森英恵

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森 英恵
生誕 1926年1月8日(86歳)
日本の旗 日本 島根県
出身校 東京女子大学
職業 ファッションデザイナー
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森 英恵(もり はなえ、1926年1月8日- )は、日本の女性ファッションデザイナーである。地域経済総合研究所評議員。

目次

[編集] 経歴

島根県六日市町(現在の吉賀町)出身、東京都立桜町高等女学校を経て東京女子大学卒業。1948年、学生時代に勤労動員で知り合った元日本陸軍主計少佐・森賢と結婚する。夫の家業であった繊維会社で働きながら洋裁学校「ドレスメーカー女学院」に通い、1951年昭和26年)、新宿東口に洋裁店「ひよしや」を開いた。

1983年、青木定雄の懇請によりエムケイタクシーの制服のデザインを制作。それは2005年10月までの22年間使用された。1988年、美空ひばりのラストコンサートでの不死鳥をイメージした衣装をデザインした(美空ひばりは森英恵のアイテムなどを愛用していた)。1992年、バルセロナ五輪日本選手団の公式ユニフォームをデザインした。1993年、皇太子妃雅子の結婚の儀の際に着用したローブ・デコルテ(胸元を露出した女性の最高礼装)をデザインした。のちに島根県立国際短期大学客員教授に就任した。

[編集] ハナエモリ

2010年に取り壊されたハナエ・モリビルの跡地(東京・表参道

欧米での展示会が好評となり、日本でオリジナルファッションを受注する店を開いた。初期に蝶のモチーフで有名になった為、永続的にブランドのシンボルとしている。彼女の名を冠したハナエモリ(Hanae Mori Co.,Ltd.)は、その名の通り森英恵が1951年に設立したオートクチュールメーカーであるが、2002年に約100億円の負債を抱えて倒産プレタポルテの部門については、三井物産が100%、株を保有する形で存続している。昨今は浴衣などのデザインも手がけていた。

日本を代表するファッションデザイナーのひとりとされ、日本にファッションもデザイナーも存在せず、あるのは注文服を作る洋装店と、家庭洋裁を教える洋裁学校だけだった時代にデザイナーを本職とした。森は特に1970年代から1980年代にかけて、成人女性から強く支持された。


[編集] 受賞

[編集] 出演

[編集] テレビ番組

[編集] 家族

ファッションモデルタレント森泉は内孫。

[編集] 脚注

  1. ^ 森英恵プロフィール”. 財団法人 森英恵ファッション文化財団 (2008年). 2010年4月16日閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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