40. ^ 『little wings』p.20
  41. ^ 『little wings』p.26
  42. ^ 『ファンブック2009』p.84
  43. ^ 2010年4月3日放映より

[編集] 外部リンク

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